弐拾六つ目の記録 荼毘 ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「腹減った」
「買ってきましたよ昴!」
「別に良いって言った気が……?」
昴は高龗神が何時の間にか買って来たコンビニのおにぎりを頬張りながら、またブランコに乗って揺れていた。
そんな様子を、ジョヴァンナは若干引きながら見ていた。
「……何だよジョヴァンナ。欲しいのか」
「……いえ、さっきまで泣き喚いて嘔吐を繰り返していた情緒不安定の貴方が、いきなり豹変して明るく振る舞うことに、ちょっと引いています。演技、と言うか嘘が上手なのですね」
「お、嫌味か? 嫌味だな? よーし百万円なら買ってやる。ドルでも良いぞ」
「……明日、また戦いが起こるでしょう。体を休ませておいて下さい」
「りょーかい。ああ、高龗神、いちごジュースも買って来てくれたよな?」
「怖いこの人……」
ジョヴァンナはそのまま公園を後にした。
「……さて、どうしよっかな。敵は大勢。しかも復活すると来た。そこら辺のホームレス捕まえて脳に精霊入れれば復活完了。全員一気に燃やし尽くさないと、根絶は不可能。……あー面倒臭い……!」
昴は強く足を振ると、その一回の力だけで彼は一周した。
「……怖かった……」
「何をやっておるのだ……」
「力加減が出来なかった……あぶねぇ……。兎に角、戦力が欲しい。武器も欲しい。……ま、それを判断するのは次の戦いで決めるか……」
昴は何故か微笑んでいた。一切、少しも、僅かにも、ぴくりとも変わらない微笑みを、ずっと浮かべていた。
その不気味な笑みを見ながら、正鹿火之目一箇日大御神は少しだけ辛そうな顔をしていた。
すると、星が隠れている暗闇の空に、巨大な蝙蝠の様な影が写った。それは公園の中心に舞い降りると、小さな蝙蝠が辺りに羽撃き霧散した。その中から、オリヴィアとディーデリックが現れた。
「御主人様、言われた通り、中国マフィアの要人を暗殺して来たわ。やっぱり人間は弱いわね」
「……そんな命令したか?」
「……心の中で命令してたわ」
「勝手なことするな。こっちはこっちで別の目的があるんだから」
「……殺したことには、何も言わないのね。むしろ御主人様にとって、自分の為に他人を殺す行為は憚られる物だと思っていたのだけど」
「個人の活動までは縛らないさ。あくまで殺さないのは俺の、俺だけの決意だ。他人にまで押し付けるつもりは無いし、其奴が俺の大切な何かを傷付けない限りは俺からも手を出さないし何も言わない。……待てよ、オリヴィア、『自分の為に他人を殺す行為は憚られる』と思っていながら、要人を殺したのか?」
オリヴィアは何故かにやりと笑った。すると恍惚とした表情で、僅かに赤らんだ頬のまま、昴に顔を近付けた。
「ええ、そうね。つまり今の私は身勝手で不愉快な行動を御主人様に何も言わずに実行した、哀れで頭の弱い大馬鹿者。これから私が御主人様にどれだけ酷い扱いを受けても、それは躾か、将又罰になる。さあ、ご自由に。傷でも付けるかしら? それともこの場で犯す? それも良さそうね」
「……なあディーデリック、此奴何とかしてくれない?」
ディーデリックは微笑ましい表情でそこに立っていた。
「いえ、母親が楽しそうだし、嬉しそうなので手出しはしませんよ」
「ディーデリックの母親は俺の部下が殺しちゃったでしょーが」
「……いいえ、彼女は既に、人間として死んでいました。彼はそれを確実な物にしただけ。母が眠った時から、オリヴィアと出会ったその時から、もう既に、その母性を求めてしまったので」
「……ディーデリックも難儀だよな。母親の愛に飢えてるのに実の母親は愛してくれなかったって」
「だからオリヴィアに着いているんです。それに、どうやらそれは貴方も同じ様ですし」
「俺? まさか。俺の母親はクソだぞ。クソの父親と似てるからって俺の弟に手を出す奴だ。しかもその時の弟の年齢十一歳だぞ?」
ディーデリックの顔色が少しだけ曇ったのを、昴の優秀な視覚は感じ取った。いや、周りに居る全員が、僅かに顔を強張らせていた。
「……つまり、貴方も?」
「いや? 俺は小学校通う前から家から離れて妹と一緒に東京で暮らしてたし。大体五歳の頃」
「……五歳の子供が、親と離れて東京で? ああ、家政婦とか――」
「居なかった。完全な二人暮らし」
「……何と、言えば、良いのか……。……その、大変な、人生ですね」
「そうだぞ大変なんだぞ。何回死にたいと思ったことか。まあ今でもちょくちょく思うけどな! ハッハッハ」
「そう言う冗談は辞めて頂きたい。今の貴方が言うと、冗談に聞こえない」
「冗談だと思うなら、ディーデリックは相当愛されてたんだろ」
昴の様子は変わらない。ずっと、変わらず、笑っているだけだ。そんな昴を、オリヴィアは優しく抱き締めた。
「……離してくれオリヴィア。気持ち悪い」
「……愛が怖いのかしら」
「さあな。光以外の愛は、受け取りたくない。それだけだ」
「私が愛して上げるわ。絶対に裏切らない」
「……離してくれ。気持ち悪いんだ。本当に、吐き気がするくらいに。……と言うより、勝手に要人殺したことに関して色々言いたいことがあるんだが」
昴はそんな夜を過ごしていた。一睡も出来ないのか、飽きることもせずに昼の東京から比べると考えられない程に、静かで暗い空気の中を歩いていた。
そして、日が昇る前にぽつぽつと人が見え始めた。勿論昴は一睡もしていない。それでも体は問題無く、前日と殆ど同じ様な動きが可能だ。
疲れを見せること無く、昴は自慢の大型バイクに乗り込み、走り出した。
光の趣味の一つである勝手な改造により、ヘルメットに付いている連絡機能で昴は嗣音と通話を始めた。
「もーし」
『……昴か。何処に行ってたんだ。深華が心配していたぞ。いや、深華だけじゃ無い。全員が、心配していた。特に禱の動揺っぷりは酷かったぞ。酒は苦手なのにがぶ飲みして、そのまま飛び出したかと思えば川に頭から落ちた』
「その面白そうな話は合流してから詳しく聞かせて貰うとして、今日はどうなりました? 今日も同じですか?」
『ジョヴァンナが言うにはな。正確な場所はまだ不明だが、ある程度の場所は掴めているらしい。今日はその捜索になりそうだ。集合場所は……東京スカイツリー跡地だ』
「……俺の祖先が色々やらかしちゃって済みません……本当に……」
『ああ、そうらしいな。スカイツリーを倒壊させた大英雄。名前が残っていないのが残念だが……今はどうでも良い。百数十年以上前の話は辞めよう。そこで会おう、昴。……昨日は、ちゃんと眠れたか』
「ばっちり一時間」
『俺の二分の一か……』
「……嗣音さんの平均睡眠時間って二時間何ですか……。……ちゃんと寝て下さいよ……?」
東京都墨田区押上に位置する東京スカイツリー跡地。634mの電波塔として存在していたそれだが、今や跡形も無く、その支柱が僅かに残りあの事件の悲惨さを未だに語る遺物の一つとして観光名所となっている。
今や昔の写真がその場に飾られているだけで、見る影も無い。
そして、それを倒壊させたのは昴の祖先に当たる人物ではあるが、名前は残っていない。まずその情報さえも、今は刑務所に居る四維苞稲から教えられた為、事実かどうかも分からないが、彼女が言うには裏が取れているらしい。
走らせていれば、すぐに跡地の周辺に辿り着いた。近くの駐車場にバイクを停めておき、昴はすぐに駆け出し人混みを掻き分け集合地点に着いた。
「あー居た居た。よぉ禱。川に落ちたって本当か?」
昴は無邪気な笑顔を向けながら、何だかげっそりと青い顔をしている禱にそう話し掛けた。
「誰の所為だと……! ……頭いてぇ……」
「俺と同じで酒弱いのに飲むからだろ」
「それでもお前よりかは飲める……頭いてぇ……」
「そんなので今日大丈夫か? ……まあ禱なら大丈夫か」
「俺を何だと思ってんだ」
「え? 馬鹿」
「誰が馬鹿だ! ……いてぇ……」
すると今度は深華が後ろから、その大きな体格で昴を包み込んだ。
「……ああ、昴さん。良かった……。……急に居なくなるから、それこそ身投げでもしたかと……あぁ……本当に……良かった……」
「……何か、いらない心配させたな。ごめんな、深華」
「いいえ許しません。最愛の貴方でも絶対に」
「……ごめんって」
「……手料理、昴さんのきちんと愛の籠もった手料理一週間分、朝昼夜全部」
「お、重いな……。まあ分かった。頑張ってみる」
そして、ジョヴァンナがそんな昴をじっと見詰めていた。
「……行きましょうか」
「首、赤い痕が付いてるぞ」
「……大丈夫です。昴、少し生臭いですよ」
「大丈夫だ。香水で誤魔化してる」
そして、昴と彼等IOSP超常的存在対策機動部隊とジョヴァンナ率いる獣狩りは、次の獣を探していた。
昴は飛寧の頭を四つ飛ばし、東京スカイツリー跡地から離れた場所にあるはずの、死屍たる赤子の教会の信奉者達の居場所を探っていた。
飛寧の感覚なら信奉者と一般人を判別出来るのだ。昴の腕の中に居るもう一つの頭が、それを見える人達に伝える。
「むーむむむー……美味しく無さそうな人ばっかりだよ」
「ばっかりってことは、そう言うことか」
「大体……うーん、二十人くらい? ……一人だけ、凄いヤバい人間が居るんだよ」
昴は左目を手で隠し、飛寧が見ている視界を見た。件の「凄いヤバい人間」をその視界で感じると同時に、彼はすぐに分かった。
それは只の男性だ。何の変哲も無い、眼鏡の青年。しかしその青年は、飛寧の感覚も理解出来る程の未知を秘めていた。此方に気付いている様にじっと、そしてにたにたと笑っているその表情に、昴は一滴だけの汗をかいていた。
「……彼奴は、確かに凄いヤバいな。人殺しの目だ。飛寧、俺達とは逆の方向に行ってくれ。もう飛寧の存在がバレてる」
「分かったんだよ。……それって僕が危ないってことだな?」
「まあ、そうだな。最高高度を維持したまま全速力で逃げてくれ。他の頭は帰って来てくれ。元々四つ無かったが、増えた頭を減らしたくは無いだろう?」
「ラジャー! だよ!」
昴は嗣音に目配せをすると、嗣音は一度頷き、他の場所を探索している機動部隊に連絡を入れた。
「多分、この辺りの頭。いや、それどころかこの国の信奉者の頭の可能性さえある。前に殺した奴等とは、気配が全く違う。残虐性、狂気性、異常性、そして何より、俺達以外全員厭忌の敵って目が言ってる」
「……昴さんがそこまで言い切りますか」
美愛は自然とその言葉を吐いてしまった。それ程まで、昴の強さに疑問が無かったのだ。その彼がそれを言うことが、どれだけ恐ろしいことなのか。
「……だが、何と言うか、黒恵とミューレンを拐おうとした奴と大体一緒か……?」
「……使徒の一人だったのでしょう。アフリカ系、特にアメリカ人に近しい顔立ちの黒人でしたか?」
ジョヴァンナが確信めいた顔でそう聞いた。
「ああ、日本語は饒舌だったが、イントネーションから考えてもアメリカ人なのは正しいはず」
「……やはり、使徒の一人でしょう。彼等信奉者はイエス・キリストの高弟である十二使徒に因み、十二人の最も上手く力を扱う人物が居ます。一人は、御存知でしょう。リュドウィッグです」
「そうか……彼奴も信奉者だったのか。じゃあやっぱりあの指輪は渡さなくて良かったな」
「十二人は人間だった名残を殆ど失う程の怪物の姿に変わります。貴方が殺した使徒は、血を分け与えれ、その苦痛に耐えれば同じ姿になれると言う厄介な力を持っていました。貴方が殺せて良かった」
「狙撃手なのに自分で出たんだから、まあ、楽に殺せた。あのまま狙撃ばっかりやれば殺されなかったのに」
ジョヴァンナは話を聞いた当初では、それこそIOSPの機動部隊の戦力を動員して殺したとばかり思っていたが、どうやら昴一人で殺したと言うことにようやく気付いた。若干懐疑的な目を昴に向けたが、「まあこの人だし」と勝手に思って勝手に納得した。
超常的存在対策機動部隊を動員し、悟られない様に、気付かれない様に、少しずつ、その青年を囲う包囲網を作り上げる。
「あっちもこんな人前で怪物になりたく無いだろ。こっちも人前で戦いたくない。互いに利害は一致してるだろ? なら――」
「人気の無い所と言えば……廃墟になった工場がこの地域にあります」
「流石深華、調査能力とその記憶力が羨ましいな」
「……ブチ犯しますよ」
「嗣音さーん! 貴方の娘さんにレイプされそうでーす!! 助けて下さーい!!」
そして、昴とジョヴァンナの二人がその廃墟になった工場に忍び込み、あの青年を誘き寄せることになった。他の隊員は変わらず包囲網を維持したまま、少しずつ逃げ場を無くす算段だ。
若干の気不味い空気が、静かな工場内の二人の間に流れた。工場内は鉄臭く錆臭く、何を作っていたのか今は想像も出来ない三本のレールから枝分かれして伸びていた他のレールが工場内を巡っている。
「……なあ、ジョヴァンナ」
「何ですか」
「済まなかったな。首絞めて」
「別に良いです。気にしてません」
「心配してくれてたんだろ?」
「……我等獣狩り、それは人であった者を殺す人殺しの集団。それを認めたくが無い為に、獣を狩ると言い張っている。……貴方の言う通り、貴方と、何も、変わらないのかも知れません」
「それでもやらないといけない正義がある。そうだろ?」
「死体を掘り起こし、それを使って生き返らせる。それは終末での復活が出来ないと言うこと。千年王国を目指している彼等が、報われない。ならせめて……もう誰も犠牲にならない様に、彼等を来たるべき終末まで安らかに眠れる様に、一匹残さず踏み潰し焼き尽くし叩き潰し、殺し尽くす」
ジョヴァンナの瞳に憎悪と敵意が宿った。同時にそれは彼女の決意でもあった。
そんな中、昴は何処からか化粧道具を取り出しメイクを始めた。流石のジョヴァンナもぎょっと目を丸くさせていた。
「……何故今?」
「んーいや、俺が思うに、化粧って言うのは自分を隠す物だ。化粧の場合は顔。香水は体臭。そして服は趣味を隠す。こっちも広く顔が知られると困る立場なんでね。ある程度隠した方が好都合だ」
口紅を塗り、またまた何処かから取り出した手鏡を覗きながら上下の唇を擦り合わせ、唇を開く。そんなことを何度かした後に、昴は工場の影に隠れた。
少しの物音がした後に出て来た昴は、全身真っ白な服装に変わっていた。ロングスカートから見える足はすらりと伸びており、昴の女性的な体の強みを活かし、まるで別人の様な雰囲気を纏っていた。
「ほら、この通り」
昴の声色も全く違う物に変わっており、妖艶な美しさと深さのある落ち着いた女性の声になっていた。
「それなら昨日もそうすれば良かったのでは?」
「昨日は皆殺しだったし、目撃者も居なかったから別に良いかなと思ったのよ。今回は難敵そうだし、逃げられる可能性も考慮してね。ジョヴァンナはもう顔が割れてるんでしょ?」
すると、飛寧の頭が一つ昴の方へ帰って来た。
「死ぬかと思ったんだよ!」
「誘えた?」
「もうすぐ来るんだよ!」
同時に、こつんとわざとらしい足音が聞こえた。同時に二人の視線はその音の方向を向いた。
そこには、眼鏡をかけた青年が居た。痩せ細った体、ひ弱そうな顔立ち、そして乾いた皮膚。ぱっと見た限りでは、引き籠もっていた不登校の青年と言う印象しか受けない。
しかし、その行動の節々に違和感がある。まるで人間では無い何かが、人間の振りをしているのでは無いかと探ってしまう程に、何も異常は無いのに異常に見える。そんな違和感があった。
「どうもどうも、この辺りに、飛んでる人の頭を見ませんでしたか。……ああ、それとも女性二人で盛り合ってました? 何か済みません」
「白々しいわね、脳にいるそれの所為?」
「……ああ、何だ。知ってるんですか」
青年は眼鏡を外し、丁寧に畳んだ。それをポケットに入れている眼鏡ケースに入れると、それを何度も開閉していた。
「ええ、ええ、そうですね。私はマティアに位置する新参者の使徒ですよ」
マティア、それは新約聖書の使徒行伝にて登場する使徒の一人である。イスカリオテのユダが裏切った後、十二人目の使徒となった人物である。
「ヨセフも居るの?」
「さあ、どうでしょう。どうでも良いですけどね」
「……てっきり十二使徒を元にしているのだから、イスカリオテのユダも居ると思ってたのだけど」
「ユダ……ああ裏切り者め。聖人と成る可くして産まれたが死屍てしまった赤子の脳から出た精霊の力を自己の為だけに使う裏切り者め。彼が許せない。彼の所為で私が使徒になったのだ。なりたくも無いのに、なってしまった。あの大馬鹿者め」
青年は首を何度か回すと、いきなり天井を見上げた。同時に人間の首の可動域からは考えられない程に、首を左に曲げた。頭頂部が青年の肩に触れる程度に曲げると、それをまたぶらぶらと揺らし始めた。
「救われたいだけなんだ。ようやく生き返れたんだ。彼等は私を受け入れてくれたんだ。何も出来なかった自分を、役に立てるって言ってくれたんだ。無能な自分を、英霊だって言ってくれたんだ。もう生きる場所はあそこしか無いんだ」
青年はそう言って頭を元に戻した。すると、今度は激しく歯軋りを始めると、目が落ちそうになるくらいに瞼を開き眼球を前へ前へと出した。
「だから、殺さないと。知ってるってことは、私達を殺す悪魔だ。使徒である私が殺さなくてどうする。やらなくちゃ。やらないと、私は役立たずだ」
その頭部は突然林檎が実ったかの様に膨れ上がると、そこから小さな赤子の様な腕が無数に突き出された。一つ二つと数えると、その小さな腕は合計十一本ある。
青年の体が完全に怪物になる前に、昴とジョヴァンナがその頭部を燃やし、潰そうと走りだした。
青年は、口ずさんでいた。
「Glory to the Father, and to the Son, and to the Holy Spirit; as it was in the beginning, is now, and will be for ever」
青年の様に、蛆虫をイエス・キリストだと、メシアだと信じている彼等が呟くには、余りに罪深い言葉、栄唱である。
「Amen」
昴とジョヴァンナの猛攻さえも耐え忍び、青年の体は一瞬で怪物へ成り代わった。
そう、怪物へと姿を変えた。彼等はそれを偉大なる父から与え給うた天の使いの姿だと信じて止まない。それは決して、人を救う姿では無く、死体に巣食う虫が作り出した姿だと言うのに。
それは眼球の周りの肉が膨張してしまい、視界が完全に塞がれてしまった汚らしい獣の姿であった。その顔の巨大な肉からは五十六本の赤子の腕が並んでおり、全てが母を求めて藻掻いていた。
首は頼り無い程に細く、浮浪者の老人の方がまだ栄養があると思える程に青白い肌だった。
胴体は猿の様に毛が長く伸びており、素肌を隠していた。
下半身は屈強な程に筋肉が付いており、まるで熊の様だった。しかしその膨張具合に体が傷付いており、所々から出血をしていた。その傷は体の中から出て来た蛞蝓の様な軟体生物が隠すと、何時の間にやら治っていた。
背中からは蛸とも烏賊とも違う触腕を生やしており、海洋生物特有の粘液を纏っていた。その触腕が五つ生えており、やはり気色の悪い怪物だ。
狙うは頭部。昴の素早い蹴りは膨張した肉に食い込むだけで、最も重要な場所にまでは行かない。
死屍たる赤子と呼ばれる蛆虫、その最も重要な情報を伝える虫は頭のある部分に寄生する。最低でもその部分を潰すか損傷させれば一瞬で絶命に至り、これから蘇ることも無い。
そこを狙う。狙わない限り、彼等は永遠に戦い続ける。蛆虫に思考を変えられ、性格を変えられ、悪を討ち滅ぼす為に。
ジョヴァンナは武器の手斧を構えると同時に、その刃を獣の頭部に切り込んだ。切り付けられた傷から蛞蝓の様な軟体生物が溢れ出したが、それを払いながら何度も斧を叩き付けた。
すると、ジョヴァンナの体に目掛け、背中から伸びている触腕が大きく振り被った。それは力強くジョヴァンナの背を叩くと、酷く鈍い音が聞こえた。
彼女は悲鳴の一つも上げずに、表情筋さえぴくりとも動かさずに、無慈悲に無遠慮にもう一度斧で肉を切り込んだ。
だが、まだ届かない。ジョヴァンナの体は、悲鳴として分かり易く出て来る以上の傷を負っている。体を動かす度に節々に刃物で刺された様な激痛が走っているのだ。
無論、獣の上、つまり廃工場の天井にある錆びたパイプを掴んでいる彼にとっては関係が無いのだが。
昴は手をぱっと離すと、左手の人差し指を立て、獣の触腕に向けた。一言だけ、素早く彼は「"針"」と唱えた。
三つの火の玉が浮かぶと、その炎の中から僅かな熱と少しの爆発を推進力に、鉄の針は高速で放たれた。
三つの鉄の針は真っ直ぐ吹き飛び、獣の触腕に突き刺さった。昴は獣の頭頂部に足を乗せると、そのまま右手を針に向けると、その鉄の針の先から爆発が起こった。
触腕は容易く引き千切れてしまい、同時に爆音によって聴覚に異常が起こった。激しい耳鳴りと奥に痛みがじんじんと広がったが、昴にとっては関係無い。
ジョヴァンナは自然と昴に視線が動いていた。そんな彼女でさえも一瞬で見失う程に、彼は他者の死角に入り込むことが得意だった。
ようやく見付けたと思えば、昴の獣の膝に向けて突き出した蹴りが、直撃していた。まるで旧型銃の弾丸が放たれた様な鈍く巨大な音が響いたかと思えば、今度はまた獣の頭頂部に足を乗せていた。
「使徒もこの程度なのね。楽に殺せそうで良かったわ」
昴は両手の平をその頭部に押し付けた。すると、そこにある無数の赤子の手が、小さな小さな指を昴の長く細い指に反射的に絡ませた。
ほんの一瞬、それこそ瞬きの間だけだが、昴の微笑みは、惨痛を表す酷く醜い表情に変わっていた。
直後、巨大な焔が昴の両手から放たれた。当たり前だが、その衝撃と熱に耐えられるはずも無く、獣は地面へ倒れ伏せた。
少しずつその体が人間へと戻って行くと、その頭部の悲惨さが増した。火傷痕だけでは無い。あの爆発は骨を砕き内部の脳さえも甚大な傷を負い、最早虫の息になっていた。
最後、青年は焼けた喉でがらがらの声を出しながら、何とか動く両腕を上げ、昴に伸ばした。まるで自分が信じている救世主に伸ばす腕の様だ。
「……ああ……な゛んで……こうな……んだ……。……ぼく……すくれたかった……だけなのに……」
青年の目から一滴の涙が溢れていた。昴は、それを何も籠もっていない表情で見詰めていた。
昴の焼けた手に炎が集まると、そこに鍔も柄も無い剥き出しの刀身が作り出された。自分の力をまだ御しきれていないからか、その長さは四尺程になっている。
昴はそれを逆手に持ち、両手でしっかりと握り、僅かに震えた手で思い切り青年の頭部に突き刺した。同時に炎が罰の様に吹き出すと、青年の頭部は完全に灰に変わった。
「……すば――」
ジョヴァンナは信じられない物を見た。
昴は、笑っていた。悪魔の様な笑みでは無い。もっと下品で下劣で嫌な笑顔。口を大きく開き、白く健康的な歯を見せる笑顔。ジョヴァンナは知らないのだろう。その笑顔は、青夜の笑顔と全く同じだと言うことを。
だが、その笑顔はすぐに苦悶へと変わった。直後に、彼は嘘を顔に塗りたくり、微笑んだ。
「……さて、ジョヴァンナ、使徒も難無く倒せたぞ。これで二人目。リュドウィッグは除外するとして、残るは九人」
「……昴、やはり、貴方はもう――」
「ジョヴァンナ、もう俺は止まらない。止まりたくない。俺が躓きそうな石にもなれないのは、もう分かってるだろ」
「そうではありません。戦うことを辞めろと言っているのではありません。一度だけでも、その心を癒やす時間を設けなさい。今の貴方は――」
「黙れジョヴァンナ!!」
昴は怒声を発しながら、焼けた左手で旧型銃を掴み、銃口をジョヴァンナに向けた。
「ちっ……違う……あぁ……違う…………!! こんな……違うんだ……うっ……!」
昴は廃工場のレーンを影に隠れると、そこで吐瀉物を吐き出した。昨日と、今日の軽食は全て吐き出し、その後も黄色い粘液を吐き出して、苦しそうな嘔吐きが何度も聞こえるだけだった。
「……はっ……あぁ……光……あぁ……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい…………」
ジョヴァンナはそんな昴の胸ぐらを掴み、工場の壁に投げ付けた。
「黙るのは貴様だ昴! そんなに心が傷付いてまで何故戦う! 悪魔だからか! そんな自分が許せないからか! その苦しみが弟の所為で無ければ、もうとっくに壊れているのが分からないのか!! いいや!! もう既に壊れてその欠片を自分の足で踏み躙っている!! 何故分からない!! 何故理解出来ない!!」
「……黙れ……黙ってくれ……」
「一度でも貴様の意思を尊重した私が馬鹿だった……! あの時足の骨数本折っておけば……!」
「……ごめんなさい」
その一言にジョヴァンナの感情は更に爆発したのか、拳を握り締め昴に振り下ろした。
だが、その拳は昴に当たらなかった。その八尺程度の巨体で、昴を抱き締める彼女の背に当たってしまった。
魅白が何度か昴の顔色を伺っていたが、何故か微笑んでいた。先程まで嘔吐を繰り返していたのにも関わらず、苦痛も悲哀も無く、微笑んでいた。ずっと微笑みを崩さなかった。
「ぽぽ……ぽぽぽ」
「……大丈夫……大丈夫だから」
昴の両手は高龗神が握っていた。その力で火傷を治しており、そして昴の苦痛を少しでも和らげようと苦悩していた。
「……クソッ……!!」
ジョヴァンナは傍にあったもう動かない機械に、当て損ねた拳を叩き込んだ。
「……なあ、ジョヴァンナ」
昴は小さくそう呟いた。
「……何ですか」
「……今更で悪いが……黒恵は誰が守ってるんだ」
「……今は他人の心配をしている場合ですか」
「黒恵は死屍たる赤子の教会が狙ってるんだろ。知りたいんだ」
「……詩気御が守っていると言っています。彼が居るなら大丈夫でしょう」
「……そうか。良かった」
昴は魅白の腕を振り解き、微笑みながら立ち上がった。
「よーしちょっと休んだから元気百倍」
「0に何を掛けても0です」
「はは、ナイスジョーク」
「こっちは真剣だ」
「あっそ。どうでも良い」
すると、戦いが終わったことを悟って機動部隊が中に入って来た。
「……終わらせたか」
一真が煙草を吹かしながら死体を眺めてそう言った。その視線は昴に向くと、心配そうに顔を歪ませた。
「……元気そうだな」
「当たり前だろ? 俺を誰だと思ってる」
「違う。人を殺した癖に元気そうだなって言ってる」
「……気の所為だろ。公安警察官の推理力も高が知れてるな」
「……ああ、そうだ。お前に頼まれた物を仕入れて来た」
そう言って一真はコートから白い箱を昴に投げ渡した。その白い箱を昴はまじまじと見ていた。ぱぁっと笑顔になると、昴はその白い箱に頬擦りを始めた。
「あぁ懐かしいパッケージ……! 十五の最悪の青春が蘇って最低の気分になる以外の欠点は無いくらい嬉しい煙草!」
昴は包装をゆっくりと丁寧に破り、口紅を拭いてから新型煙草を咥えた。高龗神がまだ手を握っていたが、それを無理矢理離し、立てた指から火を放ち煙草の先に火を点けた。
「あぁー生き返るぅ……五年振りの美味……もう東京だと手に入らないんだよなぁ……何でこんなに人気が無いんだろ……甘過ぎるからか?」
昴は煙を目一杯吸い込んだ後、思い切り吐き出し、心から嬉しそうな笑顔を演じた。
「じゃあ今日はこれで! さよーなら!」
そう言って昴は走り去ってしまった――。
「――はー……美味しい。久し振り……」
昴が思い起こす最低の記憶。それを打ち消す最高の煙草。今の昴の心情と合わせれば、彼の心は癒やされること無く、より一層酷く荒れてしまった。
何度か嘔吐くと、彼はまた微笑んだ。
「……まだ、大丈夫。……はは……ごめんなさい……。……戦わないと。戦力を、集めないと……大丈夫、まだ戦える。僕が、戦わないと……。……誰から連絡しようかな」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
今更ですが、この話大丈夫でしょうか。……一応言っておきますが特定宗教の批判ではありませんので……許して下さい……。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




