弐拾二つ目の記録 夢であって ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
"きっとこれは、IOSPにも公開しないであろう記録"
"これを読んでいる人は、私か、私の親友だけ。つまり貴方は私か、私の親友"
"誰にも教えないで。貴方の記憶の中に、押し込んで"
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私は列車に揺れていた。
目の前には、微笑んでいる私の親友、ミューレンがいた。私の黒い帽子を胸元で抱き締めながら、微笑んでいた。
「私は貴方と一緒に歩けば歩く程、夢を見なくなる。それが何よりも、恐ろしい」
私はミューレンにそう言った。
「私達がしていることを、後悔しているの?」
「そうじゃ無いけど……。そうじゃ、無いのよ。人々は、狂気を忌み嫌うわ。それはきっと、夢を見なくなってしまったから。貴方なら分かるでしょ?」
「ええ。そうね」
「この目には、夢が見える。その夢は、少しずつ、少しずつ、私の現実に侵食して来る」
すると、ミューレンはクスクスと笑って語り始めた。とても、綺麗だ。
「貴方の目は、世界をより正確に見える様にする為の目。私の目は、そんな貴方を見詰める為の目。それで、良いでしょう?」
「何時か夢を見なくなった時に、貴方は何処にいるの?」
「貴方の隣に。何時までも。さぁ、帰りましょう? この列車から、下車しましょう?」
ミューレンは私に黒い帽子を被せた。
すると、ミューレンの瞳は銀色に輝いて、髪は白色に輝いた。
ミューレンの背から白い翼が三つ、右側だけに生えていた。その白い翼が私を包むと、私の意識は消えてしまった――。
――黒恵とミューレンは周りには桜と思われる木で囲まれており、中心には湖がある森の中で眠っていた。
その湖では睡蓮の葉と花が咲いており、湖を囲う様に様々な花が咲き乱れていた。天国という場所はこの様な場所だと思う程に、美しかった。
そして、二人の眠っている周りにだけ、「今は夕方ですよ」と教える様に金色に輝く鼠茅が咲き誇っていた。
黒恵の頬には、黒百合の紋が刻まれており、その腕には黒い表紙に白い文字でENIRVAUST EGUAL CRIMEと書かれている本を抱えていた。
やがて黒恵は目をゆっくりと覚ました。
その目は、無垢金色に輝いていた。だが、その輝きも酷く歪み始め、何時も通りの黒い瞳に戻った。黒百合の紋も消え去った。
寝惚けた様に目を擦ると、ようやく事態が分かったのか、焦った表情で隣のミューレンを揺らした。
ミューレンも黒恵と同じ様に寝惚けた様に目を擦りながら、黒恵の顔を見詰めた。
「ミューレン! 起きたわね!」
すると、ミューレンは先程までの半開きの瞼をこじ開け、私の顔を覗いた。
「……本当に、黒恵よね?」
「え? 当たり前よ。帽子の裏でも――」
私は頭の上を撫でると、何時も被っている黒い帽子の感触が無かった。見れば、ミューレンの傍に落ちていた。
私はその帽子を頭の上に乗せて、何時も通り深く被った。
「さて、ミューレン。これで信じてくれた?」
「……本当に、黒恵なのね。……ああ……良かった……」
ミューレンは私の頬を愛撫しながら、そんなことを呟いた。
何だか様子がおかしいと思いながらも、それが分からない。ミューレンは相変わらず微笑んでいるだけだ。
「それより、ミューレンも本物?」
「私は本物よ。好きに調べれば良いわ」
……好きに?
まあ、ミューレンがそう言っているのだ。遠慮はいらない。
私はミューレンの金色の髪の毛を退かして頭皮を見ると、目立つ傷跡があった。
後、ついでにミューレンの胸を触っておいた。ふわふわとした柔らかい触感と、ミューレンの小さな「んぅ」と言う声が聞こえた。
流石に平手打ちが飛んで来るだろうか。そんなことを考えて覚悟を決めていたが、ミューレンは僅かな息を吐くと同時に、胸を触っている私の手首を掴んだ。
「ねぇ黒恵」
「……えっと……怒ってる……?」
「いいえ」
「……えーと……じゃあ、何で、私の手首を離さないの?」
「少し、思ったの」
ミューレンは表情を変えずに淡々と話を続けた。
「貴方はどうしたら私の傍から離れないでいてくれるの?」
私は言葉を詰まらせた。それの答えを、私は考えたことも無かった。
「……私は――」
捻り出した答えは、とても単純だった。
「きっと、貴方の隣にいるわ」
その答えに納得したのかは分からないが、ミューレンは私の手を離した。
つまり私は実質的に、ただミューレンの胸を触って怒られることも無くただただ美味しい思いをしただけになったのだ。
……それにしても、ミューレンの様子がおかしい。何処か疲れていると言うか……。
「……って、それより私達は脱出出来たのよね!?」
「……脱出……ああ、あの異界からね。ええ、大丈夫。詳しくは分からないけれど、光と昴は無事だったわ」
「じゃあここは何処なの?」
私はぐるりと視界を動かすと、何処か既視感を覚える光景だと思った。何とか記憶を遡ると、ここは光と昴と初めて出会ったあの衛星写真では黒塗りの場所だ。
だが、こんな鼠茅は無かったはずだ。私の記憶違いで無ければ。
それに……私の手には「エニルバウスト・エグアルの罪」がある。何でこんな時に……。
「……ねぇ黒恵」
「待って、ミューレンが言いたいことを当てたいわ。えーとえーと……」
「次に黒恵は――」
「「一旦光と昴に会ってみましょう!」と言う!」
「はッ!」
やりたいことをやられてしまった。まあ、お約束までちゃんとやったから満足だ。
ミューレンはクスクスと笑っていた。
「それじゃあ光と昴に会いに行きましょう。きっと心配しているわ」
「それもそうね」
私達は森の先へ向かった。
夕暮れだからか、茜色の光が森の木々から差し込んでいる。何処か寂し気で、何処か悲し気な、そんなオレンジ色。
「それにしても、最近急に寒くなったわね」
「残暑が続くと思ってたら、急に長袖が丁度良い気温になったから嫌になるわ」
そんな談笑を交えながら、私達は森の奥へ向かった。
光と昴が住んでいる豪邸に着いたが、何か様子がおかしい。
前に来た時はちゃんと管理されている様に壁に巻き付いた蔦は切られていた。汚れも一切無かった。
だが、今の姿は土の汚れが目立つ。綺麗好きな昴にしては、何だかおかしい。扉も半開きだ。
半開きになっている扉から中を覗くと、夕暮れの茜色に照らされた玄関が見えた。野生動物が勝手に入り込んだ所為か、土の汚れや動物の糞が目立つ。
どれだけ中を見ても、静けさと悲し気な茜色だけがここにある。
図書館の様に相当な蔵書量を誇っている広い部屋に向かっても、そこに光はいなかった。何時もここで本を読み、論文を書いているのに。
その論文も、著名な人物が書いた本も資料も全て姿を消している。誰にも使われなくなった書見台には埃が積もり、ここから人がいなくなって相当経っていることが分かる。
この屋敷全体に、寂し気な茜色に染まっている。
「……黒恵」
「言わなくても分かってるわ」
ここには、誰もいない。誰も住んでいない。
確かに光がいた痕跡は残っている。確かに昴がいた痕跡が残っている。にも関わらず、誰もいない。
「どう言うこと? 何で誰もいないの? だって私達は偶にここに来ても必ずと言って良い程、光か昴の何方かがいるわ。誰もいないなんて……それに、この様子……」
ミューレンのその訝る言葉は、私の疑問を代弁してくれた。
「……ねえ、ミューレン」
「どうしたの?」
「……貴方、何か私に隠していることがあるでしょ?」
ミューレンの表情は変わらなかった。まるで何処かのお嬢様の様に、美麗にそこに佇んでいた。
「……何で、そんなことを聞くの?」
「何かおかしいのよ。流しちゃったけど、私はあの異界から出た記憶が無いの。気付けばミューレンと一緒にあそこで寝てた。そして、貴方の様子がおかしい。何があったか教えて」
「……」
「……親友でしょ?」
「……そうね。……私達は……親友。ずっと……ずっと、親友よ。……隠すことでも、無いはずだから」
ミューレンは一拍置いた後に、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「まず……貴方は、一度死んだ。ほら、ドッペルゲンガーが出る廃墟に行った時に、瓦礫が落ちて来たでしょう? あの時、貴方は一度死んだ」
「ちょっと待って、それじゃあ何で私は……生きているの?」
「……それは……分からないわ。けど、貴方は生きている。そして異界から脱出した後に、貴方はどう言う訳か暴走した」
「その時目が銀色になったりした?」
「貴方の場合は金色になったわ」
「……そう。それで、暴走した後に?」
「……簡単に納得するのね」
「ミューレンが私に嘘を吐くはずが無いでしょ?」
「……それもそうね」
ミューレンはまたゆっくりとした口調で語り始めた。
「貴方は、經津櫻境尊の力を使って貴方と世界の境界を無くして一つになろうとした。それを經津櫻境尊が阻止して、私は別世界に行ってしまった貴方を連れ戻した。これが事の顛末。……もう隠していることは無いわ」
「何でそんな好奇心が刺激されることを黙ってたのよ!」
ミューレンは驚いた顔をした。
「自分が死んだって聞いて、そんなことを言うのは貴方らしいわね」
「だってそうでしょ!? ミューレンには死者を生き返らせる力があるのよ!?」
「……テセウスの船みたいに、自分が自分じゃ無い不安は無いの?」
「私は私よ。それとも、今の私を、貴方は私じゃ無いと思うの?」
「……いいえ。黒恵は黒恵。私の唯一の親友の、黒恵」
「じゃあそれで良いじゃない。テセウスの船だって、持ち主が『これはテセウスの船です!!』って言って、他の人も『これはテセウスの船だ!!』って言ったら、何がどうなってもそれはテセウスの船なのよ。この場合重要なのはテセウスの船と言う存在その物。テセウスの船が修理されずに朽ちた時にだけ、テセウスの船は無くなるのよ」
「私は貴方を修理した。だから貴方は黒恵だと言うの?」
「そう! そうよ! 私は私だけが知り得る知識と記憶と歴史がある。私が私だと証明するのはそれだけで充分だし、ミューレンが私を私だと信じるのなら私は私では無いと証明することは不可能になるわ」
……おっと、長々と関係の無いことを言ってしまった。
「今は光と昴の行方よ。私達がいない間に、そんなに時間が経ったの?」
「それは分からないわ。けれど、少なくとも数ヶ月経っているとは思えないわ」
「同感。気温がそこまで低下してる訳じゃ無さそうだし」
「……一旦家に帰りましょう? ちょっと……ねぇ?」
「あーはいはい。ちょっと臭うかも。じゃあ私の家にでも行く?」
「お邪魔するわ」
そして私達はどうにか森の中から出て、閑散とした東京の外れの様相が見えた。
だが、夜になるまで歩けば、喧騒とした東京の中心地の様相が現れ始めた。この東京の姿は私にとってはもう見慣れてしまった。
深い自然が見える街から私は産まれた。慣れない物だと思っていたが、都会も案外慣れる物だ。
……東京の景色に何か違和感を覚える。いや、景色に違和感がある訳では無い。暗い夜空が見えない程に明るい証明。東京の都心にはもう夜は無い。あるのは目が眩む程の昼間だけ。
違和感は、何時もより此方を見る視線が多い気がする。そんなに臭うだろうか。
とにかく、私達を避けている――いや、私は見ていない。ミューレンを見てる? 何で?
その疑問を解消することは出来なかった。話し掛けようとしても、絶妙に距離を取られる。やはり何かおかしい。
ミューレンも流石に違和感を感じたのか、私の影に隠れてしまった。
すると、突然二人組の警察官が私達に話し掛けた。
「済みません。事情聴取なんですが」
「そんなに怪しい挙動でしたか?」
「いえ……」
警察官は私の隣にいるミューレンに視線を動かした。
「まあ、とにかく。名前は?」
「白神黒恵です」
「身分証明出来る物は?」
「えーと何処かに運転免許証があった様な無かった様な……」
ポケットを弄ってみれば、ちゃんとあった。良かった良かった。
警察官に手渡すと、まじまじと見た後に私に手渡した。
「そちらの金髪の外国人は?」
「ミューレン・ルミエール・エルディーです」
「……ミューレン……ですか。……何処の大学に通ってるんですか?」
「……何で大学に通ってるって知ってるんですか?」
「……もう一度お尋ねします。ミューレン・ルミエール・エルディーさんですね?」
「……はい。……何でしょうか」
「……そうですか」
もう一人の警察官が無線機に向かって小声で話していた。その小声の会話に聞き耳を立てた。聞こえた会話は、あまりに物騒だった。
「連続殺人犯だと思われる人物を発見。応援願います」
先程の会話から考えるに、連続殺人犯だと勘違いされているのは、ミューレンだ。
「……ミューレン・ルミエール・エルディーさん。署までご同行願います。今の貴方には連続殺人の疑いで全国指名手配されています」
その言葉と同時に、私はミューレンの手を握って警察官から逃げる様に走り始めた。
止まる様に命令する叫び声が聞こえた気がしたが、今の私にはそんなことを耳に入れる暇は無い。
「一応聞いておくわよミューレン!」
「そんな凶悪犯罪を犯したことは無いわ!」
「なら良かった!! 逃げるわよ!!」
ミューレンの手を二度と離さない覚悟で、力強く握った。
「黒恵!」
「何!」
「扉!」
「ああ忘れてた!」
ミューレンと繋いでいる手を前に出して、親指と人差指で四角形を作った。それを広げ、言葉を唱える。
「"扉"!!」
繋ぐ場所は、向こうに見える路地裏。
私達は"扉"を潜った。景色は一瞬で変わり、光が入り込まない路地裏に入った。
自動販売機の冷たく無機質な光だけ、私達を照らしていた。
何度も"扉"を使った。数にしては、まあ、十回だろうか。三、四回目から頭痛が起こって、五、六回目から動く度に体の節々が痛み、七回目からは意識が朦朧とした状態で使い続けていた。
「黒恵!」
もう、彼女の声も耳に入らない。
「黒恵!!」
動かなくなった鼓膜が僅かに揺れた。ようやく入り込んだミューレンの言葉に、私は足を止めた。その直後に、私は疲労で倒れてしまった。
ミューレンの必死な声だけ、私の視界に映る。おかしな話だ。音は聴覚で聞こえるはずなのに。
……ああ、これが八重さんの言っていた使い過ぎだろうか。
……親友の為とは言え、流石に必死になり過ぎた……。やばい……本当に死に掛け……。
「……ミューレン」
「大丈夫よ黒恵。死んだらまた私が助けるから」
「……冗談にしても黒過ぎるわ……」
「あら、黒は嫌いだったかしら」
「……いいえ」
何だかミューレンが逞しくなった気がする……。
何とか体を起こして、路地裏の壁に凭れ掛かった。そんな中で、頭を何とか回した。
「……まず、何でミューレンが連続殺人犯に間違われるのよ……」
「間違われたと言うより――」
「名前も見た目も同じ人が連続殺人をした?」
「そうそう。私の容姿は目立つから、まず間違えることは無いと思うわ」
「……それこそドッペルゲンガーね」
「……やっぱり何かおかしいわ。同姓同名で、金髪金眼の大学生が偶然にも東京に?」
「好奇心が刺激されるからそれはそれでお得だけど」
「スーパーのタイムセールみたいなお得感は無いわね」
「そこはご愛嬌よ」
「風評被害で私が殺人犯にされてるのよ?」
「私だけは信じてあげるわよ」
「なら良かったわ。……あ、嫌なこと思い付いたわ……」
ミューレンが僅かに顔を青ざめながらそう言った。
「連続殺人犯ってことは、少なくとも二人以上は殺してるわ。光と昴がもしかしたら……とか」
「……いやー昴よ? やられるはずが無いわ」
「それもそうね」
「じゃあ貴方は結局誰を殺したの? ミューレンさん?」
ミューレンは首を傾げていた。まあ、当たり前だろう。
けど、私達がいない間にミューレンと同姓同名でしかも恐らく同じ容姿の女子大学生が連続殺人犯を犯すなんて……偶然とするのはやはり難しい。
……いや、私は何かを見落としている。もっと多角的に物事を捉えることが重要だと、それが重要だった場面に何度も遭遇して来たはずだ。
何か、見落としている。私の頭なら、もっと別の予測が立ち上がるはず。
……あー駄目だ。頭痛い……。頭回らない……。
「ねえ黒恵」
「……今日は良く話し掛けるわね。どうしたの?」
「もしもの話をしても良い?」
「どうぞご自由に」
「なら良かったわ」
ミューレンは私の隣に座り込んだ。
「……私を、何で信じてくれるの?」
「……えーと、それは……連続殺人犯では無いと何で信じてくれるのってこと?」
「それもあるわ」
「そうね……まあ、良く考えれば貴方が嘘を吐いている可能性もあるけど、私はそれよりも親友を信じたいだけよ」
ミューレンは少しだけ驚いた様な顔をしていた。その表情はすぐに緩み、クスクスと笑い始めた。
「科学者にしては、科学的でも理論的でも無いわね」
「感情的に物事を語ることも時には重要だとは思えない? ……それで、貴方は何で私を信じてくれたの?」
「そんなこともう忘れたわ」
ミューレンはまたクスクスと笑っていた。
何だか光みたいな笑い方だ。
……ああ、そうだ。ミューレンは私を信じてくれる。私でさえも、何時証明したのか分からない法則、境を越えるとそう言う現象が起きると言う法則。
これさえも、信じてくれた。ふと、思い出した。
誰に、こんな法則を教わったのか。正確には、その時の記憶――。
――白くのっぺりとした体をしている人は、私の手を握っていた。その人は、いや、ただ白色が人の形を成している様にも見える。
手を繋ぎながら、私達は一緒に前へ歩いていた。
深い深い森に、私は、前へ歩いていた。
多分、この時にはもう父親も母親も亡くなってたはず。身寄りと言えば、東京に住んでいた祖母だけ。
だが、この人からはとても温かい気配を感じていた。
その女性は声を出した。白いのっぺりとした顔を此方に向けて、声を出した。
「あっちに行けば、熟した黒い無花果をあげる」
そんなことを言いながら、歩幅を狂わせずに同じ間隔で歩いていた。
女性の声が思い出せない。何を言ったのかは思い出せるのに、その声を思い出せない。まるで白い絵の具で塗り潰された様に、声が聞こえない。思い出せない。
「ねぇ」
「どうしたの?」
「あなたはだれ? かみさま?」
「ううん。違うよ。私は神様なんかじゃ無い。けど……そうだね。境界を越えれば、きっと神様に会える。境界を越えれば、きっと妖怪に会える。境界を越えれば、きっと怪異に会える。境界を越えれば、きっと幽霊に会える。境界を越えれば、不思議な出来事に見舞われる。境界を越えれば――」
その女性はとても綺麗で落ち着いた声を出した。その声も、今の私には思い出せない。
「――大切な人と会える――」
――疲れが体から抜け始めた頃、雨がぽつりと私の鼻頭に落ちた。それを皮切りに、また一粒ぽつりと落ちた。雨具を持っていない所為で、雨で体が冷えてしまった。
私は曇り空を見上げて呟いた。
「……何で警察から逃げてたんだっけ」
「早くも忘れたの? 私が殺人犯にされたから、貴方が私を引っ張ったのよ」
「……ああそうだった。……スマホとかで事件調べられない?」
「……あ!」
「私達……色々あり過ぎて当たり前のことに気付かなかったわね……」
懐を探してみれば、ちゃんと私のすまほがあった。
ちゃんと電源は付くし、いんたーねっとにも繋がる。とは言っても充電が残り十二……。……まあ、ちょっと使うくらいなら大丈夫なはず。
調べている間に、雨が強まって来た。雨粒が当たる度に僅かな痛みが滲む強い強い雨。
調べていれば簡単に見付かった。
「……先週今週合わせ、女子大学生を六名殺した連続殺人犯、ミューレン・ルミエール・エルディー」
「……え?」
「……ミューレン」
「……どうしたのよ」
「……自首しましょう?」
「手の平くるっくるね!?」
「じょーだんよじょーだん」
「……けど、これで確定ね」
「ええ。一応聞いておくけど、貴方に生き別れの姉妹とかは?」
「いないわ。兄も姉も弟も妹も」
「じゃあドッペルゲンガーで確定ね」
私は立ち上がりながらそう言った。ミューレンの不安そうな顔は更に深まっている。雨は更に強く降った。
人目を避けながら、私達は東京の裏を歩いた。
「それで、これから何処に行くの?」
ミューレンがそう聞いた。
「逃げることには何も言わないわ。けど、今の私達は何も持ってない。このまま逃げ切れるとも思えないわ」
「取り敢えず光と昴を探す! 後ついでにIOSPの構成員も! IOSPなら確実に助けてくれるし! 私達の力はIOSPにとっても有益だからすぐに捕まえるなんてことはしないはず! 多分きっと恐らく!」
その間に警察に見付かれば面倒臭いことになってしまうが……。
けど、何故だろうか。親友の危機だと言うのに、私の頭の中には好奇心でいっぱいだ。ミューレンの心配よりも、好奇心が勝ってしまった。
だからこそだ。今の状況が、楽しくて楽しくて仕方が無い。
路地裏を雨に打たれながら歩いていると、曲がり角に黄色い合羽を着ている男性が見えた。何だか危ない気がするからすぐに逃げたが。
だが、後ろから足音が聞こえる。水溜りに足を入れて水が跳ねる音に混じり、此方を呼び掛ける声が聞こえた。
私はミューレンの手を引いて小走りで逃げた。
「ミューレンさん! ミューレンさんですよね!!」
そんな声が背後から聞こえる。私達は更に足を速めた。
「待って下さい! IOSPの者です!」
その単語が耳に入り、私は足を止めた。
「ああ、やっと止まってくれ――ギャー! 化けて出て来たー!!」
私の顔を見ながらそう言った。何だか失礼な人だ。
狐の様に目が細い男性だった。初対面だろうか。
「……えー……白神黒恵さん……ですよね?」
「そうですけど」
「……一体何が……」
私の顔をじろじろと見ながらそんなことを言っていた。
「……ああ、自己紹介を忘れていましたね。道垣内集治と言います。IOSP日本支部第二機動部隊隊長兼超常的存在対策機動部隊所属です。ミューレンさんとは初めてでは無いはずですが……」
そう言って集治さんはミューレンに目配せした。だが、ミューレンは不思議そうな表情を浮かべた後に、何度も顔を横に振った。
「……え、会いましたよね? まさか忘れられた……!?」
「……済みません本当に覚えて無くて……」
「ほら、貴方が連続殺人を犯した後に、確保する為に派遣されたではありませんか」
「まず、その連続殺人犯が私では無いです」
「……まさか。貴方が――……いや……しかし、嘘を吐いている様には見えない……? ……そして何より――」
集治さんはもう一度私の顔を見た。
「――黒恵さんが、ここにいる……?」
……何かおかしい。集治さんの様子から推測される起きた出来事が、ミューレンから聞いた話と噛み合っていない。
すると、何処かから大勢の足音が聞こえた。
「……ここでは落ち着いて話すことが出来ませんね。一旦逃げましょうか。此方で時間を稼ぎますので、この先にいる老人に話し掛けて下さい。その人が安全な場所に連れて行く算段です」
集治さんは黄色い合羽を深く被り、陸上選手顔負けの速度で音も無く走り去った。あれなら忍者をやった方が良いだろう。……忍者もIOSPも大して変わらないかも知れないが。
数秒後に、最近良く聞く火薬の爆発音が聞こえた。何だか手荒な時間の稼ぎ方だ。
だが、先程よりかは気持ちが楽だ。仲間がいると分かったからだろうか。
裏通りを真っ直ぐ走れば、集治さんが言っていたであろう白髪混じりの老人がいた。窶れている様子で、辺りをきょろきょろと見渡していた。
此方を見付けると、ぎょっとした様な顔を向けたが、すぐに微笑んだ。
「お待ちしておりましたミューレン様。それに……黒恵様」
その老人は再度私の顔をまじまじと見た。
「何故、黒恵様がいるのかは分かりませんが……。……一旦私の友人の店へ行きましょう」
そのまま私達は老人の後を着いて行った。
人目に付かない場所に停められた黒い外車に乗り込み、見慣れた車道を走っていた。
「……ミューレン様」
老人がそう呟いた。
「何故ここに、黒恵様がいるのですか」
「何で、そんなことを?」
「……何故、と言われましても……。……黒恵様は、死んだはずでは……」
……え?
「死んだ!? 私!? もう一回!?」
つい疑問を強く声に出してしまった。
「もう一回……? ……ええ、確かに死んだはずです。御主人様が葬式の為の費用を私にお渡しになり、小さな葬式ではありましたが……。残念ながら、ミューレン様は出席為さりませんでしたが……それに御主人様も、精神をお病みになり出席が難しい精神状態でした」
隣に座っているミューレンに目配せをすると、まあ当たり前だが頭を横にぶんぶんと振っている。
「……まさか、覚えていないのですか?」
「はい! 私死んでないですよ!?」
「……しかし……あれは確かに、黒恵様でした」
頭が更に混乱する。
だって、私は生きてるし、ミューレンが助ける間に数日経ってたとしても、この世界に私達はいないはず。
それに……私の葬式が行われていたって……。……いや、そうだとしたら、集治さんのあの発言にも納得出来る。
私がいない間に、体だけがこの世界にあった……もしくはドッペルゲンガーが……いや……それにしては、何かがおかしい。
ずっと、感じて来た違和感。僅かに感じる空気の違いが、私の心を騒ぎ立てていた。目覚めた時から、ずっと、ずっと。
もしもだ。この世界が――。
すると、車がゆっくりと停まった。
「詳しい話はここで致しましょう。私達としても、信じられないことが起こっているのですから」
窓の外を見てみれば、見慣れた喫茶店だった。金色の小さな看板には、筆記体で「喫茶店 愛餐場」と書かれていた。
良くミューレンとの集合場所にしている、オリジナルブレンドコーヒーが私好みの喫茶店。
べるを鳴らし扉を開けると、仄暗く柔らかい照明が差し込んだ。
その奥の帳場には、透明なぐらすを布巾で磨いている初老の男性がいた。此方に気付くと、やはり驚いた顔をしていた。
すぐにテーブル席に案内され、オリジナルブレンドコーヒーを出された。
「……知り合いだったんですね」
私はマスターにそう言った。
「……ええ、彼は……昴さんの父親の時からあの家に仕えている従者らしく、私とも良く交流をしていましたが……何故、黒恵さんが……」
「そうですそこです! 私が良く分かってないのが! 葬式に出席しました?」
「……はい。つい数週間前に」
……やっぱり……。
すると、またべるが鳴った。入って来たのは集治さんだった。
「允さん、本当にここで大丈夫なんですか?」
「ええ。良く私も匿って貰うので」
集治さんは私とミューレンの向かいに座った。
「さて、まあ、その様子だと色々聞きたいことがあるでしょう」
集治さんは黄色い合羽を脱ぎながら話し掛けた。
「それで、何が聞きたいですか?」
「ミューレンのことです」
「……そうですか。何処から話すべきか……」
勝手に私のコーヒーを啜りながら話を始めた。
「……まず、ミューレンさんのことを話すとなれば、黒恵さんの話も合わせて話さなくてはいけません。……本当に、何も知らないのですね?」
「……はい。だから、聞きたいんです」
「……そうですか。まず、初めに。白神黒恵さん、貴方は死にました。此方も、死亡確認は念入りにして、蘇生は不可能だと判断しました」
「……いや、やっぱりそんな記憶は……」
黄色い合羽を乱雑に乱暴に脱ぎ捨てながら、集治さんは話を続けた。
「その後です。ミューレンさんが行方不明になったのは。そしてここ二週間で起こった六名の殺人事件は警察の調べでミューレンさんの犯行だと判明しました。此方でも調査を進め、ミューレンさんと接触することが出来ましたが、やはりミューレンさんの犯行だと確定しました。……覚えていますか?」
ミューレンは首を横に振っていた。
「ミューレンさんはその後、ネットで美人過ぎる金髪金眼巨乳天才めちゃ強女子大学生連続殺人犯として、一躍ネットの有名人。ファンアートまで書かれ、3Dモデルも何時の間にか作られ勝手に配布され、挙句の果てにはR18イラストや同人誌まで……。……あ、見てみますか? 何枚か保存しているので」
「本人の前でエッチなイラスト見せるのは流石に倫理観無さ過ぎませんか!?」
「そうですか。結構有名な絵師も書いているのでネットはお祭り状態ですよ。調べれば簡単に出て来るでしょう」
私は早速スマホで調べてみた。すると、ミューレンは赤面した顔で私のスマホを奪った。
「ミューレンさんの被害者は共通して体の一部の肌が無くなっています。腕だったり顔だったり腹だったり。そして、被害者達の共通点は、日本人、大学生、長い髪、そして身長169から172cmの女性を執拗に狙っていると警察は判断していま――」
集治さんの話を遮る様に、スマホの着信音が響いた。集治さんはスマホを取り出し液晶を見詰めた。
「……ミューレンさんの被害者が、また出た様です」
「つまり、ここにいるミューレンとはまた別のミューレンがやったってことですよね!!」
「……通報が三分前、それに通報した人は犯行を目撃したと言っているので、アリバイはありますね。しかしそうだとすれば――」
「良かったわねミューレン! 貴方はやっぱり冤罪だったわ!」
喜びの余り、ミューレンの手を握ってそんなことを叫んでしまった。
「……何が起こっているのか……」
集治さんがぽつりと呟いた。
「それなら一体、目の前にいるミューレンさんは……それに黒恵さんも……」
ああ、そうだった。まだその問題がまだだった。
……いや、もう私の中に答えがある。ただそれがさっきまで信じられなかったと言うだけだ。それが正しいとするなら、好奇心は止め処無く溢れてしまう。
「……仮定は一応、ありますけど」
「……参考程度に聞かせて下さい」
「恐らくですけど――」
私の答え。きっと正しいはず。
「――この世界は、私達がいた世界ではありません」
……さて、私が、東方Projectが好きなのに何故二次創作を投稿しないのかを語りましょうか。
理由は簡単です。宇佐見蓮子を、私は完璧に理解出来ていない。
だってそうでしょう? ZUNさんが作り出す宇佐見蓮子は、あんなことは言わない。今まで夢だと思った物を科学で現実に変える。そんな少女でした。
この考えさえも、私の空想です。ZUNさんが作り出した宇佐見蓮子は、私の予想とは全く違う少女かも知れない。だからこそ、宇佐見蓮子はZUNさんにしか書けない。
だから私は、白神黒恵を作りました。彼女は宇佐見蓮子では無いんです。ただ彼女は好奇心が人一倍強く溢れ出すだけなんです。そんなに単純な女性なんです。
そして何より、私は白神黒恵を完璧に理解している。
私はZUNさんが作り出す宇佐見蓮子を理解出来ない。私はZUNさんが作り出すマエリベリー・ハーンを理解出来ない。ですが、ZUNさんは私が作り出した白神黒恵を理解出来ない。ZUNさんは私が作り出したミューレン・ルミエール・エルディーを理解出来ない。
だから私は東方Projectの二次創作の「超常的オカルト現象研究探索記録」を書かない。自分だけが完璧に理解出来る「超常的オカルト現象研究探索記録」を作り上げた。
「超常的オカルト現象研究探索記録」は、幻想なんです。私が、私だけが理解出来る幻想。
私は幻想主義者です。悪く言うとオタクです。
あの日垣間見た世界の全てを暴く為に、私は幻想主義者になりました。




