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道をまちがえた

暴力的場面あり。

苦手な方ご注意を



 ここはグレーランド。

 この世界を構成するオヴァーランドとビロオランドの間に位置する場所だ。



 オヴァーランドっていうのは、このグレーランドにいる間に『いいこと』をすればいける、上のほうの国。

 ビロオランドっていうのは、『よくないこと』をしたときに放り込まれる下にある国。

 

 もちろん、どっちがいいかって聞かれれば『上』がいい。

 なにしろ、『上』にいけば、仕事をしなくともおもしろおかしく暮らせるという噂がある。




  

『まーだそんな噂を信じてるのですか?』



 最後の一軒をめざし、まきあがる雨と風の中、オヴァーランドには晴れの日以外はないらしいぜ、と言ったのへ、ランプの中からばかにした声が返った。


「 だって、噂っていったって、みんなが昔っから言ってるし、そういうの、なんつうんだっけ?都市伝説?火のないところになんとか、とも言うし、おれは本当だと思うけどなあ」



『・・・・いろいろ、言いたいですけど・・・ひとつだけにします。いいですか?ネイブ。上にしろ下にしろ、そこから戻ってきた人はいないんですから、やはりあくまでも、噂なのですよ。 そういうものをやすやすと、』


「わあ!風がひどいなあ~」


 説教臭いコーニーの声を断ち切るようにわざとランプを大きくゆらし、ネイブは地図で確認した道をめざし走った。





 そう。

 地図は、見たはずだった。





 最初にこの書類の束と地図を渡されて、ネイブはとりあえず、どうやってまわるかを先に組み立てた。

 とにかく、今回は特によく、『地図と書類を確認しろ』と、上司に言われたせいもある。


 なので、自然と地区ごとにまわることになったのだ。グレーランドの西から南、東から北、というふうに・・・・。



 広いここをまわるのに、途中何度も『抜け道』も使ったが、それじたいは間違っていなかったはずだ。目的の場所まで、ちゃんと時間短縮で着いている。


 もらった地図の範囲をコーニーが確認したほうがいいのでは?と、言ってきたが、ぱっと眼にした限り、ひどい山のほうや、湖の中はなさそうだったので、大丈夫だろうと高をくくっていた。


 今迄だって、いろんな種族の地区を歩き回って、たいした問題もなかったし。




 

 だから、 ―― そこがその場所だとは、まったく考えてもいなかった。

 






「 ―――― いらっしゃい」


「 ――――――― 」


 長い長い間をおいてだされたそれに、ネイブは何も返せない。

 相手は値踏みするように細めた目のまま聞いた。



「なんだい、ぼうや、ここを目指したんじゃねえんかい?」

 男のいがらっぽい声に、周りから笑いがおこる。


 真っ暗な嵐の中、ようやくたどりついたドアの向こうは、酒と煙草のにおいがこもる酒場だった。


 扉の脇に小さなランプがつるされたその家の窓にはよろい戸がおり、中の様子は見えなかったが、すこしばかり大きな家だというだけで、窓辺を飾る花の鉢も、飛ばされないよう処置されてあるのを見て安心し、ネイブは少し前から拗ねたように黙り込んでしまったコーニーの入ったランプを、ドア脇に掛け、入ってしまった。



 たしかに、何度か声をかけても返事はなかったけれど、中に、こんなにたくさんいる気配もまったくしていなかったのだ。



「なんだかドアの外でわめいてたけどよ、そのキレイな格好。・・・ぼうや、もしかして、役所のやつかい?」


 特徴的な帽子にケープつきのコートをにやけた顔でさされ、どうにか頷く。


「え、・・ええ、まあ・・」


 それに、どっと笑いがおこる。


「そりゃあ、こーんなとこまで、ごっくろおさんだなあ」


 独特のなまりのある言葉遣い。


 酒瓶が並んだ棚を背に、カウンターを陣取る相手はぐふふふ、とこもる笑いをもらすと、ネイブに空いてる隣を示してみせた。



「―― ・・ここは、えっと、もしかして・・・」


「ようこそ、『ヌウクゾーン』へ。 せっかくだあ。一杯どうだい?」




 ―― なんてこった・・・。



「そ、その、おれは納税局から来た者でして、道をまちがえて、」


 酒場の中、いくつかあるテーブルを立って囲む男たちが、それに笑った。

「なんだ?どうした?役所のやつは、おれたちの酒が飲めねえっでか?」


 そういうわけではない、と打ち消しつつも、相手の尖った耳から眼が離せない。



 ―― ウルヴだ。間違いない。


 ヌウクゾーンに一番多いといわれる、ウルヴ種族だ。



 見回したかぎり、同じ耳を持つ男たちに囲まれている状況だった。


「どうした?お役人さま?ノーム種族は頭を使う賢い種族で、おれらみてえな頭の悪い種族とは友達になれねえかい?」

「あこがれのノーム種族!!今じゃグレーランドの中心的存在!」

「価値のあるものとないものを決める存在!」

「『カボチャのジャック』の手下たち!!」


 ぎゃははははと品のよくない笑いがおこり、引きつったあいそ笑いをうかべることにさえ失敗したネイブが下がろうとし、背中が誰かにぶつかって止まる。



「 ―― なにも、逃げることねえだろお?」

 

 ネイブの背後に、ひときわ大きな身体つきの男が立った。



「い、いや、おれ、いま、仕事の途中で、い、いそいで道を引き返さないと」



「飲んでからでいいじゃねえか?」


 なあ?と周りに同意をもとめた男は、賛成が多数なのをネイブに示すと、カウンターに音を立てたグラスをその手に握らせた。


「さあ、一気に、ぐっといけ」


「い、いや、酒は」


「おれ達に恥をかかせるのか?」

 肩におかれた毛深い手が、その固く長い爪を食い込ませるように力をいれる。


 ウルヴの特徴であるその爪は、どの種族の皮膚も裂くことで有名だ。



「・・・おれ・・・、ノーム種族なんで、酒、ダメなんですけど・・」


「飲めるノームもいるって聞いたぜ?」


「それは、いわゆる中毒患者で、」


「いいから飲めよお」

 陽気な声でネイブのグラスを持つ手を、口元へあてる。


 あわててそむけた顔を、横に来たほかの男に押さえ込まれた。


「は、っはなせ!!やめてくれ!」


「死にゃしねえって」

 ぎゃははと笑う様子は、あくまでも陽気で、少しばかり意地の悪い酒の勧め方だとしか思っていないようだ。



「やめてくれ!ほんとうに酒はだめなんだ!!その場でぶっ倒れるか、死ぬまで飲み続ける中毒症状になるかの、どっちかなんだ!!」


 コートの中持っていた書類の束が床に落ちる。




「そりゃおもしれえ!どっちかおれたちにみせてくれよ!」


 肩と、頭をおさえこまれ、顎を持たれた。


 鼻先のその匂いだけで、頭がガンガンと痛み出している。

 怖いのと悔しいので視界がにじんでいるが、頭の中は、助けに来ないコーニーへの悪口でいっぱいだ。


 

 押さえ込まれた自分の手が、唇へとグラスを当てたとき ―――




      「 そのへんに、しておいたほうがいい 」


 静かな声がよく響き、その騒ぎを一瞬で停止させた。






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