三つ目の記録 温泉旅行は二の次に ④
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
――私達は机の下に、避難訓練のように丸まって隠れていた。廊下側から重く低い足音が近付いて来た。
好奇心は溢れ、ぜひ触りたいが、恐怖が鉄球を作り出し私の体をここに留まらせる。
それは少しずつ離れて、やがて聞こえなくなった。
「……セーフ……」
私は小声で隣の机に隠れているミューレンにそう呟いた。
「……何なのよ……アレ……」
「さぁ……けどビデオカメラで姿は撮れるわ」
ビデオカメラで写したその姿は進化論を破綻させるに事足りる造形の怪物だった。
背は簡単に天井に届く程高い。
頭は深い皿のような造形で、その中に様々な特徴を持つ眼球が満たされていた。眼球の殆どは腐り切り、どろどろの液体に近い物になっており、六つだけが未だに綺麗な瞳をしている。
胴体は白い布のような物で巻かれており、その隙間から度々後ろの景色が見える。つまりあの布の中は何も無いと言うことだ。だが、時折その布の隙間から青い液体が垂れていた。
その下は錆びついている鉄のような足が、人間の足のように生えている。
そして何より強烈な腐敗臭とこびり付いた血の匂い。アレは私達を喰うつもりだ。それくらい私でも分かる。
「ルーン文字で解決してよミューレン」
「そんな簡単に使えるものなのかしら。まずルーン文字って占いとかで使うはずなのよ」
「貴方なら特別な使い方が出来るんだから頑張って」
「……そうね。考えてみるわ」
「作戦会議、まず私達は階段を降りて、校門以外から出る」
校門にはまだあの良く分からない存在がいる。校門から出るのは辞めたほうが良いだろう。
「見つかったら?」
「見つかる前に逃げるか、見つかったら逃げるか、ミューレンの不思議ぱわーで逃げるか倒す」
「作戦の穴には臨機応変を詰め込むのね。了解」
「……今は下かしら」
「……一階に行ったら二階に降りましょう」
「ここでそれが分かれば良いんだけど」
私達は静かに歩きながら廊下を覗いた。
重く低い足音は下から聞こえる。階段を降りるくらいは出来るはずだ。
壁から階段の下を覗いた。割れた鏡からアレが写っている。
私はアイコンタクトでミューレンに下がるように指示した。隣の教室の机の下に隠れ、またやり過ごそうとした。
重く低い足音がこの教室の横を通り過ぎた。
ある程度通り過ぎたことを確認すると、私は教室から体を出した。
気付かれていない。つまり視界はあるらしい。ミューレンに手招きをして、階段を降りた。そのまま足音をたてずに、一階まで降りた。生徒口から外に出ると、二人で校庭に走った。
「まだよねミューレン!」
「流石にここに来るまでに時間はかかると思うわ!」
校庭の端には柵が張られている。錆びてもいるが、壊せるような物ではない。
「乗り越える……はちょっと……」
「……何か傷を付けられる石とか無いかしら?」
「えーと……あ、これとか」
少し大きめの石をミューレンに手渡した。ミューレンはその石で、柵の柱に傷を付け始めた。
縦の線を二本、その線の間に斜線を一本付けていた。それはミューレンがあの時使ったはがるだと思う。
その傷にミューレンは触れた。すると、明るい青の光が僅かに輝くと、柵は壊れてしまった。
「上手く使えてよかったわ」
「流石ミューレン」
「それ程でもあるわね」
そこから私達は学校を出た。後は山を降りるだけだが、無事に降りられるとは思えない。少し前に大きな獣のような咆哮が聞こえた。あの正体がただの野生動物なら良いが、もう信用も出来ない。
恐らく後で光が来るだろう。光が来たのなら昴も着いて来る。それなら安全はもう決まったものだろう。会えるかどうかはもう知らない。考えたくない。
……見られている。いや、正確にはそんな感じがするだけだが、さっきからずっとそう思っている。
あまりの恐怖による訳の分からない思い込みならそれで良い。だが、それを裏付けられることが一つある。
ミューレンの顔色はまだ悪い。そして、偶に辺りを見渡している。どうやらまだ敵対存在はいるようだ。今は好奇心を押さえて逃げる方が吉だ。
「……ミューレン、まだいる?」
「……何かが」
「……さて、どうする……?」
「どうするって言っても……」
すると、木々の後ろからこちらを覗く人影のようなものが見えた。本当にじっとこちらを覗いているだけだ。何かをするような素振りを見せない。
やがてその人影は私達に背を向け走り出した。
「……何だったのあれ」
「さぁ?」
そのまま道にもなっていない場所を下り、下山をしようとした。
すると、また重い足音が聞こえた。だが、あの学校から追ってきたわけでは無いようだ。前から聞こえる。
だが、やはり恐怖が来るのは当たり前だ。少しずつ少しずつそれは近付いて来る。
少し大きな木の影に隠れ、その姿を撮影しようとビデオカメラをその何かに向けた。
見ると、それはただの人のように見えた。だが、一瞬だけだ。すぐにそれが人ではないことが分かる。
成人男性の姿をしているが、眼球が抉られたように穴が空いている。
その穴から小さな蛇のようなものがいっぱいに溢れ、地面に落ちている。
やがて、それは足を止めた。少しだけ動かずにいると、突然激しく体を震わせながら奇声を発した。それは人間の声帯では決して出せない声であり、その声に絶望を含ませていた。
そして、一瞬だけ奇声が止まった。その次の瞬間にその頭が破裂した。血の代わりに蛇が撒き散らされた。
首から何かが這い出てきた。それは中の肉を喰らいつくし、中から出て来たのだろう。
それは蛇だ。人の体よりも大きい蛇だ。
それは口を大きく開き、骨のようなものを吐き出した。
次に自分が出て来た成人男性の体に噛み付いた。周りの小さな蛇もこぞってその体を喰らった。
成人男性の体を食い尽くすと、大きな蛇は周りの小さな蛇まで喰らい始めた。やがて、蛇まで喰らい尽くすと、その蛇の体に変化が訪れた。
その体は赫に染まり、その頭にある赤い瞳の下に、もう一対の瞳が出来た。
それは更に大きく成長し、辺りの木々を薙ぎ倒した。
そして、一つの瞳がこちらを見始めた。頭をこちらに向け、徐々に近付いて来た。
「……ミューレン。あれ、気付いてるわよね……?」
「……多分」
「……321で逃げるわよ」
「分かったわ」
「さーん……にー……いー……」
蛇が奇声を上げると、私達が隠れている木々をその太く強靭な尾で薙ぎ倒した。
「ゼロゼロゼロォ!!」
「やっぱり気付かれてる!!」
私達は走り出した。
「と、とにかく下! 下山!」
「けどこれを人のいる所に連れて行くのも不味いわよ!」
「じゃあどうするって言うのよ!」
「えー……と……ちょっと待って!」
後ろからこちらに這ってくる音と、木々が薙ぎ倒される音。それは簡単に人を喰らう蛇だ。人を喰らい血肉を満たし力をより強大にする。そんな蛇だ。
ミューレンは何かを思い付いたように小さな声を出した。すると、先程柵に傷を付けた石を構えた。
「えーと……確か……」
「何か思い付いたのね!」
「THORN! 象徴は棘や巨人! 刺して退治するわ!」
「それでどうやって刻むの?」
「……どうすれば良いのかしら……」
「一番大事なことじゃない!?」
「えーとえーと……! あっ!」
ミューレンは突然振り向き、自分の足元に縦線を一本描いた。
この行動だけなら簡単に出来て、ミューレンはまた蛇を背に走り出した。
蛇がミューレンの描いた縦線に胴体を乗せると、その記号は黒く光りだした。
直後にその蛇は凍り付いたように動きを止めた。その表情から何をどうやっても体が動かせないのだろう。
ミューレンは軽くガッツポーズをした。
「成功!」
「何をどうやったの!?」
「ISよ。象徴は氷、意味は停滞や停止や凍結などなど」
「じゃあ後は……」
「そうね」
ミューレンは蛇の近くの地面に縦線を一本、そして、下向きの斜線と上向きの斜線を繋げた。
ミューレンはその記号に触れた。明るい赤に光り、ミューレンの前の地面が隆起し、棘のようになった。
その棘は蛇の体を貫き、僅かな抵抗を残し、動かなくなった。
「……流石に死んだわよね?」
「これで生きてたらもう生物じゃないわよ」
「生物にしてはおかしいけどね」
安堵したのも束の間、今度は山全体で地響きがやってきた。それは地震と勘違いする程で、だが、その動きは生物のような印象を受ける。
「まだいる……?」
ミューレンは頷いた。頭を手で押さえており、体調が悪そうだ。つまり、よりヤバイ存在だ。
力強い雄叫びが山を木霊した。獣の匂いが近付いて来てる。
私達は咄嗟に走り出した。それは雄叫びを挙げ、私達に殺意を向けた。
猪が走るように力強く、速くこちらに突進してくる音が遥か後ろから聞こえて来る。
その音は簡単に私達との距離を詰め始め、息が私達にかかる程だ。
私は後ろを振り向いた。
まるで猪のような怪物が私達を追っている。その巨体は土を削り掘り起こし、木々を薙ぎ倒していた。
白い毛皮を身に纏い、何処か神聖な生物であるかのような感情を抱いた。
目は四つあり、その全てに殺意を滲ませこちらを睨んでいる。
足は前と後ろの間にもう一対あり、その六本足でこちらとの距離を詰めている。
「ミューレン! さっきの!」
「無理よ! 距離が近すぎるわ!」
「じゃあえーと……えーと……!」
すると、私達の横を通り過ぎる影が見えた。その素早い動きは、見たことがある。
何かが激突する音と、苦しむ獣の声。
振り向くと、女性的な体型の見たことがある人。
「昴ー!」
「あぁそうだ昴さんだ! 色々あってこれを殺すことは出来ないが、守れることは出来る!」
「じゃあ頑張って!」
昴は猪のような怪物の頭を両手で押していた。猪のような怪物は押し返そうと足を動かしていたが、昴は更に力を込めそれを更に押し返した。
「最近俺より強い奴とばっかり戦ってるせいか、戦うことが億劫になってるんだ。せめて早く終わらせてくれ」
『……それが余に対する礼儀か小さき者よ』
「何だ。喋れるのかよ」
だが、力強いなこの猪……。気を抜けば簡単に押し返されそうだ。まぁこんな大きな猪なら当たり前か。
昴は手を離し、後ろに走り始めた。
「頼んだぞ高龗神!」
小雨が降り始めた。それは龍の力の一つである。
それは更に強まり、空は曇る。そしてそれは降りて来た。
空から降りた白い蛇のような龍が猪のような怪物に体当たりをした。その猪のような怪物は軽く吹き飛ばされ、すぐに起き上がった。
『……大和に裏切った神よ。大層良い待遇を受けているのだろうな』
『……何故そこまで大和の神々を忌み嫌うのだ山の神よ』
『大和の神々は我等が住まう地に侵略して来た神では無いか。遥か遠方の地で魔物だと蔑まれこの地に逃げ込んで来た大和の神々が其れ相応の態度を示せばこちらとて快く饗したのだ。この地を支配した後は遥か北の地に住まい、多くの神々が大和に寝返った。大和の神々と敵対する神々はもう少ない……』
『大和の神々が攻め込んだのではない。大和の人々が攻め込んだのだ。神々の意見は古の時代から変わらないのだ。自らに其れ相応の饗しをくれた人々に返しをする』
『大和に寝返り、自らを大和の神から生まれたとする者に、余の気持など分かるはずが無かろう……』
『分かるはずが無い。貴様と私では意見の相違がある。一生分かり合えないだろう』
『己の保身ばかりに気を使った哀れな蛇よ。今なら怖ず怖ずと帰ることを勧める。余とて神を殺すのは心苦しい……。それが例え大和に寝返った神だとしても……』
『己の保身に気を使わないせいで、貴様は人々から蔑まれているのだ。戦い続け、憎しみ続けるのが誉か。ならばその誉は大したものなのだろう』
すると、昴はその神々の対話に入った。
「あーこんな奴が話に割り込んで悪いが、つまりこの猪は山の神ってこと?」
『そうです。恐らく黒恵さんとミューレンさんが何かしらの神を殺したのでしょう』
「……じゃあここで倒すしか無いか」
すると、山の神は大きく口を開き笑い始めた。
『小さき者よ。余には分かる。その体にこびり付いた血の匂い。余と変わらぬ。どうだ、この地で暮らすのは』
「断る。確かに俺と一緒なのは認める。だが、それだけでこの山に暮らしたいとは思わないんだ」
『ならばどうする。余にその身を捧げ喰われるか』
「嫌に決まってるだろ」
『ならば余を殺すか。神を殺すか。そのような度胸があればな』
「確かに俺は人を殺せない小心者だ。まぁそれは良いことだが。だが、お前はただの獣だ。俺と同じな」
昴は背に手を回し、隠し持っていたナイフを一瞬で山の神の目に向けて投げ飛ばした。
ナイフは目に深々と突き刺さり、獣の悲鳴が木霊した。
昴は山の神との距離を素早く詰め、目に突き刺さっているナイフを掴み目じりに向け肉を切り裂いた。もう片手で一瞬で構えたナイフをその下の目に突き刺し、そのナイフを下に引き肉を切り裂いた。
そして両手にナイフを構えた状態で山の神の頭の下に潜り込み、喉元を切り裂いた。そのまま低い体勢でスライディングで抜け、尾の方へ向け真っ直ぐ腹を切り裂いた。赤い臓物は腹から零れ落ち、黒い血液は土を穢した。
昴は一つのナイフを口に咥え、隠し持っていたハンドガンを片手で構え引き金を引いた。一瞬で二回の爆発音と共に、山の神の後ろ足二本に弾丸が貫いた。
前へ跳躍し、着地した勢いのまま背にいる山の神に向け跳躍した。
空中で体を捻り、視界の正面に山の神の背を捉えた。そのままナイフを突き刺し、背骨に沿って肉を切り開いた。
背を走り、山の神の頭まで走ると、その額に向け銃口を向けた。引き金をその一瞬で引き、山の神の額に弾丸が貫き、頭蓋を貫通した。
「流石にこれで死ぬよな?」
『……余は山そのもの。言わばこれは仮初めの皮。この体が朽ちようとも余の魂は死ぬことは無い』
「本当? 嘘ついてない? 人間じゃないから感情が読み取りづらいんだよ」
『何故疑う』
「だから人間じゃないから感情が読み取りづらいんだって」
すると、山の神は猛々しく天に吠えた。昴が付けた傷から植物が生え、その傷を塞いだ。
植物は縦横無尽に動き回り、生物のように昴を襲った。昴の腕を蔓のような植物で縛った。
昴は無理矢理千切ろうとしたが、更に強く締め付けた。
……外れない。どれだけ頑丈なんだよ。と言うかただの植物じゃないな。頑丈すぎる。
昴は自分では何も出来ないことを瞬時に理解出来た。
高龗神は大きく吠え、山の神にその巨体で巻き付いた。だが、その胴体に植物は巻き付き、逆に高龗神が身動きが取れなくなった。
「やっぱり威厳が無いな高龗神!」
『私が弱いわけではありません! と言うか貴方だって捕まってるじゃないですか!』
「俺は神じゃないからまだ良いだろ!」
『力は私よりある貴方が何を言っているんですか!』
「それを自由に出せるようになってないんだよ!」
『神と口喧嘩する人間なんて貴方くらいですよ!』
「と言うか龍神なのにほとんど蛇なのはなんでなんだよ!」
『龍など海を超えた地で創られた存在でしょう! 古から生きている神が絶対に現代に受け継がれている姿の方が珍しいですよ!』
蔓は昴の首にまで至った。締め付ける前に昴は深く息を吸い込んだ。
蔓は昴の首を締め付け、呼吸を禁じた。それは更に力強く締め付け千切れそうに成程の摩擦音が聞こえてくる。
燃やすか切るか……手は動かせない。じゃあ燃やす。一番重要な燃やす方法だが……。……あるな。
首を締め付ける力が強いせいか、昴は声を出せずにいた。それこそ言葉にならない小さな息を出すことだけ。
だからこそ、昴は目で伝えるしか無かった。昴は遠くの影からこちらを見ているミューレンを見た。
私の隣にいるミューレンが何かを考え始めた。恐らく昴が見たことに何か意味を見出したのだろう。
「……あっ、燃やすわよ!」
「成程!」
ミューレンは近くの枝に石で「く」のような形をした記号を描いた。
「これを当てれば多分燃えるわ」
「……この雨の中で?」
「……あっ」
ミューレンはすぐに気付き、慌てだした。
「ど、どうしましょう!?」
「雨が止むように神頼み!」
「すぐにあがるものなのかしら!?」
すると、後ろから何かが這ってくる音がまた聞こえた。また蛇が這っている音に似ている。
後ろを振り向くと、白い鱗の大きな蛇の頭が私の顔を覗いていた。
私は悲鳴を発しそうになったが、良く見れば良吉さんが使っていた蛇に似ている。
すると、蛇の背から光が顔を出した。
「あっ! 黒恵! ミューレン! 昴君は……うわぁ!? 結構ピンチ!?」
その蛇は突然消え、蛇を模して折られた小さな和紙に変わった。その和紙を斎さんが拾った。
「……まさか山の神が出て来るとは……少し遅すぎましたか」
光は昴の状況、そしてミューレンが持っている枝を見て何をしようとしているのか、何が障害なのかをすぐに理解出来た。
そして、光は声を出した。
「高龗神! 今火を起こしますから雨を止ませて下さい!」
その声に気付いたのか、高龗神は天に大きく吠えた。
少しだけ時間が経った。恐らく三十秒程。その間にも昴の首を締め付けた蔓の力は強くなる。昴の筋肉の壁を物ともせず、骨が折れそうになる直前、雨が止んだ。
ミューレンは少しだけ戸惑ったが、すぐに枝を猪のような怪物に投げつけた。だが、コントロールが上手く行かず、昴の体に当たった。
昴の腕に当たり、枝が赤く輝いた。
枝は燃え盛り、その炎は昴の手を縛っていた蔓を燃やし尽くした。すぐにナイフを使い首の蔓を切り、もう片手の蔓も切った。
すぐに猪のような怪物から伸びてあの蛇のような何かを縛り付けている植物をナイフで切り裂いた。
蛇のような何かは猪のような怪物から距離を取るように空へ走った。その動きは龍のようだった。
ミューレンはまた枝に同じ記号を描き、猪のような怪物に投げつけた。だが、それは届かなかった。が、昴がその枝を蹴り飛ばした。
その直後に枝は赤く輝き、燃え始めた。そしてそれは見事に猪のような怪物に当たり、火が燃え移った。
獣の悲鳴と、火が燃えるごうごうとした音。その炎は猪のような怪物の全体に広がり、その植物も、その血肉も、その骨も、その影も燃やしつくそうと言う勢いで黒煙が上がった。
だが、まだ生きているようだ。その巨体で昴に体当たりしようとしたが、昴は高く跳躍しそれを避けた。だが、燃えながらも植物を昴に勢い良く伸ばし、腹部を殴り付けた。
昴はその一撃で意識が飛びそうになった。着地のための力が足に入らない。
すると、昴の背に人の温かみを感じた。落下の勢いを殺しながら、昴は何かに抱えられていた。
「……ありがとう」
「ぽっぽ」
八尺様が昴を包み込むように抱えていた。昴はすぐに助けてくれたこと理解出来た。
猪のような怪物は、肉を燃やしながら何処かへ逃げるように夜の闇を赤い炎で照らしながら走り去った。
「……逃げたの?」
「……みたいね」
光はすぐに昴に駆け寄った。こう言う所にとても分かりやすい愛を感じる。
「傷は!?」
「無い」
「痛い所は!?」
「首、手首」
「骨は!?」
「無事」
「――良かった……」
光は安堵の息を漏らした。そのまま昴を抱きしめた。
「……良かった……。……良かった」
「……そんなに心配する必要もないだろ」
「心配するよ。昴君はすぐに無茶するからね」
「……光が傍にいればそんなこともしないさ」
「嘘つき」
「……バレた」
すると、周りの木に巻き付きながらこちらを上から覗く大蛇が現れた。その唐突さと、そのあまりの大きさに夜空が見えない程だ。
すると、その蛇の頭から誰かが降りて来た。
それは弓絃齋さんだ。刀を片手に降りて来た。
「……何をしておるのじゃお主ら……!」
「す、すみませんひぃお婆様ぁ!! この山に二人程迷い込んでいたらしく……」
斎さんはおどおどしくそう何度も頭を下げていた。
弓絃齋さんはため息混じりに、空を飛んでいる蛇のような何かに向け声を出した。
「何故ここに居られるのですか高龗神よ」
『……心配で……』
「儂は貴方様の方が心配なのです! だからこそ手助けは無用と事前に言ったのです!!」
『……すみません……』
「……神である貴方様が人間に叱られるなんて中々無いことでしょう……」
『……はい……もう無茶はしません……。本当に力が必要な時だけ教えて下さい……』
「そこまで卑屈にならんで下さい。人間に対して敬語などする必要も無いのです」
やがて高龗神と呼ばれた蛇のような何かは空を走り、何処かへ行ってしまった。
すると、今度は闇から狐のような大きな動物が現れた。その背には透緒子が乗っており、昴の姿を見るに昴の頭部に蹴りを入れた。八尺様の腕が昴の頭部を守るように動き、蹴りを防いだ。
「何故ここにいるんじゃ昴の坊!」
「二人がここに来てたんだよ。だから助けるために……」
「……何はともあれ無事で良かったが……ここはまだ危険じゃ。すぐに帰るぞ――」
――私達はまた貴船神社の拝殿に通された。古びた電灯に薄暗く照らされた空間は、昼に見た光景とはまた違う印象を受ける。
「……で、あの山に行ったと」
「「……はい。ごめんなさい……」」
私とミューレンがそう呟いた。
「彼処が危険だと分かって来たのなら養護のしようが無い。好奇心のまま動くと簡単に命を落とすことを知れる良い機会じゃろう」
「私は全てを知りたいのよ! だから……」
「ほう、なれば黄泉にでも行くのか? 黄泉の世界に行きたいのなら止めはしない。じゃが、黄泉から戻れることは出来ないじゃろう。伊邪那岐命が黄泉比良坂に岩を置き塞いだからの」
「……すみません……」
「……斎もじゃ」
弓絃齋さんの矛先は再度斎さんに向けられた。斎さんは涙目だった。
「あの場で待っておるのじゃと言ったのに、わざわざ二人も連れて山に入り……昴が強くなければ死んでおったぞ」
「……重々承知しております……」
矛先は更に昴と光に向けられた。
「まずお主らもじゃ。助けるためとは言え無茶をしおって――」
「あの……ひぃお婆様……」
「何じゃ斎」
「……その……昴さんとある約束をしてしまい……」
「何じゃ。言ってみろ」
「……そのー……正鹿火之目一箇日大御神が打った小刀をあげると……言う……口約束を……すみません……」
弓絃齋さんは般若のような顔に変わっていった。あれだ、怒らせると絶対に駄目な人だ。
「何を約束しておるのじゃ斎! よりにもよってこの神社の主神の正鹿火之目一箇日大御神の……!!」
「すみませんん……!! しかし……昴さんのお陰で山の神を追い返したのも事実……それくらいの褒美なら正鹿火之目一箇日大御神も快く差し上げると思いまして……」
「それを決めるのはお主ではなく正鹿火之目一箇日大御神じゃ! 神事を行う身で在りながらこのようなことも分からんのか!!」
「すみませんすみませんん……!!」
すると、奥から拝殿に入る誰かの影が見えた。
その人は巫女のような服に見えるが、袴が赤では無く白だ。巫女装束に規定が無いことは知っているが、この神社なら良く見る物の筈だ。
白い肌に白い髪。そして溢れ出す人では無い違和感。既視感がある。
「それくらいにしてあげなさい。弓絃齋」
「まず貴方様にも言いたいことが山程あるのです高龗神!」
昴と光は驚いていた。それにミューレンもだ。私は隣のミューレンの話しかけた。
「高龗神って?」
「貴船神社の主神よ! 龍神様!!」
「……人よ?」
「原像は美しい女性に化けた龍か、それに使えた巫女の神格化って説もあるから充分有り得るわよ!」
「へー……」
私は、遅れて驚きの感情が出た。当たり前だ。私の前にいるのは神様なのだから。
「本当に今回の件は申し訳有りません……。しかし、斎の言うこともまた事実。それくらいの褒美を与えても良いでは有りませんか。正鹿火之目一箇日大御神も昴なら、と仰っていましたよ」
「……それなら……しかし……」
「『それを決めるのはお主ではなく正鹿火之目一箇日大御神じゃ!』……と言ったのは貴方ですよ。正鹿火之目一箇日大御神が良いと言っているのです。差し上げましょう」
「……承知しました。高龗神よ」
弓絃齋は高龗神に一礼し、拝殿から早足で出た。
「……さて、龍神としての姿が初対面なので、少し驚いたでしょう。昴」
何だか昴と妙に親しげだ。元カノ?
「びっくりはしたな。……高龗神も元人間なのか?」
「……ええ。蛇に仕えた巫女の神格。それが私です。それに転じてあのような蛇に化けれる術を身に着けたのです。まぁ、私が仕えた蛇は私が食べたんですけど」
「……変な話だ。高龗神の神社に火の神の正鹿火之目一箇日大御神が客人として来たなんてな」
「それはまた別の機会に。元々こんな理由で人前に姿を見せる方が異質な状況なのです。あまり長くはいられません。勿論貴方の呼びかけなら前に出るのは吝かではありませんが……」
何故か高龗神は頬を赤らめている。……成程。これが噂の。いや、神様も手籠めにするのはどうなのよ。
光も気付いているのか、あの目で高龗神を見ている。何故か高龗神も光の目を見ている。両者笑顔で見つめ合っている。……傍から見たら怖い。
やがて、弓絃齋さんが布で包んだ物を持って来た。
「……何じゃこの空気は」
「何でもありませんよ弓絃齋」
「……それなら良いのですが」
弓絃齋は怪訝な顔を高龗神に向けた。やがて昴の前に座り、布から一本の桐の鞘に収められた刀を取り出した。鍔は無いせいか、神事用の印象を受ける。
「良いか、これは神が打った刀じゃ。丁重に扱え」
「当たり前だ。しかし……これどの時代で打ったものなんだ?」
「話を聞く限りは江戸幕府の前――恐らく安土桃山くらいじゃろう」
「正鹿火之目一箇日大御神はそんな時代に祀られた神なのか?」
「恐らく縄文、弥生の間の時代じゃろう」
「結構古い神だな」
「新しい神じゃからと言って力が弱い訳では無いがな」
……そのくらいの時代なら土着信仰としてもう少し有名そうだが……。……恐らく正鹿火之目一箇日大御神なんて名前も祀られた後で作られた名前だな。そんな時代の土着神の名前には思えないからな。
「申請は早くな」
「あ、別に大丈夫だ」
「銃刀法違反じゃろう」
「俺だと法律違反じゃないんだよ」
「どう言うことじゃ」
「秘密」
また昴の謎が一つ増えた。銃刀法違反を無罪に出来る謎の権力。と言うかそんな権力を持つのは裁判所くらいのはず……。……その上? ……何も分からない……――。
――山の神は山頂にまで逃げて、燃え尽き骨が見えるまで肉が灰になる体を引きずりながら倒れた。
『……あの小さき者め……。だが……余は滅びん……』
すると、山の神の四つの目に、人の姿が写った。それは月下美人と形容する程美しい女性だった。
「初めましてこの山の神。私のことは分かる?」
『……誰だ……小さき者よ……』
「私にそんな態度をとるのは、□■□しか許されないわよ」
山の神は、その名を聞いてようやく自分の末路を知れた。
自分は死なない、だがそれは永遠に縛られる傀儡と成ることを。
『――あぁ……そうか……余は傀儡と成るのだな……』
「良く知ってるわね」
『……この山の神々を皆傀儡にするつもりか……』
「ええ。勿論」
『……この山は余その物。決して……許さぬぞ……!』
「それを決める権利は貴方に無い」
『……許さぬ――!』
山の神は猛々しく吠え、女性に向けて突進した。
女性はその体に触ると、猪の体は黒い霧のような物に包まれ始めた。
『おぉ……おぉ……!! 余は……!!』
「さようなら。山の神よ」
山の神は最後の一息で、弱々しく吠えた。山の神は、黒い霧のような糸に支配された傀儡となった。
女性は高く笑った。山に響くように、高く笑った。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
サクッと書いた戦闘シーン。むしろホラーに戦闘シーンはいらないって? ……それはそう。
(……久し振りにどうでも良い設定出すか……)
高龗神 龍って言うより蛇。縄文時代に祀られた蛇を食べて神として祀られた。高龗神って名前も後から人間によって作られた名前。一応書きますが、あくまでこの小説での設定です。現実の高龗神とは多分違いますから悪しからず……。
山の神 神にだけ感受性が高く慈悲深い神。昔生贄を捧げられてその人間を喰ったから大和の人々に退治されそうになった。退治に来た大和の神々と、それに着いて来た人も喰らって凄い強さになってる。むしろそれを圧倒した昴も、それを燃やせる程のルーン文字を刻めるミューレンの方がおかしい。それを傀儡にした月下美人のような女性は何者だって? ……何者なんでしょうねアハハ。




