弐拾つ目の記録 小学校の五つのルール ③
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「……そん……な、ことは、あり得ないはずですけど」
切羽詰まった表情をしている早苗さんにそう言った。ああ、そうだ。あり得ないはず。
「けど実際に行方不明になって今でも捜索が続けられとるんや! 何か感じたりしいひんかったか!?」
「それを感じなかったからあり得ないと表現したのですが……」
「ああ成程。まあとにかく、行方不明になったんや」
そのまま私達は朝早くから調査を始めることになってしまった。
狛犬さんに連絡しましたが、どうやら大学の講義が入って今日の調査は大学が終わってかららしい。
……まあ、いてもいなくても特に……。
私は早苗さんの車に乗せられてあの時の男子の小学生の家に向かった。
もう警察が捜査を終わらせているのか、その家の周辺にいるのは数人の警察官が近隣住民に聞き込みをしているだけだった。
そして、この家にいるはずのその子の両親は今は警察署にいるらしい。
「つまり勝手に入ってもバレへん!」
「大丈夫なんですか……?」
「大丈夫や、きっと。秘密組織やからな、此くらいはやらんと」
罪悪感が僅かに滲んだが、仕方の無いこと。それに、私が助けられればこんな事態にはなっていないのだ。責任は、取らなければ。
勝手にずかずかと他人の家に入り、男子の小学生の部屋であろう場所に入った。
「さ、どうや。何か感じるか?」
「少し待って下さい……」
そして、感覚を研ぎ澄ました。
……僅かながらに、嫌な気配を感じる。それは決して強大な物では無い。神や妖では無く、それこそ怪異の可能性が高い。
だが、それだと私の式神で簡単に対処が出来るはず。私の式神がそこまで弱い訳も無い。妖の方々の対処もある程度出来る優秀な力を持っているはずだ。
そう。怪異存在が家に侵入して、あの子を拐ったとするのなら、私の式神で対処が出来るはずなのだ。
私はそのことを早苗さんに話した。
「……つまり? 怪異存在やけど姿が無いとかか?」
「……あぁ、その可能性もありますね。黒恵さんはネットで生まれた降霊術の一つも怪異存在……と言うか怪異現象と定義しましたので……」
「じゃあ今回は怪異現象の方が近いんか。それだと……対策は難しい気がするのは僕だけか?」
「いえ、この様な現象は基本的にそれを回避する方法があります。そうですね……分かり易い物で言うと――」
「口裂け女に『ポマード』って唱える感じか?」
「はい。それが近いです」
「じゃ、何かしらの対策があるはずなんか」
「それにここは五つのルールを広めた子の部屋ですから、そう言う物があるはずです」
すると、私の式神の気配を感じた。
その部屋のベッドの下を覗けば、埃に隠れて和紙を折って作られた蛇の形の式神を見付けた。
和紙の体でも蛇の様に動いていた。
私が手を伸ばすと、拳程度の大きさのそれはゆっくりと蛇の様に這って近付いた。
低級の式神ではあるが、きちんと私の力は宿っている。言わば擬人式。
擬人式の作り方は単純だ。物に宿っている魂、とは言っても便宜上そう呼んでいるだけで、生物に宿る魂とはまた別の物だが、その魂を私の力で染める。
だが、この擬人式の作り方は単純ではあるが簡単では無い。私の場合、この式神を作る時は高龗神の力の手助けあってようやく出来上がった物だ。
悪行罰示はまた違いますが……まず作ると言う表現も違いますし……。
まあ、今は怪異の調査をしましょう。
学習机の引き出しを開けても、特に何か目ぼしい物がある訳では無かった。トレーディングカードや、何かの植物や昆虫の標本も入っている。
やはり、最近では紙での配布物は少ないらしい。
そうなると……何処かに学校で支給されたタブレットがあるはず。
探してみれば、やはりあった。充電器の台の上に置かれていた。電源を入れてみれば、当たり前だが液晶にパスワードの入力を求められた。
「ああ、大丈夫や。もうパスワードは手に入れとる」
そう言って早苗さんは慣れた手付きで液晶をなぞり、パスワードを解除した。
早苗さんはタブレットをなぞっていると、一つのPDFファイルを見付けた。
「……題名五つのルール。これやな」
書いてあったのは、六つの文章だった。
「学校の廊下では走らないこと。怒られるから」
「学校のグランドピアノを探さないこと。あの学校には三十年前グランドピアノがあった」
「学校の砂場の底まで掘らないこと。そこには十三年前死体が隠されていた」
「学校の放送室は先生と放送委員以外は入ってはいけないこと。迷惑になるから」
「学校は午後五時四十一分までには校門から出ないといけないこと。警備員さんに怒られる」
「破ったら悪い子。悪い子になったら、絶対に帽子を脱がないこと。深く被ること」
……ああ、だから、あんなに深く黄色い帽子を被って……。
六つ目の文が正しいとするなら、怪異を退けることが出来ずに行方不明になったのも納得出来る。家では普通帽子を脱ぐだろう。まあ黒恵さんは何故か家の中でも帽子を被ることが多い様ですが。
「……一旦小学校でグランドピアノでも探してみよか?」
「価値はあると思います」
次の目的地が決まった。
私はまた早苗さんの車で小学校に向かった。
景色はただの小学校だ。傍に通ってある車道に車が走り続け騒がしい。
どうやら休校になってしまったらしい。まあ、それも頷ける。同じ小学校で行方不明者がこの近い間隔で何人もいるのだ。
許可はとても簡単に降りた。是が非でも解決して欲しいのだろう。
氷室さんが来る前に、私達は中で調査を始めた。
最初はグランドピアノを探すことになった。
目処は無い。そう。一切無い。
「で、どないしよ。ピアノって言ったら音楽室か?」
「確かに」
私達はすぐに音楽室へ向かった。
防音対策の為に床材と壁材が多数の四角形の幾何学模様を描いているその部屋からは、やはりそう言う力をひしひしと感じる。
だが、ここにグランドピアノが無いことは昨日で分かっている。ですが……やはりここは強く力を感じる……。何かこう……。
……何かがここにある……。
目で見える訳では無い。五感の内の触覚の延長線上にある感覚がそれを訴えている。
その感覚は、場合によっては第六感とも言える物。それが私には備わっている。常日頃から神々と関わっているからでしょうか。
「何かはあります」
「何かは分からんと」
「はい。……もしかしたら……八重さんなら」
あの人の力は、と言うよりかは經津櫻境尊には秘と封に閉ざされた物を暴くことの出来る力もある。この妙な違和感を被って隠された物さえも、あの人なら……。
早速早苗さんは八重さんに連絡をしていた。どうやら快く引き受けてくれたらしい。
八重さんを待っていたが、それよりも先に氷室さんが煙を吐き出す煙草を咥えながらやって来た。
「もう来てたのか。どうだ。何か分かったことはあるか」
「なーんも。精々対処法や。しかもそれはあんまり意味が無いやろ? 僕達成人済みやし」
「そうか。まあ仕方無い。今は誰を待っているんだ」
「八重はん」
「……境界が見付かったのか?」
「さあ?」
氷室さんは僅かばかりに眉をひそめた。
氷室さんと、私達は八重さんを待っていた。
「なぁ氷室はん」
不意に早苗さんが氷室さんに話し掛けていた。
「何だ」
早苗さんと氷室さんが雑談を始めた。私はその気の抜けた雑談に耳を傾けていた。
「何か趣味とかあるんか?」
「人形集め」
「へぇー……。……へ? に、人形? 集め?」
「ああそうだ」
「それは……何や。人形って……何かの隠語とか?」
「テディベアだ。ピンク色の」
「……はぁ。……可愛らしい趣味やなぁ」
本当に可愛らしい趣味だ。
すると、私の背後、つまり生徒昇降口から何か異質な物を感じた。校内で感じるどんよりとした説明の出来ない嫌な気配では無く、何度か感じたことのある神の一柱の気配。
振り返れば、校内から生徒昇降口で八重さんが出て来た。だが、明らかにおかしい。
校門を通って校内に入るには、必ず私達の目に入らないといけない。まず目を掻い潜って先に校内に入る理由も見当たらない。
もう少し詳しく八重さんの周辺を見てみると、その背後に見えるはずの下駄箱では無い全く別の景色が広がっていた。
恐らく經津櫻境尊の力の一つである境界を繋げる物。何処か別の扉から別の扉へ境を繋げていると言うことでしょうか。
八重さんはきょろきょろと辺りを見渡していた。
「……ああ、良かった。ちゃんと繋がりましたね。あ、斎に早苗さんに一真さん。ここがあの小学校ですね」
「はい。ここです」
「……ああ、確かに怪異がいそうですね。怪異の発生はどうしようも出来ない様ですし、仕方無いことなのかも知れません」
私達は早速音楽室へ向かった。
八重さんは入ると、すぐに何かに気付いたのか電子ピアノをまじまじと見ていた。
「何かこう……不思議な気配ですね。ここにあるはずなのに、ここでは無い。……皆さん。一旦音楽室から退室して下さい」
八重さんはもう確信めいた予想を持っている様だ。やはり異界等の知識は八重さんの方が優れている。
一度全員で音楽室を出た後に、八重さんはその扉の前で手を四回叩いた。恐らく柏手に近い何かなのでしょう。
そして八重さんはもう一度扉を開けた。
そこに広がる光景は、先程とは全く違った物に変わってしまっていた。
四角形で作り上げられていた幾何学模様はただの木の床材になっており、先程まであった数多くの楽器は消え去り、中心に立派なグランドピアノだけが目立っていた。
一人でにとても小さく、微かな音で、不協和音を奏でているそのグランドピアノに、早苗さんは嫌悪感にも近い感情を含めた視線を向けていた。
「何やこれ。不気味やなぁ」
早苗さんはそれ以上前に進まなかった。
それとは裏腹に、氷室さんはどさどさと歩を進めた。
すると、グランドピアノから響いていた小さな小さな不協和音がぴたりと止んだ。それでも氷室さんは歩を止めることは無かった。
グランドピアノの鍵盤の前に立つと、この場には静寂だけが広がった。
「……これは、燃やしても大丈夫なのか?」
氷室さんはそんな物騒なことを八重さんに向けた。
「まずここは異界、そして怪異の原因の可能性でもあるので、燃やした方が良いかも知れません」
氷室さんはもう一度グランドピアノを見詰めると、コートの裏から銀色の容器を取り出した。確か……えーと……スキットル? みたいな名前だったはず。
それの蓋を開き、中に入っている液体をグランドピアノに振り掛けた。そして、煙草に火を点ける為のライターを取り出し、揺らめいている火先をグランドピアノに移した。
瞬間、ぼうっ、と言う音と一緒に巨大な炎が巻き起こった。先程掛けた液体はアルコール等の発火性の液体らしい。
やがて火は収まり、撒き散らされた灰と焼け爛れた木と巻き付いた糸だけが残っていた。何も起こらない。ただ、外から聞こえる異様な物音以外は。
物音だけで、この場所は未だに怪異が巣食うと理解出来る。まずグランドピアノを燃やした所為で起こった可能性もあるのだ。
「……外から気配を感じますね」
八重さんがそう呟いた。
「数にすれば……十、二十……少なくともそれ以上」
「多過ぎへんか!?」
「恐らくグランドピアノを見付けたからでしょう。事前に教えて貰った噂を参考にするなら、ここは本来子供だけが偶に入り込める異界。それに無理矢理入った影響かは分かりませんが、とにかく私達はグランドピアノを見付けてしまった。怪異が活性化します。お気を付けを」
「大した武器持って無いんやで僕!」
「体術で頑張って下さい。もしくは私の刀をあげましょうか?」
「いや……刀なんて扱える気がせんから良いわ……」
突然のことだった。
窓から差し込む日光に取って代わり、その全てが闇に染まった。まるで強大な者が怒り狂い日を消した様に、まるで人知を超えた者が私達を拒む様に、景色は闇に染まった。
すぐに私は硝子の窓を開け、外の様子を確認した。
時間的にはまだ朝、むしろこれからもっと光が強まり僅かばかりに暖かい日光が差し込むはずだ。
にも関わらず、私の視界で捉えた景色はそれを否定する要素しか無い。
私の視界で捉えた景色は、星も月も無い暗い闇だけが広がる夜空の様な光景だった。本格的に、怪異現象が多発してしまっている。
黒恵さんの理論を引用するとすれば……えーと……PoP発生地域だったはず。恐らくこの学校全体がPoP発生地域。それが今、八重さんが私達を異界へと誘ったことで、異常を引き起こしている。
そうだ。八重さんが言っていた様に、本来この怪異は小学生だけが襲われる現象。そんな現象に関係する異界に、私達は無理矢理入り込んでしまった。
つまり私達は異分子と言う訳です。本来あり得ない来客者。噂とは違う矛盾から、怪異の存在その物が崩れ掛けていると解釈出来る。
すると、音楽室の扉が強く叩かれる音が何度も聞こえた。
どんどん、どんどんと、何度も強く、聞こえていた。
氷室さんと早苗さんは即座に扉の脇に立った。
「……氷室はん」
「分かっている。ナイフはいるか?」
「新型銃は持っとるから大丈夫や」
「そうか」
氷室さんはコートから隠し持っていた二本のナイフを逆手に持ち、早苗さんが片手に銃を構えた。
そして、早苗さんは空いている左手で扉に手を伸ばした。
そして、扉を勢い良く開けた。
それと同時に目に入ったのは、あまりにも異形な怪異だった。
まるで自分が人間だと名乗る様に、警備員に似た黒い服と帽子を被っていた。だが、その体は決して人間だとは思いたく無い。
首が、捻られている。何度も何度も同じ方向に横に捻られ、捻れた首の皮が何層にも重なっている。
その首を右に、左に、ゆらゆらと揺らしながら、憤怒の表情を浮かべていた。
「あぁぁぁ……ワルいこだぁぁ」
左右に揺らす首の動きを更に早めながら、舐る様に私達を見ていた。気持ち悪い。
扉の脇に立った二人は即座に体が動き出し、その怪異に襲い掛かった。
氷室さんが逆手に持ったナイフをその怪異の捻れた首に突き刺すと、そのまま右足で怪異の腹部を蹴った。
怪異は僅かに仰け反ると、早苗さんは両脚を180度開き、臀部を床に付けながら体を回した。
早苗さんの左足の踝で怪異の足に引っ掛け、その回転の力を緩めること無く怪異の足を払った。怪異はいとも簡単に転倒した。
そのまま早苗さんは柔軟過ぎる体を駆使し、その体勢から逆様に立ったかと思えば、腕の力だけで体を上に飛ばし、天井を足場として蹴り、右の足底で勢い良く怪異の頭部を踏み付けた。
肉が潰れる嫌な音と、鉄と生臭く嫌な匂い。その全てが私を不快な気分にさせるが、もう慣れてしまった。
本来学生が通うはずの小綺麗な白い廊下は怪異の血で真っ赤に染められ、無惨な様相に変わってしまった。ただ、それでも平然と早苗さんはその怪異の頭を念入りに潰していた。
「きっしょく悪いなぁこの怪異存在。まだおるんやろこう言う奴」
「そうですね。先程も言った様に数十体は確実に」
すると、早苗さんが踏み付けていた怪異存在が潰れた頭を左右に勢い良くまた振り始めた。その動きを両腕で抑え込むと、そのまま左向きに首を更に捻り始めた。
もう潰れている顔だと言うのに、何故か表情がくっきりと見える。ただぽっかりと空いた心を体現するかの様に、口を丸く開き瞼の奥の眼球は取り除かれていた。
何周も首を捻れば、皮膚が赤く変色し始めた。そのまま皮膚と肉が引き千切れ始め、破れた場所から血が流れ出した。
それでも腕を止めることは無く、更に首を三週捻った。それと同時に、鉄筋が折れた時の様な音が聞こえた。その音が鳴った後には、先程の異常行動は嘘の様に、今度こそ動かなくなった。
その惨状を見た人達は、当たり前だが得も言われない恐怖を心に刻まれていた。ただ、八重さん以外は。
むしろもう二度と動かない様に念入りに、顕現させた刀で両腕両脚を流石の太刀筋で切り落としていた。ここまで徹底していると頼もしい。
「この学校には誰もいなくて良かった。こんな惨状を見られれば、パニックになっているでしょう。……やはり、徹底的にここにいる怪異を殲滅するしか無いかも知れません」
「……何か、おかしくありませんか?」
「……そう感じますか。ええ、恐らく私と同じ意見です。明らかに、怪異が多過ぎることでしょう?」
「はい。それにこの外の景色も……。……所詮は、小学校で広まった噂です。こんなに大規模になるはずも、こんなに実被害が出るはずもありません。トイレの花子さんが良い例です」
「あの怪異は確立した呼び出し方があるにも関わらず、出会う確率は零に近い。全国的に広まった最早定番とも言える怪異でも、ここまで大規模な現象になることは確認されていない。つまり――」
「「――神仏妖魔存在の影響が危惧される」」
すると、早苗さんが驚愕の声を出した。
「はぁ!? 神仏妖魔存在!? 今までその兆候も無かったやろ!?」
「しかし、そうでないとおかしいことが多いのです。本来この程度の学校だけで広まっている噂なら、これ一体で済むはずなんです。花子さんがそれを証明しています」
八重さんは子供が木の枝で蛙の死骸を突く様に、刀の先で塵になり掛けている怪異存在の体をちょいちょいと突付きながら淡々と話を続けた。
「ですが、これと同じ怪異存在が何体もいる。怪異存在にしては、力の総量があまりにも大き過ぎる。それに、噂は一つ。一つの噂の中で特に何人いると言う物が無い限り、怪異存在は一体だけ。黒恵さんの理論ならこれも納得出来ます。今回の怪異存在は、私の知っている怪異と、黒恵さんが定義した怪異存在から、あまりに逸脱し過ぎています」
「……話を聞く限り、そうとしか思えないと言う訳か」
氷室さんが火を点けていない煙草を咥えながらそう呟いた。
「そうだとすれば、神仏妖魔存在の殺害が優先されるが――」
「件の神が友好的なら、その必要も無いのですが……」
「……神仏妖魔存在の居場所は?」
「気配がずっと傍に張り付いているので詳しい場所までは……恐らくここは神の力が満たされた神域の様な場所なのでしょう」
……神仏妖魔存在の影響だと断定するのなら……。
「……手掛かりになるかも知れない場所なら……音楽室、放送室、それに砂場でしょうか。五つのルールに関係する場所ですし」
三名の表情を伺ってみれば、私の意見にある程度の納得はしてくれている様だ。
「じゃ、目的地は決まったみたいやな。まずは放送室や」
そして、私達は灯りが一切無い暗闇を何とか見極めながら、廊下を走って放送室へ向かった。
そう。走ってしまった。
五つのルールの一つ、廊下では走らないこと。
突然のことだった。廊下の横にある教室の硝子の窓に、異質な物が写った。それはやはりと言うべきか、あの怪異だった。
こんな暗闇だと言うのに、その姿だけははっきりと見える。
怪異は大きく腕を振り、その硝子の窓を叩き割り、頭を廊下に突き出した。
左向きに首を捻り、私に眼球を向けると、頭を上下に振り始めた。
すると、八重さんが前に出た。間髪入れずに太刀を振り上げ、怪異の首に向けて振り下ろした。
美しくもある太刀筋は、その首をいとも簡単に切り落とした。
転がる怪異の頭を早苗さんは蹴り飛ばし、また走り出した。
後ろから、何かが迫って来る音が聞こえる。一つでは無い。二つ、三つ、四つ、もっと。五つ、六つ、七つ、まだまだ。そんな数多くの音。
ようやく放送室に着いた。急いで扉を開き、飛び込む様に中に入ると、ようやく後ろを振り返る余裕が出来た。出来てしまった。
追って来たのはやはり怪異だ。ただ、人間の様に此方に走って来ているのでは無く、天井を、壁を、床を、その四肢を捻りながら動物の様に走っていた。
氷室さんは切羽詰まった表情で放送室の扉を締めた。そのまま背で扉を抑えていた。
すると、放送室と廊下を遮る扉を叩く音が聞こえた。最初こそゆっくりと、中に誰かが入っているのかを確認する程度のノック音だったが、次第に大きく強く無造作に叩かれ始めた。
扉を壊す勢いで叩く音は強まり、早苗さんは扉を抑えている氷室さんの体を更に抑え付けていた。
やがてその音が収まったと思えば、最後に一回だけ一番強い音が響いた。その後は、恐ろしい程に静かになった。
氷室さんは扉に凭れ掛かりながら、僅かに息を吐き出した。
「……それで、この放送室で何をどうすれば良いんだ」
氷室さんがそう呟いた。
ようやく落ち着けるからか、私はその放送室の様子をしっかりと見れる様になった。
昨日見たはずの放送室とは、随分様子が異なっている。目が痛くなる程数多くあったボタンは全て簡易的なスイッチに変わり、マイクはより無愛想に大きい物に変わっていた。
そして何より、CDが置かれていたはずの机には、棒状の茶色い何かが二本置かれていた。
いや、その棒状の物が何なのかは、理解している。人間の腕のミイラだ。右腕と左腕、きちんと揃っているそのミイラは、肘を僅かに曲げていた。
乾燥して木の様になってしまっているそれは、呪物に近い気配を感じる。爪の先も綺麗に残っており、肌の下の血管さえも僅かに見える。
決して、それに触れることはしなかった。触らぬ神に祟り無しと良く言われる。それは神職につく者なら常識とも言える。
「放送室の機具を破壊する……ことをやって良いのでしょうか。……いえ、大丈夫でしょう。グランドピアノが大丈夫でしたので!」
八重さんは放送室の機具に刀を突き刺した。
太刀はするっととても簡単に突き刺さり、八重さんも驚いた表情を浮かべていた。
それと同時に嫌な気配が私の背後から発せられた。
その瞬間こそ、怪異がまた新たに生み出されただけかと思えた。だが、すぐに違うと分かる。何故なら、私の背には、人間の腕のミイラがある。
すぐにそれが原因だと分かった。急いで振り返れば、そのミイラが一人でに震えていた。
熱せられた鉄板に乗せられ悶える様な動きを更に強めたと思えば、右腕が私に、左腕が早苗さんに向かって飛び掛かってきた。
ミイラの右腕の手は私の首を掴み、ミイラの左腕の手は早苗さんの首を掴んだ。
首を締め付ける力は更に強まり、呼吸の通り道が細まるのを感じる。肺に流れるはずの新鮮な空気が一切来なくなると、呼吸が浅くてもどうにか息を吸おうと力無く口を開けていた。
唾液を口内に貯めておくことも忘れている所為か、透明で粘度がある唾液が床に向けて垂れていた。
そんなことばかり、目に見える。そんなことばかり、涙に濡れてしまった視界で見える。
八重さんがそのミイラの腕を掴み、肘の部分を太刀で切り付けると、その腕の握力は徐々に弱まり、やがて地面に打ち上がった魚の様に床にぼとっと落ちた。
そのミイラの腕を八重さんは踏み付けた。
ようやく入って来た新鮮な空気で蒸せてしまい、何度も咳き込んだ。涙も落ちている。
ふと早苗さんの方を見ると、青い顔をして口角から唾液を溢れさせながら咳き込んでいた。ミイラの腕は氷室さんが早苗さんから離しており、ナイフで滅多刺しにしていた。
早苗さんは床に手を付きながら、唾液を垂らしながら浅く何度も息を吸っていた。
「はっ……はぁぁぁっ……! ありがと氷室はん……」
「斎は大丈夫か」
「……あぁそうやな……優先順だと斎はんやな……ほんでも僕のこと少しは心配してもええんと違うか!?」
氷室さんの問いに、私は呼吸が落ち着くまで答えることが出来なかった。
八重さんが私の背中を撫でていれば、自然と呼吸が落ち着いて来た。
「……大丈夫です」
「……その首の赤い痕は……まあ、自然と治るか」
氷室さんは安堵の息を吐き出していた。
「そやから! 僕のこと少しは心配してもええんと違うか!?」
「そこまで元気なら大丈夫そうだな」
「何やとおい! こっちもおんなじ被害やで!」
そして、私達は放送室から出た。先程とは打って変わって、何の音もしない。気配も、全くしない。
今度は廊下を歩き、生徒昇降口から外に出た。
ただ、無だけが反響する。何も感じない。何も見えない。何もいない。
何事も無く、砂場に辿り着いた。
「これを掘り返すのか。苦労するな」
氷室さんが慣れた手付きで砂場にお城を作りながらそう言った。
そのお城を早苗さんは蹴り壊した。
一瞬だけしょんもりとした表情を浮かべると、また何時も通りの渋い顔に戻った。やっぱり変な人だ。
そんな中、八重さんは式神を出した。
恐らく悪行罰示の式神だとは思いますが……どうでしょうか。
現れたのは風を纏う小学生程度の大きさの百足だった。その百足が砂場の上を何往復も走れば、砂が吹き飛ばされた。
その吹き飛ばされた砂が目に入ったのか、早苗さんは何処かの大佐の様に目を抑えて悶えていた。
「あーあー! 目がぁー目がぁぁぁぁあっ!」
全員、それを無視していた。
やがて八重さんがその百足に触れると、動きを止め、姿を消した。
舞い散る砂が落ちるまで待てば、ようやく砂場の奥が見え始めた。
そこにあるのは、あの小学生の男子が書いたことが正しいとするならきっと死体なのだろう。
確かに、死体が埋まっていた。ただ、その様子は明らかに異常だった。いや、砂場に死体が埋まっていることさえも異常ですが……。
その死体は、先程の腕と同じ様にミイラの様に乾燥していた。
だが、両腕が無く、それでいて異様な気配を纏っていた。
未だに動き出しそうな威圧感がこのミイラにあり、僅かな畏怖の念さえも抱かせる気配も纏っていた。
脚を畳み、体操座りをしたまま横たわっている様な体勢で、このミイラは砂場に埋められていたのだろう。
「……神……ですね」
八重さんが不意にぽつりと呟いた。
「しかし、何故こんな場所に……。見た目からして人間から神に成った方ですが……」
「十三年前に死体が隠されていたので、その人では?」
「たった一人の力だけでそれはあり得ません。人間が神に成るのなら、複数の魂が合わさるか神仏や妖魔を喰らうか、元々神に成る程の力がある人物、もしくは家系、信仰があるかです。この人には、それが一切無い。複数の魂が合わさっているとも思えません」
「それならばこれは……何者なのでしょうか」
「……分かりません。ただ、未だに生きています」
すると、氷室さんがそのミイラをまじまじと見ながら、僅かながらに重たい声を出した。
「……殺すか?」
それに、八重さんは少しだけの硬直をした後に小さく頷いた。
氷室さんがナイフを逆手に持つと、早苗さんがその動きを止めた。
「まーまー、近付くことも危険やろ。何せ神仏妖魔存在や。それなら僕の新型銃で、な?」
「……それもそうだな。なら頼んだ」
「任されたで」
早苗さんはそのミイラに銃口を向けた。
そして、即座に引き金を引いた。
何が放たれたのかも分からないが、ミイラの胸元に焼ける音と煙が一瞬だけ出ると、そこには一つの穴が貫通していた。
そこから何かが起こると言う訳では無かった。
どれだけ経ったのだろうか。一秒? 一分? それさえも分からない。暗闇だからか、時間的な感覚がはっきりとしない。
ただ、一つだけ。暗闇に光が差し込んだ。
その差し込んだ光は更に強まり、暗闇が剥がれ落ちた。
私はその光に目を萎ませた。
光に目が慣れた頃、私は瞼をはっきりと開いた。
景色はただの小学校だ。傍に通ってある車道に車が走り続け騒がしい。
はっとした顔で早苗さんが声を出した。
「あ、もう終わったんか? サラッと終わったなぁ。何か拍子抜けやで?」
「恐らくですが、これ以上の被害は……あるかも知れませんが、珍しくはなるはずです。それこそ数十年に一度とか」
……ただ……心残りがあるとすれば、私達は二人の命を救えなかった。
もっと早く行動していれば、あの二人も今頃楽しく小学校生活を送れたはず。
悔いは残り続ける。きっと一生、風化せずに。
そして、私達は早苗さんの車で帰っていた。氷室さんは公安警察としての仕事がまだ残っているらしいからか、一人で帰ってしまった。
「この後どっかで昼食とかどうや? 全員生きて解決したってことで」
「良いですね。それな――」
八重さんは突然言葉を詰まらせた。
何故か、その右目の黒さは銀色に輝き始めた。
きょろきょろと辺りを見渡したかと思えば、その黒色の髪色が僅かに白みを帯びた。
「……經津櫻境尊……? 何故……?」
異常を察知したのか、早苗さんはすぐに車を止めた。
やがて、八重さんは声を出した。
「……黒恵は、もう少しで帰って来ます。ミューレンと共に……」
何か違和感を感じる。これは、八重さんでは無い。今喋っているのは、經津櫻境尊だ。
「……彼女達は……もう少しで……。……熟された赤い実を食んだ黒恵は……きっと……あぁ……――」
――IOSP日本支部にて。
美愛が事務長室に駆け足でノックもせずに入った。
「ご報告します! 監視カメラにて、不審な人物の侵入が確認されました! 現在十二月晦日深華が対処に向かっています!」
「侵入経路は」
嗣音はとても落ち着いた口調でそう聞いた。
「現在調査中で――」
すると、美愛が苦しそうな声を小さく短く発しながら、腹部を両手で抑えた。
「まだ傷が完全に治っていないことをちゃんと理解して行動する様にしてくれ」
「……申し訳ありません」
深華はその間に、件の侵入者の場所まで走っていた。
そして、そこにいたのは、深華が知っている女性だった。
「……ん? おねーさん、何処かで出会った?」
「……亜津美さん」
「お? 何処かで会った? と言うか連絡先交換しよ。ああ、それよりも、恋愛対象に女性は入る?」
「……昴さんの姉でも流石に軽蔑しますよ」
「え、何、昴の知り合い? ……ちょっと待ってね今思いだすから。えーとえーと……名前は?」
「十二月晦日深華です。ほら、何度かご結婚の挨拶に」
「あーはいはい。騙されて昴に確認の連絡何度かしたあの。へーIOSP所属なんだ。どう? 昴なんて女誑しやめて私にしない? 私なら寂しくさせないよ?」
「貴様が昴さんの魅力に勝るはずが無いだろ烏滸がましいにも程があるもう少し人間性を磨いたらどうだまず――」
「思った以上にこっ酷く振られた……」
「……色々聞きたいことはありますが……何の為にここまで?」
「まあまあ、ゆっくり話せる場所に行かせてよ。そこで話すから」
深華は亜津美を会議室に通し、そこに亜津美を椅子に座らせた。深華は机を挟んで亜津美の向かいに座った。
「哀しいなぁ。隣でも良いのに」
「そう言う軽口は良いんです。まず、IOSPの存在を知らない貴方がどうやってここまで来たのかを聞きましょうか」
亜津美はケラケラと笑いながら語り始めた。
「簡単な話、經津櫻境尊から教えて貰っただけ。ね? 簡単でしょ?」
「どうやって侵入したんですか?」
「警察の尋問みたいで嫌になる。カツ丼とか無いの?」
「巫山戯てないで答えて下さい。昴さんのお姉さんだからこうやって友好的に接しているだけなんですから」
「冷たいなぁ。顔も言動も全部冷たい。まあ良いか。ほら、知ってるでしょ? 黒恵だっけ? その子も使える"扉"。これは本来その言葉の通り扉と扉を繋ぐ物。それを使えば、簡単に、ここまで来ることが出来る」
亜津美は突然両手の親指と人差し指を立てると、それで長方形を形作った。
その指を横に離し、亜津美の顔がぴったりと入る程度の大きさまで広げた。
「"窓"」
亜津美がそう呟いた。すると、指で囲った長方形の空間だけの景色が変わった。
まるで何処かの民家の中を覗いている様な景色に変わると、亜津美はそこに手を伸ばした。その景色から手を出すと、その長方形の空間は何の変哲も無い物に戻った。
亜津美の手には、徳利とお猪口があった。
徳利を傾ければ、まだ温かい熱燗がお猪口に注がれた。お猪口に注がれた熱燗を亜津美は呑気に飲み干した。
「おつまみとか無い?」
深華は軽蔑の視線を亜津美に向けた。
「ごめんって。冗談だって。それで、次に聞きたいのは何で私がここに来たかでしょ?」
「……そうですね」
「まあこれも簡単。經津櫻境尊からIOSPに伝えて欲しいことがあるって頼まれたから。まあ俗に言う神託? そんな大層な物では無いだろうけど」
「その内容は?」
亜津美はもう一度徳利を傾け、お猪口に熱燗を注ぎながら、先程の巫山戯た態度からは考えられない程落ち着いて、それでいて重たい声で答えた。
「黒恵達が帰って来る」
お猪口から熱燗が僅かに漏れ出した。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
ようやく書く決心がつきました。
あ、でも次は多分オリヴィアとディーデリックの話になります。黒恵達の話は次の次です。
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