表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/161

拾五つ目の記録 天狼は再度輝き ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 禍鬼は脚を高く上げ、青夜の頭上に踵を落とした。


 だが、青夜はその脚を手で横に動かし、空いた腹部に拳を入れた。


 そのまま体を回し、その顔に右手の肘打ちを入れた。青夜は禍鬼を蹴り飛ばした。


 普通に良い相手だが……!! てめぇじゃ無理なんだよ……!! てめぇじゃ俺をォ!!


「満足させれねぇんだよォ!!」

「まず誰ですか貴方」

「あァ!? ……まず誰だよてめぇェ!!」


 青夜は呆れるようにため息をついた。その瞬間に刀を手に正鹿火之目一箇日大御神が飛びかかった。


 青夜はその刀を止めるように腕を出した。その腕を切り落とそうと刀を振るったが、あまりに強靭なその筋肉で骨を切り落とすまでいかない。


「切り落とせんか……!!」

「……人間……それにしてはおかしな……。……ああ、あの人が言っていた悪魔か。日本で言う所の神様か妖怪か……。……まあ、止めるなら容赦はしない」


 正鹿火之目一箇日大御神は塞がり初めている傷を見ていた。そこから偶に顔を覗かせる蛞蝓のような軟体生物を見た。


 これには見覚えがあった。何百年か昔、あらゆる神々を鏖殺しようと異形の姿となった集団の体に蔓延る未知の生物。


「獣狩りか貴様!」

「……僕はあんなイカれた集団じゃありませんよ。神様」


 正鹿火之目一箇日大御神は炎を撒き散らした。その炎は青夜の体に移り、やがて勢いを増した。


 人の肉に、人の油に、その火は燃え盛る。真っ赤に燃え、髪も焦げ尽くし、肉が焼け爛れ、眼球が転がるその直前に、青夜の姿は変わった。


 最早人間では無い。その内に潜んでいる狂気と殺戮衝動を表しているように、彼は醜い獣になった。

 狼のような頭に山羊のような角が生えている。だが、頭蓋の形は歪んでおり、その大きく開いた口に揃っている歯の隙間からどろどろとした白い液体と煙を発していた。

 体には真っ赤な鱗を持っている爬虫類のような体をしていた。あくまで二足歩行だけを維持しているその腕の先の手の先に生えている爪は酷く曲がっており、黒く淀んでいた。

 背中には翼手のような物が生えており、それを羽撃かせていた。

 目玉のような物が右の肩の先に出来ている。それは乗っているのでは無く、元より付いている器官のように見える。その目玉の塊は、さながら口のように蠢いており、一つ、また一つと瞳孔が無い眼球を落としていた。

 彼を形容する言葉は、醜いしか無いのだろう。それ程にまで異形で、異様な化け物なのだ。


 その手の先に槍のような骨で作られた武器を持っている。どうやって作ったのか、それは最早重要では無い。


 神々は感じていた。青夜から溢れる力は、あまりにも強すぎた。その呪いは数百年受け継がれ継承して来た忌々しき儀式の産物である。


 やがてその屈強な腕を思い切り振ると、燃えているその火は消え去った。


『……こんなに、快適なんですね。自分の力が自由に使えるのは……!』


 その3mを超える巨体の左腕に持つ槍を振るった。それを禍鬼は体で受け止めたが、あまりに重すぎる威力に押さえることは出来ずに吹き飛ばされた。


 高龗神は龍の姿で醜い獣となった青夜を押し潰すように尾を振るった。だが、それはただ地面にぶつかる。


 そこにいたはずの青夜は消えていた。正確には、何よりも素早く動き、気絶している昴に向けて走っていた。


 すると、辺りの木々の幹に鎖が巻き付き、その先にいる青夜の体にも巻き付いた。


 正鹿火之目一箇日大御神が作り出した純粋な鉄の鎖は、動きを止めるように縛って何とか青夜の動きを止めている。


「狙いはあくまで昴! 逃げる時間を稼げ高龗神! 姉君!」


 這いながら光は昴の元に寄っていた。何とか弱々しく昴の手を握り、向こうへ向こうへ匍匐前進のように進んでいた。


 歩くことが出来ない程に体に力が入らない。それでも、愛する彼を助けようと必死に藻掻いていた。


 それを助けるように飛寧の体が光と昴の体を引っ張っていた。五つの浮かんでいる頭は二人の服に噛み付き引っ張っていた。


「死んじゃ駄目なんだよ! おーもーいー!! だよー!!」


 すぐ近くに響き渡る爆発音と木々が薙ぎ倒される音と獣のような咆哮。それを見ることは出来ない。見ればきっと恐怖して、今すぐにこの二人を見捨ててでも逃げようとするからだ。だから飛寧は何も見ない。力強く瞼を閉じてただ真っ直ぐ逃がすように引っ張る。


 どれだけ過ぎたのかさえも、分からない。ただ近くに聞こえる大きな音だけが未だに油断の出来ない出来事が起こっていることだけが分かる。


 やがて昴の体からもう一人別れた。それは魅白であり、その「ぽぽぽ」と言う声が聞こえたと同時に飛寧は泣き喚き始めた。


「みしろぉ……! すばるのだんながぁ……!!」

「ぽぽ! ぽぽぽぽぽ!」


 魅白は光と昴を抱き抱えた。飛寧は昴の体に戻り、やがて魅白は走り出した。


 自動車程の速さで走っている為、すぐに距離を離すことは出来た。


 見ると、黒恵の赤い軽自動車が見えた。魅白は泣きながらその車に手を振った。


「いた! 二人は無事!?」

「ぽぽぽぽぽ! ぽーぽーぽぽ!」

「あーもう分からないから一旦降ろして!!」


 魅白の腕から降ろされた光と昴を救急車に連絡しながら確かめた。


 ……光は……外傷は無い。恐らく内部がぼろぼろだ。


「光、意識はある?」

「……くろ……え……。……すばるくんが……」

「分かってる。分かってるから。何があったのか教えて」

「……せいやが……。……もうやめて……すばるくんを……これいじょうくるしませないで……」


 ……あの二人に何があったのかは私は知らない。知りたい気持ちはもちろんある。だが、これは、これだけは駄目だ。これだけは決して……聞いてはいけない。聞けばきっと、昴を傷付ける。


 光は涙を浮かべながら昴の体を守るように抱き着いている。こんなに弱々しくも、昴を守ろうとしている。


 その昴はと言うと、恐らく気絶している。内出血も見られる。無数の打撲痕に……いや昴の肉体を人間の力で傷付けられるの? ……やはり青夜が昴のドッペルゲンガーの正体……。


 私がその結論に至ると、前の調査を思い出した。


 あの時は、死人が生き返って同じ理由で死んでいた。あの理由を何度も何度も考察していたが、結論に辿り着くことも出来なかった。


 それに加え、青夜まで生き返ったとなると……何かが起こっている。それも、死屍たる赤子と呼ばれる何かと関係する物が。


 青夜は死屍たる赤子の教会と繋がりがあったと仮定することは出来る。それなら何故昴は死屍たる赤子の教会を知らなかったのかと言う疑問が残る。


 昴の姉と妹が知らない理由は簡単に出来る。昴の父親と血が繋がっていなかったで説明は出来るが、血が繋がっている双子の片割れだけにそれを教える理由が分からない。


 ……それとも、生き返ったのは死屍たる赤子の教会と全く関係無いのか……。


 いや、今はとにかく昴の応急処置などをした方が良いだろう。友達を死なせる訳にはいかない――。


 ――高龗神の龍の体で青夜の体に巻き付き、青夜の体を持ち上げて頭を下に叩き落した。


 歪んだ狼の頭は更に醜く歪み潰れた。そこから露出した脳の破片から蛞蝓のような軟体生物がより多く溢れて地面に脳と一緒に溢れ落ちた。


 蛞蝓のような軟体生物は空気に触れたと同時に気持ち悪く苦しそうに蠢き、やがて塵となって消えた。


 頭だけは再生しなかったが、それでも未だに動き続ける醜い獣は暴れ回り、地面にその巨体を落とした。


 暴れ回る醜い獣の青夜は、禍鬼に向けて槍を振った。


 振り下ろされた槍をその何も考えていなさそうな硬い頭で受け止め、両手で槍を握り潰した。


 そのまま近くの木を圧し折り、それを青夜に投げ付けた。


 直撃した為か、一瞬だけよろけた。その一瞬に正鹿火之目一箇日大御神は言霊を発した。


「"枷""鎖""力を封ず""鉄の檻"」


 青夜は炎に包まれ、やがて手と足に鉄で作られた枷が付き、体に鉄で作られた鎖が巻き付いた。


 先程よりも動くことは出来ず、自由を制限された。


「姉君! 高龗神の方へ走れ! 一旦逃げるぞ!」

「あァ!? 収まらねぇんだよ怒りが!! 最後までやらせろォ!!」


 正鹿火之目一箇日大御神は禍鬼の体に鎖を巻き付け、手と足に枷を作って無理矢理龍の姿の高龗神の足に結んだ。暴れ回って叫んでいるが、それを関係無いと言うように高龗神は空を泳ぐように飛んだ。


 その足に正鹿火之目一箇日大御神は掴み、やがて背に乗った。逃げる為に高く高く上空に昇った。


「何で逃げたてめェ!」

「あのままでは儂等が殺される。儂等がやるのはあくまで昴が逃げるまでの時間稼ぎだ。充分の時間は稼いだなら逃げる方が賢明なことくらい空っぽな頭でも分かるであろう」


 高龗神も同じようなことを言っている。


「もう相当遠くに逃げています。それにあの枷も時間稼ぎになりますし昴を探すのも時間が……」

「あ? あいつ昴の場所に一直線に向かってるぞ」


 その禍鬼の言葉を疑いながら下を見ると、確かに青夜がとんでも無い速度で昴の下へ一直線に向かっている。


「高龗神! 急いで下に向かうぞ!!」

「分かっていますよ!!」


 高龗神は人の姿に戻った。当たり前のように背中に乗っている正鹿火之目一箇日大御神も、足に鎖で縛られている禍鬼も地面に自由落下を始めた。


「こう言うことでは無い高龗神!!」

「この方が速いでしょう! 私は嫌なんですよ昴が死ぬのが!! だから急がなければ!!」

「それは全員同じだ! だがそれ以上にこれは阿呆が過ぎるぞ!!」


 言い争っている二柱の神の横で、鎖に縛られているため動くことが出来ずに頭から二柱よりも素早く落ちていた――。


 ――昴がまだ起きない……。


 それどころか脈が弱まってる……!


 心拍数低下、恐らく骨折に、それが原因の血圧低下、発熱、ショック症状と思われる呼吸不全……!


 事態は相当悪い……! 何で救急車がまだ来てないのよ!


「……すばる……くん……」

「光! 意識は保っててよ! 貴方まで気を失うと私発狂するわよ!!」

「……ごねんまえから……ずっと……かれは……」

「……何があったのかは聞かないけど」

「……すばるくん……」


 光はさっきからずっと「すばるくん」と呟いている。五年前、この二人に何があったのか。それは正直に言って好奇心が湧き上がる物だ。だが、この様子から、聞けることでは無いと何度も思う。


「ぽぽぽぽぽ……?」

「……何を言っているのか分からないのよ魅白……」

「……ぽっぽ」


 ……分からない……。


 まあ、顔から推測するに心配で見ているのだろう。

「……大丈夫よ。現代の医療技術を舐めないで欲しいわ」

「……ぽぽ」


 今の私にはこれくらいしか言えない。光はまだ命に別状は無いはずだ。だが昴が危険だ。死にかけている。


 骨折によるショック症状、これが厄介だ。簡単に死ぬ。現状昴の血圧は徐々に低下している。心肺機能も……何とか存続させているだけで何時悪い方へ転がるかも分からない。


 気を緩むことは出来ない。それをすれば私は目の前で友人を失う羽目になる。それだけは、避けなくてはならない。絶対に。


「速く来てよ……! 何でこんな時ばっかり救急車が遅いのよ……!!」


 こう言う時は無闇に動かせば悪化する。特にこれは骨折だ。熱中症のように涼しい所に動かせば良い訳では決して無い。


 ……だが、運命とは残酷な物だ。何時から人々は絶望するようになったのだろうか。……神話から引用するなら、ギリシア神話のパンドラがゼウスから渡された箱を興味本くらいで開けた時だろうか。


 ……私の目の前に、昴がいる。いや、正確には昴では無いのが分かっている。


 今、目の前に佇んでいるのは、青夜だ。


「……誰ですか貴方。にぃさんの知り合いですか?」

「……友人……って言ったら分かる?」

「友人……にぃさんに? 捻くれてますね」

「そう? 貴方こそ捻くれてるんじゃ無い?」

「僕が? 初対面でそんなことを言われるとは思いませんでしたよ。にぃさんは本当に訳の分からない人と関わる。光さんだってそうだ」


 ……ああ、やはりそうだ。この青夜と言う人間は、昴と良く似ているが、全く違う。


「昴は嫌い?」

「もちろん。にぃさんは父さんに愛されていた。僕は近くにいたのに愛されなかった。双子なのに、にぃさんだけが父さんに愛された。不公平だとは思わないかい?」

「……じゃあ、何でにぃさんって呼ぶの?」

「それはもちろん、僕のにぃさんだからさ。やはり変なことを言う」

「……それはつまり、家族として愛してるってことじゃ無いの?」


 青夜の顔色が変わった。


「……訳の分からない人と関わるな。昴は」

「当たったのかしら。いーや、当たったからこそ呼び方を昴に変えたわね」

「黙れ女」

「今時男女差別は流行らないわよ。貴方が昴を嫌いなのは分かっている。それも正しい。だけどそれでも、貴方は家族として昴を兄として愛している」

「……黙れと言ったはずだ……」

「ただ貴方は父親を優先しただけ。父親から貰える愛を優先した。だけど、昴から愛されているのを知って、悪い気はしなかったんじゃ無いの?」

「……黙れ黙れ黙れ……!」


 青夜は両手で耳を塞いで俯いていた。歯軋りを何とも分かりやすくして、こちらを睨んでいる。


「……僕は……僕は父さんから愛されたいだけだ……! そうだ……! だから僕はにぃさんを殺しに行ったんだ! 僕がにぃさんより優秀だって、僕はにぃさんより強いんだって、証明する為に!」

「そんなにらいばる意識があるならにぃさんなんて言わないし、何よりもそこまで考えずに一蹴するはずでしょ? 深く考えようとしてる時点で貴方は自分に嘘をついているのよ!」

「黙れと言ったはずだこの阿婆擦れが!!」

「そう言う自分の感情を隠そうと必死になってるのも昴に似てるわね!! 貴方達は双子の兄弟よ!!」

「昴よりも先に殺してやるぞ貴様!!」

「やってみなさいよばーかあーほまーぬーけー!!」


 何よ、意外と怒りっぽいじゃ無い。さて、煽るのは大成功。こうすれば昴と光には一旦敵意は向かない。それに私は"扉"を使えば逃げることは容易。後は逃げ回れば……。


 すると、青夜の体は炎に包まれた。その炎が晴れると同時に、その体は人外へと変わっていた。

 狼のような頭に山羊のような角が生えている。だが、頭蓋の形は歪んでおり、その大きく開いた口に揃っている歯の隙間からどろどろとした白い液体と煙を発していた。

 体には真っ赤な鱗を持っている爬虫類のような体をしていた。あくまで二足歩行だけを維持しているその腕の先の手の先に生えている爪は酷く曲がっており、黒く淀んでいた。

 背中には翼手のような物が生えており、それを羽撃かせていた。

 目玉のような物が右の肩の先に出来ている。それは乗っているのでは無く、元より付いている器官のように見える。その目玉の塊は、さながら口のように蠢いており、一つ、また一つと瞳孔が無い眼球を落としていた。


「っすー……いやいやいや! 流石にこれは想定外よ!?」


 私は背を向けて走り出した。


「"扉"!」


 私は境を繋げた"扉"を潜り、視界の端に写る道に出た。


 とりあえず煽ったら駄目な人なのは分かった! 救急隊員が光と昴を回収するまで逃げるしか無い! ……いやーあれ無理じゃ無いかしら……。


 その予想通り、化け物になった青夜は私の前に立ち塞がった。


『さっきの言葉を撤回するなら、楽に殺すことは出来ますよ』

「死にたく無いから逃げるし撤回もするつまりは無いわよ!!」

『……そうですか』


 赤い鱗に黒百合のような模様が浮かび上がった。その黒百合が具現化したように、鱗を突き破り咲き誇った。


 黒百合の花言葉は復讐や呪い。何とも似合っている。


 ……さて、青夜の方が圧倒的に速い。逃げることはほぼ不可能。かと言って交戦が出来る程私は人間を辞めていない。唯一互角に戦えそうな昴は現在瀕死。……と、なると、昴の中にいる正鹿火之目一箇日大御神か高龗神か禍鬼がいれば何とかなるかならないか……。


 と言うかその三人は何処に行ったのよ! 三人? 三柱ね。


 すると、青夜の体から黒い何かが落ちた。それは徐々に大きくなり、やがて人の形を作った。


 あくまでのっぺりとした黒い人の形をした何かだ。パンドラが……ここで言うパンドラとはパンドラ・アイグ=マルティだ。パンドラが生み出す物とはまた違う気配を感じる。


 見るだけで不安な感情に襲われ、それでいて耳が痛くなる。


 人の形をしている何かの頭部には仔山羊のような角を生えている。それは酷く歪んで、それは曲がっている。


 無数に生み出されたそれは、こちらに少しずつ歩く度に地面に黒百合を咲かせていた。そこから足を離すと一瞬で黒百合は枯れて塵となった。


 何体も何体も、ただ意識も無くこちらに這い寄ってくる。


 青夜の汚く醜い獣の咆哮を皮切りに、それは素早く襲いかかった。


 "扉"を使おうとする程冷静な判断は出来なかった。ただ、衝動的に、本能的に、私は帽子を右手で取った。


 左手をその帽子の中に入れ、私は何かを掴んだ。それが何かを考える暇は無かった。


 それを引き抜き、横に振った。


 襲いかかる黒い何かの上半身が腰から切断され、地面に転がった。


 私の左手には、片腕で持つには重すぎる刀を握っていた。


 暗い暗い夜に、月光を反射するその刃は、ただ美しかった。


 形状から恐らく大太刀だろう。何故私がこれを持っているのか、何処からこれを取り出したのか、その疑問は潰えない。ただ今は、銃刀法違反が心配だ。


 溢れ出す好奇心とは裏腹に、疑問さえも持たずに青夜から更に黒い何かが零れ落ちた。


 あの時の感覚はもう色褪せている。もう一度目の前にいる存在を全て一刀両断に出来る自信は一切無い。


「"扉"」


 逃げる、それが正しいはずだ。


 "扉"を潜ると、また同じように青夜は私を追いかけると思っていた。


 青夜は私を狙うのを諦めたのか、光と昴の下へあの羽根を動かして飛んでいた――。


 ――光は、昴が寝ている地面にルーン文字を刻んでいた。何とか体を動かし、そのルーン文字に触れた。


「……だいじょうぶ……だいじょうぶだから……」


 ぼやける視界で、力が入らない体を何とか動かし、言葉を紡いだ。ただ気を失っている昴に語りかける。


 その光の視界に、黒百合が写った。導かれるように上を見上げると、醜い犬の頭が見える。


『……殺す』

「……やめて……」

『……光さん、教えて下さい。……この憎しみは……嘘なんですか』


 光は俯いた。そして、昴の頬に触れた。


『……殺せば……分かるんですか? ……父さんは間違っていないはずだ……。……なら……何で僕はこんなに悩んでいる……。……もう、分からない』


 青夜は悩んでいた。黒恵の言葉を嘘だと断言することが何故か出来なかった。だが、父親の教えも間違っているとは思っていない。


 その悩みを振り払うように光に向けて腕を振るった。


 だが、見えない壁に遮られるように空中で腕が止まる。それ以上先へ光に腕が進むことが出来ない。


 光が刻んだルーン文字はエオローだった。そこから結界のような物を作り出した。


 だが、所詮は人間の力。明らかな化け物に変わってしまった青夜の呪いに壊された。


 青夜の心に悩みは無くなってしまった。ただ中にあるのは、目の前にいるのは殺すべき化け物であり、これを殺すことは正義であると思い込んでいる。


 それがおかしなことだと少しは思っていた。だが体を動かせばそれもすぐに忘れ、殺戮衝動に満たされた。


 光は昴を守るように体を上に乗せていた。傷がつかないように、痛くしないように、これ以上苦しませないように、その全てを背負おうと庇っていた。


 背中が破裂しそうな程に重い衝撃が走っても、肺が破裂して口から血を吐いても、彼女はただ愛する彼を守っていた。


『お前らが悪だ! お前らが悪だ! お前らがあくだ! おまえらがあくだ! オまえらがアくだ! オまえラガアくだ! オまえラガアクダ! オマエラガアクダ!!』


 もう青夜の中には、父親の姿が無くなった。ただ目の前にいる存在は悪であり、駆除すべき獣風情だ。殺しても誰からも咎められず、むしろ称賛されると勝手に思い込んでいる。それが異質な物なのかと言う疑問さえも、抱かずに。それは、人間と言えるのだろうか。


 運命など存在しない。あるのは目をつむりたくなる程の浮世だけ。足掻き続け抗い続けたところで力の無い者は淘汰される。


 生きたいのなら強くあれ。


 護りたいのなら全てを恨め。


 彼女以外の全てを憎め。


 それを望まぬ彼は、力だけで強くなる。


 思いやりも正義も礼儀も叡知も信用も彼女のために軒並み捨てろ。


 昴は、瞼を開けた。


 そこから覗くは銀色の瞳。ただ絶対悪として君臨せし、悪魔。


 やがて昴はもう一度瞼を閉じた。その時に溢れた涙が地面に落ちると、そこから黒い何かが出来上がった。


 顔は分からないが、頭は醜く歪んでいた。山羊のような角を生やしながら、少しずつ成長するように伸びていた。


 首に括られるのは麻縄だった。それが強く固く締められており、外そうと悶え苦しむ様子さえも見せなかった。


 胸には何本も木の杭が突き刺さっていた。それは肌を突き破り肉に突き刺さり心の臓器を貫いた。黒い液体のような汚い体液を零している。


 その腕の先の手には赤い液体がべったりと付着しており、まるで赤い果実を握り潰したようだった。


 足にはまるで罪人のように足枷が着けられている。


 体全体に鎖が巻き付かれており、だがそのせいで行動に制限があると言う訳では無かった。


 それは、辺りを見渡し人がいないことに落胆した。


 だが、青夜を視界に捕らえると、まるで獣のように走り始めた。そこに知能は存在せず、ただ人を喰らう化け物であった。


 青夜の醜い獣の姿を物ともせずに青夜の腕を食い破った。そのまま食い散らかすように肉を貪り、青夜は絶叫を垂れ流していた。


 傷は治らず、青夜は人の姿に戻った。片腕は食い千切られ、頭は一部が欠けていた。腹は抉られたように肉が無かった。


 這いながら、逃げるようにそれから離れていた。


 やがてそれが青夜の頭に血塗られた手で殴ろうとした直後に、その手は切り落とされた。


 それの隣には、また別の存在がいた。


 重厚な甲冑を身に纏ったそれは、十字が書かれたマントを羽織っており、長い大剣を両手に持っていた。


 それはまるで正義を掲げる騎士のようだった。それはまるで民衆から英雄と持て囃さられる正義の執行人のようだった。それはまるで悪を焚刑にする処刑人のようだった。


 獣のような存在はその騎士のような存在に向けて頭を下げた。


 やがて土塊で作られた十字架に獣のような存在は縛られた。その十字架は燃え盛り、獣のような存在も燃え盛った。


 嬉しそうに笑って、満足したように涙を流した。だが、最後の最後に光を見て、悲しそうに泣いていた。


 騎士のような存在は獣のような存在の胸に剣を突き刺した。


 やがて獣のような存在は塵になって消えた。


 騎士のような存在は、絶対悪である昴を庇う光を見た。それを悪と決め付け、重厚な足音を鳴らしながら近付いた。


 あくまでも正義を抱えその剣を持ち、光の体に突き刺した。


 最早悲鳴とも言えない声は夜空に響いた。それでも昴を守ろうとそこから逃げるようなことはしなかった。


 血は流れ続ける。体から抜け続ける。


 死にたくも無かった。だが昴を見殺しにすることも出来なかった。光は、泣いていた。


 泣き喚いていた。子供のように泣き喚いていた。痛みのせいでは無い。愛する彼を悪として裁かれようとしているこの世界の残酷さに、泣いていた。


 痛い……死ぬ……何で……嫌だ……昴君……。


 思う言葉は意味も無い。理由も無い。ただ溢れた言葉は、とても綺麗で美しかった。


「大好きだよ、昴君」


 やがて光は満点の笑顔で、昴の頬に涙を落とした。


 唇を重ね、接吻を交わし、愛を刻んだ。


 光の瞳に、銀色が宿った。それと同時に黒い髪は白く染まり、体の中から愛が溢れた。


 唇を重ねた昴の傷は塞がり始めた。光に刻まれた傷も、同じように塞がり始めた。


 騎士のような存在は剣を両手で握り、下に振り下ろした。


 光に振り下ろされる直前に、何かがぶつかる音が聞こえた。


 騎士のような存在が振り下ろした剣は、正鹿火之目一箇日大御神の火を纏う刀で、高龗神の白い鱗が付いている腕で、禍鬼の太く筋肉質の腕で、黒恵が作り出した美しい刀で、止めていた。


 その様子を見た光は、気を失った――。


 ――やがて昴はぼんやりとした意識を持った。やがてそれを何とか動かして、瞼を抉じ開けた。


 第一に見えたのは、光の顔だった。その後ろの窓から見える日光が眩しい。


「……あ! 起きた!! 大丈夫!? 何か違和感は無い!? こっちで色々調べたけどまだ心配で……!!」

「……あー……青夜は……」

「……もう、いなくなった。多分逃げたんだと思う」

「……そうか」


 昴は起き上がった。その視界で見た景色は、病院の個室のようだ。


 しかも窓の外を見れば日を跨いでいるようだ。青夜を弔うことも出来ないことを悔やんでいたが、今は無事でいられることに感謝した。


 魅白は個室の端で飛寧の頭を三つでお手玉のようにしている。一つは昴の腹に乗っている。


 正鹿火之目一箇日大御神と高龗神は昴が寝ているベットに座っている。禍鬼は傍に置かれている果物を丸ごと齧って魅白と飛寧に怒られている。


「煩い……」


 昴は自分の手で顔を撫で、もう一度眩しい朝日を見た。


 そして、少しだけ心配そうな顔をしている光を見て、微笑んだ。


 光の悲しそうな顔を崩させるために、頬を手でつねって伸ばした。


「そんな辛気臭い顔をしないでくれ。俺は大丈夫だ」

「あゔぁゔぁ……あぶぶぶ……」

「何度でも思うが……可愛いな」

「あぶぶぶ……」


 やがて禍鬼は果実を独り占めにするために暴れ始めた。


「良いだろ俺が全部食っても!」

「ぽぽ! ぽぽぽ!」

「俺と昴の魂は同じ! つまり俺と昴は同一人物だ! じゃあ昴に渡されたこれは俺の物でもあるだろ! なあ昴! お前もそう思うだろ!!」


 正鹿火之目一箇日大御神が指をぱちんと鳴らすと、禍鬼に鉄の枷が付けられた。


「てめぇ!!」

「良いから渡せ、姉君の理論が正しいとするならば、それは儂の物でもある」


 それでも禍鬼は喚き散らしていたが、魅白は果物を籠ごと奪った。それを昴の近くに置いた。


 昴はその中の林檎を手に取り、自分で小さなナイフでくし切りにした。赤い皮は兎の耳の形をしており、それを自分の腹に乗っている飛寧に差し出した。


 美味しそうにしゃくしゃくと咀嚼しており、嬉しそうに昴の手に頬を擦っていた。


 もう一つ高龗神に差し出した。


「良いのですか?」

「助けてくれたことくらいは分かるからな」


 高龗神は顔を赤くしながらも昴の手にある林檎を口に入れた。


 自分も林檎を食べながら、もう一度ベットに横になった。


「……辛いなぁ……苦渋の決断で殺したと思ったら、生き返って俺に憎しみを持って殺しに来て……。……どうすれば、良いんだろうな……」


 光は、昴の手を優しく握った。


 一部だけ漏らした昴の弱音。だが、それを掻き消すように豪快な足音が聞こえた。


「おーい! 昴ー! 何処の部屋だー!!」


 そんな大声が病院内に響き渡る。昴はため息をついた。


 やがて個室の扉が力強く乱雑に開けた馬鹿がいた。医者や看護師に怒鳴り散らされながら、「ガハハ」と豪快に笑っているおっさんがいた。


「禱……もう少し小さく動けないのか」

「んなこと言ってもよ。こっちは気が気でいられなかったんだぜ? お前みたいな屈強な奴がぼっこぼこにされたって聞けばな。……訳は聞いてる。……まあ、その、何だ。……辛かったな」

「そんな気配りが出来たのか……!?」

「んだとてめぇ」


 真二は髪を乱雑に掻き毟り、持って来た紙の束を昴のベットに投げた。それが飛寧の頭に落ちた。


「光の嬢ちゃんに言われてな。青夜が何処から来て何処からお前らの所に行ったのかを監視カメラやら何やらで調査の資料だ。……まあ、その結果としては、イギリスのロンドンからの便に乗って来たことが分かった。パスポートは偽造、身元も偽造。金は何処で手に入れたのかは分からねぇ。ただ……なんと言うかなぁ。不気味なんだよ」

「不気味ですか?」


 光は調査資料をぱらぱらと捲りながらそう呟いた。


「……昴に言われた通りに、リュドウィッグ・ラファエル・リュカ・パスカル・フレデリック・ベルナールについての調査も資料にある。同じになってる理由は……簡単に言えば、接触は無かったが関係性は無きにしも非ずって所だな」

「……まさか、リュドウィックが見付かったんですか?」

「そのとーり! 流石光の嬢ちゃん。……青夜が発見された日と、リュドウィックが見付かった日が一緒だ。しかも同じロンドン。何とも……こう……不気味だよなって話だ。しかも今現在青夜は行方不明なんだろ? IOSPとしても全力で捜索してるが……恐らくもうどっかでくたばってる可能性が高いらしい。ま、ただの人間ならな。あいつは五常の人間だ。そう簡単にくたばるとは思えねぇがな」


 光は更に思考を速めた。


 ……まず、何で生き返ったのか。それが分からない。まずあれは、本当に青夜なのだろうか。


 遺体は確かに燃やされた。それを昴君は食べた。だから遺体は残っているはずが無いのだ。


 私達が一概に魂と表現する物が存在することはもう私の中だと確定だ。それを遺体に何とか入れれば生き返ることは出来るかも知れないが……それは遺体が無い時点で不可能だ。


 ……それなら、あれは……うーん。……そう言えば、久保田和重さんも生き返っていた。


 あれと関係があるのだろうか。……だとすれば、死屍たる赤子の教会と関係が、あるのだろうか。もう私の想像の外に出てしまった。


 これ以上は新たな調査を重ねよう。そうすればきっと……。


「……しっかし、物理的干渉だったか? それを受ける奴らが個室とは言えこんなに好き勝手いて良いのか?」

「大丈夫です。監視カメラは撤去済みですし。それに関係者しか入れないようにしてますから」

「まあ、それもそうか」


 すると、個室の中に黒恵とミューレンも入って来た。


「あ、起きてる。無事で良かったわね」

「そう言えば、何で俺の傷が治ってるんだ」

「状況からして恐らく光の力。理由は良く分からないわ」

「分からないことだらけだな……」

「……ま、一応青夜と何があったのかは聞かないでおくわ」

「……ありがとう」

「青夜と何があったのよ」

「聞かないって言った! 聞かないって言ったのに!!」

「冗談よ」


 何だかこの個室の中は色々とわちゃわちゃしている。大量の神仏妖魔存在に囲まれている。


 ……しかし、光も昴もどうやら大丈夫そうだ。あんな重症を負っていたとは思えない程に。


 ……死人が生き返る事案。何かがありそうだとは思うのだが、それが何かは分からない。


 実際死屍たる赤子の教会と関係があるであろう国会議事堂のあの女性は生き返っていない。むしろ自害している男性もいる。


 つまり、生き返るのにも何か条件があるのだろうか。まずあれは本当に生き返っているのだろうか。そこから疑うべきなのでは無いだろうか。それこそ、記憶も体も五年前から変わらない、青夜のクローンのように。


 すると、今度は夏日が個室の扉を勢い良く開けた。動いている昴を見ればすぐに目に涙を浮かべ、高い跳躍と共に昴の胸に飛び込んだ。


「おにぃー! 良かったよぉー!! うわー!!」

「……大丈夫だ。今の所は怪我も無いみたいだし」

「それなら良か――ってうわぁー!? 生首がある!?」


 あ、そう言えば夏日は昴の体のことを知らなかった。飛寧に驚いているのだろう。動いて喋って同じような頭が五つあることに、更に悲鳴を発している。


「うわー!! うわー!! おばけー!! うわー!! うわー!!」

「煩いんだよ!」

「シャベッター!!」


 貴方も充分人間かどうか怪しいけど……。夏日はようやく落ち着いたのか、昴の上に乗っている飛寧の丸い頭を揉んでいた。


「……おぉ……本物だ……」

「本物に決まってるんだよ」

「……飛頭蛮……で、良いのかな。轆轤首の人には会ったことがあるけど……」


 轆轤首には会ったことがあるの!? オカルトマニアからすればとても羨ましい。昴め……こんな人材を隠しているとは……。


「そう言えば……周りを見てみれば、人間じゃ無さそうな人がちらほらと……。……おにぃ、ついに神様や妖怪まで……」

「待て待て誤解だ。……いや、一部誤解では無いが、誤解だ。夏日は大きく勘違いをしている」

「……おにぃがまた女の人を惚れさせて、『へっへっへ俺の所有物になれ』ってやった訳では無いと」

「夏日の中の俺のイメージがどんな物なのかはよーく分かった」


 すると、また個室の扉が強く開かれた。病院内は静かに出来る常識人はいないのだろうか。


 今度は、誰だろうか。何処と無く昴と似ている。それに八重さんにも……面影を感じる。


 ……あ、まさかこの人、昴の姉の亜津美さんだろうか。そう言われれば納得出来る。


「……おい昴」

「……何だよ」

「……青夜が生き返ったって言うのは、本当」

「……今の所は何とも。……あれは……俺の目には青夜に見えたとだけ、言っておく」

「……そう」


 そのまま亜津美さんは高く跳躍し、寝ている昴の腹部に飛び蹴りを入れた。


 透緒子さんに良く似ている。すごーく似ている。特に飛び蹴りの入れ方が完璧だ。


「おい馬鹿昴。色々言いたいことがある。ほら、全員散った散った。……禱さんじゃん。久し振り。ほら出た出た。光ちゃんは別に良いけど。……何で神様がこんなに集まってるの……」


 ミューレンは昴の傍にケーキが入っている箱を置き、好奇心で居座ろうとしていた黒恵の手を引きながら個室の外に連れて行った。真二も何と無く事情を察したのか夏日と一緒にすぐに個室を離れた。


 正鹿火之目一箇日大御神、高龗神、禍鬼、飛寧は昴の体に戻り、魅白は和紙に戻った。


「……さて、昴。青夜の骨はちゃんと食べた?」

「それはもちろん」

「……と、なると、やっぱりあれは偽物の可能性が高い」

「魂が一緒とかは無いのか?」

「魂が他の人の体に入っても体が変わることは無い。昴や夏日みたいに体も一つになってるのならまた別だけど」

「……なら、あれは、同じ記憶を持った、同じ姿をした、偽物ってことか……。……良かった……青夜を……もう一度殺さないといけないと……思ってた……」


 昴は俯きながら震えていた。


「……もう一度、殺そうと思ってたんだ」

「……ああ。……納得は出来なかったけどな……。……葬式の時みたいに罵りたければそれで良い。きっとそれは、人間として、姉として、正しいことだから」

「……何で昴は、そう言うことばかり考えるかな……」


 少しだけ不機嫌そうな顔をした亜津美は、昴が切り分けた林檎を口に入れた。


「あっま。何これ。ウイスキーと混ぜたら美味しそうではあるけど」

「一応それ俺に渡された物なんだが……」

「これで私の機嫌が取れるなら安い物でしょ。……その顔は、死のうとしたでしょ」

「……死にたくは無い。……青夜に殺されるならって受け入れてしまっただけ」

「それを死のうとしてるって言ってるの」


 説教のような口調に、昴は嫌気が指していた。それ以上に自分がやった罰に押し潰されそうになっている心を和らげていた。


「……もし……。……そんなもしも、なんて話は絶対にありえないことくらいは分かってるけど、何度も思う。もし私がもっと早く自分の力に気付いたら……いや、それも難しいか」

「……ねぇ。それ以上喋らない方が良い」

「五月蠅い。最後まで喋らせろ。……私は結局、両親が怖かった。母親は意中の相手に近付く為だけにその人との子供を孕む。あの人からすれば私はあのクソ野郎とは違う父親に近付く為の道具。私の父親に捨てられて、勝手にクソ野郎の父親を好きになって弟達を孕んで……道具にされて……。……結局私が逃げなかったのは、両親が怖かったから。逃げれば殺されると、思ったから。……勇気を出して、青夜と逃げて、昴と夏日を探して連れて逃げ出せば……ずっとずっと遠い遠い場所に逃げ出せば……。……弟二人が殺し合う結末だけはきっと……ならなかったはずなのに」


 亜津美は昴の寝ているベットに顔を埋めた。弟に涙を見せないように、声を抑えて泣いていた。


「……ごめんなさい……私が臆病だったから……貴方に家族を殺させてしまった……。私が臆病だったから……青夜が家族を恨むようになってしまった……。私が臆病だったから……貴方と夏日に辛い思いをさせてしまった……。……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 心からの懺悔だった。心からの後悔だった。心からの自責の念だった。


 姉として導く存在になるべき年上が何も出来ずに、弟が弟を殺すと言う悲劇を引き起こしてしまった。それに対する懺悔、後悔。


 やはり昴の姉なのだ。彼女は昴と良く似ている。


 昴も、全ての責任は兄である自分の責任であり、何も出来なかった理由は自分が臆病だったからと考えている。全く同じと言っても過言では無い程似通っている。


「……ねぇ。……気持ち悪いくらい俺と似てる」

「気持ち悪いとは何だ気持ち悪いとは」

「いや本当に。気持ち悪いくらいに俺と考えが似通ってて気持ち悪い」

「それがねぇに対する態度か貴様」

「……もしもなんて話は無いってねぇは言ってただろ。だからそんなもしもを考えて泣いてもな。割り切るしか無いんだ」

「……はー……泣いて損した。それじゃあ私は帰る」

「どうぞどうぞご自由に。わざわざ新幹線に乗って来てくれてありがとう」

「……光、昴をお願い。そいつは泣き虫な私の弟だから」


 そのまま亜津美は個室から離れた。


 病院を出ようとすると、亜津美は黒恵に話しかけられた。


 黒恵とは初対面だが、スマホ越しに感じていた気配で何と無く分かっていた。


「……ふーむ。うん。やっぱりイイ女」

「ナンパは勘弁して下さい。少し聞きたいことがあるんです」

「聞きたいこと……。何でも聞いて」


 黒恵は被っている黒い帽子を手に取り、中に手を入れた。僅かに中から何かを取り出すように手を動かすと、刀の鞘のような物が見えた。


「突然刀を取り出せるようになって……もしかしたら亜津美さんも出来るんじゃ無いかって思ったんです」

「……刀の顕現。……ちょっと動かないで」


 亜津美は黒恵が使う狐の目のように覗いた。


「……前にスマホ越しに感じた力が大きくなってる。……何か心当たりは?」

「力の増大……。例えば、神仏妖魔存在……ああ、神とか妖怪とかの肉を食べたとか?」

「それもある。心当たりは?」


 黒恵は必死に記憶を遡った。


「特に……ですね」

「……もしくは、死んだ状態から生き返ったとか。死んだ状態から生き返ることは現在だと困難だから正確には死にかけた、かも知れないけど」

「それも特には」

「……こんなに急激に力が増大することはありえない。何かあったはず。……思い出したら昴に言って。昴から私に連絡が行くから」


 そのまま亜津美と黒恵は別れた――。


 ――昴は病院の屋上に忍び込んでいた。忍び込んでいる為見付かれば怒られるが、特に気にしている様子も無いように見える。


 その屋上には、一真が煙草を吸っていた。


「病院の屋上で煙草を吸うとは、本当に公安警察か?」

「……昴か。一本吸うか?」

「……それじゃあ一本」


 昴は一真から手渡された一本の煙草を口に咥えた。左手で髪を掻き上げ、指先から小火を出し、煙草の先に火を付けた。


 深く煙を含ませた空気を吸い、あまりの不味さに咳き込んだ。


「ごっほ!? まっっっず!? しかもこれ旧型煙草だ!? 日頃から上手い物吸っとけよ!?」

「俺にとってはこれが上手いんだ」

「趣味悪……。……一応銘柄見せてくれ」


 一真は嫌そうな顔を見せながら、スーツから煙草の箱を手渡した。


「……これ去年規制された旧型煙草だろ!?」

「ストックはまだある」

「そう言う問題じゃ無いだろ!? 何で公安警察が旧型煙草、しかも規制されている違法の物を吸っているんだよ!?」

「……昔のアニメにこんな名言がある。『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』ってな」

「全然似合わないな……」


 一真は煙草の煙を肺に回しながら、昴と会話していた。


「……それで、話しかけたってことは、何かあるんだろ」

「……人生相談と言うか、何と言うか。……苦しいんだよな。色々と」


 一真は昴を良く知っている。依頼執行人としての昴と出会ったことがある。その時に、昴は救われるべき子供だと理解したのだ。その苦しみと、辛さも良く知っている。


「……青夜のことか」

「ああ。……もう、嫌なんだよ。……殺すのも殺されるのも。……だから、色々苦しいんだよ」

「……お前は、色々背負い過ぎだ。何もかも全て自分のせいにして、背負って。……恨まれることが正しいと思うのなら、それはお前の精神が病んでいる証拠だ。恨まれることは、疲れるだろ。なら少しくらいは褒められるのにも慣れておけ。慣れるくらいに褒められろ。俺にとってはお前はまだ子供だ」

「……そうだな。……一真、協力してくれ。あれがもし偽物だとしても、青夜を生き返らせた。生き返らせた奴らを、俺は許せない」

「公安警察としても、IOSPとしても、俺個人としてもお前に協力してやる」


 昴は煙草をもう一度咥え、苦しい顔をしながら思い切り吸った。


 煙を吐きながら、昴は呟いた。


「……煙草は、15で辞めるって決めたのにな……――」


 ――青夜は、逃げていた。


 恐怖から、死から、逃げようとしていた。だがそれは決して逃れられずに、やがて近くの壁を背に座り込んだ。


「……はぁ……はぁ……。……っ……この……この頭が……! この頭がおかしい……!! これは僕じゃ無い……!! 僕じゃ無いんだ……。……何で……最後に……分かったんだろう……。……僕はただ……愛されたかっただけなのに……」


 傷は治っていない。治ろうともしていない。欠けた頭から脳を引き千切りながら投げ捨てる。それを何度も何度も。


「……ああ、にぃさん……。……いや、違いますね……」


 青夜の薄れた視界の中心にいるのは、昴に良く似た顔をしている人だった。


 ただ、違いがあった。白と黒が入り混じった髪の色、そして片方は金で、片方が銀の瞳を持っていた。


「……双子の弟星……とでも呼べば良いか」

「……貴方は……僕のにぃさんじゃ無いんですよね……」

「……ああ、もちろん」

「……なら、少しくらい……弱音を吐いても……良いですよね」


 青夜は吐血をしながら、何とか言葉を紡いだ。小さく細い糸を紡ぎ、それを何とか口に出す。これさえも難しい程に衰弱していた。


「……僕は……父さんが間違っていたとは思えない……。……父さんに愛されているにぃさんに嫉妬していたのも……間違っていたとは思えない……。……何処で……間違えたんだろう……」


 昴に良く似た人物は、ただ悲しそうな顔を浮かべていた。


「……きっと……僕は……勘違いしていたんだ……。……嫉妬と憎悪は全く別の物のはずなのに……それを同じ物だと……勘違いして……」

「……青夜、お前は間違っていない……。……お前の兄に憎悪を向けるのは……」

「間違いですよ……。……だって……そうじゃ無いと……僕はあんなに悩まない……。あの……黒い人が言った通りだ……。……僕は……憧れていたんだ……。……あの、眩しいくらいに輝く……にぃさんの強さに……。それを正しい物だと思わず……呪われている物だと思っているにぃさんが……許せなかったんだ……。……僕には、無かった物だから……。……人が暗い暗い夜の空に輝く星に……憧れるように……僕にとってはにぃさんの星の光は眩しすぎたんだ……」

「……青夜……。……その言葉は、お前の兄に向けるべき物だ……! ……だから」

「……にぃさんに、こんな弱音は吐けない……。……それに……きっと僕は本物の青夜じゃ無い……。青夜の姿をして記憶を持った……全く別の誰か……。……だからこの言葉は……きっと本物の青夜の言葉じゃ無いんだ……。……僕は……にぃさんに……憧れた。……だから僕は……にぃさんに嫉妬して、それを憎悪と勘違いして……。……きっと、一緒に暮らしていれば……愛せたかも知れないのに……。……ああ……ねぇさん……。……ねぇさんみたいに……家族を愛せるようになりたかった……」


 青夜は、泣いていた。泣いているとも言えないのかも知れない。この感情も本物の青夜の物では無いと思えば、やはりこれは青夜の記憶によって再現された偽物の涙なのだ。


 昴に良く似た人物は、息絶えた青夜を見送った。その青夜の体は子供のような別人の容姿に変わっていた。


「……獣狩りか」


 昴に良く似た人物の背には灰を被ったような色の髪の女性がいた。


「……誰でしょうか」

「……悪魔さ。とびきりの、化け物さ」

「……その人物は、貴方の家族ですか」

「いや、違うさ。俺は……こいつの兄じゃ無い。……詩気御に会えば伝えてくれ。『俺はもう二度とここに来ない』と」

「……貴方は何者ですか」

「言っただろ。悪魔さ。とびきりのな」


 女性は斧を振りかぶり、子供の頭を潰した――。


 ――詩気御はある路地の裏を歩いていた。ただ一人で歩いており、その顔は怒りを含ませていた。


 やがて詩気御はある人物と出会った。


「……リュドウィッグ……貴様……!」

「……おお、詩気御では無いか。どうしたそのような険しい顔を――」


 リュドウィッグの頭は一瞬で潰された。そこから気持ちの悪いくらいに潰れた溢れる蛞蝓のような軟体生物を踏み潰し、詩気御は薄ら笑いを貼り付けた。


「……獣狩りか」


 詩気御は後ろを振り向いた。そこには確かに灰を被ったような色の髪の女性がいた。


「……気分が変わった。君達獣狩りに協力しよう」

「貴方に伝言です。『俺はもう二度とここに来ない』と」

「……■□■・□■□■□■□君か……。……仕方無いね」

「……協力……。……もちろん嬉しいことです。我々の目的は、気狂い共の脳に潜む虫を全て踏み躙り燃やし尽くすことであり、死屍たる赤子を荼毘に付すことこそ我等の悲願」

「……さて……□□□□□□□君にも伝えようかな」


 やがて詩気御はその場から消え去った。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


狼は家族の絆が強いことから、家族愛の象徴にもなるそうです。

……まあ、この言葉に深い意味はありません。少しだけ思い出しただけです。結局青夜は何時までも救われないのですから。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ