弐拾五つ目の記録 磐座の下、その上 ⑤
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
黒恵は、見付からない。
もう夕焼けが眩しい。それに、何だか騒がしい。岩の注連縄が切られていただとか、そんな言葉が何度か聞こえる。
「……はぁぁ……何処に行ったのよ彼女は……」
「難儀だねぇ。彼女の行動原理が分かれば、良いんだけど」
「……環さんは、逆に行方不明になる方ですからね……」
「良く分かったね! 今まで十回くらい行方不明届が受理されたことがあるよ!」
「……はぁぁ……」
黒恵は私の心配を今も知らずに走り回っているのだろう。彼女はそう言う性格だ。本当に、私のことなんて何も考えない、そんな自分勝手な性格。……だからこそ、私は彼女の親友になったのだが。
夕真さんは今も黒恵を探してくれている。私達は体力が尽きて旅館で休んでいる。
「……君、白神黒恵の功績は他にあるかい?」
「大統一理論を一人で証明したらしいです……」
「……何だいそれ」
「……この宇宙の力は、四つに別けられるんです。電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用、重力相互作用、この四つです。……実は弱い相互作用よりも重力相互作用の方が弱いんですけど」
「や、ややこしー……」
「それで、この四つの力は一つに統一出来ると予想されているんです。大統一理論は電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用を統一する理論です。四つ全部の統一は超大統一理論って言います」
「へー……ちょっと待って。それってつまり宇宙の根源的な力の観測に一歩近付いたってことかい?」
「お洒落な言い方ですね。まあ、大体合ってます」
「……そんなに知ってるってことは、そう言う研究を君も?」
「いえ、私は宗教学専攻なので。偶に脳神経医療もやりますけど」
「……君、ひょっとして僕とは比べ物にならないくらいのハイパー頭良い人?」
あの説明できちんと理解出来る環さんも充分なくらいにハイパー頭良い人だと思うのは、おかしなことだろうか――。
――夕真は、曇り空の下を高く飛んでいた。右手にロザリオを握り、そして空から黒恵を探していた。
彼女の背には天使の様な白い翼が羽撃いており、その翼の持ち主は夕真の背中に引っ付いている神仏妖魔存在だろう。
その神仏妖魔存在は、二つの羊の頭を持ち、そこから下は白い羽毛を持つ鷲の様だった。
「……居ませんね。何処に行ったのか……」
すると、夕真は山の赤い肌には似合わない小さな違和感に気付いた。似合わない白色が、ぽつんとあるのを見付けた。
それは、桜だった。季節外れの桜だった。春の季節に置き去りにされた狂い咲きの桜だろうか。
いいや、違う。彼女はそれにすぐ気付いた。あの花弁からは、黒恵の矮小な力を感じるのだ。
夕真の背中にいる神仏妖魔存在が大きく羽撃くと、一気に急降下し、その桜の傍に降り立った。
黒恵が居た。彼女はその桜の傍で座り込んでおり、足から血を流していた。その目は虚ろで、呼吸も小さくそして荒く、酷く窶れていた。
彼女が握っている刀は目印の様に桜の前の地面に突き刺さっていた。
「……夕真さん……?」
「……取り敢えず、怪我の手当をしましょうか」
「……駄目……来る……彼奴等が……来る……!」
黒恵の声は震えていた。それは恐怖では無い。一夜、傷付いた足を引き摺り、その体にまだ見合わない大きな力を使い過ぎたことによる弊害であった。
夕真の鼻には何も感じなかった。だが、彼女がここまでの疲弊と怪我を残しているその状況から、何か恐ろしい存在が近くに居ることだけは理解していた。
すぐに黒恵の体を抱き抱え、先程よりかは重く翼が羽撃いた。同時に、夕真のスマホに着信が響いた。
ミューレンからの通話だった。
「もしも――」
『黒恵が居るわ! そこに!!』
余りの大声に、夕真の耳の奥が破れた様な痛みが突き刺さった。
「……犬の様に大声を出さないで下さい。その汚らわしい声帯切り捨てますよ」
『兎に角居るんですそこに!! だって……いや……何でかは分かりませんけど……。……桜が、咲いている。桜が咲いてるんです!』
「……もう保護しています。今は、疲れ切っている所為か寝てしまっていますが」
『ああ……良かった……本当に……』
ミューレンの啜り泣く声が通話から聞こえた。夕真は何と無くの気不味さを覚え、一方的に通話を切った。
そして、二人の体は僅かに浮かんだ。その瞬間、夕真の鼻腔に嫌な臭いが通った。
「初めまして、人の子よ」
彼女は、若干の怯えと言う絵の具を、目の前にいる女性に落とされた。だが、夕真にとってそんなことはもう慣れた感覚であり、同時にそれを御する方法も意識的に分かっていた。
故に、警戒は怠らない。彼女は祓魔師。決して多くは無いが、人に害する彼等を殺す罪深い者。科学によりその全てを否定され得る存在となり、最早姿さえも保てなくなり、別の世界へ逃げ込んでしまった存在達。
今は過去に強大な力を宿していた存在しか生きられず、その数少ない存在さえも式神に成り果てる程に弱くなってしまう。彼女は今も何とか存在し、藻掻いている存在さえも殺す罪深い者。
夕真は背にいる神仏妖魔存在の一つの羊の口の中に手を突っ込むと、そこから旧型銃を取り出した。銃口を目の前の女性に向け、そして引き金に指を掛けた。
「……誰だ、貴様」
「誰、ですか。そうですねぇ……一番近い物で言えば、巫、でしょうか?」
「……神の意思を伝えに来たと?」
「ええ、そうです。そう言う感じです」
銃口を向けられていると言うのに、目の前の女性はへらへらと呑気に微笑んでいた。
夕焼けに照らされる女性の姿は、何処か神秘的で、しかし恐ろしい。
「実は、頼み事があるんです。貴方も気付いているでしょう? あの大岩の下に眠る善神を。それを、助けて欲しいのです」
「断る」
「……それは、何故?」
夕真は躊躇無く引き金を引いた。その弾丸は女性の胸を貫いた。
「嫌な臭いだ。悪臭だ。人を餌にしている、罪深き悪臭だ。同時に嘘の匂いもする。ああ、臭い臭い。鼻が曲がりそうだ」
目の前の女性は相変わらず微笑を浮かべているだけだった。
「もう遅い。全てが、全部、もう遅い。人の子よ。指を咥えて待っていろ」
その女性は最後に口角を大きく釣り上げ、赤い瘴気となって夕焼けの茜色に溶けて消えてしまった。
夕真は一度だけの舌打ちをすると、彼女の背にいる神仏妖魔存在の翼が大きく羽撃くと同時に、夕真と、抱えている黒恵の体は空高くに飛翔した。
故に、見てしまったのだ。湖に立っていた巨人の、悲惨な姿に。
巨人は湖の上に、まるで水死体の様に浮かんでいた。周りの山々から風が吹いて落ちてきた紅葉を乗せながら、その巨人は湖に浮かんでいた。
伸びている腕は、まだ二本だけ山頂に上に置かれており、その腕も徐々に白骨化が進んでいる。
夕焼けに目を萎ませながら、夕真は周囲を見渡した。そして、はっきりと、この地域に何が起こっているのか、それを理解したのだ。
「山の神が死にかけている……! 何故気付かなかった……! 少し考えれば分かることだった! クソッ……!! ……今は、黒恵さんを……!!」
夕真は急いで旅館に戻った。二人分の重量だからか、背にいる神仏妖魔存在の翼の動きは若干遅かった。その影響で、旅館に戻る頃にはもう日が落ち切っていた。
事は一刻を争う。そんなことは既に理解していた。そして時間が足りないことも、理解していた。
旅館に入ると同時に、疲労困憊の黒恵が目を覚ました。そして、こう言ったのだ。
「……一つ、まだ一つ、残ってる。二つ目は私が直した……。だから、後、二つ……」
「二つ……何処と、何処ですか。山頂の上の岩と言うのは分かっています。注連縄が切られていたとか」
「……東と、南。まだ、直してない……」
「……分かりました。やってみましょう。……まず貴方は休みなさい。怪我もしている様ですし」
黒恵を旅館の大広間に安置すると、すぐにミューレンが飛び付いて来た。
「……苦しい……」
「……逃さない様にするなら、此くらいが充分よ」
「……ごめんって……」
夕真は一瞥した後に旅館を後にした。環と薫が居ないことに若干の違和感を抱いたが、特に気にも留めなかった。
迷惑になるだろうが、夕真はこの村唯一の神社へ向かった。事は一刻を争うのだ。
「真弓! 真弓は居ますか!」
すると、もう夜なのにも関わらず拝殿の中で祝詞を上げている真弓が居た。
「……どうしました? 祝詞中ですが……」
「今すぐ二本の注連縄を! 予備の注連縄はありますよね!」
「ええ、勿論……しかし何故……?」
真弓の疑問に答えずに、夕真は渡された注連縄を手に、背中に従わせている神仏妖魔存在を出現させ、白い翼を羽撃かせ東の山頂へ向かった。
十分か、二十分か、時間は掛かった。飛んでいるとは言え、決して速い訳では無いのだ。
山頂に着くと、確かに注連縄が切られていた。
夕真が急いでいる理由。それは実に簡単だ。巨人が立っていたその岩の下から感じる異質な力が溢れ出しそうになっているのだ。
巨人は六つに別れた腕の内の四つを山頂、つまり山に居る神仏妖魔存在が鎮座する場所に置いていた。その神仏妖魔存在の依代として、この岩がある。
その岩から巨人は力を分け与えて貰い、その体を維持していた。全ては、自分が立っている岩の下からアレが這い出ない為に。
注連縄が切られれば、辛うじて存在を維持していた山の神仏妖魔存在は力を失い、死と隣り合わせになる。神が宿っている証としてのそれを切られたことが大きな理由だろう。それが無く存在を長く維持出来る神仏妖魔存在は数少なく、全国的に知名度がある存在しか居ないのだ。
そう、黒恵はこれを自身の頭で、夕真の様な特別な知識も無く、導き出したのだ。
切られた注連縄を、持って来た一本の注連縄で結んだ。これですぐに元通りになる訳では無いが、状況は最悪の一歩手前に戻った。
夜が更けてきた。深い夜は、彼等達が現れる時間だ。
その岩の上には、肉塊が蠢いていた。今、それに宿る神仏妖魔存在を侵そうと腕を伸ばしていた。
それは赤い肉塊に複数の口と、眼球が張り付いており、何処か真弓の頭に腫れていた肉塊に似通っていた。
すぐに夕真は銃口を向け、素早く二回引き金を引いた。一発目はその肉塊に掠め、二発目はしっかりとその中心を貫いた。
すると、今度は夕真の周囲から何個かの足音が聞こえた。彼女の警戒はまだ続く。
やって来たのは、人型の怪異存在だった。それは全身から赤い肉を露出させている使いの存在だった。
腹部には赤い肉塊が膨らんでおり、そこに歯並びの悪い大きな口があった。
その口は絶え間無く戯言を呟いており、それに意味等無かった。
だらんと垂らした地面に付いている腕の先には、鋭く長い爪が伸びていた。
この存在こそが、黒恵を襲い、逃げていた存在である。
それは俯くと、一気に足を前に出し、走り出した。
夕真はそれに向けてもう二発銃弾を放った。だが、銃と言うのはしっかりと狙わなければ簡単に外れる物。銃口を向けただけで当たる訳でも無く、一発目は狙いを定める為に撃つのが良いだろう。
それが風向き等の外的要因を受けやすい旧型銃なら尚更である。
その銃弾の二発は外れてしまった。そして夕真の旧型リボルバーの弾数は六発。全て撃ち切ってしまった。
その大きく振り被った腕が夕真の頭部に直撃する直前、彼女とその腕の間に、白い翼が阻んだ。
同時にそれが大きく羽撃くと、夕真の体は大きく飛んだ。
「危なかった……怪異……主となる存在によって作られた怪異ですね……。あの岩の下の奴か……!」
大きな湖の底から、赤い瘴気が漏れ出している。時間は刻一刻と迫っている。あの下に何が居るのか、それは夕真には分からない。だが、目覚めさせてはならない。それだけは分かる。
次の山頂に向かう最中に、旧型銃のリボルバーに隠し持っていた弾丸を詰めた。
星空が輝く。湖から噴出する赤い瘴気は精一杯腕を伸ばしている。
もう一つの山の上の岩に着くと、どう言う訳か環と薫がその岩を触っていた。
「助手君どうだい。何か特筆すべき特徴はあるかい?」
「見た目的に流紋岩に似てますね……けど近くに火山は無いですし……うーん? 運んで来たんでしょうか?」
「火山の岩をここまで運んで来る? しかし近場の火山はここから遠く離れているよ。今ならまだしも、この岩が本気で信仰されていた時代でそれは余りにも労力が大き過ぎる。もしや火山の神の加護を貰おうとしているのかもね」
薫は背負っている大きなリュックから虫眼鏡を取り出し、その岩を覗いた。
すると、岩の後ろに回った環が夕真の姿に気付いた。同時にその手に持っているリボルバー型の旧型銃に気付いたのだ。
見慣れない武器と言えど、その危険性は色濃くあり、環はすぐに手を挙げた。
「待って! 待って待って! クッソ政府の環境保護職員だったのか! だけど僕達は何もしていない!」
「何勘違いしているんですか」
「へ? 違うのかい?」
「違います。通報する気もありませんし、見た所何もしてないので良いです。……さあ、今すぐここから離れて下さい。今この山には――」
瞬間、夕真の鼻腔を擽った、酷い悪臭。
夕真はすぐに振り向き、威嚇射撃の為の一発を撃った。それに怯んだのか、先程の岩の周囲にも居た怪異存在と瓜二つの存在が後退りした。
それは紅葉舞い落ちる山の影から続々と、集る蟻の様に奥から這い出て来た。
夕真は舌打ちを一度だけすると、持っていた注連縄を環達に投げ渡した。
「結べ! 結び方は学者なら知っているはずだ! 早く!」
「まずあれは何だい!」
「喧しい! さっさと結べ! 手遅れになる前に!」
そう言って夕真は背後に張り付いている神仏妖魔存在のもう一つの頭の口の中に手を突っ込んだ。そこから引き摺り出したのは、球状の頭部に複数の棘を備えた物を柄頭にしているメイス、俗に言うモーニングスターだった。
それをか細い腕で豪快に振るい、襲って来る怪物の頭部目当てに振り落とした。
重厚で鈍重なその一撃はそれの頭部を容易く粉砕し、破裂させ、陥没させ、脳髄を弾き飛ばした。
振り下ろしたモーニングスターをそのまま薙ぎ払い、やって来たそれの腹部に激突した直後に、そのまま左手で勢いのまま振り回し、右手で後ろにいる存在に銃口を向けて一発撃った。
夕真が怪異存在を薙ぎ倒している隙に、環と薫は恐怖に支配されながらも震える手で注連縄を結び直していた。
「助手君! そっち持って!」
「ああご免なさい!!」
「ほら、早く! 最悪死ぬよ僕達!」
何度か注連縄を落としてしまったが、二人は何とかそれを結び直した。それと同時に、夕真の警戒を掻い潜り、影に潜んで環と薫に襲い掛かる怪異存在が現れた。
それは長い腕を大きく振り、環の体に迫っていた。
隣に居た薫が、背負っていたリュックの帯を掴んで、それを怪異存在に思い切り投擲した。
気弱ながらもそれに怯んだ怪異存在に、夕真は銃口を向け二発三発撃ち込んだ。片手で撃っているからこそ、反動は凄まじく、彼女の体が後ろに倒れてしまった。
瞬時に立ち上がり、背中に張り付いていた神仏妖魔存在は環を鷲の様な足で掴み、環は薫に手を伸ばし、その手を握った。
そのまま神仏妖魔存在は何度も大きく強く羽撃き、少しだけ地面から浮いた頃に夕真がその神仏妖魔存在のもう一方の足を掴んだ。
そのままそれは怪異が蔓延る山の上から飛び上がったが、三人を飛ばすのはやはり難しく、少しずつ降下を始めた。それは滑空に近かったが、山の上から下に移動するだけなら充分だった。
「飛んでる! 飛んでるよ助手君!」
「動くな学者! 助手諸共落ちても知らないぞ!!」
「ああ確かに!!」
そうして夕真の視線は、自然と湖に向かった。そこに、動く人影が僅かに見えた気がした。
「……誰か、居ますね」
「全然見えなかったよ?」
「居た様な気がするんですが……」
すると、彼女達の背、つまり先程まで自分達が居た山頂から、春の風を感じた。同時にそれは強い春風となり、彼女達の背を押した。
「……また黒恵か……! 安静にすれば良いのに……!」
彼女は感じ取っていた。湖で何か企んでいる、好奇心のまま動いている二人の匂いを――。
――私達は一緒に湖までやって来た。勿論、黒恵の"扉"を使ってだ。
だからこそか、黒恵の息が荒くなってしまっている。
湖の上には、体格の良い男性が浮かんでいた。それは赤い肉塊が膨れており、辛うじて人間だと思える程に原型が保たれていなかった。
……恐らく、真弓さんのお父さんだろう。その赤い肉塊が更に膨らんだと思うと、風船の様に破裂し、赤い瘴気を拭き出した。
……ああ、頭が痛い。酷く、痛い。涙が出て来るくらいの激痛が広がっている。
「……大丈夫?」
「ええ、大丈夫。今はまだ、ね。……夕真さんのお陰で山の神仏妖魔存在は息を吹き返したみたい。お陰で結界が張れたわ」
これは黒恵の提案。周辺の四つの岩を起点として、結界と言う"境"を作り出す。これで、この赤い瘴気はこれ以上外に行くことは無いだろう。
「……出来る?」
黒恵の問い掛けに、私はこう返すしか出来ない。
「多分、出来るわ」
「出来なかったら、私達が死ぬのよ。気張って行きなさいよ!」
黒恵は無理矢理笑顔を作った。
祭りの為に容易されている小舟を二人で押して、赤い瘴気が漏れ出す湖の上に浮かべた。それに乗り込んで、二人で湖の上を船で走った。
呑気に景色を楽しみましょう、なんてことは言えない。……それにしても、今の彼女も好奇心のまま動いている様に感じる。
結界を作れるのかと思い、その好奇心の理由を付ける為に、赤い瘴気が勢力を伸ばすことを阻止すると言い訳を作ったり。そして今は、私に向けられた好奇心。
……彼女の好奇心に答えないと。彼女の、唯一の親友だから、ね。
「……多分、ここから進んだら私が危険ね。出来るわね?」
「……ええ、大丈夫」
「……帰ったら、まあ、牛乳一本は奢ってあげる」
「やる気が出て来たわ。それじゃあ、行って来るわ」
私は湖に飛び込んだ。
赤い瘴気を諸に吸い込んでも、私の体は若干の痛みを広げるだけで体に異常は無い。良く言われる、私の強大な力が無意識的に守ってくれているのだろう。
そして、もう瀕死状態の巨人に攀じ登り、重くなった洋服が肌にぴたりと張り付いたまま、私は巨人の背にある肉塊に向かった。
持って来たナイフでその肉塊に突き刺した。余りにも不快な感触だ。蛙の解剖をやった事がある? それよりも、自分の中にも巡っている生命を司る液体が溢れ出るからこそ、忌避感を強く感じる。
だって、蛙の解剖はこんなに血が出ないもの。
そして刻んだルーン文字は、ハガル。これがこの岩の下から這い上がろうとしている存在の呪いに対して有効なのは、黒恵と真弓さんで実証済みだ。
少し時間は掛かったが、その肉塊は少しずつ小さくなり、そして消えた。
頭の奥の痛みが更に酷くなって行く。同時に指先にも痛みが膨らみ始めた。
見てみると、私の指先が赤く腫れ始めた。どうやら、私の無意識的な防護は完璧な物では無いらしい。
急いで巨人の首に、ルーン文字を刻まなくては。
瞳を銀色に染め、効力が永遠に続く様にする為に、見えるルーン文字に沿ってそれを刻む。
刻んだルーン文字の名は、ソーン。それは棘や巨人を表すルーン文字。この巨人がその力を失い掛けているのなら、それを刻めば戻るのでは無いかと言う黒恵の仮説だ。
「早く起きなさい! 貴方が守ろうとした人間達の為に!!」
私は刻んだルーン文字に、力強く叩く様に触れた。同時にそれは明るい赤色に輝いた。
すると、湖を揺らす地響きが始まった。どうやら岩の下からの様だ。今正に、この磐座の下に眠る神仏妖魔存在が這い出ようとしているのだ。
その地響きが頂点に達すると、私の体は若干の浮遊感に襲われた。
見ると、巨人が起き上がっている。その肩に私の体が乗っているのだ。足を滑らせ、私は湖の上に落ちてしまった。
水の上に落ちたが、体中が叩き付けられた。全身が痛む。まるで壁が私に飛んで来たみたいに、体中が痛い。
すぐに黒恵が船を漕いで私を拾ってくれた。ああ、良かった。
見上げると、巨人が両脚で立ち上がっていた。腐敗していた腕も完全に戻り、脚も完全に治っている。私のルーン文字の効力が物凄く大きいことは何度も示唆されたことだが、まさか彼の体が完全に治癒する程の効力があるとは……。
巨人の首は未だにルーン文字が明るい赤色に輝いていた。
そのまま持っている二つの剣を岩に突き刺すと、その下から何度も聞いたことのある禍々しい悲鳴が響いた。
同時に大きく、大袈裟に巨人がその上に胡座をかいて座り込んだ。
磐座の下に何が居るのかは分からない。磐座の上に座る巨人が一体何時からそこに居るのかは分からない。まあ、私の親友はそれも知ろうとしているのでしょうけど。
すると、黒恵が私の膝の上に頭を乗せた。むしろ倒れた、と表現した方が良いだろう。
「……疲れた……」
「お疲れ様。……ほら、私に対しての労いの言葉は?」
「……お疲れ様、私の親友」
私は彼女に向けてクスクスと笑った。
船を漕いで湖から降りると、黒恵から寝息が聞こえた。また眠ってしまったらしい。怪我の手当もまだ簡易的だ。帰ったらやらないと。
何とか背負って降りると、ふと巨人の方を見た。
すると、巨人は私をじっと見詰めると、少しだけ頭を下げた様に見えた。気の所為かも知れないし、私の称賛が欲しいと言う承認欲求の所為かも知れない。
まあ、きっと巨人はこれからも磐座の上に座るだろう。磐座の下に眠る、何かを封じる為に。
……それが何なのか、まだ良く分からない。きっと、知らない方が良いのだろう。
「ほら、黒恵。起きてくれない? 一人で貴方を運ぶのはキツイのよ――」
――夕真は環と薫と共に、先に旅館に戻っていた。
彼女は事の顛末の解決を察知していた。その体を休ませ、そして旧型銃のメンテナンスを始めようとしていた。その直後に、着信音が響いた。
苦く憎悪に塗れた笑顔を浮かべたままスマホを覗くと、その着信は昴からの物だと分かると、忽ち救世主を前にした子羊の様に満面の笑みになった。
すぐに出ると、少しばかりの沈黙が聞こえた。
「……あの、もしもし?」
『……ああ……ごめん、なさい。……なあ、夕真』
「……何か、辛いことでも? 何時でも相談して下さい。光に飽きたら、すぐにあたしに乗り換えても良いんですよ? 何時でも貴方を受け入れます」
昴から、小さい呼吸音が聞こえた。それは僅かに震えており、まるで今にも泣き出そうとしている幼児に似ていた。
『……ああ……。……夕真。もう、分かってるんだ。夕真の後ろに、そう言う存在を倒す集まりがあるってことを』
「……誰から聞いたのですか?」
『予想さ。個人が旧型銃を仕入れられる訳無いからな。……その人達に、会わせてくれないか?』
「……どうして?」
『死屍たる赤子を撲滅する為に、出来る限りの戦力を集めたい』
昴の声は疲れ切っていた。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
次回は死屍たる赤子の教会の掘り下げを進めようと思います。同時に私の性癖を満たそうかなと。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




