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拾八つ目の記録 2649、1989、64の九月十一日 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 私は目を覚ました。


 確か……黒恵が作った鳥居を潜って、その後……。


 その後の記憶が曖昧だ。……黒恵は……? 光は? 昴は? 狛犬に斎も……。


 そう思い見渡すと、私の横に光が倒れていた。その横たわっている光の体を揺らした。


「光! ひーかーり! 起きて! おーきーてー!」

「……あう……あれ、ミューレン。おはよう」

「こんな状況じゃ無ければ一日を祝っていたわ」

「……あれ、昴君は」

「近くにいないわ」

「……そっか……。……え? 昴君!? すばるくーん!」

「今更驚くの!?」


 そのまま光は飛び起きると、辺りを全速力で走りながら昴を探していた。やがて冷静になったのか、私の前で膝を着いた。


「……疲れた」

「当たり前よ。あんなに一生懸命に走ったら」

「……それで、ここは何処?」

「さあ? でも、多分異世界ね」

「あーやっぱり?」

「昴が貴方から離れるはずが無いし、どうやら異世界に入ったせいで皆バラバラになったみたいね」

「じゃあ他の皆も二人組でバラバラになったのかな?」

「そればかりは……」

「……さて、まずは情報収集からかな。フィールドワークとかする暇も無いし」

「……そうね」


 私は「調査を始めましょう」と心で呟き、どうにか皆と合流出来ることを祈った。それはそれとしてこの世界のことは気になるが、今は黒恵達を探さないと。


 光は何処かそわそわしている。昴が傍にいないせいで冷静では無いのだろう。


 ……私は黒恵から概ね話は聞いている。昴の弟が色々あって生き返ったと。その色々は黒恵も分からないらしいが。しかしそれは、感動の再会と言う感動的な小説のような物語では無く、敵対心を顕にした怪物となった昴の弟が襲って来た。


 そんな出来事があったのだ。昴の心は少し不安定な物になっていても不思議では無い。その昴を心配しているのだろう。


 ……私は、あの兄弟に何があったのかは分からない。私は昴とは面識があるが、その青夜とは面識が無い。そんな話も当時の昴から聞いたことは無い。


 当時の昴は家族と離れて暮らしていたのかも知れない。それこそ夏日と一緒に。……それも何故、と言う疑問はあるけれど。


「……あ、考え事してる」


 光が意地悪そうに笑いながら呟いた。


「……仕方無いでしょ。昴は教えてくれないことが多いんだから。考えてしまうことも多いわ」

「知りたい?」

「出来ればね」

「教えない」

「思わせ振りな発言はしないで。期待しちゃうじゃ無い」

「ああ言う話は本人から聞くことだからね。私が他人に言う権利は持ってないから」

「昴が教えてくれるとは思わないわ」

「……私としては、昴君と仲良くしてくれるだけでも嬉しいよ。彼には……それが必要だから」


 そう言っていた光の顔は、少し辛そうだった。


「さー! 皆を探しに行きましょう!」


 そう言って光は私の前を歩いた。その光の背中には、小さな木の枝が引っ掛かっていた。その木の枝をそっと手に取り、左の瞳を銀色に塗り見詰めた。


「どうしたの? あれ? それが私の背中に付いてた?」

「ええ。多分……神様ね」


 これはあくまで私の主観だ。その主観が正しいことと言うことは、もう分かっている。この枝から見える白い靄はそれを証明出来る。


「神様? 神様って……」


 私は光に木の枝を手渡した。じろじろと光がその枝を見回すと、ぽつぽつと呟き始めた。


「……若干硬い、木目が細かくて、目が詰まってるね。桜かな?」

「桜って言えば……經津櫻境尊とかかしら」

「意外と多いよ? 神名の木花は桜の花を意味するからね」

「そうだとすると……木花開耶姫命(このはなのさくやびめ)とか木花知流比売(このはなちるひめ)かしら?」

「何でそんな神様が?」

「さあ……?」

「まあ、取り敢えずこれは大事に持っておこうか。神なら丁重に扱わないとね」


 確かにそうだと納得し、ロングスカートに付いているポケットに枝を入れた。こんな所しか入れる場所が無い為勘弁して欲しい。


 私達はまた歩き始めた。歩いていると、少し不自然な物が目に映る。


 木材で出来た柱が立ててあり、その柱の頂点に黒い線がある。その黒い線がまた遠くに見える同じような柱に繋がっている。それが延々と続いている。


 私が記憶している景色には、あんな用途が分からない木材の柱は無い。この異質とも言える不思議な景色がここは私が暮らしていた世界とは違うことを無理にでも理解させる。


 不思議、と言うよりかは不自然と言える景色が、私の心を荒立てる。私の心を不安にさせる。


 そんな事態でも、光は冷静な様子だ。それとも彼女は表面だけは冷静でいようと努力しているのだろうか。


 感情を表立って出すと、その感情はより大きく強くなってしまう。だからこそ、こんな時こそ、せめて冷静でいるのは間違いでは無い。むしろ正しい行為とも言える。


「ねえミューレン」


 光は私に語り掛けた。


「ここは本当に異世界だと思う?」

「そうじゃ無いとおかしいわ。だって黒恵が鳥居を作ったのよ? あの鳥居は經津櫻境尊が異世界から私達を帰す為に作った物よ」

「それはそうだけど、この世界は私達がいたあの町だと思うの」

「それは何故?」

「周りの景色で少しは分かるよ。町って言うのは地形に沿って作られてるからね。後は計算である程度の距離を求めれば大体の共通点で分かるでしょ?」

「納得は出来るけど……良く出来たわね」

「腕の長さが分かれば何とでもなるからね」


 流石の計算力だと関心した。彼女を気に入っている黒恵の気持ちが良く分かる。


 私も光のような頭脳があれば、少しは彼女も振り向いてくれるのだろうか。……私は、光に嫉妬をしている訳では無い。これは、きっと、嫉妬では無いはずだ。何故なら嫉妬とは、その文字の通り嫉みや妬みのことを指す。


 私が持っている感情は羨望に近い。光のことは友人として親しい存在だ。


 それに、黒恵は……きっと私を親友としか見ないだろう。それが黒恵であり、そうで無ければ彼女は黒恵では無い誰かなのだろう。


 だから私は、このままで良い。彼女の親友で良い。


 ……こんな一生叶うことの無い感情に深い思考を割いていてはいけない。今は異常事態だ。せめて誰かと合流しなくては。


 そう思い、私はまた左の瞳を銀色に塗り辺りを見渡した。


 ……黒い靄が見える。黒恵から聞いた情報によると、これは呪いが物品に掛けられている場合に見える靄だ。もしそうだとすると、この黒い靄を辿れば……。


 私は光の手を掴んで進んだ。


 光は困惑の声を何度も出していたが、やがて納得したのかその声も出さなくなった。


 そのまま黒い靄の発生源が分かった。まるで隠されているように、祠の中に安置されている銀色の箱があった。そこから不快な音が聞こえる。


 例えるならそれこそフォークで皿を引っ掻く音や、ガラスが擦れる音だろうか。聴覚過敏症の人が聞けば気絶するかも知れない程には嫌悪する音だ。


 この銀色の箱が何なのかは私の知識には無い。


「これが何か分かる? 光」

「えーと……多分VHSビデオデッキかな? もう生産終了してるね」

「第一理由封鎖地区にある物?」

「ううん。第一理由封鎖地区はあの事件の発生から解決までの西暦2051年から2082年までの間の技術が現存している地区だからね。VHSビデオデッキは2016年に生産終了してるよ」

「だとすると、ここは平成?」

「うーん……昭和の頃から販売されてたし、依頼人の話を聞く限りはここは昭和の時代かな?」

「何でこんな物が祠に……」

「それにこれから靄が見えるんだよね? まさかこれがこの世界の原因?」

「流石に違うと思うわ。こんなに小さな物がこんなに巨大な異世界を作るとは思えないし、何よりこれからは音が出ているだけ。それだけでここを昭和で止めることは出来ないわ」

「そっか。……一応壊しとく?」

「そうね」


 私は持って来ていたペンを取り出し、そのVHSビデオデッキにルーン文字のハガルを描いた。もう手慣れた物だ。


 ルーン文字は明るい青色に輝き、音も立てずにVHSビデオデッキは破壊された。


 色々便利ではある。ただ、それ以上に私の力は謎が多い。


 昴は教えてくれないが、その巨大な力に理由があるらしい。黒恵は經津櫻境尊の御神体の桜の花弁を飲み込んだ。斎もある程度納得出来る。


 その中で、私だけが不自然だ。私だけ原因がはっきりとしない力だ。元々持っていた力と言えばそれまでだが、カナエさんが言うには私には元々力があった。そう言う家系なのだろうか。


 ……だが、まだ謎はある。それは光だ。


 光は何故か私が刻んだルーン文字を扱える。それに私では使えない二つ以上のルーン文字を合わせた物だ。


 私のルーン文字は、黒恵が触れても扱えない。昴が触れても扱えない。にも関わらず、光だけが触れれば扱える。


 それに、光は最近自分でルーン文字を刻んでも、私と似たようなことが出来るらしい。効力は私より遥かに劣るらしいけれど……。


 何か、私と光に共通点があるのだろうか。


 私が使っているルーン文字が、ルーン魔術と呼ばれる物ならば、それは北欧神話において神々から与えられた物だ。オーディンが自らを生贄にしたことにより手に入れた叡智の魔術。


 この成り立ちが仮に正しい物なのだとすれば、私と光はオーディンからルーン文字を与えられたと言うことになる。流石にそんな戦神とは面識は一切無い。


 私と光の妙な共通点。


「……偶然ね」

「どうしたの? 私の名前をフランス語に翻訳するとミューレンのミドルネームのルミエールが偶然ってこと?」

「偶然にも韻を踏んでいたわね。……光が使える力が偶然にも私と同じルーン魔術だったってことよ」

「それは私も気になってたんだよね。今はまだ分からないことしか無いし、ミューレンの言う通り偶然で片付けるしか無いんだよね」

「……何時か分かるかしら」

「私達がその謎を解き明かそうとするのなら、ね」

「それじゃあ百年後に解明するわね」

「もしかしたらもっとかも知れないよ? 人類の強みは積み重ねだからね。その積み重ねが否定された今の科学世界だとね」

「それでも黒恵は答えを求めるわ。だって黒恵だもの」

「それもそうだね」


 光はクスクスと笑っていた。


 私達はそのVHSビデオデッキの破片を細かく観察していた。光は手帳に細かく書いていた。


「えーと、ただのVHSビデオデッキかな? 見える物品から判断するとすればね」

「ビデオデッキってことは、その媒体があるのよね?」

「VHSは録画媒体だからね。ああ、もしかしたら中にあったビデオに何かが書かれているかも知れないってこと?」

「ええ。もしかしたらと思って」

「ちょっと待ってね……。……あ、あった。これかな? 繋ぎ合わせると……」


 光は黒い破片を集め、その破片に付いている文字が書かれた白い帯を繋げ合わせた。


 書かれていた字は、「帝国特別宗教学研究結社生産第壱ノ醜女ノ声音」だった。


「帝国特別宗教学研究結社? 帝国特別宗教学研究結社って……何?」

「光が知らないのなら私も知らないわ。帝国ってことは大日本帝国?」

「大日本帝国は1947年まで使われてた国号だし……。多分違うんじゃ無いかな? 大日本帝国ならちゃんとそう書いているはずだし」

「じゃあ単純に大日本帝国の時代から続いている宗教学研究の為の結社ってこと?」

「それを結社にする必要が思い当たらないけど……。まあ、多分ね。それにしては何だか不穏な単語が……」


 その不穏な単語と言うのは、「生産第壱ノ醜女」だろう。単語から推測するに、生産された一番の醜女。これが少しだけ恐ろしい事象を想像してしまう。


 その声音……。あの不快な音は声音なのだろうか。それにしては人間の声には、何なら生物の声にも聞こえなかった。


「おかしい……VHSビデオデッキ単体だから音なんて出ないと思うんだけど……あれー?」


 光がそう言いながら頭を傾けていた。


 確かに、砕けた破片の中にはスピーカーのような物が存在しない。それなら、どうやってこの音が聞こえたのだろうか。


 私の指先が震えてしまう。何故だろうか。この謎が、とても恐ろしいのだろうか。それさえも今の私には分からない。


「帝国特別宗教学研究結社がこの世界を作ったのだとしたら、相当な技術を持ってるね。もしかしたら死屍たる赤子の教会と関連性が……」

「流石に無いと思うわ。死屍たる赤子の教会はキリスト教の教えを元とした集団よ? わざわざこんな名前を名乗る必要は無いわ」

「それもそっか……。考え過ぎかな」

「それでも帝国特別宗教学研究結社なんて言う謎の団体がいるのは確かね」


 私と光はVHSビデオデッキの調査を終え、また歩き始めた。


 何処に行けば良いのかは分からない。それさえも分からないのだ。仕方が無い。


 ただ私達は行き先を決めず、整備が少ししかされていない土道を歩いているだけ。それだけが皆を見付ける方法だと信じて。


 歩き難い道だ。それでも黒恵と一緒に二年間程活動しているせいか、その歩き難い道にももう慣れてしまった私の足に驚いてしまう。


 光も特に苦も無く歩き進んでいる。彼女も似たような経験があるのだろう。


 そう言えば、今更ながら斎と狛犬のことが気掛かりになった。最初に出たのが黒恵と昴の姿だったせいですっかり忘れていた。


 ……いや、確かに心配はしていたのだが、その感情を忘れ去っていた。


 ……斎は大丈夫だろうか。いや、大丈夫だろう。心配なのは狛犬だ。彼だけ自衛の術を持っていない。昴の創った金属を舌ピアスにしているが、それでもだ。


 この異世界では何が起こるか予想が出来ない。それが異世界とも言える。


 異世界で襲われた経験は多くある。……いや、異世界へ行けば必ずと言って良い程何かに襲われる。それは大体、神仏妖魔存在。その異世界にいるのが神仏妖魔存在が原因の場合が多いのも一因だが。


 この異世界、PoP発生地域と言い換えることも出来るが。PoP発生地域を異世界とも言える程に巨大な物を作れるのが神仏妖魔存在しかいないからでもある。


 まだまだ超常的存在の謎は多い。神仏妖魔存在も、怪異存在も、今はまだあまり出会えていない幽霊存在も。だからこそ黒恵が一生を賭けて解明しようと奔走しているのだろう。


 せめて私はそんな彼女の隣にいたい。彼女が私の謎を求める限り、私は彼女の親友として隣に座り続けていたい。それを求めることさえも、贅沢なことだろうか。


 やがて私達は田畑が見える道を歩いた。遠い間隔で木造の住居が見える。今でこそ木造建築の良さが浮き彫りになって来たお陰で少し都会を出れば木造の住居も増えたらしいが、ほんの数十年前はまだコンクリート建材が多かったと聞いている。


 それを考えると、少なくとも現代では無い。やはり平成よりも前の古い町並みと表現しても差し支えが無いだろう。レトロ的な田舎の景色とはこう言う場所を指すのだろう。


 そうは言っても私は終夜生まれだ。昭和と言う百年以上前の時代のことはあまり分からないが、それでも古い空気を肌で感じる。


 その感覚が、何よりも不気味だ。


「昭和って言うのは、日本が相当大きく動いた時代だったんだよね」


 光がそう語り始めた。


「第二次世界大戦なんて言う大きな戦争が起これば激動の時代でもおかしく無いわ」

「その後に降伏、そこからのGHQの統治、政治や文化も生活も価値観も全てがガラリと変わっていく時代。それが昭和だね」

「どうして急にそんな話をしているの? 雑談にしては今の状況に合わないわ」

「……例えばだけど、この世界が昭和で時間が止まっているとしたら。その理由が、もしかしたらそれかも知れない」

「……どう言う意味?」

「確信は無いし、証拠も無い。勿論状況証拠もまだ足りない。あくまで私の妄想から駆り出された予想とも言えないただの想像。だからあまり気にしないで。ちゃんとした証拠が見付かればまた言うから」

「分かったわ」


 彼女は私が見えない場所まで、その膨大な知識を通して見通すことが出来るのだろう。ある意味において千里眼に近い。


 ……光がまだ教えてくれないのなら、此方で考えてみよう。そう思い頭を回した。


 この異世界を考えるには、まず帝国特別宗教学研究結社とは何なのだろうかと言うことを考える方が有意義だろう。


 単語の羅列から考えられるに大日本帝国の、特別に作られた宗教学の、秘密結社。こんな所だろう。


 秘密結社と考えた理由は、帝国特別宗教学研究結社と言う組織は私の知識には存在しない。私の知識量が不足しているだけとは思えない。光も知らない様子だからだ。


 秘密結社と言う物は組織内の活動を外部に公表しないせいで、何やら悪どいことをしているだとか、何やら世界を裏で牛耳っているだとか。そんな噂が多いが、本当にそんなことになっているのなら即座に警察の捜査が始まる。


 だが、この帝国特別宗教学研究結社は呪術的な物を使い、このPoP発生地域を作り上げたと考えられる。まさにフィクション作品などで出て来る秘密結社に近いのだろう。


 どうやって作ったのかは定かでは無い。作成と言う言葉を使っているのなら、唯一人為的な作成が理論上は可能な怪異存在が原因だろうか。だが、今まで歩いて来た異世界を作り上げた存在は全て神仏妖魔存在だ。神仏妖魔存在しか異世界を作り上げる程の強大な力を持っていないとも言い換えられる。


 ……神仏妖魔存在を人為的に作った……だろうか。……それは、神仏妖魔存在を喰らえば可能かも知れない。正鹿火之目一箇日大御神は元人間であり、神仏妖魔存在を喰らったことで神格を手に入れた。全てがそのような成り立ちとは言えないが、神仏妖魔存在になる方法の内、一番罪深く血腥い方法ではあるのだろう。


 だが、それは生物が神仏妖魔存在を喰らう為、作成と言う表現は少し不気味だ。作成と言うのだから生物では無く、物品で無いと日本語としておかしい。


 ……いや、声音と書かれている。やはり生物なのだろうか。そうだとすると……。


 ……第壱の醜女……。……醜女と言うのなら、やはり人間に近い物なのだろうか。それを作成と表現する……嫌悪感を覚え、若干の吐き気を催してしまう。


 神仏妖魔存在を作成と言うのは、宗教の侮辱だ。神とは人間が作り上げる物だとする教えを広める宗教は存在しない。何故なら神は人間を救える程に強く、聡く、超常的な力を生み出す存在だからだ。それを作ることは人間では決して出来ない。


 それをしてしまえば、宗教で救われるべき人達は絶望してしまう。それをしてしまえば、神は人間で作れる程に弱く、愚かで、解明仕切った科学を使う存在となってしまう。


 あらゆる宗教の存在意義を否定してしまうことになる。だからこそ皆、人は神が作り出したと言う虚言を信じるのだ。


 それが虚言であると科学的に解明されたとしても、信じ続ける。


 ……私は最初何を考えていたのかしら……。……ああ、そうだったわね。この世界がどうやって作られたのか。この世界を作った理由。その二つを考えていたわ。


 ……もう私の頭脳では限界が近い。この辺りで思考を留めた方が良いだろう。ただでさえ考えることが多い状況だ。まだしっかりとした証拠も揃っていないことを永遠に考えていてもそれは正しい努力では無い。


 意味の無い努力程無駄な物は無い。きちんと目指すべき場所へ行く為の努力を見極めなくては、誰かが死んでもおかしく無い状況では生き残れない。それを最近、身に沁みて良く理解出来た。そんな出来事が多かった。


「うーん、まず入っていない……とは思えないし。黒恵が先行して入ったしね。それに昴君が私を置いて何処かに行く訳無いし」

「やっぱり異世界に入って影響で全員がバラバラになったとしか思えないわね。そんなことが有り得るのかどうかは右に置いて」

「更に私が左に置いて」

「更に更に私が上に乗せて」

「更に更に更に私が床下に隠して」

「更に更に更に更に私が太平洋に沈めるわ」

「……何やってるんだろ私達」

「光が始めたのよ?」

「それはそうだけど……乗ってくれたミューレンも悪いよ!」

「無茶な責任転嫁ね」


 光は危機感が欠如している訳では無いのだが……恐怖を紛らわしているのだろうか。


 大きな感情と言う物は、簡単に人の理性を壊してしまう。せめて安定した感情でいられるのなら良いのだが……。


 私達は更に進んだ。ただ行く宛も無く。


 偶に子供が見えるが、私の姿を見ると少しだけ驚いた顔をして逃げるように走り去って行く。


 良くも悪くも私の容姿は目立つ。ここが光の言う通り、昭和で時間が止まっているのなら、私の容姿に怯えているのだろう。納得は出来るし、時代背景から考えるに仕方の無いことではあるのだが、いざ分かりやすく避けられると心に来る物がある。


 ……いや、仕方が無いことではある。仕方が無いことではあることだから、あまり気にすることでは無い。そう言い聞かせることで私の心の平穏を保たせる。


 ある程度歩いていると、田畑の向こう側に人影が見えた。それだけなら何も不思議なことは無い。私がその人影を凝視した理由は、あの人影を人だと確信出来なかったからだ。


 感じる気配は人間では無い。ただ神仏妖魔存在でも無い。あくまで姿形が人間だが、内包する気配が何処か恐ろしい。それは神仏妖魔存在のような畏怖の念を持ってしまうような鳥肌が立つ恐ろしさでは無い。もっと……こう、嫌な気配だった。


「……あの人」

「どうしたの?」

「……とても怖いの。人間じゃ無いことは確かなんだけど……」

「人間じゃ無い? じゃあ避けて……」


 その光の言葉の直後に、薄っすらと見えていた人影が消え去った。その後すぐに、背後から人影から感じていた気配があった。それと同時に私の右肩に誰かの手が置かれた。


「珍しい髪色ですね。外国から来た人ですか?」


 その言葉は、気色が悪い。


 私はすぐに手を払い除け、二歩程前に進み、背後に立っている人間では無い何かの姿を見た。


 スーツに身を包んでいる男性だった。ただ猫のように縦長な瞳孔をしている充血した目をしていた。


「ああ、怖がらせましたか。済みません。日本語は通じますか?」

「……はい。一応日本人なので」

「そうでしたか。……見ない顔ですね。移住して来た方達でしょうか? 私は()()の人間なので正確には村民では無いのですが、昭和の時代で永遠を過ごしたいのならここはお勧めですよ」


 結社……まさかこの人……。


 私の指先が震えている。その震えている指先を、光が優しく包み込んでくれた。それに私の言葉を代弁してくれた。


「結社って帝国特別宗教学研究結社ですか?」

「良くご存知で。知ってこの世界に来たのですか?」

「……偶然にもここに来ました」

「そうでしたか。……帰るのは勿体無いですよ。せめて日が暮れた頃に帰ることを、お勧めします」


 男性は嫌な笑顔を浮かべていた。


「どうもご丁寧にありがとうございます。それでは」


 光は私の手を掴んで男性から逃げるように早足で歩いた。


「ちょっと不味いことになったかな……」

「どう言う意味?」

「『日が暮れた頃に帰ることを、お勧めします』って言ったでしょ? つまり日が暮れる頃までいて欲しいって言っているような物でしょ。その理由はまだ分からなけど、それに加えて私達が外の世界からやって来たことに気付いている。世界から消えた依頼人の友人がこの世界に来たのなら、そして帰ってこなかったのなら、発言からして日が暮れた頃に何かが起こる。大陽の傾きからもう昼は過ぎてる。急いで皆を見付けないと」


 光の予想に簡単に納得が出来た。


 何が起こるか分からない以上、全員を早急に見付ける必要が更に深まった。どうにかして日が暮れる前までには合流しなければ……。


「まず昴君か狛犬! 昴君がいれば大抵の問題は難無く解決出来る! 狛犬は自衛の手段が無いから助けないと! 黒恵は逃亡、斎はまだ自衛の手段が充実してるから一旦除外! けどやっぱり今の所は誰と出会えるかは偶然に賭けるしか無いけど!」

「何か手掛かりがあれば……!」

「一応私と昴君だけが分かる暗号文はあるけど、それも偶然にも見付けられることを祈るしか無いし、黒恵はまず好奇心で動くから予想が困難!」

「斎はまだ式神があるわ。それで合流が出来れば……!」

「狛犬は……えーと……! もしかしたら昴君の御守りがあるから昴君だけは居場所が分かるかも!」

「成程、纏めると、他の人達が私達を見付ける手段がほとんど無いってことね」

「最悪なことだけどね!」

「最悪なんて良く起こってるわ! 今更よ!」

「命の危機に陥り過ぎて価値観がおかしくなってるよ!?」


 私達は早足で皆を探した。


 だが、現実とは非情である。この広域なPoP発生地域の中に、個人で勝手に動いていている人を見付けることは困難だ。時間はとても速く進んでしまい、聳え立つ山頂に太陽が隠れ始めた。


 流石の光も焦燥感を感じている。早足で進んでいた脚は徐々に速く動いてしまい、やがて全速力に近い速度を出してしまっていた。


「早く……! 早くしないと……!」


 もう考える暇も無いのだろう。彼女はただ焦っている。何が起こるか分からない現状に、怯えている。


 何もかも全てが上手くいくとは限らない。むしろ全部解決出来る方が珍しい。


 ……私には、何が出来るのかは分からない。それは光も同じだろう。未だに不明な力をその中に宿している。それを使うことが偶然にも出来ただけであり、私達は何時、誰が、何処で、死んでもおかしく無い場所にいる。


 光が他人を癒す力を持っているのなら、それを使えば多くの人が救われるだろう。だがあの日以来その力を使うことが出来ない。


 私もだ。あの世界で私はルーン文字を呟いただけで魔術とも言える強大な事象を引き起こした。それに加えて銀色の瞳……。


 ……あの時、見た經津櫻境尊の顔は、黒恵に似ていた。銀色の瞳を持ち、白い髪をしていた。まるであの時の私のような、容姿だった。


 ……私の瞳は何を写そうとしているのだろうか。その謎は私の頭から離れない。


 白い髪、銀色の瞳、何か理由があるのだろうか。


 いや、今はただ走り回って皆を探さなければいけない。私の体の謎を考えている暇は無い。


 全速力で走っているせいか、私の口からうめき声が溢れた。それと同時に咳き込み、喉に引っ掛かった唾液を吐き出した。


 私と光はその場で足を止めた。


「だ……大丈夫……?」


 息を切らしながら光が心配の声を漏らしていた。


「……ちょっと休憩……やっぱりもう無理……走れない……」

「さ、流石に全速力で走ると……やばかったね……」


 私は服の袖で額の汗を拭った。それでもまだ私の体は発汗を続け、額に浮かんだ汗が頬を伝って顎先から落ちた。


 ……谷間に汗が溜まってしまう。吸水シートを挟んでいるが、それでも気持ち悪いくらいに溜まっていく。一旦は体を冷やそうと地面に座り込んだ。


「……誰も見付からないわね」

「そうだね……。……そろそろ本格的に疲労が溜まってきてるよ……」

「……適当な人に頼み込んで泊めて貰う?」

「危ないと思うよ? こんな異世界だと誰が敵かも分からないしね。帝国特別宗教学研究結社も警戒しないと……」

「……一旦は、休まないと。この調子だと私達の足が壊死するわ」

「そんなことになったらフルマラソン選手がみーんな両足不随になっちゃう……」


 光は頭を上にして、深く呼吸をした。


「……はぁぁー……。……夜更かしは出来る?」

「フルタイムで」

「そっかー……。私が眠りそうになったら……引っ叩いてでも起こしてね」

「そんなことをしたら昴に拳で殴られそうね」

「……確かに」


 光は息も苦しいはずだが、クスクスと笑っていた。何度か深呼吸を繰り返し、呼吸を整えながらもう一度立ち上がった。


「……そろそろ進むの?」

「うん。ずっと土の上で座り込んでいる訳にはいかないしね。まだ休む?」

「……いえ、大丈夫よ。もう痛みも感じないわ」

「それはちょっと危ないけど……まあ、歩くだけなら大丈夫かな」

「明日筋肉痛に悩まされるだけよ」


 私に差し伸べられた光の手を握り、また歩き始めた。


 もう夕暮れ時。聳え立ち並んでいる山の影が私達に影を落とす。山に囲まれている地形のせいで辺りはもう夜に見える程に暗くなっている。


 ある程度歩いていると、もう太陽が完全に沈み切ったせいか星空が僅かに見え始めた。明けの明星も見えるだろうか。星空を眺めるのが趣味な私にとって山に囲まれ視界が遮られることは残念なことだが。


 黒恵も何処かで同じ星空を見ているのだろうか。……そうだと……。


「……星が好きなの?」


 光がそう話し掛けた。僅かに歩みを緩め、私の声に集中するように顔を合わせた。


「……そうね。星を眺めるのは好きよ。東京だとあまり見えないけれど」

「私は星座その物よりその天体に興味があるんだけどね」

「その天体の成分とか?」

「そうそう。どれだけ離れているのか、どんな物質が存在しているのか。それに興味があるんだよね。宗教学的な星辰にも興味があるけど」

「そう言えば、何光年も離れている星の成分がどうして地球上で分かるの?」

「『見る』だけでも色々分かるよ。分光観測をしてスペクトルの分析をすると、その惑星の表面の成分に何が存在するかを推定することは可能なの。まあ、あくまで表面上の物だけで、しかもそれが正しい確率は相当低いよ。それはもう仕方無いね。ああ、でも星の密度からもガスが多いか岩石が多いかは分かるよ」

「それでもロマンね」

「分かってくれると信じてたよ」


 光は優しく微笑んでいた。


 どれだけ歩いていても……何も起こらない。もう夜遅い。何かが起こるなら……。


 その予想は不幸にも当たっていたのだろう。私の頭の奥に、僅かな痛みが走った。その痛みがじーんと広がり、やがて頭の中を千切られたような激痛が走った。


 あまりに強い痛みに、私は頭を抱えた。その強い痛みに悲鳴を漏らしてしまった。


 すぐに光が深刻そうな顔で私の傍に駆け寄った。


「大丈夫!?」

「……いる……!! 何人も何人も……ああぁ……!!」


 正常な思考が出来ない程にその痛みは私の頭に広がって、敵意を持つ彼等の気配が無意識的に感知出来る。


 その痛みは恐怖さえも増幅させる。不安感にも襲われながら、この痛みは更に私の精神を傷付ける。


「ミューレン! 走れる!?」

「……ええ。大丈夫……大丈夫よ……」

「危険が迫ってることくらいは分かってるよ! 今すぐ逃げた方が良いことも!」

「……そうね」


 私はあまりの痛みで薄れ掛けた意識を何とか保ちながら、疲れ切った足を動かした。


 こう言う時だけ私の体質は優れている。敵対存在が近付いていることが良く分かる。神便鬼毒酒を飲んだ後にその体質もより鋭くなった。


 だからこそ何方に走れば良いのかが良く分かる。


 その逃げるべき方向へ、私達は走った。


「どうする!?」

「どうするって言っても……逃げるのが一番簡単な方法でしょ?」

「わー冷静!」

「頭が痛いからあまり大声出せないのよ……」


 すると、突然風が強く吹き荒れた。それは徐々に強くなり、やがて辺りの木の葉を巻き上げた。


 それが何なのかは、すぐに理解出来た。理解せざるを得なかった。


 ふと後ろを振り向いた時だった。近くは無い所から何人かが追いかけて来ている。その人影の一人に、両腕が欠損している男性がいた。


 その人が咥えている細く長い木の枝を振ると同時に風が強く荒れている。


 両腕が無い、それでいて木の枝を振る男性。建御名方神(たけみなかたのかみ)を想起させる。


 だが、あれが神だとは思わない。それこそ帝国特別宗教学研究結社の人のように、人間では無い何かに近い。その謎が、恐ろしい。


 建御名方神は風神としても有名だ。それを考えると、やはりあれは建御名方神に近い。だが、あれは人間が無理矢理建御名方神に近い力をどうにかして作り上げたような歪さと継ぎ接ぎさを感じる。


 ようやく私の頭の痛みにも慣れてきた。少しずつ頭も回る。特異な力の流れをきちんと思い出すことが出来た。左の瞳を銀色に塗り、走りながら落ちている小さな石を拾った。


 その銀色の瞳に写る文字を見ながら、私はペンでルーン文字を刻んだ。


 刻んだルーン文字はソーン。象徴は棘や巨人など。だが、何方かと言うと今回は足止めの意味が強いだろうか。


 ソーンの文字は明るい赤に僅かに輝いた。それを確信し、私は後ろに向けて思い切り投擲した。


 それが追いかけて来ている人達の前に転がると、そこから進めないのか何かにぶつかっていた。


 どうやら成功したようだ。それなら良かったが、それでも、横から迫って来ている人達もいた。


「ミューレン! 馬出せる?!」

「馬!? えーと……!」

「ほら! エオーは馬を表しているルーン文字でしょ! エオローで大鹿が出せたのなら多分大丈夫だよ!」

「確かにそうね! じゃあついでにラドも書いておくわ!」

「お願い! 何とか急いでね! そうじゃ無いと今日の行方不明者が二人も増えることになっちゃうからね!」

「ブラックジョークが過ぎるわよ!」


 私は地面を見て、掌程のサイズの石を何とか拾った。左の瞳に写るそれには、やはりエオーとラドのバインドルーンが見える。そのルーン文字に沿うようにペンで書いた。


 今思えばこんなことでルーン魔術を使うのは変な感覚だ。本来ルーン魔術はこうやって使う物では無いはずだが……。


 まあ、それを今更考えてもどうにもならない。私はルーン魔術をこうやって使える。


 エオーとラドを刻んだ石を光に投げ渡した。それと同時に明るい赤と白が混ざった色に輝いた。


 その光が見えたと思うと、突如バランスを崩して私の体が後ろに倒れた。


 隣から光の小さな悲鳴も聞こえた。私は寝転んだ上体を起こすと、馬が私達が乗っている荷車のような物を走りながら引いていた。


 突然乗ってしまったせいで体勢を崩してしまったのだろう。


 整備もされていない道を走っているせいか、がたがたと揺れている。乗り心地は最悪と言った所だろう。


 私の隣に倒れていた光も上体を起こし、状況を整理した。


「えっと……成功?」

「そうね。馬が出来て、ラドは車輪だけど荷車になったわ」

「やったねミューレン!」

「ルーン魔術を使ったのは光のお陰よ。ありがとう」

「いやいや、ミューレンがルーン文字を刻んでくれたんだからミューレンのお陰でもあるよ」


 ふと後ろを見ると、未だに此方を追いかけようとしている人影が見える。だが、荷車を引いているとは言え馬の脚力を人間が追い付けるはずも無く、どんどん距離は離されていく。


「取り敢えずは安心かな?」


 光が安堵の息を漏らしながらそう呟いた。


 ……ただ……何と言うか……この状況でそれを呟くのは……フラグと言う物だと思わなかったのだろうか。


 すると、両腕が無い男性の辺りの岩が注に浮かび、集まった。その岩が一つの塊となり、此方に飛んで来た。


「ミューレンミューレン!! ハガル! ハガル!!」

「えーとえーと……!」


 私は荷車の木材の板を無理矢理剥がし、すぐにペンでルーン文字を刻んだ。


 それを岩に向けて投げ付けると、ルーン文字が明るい青に輝いた。岩に直撃すると、その岩は簡単に砕け散った。


「セーフ! セーーフ!! 色々危なかったね!」

「今度こそ一安心よね!?」

「そうだと信じたい! そうであって欲しい!」


 ……少しだけ警戒しながら後ろを向いていたが、追いかけていた人影は夜の闇に消えてしまった。


 どうやら今度こそ本当に絶対に安堵の息を吐いて良いらしい。不規則に揺れ、乗り心地は最悪の荷車の上に乗りながら体を休ませるように肩を下げた。


「……危なかったわね」

「それはそれはもう……感じ慣れた命の危機を感じたよ……」

「命の危機を感じ慣れたってこの国で言えるのは、相当な修羅場を潜り抜け続けた証拠ね」

「出来れば命の危機を感じる修羅場はあまり出会いたく無いんだけどね」

「限り無く同感」


 ……さて、一難去ったことにより私の頭は少しずつ冷静さを取り戻していった。私は視界に写った荷車に乗っている箱のような物を見た。


 光も疑問に思ったのか、私と同じ様にその箱の中身を覗いた。


 何故か真っ赤な林檎が詰められていた。此方としてはありがたいことだが、少し心配だ。


「これは食べて大丈夫な物なのかしら」

「いやー、ちょっと怖いけど、見た目は良質だよね」

「……食べてみる?」

「……食べてみようか」


 私と光は箱の中に詰められている一杯の林檎に手を伸ばした。掴んだ一個の林檎を手に、口元に運んだ。


「……いっせーのーでで食べるよ」

「分かったわ」

「いっせーのーで!」


 その言葉と同時に私達は林檎を一口齧った。


 ……私の舌の上に瑞々しさと甘さが広がった。


 癖の無い甘い水を飲んでいるようだった。それくらいに甘い林檎。皮ごと食べると言うのがまた良い味を出している。


 とても甘いただの林檎だ。毒があるようには思えない。本当に毒なら、毒の種類にもよるがある程度舌がピリピリする。


 光の顔色を見ると、とても幸せそうに何度も林檎をしゃくしゃくと齧っている。


「ただの甘い林檎ね」

「お腹が空いてたから丁度良かったね。流石に林檎だけだと栄養バランスが崩れているけど、まあ一日くらいなら……ね?」

「今は緊急事態よ。こんな世界で何時食事が出来るのかは分からないんだから」

「……昴君にバレたら叱られるかな」

「流石にこんなことで叱るくらい昴は怒りっぽい性格じゃ無いでしょ?」

「それはそうだけど、私の栄養管理昴君が全部やってくれるんだよね。怒らないかも知れないけど、色々大変かも」

「ああ、そう言う意味ね。それこそ昴なら喜んでするわ」

「昴君なら確かに」


 何と言うか、両者とも愛が重い気がする。共依存とも言えるのだろうか。


 そこまで酷い物では無いのかしら。


「……気になったんだけど」

「どうしたのよ光」

「……この馬って、何処に向かってるのかなって」

「……確かにそうね。偶に曲がってくれるから真っ直ぐ進んでいる訳じゃ無いし……」

「……もしかしたらどっちかの思い通りに走っているのかな?」

「そうだとすると色々便利ね」

「まだ敵対存在は感じる?」

「……ええ。まだ頭が痛いわ」

「まだ逃げ回っていた方が良いね」

「相手は恐らく……」

「まあ、十中八九帝国特別宗教学研究結社だね」


 光は楽な体勢になりながら、会話を続けた。


「帝国特別宗教学研究結社って言ってるのに何で研究せずに私達を襲って来るのよ」

「……さあ? ……ただ、ちょっと色々引っ掛かる物が多いね」

「両腕の無い男性とかかしら?」

「そーそー。分かってるかな?」

「あれが建御名方神みたいってことでしょ?」

「両腕が無くて、藤の枝を振って、風を起こして、何なら岩も投げ付けて来る」

「岩を投げ付けて来たのは……ああ、千引石を持ち上げながら武甕槌神(たけみかずちのかみ)に力比べを申し出た伝説ね」

「多分ね。どう? ミューレンから見てあれは神様?」

「いいえ、違うわ。正鹿火之目一箇日大御神や高龗神等の神仏妖魔存在を何度も見て来たから分かるわ。あれは、もっと別の何かよ。人間では無いことは確かだけれど」


 私と光は同じ様に首を傾げた。謎が謎を積み重ねて千枚の葉っぱ(ミルフィーユ)のようになってしまう。……何だか甘い表現をしてしまったからか、私の舌が甘味を求め始めた。


 私はまた林檎を頬張った。


 まだ頭が痛い。それも少しずつ和らいではいるが、それでもまだ辛い物がある。


 それに加えてぐらぐらと揺れているせいで更に気分が悪くなる。感じる吐き気を何とか飲み込み、私は楽な体勢を模索した。


 ようやく見付けた体勢で、体を休ませながら星空を見上げた。


 星空の煌めきと言うのはとても美しい物だ。太陽は自ら輝き、月はその太陽の輝きを反射することで夜に映えている。だが、星は違う。


 星は太陽の光では無く、独りでに輝いている恒星だ。太陽以外で世界を照らせる唯一の光源こそが星だ。


 それに思いを馳せることは、特段不思議なことでは無いはずだ。


「うーん……体感もう0時かな? "境"を超えることで収まるのなら……」


 その光の予想はある程度当たっていた。数分程経つと、私の頭痛が収まってきた。敵対する存在が一瞬の内に消えてしまったかのように、すーっと痛みが引いた。


「どう? 痛みは引いた?」

「ええ。もう感じないわ」

「それはそれで不気味だけど……」


 光の言う通りだ。この不気味さがこのPoP発生地域の異常さを更に深める。


 私は林檎を一齧りしながらそれを考えていた。


 PoP発生地域を作り上げた原因はもう帝国特別宗教学研究結社だと言うことは確実だろう。帝国特別宗教学研究結社が何をどうやって人為的にPoP発生地域を作り上げたのかは分からないが、日が落ちたと同時に襲って来たことも疑問に思う。


 疑問が晴れる時は、この世界の成り立ちを知り得た時と同時だろうか。せめて血腥い物では無いと信じたい。……いや、それを願っても意味が無いだろう。


 この世界の成り立ちに関与しているであろうVHSビデオ。あれに書かれている「生産第壱ノ醜女」と言う言葉から推測されるに、少なくとも人に近い形をしている何かを人為的に作成したと言うことだ。


 作成と表現している以上、その何かは人間として扱われていなかったのだろう。更に言うなら、物品として。その扱いを想像するだけで、精神的に気分が悪くなる。


 考え事をしていると、光が大きく欠伸をしていた。


「……寝ても大丈夫かな……眠い……」

「危なそうだったらすぐに起こすわ。寝てて大丈夫よ」

「……ありがとみゅーれん……」


 光はゆらゆらと揺れながら夢現になっていた。瞼はもうほとんど閉じており、やがて荷車の上で横になった。


 やがて光はすやすやと眠ってしまった。それでも馬は動き続ける。それでも荷車は前へ進み続ける。


 私は林檎を一口頬張り、辺りを見渡した。


「……黒恵……」


 私の舌に瑞々しい林檎の甘味が広がった。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


最近ですね、今更ながらポケモンにハマっています。どうにも私は流行りに鈍感らしく、「ニャオハ立つな」と言う単語は知っていたのですが、実際どうなのかと思って最初のポケモンをネコちゃんにしたんです。それで、最終進化まで育てたんですが……。

……えっちですね(小声)

決してケモナーでは無いのですが、少々あれは……子供達の性癖が心配だ!

オスなのもちょっと……アレですね。

さて……次の次の話は狛犬と昴の話ですので、乞うご期待!


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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