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拾つ目の記録 裏の先の畦道 ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 光は事務所にいた。事務所の机に飛寧の頭を一つ乗せ、その上に更にもう一つ乗せていた。


「動かないでね飛寧」

「僕の頭で遊んでるんだよ!」

「いっぱいあるから良いでしょ?」

「うーん……まあ良いんだよ」


 昴君は私の前に紅茶を満たしたティーカップを置き、昴君は対面に座りプリンを幸せそうな顔で食べていた。


「けど、何処に行ったんだろうね黒恵とミューレン」

「さあ? 連絡がつかないし……まあ俺達が日本に帰るまで連絡に出なかったからかも知れないが……」


 窓から見える景色は夕焼け空で紅くなっていた。それはだんだん暗くなっていく。


「はい三つ目。流石に厳しくなって来た」


 ぐらぐらと落ちそうになっていた飛寧の頭を何とか整え、昴君の方をちらりと見た。


 禍鬼は昴君の後ろでプリンをじっと見詰めていた。最近分かったが、禍鬼は甘い物が好きらしい。


 ……ふと思った。禍鬼は縄文時代から生き延びた鬼らしい。


 だが、そうだとするとある矛盾がある。禍鬼と正鹿火之目一箇日大御神は姉妹らしいが、それはつまり同じ縄文時代に生まれたと言うことになる。


 そうだとすると、正鹿火之目一箇日大御神の鉄を打っているのがおかしい。日本での鉄の生産は古墳時代からだ。青銅器が来たのも朝貢の返礼として弥生時代に日本に来たはずだ。時代が合わない。


 つまり正鹿火之目一箇日大御神は後に製錬の神として祀られたのだろう。そうだとすると何故鍛冶や製錬の神として祀られたのだろうか。


 その疑問を禍鬼に聞いてみた。


「俺に聞かれても知らねぇよ。あいつに聞け」


 ぶっきらぼうに、それでいて不機嫌そうにそう言った。


 昴君はスプーンで少しだけプリンを掬うと、そのスプーンを禍鬼の顔の前に突き出した。


 禍鬼は嬉しそうにそのプリンを食べようとすると、煽るように昴君はプリンを食べた。


 禍鬼から見てみれば相当苛つくのだろう。その筋肉で出来た太い腕で昴君の首を締め付けた。


「痛い痛いギブギブギブ」

「絶対殺すゥ!! 確実に殺すゥ!! てめぇだけは確実に殺すゥ!!」

「俺が甘い物をわざわざ禍鬼に渡す訳無いだろへっへっへ!」

「別に甘い物が好きな訳じゃ無いがあんなことしやがってェ!!」

「嘘付け。甘い物好きだろ」


 そのままソファーから昴君を引きずり降ろし、色々ぐちゃぐちゃの絞め技を決めていた。


 ……仲は良いとは思うのだが、子供のような喧嘩をしているのはどうかと思う。


 とりあえず私は探究心のまま、正鹿火之目一箇日大御神に話を聞きたいのだが、ここにはいない。


 ならどうするか、簡単だ。ここにある神棚には正鹿火之目一箇日大御神も祀られている。つまり祈れば声が聞こえるかも知れない。


 正鹿火之目一箇日大御神さん、私の声が聞こえるのなら、私の疑問に答えて下さい。


『……正鹿火之目一箇日大御神にさんは付けなくとも良いぞ』


 うわぁ!? びっくりした!!


 確かに言われてみればそうだ。神様の名前にさんを付けるのは少し変だ。


 すると、何時の間にかソファーで横になって寛いでいる正鹿火之目一箇日大御神がいた。……何時の間にかで神様が寝転んでいるのは、良く考えたら相当な事態だ。


 燃えるような真っ赤な髪をだらしなく垂らしているその神様は、少しだけ愉快そうに妖艶とも言える笑みを浮かべて口を開いた。


「それで、何が聞きたいのだ。何でも答えるぞ。……姉君は何故昴と組み合っておるのだ。少し羨ま……昴が苦しんでおるだろう」


 何か別の感情が見えた気がする。


 正鹿火之目一箇日大御神が手を叩くと、禍鬼の手足に枷が付けられた。


「おいごらァ!! 何勝手に枷付けてるんだてめェ!!」

「煩いぞ。話に集中出来んでは無いか」

「あァ!?」

「煩いと聞こえなかったのかの」


 ……姉妹仲は良いのか悪いのか。良いのだと信じよう。


「それで光よ。聞きたいこととは何だ。何でも答えるぞ」

「正鹿火之目一箇日大御神が鍛冶の神として祀られた経緯についてです」

「あぁ、そのことか。ふーむ……何処から話せば良いのやら。まず儂が神として崇められた経緯から話そうとするかの。儂は現代で言う所の、贄だった。……いや、これは既に知っておったようだ」


 片目片足が何故神として崇められるのか。それには複数の説がある。


 鍛冶師の職業柄、片目と片足が不自由になりそこから神格化した説などがあるが、説の中の一つに()()()()()()()()()()と言う説がある。


 荒ぶる神への生贄として人を捧げるのは探せば複数の地域にそんな風習がある。その際生贄の人間が逃げないように片目を潰し片足を折ることで逃げないようにした。


 その生贄の人間が神格化され片目片足の神が多く生まれたとする説だ。まあ、余り信憑性の無い説の一つではあるが。


「まあ、儂の場合は潰さずとも最初から不自由だったがな。だから楽だったろう。それに儂はか弱い女子。運ぶのも簡単だったろう」


 か弱い……?


「いやはや、あの時は死んだと思ったぞ」


 正鹿火之目一箇日大御神は少しだけ哀しそうに喋っていた。


「……昴よ。これから語るのは少し辛い。よって手を握ってくれんかの」

「え、嫌だ」

「……何でだ」

「他の欲望が見えるんだよ」

「……バレたか」


 頬を少しだけ膨らましていたが、それをため息として出しまた語り始めた。


「近くに情緒不安定の火の山の神がおっての。そこの贄として選ばれたのが儂だ。まあ、その神を自らの力で組み伏せたがな」


 やっぱりか弱く無い。


「殺して、腹が減ったから喰らって、神となった」


 そんな簡単になれる物なんだ……。


「神として過ごして……何年かの。まあ忘れたが、儂が過ごしていた火山地帯の近くで鉄が取れるようになった。もちろんそこに出稼ぎに来る者も鍛冶師も多くやって来た。その御蔭であそこは繁盛し……いや、今は関係無い話だな。鍛冶師は山の神である儂を信仰した。試しに鉄を打ってみると意外と上手くいってな。まあ、そのせいで神となった際に治った儂の目と足はまた不自由になったのだが。……鍛冶の腕前の御蔭で正式に社が建てられたのだ。言わばこの時に神としての信仰が出来上がったのだ」

「成程……色々納得出来ました。ありがとうございます」

「このまま帰るのもつまらんな……。今日一日はこの地にいよう。弓弦齋が煩いかも知れんがな」


 他の魂胆が良く見える。


「光ー! 倒れるんだよー!」


 飛寧がそう呼びかける。


「あ、光の嬢はもう辞めたんだ」

「言い難いから辞めたんだよ! それよりそろそろ倒れるんだよー!!」


 すると、正鹿火之目一箇日大御神が一番下の飛寧の頬をつんと突いた。そのまま飛寧ヘッドタワーはバランスを崩し、倒れてしまった。


「お主だったか。最近昴の中で声が多くなったと思っていたのだ」

「あ! まさかひがまとなりに燃え移るとは思わなかったさんだよ!」

「正鹿火之目一箇日大御神だ。どんな聞き間違いをすればそんな名前になる」

「わざとだよ」

「そうで無ければ困惑するぞ」


 それにしても本当に黒恵とミューレンに連絡がつかない。夜も近くなってしまっている。今日は澄み渡る綺麗な夜だと言うのに勿体無い。


「……ふむ……あの二人はいないのか? 少し興味深い二人だと言うのに」

「今は連絡が付かないんですよ」

「ふむ……八重が言っていたのはこれか……」

「え?」

「ああ、こちらの話だ。済まない。……そろそろ来るからな。儂から話すより八重から話す方が良いだろう」


 何故この話で八重さんが出てくるのだろうか。


 すると、昴君のスマホから着信音が鳴り響いた。昴君は今プリンの容器を洗っている最中だ。


 すると、魅白が昴君のスマホを届けに小走りで行った。丁度洗い終わった昴君はスマホを取り、通話を始めた。


「もしもし? どうしたんだ、ねぇ?」


 どうやら亜津美さんらしい。


『いや、夏日知らない?』

「いや? 見てないが……何かあったのか?」

『……そっか。さっき学校から連絡があったの。私が一応保護者だから。私が、一応、保護者だから。夏日の生活費も、教育費も、娯楽費も、全部、私が、払っていないのに、保護者だから』

「その……えっと……本当にごめんなさい……」

『……学校からの連絡だと、今日は同級生と待ち合わせだったらしいけど全然来ないし連絡が取れないから心配で学校から私に連絡が来たの』

「……分かった。こっちから探してみる」

『……ちょっと関係無いけど、近くに神様か何かがいる? さっきから熱いんだけど』

「……ねぇ、それは怖いぞ」

『やっぱりいるんだ。……私も成長したなぁ……』


 どうやら電話越しでも神様を感じ取れるらしい。まさかそんなことまで出来るとは。


 通話を終えると、魅白が昴君の頬を両手で揉み始めた。


「……ありがとう魅白。けどほっぺを触るのは辞めてくれ」

「ぽぽぽ。ぽぽぽぽぽ」

「……分かった。分かったから。もうどうぞお好きに。……だけどせめて俺の肌が荒れ無い程度にしてくれ」

「ぽぽぽぽぽぽー。ぽっぽーぽ」


 すると事務所の扉が開かれる音が聞こえた。


「来たな」


 正鹿火之目一箇日大御神は小さく呟いた。現れた時は着物だけだったが、燃えるような羽衣を身に付け着物は更に豪華絢爛とも言える物に変わった。


 事務所に入って来たのは、白いシャツに黄色いロングスカートを着ていた女性だった。


 初対面では無い。何故なら、この人は昴の曾祖母だ。


「恐らくここにいると思うのですが……って何故正鹿火之目一箇日大御神がおられるのですか!?」

「おお八重、そろそろだと思っていたぞ」


 服装だけで人の雰囲気は変わる。だがやはり違和感があるのは、巫女装束でしか八重さんを見ていないからだろう。


 八重さんは何故か正鹿火之目一箇日大御神の前の床に正座で座っていた。


「何をしておる八重よ」

「いえいえ……昴はまだ良いのです。光もまあ良いでしょう。……私は神に仕える者なのです。ならこのような態度をとるのは当たり前です」

「お主も神であろう?」

「それ以前に私は巫女なのです。ある程度立場は近くなったとは言えそのような事は……」

「儂はあの地を守り、お主はあの海を人魚と共に守っている。守っておる場所が違うだけでその功績に違いは無いであろう?」

「……やはり同じ高さに座るのは避けたいと思っているのです」

「巫女に生まれた者は面倒くさいのぉ。高龗神も最初はそうだった。今は良き友であるがな。それより急ぎの用があるのだろう?」

「ああ、そうでした! 昴! 黒恵は何処にいるのですか!!」


 昴君は突然のことに困惑しているようだ。


「俺に聞かれても連絡が取れないんだ」

「そうですか……。……私は神職と並行して陰陽師として活動しているのは知っていますよね。陰陽師と言うのは卜占もするのですが、六壬神課での卜占の結果、ここ最近で黒恵が神に殺されると出ました!」

「……黒恵ならありえそうだから困る……」

「こんなことをしている暇はありません! 黒恵さんに命の危機が迫っているのですよ! 貴方の友人の危機と言うのに何故そんなに焦ら無いのですか!」

「焦ってる。焦ってるが、黒恵の居場所を占えば良いんじゃ?」

「あっ……それもそうですね」


 肝心な所で抜けているらしい。


 黒恵がいないならミューレンも一緒にいる可能性が高い。なら逆にミューレンを探せば自ずと黒恵も見付かるはずだ。


 ……だからミューレンも一緒に行動してるから見付からないの! 何で当たり前のことを考えているの!


 何だか何時もより私の頭がおかしい気がする。疲れてるのかな。


 ……違う、そうじゃない。何故か私はミューレンを必ず見付けられると言う確証があった。理由も作り上げていない私の心の中で作り上げた確証。


 それが何故か私なら出来る気がする。ミューレンなら、ミューレンだけなら見付けられそうな気がする。


「光!? どうした!? 目が変だぞ!?」


 昴君の心配そうな声が聞こえた。その声の意味が分からなかった。その表情の意味が分からなかった。


 昴君は手鏡で私の顔を見せた。


 私の右目が銀色に輝いている。ただ美しく、綺麗に、輝いている。けれど私は、見た時にはそれをおかしなことだとは思っていなかった。


 まるで最初からそうだったように、私は当たり前の光景と思っていた。ワンテンポの思考を挟んで、これがおかしなことだとようやく理解出来た。


 ……体の変化、それはミューレンと全く同じだ。ただ違いと言えば右と左の違いだけだろう。


「……ミューレンがいる」

「いやそれよりも大丈夫なのか? 何か違和感とか……」

「……何も思ってないのが違和感かな。けど本当にミューレンがいる所が分かるの。何でだろうね」


 それはあくまで私の感覚。何の根拠も無い感情による確証。何処にいるかの方向が分かる。


 良く言われる第六感と言われる物なのだろうか。


 鏡を見ていると、銀色の目は何時も通りの黒色に戻った。それと同時にミューレンの居場所を感じなくなった。


 だが、何処にいるかの方向は覚えている。私の頭が覚えている。


 私は昴君の手を引いて事務所に出た。


 最初こそ困惑していたが、すぐに禍鬼も飛寧も魅白も和紙に戻した。正鹿火之目一箇日大御神はどうやら昴君の体に入ったようだ。


 路地裏だ。東京の路地裏だ。その先に、ミューレンがいる。


 八重さんも昴君と似たような困惑した顔をしている。やはり家族なのだろう。


 室外機が一面にびっしりと付けられている壁を右に、こんな奥まった所にあるおでん屋を左に、野良猫に着いて行くように真っ直ぐ進んだ。


 やがて、体を横にしないと進めない程狭い道が現れた。この先にいる。


「何処まで行くんだ?」

「この先だよ。きっと」

「……本当にこの先にいるのか?」

「うん。この先にいるよ」


 昴君と八重さんは互いに顔を合わせ、首を傾げている。やはり似ている。相当離れているはずなのに。


 やがて道の先に行くと、一つの小さな祠が見えて来た。


 日本人形が地面にも、その祠の屋根の上にまで置かれていた。その異様であり不自然な様相は人としての生存本能から生み出される恐怖を出した。


 人形は祠の周辺の設置出来る場所に隈なく設置している。誰かが置いた以外考えられないが、何故か人間では無いもっと怖ろしい何かが置いたような印象を感じてしまう。


 しかも今は夜だ。星が見えるとはいえ、暗い景色に薄っすら笑っている日本人形はやはり不気味だ。


 少しだけ昴君の手を繋ぐ力が強くなった。少しでも安心したからだろう。


 昴君はただ微笑んでいた。……うん。心が落ち着く。


 日本人形を良く観察すると、一つだけ頭から割れた日本人形がある。


「光さん、あまり触るのは辞めた方が良いです」

「何かあるんですか?」

「何か嫌な気配を感じます。恐らく何かしらの依代です」

「依代……」


 神霊が寄り付く物、それが依代。昴君の和紙も同じような物だ。


「壊すのは気が引きますが……人を明らかに恨んでいる神です。今は宿っていないようですが」


 すると、正鹿火之目一箇日大御神が突然出て来た。


 昴君は何もしていない。つまり正鹿火之目一箇日大御神は体を持って出て来たと言うことだ。最近の昴君なら出来るのだろう。……いや昴君の意志関係無く出て来るのは問題な気がする。


「……ふむ、厄介な神だな。()()()()()()だ」

「今時そんな存在が……江戸の時代にてほとんどが狩られたと思っていましたが……」

「……八重、ここ最近で人が多く死んだ何かが起こっていたか? いや、ここ最近と表現するのは儂の悪い所だ。ここ百年で、何かが起こったか?」

「……およそ百年前に()()()()()、その事件の一因で第三次世界大戦が起こりました」

「ふむ……弓弦齋が言っておった事件か……。ふーむ……増えてそうだのう……。ここ最近の人間は信仰が薄いせいで加護も力も少ない……これから増えるだろうな」

「……存じております」


 私達に分からないことで語るのは辞めて欲しい。気になりすぎて昴君の膝の上じゃ無いと眠れなくなる。


「……八重、そこの二人が疑問符を頭に浮かべておる。説明をしてやらんとな」

「あら、本当ですね」


 正鹿火之目一箇日大御神が日本人形を少しだけ楽しそうに燃やすのを横目に、八重さんの説明口調の解説を頭に詰め込もうと集中した。


「まず幽霊とは何となくで理解出来ますか?」

「はい。それくらいなら」

「その中でも死んだ人間……いえ、動物でも良いですね。動物の幽霊は少ないですが。死んだ生物の幽霊、それが死霊」

「はいはい」

「幽霊と言うのは複数の魂が重なり、その力を更に強くすることがあります。自分の意志では無いですが……。ここは迷い人と同じですね」

「つまりこの日本人形に宿っていたのは千体の幽霊が重なったとんでも無い力の幽霊と言うことですね」

「そうです。しかしこれはそれ以上の理由でとても厄介です」

「それは?」

「……神を襲っています。恐らく故意的に」

「……幽霊って自我があるんですか?」

「ほとんどの幽霊にはありません。私も出会ったのは三体だけです。ただこれは少しだけ違います。あまりの力に自我を持ち始めた事例です。これなら然程珍しく……いえ、そこまでの力を持つ存在がまず少ないですね。そんな存在は、友好的なら神として祀られるでしょう」

「……それが、この祠の祭神を襲っている……」

「そうです。祠が作られると言うことは人と有効な神。今すぐにでも助けたいのですが、そんなことをすれば黒恵が……」

「……もしかしてその祭神の所にいるんじゃ……?」


 八重さんは予測していなかったのか、驚いた顔をしていた。そこから納得したように祠の方を見ていた。


「……ここの祭神の神域に迷い込んだ……確かに黒恵さんの力なら納得が出来る。お手柄ですよ光。私では気付けなかった」


 すると、突然八重さんが後ろを睨んだ。昴君はそれより前に後ろを見ていた。


 それはすぐに臨戦態勢に入り、八重さんは懐から和紙を取り出した。


 私の死角に何かが写った。それと同時に昴君に体を引かれ、抱き着くような体勢で昴君と引っ付いた。


 路地裏の壁を走るように何かが這っていた。


 それは人のようであり、少しだけ違う。


 人間の上半身に頭が何個も着いていた。全てが笑っており、「ケラケラ」と声を出していた。


 肩から生える腕の肘の先には、肘から手までの部分がそれぞれ12本生えていた。それを使い、器用に壁を這っていた。


 それを視界で捉えてもすぐに死角に入ってしまう。


 それに見えていると言うことは神仏妖魔存在か怪異存在だ。話から推測するに神仏妖魔存在だ。


 だが、その存在は思いの外すぐに倒された。


 一瞬この空間全体が霧に包まれた。その霧の隙間に見えたのは炎に包まれた大きな蛇が空を這う姿だった。


 すぐに霧は晴れた。そしてその視界の中には確かに炎に包まれた蛇がいた。その蛇は先程の存在にとぐろを巻き、炎で燃やし尽くし灰にした。


 蛇はすぐに和紙に戻った。


「……思ったより多くの魂と重なっているようです。しかもそれを別けることが出来る程個としての存在が薄い……。個としてなら対処のしようはありますが郡として襲ってくれば非常に厄介です。急ぎましょう。黒恵とミューレンが危険にさらされているはずです」


 正鹿火之目一箇日大御神は日本人形を全て燃やし尽くしたのか昴君の体に戻った。


 昴君は少しだけ状況が飲み込めていなかったが、とにかくこの先は危険と言うことは理解しただろう。


「さて、光はここで待っててくれ」

「え?」

「いや、ヤバい存在何だろ? ひぃ婆」


 八重さんは緊迫した顔で頷いた。


「と言う訳だ」

「え? 何で? 昴君がいるから大丈夫でしょ?」

「確かにそうだが、万が一のことがあるだろ?」

「大丈夫だよ。こっちには強い人が何人もいるし。それに頑張ったら褒めてあげるよ?」

「……いやいやいや」


 あ、少し悩んだ。


「……分かった。ただし後ろにいること」

「了解しました!」


 すると、八重さんが祠の前で何かを呟いていた。微かに聞こえるその声は、正確に聞き取ることが難しい。聞き取れたのは、最後の一文。


「……目前に見えまする祭神の、神域へと至る境を導きますよう、經津櫻境尊へ畏み畏みお頼み申し上げます」


 經津櫻境尊、何だか久し振りに聞いた名前だ。


 八重さんは祠の前で四回手を叩くと、目の前に鳥居が現れた。


 真っ赤なその鳥居の先には、田舎の風景に良くある畦道だった。夏の晴れた日の日差しが夜の時間のこの空間に眩しいくらい差し込む。


「……久し振りに使いましたね。さあ、この先に二人はいるでしょう。急ぎますよ」


 私達はその鳥居を潜った。


 潜ると鳥居は綺麗に消え去り、後ろにもずっと続く畦道があった。


 そのまま昴君は私を背負い、八重さんと一緒に走り始めた。


「何か危ない存在がいる時はすぐに分かるのか?」

「はい。すぐに分かります」

「なら安心か……」

「そう言う訳ではありません。ここには逃げ道がありません。むしろ祭神を狙う存在がここには無数にいるはずです。その対処に少しだけ手こずると思います」

「出会ったら」

「倒せる存在なら積極的に、あまりに強い存在の場合は逃げる方が良いでしょう。しかし逃げる方向は前か後ろだけです」


 畦道はずっと続いている。昴君の背で揺れながら遠くを眺めると大きな入道雲が見える。


 それ以外の雲は本当に何も無い。ただただ青い空が見える。ずっと続く、ただただ広い夏の空。


 ずっと畦道を進んでいる。進んでいる速度はとんでも無いが。


 どれだけ進んでも、ずっと前にある山が一切近付かない。それがまた、好奇心が湧き上がる。


 だが、この熱い日差しの中での疾走は疲労を溜めてしまうのだろう。少しずつ二人の速度が落ちてきた。


 徐々に動いていた足が遅くなり、やがて膝に手を置いて止まった。息は上がっており、汗も危険な程溢れている。


「はぁっ……はぁ……何時まで続くんだこの道……」

「昴君! えーとえーと……確か何処かに……あ、昴君水出せるよね!」

「んん……ああそうだった……忘れてた」


 昴君は汗で纏まった前髪を左手で掻き上げた。左目は赤に変質した。心做しか瞳孔が縦に長い気がする。


 地面に横になりながら、そのまま手を上に挙げた。田んぼの水が空に高く上がり、やがて私達の上の空中で球体になった。


 私はそれにルーン文字を刻んだ黒い石を投げ込んだ。バインドルーンでも無い文字が刻まれた石だが、充分だろう。


 その水は急に落ちて来た。冷たく涼し気な水がの大質量が一気に頭から落ちた。


「凍るかと思ったけど意外と上手くいったね」

「……何時の間にミューレンからルーン文字を……」

「え? 違うよ。私が刻んだルーン文字だよ」

「まさかそんなことが出来るとは……と言うか何時の間に」

「やってみたら出来た!」

「……そうか。だが助かった。ありがとう」

「どういたしまして」


 八重さんは頭を振って髪の水気を飛ばしていた。昴君も全く同じ方法で水気を飛ばしていた。やはり細かい所作が似ている。


 息を深く吸って、そして長く吐いて八重さんは声を出した。


「こんなに長いとは思いませんでした……今何時間走りました?」

「2時間21分」

「……私なら疲労はすぐに治りますが……こんなにずっと走り続けると流石に疲労が溜まりますね。しかも終わりが見えないとは」

「……黒恵達は見えない。ずっと遠くにいるはずだ」

「……一応ミューレンさんの強大な力は感じるんです。ただその距離が近付いたり遠退いたり距離が安定しない。正確な位置さえ分かれば"扉"を使えばすぐに行けると言うのにこれでは……」

「……確かひぃ婆の式神の中に十二天将がいたよな。朱雀とかいるだろ」

「あれは私だけに従う式神ですから他の人はまず乗せてもらえません。もう何体かいますが……それはあまり移動に使うには難しいです」


 昴君は地面であぐらをかきながら遠くを眺めた。


「……何か来る」

「……そうですね。しかし敵意は無さそうです。ここは戦わずに体力を温存しましょう」


 昴君はまた私を背負おうとしたが、これ以上走るのは危険と言い聞かせて歩いた。


 すると、前の畦道から神仏妖魔存在と予想される何かが歩いて来た。


「目を合わせてはいけません。あれは精々40人しか重なっていません。自我はもう無いはずです。だからせめてこちらから見えていないと思わせて下さい。そうすれば襲っては来ないはずです。倒せはしますが片手間に倒せる存在ではありませんから……」


 私達はただ前を見ていた。前から来る存在と目を合わせないようにして。


 目の前から来ている存在は、本当にただの人のように見える。


 麦わら帽子を被っている女性だった。だが、その顔はあまりにも、あまりにも正気を保っているようには見えない。


 瞼を限界まで、眼球が落ちそうな程開きながらぎょろぎょろと動かしながら辺りを見ていた。


 口はただただ力も入れずに開けていた。そこから溢れる赤い液体から辛い匂いがする。


「……ねえ昴君、最近現代技術基準遠未来装備HIKARI MARK Ⅱを改良してるんだ。もう少し小さくコンパクトにして、レーザーの威力を少しだけ下げたの。あれは少し強すぎたからね」


 通り過ぎようとしている恐怖を紛らわすように昴君と話していた。


「そう言えば新しい物も作ろうとしてたな」

「あぁ……深華の装備を改良してね。HIKARI MARK Ⅵにしようとして、設計図は出来たから後はNEW HIKARI ALLOYさえ出来れば簡単に出来るよ。来月には運用出来るんじゃないかな?」


 すると、通り過ぎたあの存在が突然声を出し始めた。


「……見えてる」


 いいえ何も見えていません。


「……見えてるでしょ」


 何も見えていません。


「……ばいばい」


 やがてその存在は畦道の後ろを過ぎていった。


 静寂が、ただただ静寂が数分続いた。


「……もう大丈夫でしょう」


 八重さんのその言葉で緊張は一気に解れた。


「……おかしい」

「何がですか?」

「……確かに魂が重なっても個としての存在が薄いため別れることは時偶にあります。ですが……それにしては自我がはっきりしている。明らかにおかしい。偶然にも、奇跡的にも、自我を持っている存在だったとすることも出来る。そんな確率がある可能性はもちろんありますが、普通はありえない。何か……何だ……。……すみません。これ以上何も分かりません」


 八重さんは百年以上生きた人だ。その人が「……おかしい」と言う事態。


 自我を持っている幽霊がこんなに出るのがありえないと断言する程珍しいのだとすると、人為的の可能性。


 あくまで可能性。そんなことが出来るのかは分からない。ただ、ふとそう思っただけだ。


「……あれ。バス停があるな」


 昴君がそう言いながら前を指差した。確かにバス停がある。こんな所にバスが来るのだろうか。


 その近くに木材で作られた四角い小屋がある。あそこで少し休もう。


 中に入ると、市販の椅子が三つあった。首を回して強い風を出しながら空気を循環させている扇風機がある。


 蛇口もあり、捻ってみると水が出る。


 電力及び水道は何処から繋いでいるのか。それが気になるが、今はそんなことどうでも良いこととして、心に言い聞かせないといけない。


「まさかこんな所にあるとは。本当に助かった」

「そうだね。それにここで黒恵達が休んでる可能性があるし」


 昴君は扇風機の前を独占しながら声を出していた。


「アーワレワレハウチュウジンダ」

「昴君良くやるよね」

「ナツヒトクラシテトキノカズスクナイゴラクダッタカラナ」

「……そっか」

「タラバガニ」

「何で鱈場蟹?」

「ナツヒトヨクイッテタ。タラバガニガニ」


 やがて疲労がある程度取れた私達はまた畦道を歩き始めた。


 本当に長い。ずぅーっと続く。向こうに見える山との距離が一向に縮まらない。


 ……空間の引き伸ばしとはまた違う。それだとここの重力はとんでも無いことになる。


 この道に僅かな差異があると言うことは、向こうに見える山はあくまで景色としてそこに存在しているだけであり、現実に存在する場所では無いのだろう。


 すると、突然八重さんが足を止めた。


「……成程、だから距離が――」


 八重さんはそう呟くと、目の前で何かを開けるような素振りを見せた。


 すると、突然私達の視界は歪んだ。


 ぐらぐらと歪んだ視界で何とか昴君の腕を掴んだ。昴君も不安なのかその手を握っていた。


 やがて視界は元に戻ると、青々しい緑色が見えた。その木々に囲まれていた建造物が厳かにも確かに存在感を出していた。


 一見すると神社のようだ。だが、何か、何処か、怖ろしい。


 ここが怖ろしいと言う訳では無い。ここに何か、ここには全く関係の無い別の存在がいたような、そんな感覚がする。


 最近私の何かが変わっているような気がする。今まで感じなかったことを感知出来るように、それを不自然なことでは無いと受け入れている。少しだけ怖いと思うのは仕方無いだろう。


「ここにおられると思ったのですが……どうやらここの祭神は……いや……」


 すると、昴君と八重さんが突然後ろに走り出した。


 それと同時に大きな音が響いた。


 後ろを振り向くと、確かに理由が分かった。


 そこにいたのは明らかな怪物だった。


 顔が上下反転して、しかしそれでいて笑っていた。上下反転しているのに髪の毛は上に生えていた。その顔が、上から私を見下ろしていた。

 顎から黒い角が二本生えており、その先に空を飛んでいた燕が突き刺さっていた。

 蝉の幼虫の体の形に近い肉の塊からは人間の足が何本も生えており、それでこちらに近付いていた。

 背中から人の手で作られた翼が生えていた。だがそれは翼としては機能していない。ただ自分を着飾りたいと言うような人間臭い何かが見える。

 ただ笑っている。「ケラケラ」と笑っている。


「たすけてあげる、わたしはかみだから」


 八重さんは軽蔑するように、それでいて侮辱するように苛立ちを顕に声を出した。


「貴方が神だと? ふざけるな。人に信仰される神を喰らわんとする貴方が神と名乗るのもおこがましい。せめて人に信仰される程の善行を積んでから神を名乗れ」


 神とは人に益を齎す存在だ。例えどれだけ我儘で自分勝手な超常存在だろうが、人々の饗しに応え友好的であるならば八重は目を瞑る。


 だが、あれは八重にとって神を名乗ってはいけない存在だ。あれはただ自己満足をのためだけに本来益を齎す神を喰らう悪しき身勝手の権化。


 神と名乗るのもおこがましい。妖、悪魔と形容するべき怪物である。せめて神を故意的に狙わなければ、八重もまだ受け入れた物を。


 だが、やはり無理なのだ。もう一人、光に敵意を向けたこの存在を許さない悪魔がいた。


 その背中に強烈過ぎる衝撃音が鳴り響いた。その一撃は人間では不可能。彼は、人間では非ず。人間以下の、獣である。


 昴はその背中に激突させた踵を使い更に上に跳躍した。


「"禍鬼"」


 その一言は鬼を出した。


 その姉に合わせるように炎の神も現れた。


 鬼は自身の中に眠る修羅の通りに、神は自身の中で恋焦がれる彼の通りに。


 久方振りに目にした千人以上の魂が重なった存在に、禍鬼は歓喜した。禍鬼は過去に一度だけ対峙したが、あの時は昴程では無かったが充分に満足した戦いを楽しめたからだ。


 久方振りに目にした千人以上の魂が重なった存在に、正鹿火之目一箇日大御神は厄介だと思っていた。神として祀られているため何度も目にする存在だが、その度に一筋縄ではいかないことがほとんどだったからだ。


 故に二人の思考は重なった。


「「全力で殺す」」


 単純、故に重なる思考。性格は違えど二人は姉妹であった。


 昴はそこから離れた。光の元に走り、そのまま抱えて更に奥へと走った。


「す、昴君!? 戦わないの!?」

「ひぃ婆から言われた。この先に黒恵とミューレンがいる。それに夏日も」

「夏日ちゃんが!? 何でこんな所に……」

「それは分からない。だが、あそこにいるよりかは俺の傍にいた方が安全そうだから連れて行く。分かってくれたか?」

「ばっちりだよ。でもその三人は何かに追われているの? 逃げてると思ってるんだけど……」

「ひぃ婆が言っていた話だと――」


 ――私は全力で走っていた。


「どうするんですか黒恵さん!」


 夏日の切羽詰まった声が聞こえた。


「そろそろ追い付かれるわよ!」


 ミューレンの切羽詰まった声が聞こえた。


 ……さて、どうした物か……。


 後ろからは依然として蛙の化け物が必死に追って来ている。


 息を切らしながら、それでも死にたく無い。だから私は走っている。


 だが、私は八百万稲田姫を背負いながら走っている。それが更に疲労を上乗せする。


 正直に言うと、背中にいるこの子を投げ飛ばせば少しの時間は稼げると思っている。だがそれでもそれをしないのは、私が人間でいたいからだろう。


 この子を犠牲に生き延びることが、私の人間性ではとても難しい。


 私が大切な物は私じゃ無い。私が大切な物は説明の出来ない本能から無くてはならないと思った物だ。その次に私。


 八百万稲田姫は、私の中では無くてはならないと思った神。夏日と日常的に接しているから分かる。この子は人間が好きだ。そんな神を私のせいで殺す訳にはいかない。


 ミューレンか夏日に渡すにしてもそんなことをすればまず追い付かれる。片手でも塞がれば今の私には"扉"は使えない。


「黒恵!」

「何よミューレン! 今考えてるのよ!」

「何かが来てるわ! 真っ赤な靄!」


 ミューレンの左目は銀色に輝いていた。


 それと同時に、何かが木の上を走っていた。枝を飛び移り、地面を走り私達の背後に蛙との間に割って入った。


 それと同時に聞き慣れた声が私の耳に良く通った。


「落ち着いて下さい! 彼女達は攫おうとしている訳ではありません!」


 光の声だった。


 それと同時に私達は足を止めた。


「光さん!? って言うかおにぃまでいる!?」


 夏日の素頓狂な声が聞こえた。確かに横には昴がいる。


 すると、蛙の化け物も足を、と言うか手を止めた。その腕を束ね、やがて一つの肉に固まり蜻蛉のような羽に変わった。


 すると、耳を通らず頭に直接響いたような声がその蛙から聞こえた。


『……穢れた力をその身に宿す男を傍に置いてそれを訴えるか』

「穢れた力……あー昴君のことですか。大丈夫です。敵意は無いので」

『敵意は無い……確かにあの無礼者のような身勝手さは感じない……それどころかこちらにある程度の敬意を持っているようにも見える……。そこの男よ。何者だ』


 昴は突然話を振られ、困惑をしていたがすぐに答えた。


「そうですね……まあ穢れてるのは確かに。ですが、それ以上に敵と味方くらい見分けられるはずでしょう。私が何なのかは貴方が判断なされば良いのでは」

『……稲田姫よ。その者達は敵では無いのか?』


 その声に私の背にいた八百万稲田姫は泣き叫んでいた。だが、夏日が触れると少しずつその感情は落ち着きを取り戻し、やがて私の背から降りた。


「……友達。この子友達」


 そう言って八百万稲田姫は夏日を指差した。


『……そうか』


 すると、その蛙は八百万稲田姫の元に近付いた。それは敵意と言うより愛情を感じる。


 その遠くに見える背後には、何か大きな物を引きずる人影が見えた。


 それは八重さんだった。あの時の印象とはまた違う現代的な服装だった。


 それと一緒に正鹿火之目一箇日大御神と禍鬼までいた。


 禍鬼は昴を見ると、不機嫌そうな顔を共に突撃してきた。その禍鬼の角を掴み、体当たりを止めた。


「何だ急に。こっちは何時も禍鬼の欲求不満に応えられる訳じゃ無いんだぞ」

「うるせェ!! もう俺はてめぇじゃねぇと満足出来なくなってんだよクソがァァァ!!」


 禍鬼の剛腕は昴の腰を掴み、そのまま遠くにまで投げ飛ばした。昴は体を大胆に回し、木の幹に足を置いた。


「突然投げ飛ばさないでくれ禍鬼!」

「うるせェェェ!!」


 そのまま戦闘を始めてしまった。


 それを横目に、何だか久し振りに見た正鹿火之目一箇日大御神が蛙に向けて話しかけた。


「ここらの蛙の主か? それとも……まあどちらでも良い。ここらの守護を受け持つ土着の神か。お主にとっては土着と呼ばれるのはあまり良い気分では無いか。あの田の神は娘子か」

『……お主があの無礼者を退治してくれたのか』

「儂だけでは無いがな」

『ここらの"谷蟆主(たにぐくのぬし)"として礼を言う。それと無礼を詫びよう。今だからこそ分かった。あの女達は、稲田姫を守ろうとしたのだな』

「正鹿火之目一箇日大御神としてその感謝は受け取ろう。詫びはそこの三人にな」


 谷蟆主と名乗った蛙は私達の前にのっそりと動くと、頭を低くし視線を合わせた。


『悪かった。娘を狙う無礼者がいたのだ。それと勘違いしていたとはいえ、驚かせてしまったようだ』


 どうやら八百万稲田姫はこの蛙の娘らしい。それにしては形が違う、と言うか哺乳類と爬虫類は相当遠い違いがある。


 すると、八重さんが何か大きな物を引きずりながらやって来た。


「重たいぃー……」


 やがてその谷蟆主の前に、明らかに生物とは言えない死体を置いた。


『……お主は』

「遠方の地にて宮司、及び陰陽師をやっている安倍八重と申します」

『帝と同じ物を感じる。現人神か』

「良くお分かりで。經津櫻境尊の力を与えられ一人娘に成った者で御座います」

『……それにしては……いや、これは聞かない方が良いのだろう』

「……感謝します谷蟆主よ」


 やがて谷蟆主の蜻蛉のような羽はまた人の腕のようになり、その大きな死体を持ち上げた。


 大きく広げた口に、その死体が飲み込まれた。あまりにも圧巻で、あまりにも非現実的な恐怖とも言える畏怖を、私は好奇心のまま見ていた。


『……やはり不味い。これを好ましく喰う者達とは永久に共感出来んな……』


 すると、八百万稲田姫はその谷蟆主の背中に楽しそうに乗った。


『……名を何と言う。稲田姫の友人よ』


 そう夏日に向けて言っていた。


「え、あ、はい! 五常夏日です!」

『夏日、また稲田姫に会いに来てくれ』

「あ、はい! それはもちろん!」

 すると、突然また私の視界は歪んだ――。


 ――私達は事務所に戻っていた。


 ……しかし、何故私は怒られているのだろうか。


 私の横にはミューレンと夏日が、私の前には憤怒の顔をしている八重さんがいる。


「分かっているのですか! 友好的な神だから良かった物を、一度敵対した人間を殺す神であったら死んでいたのですよ!! 特に夏日! 人の身で神と会うのはどれ程危険なことなのかの知識が足りていません!!」

「……おにぃ……この人誰……?」


 珍しく飛寧にケーキを別けている昴君が答えた。


「ひぃ婆」

「……つまりお母さんの?」

「婆ってことだな」

「……そんなわけ無いでしょ!? 若すぎるよ!! 婆は90越えてたでしょ!! 生きてたとしたら110越えてるよ!!」

「今年で134らしい」

「絶対嘘だ! 女子高生でしょ! 私と同じくらいでしょ!」


 ……今なら逃げられるのでは……?


 私はそーっと、とても静かにそーっと体を動かしながら事務所から出ようとしていた。


 すると、私の肩を誰かが叩いた。


 振り向きたく無い。振り向いたら……コロサレル……。


 そこには、満点の笑顔でこちらを見ている八重さんの顔がいっぱいに写った。


「何処に行くのですか黒恵? 貴方が一番危なかったのですよ?」

「ひゅぅっ……!!」


 かくして私は、恐怖の説教で今日を終えてしまった。


 ……もう二度とこの人がいる日には神と出会うのは辞めておこう。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


第六部作にて修正を加えています。正鹿火之目一箇日大御神の設定上の矛盾があり、大変申し訳御座いません。どうやら私は事前に作っておいた設定とは関係無くその場のノリで作ってしまう悪い癖があるようです。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


□■□■□……あれ、ああ戻った。びっくりした。

昴と夏日似てるなー……。本当に似てません?

あ、そうそう。谷蟆主はあくまでその地での主と言うことなので、他の地に行くとまた別の谷蟆主がいます。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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