弐拾三つ目の記録 覚めた後の現実での調査 ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
私は目を覚ました。
見慣れない白い天井は、多分病院だ。
上体を起こし、横を見ると、同じ様に横を見ているミューレンがいた。
「……おはようミューレン」
「ええ……おはよう黒恵」
「……覚えてる?」
「ええ、覚えてるわ。夢だったのかしら」
「夢にするって言ったじゃ無い。それに、私達は今まで眠っていたの。眠っているのに何かを見たなら、それは夢よ」
「……そうね」
もう少し辺りを見渡してみると、私の上に飛寧の頭が二つあるのに気付いた。
「あ、起きたんだよ」
「……何だか久し振りね飛寧」
「こうやって話すのも久し振りだよ」
一つの頭はふわふわと浮き、病室の外へ向かった。人に見られないのだろうか。
まあ、大丈夫だろう。彼女は和紙に宿っている。力が無ければ見えることは無い。
「……ねえ飛寧」
「何だな?」
「ちょっと『ゆっくりしていってね』って言ってみてくれない?」
「ゆっくりしていってね! ……これで良いんだな?」
「ああ、道理で既視感がある訳だわ」
飛寧は不思議そうな表情を浮かべながら頭を傾けていた。そのままおむすびの様にベッドの下に転がってしまった。
下からふわふわと浮かびながら、飛寧の頭はまた私の上に戻って来た。
「ねえ黒恵」
「どうしたのミューレン」
「こんな時に聞く話じゃ無いかも知れないけど、気になることがあるの」
私はもう一度ベッドに寝転びながらその話を聞いた。
「絶対零度ってあるでしょ?」
「そうね。0Kか、セルシウス度で-273.15 °Cか、ファーレンハイト度で -459.67 °Fで表記されるわね」
「基本的に熱って言うのは原子の運動エネルギーでしょう? つまり絶対零度って言うのは原子の運動が完全に止まった状態なのよね?」
「今の常識は量子力学よ? 原子の振動は止まらないわ」
「それは一旦右に置いておくわ。私が聞きたいのは、上限はあるのかどうか。私の考えとしては原子の動きが光速に達している状態だと思うけど、理論上はどうなのかしら」
「……あー成程」
少しの沈黙が私達に流れた。
「……まず、一つ。存在する可能性はあるわ。元々光速は到達出来ないけど、相対性理論に反しない光速を超えたあくまで仮想の粒子としてタキオン粒子とかもあるし。まあ、この話は上限の話とは関係無いけど。ここからちょっと素粒子物理学とか量子力学とか超弦理論の話が混ざるわよ?」
「貴方の専門分野ね」
「まず、温度の上限が生まれる場合は次々と新しい粒子状態が無限生まれていく様な場合だと思うの。固体から液体から気体からプラズマからクォークとかレプトンとか、まあこんな感じに。これが数学的に導き出されているわ。それで、無限に状態数が増える素粒子のモデル、それが私が研究している超弦理論」
私でもびっくりするくらいに、ぺらぺらと言葉が出て来る。
「エネルギーを1とするなら、振動しない紐と基本振動している紐が共存するわ。エネルギーを二倍加えれば振動しない紐と基本振動している紐と基本振動しているけど二倍のエネルギーで振動している紐と二倍振動している紐……みたいに、状態数は無限に増えるわ」
「結局どれくらいなの?」
「調弦理論のモデルに依存するわね。一つのモデルとしては、物質の温度の上限は、プランク質量×光速度の自乗÷ボルツマン定数。プランク質量は不確かだけど(2.176470±0.000051)×10−8 kg。光速度はマクスウェル方程式で計算すると2.99792458×10^8。ボルツマン定数は1.3806503×10^-23。あくまで一つのモデルから導き出される式だから参考程度にね」
「……凄い数値ね。どれくらいかしら」
「そんな膨大な数式計算したく無い……人間の頭で導き出せる気がしないわ……」
実際暗算する様な桁では無い。
「じゃあ次は私からミューレンに質問」
「つまり宗教関連の疑問かしら」
「全然?」
「……まあ、良いわ」
「SEXしないと出られない部屋って――」
「いきなり飛び出したとんでも無い言葉に私の頬が殴られたわ」
「出て来た時期が日本の少子高齢化が重大な物になった頃なのよね」
「ああそう……」
ミューレンは心底呆れた声で相槌を打っていた。
「つまり、この部屋を最初に作った人は『こう言う無理矢理な形でやらなければ少子高齢化は解決出来ない。事実として国家は少子高齢化を解決出来ていないでは無いか』と言う警鐘を創作として鳴らしたんだと思うわ」
「……最初に考えた人は、そこまで考えてなかったと思うわよ……。まず、当時は現代の日本人口よりもっと多いわ」
「何人だっけ?」
「一億二千万人ね」
「多いわね……現代だと七千万人よ?」
「半分以上になった時代もあるから、これでも増えた方よ」
そんな雑談に、私達は花を咲かせていた。あの夢の出来事を忘れたくて、会話は更に苛烈になった。
「――つまり天皇に中々まつろわ無かった部族の中には、星を信仰していた部族もいた可能性があるわ」
「確かに違和感があるわね。土蜘蛛もその部族だったり?」
「土に隠れる、つまり洞窟に暮らしていたなら、星を信仰するのは少し変な感じがするけど」
「ああ、確かに――」
すると、病室の扉が勢い良く開けられる音が聞こえた。
光を背負った昴が病室に入って来た。
昴は私達の姿を見ると、大きく息を吐き出した。
「……生きてるな」
「死んでると思ったの?」
「可能性はあっただろ」
「まあ確かに」
……何故だろう。光と昴が元気そうな姿を見ると涙が溢れ出しそうになる。あれは、夢だったと言うのに。
ああ、そうだ。あれは夢だ。つまりここが現実だ。始めから、私が死んだ世界に行ったことは無いはずだ。
「……ねえ光」
「どうしたの?」
彼女からは、距離感を感じない。何時も通り、親しく接してくれる優しい気配が漂っている。
……健康的な肌色、それに表情。何も変わっていない。
「昴、左腕挙げて」
「何でだよ」
「良いから早く」
昴は少しだけむっとした表情をしたが、軽く左腕を挙げた。
「……で、何の意味があるんだ、これには」
「……いいえ、何でも無いわ。ちょっと現実味があり過ぎる明晰夢を見ただけよ」
「夢の中だと俺の左腕が失くなってたのか? まあ良い。無事で何より。ああ、林檎食べるか?」
同時に、私のお腹の虫が鳴いた。
「……お腹減った」
ミューレンと光はそんな私にクスクスと笑っていた。
昴は私の隣で林檎の皮を剥き始めた。……ナイフを背から取り出した様に見えたが、まあ何時もの昴だ。凶器くらい隠し持っているだろう。
すると、どたどたと静かな病室を走る音が聞こえた。
病室に入って来たのは、息を切らした史さんだった。
「はぁ……。学生時代以来走ったの何年振りかしら……。……はぁい黒恵&ミューレン! げっほっごっほ!?」
声を出すと同時に咳き込んでしまった。
「……突然の運動はする物じゃ無いわね……。あら、昴、久し振り」
「……げ」
「げって何よげって」
「ショタコン大学教授だ」
「そんなあだ名で呼ばれてるの!?」
面識があるらしい。
昴との面識と言うことは、昴の女誑しが発動したのか、裏社会では有名は悪党なのか、IOSP関連か。
「……IOSPの所属員ってことですね。史さん」
「あら、察しが良いわね。黒恵のそう言う所が好きよ。そう! 私こそIOSP所属研究員の一人である! しかも結構偉い立場!」
こう言う所が苦手だ。
まあ、尊敬に値する人物ではあるが、それはそれとして苦手だ。どうしても人間性が合わないのだ。
「ああ、そうだったわ。チョコレート食べる? それともキャラメルが良い?」
「きゃらめるで」
銀色の紙に包装された小さなきゃらめるを一つ私に投げ渡した。
そして、もう片手で持っていた紙の束をミューレンの上に置いた。
「それ、読んでおいて。貴方達がいない間にちょっと色々神仏妖魔存在を調べた資料だから」
「まるで自分の功績みたいに言ってますね」
「基本的には光よ? 私はその手助け、とは言っても専門外だから疲れちゃったわ。私は物理学者なのに」
すると、光が話を始めた。
「ちょっと色々あってね。二人を連れ去ろうとしている死屍たる赤子の教会の構成員だと思われる人物が神仏妖魔存在に変異したり。それに神仏妖魔存在がまた現れたり」
光は昴が切り分けた林檎をしゃきしゃきと食べながら話を続けた。
「二人がいない間に、物理的干渉を受ける神仏妖魔存在に出会ったの。ヴァンパイアとか、ダンピールとか。それで、ヴァンパイアは人間から神仏妖魔存在になって、ダンピールはヴァンパイアと人間の混血、つまり元人間と半分人間。だから人間の遺伝子との類似性を調べてみることにしたの。ついでに物理的干渉を受ける禍鬼と飛寧とミャク、ミャクって言うのは魔魅大隠神のこと。その三人も調べてみた。その結果がミューレンに渡した資料」
私がいない間にそんな調査を進めていたとは。好奇心が滾る。
「結果としては、一致率50%」
「バナナ?」
「まあ、人間と言うよりバナナ」
神仏妖魔存在=バナナの方程式が出来てしまった……。……流石に冗談だ。
「それで、禍鬼と飛寧と魔魅大隠神の、その50%は昴君と一致したの」
「つまり遺伝子は生物の体を作る為に決して必要な物では無いってことね」
「さっすが黒恵。そう、今まで遺伝子は特定のタンパク質を作る為の設計図だと思われてた。私もそうだと思ってた。真っ向から否定されるのは、流石に衝撃が強かったよ」
……いや、遺伝子が体を作る為の設計図と言うのは証明されている。つまり、それと矛盾無く理論を立てるとするならば……。
神仏妖魔存在は、私達と体を作る理論がまず違うと言うことだ。
まず肉体を持たない魂だけの存在である。つまり神仏妖魔存在の設計図は魂と言うことだ。
いや、私達が魂と呼ぶ何か。それが神仏妖魔存在の本質。
謎が晴れたと言うべきか、謎が増えたと言うべきか。だが、私の好奇心が止め処無く溢れ続けることだけは確かだ。
「……ところで、今何日?」
「もう十月だよ」
「……二週間くらい眠ってたの?」
「いや、行方不明になってた。昨日の夜に保護して、この病院で体の検査をしたの」
行方不明……。
……あれは、夢だ。だけど……あれが現実だとすれば、光達が私とミューレンを見付けられなかった説明が付いてしまう。
……いいや、あれは夢だ。夢だった。夢であって欲しい。だから、私達は偶然にも二週間見付からなかった。ああ、そうだろう。きっとそうだ。
ミューレンは私に資料を手渡した。
資料に目を通すと、光が言った様なことがより細かく正確に書かれている。
新たに確認された神仏妖魔存在として、ヴァンパイアのオリヴィア・リリィ・ハイアムズ。ダンピールのディーデリック・ファン・ヘルシング。
……ディーデリック・ファン・ヘルシング。ヘルシングって吸血鬼ドラキュラの? 偶然にしては出来過ぎている。と、なれば、偽名だろうか。
是非とも会いたい。オリヴィアと言う名前から予想するに恐らく女性、つまり昴の女誑しが発動している可能性がある。
医者の検診が終わり、私達は無事退院した。
冬の寒さ程では無いが、薄着だと冷たい空気に晒される程度の寒さが満たされている。
去年の十月より気温が低い気がする。地球温暖化を防止するのは良いが、寒くなるのは辞めて欲しい。流石に理不尽だろうか。
私達は事務所へ向かった。
どうやらそれまでの依頼は光と昴と狛犬と斎が解決してくれていたらしい。また資料を纏めないと……。
怪異存在やら怪異現象やら、不明な神仏妖魔存在やら。色々いたらしい。
そして、この事務所の中には初対面の方々が何人か。
狸の尻尾と耳を持っている女性は、魔魅大隠神だろうか。慣れた手付きでここ最近の金銭面の管理をしてくれている。
「何か……ありがとうございます」
「良いんじゃよ。儂は昴殿に救われた。そしてお主は、その昴殿の友人じゃ。何時でも儂に頼ってくれ」
この狸の女神からは母性を感じる。暖かく癒やされる母性。
母親は急逝してしまった所為で、私はその母性と言う物を覚えていない。だからこそか、魔魅大隠神の優しさが私の心を大きく揺らす。
それと、もう三人。
「ディーデリック」
「何ですかオリヴィア」
「紅茶をもう一杯、お願いするわ」
「分かりました」
この二人が噂のヴァンパイアであるオリヴィア・リリィ・ハイアムズとディーデリック・フォン・ヘルシングだろう。
何故勝手に入って来ているのかは分からないが。
そしてもう一人。恐らく人間の女性。
「光、その人は?」
「夕真のこと? 大聖夕真、まあ、昴君の友人?」
昴の友人、そして女性。ああ、昴に惚れているのね。
ここが更に騒がしくなってしまった。しかも面子は人間半分神仏妖魔存在半分だ。
ふと夕真さんに目線を向けると、何だか私を睨んでいる様な気がする。
「……白神黒恵さん、でしたっけ」
「ああ、はい」
「単刀直入に聞きましょう。昴のことはどう思いますか」
「どう思う……。友人です」
夕真さんは険しい表情を浮かべたまま、昴の隣に座った。うーん……昴関係の人が多くなって来た。
すると、事務所の扉が開く音が聞こえた。
どうやら依頼人の様だ。何だか久々な感覚だ。
依頼人は女性だった。本当にただの社会人に見える。
「……あの……大抵の怪物はぶっ倒せる最強の霊媒師がいると聞いたのですが……」
それはきっと昴のことだろう。変なことが噂になっている。
「……良い匂いではありませんね」
夕真さんが笑みを浮かべたまま透き通る様な声でぽつりと呟いた。遠回しな表現だが、何か匂うと言うことだろうか。
この女性が事務所に入ってから呟いたのなら、この女性が匂うと言うことになる。そんなにきつい匂いがするだろうか?
むしろ花の香水の良い匂いがする。
女性はそのまま話を続けた。
「特に、何かがあったと言う訳では無いんですけど……少し、私の家が、変なんです」
「窓が無いとか? 人間ぶっ殺しゾーンがあるとか?」
「いえ、そう言う意味で変と言う訳ではありません」
「じゃあ何かありました? 幽霊が出たとか」
「そう言う訳でも無いんです。ただ、変なことが起こると言うか……」
女性は話を続けた。こんな場所に来るにしては、女性からは不思議と切羽詰まった恐怖を感じない。そこまで怖い思いをしていないのだろうか。
「例えば、閉めていたはずの扉が開いていたり、夜な夜な金属が擦れる音が聞こえたり」
「普通に心霊現象じゃ無いですか?」
「そうですか?」
女性はきょとんとした表情で聞き返した。……切羽詰まった恐怖を感じないのは、この人の心霊耐性が著しく高いだけらしい。
「調べてみても、特に心理的瑕疵物件とかでは無いらしいですし、気になって、取り敢えずここに相談をしに。弟の大学の同級生からお勧めされて、狛犬って言う子から」
流石狛犬。しっかりと仕事を熟してくれている。肝心の狛犬は今、大学の講義に出席しているのだろう。
「調査、してくれないでしょうか。ああ、調査の間私は弟の家に行くので、ご自由に調査して下さい」
そう言って女性は報酬の金一封と家の鍵を渡して来た。私が言うのもあれだが、こんな怪しい事務所に調査を依頼して挙げ句自分の家の鍵を渡すのは防犯意識があるとは思えない。色々心配な人だ。
まあ、報酬は貰ってしまった。この人も私達に多大な信頼を寄せているのだ。
早速行こうと思ったのだが、どうやら光と昴と斎は来れないらしい。光と昴と言うことは恐らくIOSP関連だ。色々あるのだろう。
オリヴィアさんは昴の後に着いて行った。
つまり、今回の調査は私とミューレン、そしてディーデリックさんと夕真さんの四人。まだ関係が浅いが大丈夫だろうか。
……まあ、この場にいると言うことは決して悪い人では無いはず――。
――私と昴君は、IOSPのアメリカの本部に来ていた。
一時間程度で太平洋を横断して来れるのだから、人間の技術力とは素晴らしい。私はこの世界で一番それを理解しているのだろう。
来た理由はたった一つ、死屍たる赤子の教会、いや、獣狩りの宗祖との対談……とでも言えば良いだろうか。
会議室に、ファレルさんは警備も付けずに座り、対面に座っている女性に威圧的にも見える表情で見詰めていた。
その女性こそ、獣狩りの宗祖、"ジョヴァンナ・マリア・サンタンブロージョ"。灰を被ったような色の髪に、左目が蒼く、右目は虹彩も瞳孔も無く、ただ真っ白な眼球だった。
何処か幻想的で、しかし右の真っ白な眼球が恐ろしく、相反する感情を私に抱かせる。
そして、嗣音さんが会議室に入ると同時に、話は始まった。
切り出したのは、ファレルさんだった。
「……これで、君達も我々のことを信頼したのか?」
「ええ、問題無く。少なくとも、上層部は死屍たる赤子の教会と敵対するであろう正義を抱えています。問題はこの組織の中にいるであろう黄色い衣を被る者」
「ああ、分かっている。現在此方で秘密裏に調査中だ」
ジョヴァンナさんとの話は、少し前に遡る。最初にジョヴァンナさんが接触したのは、昴君の中にいる正鹿火之目一箇日大御神と高龗神だ――。
――弓弦齋が宮司を務めている貴船神社の拝殿にて。
正鹿火之目一箇日大御神がその畳の上に寝転びながら、正座をしている高龗神の膝の上に頭を乗せていた。
「全く、脚が不自由で堪らん。数千年生きていても、やはり自由に動かせる方が楽だのう……。……さて、この様な場所にまで来て、何用だ。異国の騎士よ」
正鹿火之目一箇日大御神の鋭い眼光は、目の前に座っている灰を被ったような色の髪の女性に向けられていた。ただ美しく、それでいて血の匂いを纏っていた。
狂気を左目の蒼に宿し、右目には何も宿していない、それでいて虹彩も瞳孔も無く、ただ真っ白な眼球だった。
黒のスーツを上品に着こなしたその女性は、口紅で彩った唇を開いた。
「……異国の騎士……ですか……。……我等は、獣狩りと名乗っています」
「獣狩り、か……何が獣なのだ。我等神々か? それともそれを信仰する人々か?」
女性は、ゆっくりと息を吸うと、何か決意めいた表情で口を開いた。
「死屍たる赤子の教会が信仰する精霊です」
「……何だと?」
「……信じられないのも、理解は出来ます。だからこそ、私は貴方方に真正面から話をしようとしているのです」
「……何が目的だ。まずそれを話せ」
「イチジクの実を喰らった女、白神黒恵の身を、保護したいのです」
「……信頼すると思うのか?」
正鹿火之目一箇日大御神は体を起き上がらせ、不調を抱えた足で何とか立ち上がった。
「貴様等は、この地で暮らす我等神々を侵略し、況してや悪魔と罵る。何で、示す」
女性は俯き、正鹿火之目一箇日大御神に首を差し出した。
「この首、この命、差し出しましょう。古き我等の同胞との袂を分けたその証明ならば、充分でしょう。私が死んだとしても、私の意思は真の同胞に受け継がれる」
正鹿火之目一箇日大御神は火の神でありながら、冷たい目線で彼女を睨んでいた。
「……弓弦齋、剣を持って来い」
弓弦齋は拝殿の奥から白鞘の刀を持って来た。それを正鹿火之目一箇日大御神に跪きながら手渡した。
正鹿火之目一箇日大御神は鞘を抜き、刀身を女性に向けた。
高く振り上げ、女性の首に向けて振り下ろした。
女性はただぽつりと、「アーメン」と呟いた。決してこの場にいる誰にも聞かれない程度に、静かに。
刃は、ぴたりと止まった。首の白い柔肌を僅かに切り、肉を断ち切らずに止まっていた。
「その覚悟、しかと見届けた。それは……祈りの言葉なのだろう?」
「……ええ、本来賛美歌等の終わりに唱える言葉です」
「別に我等は貴様の神を否定している訳では無いのだ。別の地にいる神を否定することが、何と馬鹿馬鹿しいことか良く知っておるからな」
正鹿火之目一箇日大御神はその女性の向かいに座り込んだ。
女性は頭を挙げ、正鹿火之目一箇日大御神と向かい合った。その瞳は僅かに潤んでおり、唇が震えていた。
それを必死に誤魔化す様に、唇を噛み締めていた。
「それに、儂がお主を死屍たる赤子の教会では無いと思う理由はもう一つあっての。お主の傷からは、あの気色の悪い蛞蝓が出て来なかったからだ」
「……良く、御存知で」
「当たり前だ。寛永の時の異国の騎士との戦いにも、儂は参加しておったのだ」
「……あの時の戦いも、我等の古き同胞が大変御迷惑を……」
「良い。お主が謝ることでは無い」
その女性は、再度正鹿火之目一箇日大御神に一礼した。
「理由は未だに分かりませんが、古き同胞は白神黒恵を探しているのです」
「……のう、お主。それならば、頼れる場所を知っておる」
「……と、良いますと――」
――正鹿火之目一箇日大御神と高龗神から昴君に話が通り、昴君から嗣音さんに話が通り、嗣音さんからファレルさんに話が通ったらしい。
その後はもう、びっくりするくらいに話が上手く進んだ。後はジョヴァンナさんがIOSPを信頼するだけだ。
それも、黒恵とミューレンの保護によって信頼を勝ち取った。
ファレルさんは指を組み換え、ジョヴァンナさんに口を開いた。
「協力をしても良いだろう。だが、此方としても条件がある」
「聞きましょう。ある程度のことなら、快く引き受けるつもりです」
「獣狩りが神仏妖魔存在……そちらで言う、悪魔を殺す手段と武具や、一般的に魔法と呼ばれる物等の技術提供だ。此方としても超常的存在対策機動部隊を立ち上げたは良いが、まだ戦力としては不足している」
ジョヴァンナさんは僅かに考える素振りを見えると、すぐに口を開いた。
「良いでしょう。……此方からも、一つ。我等が荼毘に付し哀れな灰にしようとしている獣の殲滅に協力するのなら、IOSPの下部組織として、超常的存在対策機動部隊に永久的で全面的な協力を致しましょう」
「……条件は?」
「金銭面的な援助、及び銃火器の提供。この二つです」
「……成程。まあ、妥当だ。具体的な数字は提示出来るか?」
「我等同胞達は精々千五百人。皆が健康で文化的な最低限度の生活を送れる程度の金銭的な援助さえあれば満足です。皆謙虚で、慎ましい生活を送っているので。余った金で武器や兵器等を買っているのです」
これはあくまで秘密裏に交わされた協定。
今、誰が裏切り者なのかが分からない以上、これを知るのは少ない人物の方が都合が良い。
今現在暫定無実だと思われるのが、嗣音さん。そして私と昴君。昴君は怪しいが、まず協力する意味が見当たらない。
そして、ジョヴァンナさんは死屍たる赤子の教会の詳しい概要を話てくれた。
「死屍たる赤子の教会、彼等が信仰している聖霊とは――」
――……うーん……気不味い。
特に、後ろの夕真さんとディーデリックさんが特に険悪な雰囲気だ。
「……あのー?」
「何ですか」
夕真さんが丁寧な口調でそう答えた。
「……夕真さんって、何をしてる人何ですか?」
「祓魔師を本業にしています。教会の元シスターです」
これが本当のエクソシスター、なんて。
「じゃあディーデリックさんは?」
「基本的には夕真さんと同じですよ」
「ヴァンパイアに従っているのに?」
「オリヴィアは私の母親になってくれるかも知れない女性なので」
……ちょっと危ない人かも知れない。
「……親離れ出来ない半魔」
「何か言いました?」
「いえいえ、貴様の様な半魔には、心が弱い者が多いので」
「貴方には分からないでしょう。人として生きることも出来ず、怪物として生きようとしても人間性が邪魔をする。そんな生涯を、貴方の様な純真な人間にだけは、理解されたく無い」
半人半魔特有の悩み、だろうか。人として生きることも出来ずに怪物として生きるには中途半端。そんな場所に位置する彼等だからこそ、精神的に弱くなってしまうのは仕方が無いのかも知れない。
そう言う意味では、ディーデリックさんは飛寧と共感出来るかも知れない。
そして、ようやく私達は例の家に着いた。
東京都と埼玉県の県境の近くに位置する一軒家。
見た所あの女性は二十代だ。二十代で一軒家を借りたのか購入したのかは分からないが、中々の資産を持っていることが伺える。
渡された鍵を使って、私達はその家に入った。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
少し息抜き。
それに、黒恵達と夕真とディーデリックの交友を書きたかったので。
黒く熟した無花果の実を食んだ女。それが白神黒恵。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




