嵐のなか
じいさんのせいでひどいめにあう若者のはなしです。
ホーリーは暴君。ネイブはちょっと軽い若者。でも、そこがすくい・・・。
ホーリー・グローリー・ジャッカネイプスの話をしよう。
ホーリーは、見かけ身長130センチほどの小柄な子どもだ。
独特のおかっぱ頭は青みがかったきれいな白髪。
一直線の前髪からのぞく鋭いグレイの瞳。
目の下には、常に黒い隈。
日に焼けたことのない不健康な白い顔には、澄まして人をみくだしたような鼻が、少し尖り利ぎみにつき、小さな口元は、 ―― 常に皮肉げにゆがめられている。
――― ※※※ ―――
ゴロゴロと低く重い雷鳴。
風がときおりひどく巻き、降り続く雨が全身に叩きつけられるようだった。
制服とされる、背の高い筒状の帽子は、決して雨よけになどならない。コートについたケープは、少しだけ雨の進入を食い止めるのに役にはたっているが、水を吸ったそれはひどい重さになっている。
上司に渡された書類一式は、油紙に何重にも巻き、それを脇に抱え、森から続く道をひたすらたどっているところだった。
「 ―― ちっくしょお。 あと、二軒」
抱えた書類は、税金の督促状。
目指しているのは、納税義務をおこたったやつの家。
―― あそこか?
見つけたのは道から奥に入った赤い屋根。
窓はよろい戸が閉められ、煙突からの煙もない。
この嵐で早々にベッドに入っているのか、もしくは、空き家か。
たどりついたドアを、叫びながら叩く。
「もしもーし、モッシュさ~ん。納税局です。あけてくださーい。そんで、溜め込んだ未納の税金、払ってくださーい!」
どんどんとすがるようにドアを叩くが、中からは何の反応もない。
ためしに回したノブが動き、押し開いた中へ足を踏み入れる。
「 なんだよ。やっぱり空き家か・・・」
湿って埃くさい家の中を、持ち歩いてきたランプでみまわす。
『まーた、空き家でしたねえ』
男が手にしたランプの中の、青白い炎がしゃべった。
「うるせえ。 だいたい、ほとんど空き家なのはわかってんだよ。税金滞納してて、同じ場所に住み続けると思うか? おれでもトンズラすんね」
『それで、保安官に捕まって、《下の国》行きになりたいと?』
「う、・・それは、遠慮したいけど・・。まあ、とにかく今年度の《督促状況確認作業》も、残すところあと一軒だ。 この仕事が『お前の最後の仕事になるかもしれない』なんて脅されたから、こんな嵐の中でもまじめに働いちゃってるけどさ、明日はおれの誕生日だぜ?まったく、ひどい上司だよ!ちゃんとできなきゃクビにでもするっていうのか? ―― さあ、早く終えて、雨に濡れてこんなに重くなった書類をあいつに叩き返して、さっさと帰るぞ!」
埃の積もったテーブルに分厚い書類の束を置く。
白く舞った埃の中で、渡しそびれた督促状に、『住人不在』と書き込み、一番下へとしまいこむ。
「やった!!ついに! つ・い・に! あと一枚だあ!!」
変わって一番上になった督促状をつかんで掲げあげ喜ぶのへ、冷めた声が指摘した。
『―― こんなに時間がかかったのって、ネイブ、君が今日までだらだらとやる気もなくこなしてきたせいじゃないですか?』
この仕事を命じられたのは、ふた月以上前のこと。
だが、男の性格を読んだ上司に、『おまえの誕生日には終わるだろ』なんて言って渡されたのだ。
当たってしまっただけに、八つ当たり気味に腹をたてている。
「だって!一人で500軒だぜ?おまえはランプの中で楽だろうがなあ、おれは、重たい督促状を500人分持ち歩きながら、地図片手に一日中、この広いグレーランドを歩き回ってんだぜ? やる気なんて持ち合わせられるかよ。 そのうえ、さがしもとめる相手はほとんど逃げた後。たとえいたとしても、強面の男とか、無視をきめこむ女とかで、渡した督促状なんて目の前で破られて投げ捨てられるだけ・・・。ひどいときにはこっちが殴られたりするんだぞ!」
『ベッドに引き込まれたときもありましたよねえ?』
「・・・あれは、まあ。ああいう得をすることも、たまにあるってだけで、税金を払ってもらえないことに、かわりはない」
帽子を被りなおし、書類をきれいに束ねなおすとコートの中に抱えなおして外に出る。
『―― あの女の滞納分、きみが払ったんですか?』
「さあ、コーニー、最後の一軒だ!気合入れていくぞお!」
ごまかすように『しゃべる』ランプを掲げ、ネイブ・シンプソンは嵐の中を突き進んだ。