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三つ目の記録 温泉旅行は二の次に ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 詩気御は自らの目的のために動いていた。その目的のためには例えこの国が滅びようとも、自らの身が滅びようとも、何も問題はなかった。


 彼は、()()()を信奉していた。


「……おや、わざわざここまで来たのかい。■■■■君」

「……煽りにしか聞こえないわ。詩気御」

「おや、それはすまないね」


 詩気御は月下美人の様に艷やかな美しい女性にそう言った。


 極楽下温泉街を歩きながら二人は話していた。


 夕焼けに染まりながら歩いていた。


「君が協力してくれて良かったよ。君がいたから僕の目的が早い内に達成されそうだ」

「□■□に頼まれたのよ。それにもう黒恵も昴も殺すのをやめるわ。この世界で美しく醜く、貴方はそれを目指しているのでしょう?」

「……まぁ、広い意味で言えばそうだね」

「それなら良かったわ。それで、この後はどうするのよ」

「そうだね……明後日の午前二時だ。經津櫻境尊にそう伝えてくれないかい?」

「私を召使いみたいに使わないでくれる? そう扱って良いのは■□■だけよ」

「立場は君のほうが上だからね。はぁ……仕方ないね――」


 ――辺りには逃げる人が多い。その全員が何かに怯える様な表情になっていた。


 私は思考を回しながら走っていた。


 あの鐘の音はこの街全体に響かせるものだ。つまりこの街全体に伝えること、しかも逃げなくてはならず、ミューレンがここまで苦しんでいる。つまり人間を遥かに超える怪物が襲ってくることを裏付ける。


 しかし、ここがもし弓絃齋さんが言っていた世界ならこの世界を襲うのはこの世界の住人か私達の様な存在。だが、良吉さんの口ぶりからして經津櫻境尊が私達をこの世界に連れてきた。つまり經津櫻境尊がこの世界に敵意を持つ存在を招いたと言うことだ。それもありえない。……はずだ。


 まず經津櫻境尊の目的が分からない。その目的に沿っているのならこの行動にも理由が付く。


 私は頭を回していた。だが、どれだけ頭を回しても私程度の頭脳では答えに辿り着けない。ある程度の予想はつく。だがそれは所詮状況証拠から掻き集めた予想であり、確定した証明ではない。


 まず前提として經津櫻境尊が私達をこの世界に招いた。おそらくあの神社の祭神、だとすると妖怪と契りを交わした神も經津櫻境尊。


 ここは常世にも行けない人のための街。定期的に敵意を持つ存在を招く理由は今のところ見当たらない。だが鐘があると言うことはたまに何かが襲ってくるはず。經津櫻境尊が意図しない方法で入ることが出来るのかこの世界の存在なのか。


 ……何も分からない……!!


「良吉さん! 何が来るんですか!」

「……ここは現世でも常世でもない間に作られたもう一つの世界とでも言いましょうか。その外にはもちろん何も無い。そこに蔓延るのが()()()

「その迷い人がこの世界に?」

「……極々たまにですが。經津櫻境尊の力も万能ではありません。世界と世界の境に小さな穴が開くときがあります。そこから迷い人がこちらに紛れ込むのです」

「けど迷い人はそこまで強くないんですよね!? こんなにミューレンが苦しむ理由が――!!」

「現世でも常世でもない間に作られた世界はここだけではありません。妖が住む街にも繋がっています。そこで妖を食らった迷い人は更に強くなる。おそらく相当強い妖を食らったはずです。ミューレンさんが苦しむ程反応する存在としてあげた手足が長い人型の存在はおそらく神の一種です。女性もおそらく神か妖の一種。だとすると比べ物にならない程強い力を持つ迷い人が入ってきた可能性があります」


 偶然にしてはおかしい。タイミングが完璧すぎる。詩気御さんがいなくなってすぐに侵入なんて話が出来すぎている。私達に力を与えた後でなんて話が出来すぎている。


「ん」

「どうしましたか賢吉!」

「ん」

「……いくら何でも速すぎる……!!」

「ん」

「……まさか……!? 迷い人が真っ直ぐこちらを狙うなんてありえない……!!」

「ん」

「……だとすると……!! この二人は……!!」

「ん――」


 ――この世界に住んでいる者は、死んだとしても誰も悲しまない。何故なら現世にも常世にも行けないのだから。この世界の住人以外は。


「アアアァァァ……!! イヤダァァァァ……!!」


 男性は甲高い悲鳴で叫んでいた。


 歩くことも出来ずその場で這っていた。泣き叫び、情けなくても、彼はその場から逃げるしかなかった。どうやら生物としての生存本能は死んだ後にも残っている様だ。


 近くには下半身がない遺体が転がっていた。下半身が押し潰され引き千切られたのは彼と同じだった。


 遺体の顔には透明で大きな感情で出来た水たまりが作られていた。この状態で長く苦しんでようやく死んだのだろう。


 その遺体は無数の手に抱えられた。百なんて優に超える。まるで赤子を抱き抱える様に優しく持ち上げられていた。


 赤い果実が潰れる音が聞こえる。暖かく赤い水が辺りに撒き散らされている。


 肉は撒き散らされ、体液は滴る。すでに息絶えていたことだけが唯一の救いだった。


 彼は神に禱っていた。


 だが、彼は知らなかった。この騒動は全て自分が禱っている神が引き起こしていることに。神は彼を救わない。神は彼の命を天秤にかけ、助けない選択を取っていた。


「アァァァ……!」


 無数の手は彼の腕を引っ張った。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だァァ!!」


 彼の体は持ち上げられた。


 彼の目の前には()がいた。見える大きさだけで10mは超えている。


 頭がなく、胸には肋が露出しており、その中から無数の腕が生えていた。


 腹には大きな一つの鈍色の眼球をぎょろりと動かしていた。


 背には鳥の様な翼が生えており、その翼には無数の鈍色の目がこちらを覗いていた。


 そして、無数の掌には哺乳類の様な歯を剥き出していた。


 その口で彼の腕の肉を削ぎ落としながら食らっていた。手首が千切れ落ち、地面に叩きつけられる前に無数の手で彼を優しく抱えた。


 顔の肉を削ぎ落とし、落ちた眼球を貪り食った。


 頬に穴を開け、舌を引っ張り出し肉を堪能した。


 腹を食い破り、腸を引きずり出し、肉を啜った。


 心臓を握り潰し、血を溢れさせ無数の手は血に塗れた。


 頭蓋を叩き割り、隠されている赤い果実を潰し無数の掌で食らっていた。


 骨を残し、その闇は肉を残さず貪った。


 肋を動かしながら辺りを這い、次の獲物を求めていた――。


 ――木造の建築物の更に上に、泳ぐ様に空を飛んでいる闇がいた。あまりに大きく、20mを超えている。


 尻尾は鯨の様な鰭が付いていた。それを動かし空を泳いでいた。


 背中には、背骨に沿う様に大きな突起物が四本上に向けて生えていた。その突起物から布の様なものが垂れており、体を隠していた。


 胸や腹には穴の空いた突起物が付いており、そこから赤い瘴気を出していた。


 胴体から無数の触手の様なものが生えており、不気味に蠢いていた。それは餌を求める様に、それは殺戮を楽しむ様に。


 頭は三つあった。だがそれに目玉がなく、嘴が付いており、鳥類の様な頭蓋骨だった。嘴を開けると、鈍色の目が喉の奥から地面を見下ろしていた。


 この闇の周りに一回り小さい魚の様な闇が飛んでいた。小判鮫の様に大きな闇の胴体に引っ付いていた。


 その小判鮫の様な闇は人間の様な声で「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ」と鈍く低い音で叫んでいた。


 赤い瘴気が地面に降りると、その場にいた人は次々と倒れた。


 頬から肌が燃え尽きた木の灰の様に白くなり、それは腕に広がり指先にまで侵食した。


 口から吐き出した血は赤くなく、むしろ真っ黒になっていた。


 倒れた人を小判鮫の様な闇が噛みつき、大きな闇の口にまで運んだ。


 人はただの肉塊となり、その肉塊から落ちてきた腕や脚などの残りカスに小判鮫の様な闇が群がり肉を貪った。


 最早この姿は人知を超えた神である。神にも妖にも根本的な違いはないが、自身の力や想像を遥かに超えている存在を目にした哀れな人間にとって、起こせる行動は二つある。


 怯え、恐怖し、畏れられ、その存在から逃げ回るか、その姿に神を見出し、頭を垂れて禱りを捧げるかだけだ。


 この大きな闇は何か目的があるのか真っ直ぐ飛んでいた。


 それは新たな餌を求めているのか、それとも自身の主の命令に従うためか――。


「――ん」

「……分かっています……!!」

「ん」

「……しかし……まさか……!!」


 良吉さんは何かを危惧していた。おそらく迷い人だろう。賢吉が何を言っているのかはやはり分からない。

「良いですか!! 振り向く暇なんてもうありません!! 真っ直ぐ進んでください!!」

「は、はい!!」


 良吉さんの焦っている声に私は返事をするしかなかった。


「……黒恵」

「どうしたのミューレン!」

「……もう、すぐ後ろにいる……!! 上にも……!!」

「えぇ!? 早く言ってよそう言う大事なことは!!」

「ごめんなさい……!!」


 上から「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ」と言う声が聞こえた。とても低くとても鈍い音だ。私は好奇心に負け上を見た。


 黒い闇だ。黒い闇が無数に空を飛んでいた。


 魚の様な形をしている真っ黒な魚だ。形からして小判鮫だ。だが、大きすぎる。小判鮫は本来70cm程だが、この闇の大きさは2m程だ。鈍色の目を輝かせながらこちらを見ていた。


 確かにこの小判鮫も脅威ではある。だが、それ以上に、更に上にいる()()の方が危険だ。


 魚の様に空を泳いでいる、軽く30mを超える怪物だ。


 鯨の様な鰭を持っており、優雅に泳いでいた。


 とても長く大きい触手が無数に蠢いており、こちらを捉えようとしている様に感じた。


 下から見える胸や腹には穴の空いた突起物を生やしていた。


 上は良く見えないが、黒い布が被さっている様に見える。


 そして何より、鳥類の頭蓋骨の様な頭を三つ持っており、その頭が全て地上を見下ろしていた。


 たまに開く嘴の奥から鈍色の目を覗かせていた。


 あまりに生物離れしたその姿に好奇心は湧き上がるが、それよりも生存本能が働くのは仕方が無い。


 恐怖だ。あの怪物は恐怖を私に連れてきた。良くイメージする死神が持っている鎌を首元に当てられている様な恐怖。


 寒い。とても寒い。何故だろう。夏の夜の様にここは蒸し暑いのに。何故私は震えているのだろう。


 怖い。


 とても恐い。


 死ぬ。


「――わけないでしょ!! あーもう!! 最近あんな化け物ばっかり!! 何よ!! そんなに私が美味しそうに見える!?」

「……本当にそうね……!!」

「でしょ!? しかも貴方が言うにはもう一つヤバイのがいるんでしょ!? 最っ高に嬉しいけど最っ悪よ!!」


 賢吉が上を見ると、良吉さんに話しかけた。


「ん」

「……まさかそんな……!!」

「ん」

「神を食らった……!? 經津櫻境尊の作り出した世界に神の住まう街なんて……!!」

「ん」

「……しかしそんなことをする理由が……!!」


 この会話を聞いていると、私の仮説は更に熱を帯びた。


 神を食らった……。そして經津櫻境尊の作り出した世界に神が住まう街はない……。


 ……外に出した? 常世か現世かは分からないけど。けど迷い人にそんなことが出来るはずない。それは良吉さんの反応を見れば分かる。


 ……もし、外に出れる方法があるのだとしたら? 私達はここから現世に戻るために經津櫻境尊に会いに行く。つまり經津櫻境尊なら常世と現世の間から現世に帰す力もある。


 ……もし、迷い人を外に出したのが經津櫻境尊だとしたら? もし、迷い人に神を食らわせたのが經津櫻境尊だとしたら? もし、この世界に迷い人を入れたのが經津櫻境尊だとしたら?


 私達に求める何かがあるのは分かる。じゃないと詩気御さんが私達に会う理由がない。力を付けさせて迷い人を私達に倒させるため? それなら最初から入れなければ良い。それに神を食らわせる理由がない。


 けど、神を食わせる何かがあったのは確か。それが私達がこの世界に招かれた理由にも関係があるかは分からないけど……。


「……黒恵、何かがおかしいわ……」

「あんまり聞きたくないけど……」

「……あの魚……」

「そんなに軽いものじゃなさそうだけど……」

「……あの魚は……()()()()()……」

「何でそう思うの?」

「……()()()()()。真っ黒な霧みたいな……糸。良く見れば……黒い闇に全部」

「真っ黒な霧みたいな糸? そんなの見えないけど……」


 良吉さんの反応を見ても、どうやら分からないらしい。


 これも強くなった力が原因しているのだろうか。ミューレンだけずるい。


 すると、木造建築の上を這う大きな影があった。


 それも黒い闇だ。空を優雅に飛んでいる大きな闇よりは小さいが、それでも10m程の大きさはある様に見える。


 頭がなく、肋が露出しており、そこから無数の腕が生えていた。その掌には人間の様な歯があった。


 腹には、大きな鈍色の眼球をぎょろぎょろと動いていた。


 背からは鳥の様な羽が生えており、その翼に無数の鈍色の目がこちらを睨んでいた。


 その化け物が肋を動かしながら這っていた。


「ん」

「……もう出し惜しみは駄目ですね……!!」

「ん」

「ええ!!」


 良吉さんは浴衣から蛇の形を模した和紙を取り出した。その和紙が消えたかと思うと、白い蛇が肋を動かして這っていた闇に、その鋭い牙で食らいついた。


 肋を動かして這っていた闇は、その蛇に体を巻き付けられ身動きが出来なくなっていた。


 小判鮫の様な闇がこちらに泳いできたが、賢吉が小判鮫の様な闇に向けて縦に四回、横に五回、人差し指と中指を伸ばして振った。


 すると、何かに斬り裂かれた様に小判鮫の様な闇が捌かれた。


「ん」

「分かってます」

「ん」

「流石にこれだけで倒せるとは思っていませんよ。しかし時間稼ぎはなんとか」

「ん」

「……そうですね……。どうしましょうか……」


 良吉さんと賢吉は空を見上げた。


「……流石にあれは……無理ですよね」

「ん」

「……前の方ならもしかしたらですが」

「ん」

「そうですね。黒恵さん! ミューレンさん! 急ぎますよ!!」


 私達は蛇に巻き付かられていた闇の横を通り過ぎ、良吉さんの後を追った。後ろで賢吉が走っている。


 四人の後ろにいる蛇に巻き付かれた闇は、その蛇を無理矢理引き千切った。鳥の羽根を広げ、鈍色の目で黒恵とミューレンを睨んだ。


 自分の主のために、闇は動いていた。


 私達は未だに走っていた。


 私は少し思ったことがある。あんな異形の怪物が神と言うことに今更ながら違和感を覚えた。どちらかと言うと妖怪だ。


「……流石に無理ですよね。賢吉、頼みました」


 賢吉は後ろに向けて空中に五芒星を描いた。


 肋で這っていた闇がこちらに勢い良く飛びかかったが、何かに阻まれる様に、壁にぶつかった様にその場で動きが止まった。


 すると、空を優雅に泳いでいた大きな闇の胸や腹に生えている穴の空いた突起物から、赤い瘴気が吹き出された。


 私でも分かる。あれはヤバイ。


「黒恵!! あれはヤバイわ!!」

「やっぱり!!」

「良くて死ぬわ!!」

「良くて死ぬ!?」

「最悪即死よ!!」

「ほとんど一緒!!」


 赤い瘴気はゆっくりと降りてきた。


 すると、良吉さんが懐から小さな短刀を取り出した。


「正鹿火之目一箇日大御神よ。力をお貸しください。……まぁ信仰は經津櫻境尊ですが。……あぁごめんなさいごめんなさい。力を貸してください」


 良吉さんはその短刀を空に向けて振った。すると、刃から炎が放たれた。その炎は刃の軌跡に沿う様に空に舞うと、その赤い瘴気に炎が着火した。


 赤い瘴気に次々に着火し、大きな爆発を起こした。


「……着火性が思ってたより高かったですね……」


 小判鮫の様な闇が大量にこちらに泳いできた。すると、良吉さんは懐から竹で出来た管を取り出した。


 その管から狐の様な動物が二匹飛び出した。いや、狐と言うより(いたち)に似ている。


 ……いややっぱり狐かも。ひょっとしたら……いややっぱり鼬? やっぱり狐?


 多分二匹の狐だと思う生物は小判鮫の様な闇の首を食い千切った。そのまま小判鮫の様な闇の肉を喰い漁った。


「ミューレン、あれ狐かしら、それとも鼬かしら」

「今聞くことじゃないでしょ!?」

「元気になってきたわね」

「大分慣れてきたのよ」

「こんなどうでも良い話は後にして!! 早く逃げるわよ!!」

「貴方から始めたのよ!?」


 最近走ることが多い気がする。特に苦痛は感じないが。


 すると、更に大きな蛇が私達にとぐろを巻き、そのまま前に進んだ。


「蛇!? 大きすぎない!?」

「さっきから色々ありすぎるわ!!」

「私は楽しいわよ!! 死ぬのは嫌だけど!!」

「心臓に毛でも生えているのかしら!?」

「これが良吉さんの蛇ってことが分かってるしね!!」


 蛇は前に進み続け、良吉さんと賢吉は多分狐だと思う生物に乗ってこちらに着いて来た。


「……やっぱり何かおかしいわ」

「まだ何かおかしいことがあるの!?」

「……やっぱり何でもないかも……いや……やっぱり……うーん……? 本当に迷い人に食べられたのかしら? いや……確かに迷い人には食べられたんだろうけど……うーん……?」

「……それよりミューレン。貴方、目が変よ?」

「え?」


 ミューレンは驚いた様な顔をしている。私と向き合ったミューレンの瞳はいつもの金の目ではなく、神々しい銀色の目に見える。


 明らかに異常だ。だが、こんな状況なら超常的な何かと言うことは簡単に予測できる。


「目が銀色になってるわよ」

「え? そんなわけ無いでしょ」

「いや本当に」


 すると、私達を運んでいた蛇が突然止まった。


 私が下を覗くと、底の見えない穴が空いていた。


 中央に底の見えない丸く向こう側が霞む程の距離まである穴が空いており、その穴の壁に沿って建てられている木造の建築物が底にまで広がっていた。


 赤い炎を宿した提灯が底まで浮かんでおり、その穴を照らしていた。


「……ひょっとして、この下?」

「じゃ……ないかしら……?」

「……え、今からここを降りるの?」

「……多分」

「……無理じゃない?」


 すると、私達を運んだ蛇が突然何かに引っ張られる様に後ろに引きずられた。その直前に私達を離した。


 後ろから肋を動かし這っていた闇がこちらに勢い良く飛びかかった。腹にある銀の目が私を睨んだ。


 私の右腕に針が刺された様な激痛が走った。見ると腕に白い模様が出来ていた。


 白い模様は目の様な模様だった。流石に動いたりはしていないが、その模様が激痛を広げながら私の首にまで広がっていた。


 奥から気持ちの悪い感触がする。それはまるで胃の中で蛞蝓(なめくじ)蝸牛(かたつむり)か鰻が暴れ回っている様に。


 その蛞蝓か蝸牛か鰻に例えた気持ち悪さがどんどん喉を登り、口から溢れ出した。


 溢れ出したそれは多分血だ。医療知識なんてミューレンから教わって気になったものだけを覚えているから何とも言えないが、多分血だ。それにしてはあまりにおかしい。


 真っ白だ。いや、適切には透明だ。唾液などではない。それは鉄の味の様な生臭い味から分かる。まるで虫の血液だ。……いや、虫の血液は透明な色の他に緑色もあるが……。


 十中八九この白い模様のせいだ。そしてこの模様の原因は絶対この怪物のせいだ。


 死は怖い。当たり前だ。生物なのだから。だが、それ以上に私はこの体の変化を興味深く思っている。


 自分でもおかしいとは思っている。変人とも思っている。頭が湧いて、ネジも一本どころか十本くらい外れていることも理解出来る。


 しかし、私は生物の中の人間の一人なのだ。人間がここまで成長出来たのはその好奇心の功績だ。これは人間の特徴が顕著に現れただけで人間本来が有している止めることなど出来ない好奇心なのだ。


 すると、肋で這っていた闇に無数の刀が突き刺さった。その刀は目を重点的に刺突しており、分厚い肉に突き刺さる気持ちの悪い音を出していた。


 生臭い匂いが辺りに撒き散らされ、この怪物の懐に赤い果物でも仕込んでいたのではないかと思う程血が吹き出された。


 私の体を侵食していた白い模様が綺麗に消えた。


 良吉さんが声を出した。


「良いですか黒恵さん! ミューレンさん! この穴の下に向かってください!! もし一人になってもこの穴はそう言うところですから安心してください!!」


 辺りを見渡すと、おそらく入り口である下に続く階段があった。私はミューレンと手を繋ぎながらその階段を駆け足で降りた。


 良吉は肋で這っていた闇を睨んだ。


「……さぁ、お帰りいただけたらこちらとしては大変助かるのですが……」


 肋で這っていた闇は、何をするでもなく、その場で立ち竦んでいた。


 ……何でしょう……? 迷い人にしては理性がある様に……。……まず何処から迷い人は神を食らったのか。神と偽った妖の可能性も確かにありますが……。


 ――すると、空から鯨が叫んだ様な大きな鳴き声が聞こえた。


 それは空を優雅に泳いでいた大きな闇から発せられた鳴き声だった。


 腹に生えている穴の空いた突起物から液体が滴ったと思うと、人が一人入る程の丸い何かが何十何百と落ちてきた。それは表面が湿っている黒い卵の様で、僅かに中が透けて見える。


 中で人に近い型をしている生物が子宮に眠る赤子の様に蠢いていた。やがて、その中にいる生物は腕を伸ばし、殻を破った。


 生物は、概ねの形こそ人間の様だが、明らかに違っていた。


 あんな黒い怪物から産み落とされたとは思えない程白い鱗の様なものを表面に持っていた。


 鈍色に輝く目は魚の様に大きくぎょろりと動かしており、手には水掻きの様なものが着いていた。


 背骨に沿って一本の穴の空いた突起物が生えており、そこから赤い瘴気を出していた。


 その生物は腹を空かせているのか、自分が出て来た殻を食らっていた。


 その生物は殻を食い終わると、赤い瘴気で動けなくなった人間を喰らい始めた。


 腕を引き千切り脚を引き千切り、悲鳴が辺りに響き渡った。


 その生物は肉を喰らい、その生物は力を求め、その生物は母を拝めた。


 良吉と賢吉は生前は神事に務めていた。故にこの異常性が誰よりも分かっていた。


 二人はその場からすぐに立ち去り、黒恵とミューレンの後を追った。


 自分たちでは救えない命だった。見捨てるしかなかった。それが間違いだとは誰にも言えない。それ程までに強大で恐ろしい力の持ち主だったのだから。


 やがて、その生物は小判鮫の様な闇に頭から飲み込まれた。それを期に、その生物は空を仰いだ。その生物を次々と小判鮫の様な闇が頭から飲み込んだ。


 その生物は死んではいない。生きたまま飲み込まれ、空を優雅に泳いでいた大きな闇の口に運ばれた。


 空を優雅に泳いでいた大きな闇は小判鮫の様な闇ごとその生物を食らった。


 全てを食らい、空を優雅に泳いでいた大きな闇の触手は激しく蠢いた。


 触手は肋で這っていた闇に巻き付き、締め上げた。


 空を優雅に泳いでいた大きな闇は肋で這っていた闇を食らった。


 すると、空を優雅に泳いでいた大きな闇の胴体は横に伸び、まるで粘土の様に形を変えていった。


 二対の鳥の様な翼が生え、その翼に着いている無数の鈍色の目が地面を見下していた。


 そして、主のために進み始めた――。


 ――私達は走っていた。いや、いつも走ってるけど。


 この穴の壁に沿って作られた建造物はやはり日本の風を感じる。そんなもの感じる暇なんてないけど。


 廊下の様な作りの横に襖が広がっていた。穴に沿っているからか道が若干曲がっているため走りにくい。


「ミューレン! この先は大丈夫よね!?」

「多分!」

「ミューレンレーダー発動!」

「え!?」

「ほら!! 言って!!」

「え、えぇ!?」


 ミューレンは困惑している様な顔を見せた。可愛い。


「ミュ、ミューレンレーダー発動ぅ!!」

「ほら!! 効果音!!」

「え、えーとー……にょーにょーにょーにょー!!」

「指をアンテナに!!」

「さっきから私は何をやってるのかしら!?」


 ふざけている場合ではない。おそらく前からは来ていないが後ろからは何かが来ているはずだ。


 ある程度走っていると、下に伸びる階段があった。ほとんど飛んで降りたが、多分大丈夫だ。


 だが、私の手に温もりがなかった。後ろを振り向くと、そこにミューレンはいなくなっていた。私が幻覚でも見ていたのだろうか。しかしあの温もりは本物だったはずだ。あのツッコミの仕方もミューレンだった。


 そう言えば良吉さんが一人になっても安心してくださいとかなんとか言ってたから大丈夫かしら?


 私はまた走り出した。ミューレンの安否が少し心配だが、多分大丈夫だろう。……多分。


 走って走って走ったが、流石にあの時よりは楽だ。あの時は一晩走ったから楽なのは当たり前とは思うけど。


 赤い提灯に混じって、金魚の形に模した提灯も見える。こんな状況じゃなかったらもう少し眺めていたいのに。


 後ろから何かが来る音が聞こえる。流石にミューレンではない。音が大きすぎる。空を泳いでいた怪物程ではないにしても2mか3mかの巨体がこちらに走ってきている様な音だ。


 すると、上から建造物を壊す様な音まで聞こえてきた。


「あー……絶対上から壊しながら来るやつね……」


 私のすぐ前の天井に罅が走った。それはとても強大な存在を示唆するのには十分だった。


 罅は割れ、辺りに鋭い木片が飛び散った。そしてこちらを睨む闇が現れた。


 背から十本の腕が生えており、それぞれの手に剣の様なものを持っていた。


 頭から腹には、縦に口の様なものが開いていた。その口から白い息の様なものを吐き出していた。


 頭には無数にこちらを見つめる鈍色の目があり、数を数えることさえも忌避する程無数に着いていた。


 私はその闇の脚の間をスライディングしながら通り抜けた。


 そのまま後ろを走り抜けた。


「ヤバイヤバイ!! どうも戦闘しまくります! って造形の怪物がいる!! どうも猟奇的に殺します! って造形の化け物がいる!!」


 あの剣に刺さるところはあんまり想像したくない。と言うか死ぬ姿をまず想像したくない。


 と言うかミューレンは何処に行ったのよ!!


「ミューレーンー!! どーこー!! 貴方の家の中々に高いアイスを勝手に食べたのは謝るからー!!」


 返事はない。ただの屍……はあまり想像したくない。


 私に向かってくる音が近付いている気がする。あの剣を持つ闇だろう。流石に不味い。非常に不味い。ミューレンに般若のごとく怒られるくらい不味い。


 私は横にある襖を蹴破り、中に飛び込んだ。


 中は視界の向こうまで畳と四面にある襖しかない質素なところだ。外の廊下と同じ様に提灯が浮かびながら灯っているが、そんなことはどうでも良い。


 私は前の襖を蹴破りながら、時には隣の襖を蹴破りながら進んでいた。その途中でたまに提灯を後ろに投げてみている。何かが轟々と燃える様な音がしたが気にしてはいけない。後でここの家主に怒られても自己防衛で通すしかない。


 やがて、私を追いかける音は聞こえなくなった。少し恐いが、後ろを振り向いても何もいない。


「……逃げ切ったー……」


 だがここで安心してはいけない。まだ經津櫻境尊にも会っていないし、何よりミューレンが何処にもいない。


「ミューレーンー!! どーこー!! 寝ている間に乳房を見ようとしたことは謝るからー!!」


 私は足を止めた。ミューレンを見つけたからではない。鉄臭い匂いが私の前の襖の奥から通ってくる。


「……まさかね。まさか……まさかまさか。……まーさーかー? まさか?」


 鉄の匂いはここ最近で嗅ぐことが多くなっている匂いだ。とても嫌な匂いだ。良い匂いとは絶対に言えない。この匂いが通った時は必ず良いものではない。


 襖を蹴破ると、そこは赤い液体が辺りに無造作に撒き散らされていた。この部屋の中心には、金髪の可愛らしい女性が大の字で寝転んでいた。


 あの服に見覚えがある。あの髪に見覚えがある。あの目に見覚えがある。あの口に見覚えがある。あの耳に見覚えがある。あの頬に見覚えがある。あの顔に見覚えがある。


 ――ミューレンだ――。ミューレンに見える。


 目は誰かにくり抜かれたのか壁に叩きつけられている。それが潰れた葡萄の様な形になってしまっていた。


 腕は関節の数が増えている程折られていた。肌から白い骨が飛び出してもいた。


 胸には木の杭の様なものが突き刺さっていた。場所から考えて心臓を一突きだろう。


「……っ……。ぁっっ……ぅっ」


 これは言葉なのだろうか。これは声なのだろうか。それさえも分からなくなってしまった。


 血に濡れながら、私は確かめるために近付いた。


 私はその体の胸を触った。


「あ、偽物ねこれ」


 直後に大きな声を叫びながら立ち上がった。


 私は驚いて無意識にその偽物の頬を平手打ちした。そのままその偽物は動かなくなった。


「あー……だ、大丈夫?」


 ……別に大丈夫よね? 殺人罪にはならないわよね?


 私はそのまま下に向かうために右往左往しながら歩いた。


 そのまままた廊下の様な作りに出た。どうやらあの怪物は近くにはいない様だ。


 すぐ近くに穴が空いており、そこに梯子がかけられていた。


 縦木を掴みながら滑りながら下に降りた。


「ミューレーンー!! どーこー!! 貴方の家に押しかけて勝手に呪いの人形を天井裏に隠したのは謝るからー!!」


 ふと後ろを振り向くと、見たことのある顔の女性がいた。


「ミューレーンー!! いーたー!!」

「うるさいわよ黒恵」


 私はミューレンの頭に触れた。


「嬉しいのは分かるけど、こんなことしてる暇はないでしょ」

「まぁまぁ」


 ミューレンは小さなため息を一つついた。


「ほら、早く……」

「……」


 私はミューレンの胸を触った。


「やっぱり偽物ね」

「……」


 ミューレンの形をしていたそれは、まるで蛹から蝶に羽化する様に体を突き破り、闇が現れた。闇は複数の人の形に変わり、それは霧の様に特定の形を作れずに揺らめいていた。


 やはり全ての闇は鈍色の目をしてこちらを睨んでいた。


「さて……逃げの一択!」


 私はその闇達に背を向け、思い切り足を上げながら走り去った。


「趣味が悪い化け物ばっかり!! ミューレンから本物かどうかを確かめる方法を教えてもらって良かったわ!!」


 多分鈍色の目に黒い闇みたいな体の存在が迷い人? にしては色々人じゃない形をしているものが何体か……。


 何か理由でもあるのかしら。神を食らったって言う良吉さんの発言からして神を食べたらあんな姿に? 食べただけであんな姿になるなら相当よね。


「って、結局ミューレンは何処にいるのよ!」


 まず何故一人になるのかが分からない。まぁ私はそれを含めたオカルト的な理由を探るために私はオカルトの世界に身を置いてるんだけど。


 ふと、穴の向こう側の微かに見える通路を見つめた。その更に下の通路、そこは上の通路のせいで半分以上は見えないが、白い髪が微かに見えた。


 何処かの記憶に引っかかる。ずっと奥に、ずっと底に、けれどとても近くにあるはずの記憶。


 分からない。何処に片付けた記憶だろう。何処に押しやった記憶だろう。いつ壊した記憶だろう。


 すると、私の横にある襖を押し破った闇がいた。問題はその数だ。


 上までびっしりとこちらを睨む鈍色の目が着いている頭を無数に出しながらこちらに近付いていた。


 闇は私が前へ走れば走る程その横の襖を押し破り無数に無限に現れる。


「多い多い! ゴキブリは一匹見たら……何匹だっけ!? 何匹でも良いわ!! 沢山いるって言うけどこれは多すぎよ!!」


 ついにその闇は私の前にまで無数に現れた。


 私は一度足を止めたが、それはある意味で愚策に近い。


 後ろからも闇が追っているこの状況に一度でも足を止めるのは愚策に近い。


 無数の手が私を掴んだ。その一つ一つの力は赤子の様に弱く、簡単に引き離せるが、あまりにも数が多い。


 上から髪を引っ張りながら私の体を闇が持ち上げた。


 私に掴みかかっている力はその全てに明確な殺意が見える。首を締め付け、目を抉り出そうとしてくる。


 息が難しい。意識が飛びそうになる。


 口から唾液を溢れさせない様に力を入れることも出来ない。


 最近はいつもこうだ。私のずっと近くに何度もやってくる死の予感。


 それは時が来れば私の首に刃を突きつけてくる恐怖。誰もが恐れる本能的で根源的な恐怖。


 ……せめて、ミューレンに……伝えたかった……。


 私は目を閉じた。少し考えると、死と言う今生きている人が誰も経験できない事象を知れるのだ。悪くはない。


 ……そんなわけ無いでしょ!? 何を考えてるのよ私は!!


 すると、私の体中を掴んでいた力が離れていった。いや、正確には、私が何かもっと強い力に引っ張られた様に離れていた。


 微かに甘くふくよかな香りが鼻を通った。この匂いは、嗅いだことがある。


「ミューレーン!!」


 その声に彼女は反応していない。それに、この浮遊感はとても不味い。


 落ちている。下が見えない程深い穴に落ちている。私は今ミューレンに抱えられながら落ちている。


「ちょ、ミューレン!?」


 その顔を見ると、少し違う。顔は確かにミューレンのはずだが、髪は白く輝いており、銀色の目でこちらの顔を覗いていた。


 それに何処か凛々しい。いつもの可愛らしい顔ではなく、むしろ格好良い印象の顔だ。


 頬には血の様な赤色で記号の様なものが書かれていた。それは一本の縦線に、斜めの線が平行に二本で作られていた。


「ミューレン!? いや……ミューレンよね!?」

「……私は……□□□□□……いや……違う……。……落ちている……I()S()


 すると、落ちていた私達の体が突然空中で止まった。


 肌から感じるのは夏に似合わない冷気。まるで北欧の冬の様な厳しい寒さがここの空気を支配していた。


 見れば、ミューレンの足元に氷が張っていた。透明で小さな曇もない程綺麗で透き通った氷。微かに見える穴の向こう側の壁までその氷が張っていた。


 ミューレンは私を抱えていた腕を離した。私はそのまま冷たい氷の地面に落ちた。


「いったー!! つめたー!! 何するのよミューレン!!」


 立ち上がってミューレンを見たが、やはり何かがおかしい。こちらを認識はしているが、何処か全く別のことに思考を使っている様に目を動かして、周りを見渡していた。


「……ミューレン?」

「……貴方……□□□?」

「――? 良く聞こえなかったわ」

「……それとも……■■■?」

「それは言葉なの?」

「……違う……□□□でも■■■でもない。だって□□□はもっと魂が汚れてた。■■■はもっと魂が美しかった。貴方は違う。美しすぎる。汚れていない。それとも……」


 すると、空から「あぁあぁあぁあぁ」と言う声が聞こえた。見上げると、小判鮫の様な闇がこちらに向かって降りてきていた。


 だが、その小判鮫の様な闇は鳥の様な翼が生えており、その翼に目が悍ましい程着いていた。


 胸の辺りの肋が肉を引き裂き外に露出していた。


 ミューレンはその小判鮫の様な闇を眺めていた。


「――K()E()N()


 ミューレンのその言葉と同時にその小判鮫の様な闇は、油を撒かれた木片の様に燃え盛った。


 一体だけではない。私達に襲いかかってきた全てだ。数えられるだけで二十体はいたはずだ。その全てが轟々と燃え盛った。


「――E()O()L()H()


 すると、張っていた氷を渡り、こちらに、私を襲ってきた闇が無数に走ってきた。


 だが、その闇は私の傍に近寄ることは出来ず、透明な壁でもあるかの様にそれ以上動けなかった様な印象を受けた。


「……名前は?」

「知ってるでしょ?」

「……多分……黒恵?」


 ミューレンはそう言いながら首を傾げていた。何処か幼さを感じる様な行動に思った。


「……じゃあ……黒恵。貴方は()()()()()()()()()?」

「旅?」

「……知らないの? ……じゃあ……うーん……? 私は……何を言ってるの? 私は何を知っているの? 私は何故知っているの? 私のこの知識は何? 私は誰? 私は……何がしたかったの? 目的は? 目標は? 誰に言われた? 誰に……。違う……違う……私は……私は……――ミューレン・ルミエール・エルディー――」


 ミューレンは一度目を瞑った。長い時間が過ぎたのか短い刹那かは分からないが、ミューレンの髪は金色に戻っていった。


 目を開けると、その目は片方は銀色のままだが、もう片方は金色に戻っていた。


 頬の記号も水に溶ける様に消えていった。


「……あら? あ! 黒恵!! 探したわよ!!」

「そんなことどうでも良いくらい色々なことが起こりすぎたわよ!!」

「えぇ!?」

「下は凍るし何か燃えるし何故か止まるし!!」


 ミューレンは周りを見渡し、この状況の異常性にようやく気付いた。


「何があったの黒恵!?」

「多分貴方のせいよ!!」

「私がこんなこと出来るわけ無いでしょ!?」

「出来てるのよ!!」

「じゃあどうやってよ!!」

「何かこう……!! けんとかえおろーとか!!」

「ケン……エオロー……。ケンって言ったらどうなったの?」

「確か……小判鮫が燃えたわ」

「KEN……。じゃあこの……真っ黒な人達はEOLHのせいってことよね」


 ミューレンは口元に手を当てながら考えていた。


「……ルーン文字かしら」

「あー聞いたことあるわ。けどルーン文字って占いに使われるでしょ?」

「けどKENもEOLHもルーン文字にあるわよ。それにKENは炎の象徴だし、EOLHは魔除けだし。魔除けだから守護とか結界とかと認識してこうなったとか?」

「何で貴方が知らないのよ!」

「私だって覚えてないのよ!」


 すると、ミューレンは少し焦りと恐怖を含んだ顔で突然上を見上げた。


 私はそれにつられ上を見上げた。


 いつの間にか相当深くまで来たことを空を見れば分かる。その空を優雅に泳いでいる大きな闇はいつの間にか翼が生えており、その翼に無数の鈍色の目が着いていた。


 その闇が三つの嘴の奥に見える鈍色の目でこちらを睨んでいた。つまりあの闇は体を地面に対して縦にしていると言うことだ。つまり、あの巨体がこちらに向かって勢い良く降りていた。


「ねぇミューレン」

「何を聞きたいのかは分かってるわ」

「……あの怪物、こっちに落ちてきてない?」

「……走るわよ!!」

「そうよね!!」


 私達はもう一度手を繋ぎながら氷で繋がった向こうに走った。ここにいればあの巨体に押し潰される。


「何でこんなことばっかり!!」

「知らないわよ! 運が悪くなってるんじゃないかしら!?」

「それでも最終的に生き残れるから運が良いのよ!!」

「何処から来るのよその自信!?」

「勘!!」

「何となく分かってたわ!!」


 距離があったおかげで直撃は確かに免れた。ただ、今私達が走っている地面は氷で作った決して固くない地面だった。


 嘴が氷に突き刺さった。一瞬だけ動きが止まったが、嘴が突き刺さった部分から罅が走った。


 鰭を更に激しく動かすと、その罅が氷の全体に広がった。そのまま更に奥へ奥へと突き刺さり、やがて氷を突き破り、深い穴の底に向かった。


 衝撃は罅を沿って、氷を砕いた。それは私達の足元まで砕かれ、底が見えない穴に落ちた。


「ミューレーンー!! 何とかしてー!!」

「無茶言わないでくれる!?」

「良くて死ぬわよこの高さ!」

「そうは言っても無茶よ!」

「ミューレン! 柔道の受け身はとれるわね!!」

「受け身でもこの高さは死ぬわよ!?」


 すると、深い底の暗闇から鈍色の目が見えた。翼が羽撃く音が強く大きく聞こえていた。


 この穴の底を地獄と表すのなら、地獄から這い上がった怪物がこちらを睨んでいる。


 空を優雅に泳いでいた大きな闇は深い深い地の底に降りたが、こちらを睨みながらまだ襲いかかろうとしていた。


 私達はその怪物に向かって落ちている。怪物は私達に向かって昇っている。


「ミュレえもーん!! 助けてー!!」

「不思議なポッケは持ってないわよ!!」

「それじゃあどうするのよ! 私達あの化け物に食われるわよ!」

「ぱっくんちょって食べられたくなかったら起死回生の一手を考えなさいよ!!」

「神様に祈る! えーと……經津櫻境尊に!!」

「それはつまり絶体絶命ってことじゃないかしら!?」


 私は他の一手を考えていたが、やはり特に考えが思いつかない。


 まず私達は自由落下中だ。何かに掴もうにも、この落下速度のまま何かに掴めば私の腕は簡単に関節が離れる。もしかしたら千切れる。


 つまり落下速度を遅くし、無事に着地することが生き延びるための最低条件。それに加え下からは化け物、怪物。この回避も考えなくてはいけない。


「……無理! 人生には諦めも大事よ!!」

「その人生が終わりそうなのよ!?」

「そんなこと言っても、落下速度を遅くしてしかもあの怪物を避けるなんて私達に出来るわけ無いでしょ!」

「もう少し頑張りなさいよ首席!!」

「頭が良くてもどうにも出来ないことはあるわよ!」

「じゃあ……!! 確定じゃなくてもいいから何か策とか!」

「そんなこと言ったって……」


 ……今の持ち物から何とか出来るかもしれないもの……。


「……ねぇ、ミューレン。貴方のお守りって……ひょっとしてルーン文字じゃない?」

「……あっ!! そうだわ! 多分H()A()G()A()L()L()よ!!」

「はがるの意味は?」

「突然のハプニングやアクシデント、大きな変化よ! それに魔除けにも良く使われる文字よ! 象徴は雹!」

「今は持ってる?」

「持ってるわ!」

「じゃあ気合で使って!」

「もうそれしか方法がないわよね! 気合で使うわ!」


 ミューレンは何処からか黒い石を取り出した。


「……やっぱりどう使えば良いのかしら!?」


 真剣な表情で私の顔を涙目で見ていた。可愛い。


 だが、こんな表情になるのも分かる。今のミューレンの心情やプレッシャーはとても重いものだろう。出来なければ私達は死ぬのだから。


「……大丈夫よ。貴方は私に出来ないことが出来るんだから」


 私はこんな言葉しかかけられない。私はこんなことしか出来ない。


「貴方なら大丈夫。だって覚えてなくても貴方は出来たのよ? 記憶の奥にあったとしても、貴方の頭にはその使い方をちゃんと覚えているはずよ」

「……そうね!」


 ミューレンは私に笑いかけた。


 黒恵の言葉はきちんと私の心に響いている。


 黒恵の言葉で私は励まされている。


 黒恵の言葉だけで私は勇気が溢れる。


 ……私は、きっと黒恵のことが。


「……HAGALL!」


 ミューレンが手に持っていた黒い石は、刻まれた記号から青く光り輝いた。


 眩く光ったその光は、やがて収まった。その石は罅が走り、やがて壊れてしまった。


 ……何も起こらない。


「……大丈夫よね?」

「……さぁ?」


 三つの鳥の頭蓋骨の様な頭はどんどんこちらに近付いている。


 流石に駄目だったのだろうか。……もしそうだとしても、私は満足だ。最後にミューレンと出会えたのだから。


 何処かから声が聞こえた。男性の声だ。何処からかは分からない。ただ一言、こう言っていた。


「やりすぎだよ」


 すると、私達の自由落下がゆっくりと空中で止まった。


 下から昇っていた大きな闇は突然透明な壁にぶつかった様に動きを止めた。


「全く、■■■■君はきちんと操っているのかい? 後で聞かないとね」


 この声は聞いたことがある。確か御旗詩気御と言う名前の人だったはずだ。


 上からその声は聞こえた。私が上を見上げると、確かに詩気御さんだ。だが、目は金色に輝いていた。


「追い詰めてくれとは言ったが、殺してくれとは言ってないはずだよ。……まぁ……もう十分かな」


 詩気御さんはミューレンを見ながらそう呟いた。


 詩気御さんは、指を鳴らすとこの場の空間が粘土の様に歪んだ。やがて、景色は変わり、私達は地面の上に立っていた。


 広い空間だった。おそらくこの穴の底だろう。上を見上げれば分かる。


 提灯はここにも無数に浮かんでいた。地面には白い花が咲き乱れており、すぐ近くには立派な桜が咲き誇っていた。


 その桜の前に、女性が立っていた。


 狐の面を被っており、真っ白な髪をしていた。白い小袖と白い袴を着ており、腰には刀を帯刀していた。


「おや、意外と早かったですね」

「すまない經津櫻境尊。色々あってね」

「そうですか」

「……何度か聞きたかったのだけど、何故(きょう)ではなく(きゃう)何だい?」

「少し変な方が格好良いでしょう?」

「……成程」


 すると、私達の後ろから多くの何かが落ちてきた音が絶え間なく聞こえた。


 好奇心に負け、後ろを振り向こうとすると、詩気御さんは声を出した。


「黒恵君、ミューレン君、動かないほうが良いよ。間違って刻まれしまうからね」


 すると、詩気御さんは私達に右手を向けた。正確には私達の後ろだろう。


 詩気御は黒恵とミューレンの後ろにいる大勢の闇に薄笑いを崩さず殺意を向けていた。


 全く……■■■■君。仕方ないとは言えあまり力は使いたくないんだけどね。


 詩気御の黒い髪は白く染まり始めた。それはまるで神の威厳を感じさせる様に靡いていた。


 黒恵とミューレンの後ろにいた闇は、各々が殺意を含ませ鈍色の目を輝かせながら、文字通り足を引っ張り合っていた。そのせいで一つの大きな黒い塊の様になってしまい、それだけで小さな丘の様になっていた。


 詩気御は手に力を込め、握り拳を作った。


 すると、塊になっていた闇はまるで何かに潰された様に押し潰された。


 だが、その塊の中から一体の闇が立ち上がった。


 それは背から十本の腕が生えており、それぞれの手に剣の様なものを持っていた。


 頭から腹には、縦に口の様なものが開いていた。その口から白い息の様なものを吐き出していた。


 頭には無数にこちらを見つめる鈍色の目があり、数を数えることさえも忌避する程無数に着いていた。


 その忌避すべき姿をしている神に臆することもなかった。


 掌を広げ、腕を横に振った。


 その闇はまるで不可視の刃に切られた様に一つの腕が肩から切られた。綺麗な切断面になっており、その技術は素晴らしいものだと簡単に理解出来る。


 更に無数に刻まれ、それは多くの肉片に変わった。


「もう大丈夫さ。……いや、やっぱりまだ大丈夫ではないね。經津櫻境尊。頼んだよ」

「流石に貴方でも無理でしたか」

「皮肉かい?」

「事実を言っただけですよ」


 すると、上から巨体の闇が勢い良く降りて来た。


 尻尾は鯨の様な鰭が付いていた。


 背中には、背骨に沿う様に大きな突起物が四本上に向けて生えていた。その突起物から布の様なものが垂れており、体を隠していた。


 背から鳥の様な翼が生えており、その翼には無数の鈍色の目を輝かせていた。


 胸や腹には穴の空いた突起物が付いており、そこから赤い瘴気を出していた。


 胴体から無数の触手の様なものが生えており、不気味に蠢いていた。それは使命を達成するために。それは生者を殺戮する様に。


 頭は三つあった。だがそれに目玉がなく、嘴が付いており、鳥類の様な頭蓋骨だった。嘴を開けると、鈍色の目が喉の奥からこちらを見下ろしていた。


「一人で大丈夫かい?」


「おそらく」


「流石だね」


 經津櫻境尊はゆっくりと抜刀した。鞘から少しづつ抜けながら見える桜色の刀身は、一見刀の様には見えない。


 桜色の刀を両手で握り、頭上で振りかぶった状態で構えた。


 巨体の闇は經津櫻境尊を鈍色の目で睨んでいた。もはや力量も図ることが出来ない程知性はないが、殺戮と言う使命だけは心ではなく魂に刻まれていた。


 經津櫻境尊は何故か前に走った。上から来る巨体の闇に対してその行動はあまりに不可解であり、また逃げている様な素振りでもない。


 經津櫻境尊はもう一歩前に踏み込むと、その場から消えてしまった。透明になったという訳ではなく、一瞬の内に巨体の闇の頭部の上にいた。刀を振り下ろすと、桜の花弁が刀身から舞い散りながら首を切り落とした。


 鳥類の様な頭蓋骨の一つが地面に落とされた。舞い散った桜の花弁は意志がある様に空中を動き回り、巨体の闇の触手に僅かな傷を付けた。


 また經津櫻境尊はその場から姿を消した。次に現れたのは背骨に沿って生えていた突起物の上だった。


「"枝垂桜(しだれざくら)"」


 經津櫻境尊の周りに桜の枝が現れた。その枝は下に垂れていた。


 咲き誇っていた花弁は淡い紅染めの色に微かに輝いていた。


 枝は巨体の闇に蔓の様に巻き付き、動きを封じた。


 だが体を激しく動かしその枝を引き千切った。


 經津櫻境尊は地面に飛び降り、刀を地面に刺した。


「"狂咲桜(きょうしょうざくら)"」


 經津櫻境尊の背後から立派に咲き誇った桜の木の幻影が現れた。舞い散った無数の花弁は巨体の闇に襲いかかった。


 しかし、所詮は良く切れる刃の様な花弁だ。表面に傷を付けることは出来るが、その無数の花弁は致命傷に至ることなどなかった。


 枝から花弁がどんどん無くなり、やがて經津櫻境尊の背後の桜には花弁が全て散ってしまった。


「散ってしまいましたか……」


 經津櫻境尊は刀を地面から抜いた。しかし背後にある桜の幻影は消えることはなかった。


 經津櫻境尊は腰に付けていた鞘を手に持ち、刀身を少しづつ鞘に収め始めた。


 背後にある桜の木の枝に僅かに蕾が咲き始めた。


 經津櫻境尊は更に刀身を鞘に収めた。


「"万年桜花(まんねんおうか)三割咲(さんわりざき)"」


 桜の木は更に成長し、大きくなっていた。蕾は開き桜の花弁を徐々に見せ始めた。だが、花弁は舞い散ることなく枝に付いたままだった。


 經津櫻境尊を中心にまだ成長して一年程の桜の木が生え始めた。


 辺りに舞い散る桜の花弁は僅かに増え始めた。


 經津櫻境尊は更に刀身を鞘に収めた。


「"万年桜花(まんねんおうか)五割咲(ごわりざき)"」


 經津櫻境尊の背後の桜の木は五割咲になっており、より立派に成長していた。千年の樹齢を優に超えている様にも思えた。


 周りに生えていた桜の木は立派なものになっており、多くの花弁を散らしていた。そして、更に広く地面から桜の木が生え始めた。


 桜の花弁は不自然な動きを見せ、巨体の闇を包み始めた。


 經津櫻境尊は更に刀身を鞘に収めた。


「"万年桜花(まんねんおうか)八割咲(はちわりざき)"」


 經津櫻境尊の背後の桜の木は満開になっており、より立派に成長していた。


 周りに生えていた桜の木は更に立派なものになっており、樹齢が百年程の様に見えた。より多くの花弁を散らしながら更に広く地面から桜の木が生え始めた。


 花弁は更に巨体の闇を包んだ。


 經津櫻境尊は更に刀身を鞘に収めた。


「"万年桜花(まんねんおうか)九割九分九厘(くわりくぶくりん)(ざき)"」


 満開を超え、經津櫻境尊の背後の桜の花弁は咲き誇った。より立派に成長しており、現存している木の最高樹齢を優に超える程の巨大樹になっていた。


 周りに生えていた桜の木は更に立派なものになっており、樹齢が千年程の様に育った。この穴の壁に沿って作られた建物から桜の枝が生え始め、この空間の全てに桜の木が生えた。


 より多くの花弁は巨体の闇を包み込んで、もはや姿は見えなかった。


 經津櫻境尊は刀身を完全に鞘に収めた。


「"万年桜花(まんねんおうか)満開之時(まんかいのとき)十割(じゅうわり)狂咲(きょうしょう)妖艶桜(ようえんざくら)夜桜月見之(よざくらつきみの)大饗宴会(だいきょうえんかい)"」


 經津櫻境尊の蕾は全て咲き誇り、より妖艶に、より美しく、より綺麗に、より多くの花弁を咲かせていた。


 周りからは酒の匂いが満たされており、この世界そのものが酔い痴れていた。


 巨体の闇はより成長した桜の木に花弁ごと飲み込まれ、もはや動くとも出来ずにより美しく咲き誇るためのただの栄養に成り下がった。


「花は命を吸い更に美しく咲き誇る。それが神なら、より一層華やかに咲き誇るでしょう。この桜は長く咲きますね」


 おそらく經津櫻境尊の女性は私達に歩みを寄せた。


「初めまして黒恵さん、ミューレンさん」

「經津櫻境尊発見!」

「えぇ、私が經津櫻境尊です。……帰りたいのでしょう?」

「はい!」

「……少しだけ、ここで話しましょうか」


 經津櫻境尊は桜の花弁に染まっている地面に正座で座った。私とミューレンもその場で座った。


「……ミューレンさん」

「あ、はい!」

「……貴方は、()()()()()()()()()()()()()?」

「え? ……何の話か分かりません」

「……そう……ですか。黒恵さん。ミューレンさんが何かを呟いていたりしていましたか?」


 私はミューレンの発言を思い出しながら呟いた。


「……良く分からない名前? みたいな言葉?」

「……それは……■□■と言っていましたか?」

「……もう一度言ってください」

「□■□です」

「……? 多分違うとは思うんですが……?」

「……もしかして、■■■ですか?」

「あっ! それです! それが一つです!」

「一つ……もう一つあるということですか?」

「いえ、もう二つです」

「……□□□□□ですか?」

「そんなのもありました」

「もう一つは□□□ですか。……成程……」


 經津櫻境尊は俯きながら何かを呟いていた。私はその小さな言葉を聞き耳を立てた。


「予想外に……しかしだとすると思ったより……。……特に問題は……」


 經津櫻境尊はこちらの顔を見ると、何度も頷いた。


「……さぁ、ずっとここにいるわけにはいかないでしょう」


 經津櫻境尊は立ち上がり、私にとても小さく細い枝を渡した。


「帽子の中にでも入れて持っておいてください。いつか役に立ちます。明日か明後日か」

「これは何なんですか?」

八幡(はちまん)……いえ、今教えても意味が無いですね」


 經津櫻境尊は四回手を叩くと、その場から急に鳥居が現れた。鳥居には無数の白い御札が貼られており、何かが書かれていたが良く分からない文字の羅列だった。


「ここを通れば元の世界に戻れます。……好奇心があるかもしれませんが、これ以上は何も語れません。何も聞かずにお帰りください」


 バレていた。ここまで言われたのなら流石に何も聞けない。


 私達はその鳥居を潜った。


 經津櫻境尊はその背中を見ながら、安堵の息を漏らした。


「……詩気御、良かったのですか?」

「何の話かな?」


 詩気御は薄笑いを貼り付けながらそう言った。


「……今回は貴方の描いたシナリオと違ったのでしょう? 記憶を消さなかったことが不思議に思っているだけです」

「あぁ、そのことかい。別に問題はないしね。それに、あの二人に味方と言う先入観を植え付けることが出来た。それならこの状況も有効活用しようと思ってね」


 すると、穴の壁を沿って白い蛇が降りてきた。その蛇に良吉と賢吉が乗っており、良吉は怒りの感情に支配された様に經津櫻境尊に足を進めた。


「經津櫻境尊! あの迷い人はどう言うことですか! あれは……あれは神を食らった迷い人だった!!」

「……良吉」

「現世か常世かは分かりませんが神がいる世界に迷い人は行けないはずです!! その世界と通じる境界を作れるのは貴方だけのはずです!! そして、貴方があの迷い人をこの街に呼び寄せた!! 何が目的なんですか! あの迷い人のせいで何人の人が死んだと思ったんですか!! 理由を聞かせてください經津櫻境尊よ!!」

「……良吉、私を恨みなさい」

「……っ!! じゃあやはり貴方が!!」

「……えぇ。……私はこの街の住人を犠牲に二人の力を強くさせました。それは揺るぎもない事実。私を恨みなさい」


 良吉は仮面の下からも分かる程怒りの表情を見せていた。


「……恨みますよ。私と賢吉を助けてくれた恩はありますが。……弓絃齋は元気ですか」

「話に聞く限りは」

「……良かった――」


「――なぁ、何処行くんだよ」

「何処まで着いてくるんや!」


 早苗は早足で友歌と距離を離そうとしていたが、友歌は涼しい顔で後ろを追いかけている。


 日は落ちかけており、友歌の煙草の先端に僅かに見える火の灯りが見える程暗くなっていた。煙草の煙は空に向かっていた。


「今日は一人で旅行しに来たんや!」

「新幹線で言った言葉を忘れてないぞ」

「ぐっ……あれは……」

「素直になれよ。寂しかったんだろ?」

「……まぁ……何と言うか……。……この近くには小さな川が流れてるらしいで!」

「誤魔化し方が低俗すぎるだろ」

「……寂しいわけないやろ……」

「子供かよ」


 山を登り、神社の前の鳥居にまで歩いていた。


「……なぁ友歌さん。僕は……」

「何だよ。愛の告白か?」

「……僕は……」


 すると、友歌は突然上を見上げた。


 それと同時に早苗の頭に強烈な衝撃が落ちてきた。


 その衝撃に耐えられなかったからか、早苗は落ちてきたものと一緒にその場に倒れてしまった。


「いったー……!! 何で空から落ちるのよ!」


 私は下に視線を向けた。何故か私の下に潰れている男性がいる。


 すると、私の上からミューレンの声が聞こえた。


「黒恵ー!! 気を付けてー!!」

「流石に無理よ!!」


 私はその場からすぐに離れた。


 ミューレンは男性の上に落ちた。


 何だか可哀想だがミューレンのためには仕方ないことだ。


「いたた……あっ! ごめんなさい!!」


 ミューレンは慌ててその男性から降りた。


「大丈夫か早苗」


 近くの女性がしゃがみ男性にそう聞いていたが、返事がない。


「……死んだか? おーい、死んだのかー? 死んだら死んだって悪霊になって俺に言え」


 何処かでこの男性を見たことがある様なない様な記憶がある様なない様な。


 だが、その記憶はどうやら当たっていた様だ。ミューレンが覚えていた。


「もしかして……早苗さんですか?」


「……知ってるのか? 何処で知り合った?」


 威圧的の様な印象を受ける低い声でそう聞いた。


「いえ、IOSPの早苗さんですよね? その男性」

「……関係者?」

「関係者の関係者です」

「……昴か」

「はい」

「あの()()……一般人に教えやがって」


 悪魔と言う表現に少し違和感を覚えた。どうやらIOSPは昴をあまり良く思っていない人もいるのかもしれないが、それなら悪魔と言う表現はあまりに過激な様に感じる。私の受け取り方の違いかもしれない。


 すると、鳥居のほうから足音が聞こえた。


 足音はかなり年老いた見た目の老人だった。腰を海老の様に曲げており、杖をついていた。


 顔もかなりシワが増えており、歳のせいか白髪が増えていた。


 だが、何処かで見たことがある顔立ちだ。誰かと似ている。


「何やら大きい音が聞こえたんじゃが……。大丈夫かのうそこの男性は」


 その老人は杖で早苗さんの体を上に吹き飛ばし、片手でその体を持ち上げた。


 早苗さんを持ち上げた老人はそのまま社務所に早苗さんを放り投げた。


「起きるまで社務所で休ませておこうかの。しかし参拝客など久しぶりじゃのう。みーんなあっちの貴船神社に行きよる」


 周りを見渡しても女子高生の様な巫女さんがいない。帰ったのかもしれないが。ミューレンもそのことに気付いたのか、その老人に聞いた。


「あの、おじいさん。ここに巫女の人がいたと思うんですけど、帰ったんですか?」

「巫女? いんや、ここは宮司と二人で管理しとるぞ」

「あれ? でも私達が来た時はいましたよ?」

「不思議じゃのう……。特徴とかはあるかのう?」

「狐と桜の耳飾り? を付けていました」


 老人は少し考える様な素振りを見せると、思い出した様な顔をした。


「それは……儂の母上じゃな。そうかそうか。見たのか。心配でここまで来たんじゃろう」


 つまり幽霊と言うことだ。私は心の中で歓喜した。


 オカルトに身を置いてはいるが、幽霊は中々お目にかかれない。ポルターガイストや不気味な声などの経験はあるが姿を見たのは初めてだ。


「しかしわざわざお主の様なお嬢さんに……。何かあるのかのう」

「どうなんでしょう?」

「儂はこの神社に長年おるが、力と言うものはこれっぽっちも持っておらんからな。母上はここの祭神である經津櫻境尊からの声が聞こえてな。經津櫻境尊から何かを聞いたのかもしれん。儂は分からんがな。姉君なら分かるのかもしれんが……」


 すると、私の後ろから足音が聞こえた。後ろを振り向くと、弓絃齋さんがいた。


「何じゃお主ら。こんなところまで来ておったのか。昴と光が心配しておったぞ」


 私達の顔を見ながら説教臭くそう言っていた。


「久しぶりじゃのう弓絃齋。どうしたんじゃ」


 どうやらこの老人は、弓絃齋さんと面識がある様だ。不思議ではない。


 弓絃齋さんは深刻そうな顔立ちで喋り始めた。


「北の山にカメラ片手に面白半分で入った馬鹿者が数人おってな。面倒くさいが救出のために力を貸して欲しいんじゃ。()()()にもそう伝えてくれると助かる」

「儂の姉君まで使おうとするとは、どれだけ切羽詰まった状態なんじゃ」

「……()()()()()()()かもしれんのじゃ。頼む、"桜雅(おうが)"」

「……仕方ないのう……。あぁ、忘れておったわ。宮司からの言葉じゃ。"青龍と貴人の方角に凶の兆し。明日か明後日"じゃ」

「鬼門か……。嫌な予感がするのう……」


 会話を終えた弓絃齋は、ミューレンの顔をじっと見た。


「……その目。どうしたんじゃ」

「え? 変ですか?」

「片方だけ銀の目になっておるぞ。不吉なものではないようじゃが、何か異変があればすぐに教えるんじゃぞ」


 そのまま弓絃齋は貴船神社に戻るのか、歩き始めた。


「……一体何が起こっているのじゃ。この時代は……」


 弓絃齋は一言そう呟いた。


 私は少しだけ好奇心が湧き出した。流石に今その感情を出すのは不味い。怒られる。


「……こんな時間にここにいるのも危ないじゃろう。早く宿に帰るんじゃ」

「はーい」


 私達はその場を後にした。


「……なぁ爺さん」

「なんじゃ?」

「あいつが起きるまでいて良いか?」

「別にええぞ。とは言ってもすぐに起きるじゃろう」


 友歌は社務所の中に寝ている早苗の隣に座った。


「起きろー。起きろー。さっさと起きろー」

「……あぁ……頭痛い……。何が起こったんや……」

「お、起きた。髭くらい書いてやろうと思ったんだが」


 友歌はヘラヘラと笑いながらそう言っていた。


「寝てる隙に何しようとしてたんや」

「小学生みたいな悪戯だな」

「素直なのは良いことやと思うで」

「それよりだ早苗。俺に何を言おうとしたんだ?」

「……何でもないで」

「何だよ。気になるだろ。早く言え」


 早苗は目を泳がせながら口をパクパクと動かしていた。何か言い訳を考えているのは簡単に分かる。


「……何で友歌さんはIOSPに入ったんや」

「んなの簡単だろ。金払いが良いからだよ。それに有名人みたいに周りから煩い声を聞かなくても良いからな。そう言うお前はどうなんだよ」

「……僕は……何でやったかな」


 早苗は思い出す様な素振りを見せた。


「……そうや。思い出した。見知らぬ人を助けたかったんや。けどそれをするにも僕は力不足や。禱さんとか、それこそIOSPやないけど昴さんみたいみたいにはなれなかったんや」

「お前は十分頑張ってるだろ」

「そうじゃないんや。……それじゃ駄目なんや……。僕は……もっと強くならんといけないんや……!」


 早苗は目的と、その目的を達成するための行動を無意識に逆転させてしまっていた。今の早苗は強くなるのが目的であり、それを達成するために人を守ろうとしていた。


 それは早苗自身が知覚出来ておらず、治すことも自分では出来なかった。この逆転こそが強くならない理由だと早苗はまだ知らない。いつか味わったこともない強烈な経験があれば、その逆転に気付き、更に強くなれると言うのに。


 どうしようも出来ないその逆転は、早苗の心を弱くしていた。その逆転は、早苗の強みを殺していた。


「……張り切りすぎるなよ。特に今日はただの休暇だ。休暇って言うのは仕事をしない日だ。当たり前のこと過ぎて皆忘れることだな」

「……分かってる――」


 ――私達は安倍ノ極楽下旅館の前まで帰って来た。前には光と昴が立っていた。


 光は私達を見つけると、私とミューレンの頬をつねった。


「いたい……」

「ごめんなさい……」


 光のつねる力は前よりも強い気がする。前よりも怒りが大きいのだろう。


「二人共、勝手に動かない。特に黒恵」

「はい……」

「次からはきちんと落ち着いた行動を。分かった?」

「分かりました……」

「それよりミューレン。その目はどうしたの?」


 ミューレンは困惑しながらも声を出した。


「分からないの」

「そっか。……まぁ詳しい話は部屋に戻ってからだね」


 安倍ノ極楽下旅館の前に寝ている犬が昴に向けて吠えている。昴はその犬を撫でようと四苦八苦していたが、噛みつかれるだけだ。それはまるで危険な獣を威嚇する様に――。


「――今日ここに昴の坊が来ての。久しぶりに"亜津美(あづみ)"も来てくれんかの」


 透緒子は誰かと通話していた。通話相手は昴の姉である五常亜津美である。


『お婆。流石にいきなりは無理。けど、昴に伝えといてくれる?』

「何をじゃ?」

『私は貴方を許さない。けど、偶には家に帰ってきてって』

「……分かった。伝えておこう」

『……ありがと。……そっか。元気だったんだ。……良かった』


 透緒子と亜津美の通話はそれで終わってしまった。


 透緒子は素早く指を動かし、昴の妹である"五常夏日(なつひ)"と通話を始めた。


『久しぶりおばぁちゃん! 急に電話かけてくるなんて珍しいね?』

「昴の坊がここに来ての。久しぶりに夏日にも会いたくなったんじゃ」

『おにぃがいるの!? すぐ行く今すぐ行く!!』

「落ち着くのじゃ。今すぐ来ると夜遅くになってしまうじゃろう。明日にでも来るんじゃ」

『分かった!』

「もしや、昴の坊は夏日にあっておらんのか!?」

『そう何だよおばぁちゃん!! 五年間ずぅーっと! 帰ってこないの!! 確かに学費とか食費とか諸々込み込みで振り込まれてはいるけど!! 帰ってこないの!! 入院してたときにお見舞いには来てたらしいけどさ! 私その時まだ意識が戻ってなかったの!!』

「全く……。後できっちりとこっちから文句を言っておこう」

『……ねぇおばぁちゃん。おにぃは元気そうだった?』

「……あぁ。元気そうじゃった」

『なら良かった。じゃあ明日行くからね!』


 そう言って夏日は一方的に通話を切った。


「……昴の坊の後頭部を蹴り飛ばすかの」


 透緒子は犬の威嚇の様な鳴き声に、昴が戻ってきたことを確信した。


 四人が戻ってきたことを確認すると、その昴に向けて蹴りをした。


 昴は体を右に動かし躱した。


「急に何だよ」

「五月蝿いわ! 貴様亜津美にも夏日にも会っておらんのか!!」

「……五年くらい?」

「何やっとるんじゃ!!」

「……あいつがあんなことになったのは俺のせいだからな。あまり会いたくない」

「もう無理じゃぞ。明日には来るらしい」

「何でだよ!?」


 昴の顔は怒りではなく焦りの様な表情になっていた。その表情に、僅かに悲哀の表情も見える気がする。


「何で勝手に連絡するんだよ!?」

「五月蝿いわ! 観念して夏日に会うんじゃ! それに亜津美にもな!!」

「ねぇにも会いたくない……」

「何でじゃ!」

「……多分、まだ俺のこと恨んでるだろうしな。帰ったら多分水か何かかけられるだろうし」

「……あぁ忘れておった。亜津美から伝言じゃ。『私は貴方を許さない。けど、偶には家に帰ってきて』らしいぞ」


 昴は難しい顔をしていた。複数の感情が複雑に絡み合い、訳の分からない心境になっているのだろう。


「……そうか……いや……うーん……会いたくない……」

「せめて夏日には会え」

「……会いたくない……」

「もう手遅れじゃ」


 光はそんな昴の顔を覗いた。


「そんなに嫌?」

「……あの時逃げなかったら、多分あいつはあんなことにはならなかったはずだ」


 光は昴の頬をつねった。


「痛い痛い! 千切れる千切れる! 頬が千切れる!」


 昴の頬は良く伸びている。


「そんなこと言ったら私もだよ! 私も昴君と逃げようとしてたし!」

「それは俺が頼んだからだろ! だから大体の責任は俺にあるだろ!」

「そう言うところが私は嫌い!」


 光のその言葉に、昴の顔は歪み始めた。頬を伝った涙で作られた一つの道からぽつぽつの涙が落ちていた。


「え!? あ、ごめん!」

「……大丈夫……そう言うところも変えるから……」

「本当にごめん!」

「大丈夫……俺が悪いから……」

「改善も出来てないよ!?」


 昴は涙を拭い、無理矢理笑顔を作った。


 光は少し後悔している様な顔で昴の頭を優しく撫でていた。


「ごめんね」

「……謝らなくてもいい。もう一回こんな下らないことで謝ったら泣くぞ」

「私にとっての最大限の脅迫はやめて!?」


 少し時間が立ち、夕食の時間まで休憩室でミューレンの目の検査を光がしていた。


 休憩室は畳が敷かれている広い部屋で、有名なものやマイナーなものまで数多くの漫画が本棚にずらっと並んでいた。


 光は持ってきていたバックから取り出したライトで銀色に変わった目を照らしていた。


「うーん……? 別に異変は無さそうだし……うーん?」


 ライトを上下に左右に動かしながら悩んでいた。


「髪も白くなったって言ってたわ」

「じゃあ金の髪は一旦全部抜けるはずだよ。人体は大体、壊して新しく作るから」

「そうよね。じゃあ……」

「……前提から考えた世界が現実の世界と相違があるなら、それは前提が間違っているってことだよ。今回の前提は『人体の何かが変わる時は一度壊されて新しく作る』かな」

「けどそれはもう確定した理論よ? その前提が間違いだなんて……」

()()()()()()確定してるんだよ。私達人類がまだ観測も出来ていない科学だとこれが有り得る。だって今ミューレンの目がそうなってるんだから。有り得ないことが有り得ない」

「つまり今の科学よりも優先順くらいが高い変化が私の中に起こっていること?」

「そうだね。それこそ二人が探しているオカルトや超常現象とか。今の科学よりも優先順くらいが高い世界の理なんて中々お目にかかれない……と言うか見るのは初めてだよ。あ、違うや。首なしライダーがいたね」


 光はクスクスと笑っていた。


「他に何か異変はある?」

「そうね……。あ、ルーン文字が使える様になったわ」

「使える?」

「黒恵から聞いた限りだとKENって言ったら燃えたり」

「異変なんてものじゃないよ!? 真っ先にそれを伝える程異常な異変だよ!?」

「そ、そうよね! 確かにそうだわ!」

「今の科学を真っ向から否定してくることばっかり……。興味深いけど、考えることがいっぱいだよ」

「それこそ私達が探しているオカルトや超常現象ね」


 ミューレンの検査に私は暇をしていた。畳の上で転がりながら色々なことを考えていた。今回はオカルト的なものではなく昴と光のことだ。


 何処か発言に違和感を感じる。


 昴の家族に何かしらがあったのは理解している。それは私の行き付けの喫茶店の店長の発言から大体予想できる。そして会話から妹に何かがあった。その理由は昴と光は「逃げたから」。


 逃げたから昴の妹がそこまで酷い目にあうとはどう言うこと何だろうか。


 そして、何かしらの原因によって昴と光は逃げなかった。それは昴の妹が何かしら酷い目にあったから? それにしては発言に違和感を感じる。


 そして昴の弟はもう死んでいる。骨噛みが哀悼からの伝統だと言うことを昴が理解しているのは光が言っている。つまり昴と昴の弟の関係はそこまで悪くないことが分かる。


 だが、昴の姉とはあまり良い関係とは言えないのかもしれない。「まだ俺のことを恨んでるだろうしな」なんて発言は恨まれる様なことを昴がやっているからだと簡単に分かる。そして姉からの伝言である「私は貴方を許さない。けど、偶には家に帰ってきて」。


 この「私は貴方を許さない」だけは分かる。だが、恨んでいる相手に「偶には家に帰ってきて」なんて言うだろうか? 愛情を感じる言葉に聞こえる。母親の連れ子と光は言っていたが、それでも兄弟愛はあるのだろう。


 すると、おかしなことがある。姉とも弟とも、それに妹とも良好なら、恐らく両親が最悪だったのだろう。つまり昴は両親から逃げようとして、光はその昴と一緒に逃げようとしたと考えるのが自然だ。


 だが、五年間姉とも妹とも会っていないのなら、姉にとって許されないことをしたのも五年前、妹が酷い目にあったのも五年前。私はこの出来事が同じ日に起きていると思って仕方がない。


 そして、逃げなかったのは何かしらの理由から逃げれなかったのか、逃げる必要がなくなったのか。もし後者なら、それは両親の死。


 私が想像した一日はこうだ。


 昴が光と逃げようとする。逃げるとはどう言う意味かは分からないが、恐らく昴の両親から逃げるだろう。


 この日に姉にとって許されないことをした。それが逃げようとした前か後かは分からない。


 そして、何かしら妹が酷い目にあった。


 そして、これはまだ確定ではないがこの日に弟が死んだ。


 そして、これも確定ではないがこの日に両親も死んだ。


 これを繋げると、答えが……全く分からない!


「……黒恵」


 突然昴が私に話しかけた。


「あんまり詮索しない方が良いこともあるんだ」

「バレてる!?」

「……やっぱりか」

「はっ!! 嵌められた!!」

「好奇心旺盛の黒恵ならもしかしたらと思ったが……」

「じゃあ答えを教えてよ!」

「……俺のクソッタレの両親が死んだ理由は俺も良く分かっていない。答えじゃないがこれで満足しろ」

「せめてそれが五年前の同じ日に起こったのかだけ教えて!」

「それを教えたら黒恵の頭なら一気に答えに辿り着けるだろ。光程ではないがそこまで絞った黒恵の頭は冴えるからな」

「昴のケチ! 女誑し!」

「誰が女誑しだ! 良いか? 女誑しって言うのは女性を騙して遊ぶことを意味するんだ! 俺は断じてそんなことをしていない!」

「じゃあ……えーと……そうね……。無意識誘惑フェロモン野郎!」

「的確に的を得ている罵倒をするんじゃない! それだと俺が虫みたいじゃないか!!」

「発言から推測するに大体合ってるんじゃない?」

「そうかもしれないが! そうかもしれないが!!」


 いつも通りの昴に見える。少なくともあの時の曇っている表情とは違う。


 偶に昴の顔が怖く感じるのは何故だろう。私の主観だろうか。とても深く深く、とても暗く暗く、とても恐ろしく怖ろしい、あの目。


 だけどその目も次に見た時は少しだけ穏やかになっている。人間不信からの警戒心の感情を表した目なのだろうか。


 すごく気になる。もうすごく気になる。好奇心が類を見ない程溢れ続ける。


 光は持っていたライトをしまった。


「はい、調べた限りだと問題は無さそうだよ。多分大丈夫だよミューレン」

「なら良かったわ。何か異変があったらすぐに伝えるわ」

「流石。しっかりしてるね」


 今更だが、診察の様なことをしていると言うことは、ある程度医療知識があるのだろうか。


 だが、良く考えると不思議ではない。光は多方面にまで及ぶ膨大な知識量があの頭の中に駆け巡っていることは理解している。ちょっとしたズルで早めに医師免許を持っていても不思議ではない。


 だが、好奇心が湧き上がらないと言うと嘘になる。私は四人で食事処に向かいながら光に訪ねた。


「医師免許? 持ってるよ。医者にはならないけど。昴君も持って……ないに決まってるよね。うん」


 誤魔化し方が下手すぎる。まるで昴も持っている様な口ぶりだ。


「でも医学部医学科の六年制を修めて卒業したらでしょ?」

「二歳の頃から医学部に入ったら十分でしょ?」

「理論上はそうだけど明らかにおかしいでしょ!? 二歳の頃から医学部に入れる学力って!?」

「厚生労働大臣が適当とみなしたからオッケーなのです!」

「おっけーにはならないでしょ!? 八歳の頃に医師免許取得って世界最年少よ!?」

「世界最年少を四年も縮めました!」

「これは文句無しで自慢出来るわね……」


 天才なんて簡単なものじゃない。人類史上類を見ない頭脳の持ち主だと確信できる。


 何でそんな凄い人があんなところに……。


 ここで私は、一つの仮定に辿り着いた。


 初めて出会ったあの屋敷。何故あんな場所に隠れる様にいたのか。そして、何故世界最高峰の強さを誇るであろう昴が護衛につくのか。それに、IOSPなんて話を聞く限り相当大きな組織だ。一個人のために動くなんておかしいと思っていた。


 光の頭脳で全て理由がつく。まるで漫画の様なことだが、その頭脳を狙う何者かがいるのかもしれない。それこそ国絡みで。


 一個人に対して常識では考えられない護衛なら、その一個人が常識では考えられない何かを持っていることが理由になる。光の場合は頭脳。


 頭脳だけで狙われるはずがないが、やはり何かがあるのだろう。その何かが分からない。頭脳と関係はあるだろうが。


 光の性格上大量破壊兵器なんて悪趣味なものは作らないはずだ。もっと何か別の理由が……。

「はい、想像はお終い」


 光は私の鼻頭をつんと押した。


 今まで仮定によって築き上げた城がその少しの衝撃のせいでいとも容易く崩れた。

「少ないヒントで正解まで導こうとする程の黒恵の頭脳は称賛するけど、それ以上は恐いお兄さん達に色々聞かれるよ? 昴君を筆頭にね」

「……脅し方が恐いわよ……」


 食事処で案内された場所に向かった。四つの座椅子が一つの大きな机を囲む様にあり、私達は席に座った。


 四人分の料理がその机に並んでいた。


 狐色に綺麗に美味しそうに揚げられた旬野菜や魚の天ぷらに、煮物に、茶碗蒸しに、何の魚かは良く分からないが白身魚の湯豆腐や、美味しそうに炊けている白米。


 まだまだあるが、何より目を引かれたのは机の中央に堂々と存在感を私の視覚に訴えかけているものだ。


 豪華な海鮮盛りだ。白身や赤身の刺し身は当たり前だが、海老も蟹もその船に盛られている。一つ一つを主人公の様に目立たせる盛り付けを完璧にしており、何より旅館特有の量の多さ。


「凄いわねこれ……!」


 私の隣に座っているミューレンが少女の様に目を輝かせながらそう呟いていた。その後も小さく「ぴゃー」と呟いている。可愛い。凄く可愛い。


「可愛い」

「何が?」

「……何でもない」


 私はきちんと「いただきます」と言って箸を動かした。これを言わなかったらまたミューレンに怒られる。


 旅館などの茶碗は大体左にあるため、左利きの私にとっては少し取りにくいが、そんな些細なことを許せない程心は狭くない。むしろ広いほうだと自覚している。何ならもう慣れた。


 ……そう言えば、あの屋敷で朝食をご馳走になった時、私の茶碗だけ右にあった。あまり気にも留めなかったが、良く考えれば昴に左利きだと伝えていない。


 ……これは考えても答えが出ないものだろう。今は目の前に広がるこの豪華さの化身を堪能しよう。


 まず箸が掴んだのは天ぷらだ。天汁や大根おろしや塩、そして柑橘類まで用意されている。これだけで天ぷらの食べ方がより多くなる。


 まずは素材の味を出来るだけ損なわない様に塩を付け、口元に運んだ。


 口に半分程入った茄子の天ぷらは、とろりとした食感と共に甘みが広がる。その甘味と塩っぱさが正しく美味になっている。


 箸でまだ掴んでいるもう半分のものを天汁にさっと漬け、一気に口に入れた。


 甘みや風味を与える天汁はこれまた良く合う。天ぷらの特徴であるこってりとした味わいをまろやかにする天汁は旅館の癖が良く出る。ここは私が好きな味、そして風味だ。


 もう一度天ぷらに箸を運んだ。掴んだものは恐らく海老だ。華やかな見た目ですぐに分かる。


 これには柑橘類を絞り、ほんの少しだけ酸味をつけよう。


 海老もやはり美味しい。そこまで目立つわけではないが、ほんのりとした甘みがある。それにぷりぷりとした食感も楽しめる。酸味はやはり良く合う。


 香りが良い。多分尻尾の部分を殻付きで揚げているのだろう。知識としては知っていたが、試したことは記憶に無い。今度試してみよう。


 次に箸を運んだのは烏賊だろう。今度は天汁に大根おろしを混ぜて食べてみよう。


 烏賊は具材の旨味と言うものが凝縮されたものだ。一口入れるだけでもその凝縮された旨味に驚く。海老よりも歯ごたえがあるが、私が作るものよりも柔らかく食べやすい。


 やはりこれにさっぱりとした天汁と大根おろしを漬けたのは正しい判断だ。口の中に幸せが詰まって溢れそうになっている。


「……美味しい……」

「本当に美味しそうに食べるわね。黒恵」

「美味しいからよ。後で感謝を言いに行ってみるわ」

「迷惑にならない程度によ?」

「分かってるわよ。私だって一般常識くらい持っているわ」

「……現アメリカ大統領は?」

「……エイブラハム・リンカーン」

「それは第十六代アメリカ大統領よ。今はウィリアム・マコーマックよ」

「発音良く」

「William McCormack」

「……全く知らない人。いつ変わったのよ」

「去年よ」


 仕方が無い。これは仕方が無い。私は現総理大臣も知らないのだから。海の向こうの大国のことなんて知るはずがない。


 ある程度食べたが、まだ海鮮盛りには手を出していない。茶碗蒸しは最後に食べるとして、そろそろ手を付けるか。


 私は徳利でお猪口に注いだ熱燗を喉に流しながらそんなことを考えていた。


 暑い日に飲む熱燗も中々大したものだ。冬にアイスを食べたくなるのも同じ理由だろう。


 暑い日に熱いもの。寒い日に冷たいもの。そんな矛盾とも言える行動、いや、儀式こそが、より美味しくする秘訣なのだろう。


「何を食べようとしてたんだっけ。……あっそうだわ。海鮮盛りね」


 熱燗のせいで忘れていた。何をやっているのよ熱燗君! いや、熱燗ちゃん? 熱燗さんが一番無難ね。


「ねぇ黒恵。蟹ってどう食べれば良いのかしら?」

「蟹?」

「あんまり食べたことないのよ」

「成程」


 見れば、いつものミューレンとは程遠い程、汚く剥いている。本当にあまり食べたことが無い様だ。まぁ私もだけど。


「じゃあ私が剥いてあげるわよ」

「ありがとう。黒恵」


 ……何だかむず痒い。


 私は蟹の胴体と足を素手で外した。ハサミがあるが私程になると最早いらない。

 外した足の第二関節の少し上の部分を軽く持ち、そのまま折る。そして優しく引いて身を取り出す。

 足の先も同じ要領だ。これをおよそ十秒程で終わらせる。

 あまりの素早さにミューレンも目を白黒させている様だ。小さく「おー」と呟いている。

 長年で培ってきた少しだけ役に立つと言われた母親直伝の特技。宴会芸くらいには使えるかもしれない。

 蟹の身を綺麗だと思うのは私だけだろうか。鮮やかな赤色に淡白な白。これだけで美味しいものと良く分かるこの色合い。


「はい、あーん」


 ミューレンは少し戸惑ったが、私に向けて小さく口を開けた。


「あ、あーん……」


 ミューレンの口に蟹の身を入れた。ミューレンは口を閉じ、そのまま私が持っている殻を引いた。


 蟹の身はミューレンの口元にだらんと垂れたが、ミューレンはすぐに箸を使い口の中に入れた。

 ミューレンは美味しそうに頬を触っている。

 私は足の先から引っ張った身を口に入れた。

 蟹の身を口に当て吸うと、簡単に蟹の身が口に入ってくる。

 食べごたえと味の濃厚さが両立している。

 肉厚で、確かに強調された歯ごたえがある。それに蟹らしい旨さが良く出ている。

 コクのある甘みに、見た目上は三対の足のこの蟹は恐らく鱈場蟹だろう。しかもその中で特段良いものだと簡単に分かる。


「……美味しい……」

「二回目ね」

「本当に美味しい……」

「そうね。私はあまり食べたことがないから印象に残るわ」

「……美味しい……」

「さっきから語彙力がなくなってないかしら!?」


 どんどん蟹の足を千切っては食べ千切っては食べた。


 蟹味噌に絡ませ食べるのもやはり美味しい。何だか豪華な食べ方にも思える。


 おっと、忘れていた。刺し身も食べなくては。その前に口直しに熱燗を少々。


 お酒は好きだ。人よりお酒にも強い体質って言う理由もあるが、強いお酒も大好きだ。ここの度数はあまり高くなさそうだが、美味しければ何でも良い。


 いつか自前のカクテルでも作ってみたいものだ。


 箸を久しぶりに動かした様な気がする。


 まず手に取ったのは透き通っている透明な白身だ。


 口に入れると、淡白な甘みやコクのある旨味が口に広がる。恐らくこれは鯛だ。このまま何も漬けずに食べるのもまた良い。これが風情と言うのだろうか。


 ……多分違うわね。


 次に取ったのは恐らく鮪だ。


 口に入れると、ねっとりとした脂があり、甘みと酸味のバランスが格別だ。


 脂肪の多いものは嫌いではないが好きでもないが、鮪だけは格別だ。


 今度は醤油を漬けて食べよう。


 ……恐らく醤油で満たしている容器があるのだが、それが五つある。丁寧にラベルにどんな種類かが書いてあるが、どれが合うかの知識は私にない。


 右から濃口醤油、淡口醤油、溜醤油、再仕込み醤油、白醤油。


 醤油は重要だ。醤油のえぐみでこんなに質の良い鮪の良さを消してしまう。そんな勿体無い食べ方をしたくない。

 ならば淡口醤油か? 淡口醤油は濃口醤油よりも淡い色だ。それに溜醤油と再仕込み醤油の色が濃い。白醤油は醤油の様な黒色と言うよりかはそれを更に薄めた黄金色に見える。と、なると濃口醤油が家庭で良く使っている醤油だろう。ならば濃口醤油がまず除外される。

 あれは駄目だ。香りが良いから癖の強い魚なら使っても良いかもしれない。

 ……駄目だ。これ以上は分からない。


「すばえもーん! 鮪に合う醤油が分からないよー!!」

「何処かの猫型ロボットみたいに俺を呼ぶな! 何でそんな古いネタをするんだ! そうだな……溜醤油か再仕込み醤油だ」

「じゃあ溜醤油を……」


 漬けて食べると、確かに良く合う。

 濃厚でとろみがあるこの溜醤油は、脂の多い鮪に良く絡む。

 それに何だか故郷を思い出す。何故だろう。私の家の味付けと似ているからだろうか。


 すると、私の背から何か気配を感じた。感じたことのない不気味な気配。ただそこにいると言う感覚だけがあった。


 初めての感覚にすぐに体を動かせなかった。だが、ミューレンがすぐに後ろを振り向いた。


 私もミューレンにつられ、後ろを振り向いた。


 ただの女性だ。薄汚れた白いワンピースに少し古びた麦わら帽子。問題はその身長だ。


 2mの身長なら探せばいるだろう。それよりもっと高い。


 ……良く考えれば有り得ない身長ではない。ひょっとしてただの普通の人間と思った。


「……ぽぽ」


 あ、違う。やっぱり違う。ヤバイ方の人だ。違う違う。人でもない。


「ぽ」

「……助けてー……」


 すると、昴と光が少しだけ驚いた顔をしていた。


「いつの間に来てたの?」

「ぽぽ」

「……昴君を追いかけて来たの?」

「ぽぽぽ」

「……独自の言語体系は解明出来るかな……」


 この女性は昴を見つけると、その背中に回った。


「ぽ」

「消えたりも出来るの?」

「ぽぽ。ぽぽぽ」

「……やっぱり分からない……」


 私はいつの間にか叫んでいた。


「何で()()()がここにいるのよ!!」

「八尺様? そんな名前なのか?」


 昴は知らない様だ。この妖怪か何かの危険性を。


「簡単に言うとヤバイ存在」

「妖怪の街から着いて来たやつだからな。危険なのは理解してる」

「どう言うことよ! そこもまとめて説明してもらうわよ!」


 私達は光と昴の話を興味深く聞いていた。


「成程成程……何でそんな濃厚な話をすぐに教えてくれなかったのよ!」

「黒恵とミューレンが帰って安心してて……話すの忘れてたの……」


 光がそう言った。


「で、その子が街から一緒に来たと」

「そうだな」


 昴はそう答えた。肝心の八尺様は光に差し出された刺し身を美味しそうに食べている。


「それで? そんなに危険なのか。この――」

「八尺様。簡単に言うと若い子を狙うショタロリコン妖怪よ」

「良く知らないが風評被害の様に感じるぞ!?」

「魅入った子供を何処かに連れ去るなんて言う良く聞く妖怪よ。何でそんな妖怪に魅入られて貴方は無事なのよ……」

「弓絃齋さんが言うには懐かれてるらしい」

「それこそ不味くない!?」

「大丈夫だろ。敵意は無さそうだし」

「いやいや……」


 八尺様は私をじっと見つめていた。


「……ぽ」

「何を言っているのか分からない……」

「ぽっぽっぽ」

「分からない……」

「ぽーぽ」


 そのまま八尺様は煙の様に消えてしまった。


「消えたっ!? まさかっ! これはス――」

「タンド攻撃ではないと思うわよ」


 ミューレンのツッコミは安心する。何せ素早い対応。ある程度乗ってくれるのも良い。


「それにまだいるでしょ?」

「え? いないわよ」

「え?」

「え?」


 昴と光の顔を見ると、ミューレンの発言に疑問を感じている様だ。


「だって周りを走り回っているわよ?」

「え?」

「え?」

「私には見えないわよ?」


 ミューレンは頭を捻っていた。私だってそうだ。


 ミューレンが誰もいないほうに向かって手招きをすると、突然近くに八尺様が現れた。


「ね? いるでしょう?」

「あれ? えー?」

「……まさか、近くじゃないと見えないとか?」

「ありえるわね……。けど考えてみれば近ければそう言う存在が見えるわけだから私の長年の夢が叶ったのよ!」

「どんな夢?」

「見えないものが見える目が欲しいですって!」

「黒恵らしいわね」

「昴と光は見えてるの?」


 八尺様は昴の後ろに回り、後ろから抱きしめ始めた。


「私も黒恵と同じかな? 今は見えてるよ。昴君は?」

「俺もだな。何なら体温も感じるぞ」

「……そっか」


 光の目が何処か恐い。何と言うか……嫉妬かしら? その目で八尺様を睨んではいないが見ている。……昴の額に汗が少しだけ浮かんでいる。その視線には気付いている様だ。


 優しい人程怒った時が怖ろしいとは良く聞くがここまでだったとは――。


 ――少し時間が経ち、昴は旅館の温泉に入っていた。あえて昴は人が少ない時間帯に入っていた。


 昴の体つきが女性寄りと言う理由もあるが、それよりもあまり見せたくないものが昴の体に刻まれているからだ。


 昴は、露天風呂に入っていた。


 昴の卓越した肌感覚から、この温泉の水温は50℃程だと理解した。中々に熱いが、昴は熱を中心とした痛みにも強かった。


 水道から沸かした風呂とは違い、温泉水独特の粘性がある。それが体中に纏わりつくことで、体の芯から暖かくなる。


 ここ最近は体を激しく使うことが多く、凝り固まった筋肉が解されていく様だ。


 昴は夢現の様な意識で星空を見上げていた。光が傍にいないことに関しての不安は僅かにあったが、今は考えない様にした。


 すると、誰かが入った様な音が聞こえた。


「結構熱いね……」


 反対側に肩までゆっくりと浸かっているのは、詩気御だった。薄ら笑いを貼り付けながら昴を見ていた。


 その笑みに、何とも言えない雰囲気を感じていた。更に詳しく表現するなら、あの笑みは自分の全てを知っているぞと語りかけている様な、そんな感覚。


「……もしかして、詩気御さんですか?」

「嬉しいね。僕のことを知っているなんて」

「……こんなところに、旅行ですか?」

「そうだね。ここは良い所さ。そう思うだろう? ()()()君?」


 昴は夢現を辞め、気付かれない様に警戒態勢をとった。


「……何処で知ったんですか?」

「それは教えられない。それにそんな畏まった口調じゃなくても良いよ。()()()()()さん?」


 昴は詩気御を睨んだ。今はリラックスする時間だが、そうする暇もなかった。


「……誰から聞いた」

「教えられないと言ったはずだよ」


 ……光は有り得ない。IOSPでも知っているのはファレルさんと禱と詞音さんくらいだ。後はクラレンスとアンジェリカだが……。


 一番有り得るのは禱だが……禱が教えるとは思えない。問題行動を起こすだけで仕事には真面目だ。そんな禱が詩気御に教えるはずがない。


 まず、どうやって俺だと分かった。あの時は体型も変えるために服の下に色々詰めてたはずだ。顔も隠した。声も口調も違う。一目見ただけで俺だと気付くきっかけがない。


「……取引か?」

「取引? 何故わざわざそんなことをする必要があるんだい?」


 ……目的が分からない……。取引じゃないのか……?


「……僕はね。その人の親の馴れ初めを聞いただけである程度その人がどんな人生を歩んで来たか分かるんだ。良ければ君の親の馴れ初めを教えて貰えないかな?」


 目的が分からない以上……今は従うか……。


「……クソッタレの父親とクソッタレの母親はたった一度だけ過ちを犯した。一夜を過ごして、俺が生まれた。言えるのはこれだけだ」

「父親は母親を愛していたのかい?」

「ない。絶対にそれは有り得ない。クソッタレの母親はクソッタレの父親を愛していたがな」

「……成程……。つまり君は母親が愛されたいがために作られた子供だと。そうだね……君は、大罪を犯した。それは決して許されない大罪。その大罪を君は恨み、後悔し、反省した。決して懺悔を求めることもなく。そして、彼女と出会った。彼女は君を深く暗い闇からその優しい手で掬い上げてくれた。後悔に塗れた君を救おうとしていた。けど、今の君は()()()()()を恐れている。その呪いは彼女を傷つけるものだから。当たっているかい?」

「……大正解」


 呪いまで知ってるのか……。まさか血縁関係か? いや……そうは見えない。そうだとしても詳しすぎる。俺のことを探っているならすぐに気付けるはずだ。詩気御は何時、何処で、どうやって、誰から聞いた。


「安心してくれ。別にこの情報は悪用するつもりはないよ。僕はただ知っている情報を淡々と事実確認しただけだよ」

「……知っている情報って言ったな」

「おや、口が滑った様だね」


 ……問題はないってことか……。


「……これ以上入っていたらのぼせてしまうな……。詳しい話はまた会う時だ。今度は依頼執行人として話そうか」

「宜しく頼むよ」


 昴は立ち上がった。


 昴の体には、薄っすらと浮かんでいる筋肉が見えた。骨盤が広く、その体型はやはり女性的であった。だが、その体には似合わない傷跡が刻まれていた。


 右の横腹の部分には一つの刺し傷があった。これだけならあまり大したことはないのだろう。問題は背中だ。


 無数の刺し傷が背中に刻まれており、その傷跡が繋がり、一つの大きな傷の様に見えた。


 光に頼めば治すことも出来る。だが、昴は治すことはしない。この傷は唯一、光を守れなかった日に付けられた傷だからだ。自分の不甲斐なさを象徴し、二度と繰り替えなさいと戒める紋様の様なものだからだ。


 昴は温泉からあがってしまった。


 それから数十分程詩気御は入っていた。


 やがて、一人の男性が湯船に浸かった。その男性は目に見える筋肉が良く付いており、筋骨隆々とは言える程ではないが、一般的に過ごしていればまず付くことはない程の筋肉量を誇っていた。


 そして何より目を引かれるのは、この男性には右腕がなかった。


「ふぅ……偶に浸かる分には良い所だ……。もう二度と来ないだろうが」

「口を滑らせなかったらまた案内するよ。■□■君」

「……その呼び方にまだ慣れねぇな……」

「仕方ないだろう? まだ見られているんだ。隠すものは音でも隠しておかないと」

「……そうだな……」

「……決断してくれたかい?」

「あぁ。お前らに協力してやるよ。ただし、今回だけだ」

「それは頼もしい。試練は多いほうが良いからね」

「……俺が言うのもおかしな話だが……お前、趣味悪いな――」


 ――私はミューレンと光と一緒に露天風呂に入っていた。


 ……絶景かな……。


「……はふぅ……」

「力が抜ける声ね。ミューレン」

「……良い所だからよ……」

「……大きい胸ってやっぱり浮くのね……」


 ミューレンは顔を赤くしながら手で胸を隠した。


「何処見てるのよ!」

「胸」

「それは知ってるわよ!」


 私は体を全て温泉に沈め、顔だけ出した。そのままミューレンを下から見た。


「何で下から見てるのよ!」

「絶景かな……」

「光を見なさいよ!」

「……流石に恋人がいる人は不味いわよ……。バレたら昴に殺される」

「何でそこだけ良心的なのよ!」

「昴は怒ったら恐いからよ! 絶対東京湾に沈めるわよ!」


 光はクスクスと笑いながら言葉を発した。


「流石に大昔のヤクザさんみたいなことはしないよ。昴君なら殺さないよ」

「あ、なら安心ね」

「まぁ……()()()()()だけ……だけどね」

「恐いこと言わないで!?」

「大丈夫だよ。昴君ならきっと黒恵の肝臓を売り払うだけだよ!」

「臓器売買!?」


 すると、誰かがこちらに近づく足音が聞こえた。


 私は温泉に顔ごと隠した。理由は良く分からない。咄嗟の判断だったからだ。


 入ってきたのは何かが燃えた後の灰の様な色をした髪の女性だ。見たところ身長は私より高い気がする。


「……人が入っているのは久しいの。嬉しいことだ。ん? 何だ、中にも一人いるの」


 そう言って、その女性は私の頭を掴み、温泉から掴み上げた。


「あっははー……力つよーい……」

「そうだろう。そうだろう。お姉さんは強いだろう」

「一応私身長が171あるんですけど……」

「儂は179だ」

「わぉたっかーい……。……タスケテ……」

「別に取って食おうとしているわけではないわ。鬼ではないしな」


 女性の目は何処かおかしい。片方が灰色の瞳で、もう片方はほとんど白色だ。それに、灰色の瞳だけで私を見ている印象を受ける。


 女性は私を温泉に浸からせ、片足を引きずりながら女性も浸かった。


「ふう……歩くだけでも一苦労で困る……」

「脚が不自由なんですか?」

「ん? あぁ、片の目も見えん。職業柄でな。仕方が無いことだ」


 片方の目が失明して脚も不自由になる職業って……?


「……そこの子。その目はどうした」


 そう言って女性はミューレンを見た。


「元は金だったのか? それとも銀だったのか? それとも元よりその目だったのか?」

「あ、いえ、元は金です」

「……そうか」

「……あの、ひょっとしてですけど、()()じゃ……ないですよね?」


 女性は顔色を変えずに、そして関心そうにミューレンの瞳を覗いた。


「……そうかそうか。この目か。それとも元よりその力を持っておるのか? それともその答えを導き出せる程まだ多くを見てきておらんのか?」

「……感覚です。理由と言われても……」

「あらゆる現象はこの世界の法則の上。あらゆるものがだ。例え神であろうとその法則からは逃れられん」

「……まるで貴方が神様みたい」

「それはまだお主では分からないのだろう?」

「……はい」

「そうかそうか」


 女性はとても嬉しそうに頷いていた。


 私は女性の手を掴んだ。


「人外捕獲!」

「……何をしておる」

「……えーと……」

「その手を焼き切らせたくなければ早く離せ」

「はい! すみません!」


 私は温泉に潜りながらその手を離した。


「全く……最近の若造はこうなのか?」


 そう言って女性はミューレンと光の顔を見た。


 二人は首を横に振っていた。


「ならばこの若造だけと」

「「はい!! その人が変なだけです!!」」


 二人は息を揃えてそう言っていた。


 私は顔を出しながら女性の顔色を伺っていた。数分程女性と目が合っていた。生きた心地がしない。


「……何処かで会った様な……なかった様な……」

「私は初対面ですハイ」

「そうか。気のせいだったか」

「ハイ」

「そんなに固くならなくても良いぞ?」

「いえいえこれで十分ですハイ」

「気になるからやめるが良い」

「仕方ないわね」

「すぐに変えるのはそれはそれで苛つくの」


 私はミューレンの背後に回った。ここからなら襲われない。それに……。まぁこれは後にしよう。


 光が女性に話しかけた。


「人間じゃないってことは、結局何なんですか?」

「何だと思う。お主の考えを聞かせてくれ」

「……その目。見えないんですよね」

「あぁ。見えん」

「そして脚が不自由と」

「……そうだな」


 光は考える素振りを少しだけ見せた。


「……失明と、脚が不自由なことが職業柄って言いましたよね。それはつまり、鍛冶屋ってことですよね」

「……ほう、この時代にもまだ分かる者がいるとは。よ程勉強熱心の様だな」

「つまり貴方は……」

「そこまで分かれば言う必要も無いだろう。儂こそが……いや、そこの二人にも考えて欲しいの。答えを言うでないぞ」

「……分かりました」


 そう言って女性は笑顔でこちらを見た。何を言うでもなく、こちらを見ていた。


 そのまま露天風呂から出てしまった。


「……何がしたかったのよあのお姉さんは」

「さぁ? 神様だから気紛れなんじゃない?」


 ミューレンがそう答えるが納得は出来ない。神様だからと言って私の手を焼き切らせようとしてくるのはどうかと思う。


 この不満をミューレンにぶつけてやろう。


 私はミューレンの背中をゆっくりとなぞった。「きゅにゃう!?」なんて声が聞こえた。


 見える。ミューレンの恥ずかしがる顔が後ろからも見える。それだけでご飯が三杯は食べられる。


 すると、ミューレンの振り向きざまの肘が私の側頭部に直撃した。それはミューレンが狙った行為ではなく、偶然に起こった出来事だった。だが、その威力は申し分ない。私はその場で倒れてしまった。


「く、黒恵!? 大丈夫!?」


 私は、右手を天高く掲げた。


「我が生涯に一片の悔い無し!」

「こんな下らないことでその名言を使うのはやめて!?」


 十分すぎることを私はした。もう悔いはない。


 ミューレンの肘の衝撃で、何故か頭が冴えた。本当に何故か。


「……同じ」


 私は温泉に浮かびながらそう呟いた。

「何がよ」

「光と昴が行った妖怪の街で見た迷い人。昴が言ってた一体の迷い人が私が出会った迷い人の特徴と一致するのよ」

「どの迷い人?」

「腕がいっぱいあって、口が縦になってる奴。偶然同じ形だった? まさか。そんな偶然はありえないわ」


 話を聞く限り、昴が倒したあれはもう死んでいる。つまり、あれが私達の前に現れるはずがないのだ。


 ならば一つおかしいことがある。死んだ存在が別の場所で同じ姿で現れるだろうか? つまりこれにも經津櫻境尊が関係している可能性が高い。


 經津櫻境尊は何を望んでいる? そして、詩気御さんも胡散臭い。私達に何かを求めている様に思える。


 そして、あの空を優雅に泳ぐ大きな闇の前に現れた時、確かにこう言っていた。「全く、■■■■君はきちんと操っているのかい? 後で聞かないとね」と。


 誰かが操っている。そして、ミューレンもそれに似たことを呟いていた。十中八九操られている……と言うか私の中では確定だ。


 ならば、操っているのは誰か。脳裏に浮かぶのは、月下美人の花。


 だが、それは私が咄嗟に感じた印象だ。確証的な証拠は全くない。今の証拠で予想できるのはこれだけだ。今はあの女性が何者かを考えよう。


「……やっぱり分からない――」


 ――昴は休憩室で右往左往していた。詩気御と言う正体不明の人間に精神を摩耗されたことも原因だが、元より昴の情緒は不安定だ。光の療養と影響である程度はマシになったが、それでもまだ不安定なのは変わりない。


 今日だけで光は死にかけた。その不安が昴の心を満たしていた。


 そんな昴に、透緒子が話しかけた。


「何をしておるんじゃ昴の坊」

「光が心配何だよ」

「そうか。……少し話がある。こっちへ来い」


 透緒子は昴の手を引き、人のいない部屋にまで連れてきた。


「今日何があった。正直に言え。その呪いとも言える力が増しておる理由もな」


 昴は驚いていた。神職ではない自分の祖母がそのことに気付いていることが。


「この際どうやって力を付けたかは教えんで良い。お主の父親から聞いておる。その力が増した理由を聞いておる」

「……妖怪の街で、迷い人を食った。少し色々あって」

「……そうか。彼処に迷い込んだのか……。……いや、それでも何故食ったんじゃ。あんな黒いもの食いたくなる様なものじゃないじゃろう」

「癖」

「癖が強すぎるぞ。……まぁ良いか。……もう隠すこともないの。一応伝えたいことがある」

「今度は何だよ」

「ワシの弟は裏鬼門の神社におってな。その神社は場所を知る者しか行けん。それこそ一般人は行けん」

「……えーと……つまり?」

「その場所を知れるのは鬼門の神社の者には伝えてある。知りたいならそこから聞くしか無い。そして、我等一族と言うべきか、それともワシの母親のせいか、もはや人間では無いからその神社におる」

「ちょっと待て、話が見えない。それに何だ人間じゃないって」

「正確には違う。どちらかと言うとお主に近い。人間でありながら呪い。ワシも似た様なものじゃがの」

「つまり?」


 透緒子は深刻そうな顔をしていた。


「……ワシの母君、昴の坊から見ると曾祖母じゃな。どれくらい昔かは知らんが、曾祖母は()()()()を食らった。人魚の肉を食らった者がどんな呪いをかけられるかは分かるはずじゃ」

「嘘つけ、人魚の肉を食った八百比丘尼は子宝に恵まれないらしいぞ。何で婆とその弟が生まれるんだよ」

「……一応伝えておいたぞ」

「何でそれを今伝えたんだよ」

「成人になれば血を継いでいるものには教えているんじゃ。もちろん亜津美にも伝えておる。……伝えたいことはもうない。帰って良いぞ」


 昴はそのまま休憩室に戻っていた。


 すると、昴の耳に誰かが倒れる音が入った。


 昴はその倒れた人を見つけ、駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「ん……? おぉ、有難う。心優しき女子よ」

「いえ、男性です」

「おぉ、そうだったか。それは済まない」


 倒れていたのは女性だった。何かが燃え尽きた灰の様な色をした髪と、片方は灰色の目、もう片方は白に近い目をしていた。


「……お主……あぁ、そうかそうか。……手を借りるぞ」


 女性は昴の差し出された手を借り、その場から立ち上がった。


 昴は、その女性の片脚と片目が不自由だと瞬時に理解した。


 それとは別に、何か別の違和感を感じていた。何故か初対面の様な感覚がしなかった。気配だけが何処かで感じたことがある。たったそれだけ。


「……どうした? まるで久しく出会った愛人の様な顔をしておるな」

「それはない」

「断言が早いの」


 触れている手から感じる何か異様な雰囲気。


 まるで人間味を感じない異様な雰囲気。そこに恐怖は一切無い、温かみ。昴はそれを感じ取っていた。


「……人間?」

「……さぁの」


 女性は立ち上がり、昴の顔をじっと見た。


「お主、經津櫻境尊とは出会ったか?」

「……やっぱり人間じゃないですね」


 女性は微笑んでいた。


「なに、驚かす気持ちはない。そんな悪趣味なことを楽しむものでは無いからな。少し気になっただけだ」

「会いましたよ。妖怪の街で」

「そうかそうか。……お主の近くにいる女子もその街から連れてきたのかの」

「おなご……あぁ、八尺様ですか」

「八尺の高さだから八尺様とは……人間はそのままの名前を付けたがるの。神の名も同じ様なものだが。……その様子から、今は見えん様だな」

「そうなんですよ」


 ……発言から神と言うことは簡単に分かる。何の神かは分からないが……。片脚と片目の機能低下、まるで昔の鍛冶師みたいだな……。……まさか……!?


「姿が見えぬのは仕方が無いことだ。あの女子は儂の様に体を持たぬ。だがあの女子はお主に見られたいと思っているからこそ近くにいれば見えるのだ」

「つまり見られたくないと思われると一生見えないと言うことですか?」

「そう言うことだな」

「……物知りですね」

「お主ら人間とは違うからの」


 別に敵意は感じない。詩気御のことがあって少し警戒しすぎたか。


「……何だ、儂と話すのはそんなにつまらんか?」

「いえいえ。少し前に貴方と似た様な雰囲気を放つ男性と出会いまして、少し警戒していただけですよ」

「ふむ……男神か……この地域に男神を信仰する場所は聞いたことがないが……」


 ……知り合いではないか。知り合いならわざわざこんなことを言わない。嘘をついている様子もない。なら本当に詩気御は何者だ?


「あまり立ち話は得意ではないでしょう。休憩室で座って話しましょうか」

「気遣い感謝するぞ。お主と語り合うのは楽しいぞ。この様な思いは久方ぶりだ」

「それは良かったです」


 ……まさか……いや、そんな簡単に……いやいや。


 昴は女性に手を添えながら、女性を畳の上に敷いた座布団の上に座らせた。


「それで、この儂にまだ聞きたいことはあるかの。あぁ、丁寧な物言いはやめても良いぞ。お主と話すと気分が良い。お主だけだぞ?」

「それじゃあ喋りやすい口調で。……俺に呪いはかかっているかどうかを教えてくれ」

「変なことを聞くの。弓絃齋が言っておったろう。そう言うものは見えん。気のせいだろう」

「……ただの偶然か……」

「……お主の話を聞いてやったのだ。儂の話も聞いてくれ」

「良いぞ」


 女性はその顔から楽しさを消した。


「……お主はもう儂が人間ではないことを知っておる。とは言っても儂は元人間だ。少し理由があり今は体を持っておる。……こんなことはどうでも良いのだ」

「貴方が話してるんだよ」

「どうでも良いのだそう言うことは。……今から話すのは儂が人間だった頃だ。儂は双子の妹だった。姉は生まれた時から十本程歯が生えており、儂は片脚と片目が焼けている様にただれていた。今は見ての通り治っているがな」

「……あー……何となく言いたいことが分かったぞ」

「そんな異形な子として儂らは生まれた。力仕事が主な場所においてはただの邪魔者、いやもっと酷いな。忌み子と言えば伝わるかの」

「……大丈夫か?」

「大丈夫だ。心配してくれて有難うな。……儂はその異形さから神として崇められた。元々鍛冶師としての腕前は他の男と比べれば遥かに上出来なものばかり作り出していた。その功績からもだな。お主は弓絃齋に切りつけられたじゃろう? あの刀は神となった後、儂が打ったものだ。この辺りは昔鉱山だったからな」

「あぁ、あの業物」

「お主は褒め上手だな。……だがの……姉は違った。生まれた時から母の指を食い千切り、蝿が集る人の死体を貪り食い、その内に秘めたる猟奇性と殺戮衝動と言うべきか。……いや、違うな。ただ、暴れたかっただけなのかもしれん。自分を否定した人間と言う、浅ましく愚かに見えた者達に対してただ暴れたかっただけなのかもしれん。今となっては分からんがの。それとも……その猟奇性を修羅となることで解消しているのやもしれん。……短く纏めるつもりがこんなに長く語ってしまった」

「いや、興味深い話を聞かせてもらった。それに自分の過去をそこまで語るのは勇気が必要だ。長くなるのは仕方が無い」

「……そうか」


 女性は何故か安堵した様な顔をしていた。そして、また昴に微笑んだ。

「やはり、お主と話すと気分が良い。何故だろうな」

「さぁ?」

「……さて、儂はそろそろ帰るかの」

「大丈夫か? 難しいなら手を貸すが」

「そこまで世話にならんでも大丈夫だ。……いや、立たせてくれんかの」

「分かった」


 昴は手を差し出し、女性はその手を掴んだ。


「本当に優しいの。何故お主の後ろでそんなに恨んでいる者達がいるのか」

「後ろに怨霊でもいるのか?」

「あぁ。勝手にお主の中に入ろうとして勝手に祓われているがな。手出しも出来ぬだろう。……少しだけ、何故そこまで恨まれたのか教えてくれんかの」

「……俺は許されない罪を犯した。もう俺は人間なんて名乗れない。血に塗れた獣だ」

「……そうか」


 女性は足を引きずりながら歩いた。


「また会えるのなら、その時は教えてくれんかの。お主の過去を」

「無理だな。思い出すだけで自分が嫌いになる」

「それは残念」


 女性は何処かに行ってしまった。


 昴は、女性の正体を知っていた。いや、理解出来た。昴の宗教関連の知識においていとも簡単に。


 そして、また光がいない不安感に襲われた。


 やがて、黒恵を抱えながら光とミューレンが休憩室にやってきた。


「あぁ……のぼせた……みゅーれんん……」

「入りすぎよ!」

「だってぇ……」

「のぼせるくらい入って倒れたらこっちだって大変なのよ!」


 私の体の中から熱くなる。意識が消えかかる様に視界が歪んでいる。ミューレンの顔が良く見えない。


「はい、冷えた水」


 光はミューレンに紙コップに入れた水を渡した。ミューレンは私の口に水を流した。


「少しは頭を冷やせた?」

「……どっちのいみ……?」

「どっちもよ」


 私の頭が揺れている。実際にそうなっているのではなく、比喩表現だ。そんな感覚がする。


 少しずつ頭が冷えていく。視界も正常に戻り始める。まさか日本酒を一気飲みしたのが悪かった……?


「……黒恵ちゃん復活!」

「全く……のぼせるくらい入らないでほしいわ」

「先に上がると負けた気分になるじゃない」

「それで体調を崩したら元も子もないでしょ?」

「……はい……」


 私達はそのまま部屋に戻った。


 敷布団がいつの間にかひかれていた。こう言うのは一体いつ準備してくれるのだろうか。


 それに無駄に大きい鍵に付いているあれ。あの木の棒みたいなあれ。あれの名前も何であんなに大きいのかが分からない。


 私は二つの敷布団を転がりながら行ったり来たりゴロゴロとしていた。


「……幽霊ってどう見えるのかしら……」

「急に聞くわね」

「……幽霊だけは見たことないのよね……。見えない条件があるとか? って言うか昴に憑いてる八尺様も姿が見えないから幽霊みたいなものなのかしら」

「私は見えるわよ」

「それはそうだけど……」

「けど、確かにそうね。そう言うことも私達は調査しているんでしょう?」

「……例えば、超常的な力を手に入れて見える様になったとすると……何で?」

「さぁ? でも良く電磁エネルギーとか何とか言うわよね。そう言うのと関係があるんじゃないかしら?」

「いつの時代の話よ。それが言われたのはまだ電磁エネルギーが良く分かっていなかった時代に提唱された説よ。その時代は分からないものは大体電磁エネルギーって言われてたしね。それに本当に電磁エネルギーなら今頃幽霊は完璧に解明されているわよ」

「じゃあスピリットボックスも?」

「使ってみるとただのAM.FM2バンドのスキャンラジオだったわよ。原理は簡単に説明すると周りの電波を拾って霊の声だけを出すって原理よ。何度でも言うけどそんなことが出来たらある程度解明されているわよ。霊の物だと分かってるしね。……でも霊障とかで精密機械が壊れるとかあるわね……いや……これはポルターガイストとかの応用かしら?」

「謎が多いわね……」

「だからこそ私の好奇心は刺激されるのよ」

「好奇心は猫を殺すって言われるから気をつけるのよ」

「何それ? ことわざ?」

「イギリスのことわざ。猫は九回生まれ変わるって言われてるから、執念深く中々死なない猫でも好奇心で死んでしまうって意味よ」

「なら大丈夫よ。危なくなったらすぐに逃げるから」

「信用できないわ……」


 信用されていない……。まぁ確かに死にかけることは何度もあるけど……。


 それに今から行きたいところがある。北の山だ。弓絃齋さんが何だか不穏なことを言っていた。オカルトに身を置く者としては早く行かなくては。


「ミューレン、北の山に行くわよ」

「唐突ね。そこにも何かあるの?」

「もちろん。弓絃齋さんが不穏なことを言ってたのよ。つまり彼処には何かがいる!」

「忍び込んで怒られても知らないわよ」

「その時はその時よ。ミューレンのせいにする」

「濡れ衣が酷い!?」


 私達は着慣れた服を着た。


「それじゃあ早速あの二人も勧誘!」


 私達は光と昴の部屋に押し入った。


「おらぁ! イチャイチャする悪い子はいねがぁ!!」

「それだけで悪い子になるならなまはげの悪い子って相当ハードルが低いわね!?」

「むしろ見せてくれると冷やかせるから悪い子でいて!」


 光と昴はイチャイチャどころか、旅館の机に何故か置いてある饅頭を食べながら目を白黒させていた。つまらない。


「びっくりしたー……急に入ってくるんだもん……」

「北の山に行くわよ!」

「何で!?」


 私は一から説明した。


「あー成程……。……北の山……」

「光もあの時『山も危険』とか言ってたな」

「そうだったね」


 私は光の手を握った。


「光、そのことを詳しく!」

「う、うん……。びっくりした……。まず、妖怪の街も二人が迷った現世と常世の狭間の世界もこの街と地続きだったでしょ? つまり世界は違ってもこの街に重なるみたいに存在すると考えると、わざわざそんな危険なことをしない。それこそ一般人が普段は通らない山とかにすれば良いでしょ? それをしないってことは山も何かしらの理由があるから山も危険なのかなーって」

「そこまで考えが及ぼなかったわ……。確かにそう言う考えも出来るわね」

「あくまで予想だけどね」

「それでも弓絃齋さんの口ぶりから当たってそうよ! やっぱり貴方は凄いわ! それなら早速行きましょう!」

「あー……ごめん黒恵、ミューレン。後で昴君と合流するから先に行ってて」

「……まさか……!」

「黒恵が想像する様なことはしないよ」

「それは残念。それなら先に行ってるわね」


 黒恵とミューレンが部屋から出ていったことを確認すると、光は昴の顔を覗いた。


「……何か様子がおかしいとは思っていたが、どうした?」

「……あの街で、お母さんのことを思い出した」

「……そうか」


 昴は光を抱き寄せ、光は昴の胸元で猫の様に頭を擦っていた。


「……大丈夫……ではないよな」

「……うん」

「……無理ならこのまま寝ても良いぞ。二人には説明するから」

「……やだ」

「……そうか。……気付けなくてごめん」

「……そんなこと気にしなくて良いよ。……もう少し……昴君吸いを堪能させて……」

「昴君吸いって……。俺は猫か何かか?」

「……どちらかと言うと……セキセイインコとかオウムとか……」

「それ絶対俺が色んな声を出せるからだろ」

「……正解」


 光は昴の胸元で深呼吸をした。手は小刻みに震えている。


「……はぁー……大好き」

「それは良かった。俺も大好きだ」

「……やった」


 互いに親から言い逃れが出来ない程の虐待を受けた二人。互いに互いの傷跡を舐め合う関係でもあり、互いに互いを愛し合う関係。


 違いを上げるとするならば、昴は親を恨み、光は母を愛した。この大きな違いだけだ。


「……昴君のほうが悲惨だからね。こんなことで泣いてちゃ駄目だね」

「怒るぞ」

「……ごめん」

「許す」

「……けどやっぱり悲惨さなら昴君のほうが……」

「よーし怒るぞ」

「……ごめん」

「許す。と言うか数年まともに食事も取らせずに、しかも子宮癌の末期までほったらかしにしてた親も大概だろ」

「……まぁ……可哀想な人だったよ……。あれから干渉してないよね?」

「……」

「……え? まさか度々会ってるの?」

「……会ってはない。あいつが家庭を持ったら夫にお前のことを伝えるだけだ」

「……結構干渉してるね……。……もう私と関係ないから、あの人は幸せにしてあげて。……私のことも忘れたいだろうし……」

「……分かった」

「……約束だよ」

「……そう言われると何も出来ない……」


 光は小さく欠伸をした。眠たそうに昴の胸元で顔を擦った。


「……やっぱり眠い……。温かい……十分……やっぱり二十分経ったら起こして……。……やっぱり三十分……」

「分かった――」


 ――私は懐中電灯を片手に、最新型のビデオカメラ片手にミューレンと共に歩いていた。


「それ高かったでしょ?」


 私のビデオカメラを眺めながらミューレンがそう呟いた。


「そこはまぁ私の財力で」

「偶に出てくる貴方の謎の財力は一体何なのよ……」

「企業秘密」


 私は録画を開始した。


「……ちゃんと撮れてるかしら?」

「大丈夫そうよ」

「なら良かった。きちんと撮れるかしら」


 夜の月は雲に隠れ、より深い暗闇を落とした。


「さて、最近言ってないあれ行くわよ」

「言う必要はあるのかしら……」

「格好良いじゃない」


 私とミューレンは息を合わせて呟いた。


「「調査を始めましょう」」


 私達は恐らく弓絃齋さんが言った北の山の前に着いた。その北の山に続く道にバリケードがあった。立入禁止と書かれているが、私は気にせず入った。


「ちょ、ちょっと黒恵!? 立入禁止って書かれてるでしょ!?」

「立入禁止ってことはこの先は危険ってこと。つまり! 気を付けて進めば問題なしよ!」

「えぇ……」


 こんなことを言っているが、ミューレンは私に着いてくる。


 ある程度道なりに歩くと、歩道もされていない山道に変わってしまった。山道に変わる境の横に広がる様に、木々にしめ縄が巻かれていた。


 恐らく山を囲う様にしめ縄が巻かれているのだろう。まるで何かを外に出さない様にしている印象を受ける。


「おー撮れてる撮れてる。こう言う細かいところも写していくわよ」

「見返したら何かが写っているかもしれないわね」

「良く動画であるやつね。一度は撮ってみたいわ」


 本当にただの山だ。偶に狸か狐か分からないが、動物が動くのが見れる。


「……ねぇ黒恵」


 ミューレンが弱々しい声で私を呼んだ。


「……どう言えば良いのかしら……。神社に入る時の感覚がするの」

「あのぞくぞくぞくぅってやつ?」

「それよ。それを感じるの」

「んー……何ででしょうね」


 ビデオカメラは依然として景色を録画している。それに何かが写っているわけではない。


 辺りはもう真っ暗な夜だ。懐中電灯が無いと道も分からない。


 懐中電灯に体当りしてくる虫が多い。虫くらいなら何とも無いが、この光に導かれて化け物でも寄って来たらたまったものじゃない。……いや、ビデオカメラで撮っている内には寄ってきて欲しい。せめて写してからだ。


 だが、やはり何も来ない。虫しか来ない。


「……ねぇ黒恵。やっぱり何かおかしいわ」

「具体的には?」

「えーと……うーん……」


 ミューレンは頭を悩ませていた。


 別に頭を痛くしているとかではない様だ。危険では無いことは分かるが、やはりミューレンが言うと妙な説得力がある。


 この先に、何かがある。それが私が求めているものに近付くものなら尚嬉しい。


 やがて、一つの廃墟に辿り着いた。


 ただの木造建築の家だ。それ以上のものではない。それ以上の役割はもう果たしてもいない。


「家……よね」

「そうね。廃村か何かかしら」


 私達はその家の玄関に回った。その玄関の前には、小さな服とランドセルが落ちていた。腐敗を見ると、やはり相当の年月が立っていることが分かる。


「何でこんな所に服とランドセルが……」


 ミューレンが服をより詳しく調べるためにしゃがみながらそう言っていた。


「この中を探索する時に誰かが外に出したんじゃない?」

「それもありえるけど……。それにしては何か違和感を感じるのよ」


 私は取り敢えず家の玄関を開けようとした。不法侵入かと言われれば否定は出来ないが、私の好奇心のためには仕方が無いことだ。


 だが、玄関は変形して開かなくなっているのか、それとも鍵がかかっているのかは分からないが、開くことは無かった。


「開かないわね……」


 私は家をくまなく照らしてみた。やはり何処にも違和感がない。ただの古びた廃墟だ。


 その間にもミューレンは服を調べていた。


「……下着もある。やっぱりおかしいわ」

「ここだけじゃ何も言えないわよ。先に進みましょう?」

「……それもそうね」


 私達は更に進んだ。次第に道は塗装されていき、暗闇でも分かる良くある田舎の風景に見える。


 蝉も虫も煩い。蛙の鳴き声も良く響く。


 辺りをぐるりと照らしながら見渡すと、家が何軒か見える。やはり木造の家であり、相当の年月が経ったことはやはり分かる。


 私達は一つの家に近付いた。私は玄関をこじ開け、中に入った。


「ちょ、ちょっと黒恵!?」

「中をちょっとだけ見るだけよ。危なかったらすぐ出るわ」

「それでも不法侵入はあんまりおすすめしないわ……」

「大丈夫大丈夫。どうせ今更よ」


 玄関を開けると、靴が三つ置いてある。中に水が入っており、虫の死骸が浮かんでいる。

 そして、家の中から異臭が漂ってくる。何かが腐っている様に匂いだ。

 ミューレンが鼻を押さえている。それくらい強烈な匂いだ。

 私達は土足で踏み込んだ。激しく動けば崩れてしまいそうな程、ギシギシと床から音が出ている。

 家の中は広くはないが、家族で住むのなら十分な広さだ。今思えば靴の大きさは丁度親と子供の大きさだ。

 ……何かがおかしい。何故なら靴があるからだ。

 まずここは廃墟だ。それは様子を見れば分かる。それなのに何故靴があるのだろうか。裸足で別の場所に引っ越すとは考えにくい。と言うかありえない。


 ……一つの仮説が導き出された。だが、まだ私の仮説が合っているとは分からない。まだ確証するには証拠が足りない。


「……気持ち悪い……」

「大丈夫ミューレン?」

「……大丈夫」

「無理はしないでね」

「何で貴方は大丈夫なのよ」

「腐敗臭なんて心霊スポットを巡れば自然と慣れるものよ」

「腐敗臭がする心霊スポットなんて聞いたこと無いわよ……」


 やがて、少し広い部屋に出た。恐らくリビングだ。その近くに冷蔵庫もキッチンもダイニングもある。

 そして、腐敗臭はキッチンや冷蔵庫から出ている。

 キッチンの前には恐らく女性の服が落ちていた。


「……ねぇ黒恵」

「……分かってる。分かってるわ」


 ミューレンも理解出来た様だ。この村の違和感が。その違和感から導き出される答えが。


 私は冷蔵庫を開けた。中には食材が未だに入っており、その全てが腐っていたり虫に食われていた。恐らく冷凍庫なども同じだろう。腐敗臭はここが原因だろう。

 キッチンに置かれている鍋の中には何が入っていたのかも分からない程どろどろに溶けてしまい腐りきった何かで満たされていた。


「カレーかシチューか……。もう分からないわね」


 すると、リビングを調べていたミューレンが私を呼んだ。


「こっちに大きい服と小さい服があるわ」

「……やっぱり」

「あとカレンダー」


 そう言って見せてきたのは、2049年四月のカレンダーだ。カレンダーの紙が落ちていないことから、人がいなくなったのは2049年の四月で確定だ。


「大分昔ね。私のひいおばあちゃんが生まれたくらいの世代じゃない」

「シンギュラリティ到達直後の時代の家みたいね。それらしい設備は無いけど」

「あんまりお金が無かったんでしょ。それに当時はここまで電波が届いたから破壊されたんでしょ」

「……ねぇ、やっぱりここ……」

「言わなくても分かってるわ」


 私は記録するために家をくまなくビデオカメラに写した。


 私達は家の外に出た。


 今思うと、ここは何も感じない。まだ何処かで人が住んでいそうな雰囲気は感じるが。逆にそれが不気味だ。


 私達は道なりに進んだ。


 すると、道の真ん中に小さな服とランドセルが懐中電灯で照らされた。青いランドセルに可愛らしい服。恐らく女児だろう。


「これも小学生くらいね。……やっぱり下着もある」


 私の仮説はどうやら合っている様だ。それならここにはいたくない。


 そんな考えを私の理性が否定する。どうやら私の好奇心はまだ恐怖を上回っている様だ。


 雲が晴れ、月が顔を覗かせた。僅かに辺りを照らす月光で、前が少しだけ見えた。


 学校だ。校門に付いている学校のプレートは壊れているが、小学校とだけは辛うじて見える。


「……廃村の小学校。不味い雰囲気しか無いわね!」

「こんな小さな村にしては大きいわね。山の下からも来てたのかしら」

「成程! 流石ミューレン!」


 私達は校門を通った。言わばそれは"境"。学校の外と中を隔てる境界だ。つまり、何かが起きる可能性が大きい。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 やはりここも相当古びている。コンクリートの壁も、ガラスの窓もボロボロになっている。


 生徒入り口らしき所から入ると、下駄箱の様なものが並んでいた。数を数えると、ざっと百名程の生徒がいたことが分かる。年代を考えるとこれくらいだ。ただ、おかしな点は、一年生の下駄箱以外は全て上履きが無い。


 つまり一年生だけが帰ったと言うことだ。勉強時間がどの学年よりも早いのだろう。そして、その他の学年は今も帰っていない。証拠はすぐに出てくるだろう。


 始めに入ったのは職員室だ。ここが分かりやすい。


 職員室には、様々な資料や仕事用のパソコン、そして椅子の上には無造作に置かれている成人が着れる程の服があった。やはりそうだった。


 もう否定する要素は無くなった。これで私の仮説は合っていることは確定だ。


 夏の蒸し暑さから訪れる汗とは違う、冷たい水の様な汗が流れ始めた。


 もう証拠は十分だ。これ以上進む意味も無い。早く逃げ出したい。こんな本能よりも、私は好奇心が勝っている。


 私は本能から拒絶される歩みを、無理矢理動かした。意外とすんなり動いた。あまり力を入れなくても良かったのかもしれない。


 ミューレンも青白い顔をしている。確かにミューレンは色白ではあるが、いつもより体調が悪そうに見える。


「大丈夫?」

「……えぇ。危ない感じはしないわ。それに、貴方は進み続けるでしょ?」

「良く分かってるじゃない! 私は先に行くわよ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれたって良いでしょー!?」


 保健室にも、当時のままで放置されているものがちらほらある。そして、椅子の上にはまた服が置かれている。


 ここにはあまり無い様だ。


「あ、そうだわ。写真を撮るわよ!」

「また急ね」

「写真の方が写ったりするじゃない!」


 私はスマホの自撮りモードを使い画面にミューレンと私の顔を入れ、シャッターを押した。撮られた写真を見返すと、やはり何も写っていない。ただ可愛らしく笑顔を浮かべているミューレンと見劣りする私が写っているだけだった。向こうの暗闇にも何も写っていない。


「やっぱり何も写らない……。心霊写真を撮りたい!」

「簡単に撮れるならもう何枚も撮ってるわよ」

「そうだけど! それはそうだけど!」


 私達は長い廊下を歩き、上に登る階段を見つけた。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 無機質な壁に囲まれている小学校の階段なんて恐い雰囲気しか無い。むしろそれが良い。


 階段を登り、踊り場の正面の壁には私の体がまるまると写る鏡があった。小学校の鏡にしては大きい。


 鏡には私とミューレンが薄汚れながら写っている。特に何も写っていない。


「ミューレン、鏡持ってない?」

「化粧道具をこんな所に持ってきてると思う?」

「ミューレンが化粧している所なんて見たこと無いわよ」

「貴方もね」

「肌のケアくらいやってるわよ。……一年前に」


 それにしては綺麗だとミューレンは思っていた。


 私はこの鏡で合わせ鏡でもやろうと思ったが、他に鏡が無いのなら仕方が無い。


 だが、少しだけ変な感覚がこの鏡から感じる。様子を見る限りミューレンもそれを感じている様だ。


 今まで見た物とはまた違う。ここはまた別の"境"の様な気がしてならない。今までそんな感情は感じたことがないのに。


 どうやら私達二人の体に何か変化が起こっている様だ。それは私を地獄に連れて行くのか、それともさらなる好奇心をもたらすのか、両方か。そればかりは後にならないと分からない。ただ今は好奇心をもたらしている。


 私は鏡に触れた。数十年近く放置された鏡だ。薄汚れてもいるし、罅が走ってもいる。


「……いる」

「……何が?」

「……さぁ?」


 近くにいる。昴に懐いた八尺様に近い、温泉に入ったあの女性に近い気配。要は人外の気配だ。回りくどい言い方をしてしまった。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 薄汚れた鏡に写る私の姿。その肩に何かが写る。


 六本指が私の肩に乗っている。私の肩を掴んでいる。


 私は咄嗟に後ろを振り向いた。懐中電灯に照らされた暗闇には何もいない。階段を降りた廊下にも何もいない。


 私はもう一度鏡を覗いた。やはり六本指が写っている。肩をビデオカメラで叩いたが、特に感触はない。私の肩が痛むだけだ。


 その六本指は私の肩から首に動いた。それは締め付ける様に、私への殺意を滲み出していた。


 私はもう一度後ろを振り向いた。


 やはりいない。


 鏡をもう一度見ると、その六本指は消えていた。人外の気配も近くから消えてしまった。


「写ってるわよね!? 写ってるわよね!?」


 私はビデオカメラの映像を見返した。鏡を写している映像は確かにある。だが六本指は写っていない。


「写ってない……!」

「あんなにはっきり出てきて!?」

「……何か理由があるのかしら……」

「すぐにその思考に移れる貴方は流石だと思うわ」

「それ程でもあるわね!」


 まず、何故こう言うものは写らないのか。……後で八尺様を見つけたら写してみよう。


 流石に仮定を作るにも実証が少なすぎる。……いや、映像を撮れる原理から考えれば分かるかもしれない。


 まず映像は写真を連続で流している。つまり写真の原理を知れば分かるかもしれない。写真は簡単に言えば入ってきた光をイメージセンサーに当たる必要がある。この原理から光を反射するものだけが写るのは当たり前だ。


 つまり、鏡に写っていたのは光を反射しない存在と言うことだ。だが、それだとおかしいことがある。


 私達が見えていることだ。私達も物体から跳ね返る光で物体を見ている。つまり見えていると言うことはあれは光を反射する。


 この矛盾をどう説明するか、それが重要だ。


「……分からない……」

「やっぱり?」

「矛盾がありすぎるのよ!!」

「……そうね。……そう言う矛盾は前提がおかしいことがあるらしいわよ」

「前提……」


 ……私達みたいな人間にしか見えない光がある……? ……神便鬼毒酒を飲んだことで本当に力が付いたのなら、その力を持つ人しか見えない光が反射している可能性。


「……少しだけ進んだ」

「さっすが黒恵!」

「超常的な力を持つ人達しか見えない光とかあるんじゃないかなー、とか考えてみたわ」

「仮定を作ることは大きな前進よ。まだ謎は残ってるけど、それも私達で解明するわよ!」

「ミューレンも大分オカルト研究に興味が出てきたわね!」

「当たり前よ。ここ最近で一気に現象が起こってるのよ。確かに怖い思いも死にかける体験も多くなったけど、貴方となら何とかなりそうだわ」


 私は自然と笑みが溢れてしまった。私はそれだけミューレンの発言が嬉しく感じていた。


 私達は二階に上がった。見る限りでは授業を受ける教室が廊下の隣に並んでいる。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 一年生の教室の廊下側の窓には、恐らく似顔絵であろう作品が並んでいた。その作品の下には名前の書かれたプレートがテープで貼り付けられていた。


 こんな夜中に子供の似顔絵は、作った子には申し訳ないが不気味に感じてしまう。


「一年一番相原翔太(あいはらしょうた)、二番天ノ川達也(あまのがわたつや)……」


 ミューレンが名前を次々と読み上げていった。どれも聞き覚えは無い。当たり前だ。


 私は教室を懐中電灯で照らした。特に変わった所は無い。


 すると、ミューレンが「えっ」と声を漏らした。


「どうしたの?」


 ミューレンは並べられた似顔絵の最後の作品を眺めながら唖然としていた。


「……黒恵、これだけ名前が無いわ」

「外れたのかしら?」

「……そうは考えられないわ」


 変な話だ。それ以外理由があるのだろうか。私はミューレンが眺めている似顔絵を見た。


 その異様さに、私の頭に一抹の恐怖が宿った。

 書き方などは子供が書いているもので間違いない。だが、あまりにも異様なのだ。

 黒い線で書かれた顔の輪郭の内側に塗られた色は、薄橙ではなく、青色だった。

 右の耳はきちんと書いてあると言うのに、左の耳は書いていない。

 そして、大きく開けた口の中に、もう二列歯が並んでいた。

 似顔絵としてはあまりにおかしい。ミューレンもその異様さに唇を震わせている。


「こ……これって……な、何でこんな……」

「……本当に人間?」

「……私は、歯が三列ある人間なんて聞いたこと無いわ」

「……そうよね」


 青い肌の人間は実在する。耳も先天的か後天的かは分からないが、失われたなら説明はつく。問題は歯だ。

 二列なら分かる。そうなってしまった人もいる。だが、三列はありえない。人間の構造としてありえない。


 遺伝子異常でこうなった可能性も無いことは無い。だが、それが実際にあったのだとしたら私が知らないはずが無い。


 何より不気味なのは名前が無いことだ。まるでここから人がいなくなった後から貼り付けた様な印象を受ける。


「……ひょっとして、私達が思っている以上ここってヤバイ?」


 私の口から弱音が出ていた。


「弓絃齋さんが何か意味深なことを言ってたからそれは分かるはずよ」

「……それはそうだけど」


 言い負かされてしまった。だが、どうやらまだ私は好奇心が溢れている。その不気味な似顔絵を横目に前へ歩いた。


 ミューレンは黒恵の背を追った。横目に写ったその似顔絵の目が、まるで生きているかの様な印象を受けたが、それを見て見ぬふりをした。それに反応することを本能が拒絶したのだ。


 隣の教室は多目的室だ。色々無造作に置かれているだけで特に何も無い。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 隣は二年生の教室だ。一年生の教室はインパクトが凄すぎたためか、廊下側の窓が寂しく感じる。ただ、寂しく感じるのは窓だけだ。


 窓から懐中電灯で教室の中を照らした。規則的に机が並んでおり、ここで授業を受けていたことがありありと想像できる。


 だが、机の上、椅子の上には服が置かれていた。全ての席にだ。全ての席に服が置かれている。


 私の仮説はここでも証明されてしまった。他の教室でも同じ様な風景なのだろう。私はもう予想が出来ている。ミューレンも出来ているのだろう。


 隣の教室はまた多目的室だ。数多くの机と椅子が並べられている。予備の物としてはあまりに多い。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 隣は三年生の教室だ。


 やはりここにも全ての席に服が置かれている。良く見れば後ろの方にランドセルが置かれている。二年生の教室にもあったのだろう。良く見ておけば良かった。


「ここまで来るともう四年も五年も六年も予想が出来るわね……」

「……もう進みたく無いわよ……」

「けどけっきょくー?」

「……行ってみたい気持ちもある」

「そうよね!」


 ビデオカメラは正常に動作している。


 私達は突き当りの扉の前にまで歩いた。扉の見た目からして音楽室だろう。防音の扉だ。


 音楽室の重たい扉をゆっくりと開けた。中は他の教室よりも広く、防音のためか壁に突起がある。


 そして、一番奥にはピアノがある。鍵盤蓋が何故か開いており、白と黒の鍵盤が見える。


「ピアノがある。つまり音が鳴るわね」

「お約束ね」


 だが、わたしたちの予想を裏切っていくら待っても音は鳴らない。


「……鳴らないわね」

「……お約束を破るのはどうなの幽霊さん」

「そうよねミューレン! その通りよね! ほら幽霊! 早く音を出してよ!」


 だが音は出ない。それは幽霊としてはどうなんだろう。義務教育を一からやり直して欲しい。幽霊に学校があるのかは分からないが。


 私は音楽室の中を歩き、ピアノの鍵盤を照らした。


 白と黒の鍵盤の他に、赤黒く染まった鍵盤がある。変な鍵盤だ。だが、嫌な予感がする。


「これってもしかして?」

「……血……ね」

「……何で?」

「さぁ?」


 血で染まった鍵盤は複数あるが、何か意味があるのではないかと勘ぐってしまう。


「何も無い?」

「みたいね」

「拍子抜けね」

「そうね」


 私達はそのまま音楽室を出ようとした。すると、また人ではない気配を感じた。上だ。


 私は上を見上げた。そこには、顔がこちらを見ていた。

 足を天井に縛られており、吊るされていた。

 その顔の目は潰れており、涙の様に血が垂れている。

 血は床にぽつりぽつりと落ちている。私を見て泣いている。寂しそうに泣いている。

 私は咄嗟にミューレンの手を握り、音楽室を飛び出た。

 音楽室の扉を開ける様な音はしない。追ってくることは無い様だ。


「びっくりした! 何であんな人が吊るされてるのよ!」


 私はビデオカメラに録画された映像を見返した。あの人は写っていない。


「また写って無いの?」

「そうなのよ。咄嗟に上を写したはずなのに」


 しかし、この学校は何かがおかしい。さっきから怪奇現象が頻繁に起こっている。しかも私が経験した低レベルなものでは無い。怪談で良く聞くレベルだ。


「まさかの三階があるのよね」

「まだ行くでしょ?」

「当たり前よ」


 ビデオカメラは正常に動作している。


 階段を登り、踊り場で足を止めた。


 鏡はもう割れていた。だが、割れ方に違和感がある。まるで誰かがこの鏡を叩き割ったかの様な割れ方だ。


 私はその違和感を心に留めながら、三階に上がった。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 二階とほとんど同じ構造だ。と、すると四年生と五年生と六年生の教室があるのだろう。


 四年生の教室の横を通った。やはり教室の席には服が置かれている。


 五年生の教室も同じだ。教室の席には服が置かれている。


 六年生の教室も同じだ。教室の席には服が置かれている。しかし、教室の中の校庭側の窓の近くの床に服が落ちている。


 机は綺麗に整頓されており、誰も動かしていなかったことが分かる。


 この複数の服は成人の服だ。近くには懐中電灯とビデオカメラが落ちていた。まだビデオカメラは動いている様だ。


「……最近のものね」

「……つまり」

「……そうよ」


 もう分かっていた。何故服が落ちているのか。それは、一瞬で()()()()消えたからだ。それも同時に。


 全て人がいた形跡のある所ばかり。ビデオカメラが動いているのならもう確定だ。否定できるものが無い。


 この服は、弓絃齋さんが言っていた複数の人のものだろう。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 私は落ちているビデオカメラで録画されている映像を巻き戻し、見ていた。


「……あった。声がある」


 撮影された時間は七時十二分。まだ暗くない時間だ。良く写っている。


『さっきから服があるのは何なんだよ』


 近くからの声だ。恐らくビデオカメラを持っている人だ。


『さー? 前に来た奴が俺達みたいなのを驚かすために置いてるんじゃねーの?』


 映像に写っている二人の男性のうち、右の男性がそう言った。


『……じゃああの絵は?』


 左の男性が右の男性にそう聞いた。


『それこそ驚かすためだろ。名前が無かったんだ。後から貼ったんだろ』

『……確かに』


 ビデオカメラを持っている人を合わせて三人は、そのまま六年生の教室に入った。


『ここも同じか……』

『……やっぱりおかしくないか?』


 ビデオカメラを持っている人がそう呟いた。


『だってもし誰かがここに服を置いたなら、これだけの服を何処から持ってきたんだよ』

『そりゃーちょっとずつだろ』

『それもありえるが、見てみろ。窓が割れてるんだ。風が入ってきて吹かれて飛んだり、雨が漏れて濡れたりするはずだろ? でも服だけがそんな様子も無いんだ』


 そう言って校庭側の窓を写す。


『……やっぱり帰ったほうが』


 左の男性が弱々しく、怯えた様子でそう呟いた。


『……そうだな』


 右の男性も、この異様さに気付いたのか、帰ることを反対はしなかった。


 右の男性は窓から校庭を見た。


『……おい、ありゃー何だ』


 唇を震わしながら、右の男性がそう呟いた。左の男性は右の男性が指差した方を、窓から身を乗り出して見た。


 左の男性は小さな悲鳴の様なものを口から出し、机に体を当てながら教室の隅に逃げた。机は倒れてしまった。


 ビデオカメラは校庭を写した。そのまま右の男性が指差す方を写した。


 小さく校庭が写っており、夕焼けにもなっていない明るい日差しのせいで良く見えないが、何か動いていることだけは辛うじて分かる。


『人間……じゃーねーよな……』


 すると、右の男性は無理矢理良い方へ思考を動かしたのか、突然笑顔になった。


『そーだよ! あの人だよ! あの人がここに服置いてんだよ! きっとそうに違いねー!』

『……良いから逃げるぞバカ』


 すると、突然ビデオカメラの映像に赤い線の様なものが真っ直ぐ入りだした。


『あっれ……何か映像が……』


 すると、校門にいる何かがこちらを見る様に頭を動かした。


 ビデオカメラの映像は、まるで砂嵐の様な映像が挟まり始めた。


『流石におかしいぞ! 早く逃げるぞ!』


 窓からビデオカメラが離れた。直後に耳に刺さる鋭い音と共に砂嵐の様な映像が数分間に渡って流れていた。


「……おかしいわ」

「何かおかしいの? 黒恵」

「左の人が机にぶつかって移動したでしょ? だけどその机は元の位置に戻ってるし、窓の前の服は三つ。つまり隅に逃げた人の服もここに運ばれてる。それになにより……」


 私は地面に落ちている懐中電灯を拾った。


「……この撮影の時間はまだ明るい。何で懐中電灯を持ってきてるの?」

「……ちょっと待って黒恵。それじゃあまるで……ここでいなくなったと思わせるためみたいじゃない……」

「……そうね」

「けど理由は!? わざわざこんなことをする理由は!? それをするならビデオカメラも止めるはずよ!?」

「……そこまでの知能が無かったとか」


 そして、謎はもう一つある。何故かあの謎の存在が写っている。六本指は写らなかったのに。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 砂嵐のタイミングもおかしい。偶然にしては出来すぎた。それに録画している時から砂嵐が写っている様な口調だ。それはあり得るのだろうか。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 それじゃあまるで、目の前に砂嵐があったみたい。しかも人には見えないもの。


 ビデオカメラは正常に動作している。


 ……微かに写っていたあの存在がこの周辺の人達を消した? 状況からしてそうだ。


 ビデオカメラは()()()()()()()()


 辺りから耳に刺さる鋭い音が聞こえた。ビデオカメラの液晶に赤い線が写っている。


 同じだ。まったく同じだ。


 私は窓から身を乗り出した。校門を写すと、確かに校門の方に何かがいる。


 細かい造形は分からないが、白い肌が全身露出している。見た所そこに人間的な構造は無い。足で立って

腕をぶらぶらと揺らしている。


 頭の様なものが上に付いているが、髪の毛は生えていない。と言うか全身毛は生えていない。


 ビデオカメラは異常を見せている。


「……さて……ミューレン」

「……そうよね」

「逃げるわよ!」

「何か対策は!?」

「……さぁ……――」


 ――昴は光の体を揺らしていた。


「起きてくれ。もう三十分経った」

「んにゃ……。……んっく……」

「何語だ」

「……光語」

「……そうか」


 光は目をこすりながら昴の胸から離れた。


「意識は?」

「しっかりしてる」

「なら良かった」

「あ、ちょっと待って。まだ我儘言わせて」

「今度は何だよ」

「うつ伏せで寝転んで」

「……またー?」

「またー」


 昴はため息混じりでその場でうつ伏せになった。光は昴の伸びた太ももに自分の顔を挟ませた。


「……はぁー……筋肉量に似合わない柔らかさ……」

「……何が楽しいのか」

「昴君が私を抱きしめてるときと同じ感覚かな」

「……凄い納得できた」

「それは良かった」


 光は手を伸ばし、昴の尻を触った。昴は呆れた様にため息をついた。


「何だね昴君この安産型のおしりは」

「俺に産ませようとするんじゃない。それに男性の体で育てるなら帝王切開だろ」

「……いや、安産かどうかは骨盤だった。……大きくは無いけど小さくも無い程良いおしりだね。……あれ? 前の発言と矛盾してる?」

「俺の彼女がセクハラしてくる」

「そんなエロ漫画ありそうだね」

「現実と創作を混ぜるなよ」

「今の状況が十分エロ漫画の構造だよ」

「……それより早く黒恵とミューレンを追いかけるぞ」

「もう少しおしりを……」

「早く行くぞ」

「……はい」


 昴と光はいつもの服に着替え、準備を始めた。


「持ち物チェック! カメラにライトにモーションセンサー! ついでにサーモグラフィー!」


 光は小さなバックに次々と詰めた。


「ナイフ三つ、ハンドガン」

「なら大丈夫そうだね。……銃刀法違反だけど」

「俺だと無罪だ」

「そうだね。それじゃあ行くよ!」


 光は昴の背にしがみついた。


「……おい」

「……何?」

「何で背中にしがみついてるんだ」

「疲れるから。それに私はカメラを構えないといけないの」

「……仕方無いか」


 昴は光を背負いながら外を走った。


 人はあまり歩いていないせいか、昴は少し早く走っていた。


「……幽霊ってどうやって見えるんだろうね」

「急にどうした」

「だって気になるよ。多分弓絃齋さんの蛇は式神でしょ? 八尺様は幽霊みたいなものなのかな?」

「……そうだな……霊力とかあるだろ? あれだ。あれで見れる」

「それならまぁ……。……特別な力がレンズだとすると、そのレンズを通して見える。成程。良い仮説だね。じゃあ何で心霊写真は撮れるのかな?」


 昴は小さな声を出し、そのまま黙ってしまった。


「……それに、八尺様は近くじゃないと見えないけれど、昴君が戦った弓絃齋さんの式神みたいなものはある程度遠くても見えたよ?」

「……もう俺の知識じゃ分かりません……」

「そっか。……私が思うのは、体じゃないかな」

「体? 弓絃齋さんの式神は俺の力が出たら見える様になったぞ? 体があるなら見えるだろ?」

「和紙があるよ。和紙が体の代わりになって、姿を作ることで私達みたいに力がある人は見えるとか考えてみたの」

「それなら何で八尺様は見えたんだ。そう言う体とか持って無さそうだ」

「それは昴君が出会った女性が教えてくれたでしょ? 見られたいから見せた。心霊写真も同じじゃないかな?」

「じゃあ光を屈折する何かを持っているってことになるぞ?」

「そこなんだよね……」


 うーん……何でだろ? ……あれ? 首なしライダーって私達にも見えたよね? あ、でもそれは体を持ってるで説明が出来る。じゃああの生物も体を持ってたってことだね。


 だとすると? うーん? 心霊写真に写るものは全部偽物? ……偽物じゃ無いとしたら? まず見えないんじゃ無くて見られたくない? ……分からないことが多いからいくらでも仮説が立てられる。一つ一つ試してみよ。


 昴君の脚力のお陰で北の山の前に着いた。バリケードがあり、道を塞いでいる。


「立入禁止だね。二人は帰ったのかな?」

「そんなわけ無いだろ。不法侵入してるに決まってるだろ」

「信頼の仕方がおかしいよ」


 私は昴君の背から降りると、辺りを見渡した。


 バリケードの前には斎さんが心配そうに右往左往している。こちらに気が付くと、小走りで近寄った。


「すみません。ここからは立入禁止なんです……」

「分かってるよ。けど多分黒恵とミューレンがこの山の中に入ってると思うの」

「本当ですか……!? あぁ……どうしましょう……!!」


 斎さんは更に慌てだした。


「ひぃお婆様に……あぁ……でも山の中に……」

「何かあったの?」

「……教えても大丈夫そうですね。……実は、この山にはかつて神と呼ばれた方々がお住まう地……と言っても封印の様なものですが」

「封印? あぁ、しめ縄があるのはそう言うことなんだ」


 しめ縄は神と人間の世界を分ける境目。それは裏を返すと、人間の世界に侵入させないための封印。こう言う解釈も出来る。


「封印と言っても質素なものです。あくまでも世界を分けるもの。簡単に侵入も出来ます。その逆も勿論」

「もしかして、神様が降りようとしてるとか?」

「……鋭いですね。その通りです。本当に偶にですが、人を求めて降りてくるお方も居られます。この山にお住まいの方々は人を喰らい、邪神、化け物、物の怪、妖……何でも良いです。そう呼ばれる方々」

「それなら妖怪の街に入れれば良いんじゃ?」

「それが出来ない程力が強すぎる。それに、そこまでの移動をすれば被害が出る。ここで遠い時を経て静まるまで祀り上げることしか……」

「……退治は?」

「……本来ならそうするべきなのです。そうすれば、神の魂は何時か複数に別れ、また新たな神の一部となります。しかし……この山……いえ、この山そのものがそれを望んでいません。この山で神を殺せば、山の神がその者を襲いに来る」


 山の神……斎さんが言うには山そのもの。山そのものを信仰する宗教は多数ある。不思議なことでも無い。


 斎さんは拙い記憶を思い出す様に語り始めた。


「ここの山の神は感受性が高く、同じ神に対して慈悲深い。古くは正鹿火之目一箇日大御神のその悲惨な成り立ちを嘆き、せめてもと正鹿火之目一箇日大御神が愛したこの街に恵みを齎しました。それももう古い話。更なる恵みを願うがあまり、周りの神事を行う方々が人を捧げました。山の神は人を喰らい、大和朝廷の侵略と共に邪神と扱われ、大和の神々に倒されたと伝わりました」

「けど倒されていないと……」

「……あくまで大和朝廷を率いた神々の威厳を象徴するための作り話です。本来は和解でもしたのでしょう。……そして、山の神は人を喰らい邪神と扱われた方々を自身の神域に招きました。そしてここは神々のお住まう山となりました」

「こんな所に二人が……」

「……そうです。ここの神はどんな人でも快く招く。何故ならここにお住まう神々が人を求めるからです。恐らくお二人は……」

「……神を殺さずに、助けることは……?」

「それこそ不可能に……」


 私と斎さんは同時に昴君を見た。昴君は急に自分に話を振られたからか、きょとんとした顔をしていた。


「え、俺?」

「……確かに昴さんの力なら……」

「昴で良い。と言うか俺に無茶振りされても……」

「こちらも全力でサポートします。こちらとしてもひぃお婆様が把握していない方が迷い込んでいます。もう私達しか助けられません」

「……あー……! そうだよな……。俺が丁度良い人材なんだよな……。……あの二人のために命を賭けたく無いんだよな……」

「こちらとしてもある程度の謝礼は出来るつもりです」


 昴君はその発言を聞いて、目を輝かせた。


「……例えば?」

「そうですね……正鹿火之目一箇日大御神が打った刀剣などどうでしょうか。手続きなど面倒かもしれませんが。御神体は無理ですが小太刀くらいなら……」

「……中々に良い代物の予感。……良し、行くか」


 私は分かっている。本当は謝礼なんか貰わずとも人を助けることを。そこに一方的な利益を提示させた斎さんの負けだ。喋らないでおこう。昴君に叱られる。


「さて、じゃあ光はここに」

「え?」

「え? ……残ってくれ」

「嫌だ」

「……ここからは命の危機がある」

「そうだね」

「だから光はここに残ってくれ」

「嫌だ」

「……好奇心は素晴らしいと思う。だがな、猫はそれで死ぬんだ。だから残ってくれ。俺ならそう簡単に死ぬことは無い」

「嫌だ」

「……見たいのか?」

「うん」

「……それなら俺が撮るから」

「写らなかったらどうするの?」

「……俺が記憶を頼りに姿を書く」

「それなら私が直接見たほうが良いよ」

「……よーし分かった。危なくなったらすぐ逃がす。それで良いか」

「分かった。それくらいは守れる」

「……俄然やる気が出て来た」


 昴君は軽々しく私を背負った。私は昴君の後ろからビデオカメラの録画を開始した。


 ビデオカメラは正常に動作している。


「出発進行昴君!」

「Yes,sir」

「ほら、早く斎さんも!」


 斎さんはどうすれば良いのか分からないのか、またあわあわしている。


「え、えっと……?」

「昴君に抱えてもらったほうが速いから! 緊急事態だから私は許すから!」

「えっ!? あっ……はいぃ……!!」


 昴君は斎さんを抱え、その脚力で山の木の枝に飛び乗った。


 その時の斎の頭の中はこうである。


 あぁぁぁぁぁ……!! 良い匂いがするぅぅ……!! 昴さんから良い匂いがするぅぅぅ……!!


 これである。山の中にいる神々の脅威を忘れ、昴の匂いに翻弄されている。


「あああぁぁ……」

「どうした斎さん」

「……いえ……何でもありません……」


 昴は人の感情をある程度知ることが出来た。


 微妙に動いている鼻と、僅かに赤らめた頬。昴はこれ以上考えるのをやめた。


「それで、どこに向かえば良いんだ」

「こ、このまま真っ直ぐです……。恐らく村が見えるはずなので……」

「村?」

「……はい。私のひぃお婆様が産まれたくらいの時代で人がいなくなった村です」

「何でこんな危険な場所に村を作るんだよ……」

「山の神そのものは積極的に人を喰らわないので」

「さっきの表現からして、喰われたのか」

「……はい。全員喰われました」

「色々ヤバイな……。と言うか弓絃齋さんとは連絡出来ないのか?」

「ひぃお婆様はシンギュラリティ到達直後の時代に産まれたので……電子機器そのものがトラウマなんです……」

「あぁ……仕方無いな。あの時代を生き抜いた人にとって辛いものだからな」


 昴の脚力は凄まじく、一瞬で村の前にまで着いた。


「ちょっとごめん昴君……。……酔った……」


 私は昴君の背から降りた。斎さんも顔色が……いや、凄く良い。何なら頬を赤らめてる。……マズイ……。また昴君のフェロモンに毒された人が現れてしまった。


「……少し、おかしいですね」

「どうしたの?」

「……周りに誰も居られません。何かに怯えている様に」


 その斎さんの予想を証明する様に、獣が叫んだ様な音が聞こえた。


 その吠えた音と共に、この山の空に黒い雲が来た。雨がぽつりぽつりと降りながら、その獣の遠吠えは徐々に弱々しくなっている。


 斎さんはその遠吠えの方へ走り出した。私と昴君は斎さんの後を追った。


 斎さんの華奢な体からどうすればあんなに動けるのか、それを疑問に思う程素早く動いていた。


「す、昴君……」

「了解」


 昴君は私を抱えて斎さんの後を追った。


 やがて、私はその遠吠えの正体を知った。


 体は白い蛇に似ている。その胴体に四つの足がある。

 それは、架空上の生物であった龍だ。それが今、私の目の前にいる。

 だが、龍と言うよりは足の生えた蛇に見える。角はあるが髭は無い。それとも今伝わっている龍は中国に住む龍なのだろうか。

 頭も少し違う。牙が口から露出している。

 その龍は体中に傷が付いており、弱々しく地面に横たわっている。この姿でもまだ威厳さと厳格さを肌で感じる。

 尾の先が少し遠くに見える。目測では20m程だ。


「龍! 龍だよ昴君!! 龍がいるよ!!」


 斎さんはその白い龍に心配そうに駆け寄った。


「……光、これ、()()()か……?」

「あっ! 確かに!」

「……まず俺にも見えているんだよな……」

「御神体が体なんじゃない?」

「成程」


 高龗神は昴君を睨みつけ、牙を見せつけ唸り声を上げ、敵意を向けていた。


 四つの足で起き上がろうとしたが、動くことも覚束ないまま、また横たわった。


「大丈夫です。あの方は危害を加えません」


 斎さんは高龗神にそう語りかけていた。


「何があったのですか?」


 高龗神は斎さんの顔をじっと見つめ続け、何かに納得した様に斎さんは頷いた。


「……この状態で申し訳ありませんが、ここに二人の女性がやって来ませんでしたか? 一人はとても大きい力を持っているのですぐにお分かりになると思うのですが……」


 高龗神は頭をゆっくり横に振った。


「……そうですか」


 私は高龗神の体に触れた。


「うわぁ……鱗だ」

「ひ、光さん!? あんまりお体に触らない方が……!!」

「あ、確かに。神様って言っても恐い神様もいるからね」


 私が昴君に視線を動かすと、急に高龗神の口に右腕を入れた。


「うわぁぁ!? 昴君ん!?」

「な、何をやっているんですか昴さん!? 罰当たりにも程がありますよ!?」


 高龗神は体を大きく動かし、藻掻いていた。昴君の腕を噛み千切ろうと顎に力を入れていたが、昴君の筋肉の壁に牙はあまり深く刺さらないらしい。


「……落ち着いてください、高龗神よ。私に敵意はありません。その体の中にある物を取り出そうとしているだけです」


 高龗神はより激しく体を動かし、抵抗を強めた。


 昴君は高龗神の頭を左腕で優しく撫でた。


「……大丈夫、大丈夫ですから。もう少し……」


 すると、高龗神は抵抗を緩め始めた。恐らく喉に腕を入れられたことによる無意識的な抵抗だけだ。


「……もう少し我慢して下さい」


 昴君は優しい笑みを高龗神に向けた。


 昴君は更に奥に腕を入れた。より大きな咆哮が響くと、昴君は腕を引いた。


「ようやく取れた。何だこれ」


 昴君の手には黒い箱が握られていた。何だか不気味な雰囲気がその箱から香る。


「それが喉に入ってたの?」


「正確には気管支だ。呼吸がおかしかったからもしかしたらと思って」


「さっすが昴君!」


 昴君はその箱を地面に落とし、それを踏み潰した。


 簡単に壊れ、それは黒い霧の様に霧散した。


 高龗神はさっきより簡単に体を動かせる様になったのか、起き上がった。体をうねらせ、上に駆けると、その巨体は宙に浮いた。顔を昴君に寄せ、口を開いた。


『……まさか私の喉にこの様な呪物があったとは。感謝します、()()()


 透き通る様な声が響いた。その声が高龗神から発せられていることは簡単に理解できる。


 その声は耳に通る、とはまた違う。耳を通らず、頭の中に語りかける様な、不思議な感覚だ。


「私の名前を知ってるんですね」

『敬語は不要です。むしろ私が使わなければいけません。あのままあの呪物を体に宿し続ければ、いずれ私を蝕んでいたでしょう。……あぁ、何故名前を知っているかですね。あの社に来たでしょう。そこで見ていましたから』

「なら少し無礼で。……あの箱に心当たりは?」

『……無い、と言えば嘘になります。こんなことをする悪趣味かつ、力を持っている者は限られます。しかし、今はまだ人である貴方には関係はありません。例え恩人でも私から伝えることは無いでしょう』

「……なら、その傷は?」

『……この地で他の神々を殺せば、山の神が私に報復に来ます。それは知っていますか』

「斎さんからある程度聞いている」

『ならば話は早い。……力加減を間違え、弱い神を殺してしまい、山の神が報復に来ました。私が神だからこそ命だけは助かったのですが、この有様です』

「……意外とドジだな」

『だ、誰がドジですか! これでも私に雨乞いを願う程の力の持ち主なのですよ!』

 凄い、昴君の一言で一気に威厳が消えた。

『……しかし、そう言われても仕方が無い。弓絃齋の安否を心配し、勝手に着いてきた挙げ句にこの有様……献身的に九十と少しの年、欠かすこと無く私と正鹿火之目一箇日大御神に仕えてきた弓絃齋も、こればかりは私を叱責してもおかしく無いでしょう……』

「何と言うか、大分人間臭い龍神だな。もう少し威圧的と言うか、そんなイメージをしてたんだが」

『そう言う神もいます』


 この龍神様との会話は興味深いものがあるが、今は黒恵とミューレンを探しに来ている。


 私は昴君の背中を指でなぞった。「きゃうぅ!?」と言う高く可愛らしい声が聞こえた。


「な、何だよ光!?」

「この山に入った目的を忘れないでね」

「そうだった。黒恵とミューレンだな」

「そうそう」


 ビデオカメラは正常に動作している。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


ようやく書けた……ようやく書けたぞー! うわぁぁぁ! 二組ともイチャイチャしろー!

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