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弐拾八つ目の記録 仏を殺す日 ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 斎にブラックコーヒーを私の口の中に流し込まれて、私の朝は始まった。


 事務所で過ごした夜は大変不愉快な物だった。昴君の腕の中では無いと言うのもあるが、椅子の上、しかも寝落ちする前まではずっとパソコンとにらめっこしていたので、睡眠の質は最悪だ。


「……今何時?」

「九時です。朝食はコンビニで買って来ましたが、食べます?」

「何があるの?」

「サンドイッチとサラダ、後サラダチキンに豆乳を」

「……斎の趣味? それともダイエットでもしてるの?」

「元々少食なので……それと光さんの言う通り、ダイエットを」

「ただでさえ日本女性は痩せ過ぎなんだから、ちゃんと食べないと駄目だよ」

「それは他の国に肥満が多いだけでは……?」

「……まあ、うん。確かに」


 否定出来ない。日本人の寿命は依然変わらず世界最長だし。……いやでも痩せ過ぎは駄目だと思うけどね……。低栄養状態は様々な健康被害を齎すから気を付けないと。そう言う所は昴君はしっかりして食事を作っている。


 サンドイッチを頬張りながら、陽の光に目を萎ませ、昨日の夜に至った結論を頭の中で纏めた。


 私の予想が正しいと仮定するならの話ではあるが、あれはまだ生きている。あれと言うのは腕がいっぱいあるあの神仏妖魔存在だ。


 恐らく分体に近い物だろう。私の目で見えたと言うことは、物理的干渉を受ける。何が怪しいって言ったら……やはりあのお地蔵さんだろう。


 狛犬にも見えていた。つまり体はある。だが恐らく分体だ。神仏妖魔存在は恐らくそう言うことが出来る。観測はされていないが、まあ魂の分身が出来るなら肉体の分割も出来るだろうと言う予想だ。合っているかどうかは知らない。


「どう? あの男子生徒の状態は」

「……少々厄介な呪いが首の辺りに刻まれていました。近辺に寺があって良かったです。仏の傍にいたお陰である程度の悪化は防いで、今はもう無事です。学校に通っている様ですよ」

「そっか。なら良かった」

「……明香さんのことは気に掛けないんですね」

「ああ、ちょっとね」


 ……さて、どうした物か。行き詰まっている訳では無い。むしろ答えに極限まで近付いている。後は動機が、なにかもう一つ動機があると思って仕方が無い。


 ……まあ、今日の調査で分かるかな。


 狛犬の到着も待ち、私達はバスで学校へ向かった。まあ目的地は学校では無くその近くの寺である。


 バスに揺られながら、移り変わり景色を眺めていると、狛犬が雑談を始めていた。


「新型銃って割と電力使うんすね」

「肉を焼き貫いてるからね。むしろその程度の電力しか使わないことに驚きだよ。その技術も少しずつ解明されてるけど八割以上が百年近く前の兵器から流用してるからね」

「殆どが第一封鎖地区に残ってる物って聞いたことがあるッス」

「何度も交換する部品は現代で何とか作れるんだけどね。重要機構部分はまだ再現が出来ていないロストテクノロジー」

「はえー……あれ、ひょっとして日本自衛隊の技術力ってヤバいんじゃ……?」

「分解技術の開発元は日本人だし」

「百年前の兵器のッスか?」

「そうそう。あれって錆びないし壊れ難いから適切な技術が無いと破壊も出来ないからね」


 ……まあ、それを発見して開発したのは私だけど。私なら大体の新型銃の機構を再現出来る。ヒガバクティ・ティアルの頭脳は遠未来にまで到達してしまっているのだ。


「けどそれだと何時か枯渇しそうッスね」

「現状それが問題なんだよね。今更旧型兵器に戻しても戦力の低下は免れないからね」

「はぁー……成程。難しいんすね」


 日本国の戦力は多分大丈夫だろう。今の所は周辺国に驚異的で露骨な敵対国家は無いし。そう思うと過剰とも思えるが、準備をするのに越したことは無い。何処かの気狂いが核弾頭のスイッチを押す可能性だってあるのだから。


 学校の近くにある寺。どうやらまだ建築から五十年程度しか経っていないらしい。特に歴史がある訳では無いが、少々気になることがある。


 一応話は事前にしている。だが、住職さんが見当たらない。すると、どうにも聞いたことのある声が微かに聞こえる。許可無く入るのは忍びないが、私と斎と狛犬で寺院の中を覗いてみた。


 すると、宣之さんが、寺院の住職さんと何やら話していた。


 校長先生の業務はどうしたのだろうかと言う疑問があるが、まあ気にせずとも良いだろう。宣之さんがこちらに気付くと、昨日の態度とがらりと変わって親しげな笑顔を向けて手招きをしていた。


 何と言うか、吊り橋効果に近いことが起こったのだろうか?


「まあ、来るならここだろうな。とは言っても特に気になることは――」

「十年前の女子生徒不審死にも関係してると思います」


 宣之さんの顔色はすぐに変わった。その顔立ちに陰りが見え、僅かに後悔の念を見せるその口角から、何か慚愧に堪えない感情が未だに燻っていることが分かる。


「……十年前の話が、何故今になって?」

「それは分かりません。けど、当時彼女は不審死と断言されなかった。そうですよね?」

「……ああ、遺書があった。校内で教員方の目を掻い潜って裏で間接的に行われた名誉毀損と侮辱と、脅迫

 と……性的暴行の事実が記されていた。最初こそそれが原因の自殺が有力だったが、体内に毒物等の死因も確認されずに、結果不審死と言うことになった」

「色々調べましたよ。その女子生徒の当時の担任が宣之さんってことも」


 別に責める気は無い。六名の加害者である女子生徒達は然るべき罰を受けている。被害も学校内では無かったから、気付かなかったのも納得は出来る。


 ……勿論被害者の親族がそれを許すかどうかは別ではあるのだが。


「……我が学校最悪の事件であり、私中心に責任の一端が存在していた。結果的にこれは学校内の事件では無く学校外の事件と片付けられてしまった。当時の校長は碌でも無い女でな、学校のブランドを汚さない様に学校内に何の問題は無かったとした。実際被害は学校外だ。だが、生徒に寄り添えなかった我々教員が――」

「今は良いです。後悔の言葉はあの子の墓場の前でして下さい。問題はその不審死の原因です」


 十年前の事件の詳細を今更掘り起こすつもりは無い。いや、状況によっては掘り起こさなければならないが、今回に限ってはその不審死の原因の方が重要だ。


 何かしらの関係性はあるのだ。鏡の中にいた男性に襲われた一名の女子生徒、そして不登校の女子生徒。襲われた生徒は加害者で、不審死した不登校の女子生徒は被害者の女子生徒。不審死と言う点が共通している。それに不登校だったらしいし。


 どうにも引っ掛かるのが、被害者の女子生徒が当時の鏡の中にいた男性を呼び寄せたとするなら、その擬似儀式を一体何処で知ったのか。


 ネットには一切無かった。似た様な話は何個も散乱していたが、同一の物は、私の目に流れるインターネットの波の中には無かった。


「住職さんに聞きたいのは、丁度十年前、危険な儀式の詳細を教わりませんでしたか?」


 住職さんは驚いた表情をしていた。正しく鳩が豆鉄砲に打たれたみたいな表情だ。


 住職さんから事情を聞いた。どうやら詳しいことは分からないらしい。だが十年前に、昔この寺にいた他の先輩の住職さんから聞いた話であり、何処から伝わった話なのかは分からないらしい。だが確かに十年前、突然伝えられた儀式の一つ。


 まず一つ、夕焼けの時間に空を鏡に映す。


 二つ、夕焼けを映しながら口の中に含んだ塩水を吹き掛ける。量はお猪口一杯分で充分。


 三つ、米を数粒、鏡の上に撒く。多ければ多い程強い者が呼び寄せられる


 四つ、鏡の上で何処かの御神木の枝を燃やす。燃えている間は絶対に瞬きをしてはならずに、南無阿弥陀仏を唱え続ける。


 住職さんが言うには、これは守護霊を呼び寄せる儀式。だけど呼ばれるのは守護霊では無く、全く違う魑魅魍魎らしい。まあつまり怪異存在だろう。


 ここ十年でこの儀式を伝えた人はいないらしい。何が呼び出されるか分からないし、それをやれば最後、毎日同じ様に儀式を続けなければ死に至る。


 故に危険で、試したことも無い。にも関わらず話が残っていると言うことは、まあ実際に死んだ人がいるのだろう。それが恐らく、十年前に不審死した女子生徒。


 ……さて、確証は得られた。後は、僅かに欠けた部分にぴったりの小さな証拠を嵌めれば良い。


「……斎、明香さんはどうなってるんだっけ」

「今日は休んでいるらしいです。まあ……無理もありません」

「……そっか」


 なら話は早い。


 私は自分のスマホにペンでルーン文字を書いた。様々な色が僅かに灯り、そして力を与える。


「狛犬、もしかしたら明香さんが何かしらの超常的存在に取り憑かれてる可能性があるからこれで明香さんを撮って。物理的干渉を受けない存在も写せるから。それに明香さんだけじゃ無くて、念の為その家も隈無く。お願い出来る?」

「任せて下さいッス!」


 斎が何か言いたげな表情を浮かべ口を開いたが、私はその口を両手で塞いだ。


 住所は分かっている。それを狛犬に教えると、彼は全速力で向かっていった。


「光さん」


 斎がそう話し掛けた。


「……あのスマホに、そんな力はありません。一体何を――」

「斎にも頼み事があるの。出来れば、ここの住職さんと一緒に。()()()って出来る?」

「え、ええ……心得はありますが……しかし時期ではありませんよ」

「出来るなら今日の夕方までに。お願い――」


 ――狛犬は光から教わった住所に足を運んでいた。


 もう時間は昼時。少々の空腹感を感じながら、狛犬は波多野家のイヤホンを押した。玄関が開くまで手持ち無沙汰だったのか、彼は耳のある昴が作った鉄のピアスを触っていた。


 そのまま何の音も聞こえずに、一分が過ぎた。だが突然玄関が開くと、狛犬は僅かに飛び上がった。


 開けられた扉から、部屋着の明香が顔を出した。怪訝そうな表情を浮かべながら、狛犬を見詰めていた。


「あ、どうもどうも明香さん。無事ッスか?」

「……ええ、勿論」


 俺から見た明香さんは、少々窶れていた。声色が若干違う気もする。もう少し年上の、それこそ成人に近い声色の様だ。


「……何か?」

「もしかしたらの可能性もあるので、写真撮って良いすか? はいチーズ」


 明香さんは咄嗟にピースを立てて、俺は写真を撮った。……光さん、スマホに暗証番号が無いのはちょっと危ないッスよ……。


 スマホの液晶に映る写真は特に何も映さない。ぎこちない笑顔の明香さんだけが映る。


「……これで、終わりですか?」


 今の明香さんに違和感を感じる。何だか俺を出来る限り避けて、今すぐ一人になりたい様子が見える。


「ああ、一応家の中も隅々まで撮って良いッスか? 勿論あんまり見られたく無い場所なら良いッスけど」

「はぁ……分かりました。どうぞ、中に」


 まあ、男性を家に上げるのはちょっと遠慮したい所ではあると思うが、それにしては警戒心が高い様に思える。何か疚しいこと、それこそ家の中にでも死体が放置されているかの様な忌避感を感じる。


 まあ、こう言う物ッスよね。


 中に入り、色々写真を撮ったが、そう言う怪しい存在は映らない。光さんの杞憂だったみたいッスね。


 何の変哲も無い。ただ、若干不潔だ。どう言う訳かキッチンの床に米粒が二つ落ちていた。まあ気にすることじゃ無いッスね。


 流石に自室までは写真を撮るのが憚られた為、俺の役目はこれで終わり。


「特に問題は無かったッス。こんな昼に押し掛けて申し訳無いッス。それではしっかり休んで下さいッス」

「……ええ、お気を付けて」


 ……やはり何か違和感を持つ。いや、この違和感は、昨晩の時からずっと。あの眼鏡の奥に映る眼球が、あの茶色の瞳孔が、まるで濁っているかの様な、おどろおどろしい何かを感じてしまう。


「……本当に、何とも無いんすよね?」

「ええ、勿論。何ともありませんよ」

「……あの噂のことは、俺も否定してるので、心配しないで大丈夫ッスよ。本当に申し訳無いことをしたッス」

「いえいえ、私にも非があるので」

「……それでは、俺はこれで失礼するッス」


 ……何か、違和感を持つ。


 狛犬は確かな違和感と一抹の不安感を胸に仕舞い込みながらも、貼り付けた愛想笑いでその場を後にした。


 学校の校長室で合流した三人は、互いに意見を交わしていた。とは言っても意見を交わしているのは斎と狛犬である。


「えーと、校舎の裏にある慰霊碑の場所に餓鬼の集まりがいて、それが昨日襲って来た。けど夏日さんが言うには普段は大人しい」

「そして現れたあの腕が沢山ある方。恐らく神仏妖魔存在です」

「……何で突然現れたんすかね」

「……何かしらの封印が、解けた可能性があります。あの寺には何かしらの封印が移された痕跡がありますし、この学校も、立地的に私が知っている封印の術にとって重要な場所に立っています」

「問題は黒幕が誰かってことッスよ。多分光さんを襲った鏡の中にいる奴を操ってる誰かッスけど」

「それをする意味は何でしょうか? わざわざ餓鬼まで動かして……」


 二人は頭を悩ませていた。二人の視線は自然と、その間ずっと黙って何やら考え込んでいた光に集中した。


 光は狛犬が撮って来た写真をまじまじと見ながら、口元を手で隠しながら頬を指で何度か叩いていた。


「……光さん?」

「ああ、どうぞそのまま続けて」

「いえ、分かってますよね? 私は光さんがもう答えに辿り着いてると思って仕方が無いのですけど」

「……まあ、殆ど正解だと思うし、これ以上考えることは無いと思うけど」

「なら何故ずっと押し黙っているのですか?」

「……私の悪い癖だよ」


 光は二人が自然に答えに辿り着くことに期待している。だが、呑気なことも言っていられない。光はこの事件が今日の夕方頃に終わると確信しているのだから。


 すると、学校のチャイムが鳴り響いた。同時に光は校長室を後にして、夏日の下へ向かった。


 そして、時間は流れ夕暮れ時。光と斎と狛犬の三人は、裏の慰霊碑の場所に来ていた。


 斎の体調は何とも無い。昨日の様に青い顔をしていないのだ。


「で、何でここに待機するんすか?」


 狛犬が暇そうに小石を蹴りながらそう言った。


「黒幕がここに来るから」

「……へ? もう分かったんすか?」

「昨日の時点で予想は付いたんだけどね。今日の諸々の調査は全部その予想を補強する為の証拠集め」


 光はクスクスと笑っていた。


 すると、雑草を踏む足音が聞こえた。光以外の二人の警戒心が唐突に引き出され、その足音の方へ五感が向いた。


 やって来たのは、校長である宣之だった。


「ま、さか、校長先生が犯人だったなんて!」

「ちょっと待て! 何の話をしている!」

「問答無用!」


 狛犬が新型銃を上げると、その動きを光が静止した。


「狛犬、宣之さんじゃ無い。まさかタイミングぴったりに来るとは思わなかったけど」

「あ、そーなんすか。紛らわしいッスね!」

「宣之さん、出来れば私達の背の方にいて下さい。危ないかも知れないので」


 その数十秒後、二つの足音が聞こえた。今度こそ、それは光の表情を見れば明らかだった。


 やって来たのは、二人。夏日と明香だった。


「あれ? こうちょーもいる」

「……何で、こんな所に呼んだの夏日? 私休んでたんだけど」

「まあまあ、光さんが連れて来てって言うから、今から話が――」


 夏日の言葉を遮る様に、光が声を出した。


「夏日ちゃん、明香さんから離れて。出来る限り、こっちに近付いて」

「え、何――」

「良いから、早く」


 光の鋭い視線に、夏日は唾を飲み込んだ。命令に従い夏日は親友である明香を置いて光の傍にまで寄った。


 明香は一人で立っていた。夕暮れに照らされながら、一人で。


「さて、話をしようか。波多野明香さん。いや、多分今は……波多野萌香(もえか)さんかな?」


 その名前に、宣之が僅かに反応した。彼の体中が強張り、緊張が雷の様に駆け巡った。


「……誰? その人。波多野明香だよ光さん?」


 夏日が何も理解していないのか、光にそう聞いた。むしろ状況を理解しているのは、はっとした表情をしている斎と、答えを導き出した光だけだろう。


「波多野萌香、宣之さんにとっては忘れられない名前だろうね。十年前遺書を残して死んだ、明香さんのお姉さんなんだから」

「……何のことだがさっぱりです。確かに萌香と言う姉はいましたが、もう死んでますし――」

「だから、今の貴方は萌香さん何でしょ?」


 明香は何も答えない。両手を後ろに回して、光を睨み付けていた。


「今の貴方、夏日ちゃんのことを呼び捨てで呼んだでしょ?」

「……けど、それだと呼んだ理由が――」

「まあ、私の仮説を聞いてよ。多分正解だと思うから」


 光は臆さずに話を続けた。


「十年前、復讐の為に貴方はとある儀式を一人で作り上げた。時間はたっぷりあった。不登校だったしね。ネットで調べた儀式をそのままやっても効果が無い。だから色んな物を掻き集めて、自分だけの儀式を作り出した」

「……妄想です」

「結果大成功。だけど殺すまではいかなかった。そこから更に不幸は続き、儀式に手間取り、呪い返しで死に至った。貴方はその影響で強い恨みを持つ怨霊へと変わった。そのたった一つの怨霊は、恨みの強い学校に向かって、何百も集まった幽霊に取り込まれてしまった。そこで幽霊は、たった一つの強い悪意を持つ者になった。それだけならまだ問題は無かったんだろうね」


 全員が、聞き入っていた。いや、光に相対している明香だけは憎しみから歯をぎしぎしとさせながら、涎を垂らし焦点の合っていない目で光を睨み付けていた。


「そして、貴方はその強い恨みで何百の魂に飲み込まれても自我を保ち続け、この学校に偶然入学した妹である明香さんの中に入り込んだ。だけどここにいた幽霊の所為で力が殆ど残っていなかったから、一年以上何もしなかった、何も出来なかった」


 萌香は何も答えない。


「で、力が戻って明香さんを乗っ取って儀式をした。儀式をした証拠は狛犬が撮って来てくれたよ。塩水を掛けられた手鏡、キッチンに落ちている米粒、纏められた木の枝。そして色が変わった瞳」

「……何が言いたい」


 彼女の口から発せられる声は、もう明香の物では無かった。恨み辛みを残したまま無念に跳ね返った呪いに殺されてしまった萌香の、大人びた声だった。


「多分、ここの幽霊を悪霊の集まりである餓鬼に仕立てて、力を増してから、あの神様、と言うか妖怪かな? まあそれに食べさせる。言わば献上かな? そして献上品のお礼としてその妖怪にそのまま学校中の生徒教員皆殺しして貰う様に頼む。名付ければ"第三高等学校全員呪殺大作戦"!」


 ここに微妙な空気が流れた。光はそれを敏感に感じ取り、咳払いで誤魔化した。


「まあ兎に角、その妖怪との取引に応じた貴方は、するべきことがあった。完全な復活の為の贄の準備。あの妖怪は人間を食べる妖怪だからね」

「何故知っている」

「過去に彼女の弟と、私の友人二人が出会ってるから。恐らく貴方と接触したのも、姉としての共感だろうね。互いに(いもうと)を妬ましく思っているからって言うのが私の予想。……話に戻ろうか。そして選ばれたのは、私とオカルト研究会の谷口一平さん。私は丁度良かったんだろうね。力があるけど特別強い訳じゃ無い。けれど念には念を入れて、儀式をしてから怪異に襲わせた。けどそれは失敗に終わった。だから仕方無く旧館の女子トイレに誘導してから餓鬼に襲わせて、食わせようとした。餓鬼を操れるのは知ってるよ? だってその幽霊達の一部何だから。その一平さんの姉は、前に貴方が鏡の怪異に襲わせた人。恨んでたから狙ってたんだろうね」

「ああそうだ。何時から気付いた」

「何かに襲われてる時、貴方は必ず何処かに身を隠していた。女子トイレにはカメラが設置されてたのに、バレずに入り込んだってことは、私が画面を見ていない瞬間、つまり襲われているその瞬間。あれも無理だと途中で思ったんでしょ? だからせめて自然に被害者を演じる為に女子トイレに忍び込んだ」


 ここからは彼女の賭けになる。儀式をした者は、呪いに蝕まれ死に至る。それが明香か、将又その中にいる萌香なのか、それがまだ曖昧なのだ。


「だがもう全てが遅い」


 萌香はそう言った。


「見えるか? もういるんだ。そして餌を求めている。この場にいる、悪意と殺意に満ち、力が増している餓鬼を献上すれば――」

「何処にそんな餓鬼がいるの?」

「は? そこに――」


 そこに餓鬼はいない。


 施餓鬼(せがき)、それは法会の一つであり、餓え苦しむ死者の霊魂、つまり餓鬼に飲食を供えて経を読む供養のことである。


 見れば慰霊碑の傍には野菜や果物や仏飯が供えられており、そこにいたはずの悍ましい数の餓鬼はすっかり供養され何処にもいなかった。


 だが、それはそのことを許さない。


 萌香の背には、九対の腕を持つ神仏妖魔存在であった。それはその眼球をぐるりと回し、萌香を睨み付けていた。


 件の献上品は何処にある。


「ちがっ! こいつらが……!!」


 一度食えなかった男は何処にいる。


「それならまだ……!!」

『前菜には丁度良い』


 それの、一対だけ一般的な人間の腕が萌香の頭頂部に触れると、明香は力が抜けた様に倒れた。


 すると、それの腕の中に瞳が茶色の明香にそっくりな顔をしている女子の頭部だけが抱えられていた。それは泣き叫びながら、発狂を繰り返していた。


 やがてその頭部が神仏妖魔存在の小さな口に運ばれると、それの口は頬まで裂けて大きく開いた。


 蛇が卵を飲み込む時の様に丸呑みにすると、それは不満を顕にしながら光の方を睨んだ。


『……そうか、弟に会ったのか』

「私じゃありません。私の友人です」

『……元気にしているか?』

「さあ? どうでしょうね?」

『……クック……成程そうかそうか……。結局仏にはなれなかったか。未熟な仏は死んだ、殺されたのだ』


 それは夕暮れを背に、威嚇の様に腕を広げ、そして敵意を顕にした。


『やはり女は不味い。血の味だ。穢れを多く孕んでおる』

「男性は筋肉質で不味いってことですかね」

『良く分かったな。ああ、その通りだとも。だが分かるか? 女は腹に子がいれば上手い。腹の子はまだ神の手から離れる前の穢れ無き美味、それを育てる子宮は絶品よ』

「残念でしたね、私に、子宮は無いんです。美味しく無いですよ」


 光はクスクスと笑っていた。彼女は依然として余裕そうだった。それが何と腹立たしいことか。光から発せられる異様な気配が無ければ、それはすぐに襲い掛かろうとしていた。


 それは、光を可愛らしく思っていた。それだけなら大して不思議なことでは無い。だが、まるで自分の赤子を前にしている様に、愛おしくて堪らないのだ。


 それは赤子ならすぐに食う。不味くなる前に食う。にも関わらず、光だけは躊躇していた。まるで光が、それに愛することを強いるかの様に。


「ああ、それと」


 光は未だに余裕そうだ。その笑みは勝ちを確信していた。


「鬼って、貴方も食べられるそうですよ」


 同時に、それの頭上に大柄の女性が現れた。それは二本の牛の様な角を生やし、現代的な服装をしていた。


 巨大な拳がそれの頭上に叩き込まれた。それの両顎は一瞬で地面にまで叩き付けられ、そして貴重な歯の何本かを圧し折った。


 絶え間なく続く拳の連撃は、圧倒的な力の差だけを表し、蹂躙に彼女は笑みを零していた。最近の彼女は全く昴が構ってくれなくなり、欲求不満であったのだ。


 それの腕を引き千切り、まるで団子でも喰らうかの様に骨を残して肉だけを喰らったその鬼は、禍鬼であった。


「あー……不味くはねぇが、まあ夕食前には丁度良いか」


 禍鬼がそれの体を貪っている間に、夏日と宣之は倒れた明香に駆け寄った。意識はしっかりとしている。


 そう、これで事件は終わった。三人、そして禍鬼は互いに同じ帰路を辿っていた。


「いやー……圧巻……」


 狛犬の視線は、禍鬼に向いた。


「何だてめぇ。見世物じゃねぇぞ」

「光さん、何時禍鬼さんを呼んだんすか?」


 狛犬の疑問に、光は答えた。


「夜からずっと私は事務所にいたでしょ? その時に」

「もうその時に夕方で決着なの分かってたんすか?」

「まあね。十年前に存在していた鏡関係の作り話の儀式を片っ端から集めて可能性が高そうな物を」

「どうなってるんすか光さん……天才とかそう言う次元じゃ無いッスよ」

「天才なのは否定しないよ」


 すると、禍鬼が話し掛けた。


「で、光秘蔵の甘味ってのは何だ」

「あー……まあ、帰ったらあげるよ」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


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