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拾八つ目の記録 2649、1989、64の九月十一日 ⑥

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「これを着なさい」

「何で」

「貴方は女の子だからよ。そんな男の子みたいな服を着るのは辞めなさい」


 支配されるのは、嫌だった。


 誰もがそうだろう。誰かに支配されるのは嫌だ。訳の分からない理由で、自分が何者かを決められるのは苦痛でしか無い。


 正直に言おう。俺が男と女の何方かなんて言うのは、当時分からなかった。ただ、親への反抗心として女は嫌だった。


 自分が男だと思ったことは無い。だけど自分が女だったと言う事実は嫌だった。


 結局それも、最後まで答えは出なかった。


「何をやってるの! 男の子として生きるなんて馬鹿な真似は辞めなさい!」


 煩い。


 とても煩い。目の前にいるのは自分を否定する害獣だ。


「女の子の方が可愛い服を着れるのよ! それの何が嫌なのよ……」


 可愛い服は嫌いだった。


「女の子はお化粧も出来るのよ!」


 あの紅い口紅が嫌いだった。


 結局、自分は男になりたかった訳では無い。このまま自分を殺し女として生きることが嫌だった。


 だから、親への反抗として、自分でも分からない性別を決める為に、男として生きることを決めた。


 そんなこともあって、男性ホルモンの投与は性転換手術の後になってしまった。まあ、遅かれ早かれ男性ホルモンは自分の体内で女性ホルモン以上に生成される様になるのだ。それが数ヶ月くらい掛かるだけ。


 自分が女だった時代が嫌いだ。自分が男として生まれ変わった今は大好きだ。


 男になったからでは無い。女では無くなったからだ――。


「――とまあ、こんな感じッス」


 昴と狛犬は山の中で座り込んでいた。


「……急な自分語りどうした?」

「いや、何て言うんすかね。何か師匠から銃の使い方を学んでると、また何かが変わる様な気がするんす。だから、一旦過去の話をすれば――」

「……そんなことをしなくても良いと思うんだけどな。俺は狛犬を男性としか見てないからな」

「あ、そう言えば性転換したこと言ってなかったッスね」

「初対面の時が、男性になった狛犬だ。わざわざ変わってない頃の話をしてもな」

「……何か、ありがとうッス。俺がもう男として生きてるって自信が付いたッス」

「それなら良かった」


 昴は狛犬に渡した旧型銃の手入の仕方を実践しながら見せていた。


「手持ちの弾丸は、狛犬の練習の所為で残り二発だ。大事に使ってくれ」

「分かってるッス」

「使い方は覚えたな」

「はいッス」

「良し、この世界から出れたなら、返してくれ。その間はどんな使い方でも構わない。失くさなければな」


 昴は狛犬に旧型銃を手渡した。狛犬はその黒鉄の旧型銃に見惚れながら、昴にあることを聞いた。


「何で師匠はこんな銃を持ってるんすか?」

「父親の物だ」

「何者ッスか。それに家族嫌いって言ってたッスよね?」

「……それを使って、あいつの思想を否定する。それだけの理由さ」


 その昴の顔は、辛い物だった。今にも泣き出しそうな顔を隠す様にもう暗くなっている夜空を見上げた。


 そのまま昴と狛犬は前へ進んだ。


 何故か、昴の中にいる神仏妖魔存在がその周りで一緒に歩いていた。正鹿火之目一箇日大御神は片足が不自由の所為か魅白に背負われていた。


 ミャクが狛犬を睨みながら、まるで敵に相対した様な声で喋り始めた。


「なんじゃこの狛犬と言う男は。犬の匂いがする」

「犬が苦手なのか?」

「そうなのじゃ。一度噛みつかれてからと言う物、敏感になってしまっての」


 狛犬から見れば突然昴が虚空に向けて語り掛けている様に見えているが、自分が物理的干渉を受けない存在が見えないことを理解しているが為にそこに何かがいることだけは理解していた。


 それでいて自分だけが見えないことに劣等感も感じていた。その感情に意味は無いことも理解しているつもりだった。


「ししょー。お腹空いたッスー」

「そんなこと言ってもな……またあいつらが襲って来る可能性がある以上山の下に行く訳にはいかない。じゃあ――」


 すると、昴は獣の匂いを感じていた。


 その匂いは昴にとっては最早弱者に数えられる肉食獣であった。


 密に生えた黒い毛で覆われ、太く短い四肢で此方を威嚇する様に近付きながら唸っている大熊がいた。


「――熊肉って、食ったことあるか?」


 昴のその問い掛けに、狛犬は首を横に振った。


「そうか。まあそうだよな。最近だと培養肉が主流だしな。じゃあ、ちょっとショッキングな光景になるか」


 昴は隠し持っていたナイフを逆手に握り、後ろ足で立ち、前足を広げて威嚇の動きをしている熊に向けてナイフをその腹部に突き刺した。


 そのまま刃を肉を切り裂きながら下へ素早く降ろし、吹き出る血よりも速く熊の背後に回り、その熊の首をナイフを当て喉元を切り裂いた。


 そのまま息絶えたのか、熊は地面に倒れた。ただ多量の血を流す物になった。


 動物とは、動く物と書く。それならばこの熊は、もう動かない為ただの物だ。昴はそれを理解していた。


 ただ、その光景を見ていた狛犬にとってはとても衝撃的な物だった。今まで動いていた生物がもう既に動かなくなってしまう。その死を初めて見た彼にとって、その光景は気分が悪くなる物だった。


 もう見ることも辛いのか両手で目を隠した。


 昴はそれを考慮した上で、その熊の肉を切り分けた。


 その肉を高龗神の力で洗い流し、正鹿火之目一箇日大御神で充分に食える程に焼いた。


 獣臭さはまだあるが、それは仕方の無いことだとして狛犬に手渡した。


「ほら、食ってくれ」

「うへぇ……獣臭いッス……」

「野生の動物の肉は獣臭い。それに今の肉は培養肉だ。臭みとは無縁だしな」

「……仕方無いッスね」


 狛犬は拒否反応を示しながらも、熊肉を口に入れた。


 噛み千切ることも困難な固く大して美味しくも無いその肉を咀嚼しながら、嫌な顔を見せていた。


「不味いッス……」

「我慢しろ。お腹空いたって言ったのは狛犬なんだから」


 昴は横目で飛寧を見た。その熊の死体の肉を頭を両手に持ちながら貪っていた。生の肉を陽気な笑顔で貪るその姿は、やはり妖怪なのだろうと確認出来た。


 次々に肉を焼き、他の神々に渡した。


 腹を満たし、昴の優れた五感でもう何かが襲って来る気配が無いことを確認し、その場での野宿を始めた。


「……ししょー」

「なんだー」

「……色々凄かった一日ッスね」

「そうだな。怖かっただろ」

「当たり前ッスよ。俺は黒恵さんみたいに心臓に毛が生えている訳じゃ無いッス」

「黒恵は別に怖がらない訳じゃ無い。好奇心が恐怖よりも上回るだけだ」

「それはそれで凄いッスね……」

「だろ? 俺も引いている。……今はもう寝ろ。多分明日はもっと忙しくて、怖い思いをするからな」

「ひぇー……ッスー……」


 昴は土の地面で横たわりながら、夜空を見上げていた。


 夜空を見上げながら、光の無事を祈っていた。


 この異世界と言う物は、何が起こるか分からない未知の空間である。その中で最愛の人物の無事を祈るのは当たり前の感情であった。


 光の無事を祈り、最悪の事態を想像してしまっていた。昴は気を紛らわせる為に今日のことを振り返っていた。


「……なあ禍鬼」

「……あ、どうした。眠ろうとしてたんだが」

「禍鬼の力は四つに別けられたんだろ? 何でそれを回収しようとしないんだ?」

「……俺はあくまで戦いを楽しみたいだけだ。それは別に蹂躙を……蹂躙も楽しいが、それだけだと何時か飽きちまう。今でこそお前と充分な戦いが出来るが――」


 昴は禍鬼の顔を蹴り上げた。


 顔を押さえながら禍鬼は昴に怒鳴り始めた。


「何だ急にてめぇ!?」

「俺を舐めるな。禍鬼如きで倒せる存在だと思うなよ。勝手に俺の限界を決めやがって、禍鬼がどれだけ強くなろうが俺の方が強くなれる」

「あぁ!?」

「そんなことを考えなくても良い。良し寝ろ。もう話は終わった」

「……ま、お前がそれくらい強いのは分かってる。俺の本気に敵うと思うなよ」

「全力出せば簡単に倒せるさ」

「へっ……そうかいそうかい。そりゃ凄い」


 禍鬼はそのまま寝てしまった。


 昴は寝転びながら、また星空を見上げた。


 昴の腹部には何故か正鹿火之目一箇日大御神と高龗神が枕の様に頭を乗せて眠っていた。飛寧の頭だけが昴の胸に乗っていた。その頭も眠っている様に目を閉じて心地良さそうな顔をしていた。それに加え魅白は昴の隣で眠っていた。


「……重い」


 昴が一言呟くと、突然ミャクが昴の頭を覗く様に目を合わせた。


 その顔は、暗い夜でも分かる程に頬が赤く染まっていた。


「……昴殿、こんな時に聞くのも、どうかと思うのじゃが……。……房事は、何時するのかの」


 昴は混乱と困惑の顔を分かりやすく浮かべた。少し考えると、その言葉を発した意味も理解した。


「ああ、そう言えば『体で払って貰えば良い』って言ったな。……あれそう言う意味じゃ無いんだが」

「ならばどう言う意味で言ったのじゃ。房事では無いのなら……本当に何じゃ」

「その尻尾、触らせてくれ」

「へ?」

「いやーどうにも俺は動物に嫌われるらしくてな。もふもふな動物に触れないんだよ。だからミャクの尻尾を触りたい。拒否権は無いぞ」

「……いや……何と言うか……」


 ミャクはため息と同時に、昴の頭に背を向けた。その腰の下辺りから生える二本の太く綺麗でもふもふな尻尾を昴の頭の上に乗せた。


「あまり背中は見ないで欲しいのじゃ。この大きな尾を出す為に大きな穴が空いていての……その……尻の上が見えるのじゃ」

「分かった。もふるだけにする」


 昴はその尻尾を両手で抱き付く様に回した。そのまま腕を動かして、その毛皮のもふもふさを堪能した。


「あーもふもふ……ようやく動物の毛皮に触れた……。あーやばいこれ。やばいこれ。病み付きになる……」

「ほっほっほ。それは嬉しいのう。化ける時には第一に隠さなければならない程に大きい尾じゃが……ここまで喜ばれると何と言うか、こそばゆい気分になるのう」


 昴は未だに尻尾を撫でていた。


「……少し撫で過ぎでは無いか? ……ん、昴殿? おーい昴殿、どうしたのじゃ急に無視をして……ああ、もう眠ってしまったのか。……これではまるで、子供の様じゃのぉ……――」


 ――昴は夢を見ていた。


 その夢は決して良い物では無かった。


 何故ならば、自分が青夜を殺した時の情景が写っていたからだ。夢と言うより過去の記憶を振り返っていると表現した方が適切なのだろう。


 この情景は、何度も夢で見て来た。それこそ五年間何度も何度も何度も何度も何度も。


「……にぃさん。……はは、やっぱり無理か……だって……僕は父さんから愛されなかったから……分かってた。分かってたんだ。……ああ……」


 昴は無表情で青夜に新型銃の銃口を向けていた。その様子を見ながら、青夜は微笑んでいた。


「……それで良い。それで良いんだよ。ようやく分かってくれた……。……最後に、聞いてくれるかい?」


 青夜のその言葉が届いているのかも分からないまま、昴は新型銃を降ろした。


「今の僕の頭の中には……誰かの笑顔がある……きっと……五常の呪いの所為だ……。……知っているだろう? ……この人が誰か……見付けて欲しい……きっともう死んでいるけど……僕の墓場にでも名前を言ってくれ……」


 昴は何も答えなかった。また新型銃の銃口を青夜に向けた。


「……結局だんまり……か。……にぃさん、先に地獄で待ってる。お前は僕の為に無様に滑稽に苦痛に藻掻き絶望しながら――死ね」


 昴は引き金を引いた――。


「――……あああぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁ……うっ……!!」


 昴は目覚めると同時に起き上がり、昴は遠くへ走り始めた。


 そのまま、涙を落としながら胃の中に未だに残っている胃液で溶けた熊肉を吐き出した。


 昴の遡った記憶は、未だに鮮明に、色褪せること無く昴の脳内にこびり付いている。


 すると、何時の間にか昴の隣に来ていた高龗神が昴の背中を擦っていた。


「大丈夫ですか? 何か、怖い夢でも見ましたか? 汗が酷いですし……吐いていますが……」

「……大丈夫だ。大丈夫……。……う……」


 昴はまた胃液を喉を通して口から吐き出した。それを、やはり高龗神は見守ることしか出来なかった。


「何が……あったのかは私には分かりません。……言うことも、辛いでしょうが……」

「……あの時の記憶が……ずっと脳裏にある……。……洗い流そうとしても、絶対に落ちずに……ずっとずっとずっとずっとずっと……! ……許してくれなんて言わない……しょうがなかったとも思わない……。それでも……もう――」


 昴は、更に涙を落とした。


 絞り出す様に、言葉を出した。


「――もう――おもいだしたくない……」


 光が傍にいないことによる、弊害が現れた。


 人間は、何かに依存しなくては生きていけない。昴にとってそれは、愛だけだった。


 その愛を失わない様に、彼は行動していた。それ以外の目標はそれに比べれば矮小な物である。


 今の昴は、その愛と物理的な距離がある。それが長時間、彼の心はもう限界に近かった。その弊害こそが、これだった。


 高龗神は、昴を抱き締めていた。血の匂いを頭から被っている、その罪深き男を、その穢れに濡れた獣を、心から愛していた。


 それだけは、光と同じなのだろう。ただ、彼女は昴の心を真に救うことは出来ない。


 昴を救うことが出来るのは、光だけなのだから。


「……離してくれ。気持ち悪い……」

「嫌です!」

「……本当に離してくれ……」


 昴は無理矢理に高龗神を引き離した。


 それでも落ち着いたのか、昴は重い息を一つ吐き出しながら、電子煙草を咥えた。


「……水をくれ」

「軟水ですか? 硬水ですか?」

「それも変えられるのか……。……軟水で」

「本当は軟水も硬水も変えられませんけど、分かりました」

「じゃあ何で聞いたんだ……」

「私は龍神ですから、出せる水の大抵は雨水か川水です。だとすると軟水何でしょうか?」

「軟水とか分かるんだな」

「はい。神の方々は人と触れ合うことが好きな者も多いですし、時代に置いていかれては言葉も通じない場合もありますからね。基本的な現代知識は粗方。正鹿火之目一箇日大御神はそこから威圧感を持たせる為にあの様な口調のままですね」


 昴は高龗神が出した水を両手で掬い上げ、一口分を喉に通した。


 昴はもう一度重い息を吐くと、未だに涙が浮かんでいる目を腕で擦った。


 昴はまだ夢現の狛犬を起こした。


「おい、起きてくれ狛犬。そろそろ出発するぞ」

「……ッス……ッスー……ししょーのおっぱいぺったんこー」

「幾ら体が女性化してても胸の成長まではなってないぞ。と言うか男性だ。忘れるな」

「あー……そうだったッスね……。……おはようございますッス……」

「はいおはよう」


 その場に転がっている飛寧の頭を中指で弾いた。そのあまりの痛さに悲鳴の様な物を出していたが、昴は構わず禍鬼の頭を思い切り殴った。


「何するんだよ!」

「何すんだてめェ!?」


 飛寧と禍鬼の言葉を無視しながら、昴は焚き火代わりの火を消した。


「さて、そろそろ行くか。目指す場所は、村長宅」

「何でッスか?」

「こんな大きな異世界、PoP発生地域だったか? まあ、とにかくこんな大きな物が、村長が知らない訳が無い。むしろ黒幕側だと踏んだ」

「あ、成程ッス。つまり村長を奇襲して倒せば――」

「そんな簡単に事が進むと良いな」


 狛犬は頭を捻っていた。


「……黒幕側なら倒した方が良いと思うんすけど」

「それをしても意味が無い。どうせもう死んでる。正確には、生きていないと表現した方が良いな。この世界は一日を繰り返すだけで時間は経っている。つまりもう寿命で死んでる。村長もな」

「じゃあ誰がこの世界を維持してるんすか?」

「恐らく……組織的な何かだろうな。ただの神仏妖魔存在にしてはあまりに広域だ」

「はえー。……何かとんでも無いことに巻き込まれた感じがするんすけど!?」

「その通り。狛犬も共犯だ」

「仕方無いッスけど! それでも嫌ッスー!」

「諦めろ。全てはあの狂人オカルトマニアに関わった時からこうなることは予想出来たはずだ」


 昴はミャクの言葉を頼りに、村長の家へ向かった。


 その間に、ミャクは昴の体にその太い尻尾を何度も軽く当てていた。


「……何だ急に」

「いや何、昴殿から生臭い匂いがしたのじゃ。儂の鼻は良く利くのじゃ」

「……慰める為にか……」

「昴殿は獣の毛が好きらしいからの。儂と昴殿はその名の通り一心同体じゃ。あんまり辛そうな顔を見せんでくれ。儂まで気が滅入る」

「……済まない」


 その後ろでは、嫉妬深い龍神様がミャクのことを睨んでいた。


 ただ、昴は無視していた。ミャクはそれ以上に嫉妬の感情を察知しているのか尻尾が真っ直ぐぴーんと伸び、耳が僅かに震えていた。


 正鹿火之目一箇日大御神は、そんな高龗神を見てため息を付いていた。


「師匠師匠」

「何だ何だ」

「ちょっと聞きたいことがあるんすけど、師匠って何の仕事してるんすか? 黒恵さんとミューレンさんは大学に通っているのは知ってるんすけど」

「ああ……まあ……。……海って綺麗だよな」

「話が変わったッスね」

「狛犬だと……そうだな。コンクリートを抱き締めながら東京湾の海の底からの景色は気に入ると思うぞ」

「それって……。……コンクリートで固められて東京湾の冷たい海に沈められるってことッスよね!?」

「怖いお兄さんと出会いたいなら、もう一度聞いてくれ」


 狛犬は震えながら首を何度も何度も横に振っていた。その姿を見ながら、昴はくしゃっとした笑顔を見せていた。やはりその笑顔は、苦しそうだった。


 山を降りて太陽が少し高く昇った頃、昴の視界は何かを見付けた。


 昴の進む足の速度は少しだけ速くなっていた。狛犬もそれを追い掛ける様に足を速めた。


「あれ……馬車……? って言うには何か変ッスね」

「――光?」

「え? 光さんいるんすか?」


 昴は目で捉えられない全速力でその馬車に向かった。人類である以上その昴の速度に追い付けるはずも無かった。


 昴はその馬車の前まで走った。そこに、光がいた。


 傍にいたミューレンを見もせずに、そこで寝ている光の姿だけを見詰めていた。


「昴!? 無事だったのね!!」


 そのミューレンの声も聞こえずに、昴は光を抱き上げた。


 光は目を僅かに開き、慣れない日の光に目を萎ませながら昴を見ていた。


「……あれ……すばるくんだー……。……んー……」


 昴は光を抱き締めていた。泣きそうな顔で、亡くなった恋人でも見ている様な顔で。


「……よしよし……こわかったね……」


 そう言いながら光は昴の頭を撫でていた。昴は何も喋らない。喋ることは不要だった。


「……良し、充分。光成分は充分に取った。……ああ、ミューレン。いたのか」

「最初からね。私が目に入らなかったの?」

「一日離れることがどれだけ辛いことか分からないからそんなことが言えるんだ。あれだぞ? 死ぬぞ?」

「そう簡単に死んだら光は悲しむわね」

「……それもそうか。じゃあ死なない」


 昴はまだ寝惚けている光を馬車の中にまた置いた。


「……光って可愛いな。ああ、そうだ。この馬車は何処から持って来たんだ?」

「これはルーン文字で作った物よ。私が刻んで、光が使って作ったって言えば伝わるかしら?」

「どんどん光が人間離れしている……ミューレンも……あ、狛犬置いて来てたんだった」


 昴は来た道を戻り、神仏妖魔存在を自分の中に戻し狛犬を肩に乗せて戻って来た。


 あまりに速い行動だった所為か、狛犬は理解も出来ずに目を回していた。


「ハンドガンの使い方を徹底的に叩き込んだ。約には立つはずだ。物覚えが良くて助かった」

「あー……頭が回るー……」

「四人は……乗れるな。良し、出発するぞ」


 ミューレンは首を傾げながら聞いた。


「行き先があるの?」

「ああ。村長宅だ」

「村長……成程。分かったわ」

「馬は今すぐ動かせるか?」

「出来るわ。むしろこれは私の力で作られた物よ? 馬の動きは私の思うがままみたい」

「相当便利だな。光が傍にいないと真価を発揮出来ないのが辛いが」

 四人はそのまま乗り心地が良いとは決して言えない馬車を走らせていた。

「……光が覚醒しないわね」


 私の視界に写っている光は、自分から昴に抱き着いていた。しかし意識がはっきりとしているとは決して言えず、むしろまだ夢の中を歩いている様な印象を受ける。


「生憎コーヒーは持って来てないんだ。時間を掛けて覚醒させるしか無い。数十分で覚醒すれば良いが……」


 昴の口振りから、あまり経験したことが無い状況なのだろう。


 ふと横を見ると、狛犬が馬車で酔っているのか顔を青くしていた。


 良く見ると、その手には昴の旧型銃を握っていた。昴が言っていたことはこう言うことだったのかと納得出来た。


 確かに昴にとって旧型銃は、と言うか武器と言うのはあまり必要の無い物なのだろう。それなら使える誰かに渡した方が良いと言う判断なのは理解出来た。


 これとは関係無いが、少しだけ昴に変化があった。


 私の瞳を銀色に塗ると、昴の力が可視化される。黒い靄の様な物が火の様に立ち昇り、水の様に流体で流れ続け、何かの頭の様な形をして周りを飛び、立派で恐ろしい二本の角の様な形の靄が頭から生えている。


 そして、背後に太く大きい尻尾の様な物も見える。これは前の昴には無かった物だ。


「昴、この世界で神仏妖魔存在でも食べた?」

「良く分かったな。新しく魔魅大陰神って言う神が俺の中にいる」

「魔魅……。狸か日本穴熊か、猪?」

「狸だ。陰神だから女性でもある。見せようか?」

「今は結構よ。落ち着いたらまた見せて欲しいわ」


 相変わらず光は昴に抱き着いている。ただ、前よりも起きている様にも見える。


「あ、そこ左」

「分かったわ」


 昴はその魔魅大陰神から聞いて村長の家が分かるらしい。彼はもう人間と言える者では無いのかも知れない。


 ……いや、それはもう分かっていたことだろう。詩気御さんの話を参考にするのなら、最早人間を辞めている昴は生物から逸脱した存在とも言える。


 極楽下温泉街の事変で見せたあの昴の力が全て引き出された姿は、正しく神だった。それも荒々しく正しく天災と呼ぶに相応しい力を見せる、荒魂としての側面を見せていた。


 荒魂とは神の側面の一つだ。荒々しく、時として祟りとして引き起こされる神の側面。その対義語、と言うのはまた違うが、和魂と言う物がある。


 和魂は神の平穏で平和的な側面であり、基本的に人の願いを叶えるのは和魂の時の神だと思っても、まあ差し支えは無いはずだ。


 私達が出会った神仏妖魔存在、特に正鹿火之目一箇日大御神と高龗神は荒魂と和魂の差異が分かり易いだろう。


 正鹿火之目一箇日大御神の和魂は普段の姿であり、荒魂は着物がより豪華になり、炎で出来た羽衣を着る。


 高龗神も和魂は普段の姿であり、荒魂はあの龍神としての蛇の姿だろう。荒魂と和魂は同一の神であっても別の神に見える程の変化である。高龗神はそれが顕著に現れていると言っても良いだろう。


 禍鬼、そして飛寧はまた難しい。と言うよりも妖怪と言うのは永久に荒魂みたいな物だからだ。和魂の時があるのかどうかも分からない。


 禍鬼は鬼神として荒魂の側面が強く、飛寧は人を喰らう妖怪として荒魂の側面が強い。和魂の側面があるとすれば普段過ごしている時の彼女達だろうか。


 確かに普段の様子を見れば、二人……いや、ここは二柱と表現した方が良いのだろうか。この二柱の様子を見ればとても人を喰らう妖怪には見えない。そう言う意味では別の者だと思える程に強烈なギャップと言う物は確かに存在している。


 話に戻るが、昴のあの姿は荒魂に相応しい。今の姿でも充分に荒々しい力を持っているが、それ以上に本人でさえも充分な制御が出来ていない力を使っているのがあの姿だ。


 こう考えると、やはり昴は神仏妖魔存在に近しい。むしろ神仏妖魔存在として登録しても良い程だ。


 ……ただ、心配なこともある。人から神になるのは、果たして良いことなのだろうか。


 ……その心配は、不要かも知れない。


 光の目は先程よりも大きく開いている。ただまだ眠いのか、欠伸をしている。


 それでも頭は正常に回っているのか、滑舌は良くなっている。


「……眠い」

「おはよう光」

「……あ、おはよう……。……あれ――えーと、何処に向かってるの?」

「村長宅」

「あーはいはい。えーと、昴君、何処まで分かってるの?」

「この世界は一日を繰り返す。神仏妖魔存在の力も使えない。それとあれだな、昭和だ」

「おー大分分かってるね。新しい神様でも食べたのかな?」

「魔魅大陰神って言う奴は」

「……また、女の子?」

「……えー……はい」

「そっか。うん。分かった」

「……済みません」

「私達が分かったことは恐らくビデオデッキがこの世界を作っていて、そのカセットには帝国特別宗教学研究結社って言う謎の組織の名前と第壱の醜女って言う謎の存在の声が録音されていることも分かった。後多分この世界って……」

「それは分かってる。……帝国特別宗教学研究結社か。それに第壱の醜女……」


 私には分からなかったことだが、昴には心当たりがあるのか、深刻そうな顔で呟いた。


「……第弐番の龍と、何か関係がありそうだな」

「……確かに。あれが封印されたのは昭和十七年だから矛盾は無いね」


 私が知らない話を始めている。もしかしてIOSPが発見した神仏妖魔存在だろうか。


「あの龍は、あの教会と何か関係がある。やっぱり今回も」

「第弐番の龍を作った組織が帝国特別宗教学研究結社だとしたら、まあ、教会と関係があるかもね。……大丈夫?」

「大丈夫だ。……壊滅させるだけだ」

「それは大丈夫と言えるのかな……」

「感情が無いよりも怒った方がまだ健全だろ」

「……確かに」


 ……昴の弟を生き返らせた組織が、死屍たる赤子の教会なのだとしたら、帝国特別宗教学研究結社とは何ら関係が無い様にも思える。


 何故なら、この帝国と言うのは恐らくではあるが大日本帝国を意味している。そして死屍たる赤子の教会は天皇抹殺を試みている。


 当時の天皇は国の主権者であり統治者であり元首であり軍の最高責任者と定められている。大日本帝国の時代に作られた組織なら、その天皇の抹殺をしている教会と協力するとは……どうしても思えない。


 やがて私達は民家が見える所まで馬車を走らせた。その後はもう目立ってしまうから降りてその場所へ向かった。


 何故か、人がいない。


 ……嫌な予感と言うか、そんな何かを感じてしまう。


 ただ、昴はそれを気にせずに村長の家の玄関の鍵をピッキングで簡単に開け、堂々と入っていった。


「大丈夫なんすか……」


 狛犬が辺りを何度も見渡しながら呟いていた。


「周りに誰もいないことはもう分かっている。それに……ああ、ミューレンはあまり入らない方が良い。また吐く」

「……つまり、死体でもあるの?」

「……血腥い。それこそもうこの家にこびり付いているくらいにな」

「……分かったわ。それじゃあ私達は家を調べておくわ」


 私と光は昴と狛犬とは別の部屋に入っていった。


「……さて、狛犬は良いのか?」

「はいッス。怖いッスけど、やっぱり慣れておかないと皆さんの調査の邪魔になりそうッス」

「……そうか。……あんまり良い物では無いから覚悟しておけ」

「分かってるッス」


 木造の住居の中を歩き、やがてその血腥い匂いのする襖の前に来た。


 襖を開けると、そこには狭いながらも確かに和室があった。畳、そして押入れ。とてもシンプルな和室。


 昴はその押入れを開けた。そこには確かに、血腥い原因はあった。


「……押入れって押して入れる……だったか?」

「確かそうッスね。……ただ……こんな物を押し入れる空間では無いッス」

「だよなー」


 昴と狛犬が見た視界には、人の死体があった。


 四肢を折り曲げ、それこそ無理矢理押し入れた様子だった。


 昴はその死体に触れながら、分かったことを少しずつ言葉にしていった。


「死因は、大量出血って所か。手足の先はまだか……それなら大体死後から七時間くらいだ。まあ、それにも意味は無いんだろうが」

「……気分悪いッス」

「だろうな。俺だって気分が悪くなる。一応見慣れてるはずなんだけどな。どうしても、人間の死体だけは見ると辛い物がある」

「そうッスよね……え? 見慣れてる?」

「……ま、色々あるんだよ」


 昴は徐ろにスマホを取り出し、液晶をなぞった。「やっぱりか」と呟き、その液晶を狛犬に見せた。


「今回の依頼者が持って来た写真、狛犬のスマホにも送ってあるだろ? その写真に写ってる消えた友人と同じ顔だ」

「……あ、本当ッスね」

「計らずとも、俺達は依頼を達成した訳だ。あの人の友人はこの世界に入り、そしてここで死んだ。証拠になるだろうが……まあ、これで充分か」


 昴はその死体の耳に付けてあった赤い宝石のイヤリングを手に取った。


 これこそが、記憶にも無く名前も知らない存在しないことにされた人物が、確かにいた証。最早それ以外の意味も持っていないイヤリングであった。


 昴はそれを狛犬に投げ渡し、押入れの引き戸を閉めた。


「さて、俺達も光達の方へ行こう。ここには血があるだけだ――」


 ――私は光と一緒に書庫らしき部屋に来ていた。


 ここならある程度の情報が眠っていると相場が決まっている。特に日記とか。ホラーゲームだと尚更だ。


「あ、あったよ」


 光の声が聞こえた。その手にはやはりと言うか、日記帳らしき物が握られていた。


 几帳面な人しか日記を付けないと思うのだが、どうにもこう言う時ばかりは日記を書く几帳面な人が黒幕だ。とにかく情報になりそうな物が見付かって良かった。


 紙を一枚一枚丁寧に捲り、この世界の何かが書かれていないかを探した。


『今日、裕仁天皇が崩御された。この日記に何故平仮名を使わなければいけないのかが未だに納得出来ないが、それでも米国の連中に見られると厄介だ。このままで良い』


 ……ああ、そう言えば、平仮名は女性が多く使っていた時代もあったらしい。『何故平仮名を使わなければいけないのかが未だに納得出来ない』と言うのはそう言うことだろう。


 それでも昭和辺りでは固い文章には片仮名、柔らかい文章には平仮名と言う使い分けに変わったと聞いたが、少し前の時代にまだ縋り付いていたのだろうか。


『米国の連中に見られると厄介』と言うのは、GHQの政策の一つに平仮名に統一する物があったからだろう。それでも昭和天皇が崩御した頃にはもうGHQは撤退したはず。過剰に恐れているのだろうか。

「光、裕仁天皇って?」

「昭和天皇の当時の呼び方だね。昭和天皇って呼び方が諡だから崩御した当時だとまだ不敬だったんじゃ無いかな?」

「諡……ああ、平成天皇が譲くらいした時に知らない人が続出したって言うあれね。今でさえ語り継がれる時代の変化の流れを表す話として有名ね」

「そうそう。諡は崩御後の追号だからね。当時の平成天皇はあくまで譲くらいしただけだから、諡はまだだよ」


 さて、続きを読もう。


『これ以上変わるのならば、最早この日本と言う国は別の物になってしまう。天皇陛下が象徴等と言う訳の分からない憲法を作り上げていたが、まだ納得していない。仕方の無いことではあるが』

『我々は負けたのだ。核の火によって負けたのだ。最初からこうなるのならば、父はわざわざ負ける国の為に特攻等しなかった。だが、それでも父を誇りに思う。結果的にではあるが、日本と言う国は存続している。父の犠牲は無駄では無かったと、心を込めて叫びたい』

『これ以上、変わるのは、もう嫌だ。新たな元号を聞きたくない』


 ……光が前に言った言葉を思い出した。


『昭和って言うのは、日本が相当大きく動いた時代だったんだよね』


 この言葉の真意が良く分かった。この人は、時代の流れを恐れている。


 何かが変わるのを恐れている。この人の場合は日本と言う国が、変わるのを忌避している。


 元号は一番分かり易い変化だろう。それさえも、この人にとっては恐れる物だった。


『村の者にこの地を出ることを禁じる様に言い渡した。もう日本は変わってしまった』

『今日、結社の人達を招待した。これでこの村の中だけなら、永遠に変わることは無い』


 この世界を作り出した理由、それは永遠に変わらない世界で生き続けたかったから。


「……私の予想は、合ってたみたいだね」

「そうね。……先に言ってくれても良かったのに」

「確信が無かったって言ったでしょ? 無理矢理帝国特別宗教学研究結社が作り上げた可能性もあったし」

「……それもそうね」


 私達は、その家の外で合流した。


 昴と狛犬に日記で見付けた情報を話し、その死体が依頼者が探していた人だと言うのを二人から聞いた。


「それで、これから何処に行くの? 黒恵と斎を見付けたいけれど、何処に行けば良いのかも分からないわ」

「それなら大丈夫だ」


 昴が徐ろにそう言った。


「斎は正鹿火之目一箇日大御神が作った脇差しを持っている。狛犬みたいに追い掛けることは出来るはずだ。黒恵の方は運良く斎と一緒にいれば良いんだが……」

「黒恵の運を舐めないで欲しいわ」

「それは確かに」


 私達は、昴が言う方向へ足を進めた。


 ……結局黒恵が何処にいるのかは、分からないまま。


 私が出来ることは黒恵が見付かることを祈るだけ。それしか出来ることは無いのだから。


 私は太陽の光に飲まれ輝きを失った星空にそう祈った。


 ……もう二度と、彼女を失わない様に。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


まず最初に。皆さんは上皇陛下をまだ平成天皇って言わない様にして下さいね。これを言わないと怒る人がいますから……。

さて、明けまして御目出度う御座います。ちょっと遅れましたが。

今年も、宜しくお願いします。


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