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拾つ目の記録 裏の先の畦道 ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 私はミューレンと一緒に自分の家でテレビを見ていた。


 今日のテレビには興味深い物を放送しているからだ。それは私達の好奇心を満たすかも知れない事象だ。


『さあ! 世紀の発見となるのか! 今日こそナチスの黄金列車が見付かるのか!』


 そう、今、たった今、詩気御さんが発掘された装甲列車に一人で入っている。


 もし本当なら世に蔓延る都市伝説の内の一つが暴かれるのだ。オカルトマニアとしては興味深く、あの場に私が居ないことが悔やまれる。


「本当に積まれてるのかしら」

「積まれてる方が浪漫でしょ」

「それはそうだけど……」


 ミューレンの現実的な意見は浪漫が無い。乗っていた方が私の心が湧き上がる。なら乗っていた方が良い。


 すると、テレビの液晶には詩気御さんが装甲列車から出て来た映像が流れている。


 何時も通りの薄ら笑いを貼り付けながら、ある物を掲げていた。


 略奪されたと言われていたある美術品がその両手に掲げられていた。


 湧き上がるのは声援。どうやら本当にあったようだ。ナチスの黄金列車は、本当にあった。


 詩気御さんの行動を期に、調査員はこぞって装甲列車の中に入った。


 その時、詩気御さんは何かを隠したような素振りを見せた。あくまでそんな気がするだが、確かに何かを隠したように見えた。


 だが、そんなことは目の前にいるカメラマンは分からなかったのだろう。詩気御さんからカメラは離れてしまった――。


 ――詩気御はある建物に入っていた。


 ただその中にいるのは詩気御を含め二人だけだった。そこにいるもう一人は、依頼執行人としてここにいる昴だった。


「やあ、昴……依頼執行人君」

「……貴方本当に……」

「すまない。慣れた方で呼んでしまうんだ」

「私と貴方にそこまでの関係があるの?」

「……確かにそうだね」


 詩気御は昴の前にある物を置いた。


 そこに存在するだけで炎が煌めくように、神々しく燃えるように()()()()()()があった。


 手に入れた物に富と名声を手にすると言われるカーバンクル。それは今や昴の手にあった。


「……本物ね」

「偽物な訳が無いだろう? 偽物を掴ませたら君に何をされるか……」

「……約束は忘れてないわよね?」

「覚えているさ。金はまた次の日に一括で支払うよ。……さて、君に伝えたい情報は……そうだね。死屍たる赤子に気を付けてくれ」

「……死屍たる赤子……最近良く聞くようになったわね。死屍たる赤子とは何なの?」

「言葉の通りさ。死屍た赤子。答えは自分で辿り着く物さ」

「……私にとって有益な情報じゃ無いわね」


 昴は背中に手を回した。詩気御は両手を上げ、戦わない意志を示した。


「分かったよ。だが全てを語ることは出来ない。それは理解してくれ」

「……分かったわ」

「……彼等はキリスト教に近い。そして、死屍たる赤子と叫んだ彼女は天皇抹殺を目論んでいた。ここまで言えば……君にとって有益な情報にならないかい?」

「……ええ、満足よ」

「僕は殺されずに済みそうだ」

「殺すのも殺されるのもごめんよ」


 そのまま昴はカーバンクルを持ち、出てしまった。


 それから数時間、詩気御はその場にいた。ただずっと、何もせずに。


 やがて詩気御の前に灰を被ったような色の髪の女性が現れた。ただ美しく、それでいて血の匂いを纏い。


 狂気を左目の蒼に宿し、右目には何も宿していない、それでいて虹彩も瞳孔も無く、ただ真っ白な眼球だった。


 黒のスーツを上品に着こなしたその女性は、口紅で彩った唇を開いた。


「……カーバンクルを何故あの女に渡したのですか」

「勘違いをしないで欲しい。あくまで君達()()()とは協力関係でも無いんだ。何をしようと僕の勝手さ」

「……イチジクの実を食べた女と、()()()()()()()()()は一体何処にいるのですか」

「……ああ。居場所は知っているさ。だが教えないよ」

「……敵対の意志と受け取りましょう」

「ご自由に。僕達人間は自由なのだから」


 女性は指をぱちんと鳴らした。


 その少し後、大きな爆発音と共に建物を破壊し戦車が突撃した。


 新型の機銃が音も無く詩気御に向けて連射された。当たり前のように詩気御の体に無数の穴が空いた。


 だが、その穴もやがて塞がった。何をしても、詩気御は殺せない。


 詩気御は戦車へ腕を出し、手を開いた。その腕を横に振ると、戦車の装甲は鋏で切られた紙のように簡単に破れた。


 確かに対旧型兵器を想定をしていない新型戦車のため、熱は対策されているが旧型の対物ライフルで上手くやれば貫くことが可能である。


 だがそれでも人間の力ではまず貫くことは不可能だ。それを更に切り刻む方法など、ただの人間には限られる。


 だが、詩気御は人間であり、人間とは言い難い力を持っている。


 詩気御はそのまま走り抜けた。その詩気御を追いかけるように黒のコートを身に纏い、片手に僅かに太いステッキを持っていた複数の人物が走っていた。


「やめなさい!」


 その女性の声と共にその複数の人物は追跡を辞めた。


「……もう無理です。あの男を追いかければ被害が出る。今はまだ戦力を減らす訳にはいきません――」


 ――昴はクラレンスが運転する車の後部座席に乗っていた。


「……考えることが多い……」

「大丈夫かボス?」

「……死屍たる赤子って何だよ。それにカーバンクルを俺に渡すのも何か理由がありそうに思ってるんだ。……もう何も考え付かない」


 ……死屍たる赤子……。彼等はキリスト教に近い……。……天皇殺害……。


 簡単に考えると、天皇陛下は大昔のキリスト教にとっては神と名乗る悪魔の末裔に見える訳だ。だから殺害をしようとした……。


 ……宗教の自由が保証されて無いぞ。まず死屍たる赤子なんて単語はキリスト教に無いだろ。ユダヤ教にもイスラム教にも死屍たる赤子なんて単語は……いや、無かったはずだ。


 つまり死屍たる赤子って何だよ! とにかく死屍たる赤子とか言っている人達は一神教の宗教を信奉している可能性はある。死屍たる赤子とか言う何かが信仰の象徴なのかは分からないが……。


 ……臍の緒。死屍たる赤子……。


 ……何か、俺でも見えない深い闇に、何かが動いている。そんな気がする――。


「――……へくち……」


 小さなくしゃみが私から出た。風邪にしては体調は良好。これは誰かが私を噂しているのだろう。


「可愛いくしゃみね」


 ミューレンが誂うように私に言った。


「それより何食べたい? 材料があれば作るわよ」

「そうね……パスタは出来る?」

「出来るわよ」

「じゃあパスタで。パスタなら何でも良いわ」

「りょーかい」


 材料はー……まあ……うん。ちょっと心配だけど足りるはず。


 小さく切ったベーコンを焼きながら、また別の調理を始めた。


 サーモンの皮を取って、一口サイズに切る。それをオリーブオイルで炒める。時間はまあ……適当に。美味しい匂いがすれば良いと思う。生でも大体大丈夫だから特に気にしなくても良いだろう。


 昨日の夕食を作る時に余ったほうれん草の茎も葉もそのフライパンに投入。そこから更にオリーブオイルをちょっとだけ。


 更に更に白ワインを軽く煮込む。


 そこに牛乳と生クリーム。1:1.5くらいが私好み。ミューレンもいるがこれで良いだろう。


 そこにコンソメに黒胡椒。これまたお好みと言う物だ。


 少し味見をしてみた。うん、美味しいソースが出来上がった。


 ベーコンを焼いているフライパンの方を見ると、カリカリに焼けている。ベーコンを取り出し、そのフライパンのまま茸をカリカリに焼く。


 その間にパスタを茹でる。実は私の家にはパスタ鍋がある。これのおかげでパスタを折らなくても済むのは感謝するべきだ。


 塩を小さじ……2杯で良いだろう。これもやはりお好みだ。


「ミューレーンー」

「なーにー」

「パスタの湯で具合はどれくらいが良いー?」

「柔らかめー」

「りょーかーい」


 何とも気が抜ける会話だ。昨日あんなことがあったと言うのに。


 少し長く茹でたパスタをソースを作っていたフライパンに入れ、パスタごと掻き混ぜた。


 ここで登場粉チーズ。やはり万能。やはり嗜好。粉チーズを振りかけ、更にコクを出した。


 ベーコンも茸もその中に入れ、二つの皿に盛り付けた。


「はい完成。イタリア人が怒らないベーコンマッシュルームサーモンクリームパスタ」

「てんこ盛りね。イタリア人が怒らないって言うのは?」

「パスタを折って調理したらイタリア人が激怒して殴りかかってくるのは周知の事実よ」

「違法では無いけど罪だと感じるくらいにはらしいけど……どうなのかしらね」

「フランス生まれ途中までアメリカ育ちからの日本育ちならそんな感覚も無いのね」

「日本で例えると……そうね、麺が短くて啜れないラーメン?」

「私は嫌ね」

「私はそもそも啜れないから分からないけどそう言う物なのね」

「そう言う物よ」


 パスタを食べながら、色々考えていた。


 昨日の幽霊存在のことだ。幽霊存在を定義したが、少し難しい。


 ノイズ、オーブ、あと髪の毛が落ちていた。


 髪の毛……体は持っていないはずだが何故落ちていたのだろうか。これが謎なのだ。


 全く別の存在があそこに潜んでいたとすることも出来る。


 焦げたような灰も落ちていた。単純に考えると何か別の存在がいたか、あの幽霊存在が落としたかの何方かだ。


 だが、他の存在がいたとは思えない。それならもっと別の何かが起こっている。だとすると幽霊存在が落としたとする方が自然だ。


 だが、それだとやはりおかしい。確かに焼けた肌から落ちたとすれば自然だが、まずあの幽霊存在は体を持っていないのだ。髪の毛も灰も落ちるはずが無い。


 つまり、体を持っている瞬間があったと仮定する方が正しい。


 それが何時、何処でかは分からない。もしかしたら憑依とも言えることをしていたのかも知れない。それなら辛うじて説明は付く。


「……やっぱり難しいわね」

「髪の毛のこと?」

「貴方はエスパーなの?」

「昨日のことで気になることと言えばそれくらいよ。私の予想は、日本人形の髪の毛が伸びた心霊現象があるでしょ? それは幽霊の仕業だって良く言うけど、幽霊は何かしら物体に干渉する方法があるから不自然なことでは無いと思うわ」

「それだと何に憑依したのよ」

「それは分からないけど……」


 やはり難しい。ようやく確認出来た幽霊存在に歓喜したが、謎が増えて歓喜を忘れてしまった。


 ……まあ、好奇心はそれ以上だが。


「それにしても、貴方は本当に料理が上手ね」


 ミューレンは美味しそうにパスタを食べながら私を褒めていた。


「……むず痒い」


 そんなことを言えば昴も上手いのだ。


 ……そう言えば、光と昴と連絡が取れない。ここ数日連絡が取れない。あの屋敷にも居ない。つまり……何処にいるのだろうか。


 実は検討は付いている。


 依頼執行人、昴は面識があるらしいが、その一人がイギリスに集中していると言う情報を仕入れた。


 だとすると、イギリスに行っている可能性が高い。連絡が取れないのもそれに巻き込まないためだろう。


 それに連絡が取れなくなった後に大英博物館にて盗難が起こっている。無関係とは思えない。


 何かある、だがその何かが分からない。大抵裏社会的な何かだとは思うが、そんな危険な物でも好奇心が湧き上がるのは私の悪い所だ。


 だが、調べようにも私の情報網では何も見付からない。ここは大人しく日本で様々な調査を重ねよう。


 依頼は毎日やって来る物では無い。と言う訳で暇だ。


 そのまま私の家でミューレンと一緒に心霊スポットをネットで探していた。


 ……せめて真新しい場所が見付かれば良いが……。


 ……最近見付かった小さな祠。場所は東京の奥まった裏道の先の何処か……。


 少しだけ興味深い。こう言う物にも惹かれるのが私なのだ。


「ミューレン、今から時間ある?」

「無かったら貴方の家にお邪魔してないわ」

「じゃあ東京路地裏探索はどう?」

「……興味深いわね」

「あ、でも先に行っておきたい所があるわ――」


 ――私達が来ていたのは晃一さんのお寺だ。少し聞きたいことがあって来た。


「……おや、何やら……異質な物を持ち込みましたね」


 優しい笑みでそう呟いていた。やはり分かるらしい。


 私はフォルスの鱗を晃一さんに見せた。


 晃一さんは興味深そうに、それでいて何かに恐れているように触ることを避けていた。


 何度か指で少しだけ触り、それを自分の手の上でに置いた。


「……これは……もうここには魂はありません。ただの屍の欠片でしょう。……持っていても問題はありません」

「力が宿っているだけの鱗ってことですか?」

「はい。……貴方に渡したのなら、これをどうするかは貴方がお好きに決めて下さい。きっと、これには何か意味があるのですから――」


 ――表の道から一本小道に入ると、すぐに景色は変わる。日が当たる場所は極端に少なくなり、物が散乱としているため足元は注意しなければ危険だろう。


 ネットの情報ではここから行けたと言う話が多かった。ならここから入るのが一番だろう。


「本当にここから行けるの?」


 ミューレンが不安そうにそう訪ねた。顔を見れば分かる。


「一番行けたって言う話が多いのはここよ」

「まず私達が目指している目的地は何処なの」

「小さな祠」

「何でそんな所に? 路地裏ならそう言う小さな神社代わりの物はいくらでもあるでしょう?」

「日本人形が周りに飾られて、何を祀っているのかが分からないらしいわ」

「分からないってことは仏像じゃ無いわね。それに祠は未登録が多いし」

「そうなの?」

「宗教法人格を有さない祠なんて多くあるわ。多分その一つじゃ無いかしら。だから祭神が分からないとか」


 流石ミューレン。私が知らない知識の穴を簡単に埋めてくれる。


「「調査を始めましょう」」


 やがて物は少なくなったが、体を横にしないと進めない程に道が狭くなった。


 あくまでその場その場で道を決めていたため、こんな道に出くわすことは想定内だ。


 体を横にして進んでいると、やけにミューレンが遅い。


「ミューレン? 先に行っちゃうわよ?」

「……私は黒恵より色々大きいのよ」


 言いづらそうにそう呟いていた。その言葉には何処か恥じらいがあった。


「あーはいはい。おっぱいね」

「貴方そう言う所は躊躇無く言える人間よね」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「そうしてくれると助かるわ」

「つまりその重荷のせいで肩は凝る、走ると痛い、汗で蒸れる……良いこと少ないわね」

「せめて上げるとしたら……精神が不安定な時に触ると癒やされるとかかしら。ふわふわしてて」

「そんな利点が……」


 私には無い感覚だ。決して私が貧乳だからと言う理由では無い。決して。無くは無い。無くは無いのだ。勘違いしないように。


 ……ミューレンのおっぱいでみゅーぱい。……私は親友の胸で何を考えているのだろう。


 ようやく少しだけ広い道に出れた。これでミューレンも窮屈せずにすんだだろう。


「ふう……痛かった」


 嫌味か貴様。


 何回も別れる道をただの勘で進んでいった。本当にただの勘。


 だが、運が良い私ならきっと辿り着くだろう。その不安を含んだ確信と言う矛盾した心で進んでいた。


 だが、やはり疲労に襲われる物だ。


 横の壁から伸びる白いパイプが邪魔で歩きづらい。一人分しか歩けない道幅。


 ……何かがいる。私の視界の端に何かが映った、ような気がする。


 ミューレンは何も感じていない。つまり敵対存在では無いが、やはり何かがいるように思う。


 それはずっと私には見えない影の死界でちろちろと鼠のように駆け回っている。


「何かいない?」

「そう? 私は何も感じないけれど」


 ……もう何も見えない。


 私の気のせいかも知れない。


 とにかく、私達は噂の神社へと向かっている。何処に何がいるかは気になるが、見れないので仕方無い。


 右に曲がり、左に曲がり、真っ直ぐ進み、また右に曲がる。


 やがて更に広い道に出た。もう裏道と言えるのか怪しい程だ。


 横に自販機があった。ミューレンは疲れたのかその前で座り込んだ。


「ちょっと待って……疲れた……」


 私は自販機の読み取り機にスマホを押し付け、微糖の缶コーヒーを買った。


「……何処にあるのよ。狐の目で見えたりしないの?」

「あー確かに。見えるかも知れないわね」


 狐の目を使った。すると、薄い赤い靄が見えた。


 赤い靄は危険だ。だが、危険な物を追い求め、解明したいと考えるのが私の好奇心だ。


「何が見えたの?」


 ミューレンが興味深そうに聞いてきた。


「赤い靄」

「追い求めている物は意外と危険らしいわね」

「帰ろうとは言わないのね」

「どうせ貴方は行くでしょう? なら私も着いて行くわよ」


 これだからミューレンと一緒に調査するのは辞められない。危険だろうが着いて来るミューレンには感謝しなければ。


 ミューレンは立ち上がり、「行きましょう」と一言呟いた。その言葉のまま私達はまた先へ進んだ。


 室外機が一面にびっしりと付けられている壁を右に、こんな奥まった所にあるおでん屋を左に、野良猫に着いて行くように真っ直ぐ進んだ。


 やがて、また体を横にしないと進めない道が前に現れた。


 だが、赤い靄はこの先にある。つまりこの先に何かがあるのだ。


 じっとその先を見詰めてみると、日本人形が何個か見える。つまりこの先に私達が探している場所があるはずだ。


「ちょっと待ってー!」

「速く行くわよ! ようやく見付けたんだから! ほらほら速くミューレン!」


 そして、私はその祠の前にやって来た。


 日本人形が地面にも置かれていながら、その祠の屋根の上にまで置かれていた。


 祠の周辺の設置出来る場所に隈なく飾っている。人が置く以外考えられないが、何故か人間では無いもっと怖ろしい何かが置いたような印象を感じてしまう。


 赤い靄は祠からでは無く、この無数にある日本人形から出ている。むしろ神社からは白い靄が見える。


 つまり危ない物はこの日本人形だ。


「日本人形ちゃーん。貴方には何が憑いているのかしらー?」


 白い肌の上に着物を着飾り、真っ赤な唇の口角を僅かに上げている美人さん。僅かな差異があるが、大体は同じ人形だ。


 その全てが祠の方を見ている。やはり不気味だ。


 ようやくミューレンがやって来た。


「ようやく……あら、こんなに多いのね」

「どう? この日本人形達から赤い靄が見えるんだけど何か危ない物は感じる?」

「特には……」


 すると、ミューレンの左目は銀色に輝き始めた。その銀の瞳は何かを見ようと動いている。


「……本当ね。赤い靄が見えるわ」

「何で私が狐の目で見える視界がそんな簡単に見えるのよ! ミューレンだけズルいわ!」

「そんなこと言っても私も分からないわ」

「最近人間辞め始めてない?」

「そんなことは無いと信じたいけど……」

「まあルーン文字を使える時点で人間じゃ無いとは言えるけどね」

「それは貴方もそうでしょう? 白神黒恵さん」

「あら、それ以前にも色々感じていたのは貴方でしょ? ミューレン・ルミエール・エルディーさん」


 すると、ミューレンは近くの日本人形を一体手に取った。


「……何も無いわね。こんなに危なさそうなのに」

「髪の毛が伸びたりしてない?」

「特にそんな風には見えないわ」


 すると、神社から溢れる白い靄が更に濃くなっている。


 私の視界に広がる白い靄は、更に濃く広がった。やがて前さえも見えない程白に支配された視界の隙間から見えるのは、泣いている着物を着ていた少女。


 目から溢れる涙を手で何度も拭い、何かに怯えるようにしゃがんでいた。


 ふと、聞こえた。たった一言。


『……助けて……』


 白い靄は晴れた。


 目の前に広がる視界は元に戻った。泣いている少女もいない。


 そして、気持ちが悪い感覚がまた私の頭に襲った。くらくらとして、その場で尻もちをついてしまった。


「大丈夫黒恵?」

「……何か見えたわ。また、あの時と一緒の感覚……」


 確かに見えたのだ。私の視界は確かにそれを写した。


 ……まるで……いや……確証が持てない。


 すると、ミューレンが持っていた日本人形の肌が剥がれ始めた。その顔の部分に罅が走り、やがて頭が壊れた。


 その日本人形の中は空洞で、そこから黒い水が止めどなく溢れ始めた。ミューレンは少女のような悲鳴と共にその日本人形を投げ飛ばした。


 強張ったその体は震えており、その額には僅かに汗が流れていた。


 その顔は少しずつ青くなり、頭を押さえ蹲った。


「黒恵……! 離れて……!!」


 周りの日本人形から、中に何かが動き回るような音が聞こえた。「がさがさ」とずっと聞こえる音は、どんどん大きくなっていく。


 すると、祠の前に何かが見えた。その先に何かが見えた。


 感覚としては"扉"に近いように思えた。何故かは分からない。そして、この先にいかないといけない、何故かそう思った。


 私は苦しそうなミューレンの手を掴み、前に進んだ。


 頭がくらくらした。視界がぐらりと歪み、気持ち悪い景色にも見えた。


 確かに握ったミューレンの手を離さないように、怯えきった背筋を気のせいだと思い込み、それでもやって来る恐怖と言う感情に心を傷付けた。


 やがて視界が元通りになった。そこは、明らかに路地裏では無い景色だった。


 田と田の間の畦道が私の前に伸びていた。その隣には怯えきった表情のミューレンがいた。だが、先程よりは顔が青くない。


 やがてその表情も安堵した表情に変わっていき、私の顔を見ると微かに微笑んだ。


「……ここは何処? 裏道じゃ無いわよね」

「さあ……? 何と無く私の故郷に似ているような気はするけど違うし……」

「……黒恵、後ろを見て」


 そのミューレンの言葉通り、後ろに振り向いた。その後ろに広がった景色に戦慄した。


 前とほとんど同じ景色が後ろにも伸びていた。同じような田んぼも同じような畦道も、ずっとずっと続いていた。


「……あーこれはつまり、そう言うことね」

「そうよ。帰れないってことよ」


 異世界に迷う経験は……うーん……パンドラの所と合わせて二回だろうか。鬼と戦った時も合わせれば三回だ。


「……どうする?」


 無責任な問いかけだが、私ではもうどうすれば良いか分からない。


「どうするって……何時も通りよ」

「やっぱり?」


 こう言う時に出来ることは唯一つ、前へ進むだけだ。


 私とミューレンは手を繋ぎ、前へ進んだ。


 前に進めなくなるまで進むことが出来るのなら進む。そうすればきっと、もっと、何かが分かる。私達が知りたい答えへもっと近付ける。そう確信して。


「近くに何かがいる気配は?」

「特に何もいないわ」


 ミューレンの目は未だに銀色に輝いている。


 青々しい緑色の田んぼに横を囲まれ、僅かに吹く涼し気な風が私の髪を拭き上げる。


 前髪が命、と言う程では無い二人組だが、ぼさぼさになるのは避けたい。あまり強くない風だから良かった。だが、風しか音が無いのは寂しい。


 いや、他にも音はあった。草を踏み締める音、風で揺れる音、そして繋いだ手から僅かに感じる鼓動。


 ……やはり寂しい風景だ。それ以外が何も無い。


 どれだけ進もうと、どれだけ時間が経とうと変わらない。ずっと横に田んぼがあり、ずっと畦道が続いている。


 曲がりくねった畦道が偶に現れるだけでそれ以外の差異が無い。


 ずっと歩くと狂いそうな程永遠に続く畦道が、ただただ怖い。


「……そう言えば、昨日の夜言ったホラー映画の恐怖を求める式で、一番怖い映画は何だったの?」


 ミューレンのその声に存在していたかも分からない意識が一気に現実に戻った。


「……シャイニング。あくまで当時の答えだけどね」

「じゃあ今ならもっと怖い物もあるかも知れないのね」

「そうそう」


 ……会話が途切れると途端に怖くなる。紛らわすために会話を続けようと必死に考えた。


「……死屍たる赤子って何なのかしら」

「ああ、詩気御さんが言ってたやつね。『死屍たる赤子には気を付けてくれ』って言ってたわね」

「そうそう。あの女性もそう言ってたけど、何かあるのかしら」

「何かあるとは思うの。けどそれが何かは分からないわ」

「……イチジクの実を食らった女、多分それは私なの」

「え? どう言うこと?」

「確証は無いけど……極楽下温泉街で隻腕の男性にそう言われたらしいの。私は記憶が無いけど……。それに、私は誰かからイチジクのパイをご馳走になった。その人の顔が、思い出せないの」

「なら追放されし男は?」

「……それは分からないわ」


 そうだ。あの女性は確かに「今! ここにはイチジクの実を食った女がいる!」こう言った。あの目の前に可能性があるのは私だけ。


 つまり、あの隻腕の男性と何かしらの繋がりがあるのだろうか。


 ……恐らくあの隻腕の男性は詩気御さんと繋がっている。つまり女性と詩気御さんにも繋がりがあるように思える。


 だが、だとしたら不自然な点がある。あの女性は「死屍たる赤子」と言う物を蘇らせようとしていた。そのために必要なのは発言から考えるとイチジクの実を食った女と追放されし男。


 もし私がイチジクの実を食った女なら、詩気御さんが「死屍たる赤子には気を付けてくれ」と言うのには疑問が残る。


 それ以前に何故私を狙うのかが分からない。たかがイチジクの実を食べただけだ。そんな女性いくらでもいる。私だけにしか無い何かが……あるのだろうか。私には分からない。


 向こう側に連なる山を目印にずっと歩き続けている。私達の頭上をずっと照らしている日差しの下でずっと歩き続けている。


 ミューレンが辛そうだ。一旦私の帽子を被せた。これで日差しはある程度遮れるはずだ。


 すると今度は私の頭に直の日光が当たるが、少しなら大丈夫だろう。


「……128……129……130……131……」


 ミューレンが数字を呟くようになった。明らかに様子がおかしい。この日差しのせいで狂ってしまったのだろうか。


 分からないでも無い。夏らしい日差しと熱が、涼し気な風が吹いても感じる。このままでは日射病か熱中症、もしくは両方になってしまう。その前に脱水症になるかも知れない。


「……何数えてるの?」

「かかしの数……。こうすれば意識が保てると思って……」

「……今何個?」

「……148」

「……149」

「150……」

「151……」

「152……」

「153……」

「154……」

「155……」

「156……」

「157……」

「158……」

「159……」

「……160」

「161……」

「162……163」

「164、165、166……」

「……167」

「……168……」

「169……」

「170……」

「……171」

「……172」

「……173」

「……174」

「……175……176」

「……177」

「……178……」

「179……」

「180……181」

「182……」

「183……」

「184……」

「185、186……187……188……189、190」

「……191……192」

「193……」

「194……」

「195……」

「186……あ、違う……196、197」

「198……199……」

「……200……」

「201」

「202……」

「……203」

「……204」

「……205」

「……206……」

「……207」

「……208」

「……209」

「……210」

「……211、212……」

「213……。……バス停がある……」

「……そうね」

「……バス停! バス停があるわ! 田舎に良くある小屋付きの!」


 視界に写った大きな違い。それを目指すように私は全速力で走った。


「ちょっと……待って……黒恵……」


 ミューレンの手を引いたまま走っているため、ミューレンが半ば引きずられているように走っている。


 木材で作られたログハウスのような四角い小屋を目指した。


 そして、そのバス停の近くに建てられている小屋の扉を開けた。


 窓は完全に開かれており、中には市販の椅子が三つ置かれており、扇風機が強い風を出しながら首を回している。


 蛇口もあり、トイレに通じる扉もある。バス停の近くに置く小屋にしてはあまりにも高性能だ。


 蛇口を捻ると、冷たくは無いが生暖かい水が溢れる。体を冷やすなら充分だ。


 顔に水をかけ、腕にも脚にも水をかけて体温を下げた。その水で喉を潤し、その椅子で休憩した。


「あーやばかった! 助かったわ!」

「本当ね。ほとんど同じ景色がずっと続くから気が狂いそうになったわ」

「けど、本当にここは何処なのかしら。周りの山と田んぼの稲から多分日本だとは思うんだけど……」

「ここが何処なのかは議論をすること事態が無意味な行為じゃ無いかしら。ここは私達がいた世界とはまた別って考えた方が色々説明がつくわ」

「やっぱりそうよね」


 ミューレンは蛇口の近くに無造作に置かれている二つの汚れたペットボトルを見ていた。


「黒恵、ペン持ってないかしら」

「万年筆なら」


 それを手渡すと、ミューレンはペットボトルにそれでルーン文字を書いた。。


 それは僅かに黒く輝いた。


 ペットボトルを蛇口から出た水で洗い、その中に水を入れた。


「……凍らないわね。やっぱりずっと効力を発揮するルーン文字を刻むと力が弱まるのね。けどこれはこれで役に立つわ」


 もう一つのペットボトルに水を満たんに入れて、それにもルーン文字を書いた。


「良し、完成」


 その一つのペットボトルを私の頬に当てた。そのペットボトルから感じる水の温度は冷たく、冷蔵庫で冷やしたような涼しさを感じた。


「冷たっ!?」

「びっくりしたでしょ黒恵」


 その笑顔は悪戯好きな可愛らしい笑顔だった。何時の間にか左目は金色の瞳に戻っていた。


「びっくりさせないでよ」

「試しにペットボトルにISを書いてみるとずっと冷たい冷気を出してくれたの。ここに水を入れればずっと冷たい水が飲めるわよ」

「愛してるわミューレン!」

「はいはい」


 小屋を見渡すと、時刻表やら何らかの広告のポスターが貼ってある。だが、書かれているのは日本語ではあるが何かおかしい。


 時刻表は時間がめちゃくちゃだ。それにどの時間にもバスが訪れない。バス停の意味を成していない。


 そして、広告のポスターだが、恐らくビールの広告だと思う。何故思うと言う曖昧な表現をしたかと言えば、書かれている文に問題がある。


 でかでかと書かれている一文には、「私たちが販売するのはビールだけです!」とだけ書かれている。


 日本語を英語に翻訳して、フランス語に翻訳して、イタリア語に翻訳して、韓国語に翻訳して、アラビア語に翻訳して、もう一度英語に翻訳して、更にノルウェー語に翻訳して、止めにギリシャ語に翻訳して、日本語に戻した印象を受ける。


 まあつまり、何かがおかしい、違和感を受ける文章と言うことだ。それどころか狂気を感じる。


 私達はこの小屋で疲労が取れるまで休んでいた。


 もうここで助けが来るまでずっと待っていようとも一瞬だけ思った。そんな脳裏に浮かぶ思考を否定するかのようにここには何も無い。終わりも、始まりも、何も無い。


 ただあるのは絶対に近付かない向こうに連なる山と、田んぼと、かかしと、畦道。それと私達。


 永遠に続くこの道に私達はいる。何時終わるか分からない、そもそも終わりなんて無い、そんな道。


 体が疲労を忘れた頃、私達はまた歩くため外に出た。


 数時間程過ごしたと思っていたが、澄んでいる青の空に何よりも輝くお天道様はずっと頂点にいる。


「……時間も進まないのかしら」

「だとすると地獄に近いわよ。ずっとこの天候で変わらないのよ?」

「……うっわー。水は計画的に飲まないと……」

「最悪田んぼの水でも啜れば延命は出来るわ」

「……水を表すルーン文字は無いの?」

「あるにはあるけど……ちょっと待って」


 ミューレンはしゃがみ、近くの小石で地面にルーン文字を刻んだ。


 そのルーン文字に触れると、明るい緑に輝いた。


「……やっぱり、何かを別の物に変えることは出来ないのよ。水は生み出せないわ。あ、でもこのルーン文字は浄化の意味もあるから田んぼの水の不純物を取り除いて綺麗な水に出来るかも知れないわ」

「それを聞いて安心したわ」


 私達はまた歩いた。


 ずっと冷たい水を入れているペットボトルを自分の額に当て、偶に飲んで熱中症になることを避けた。こんな所で熱中症にでもなればお陀仏確定だ。仏様にはなりたくない。


「……黒恵、何かいるわ」


 ミューレンはそう言って先の田んぼの方を指差した。そこにあるのはかかしのように見えた。


「かかしじゃ無くて?」

「あれはかかしじゃ無いわ。……もっと別の何かよ」


 更に良く見てみると、確かにかかしでは無い。かかしは動く物では無い。


 私達が停まってもその何かが近付いていると言うことは、あれはこちらに向かって動いている。


 近付けば大体の姿が見えた。人だ。人だが、人には見えない。


 影はただの人に見える。だが、それにしては明らかにおかしい。


 その眼球は裏返して、何も見えていないであろう状態で田んぼを歩いてこちらに近寄っている。


 その人は田んぼと畦道の境で歩みを止めた。ただ片手に鎌を持って、そこで立ち竦んでいた。


「……大丈夫よね? 近付いたら襲ってくる訳じゃ無いわよね?」


 目を合わせないようにその人の先を目指すため前を歩いた。


 その人の顔はずっと私達を見ていた。横を通り過ぎる時も、ただじっと見えないであろう眼球で私達を見ていた。


 やがてその人を追い越した。後ろは見たくない。あの人と目が合えば止めどない恐怖に襲われることが容易に理解出来たからだ。


 背筋で感じる視線に怯えながら私達は前を歩いた。


「……何あの人」

「普通の人間なはず無いでしょ?」

「それは分かってるけど」

「じゃあ関わらない方が良いのよ。どうせ後ろに進んでもきっと意味は無いわ」


 更に私達は前へ進んだ。


 今見れば、畦道の草は車が通ったタイヤの痕を避けるように生えているような印象を受ける。つまりこの道を走る四輪駆動車が少なからず定期的にあったと言うことになる。


 こんな道を走る車なんて狂っているとしか思えない。まずこんな場所に草が生えない程車が入れるとは思えない。狂っている、と言うよりかは何かがおかしい。


 ……感覚的には1時間程歩いた気がする。だが、先にある山には一切近付けない。


 やはりこの道に終わりは無いのかも知れない。それはつまり、私達は絶対にこの道から出られないと言うことになる。


 それはミューレンも気付いているのだろう。気付いているが、進む足は止められない。それが私達から溢れる興味と好奇心だ。


 進んでいくと、赤いランドセルを背負った中年の男性が畦道の端に立っていた。


 別の意味で怖い男性だ。あれがファッションなら否定するのは気が引けるが……。


 そのまま横切ろうとすると、その男性は声を出した。


「ねえ、君達、小学生の写真を持っていないかい」


 ふーむ……ぎりぎりセーフと言った所だろうか。肖像権が色々絡みそうだが。


「……持っていないのかい。それは残念だ」


 何も答えていないのに勝手に話を進めている。会話が出来ていない。


「……ここで会った小学生の写真を持っているのなら、私に渡してくれ。そうすればその子を呪うよ」


 私の想像を更に超えるヤバい人だった!


「……先へ行けば会うこともあるだろう。その子の写真を私に渡してくれ。そうすれば私の目的が達成されるからね……」


 不敵な笑みをただ浮かべていた。流石にもう会話をしたく無いから足早にそこを離れた。


 ここで会う人は大体狂っているのだろうか。せめて味方がいれば良いが……。


 私達はまた前へ歩いた。


 やはり変わらない景色は怖ろしい。違いが無くなればここまで怖ろしい物になるとは。


 虫もいない。動物もいない。何もいない。後ろを振り向いても、もう誰も見えない程歩いていた。


 すると、この変わらない景色に変化が起こった。


 空が夕焼けで紅く、そして逢魔時になったかのように藍色に染まり始めた。


 唐突に起こった空の変化。その変化は飽きていた私の心に直接好奇心を植え付けた。


「逢魔時……! ようやく変化が起こったわよ!」

「そうね! やっと飽きた風景に変化が起こったわ!」


 それと同時に夏の暑さが僅かに緩和した。


 快適とまでは言えないが、先程よりは苦痛では無い。もし夜にもなるなら快適になるだろう。


 すると、畦道を塞ぐように女性が立っていた。中学か高校の制服を着ている女性はこちらに気付くと、全速力で走って来た。


「おーい! 黒恵さーん! ミューレンさーん!」


 その声に聞き覚えがある。過ごした時間はそこまで長く無いが、確かに頭に衝撃的に残っている声だ。


「おにぃも一緒ですかー!」


 やっぱりだ。この声は聞いたことがある。


 この声は、夏日だ。昴の妹の夏日だ。今はまだ高校の夏休みのはずなのに何故制服なのかはこの際どうでも良い。知り合いと言える人と出会えて良かった。


「あれ? おにぃとは一緒じゃ無いんですね」


 息も切らさずに会話を続けられる夏日の肺活量は相当だ。


「うーん……まさかこんなことになるなんて」

「いやいや、何でこんな所に貴方がいるのよ」

「ここにいる子と知り合いなんですよ。会いに来たらこんなことに……って言っても分からないですね」


 何か不思議な雰囲気を持っているとは思っていたが、まさかここまでとは。さり気なく非現実的な空間に何度も行っているらしい。とても羨ましい。


 私でさえ最近良く行けるようになったのだ。それをこの子は……いとも簡単に……羨ましいっ!!


「ここは……うーん……なんて言えば良いんですかね。異世界? まあそんな世界です。ここにいるのは小さな女の子で、その子と去年知り合いになったんですよ。毎日距離は変わりますけどずーっとずーっと先に行くと、その子の家があるんです。八百万(やおよろずの)稲田姫(いなだひめ)って子なんですけど……」

「ちょっと待って夏日、いきなり過ぎて何が何だか……」

「あれ? こう言う体験は多く経験してるんじゃ無いですか? おにぃが帰った時そんな話を聞いたのに」


 昴経由で聞かされても信じるのはこの子がそう言う体験を多く関わってきたことへの裏返しなのだろう。やはり羨ましい。


「まあ、つまりこの先に家があるんです。その八百万稲田姫って子の。けどおかしいんです。何故か何時もより何倍も何十倍も長いんです」

「……一つ聞きたいんだけど、ここには簡単に人が入れるの?」

「……そう言えばどうやってここに来たんですか!?」


 夏日は驚愕を体で表していた。


「今更なのね……。どうやって来たかって言われたら……何とも」

「私は祠に話しかけてです。そうすればここに案内してくれるんです」

「私達は周りの日本人形が割れたら来たわ」

「日本人形? あの子は好きじゃ無いと思うんですけど……あっれー?」


 やはりあの日本人形は全く別の物らしい。となると……その八百万稲田姫と敵対している……。ふとそう思った。


 だが、確証は無い。あくまで予想だ。


 すると、ミューレンが少しだけ気分が悪そうな顔をしていた。何かに怯えるような顔とも言える。


「……後ろにいる」

「……危ないやつ……って言うか敵対存在ね」


 夏日は後ろを何度も振り返って体を震わせている。


「何ですか怖いこと言わないで下さいよいや別に怖いわけじゃ無いですけど参考までにそう言う存在と会ったことは何度もあったんですかね対処法とかあるんですか!」


 言葉と口調から焦りと恐怖が見え隠れしている。


「ミューレンがこうなった時は、もう諦める方が賢明よ。必ず出会うわ」

「ヒェッ……」


 ミューレンがいるから何とかなると思いたい。私は刀さえあれば戦える。と言うか人間は武器を持てばある程度戦えるのは当たり前だ。


 逃げるのは私で何とか出来る。それにここで夏日を死なせば……昴に何をされるか分からない。最悪殺される。……いや、殺されることは無いだろうが……肺の片方で勘弁して欲しい……。


 何かの足音が聞こえる。正確には、足音のように出している音と表現するのが正しいのだろう。


 竹のように軽やかな音を「たかたか」と鳴らしながらこちらに走って来るような音。


 それは少しずつ近付いて来ている。こちらにやって来ている。


「……"扉"」


 ミューレンと夏日の手を握って小走りで前に進んだ。次に見えたのは相も変わらず同じような畦道だが、

「たかたか」と言う音は遠くなった。


「大丈夫ミューレン?」

「……もう追って来てないわ」

「良かった」


 夏日は未だに困惑している。こう言う所に来ることはあるが、あんな体験をした覚えは無いのだろう。


 私達はまだ畦道を歩いていた。


 空はまた変わり、昼の満点な青空へと戻った。


 強い日差しはまた私達を襲った。


「時間がまた変わった……こんなことは良くあるの?」

「偶にありますけど……けどこんなに頻繁には……」


 やはり何かがおかしくなっているらしい。先程から変な人が偶にいるのもやはりおかしいのだろう。


 ……背中に何かが引っ付いている。……いや、勘違いだ。汗で服が引っ付いているせいもあるが、それ以上に疲労と怯えが私の体に付着しているからだ。


 ……精神的にも肉体的にも限界が近付いていると分かる。もう数時間は歩いているせいだ。


 ずっと冷たい水を喉に一気に通し、体温を下げ水分を補給した。


 だが、少しずつ視界が歪む。目の前にある畦道は少し向こうまで真っ直ぐ続いているはずなのに、少しずつ歪んで右に左に動いているように見える。


 酔っているとはまた違うが、千鳥足のように足が覚束無い。


 歩くことが出来ない。今も歩いているのはただそうしないと死にそうだから。


 ……バス停が見える。


 ……何時の間にかバス停の小屋に入っていた。


 ペットボトルの冷たい水をもう気にせずに頭に全てかけた。髪は濡れて服さえも濡れたが熱中症になるよりかはマシだ。本当に危なかった。


 ここにも水道はある。しかもちゃんと水は出る。補給は簡単だ。流石にペットボトルは無い。夏日が心配だが私達の水を別ければ良いだろう。


 私は床に寝転んだ。


「危なかったー! 死にかけたわ!」


 扇風機で髪の水気を飛ばした。隣には夏日も涼んでいる。


「アーワレワレハウチュウジンダ」


 夏日が定番とも言える扇風機に向けて声を出している。私も対抗して扇風機に向けて声を出した。


「ワタシハオカルトマニアダ」

「ナラウチュウジンモワカルダロウ。コウフクセヨ」

「アナタノオニイサンハソレクライタオセルデショ」

「……タシカニタラバガニ」

「タラバガニガニ」

「タラバガニガニガニ」

「タラバガニガニガニガニ」


 ……熱中症で頭がおかしくなったかも知れない。いや、正常だ。きっと正常だ。


「何やってるのよ二人で」


 ミューレンの冷静なツッコミでこの遊びは終わった。ミューレンから見れば何かしら狂気的な光景だったのだろう。


「それで、これからどうするのよ。一向に終わりに行ける気がしないわ」

「それは大丈夫ですよ。偶に荷車が来るんです」

「荷車? 田んぼの収穫物でも乗せてるのかしら」

「独りでに動く荷車で、ある程度道を真っ直ぐ行ってくれますよ」

「そうなのね」


 この子は本当に色々な体験をしている。昴め……こんな妹がいるなら紹介して欲しかった。


 ……夏日を見ていると、変な雰囲気を感じる。浮世離れと言うのだろうか。そんな感覚だ。


 まるで人間では無いような、それとも人間では無い何かが入り込んでいるような、そんな雰囲気。


 ……私も奇妙な目を持ち始めたのだろうか。嬉しいことだ。


 すると、「たかたか」と音が微かに聞こえ始めた。その音と共に夏日はすぐに扇風機を止めた。


 外にいると言うことは、ここから出ることは出来ない。それはつまり、見付かれば死を意味する。


 それは正常な判断を取らせることは不可能だ。冷静に物事を考えればミューレンのルーン文字で解決は出来る可能性があると分かるはずだ。


 だが、それが思い付かなかったのは、疲労による判断能力の低下と恐怖による動揺のせいだ。


 畦道と面する窓から見えるのは、竹馬だけだった。だが、その竹馬の上から垂れるのは粘性のある液体だった。まるで私達を探すようにその窓の前を歩き回っている。


 ミューレンは耳を塞いでいた。もう何も聞きたく無いのだろう。


 夏日は目を手で覆い被さっていた。目の前の恐怖を見たく無いのだろう。


 かく言う私は、瞼を限界まで開いてその姿を瞳孔に焼き付けていた。好奇心のまま、その姿を見ていた。


 竹馬は窓の前に止まった。


 すると、竹馬の上にいる何かは腰を曲げ、窓の中を見るように逆様な顔を覗かせた。

 その顔は女性のようだった。だが、口から伸びる舌は蛇のようで、そこから唾液を垂らしている。

 あまりにも身長が高く、腕も脚も長いそれは、純粋な殺意をこちらに向けた。

 それは敵対による殺意と言うより歓喜による殺意だ。ただ自分の悦楽を満たすためだけに殺戮を繰り返す純真な化け物。


 日差しが眩しい。日差しが眩しくて、あれはずっとこちらを見ている。


 だが、それは突然後ろを見た。それと同時に絶叫にも近い声を出し、無数の白い腕が竹馬ごとその女性を掴み、窓から見えない程後ろに連れて行かれた。


 何かが折れる音が何度も聞こえた。咀嚼音にも近い何かが何度も聞こえた。


 それはやがて聞こえなくなった。


 ミューレンと目を合わせた。目配せをしたが、ミューレンは首を振っていた。夏日はまず目を隠しているため目配せが出来ない。仕方無く私は小屋を出て畦道を右に左に見た。


 ……何もいない。


「……何もいないわよ。多分もう大丈夫」

「……良かったわ」


 夏日は小屋から頭だけを出して辺りを見ていた。そして何もいないことが分かると安堵の息を漏らしていた。


「……何ですかあれ! 怖かった! 凄い怖かった! 何ですかあれ! 黒恵さん!!」

「見た目からして……うーん怪異か神か」

「分かりやすく説明して下さい!」

「今はそんなことしてる暇は無いでしょ」

「それもそうですね!」


 疲れはある程度取れた。水も補給出来た。また私達は歩いた。八百万稲田姫と言う何かに出会うために。


「ねえミューレン」

「どうしたの? 今数えたかかしが丁度1000を越えた頃なのよ。一回忘れて0から数え直したけどね」

「八百万稲田姫って神様知ってる?」

「似たような神様なら稲田姫命(いなだひめのみこと)って言うのがいるわね。櫛名田比売(くしなだひめ)って言う神様の別名で、須佐之男命(すさのおのみこと)の妻よ。ほら、八岐大蛇(やまたのおろち)の伝説があるでしょ? その時の最後に残った娘よ」

「あーあれが櫛名田比売なのね」


 つまり関係が……いや、無さそうね。恐らくそのままで八百万の稲の田の姫ってことよね。つまり田んぼとか豊作の神様ってことになるわね。


 ……そんな神様が何で東京のあんな所に祀られているのかは分からないけど。


 すると、前から車輪が地面の上を走る音が聞こえた。夏日はその方向へ走って向かった。


「こっちです! 荷車がありましたよ!」


 近付いてみると、確かに荷車があった。しかも独りでに走っている。


「ほら! 速く乗って下さい! 勝手に行っちゃうんですから!」


 私達は急いでその荷車に乗った。


 何故か農業に使う道具を乗せている荷車は、快適とは言えない。だが、歩くよりかは断然楽だ。


 荷車は独りでに前へ進み、私達を簡単に連れて行った。


「楽チン楽チン。ずっと前に進めば良いのに途中で戻るんですよこれ」


 それにしても日差しが前よりも強い。ペットボトルを額に当てながら暑さを凌いでいた。


 しかも服が濡れているためある程度涼しい。快適とは程遠いがまだマシだ。


 ずっと荷車は前へ進んでいる。ずっとずっと、のどかに。


 これだけならのどかな田舎の風景だが、ここには何かがいるのだ。


 荷車に乗っていると、時折畦道に立っている人とすれ違う。と言っても出会ったのは二人だ。数時間荷車に乗って出会ったのがたったの二人。


 ……今思えば、この長い畦道は何かから逃げているような印象を受ける。その逃げている何かと言うのは、先程から会う人達。そう思った。


 荷車に乗って何時間も経ったと思うくらい乗っていると、景色に飽きる物だ。ぼーっとして青空を眺めていた。それも飽きているとミューレンと一緒にかかしを数えていた。


「……今何個?」

「……5098」

「いっぱいあるわね」

「もうこれくらいしかすることが無いのよ」


 すると、荷車の動きが止まった。


「さあさあ、降りて下さい。ここから荷車は逆に進みますから」


 夏日は慣れているようにそう言っていた。やはり何度か来たことがあるのだろう。


 私達はまた歩き始めた。


「本当に何度も来たことがあるのね」

「私が一番好きな季節が夏ですから、夏が恋しくなったりしたらここに来るんですよ。今日は八百万稲田姫に会いに来たんですけどね」


 夏日だから夏が好きなのだろうか。いや、それはあまりにも安直過ぎるか……。


 夏日の名前の由来は恐らく夏日星。火星の和名だ。


 だとすれば昴の弟の青夜の由来は恐らく青星。おおいぬ座の恒星シリウスの和名だ。


 昴の姉は恐らく星に関係はしていない。母親の連れ子だからだろう。


 案外昴の両親は名前をちゃんと考えているのかも知れない。それでも恨まれる程の態度を取っていたらしいから昴にとってはどうでも良いのだろう。


 終わりは未だに見えない。どれだけ進んでも終わりは見えない。


「……そろそろかな」


 夏日はそう呟いた。その言葉には確信があった。


 夏日はそのまま前へ走った。すると、私の視界は歪み、治った時には夏日の姿は無くなった。


 突然のことに、ミューレンは「あうぇ!?」と言っていた。何度も辺りを見渡していた。


 だが、私はもっと何か別の物が見えていた。


 それは、割れ目のようにも見える。両開きの扉の隙間のようにも見える。


 ここを開けられる。何故かそう思った。


 私はその隙間に触れた。それを開くと、私の視界は歪んだ。


 隣を見ると、ミューレンがいた。また困惑して「あうぇ!?」と言う声と顔があった。


「何でこんな所にいるの!?」

「……さあ?」


 辺りを見渡すと、周辺が木に囲まれた建造物があった。後ろを見ると畦道と繋がっている。


 木から漏れる日差しが、神聖であり厳かな雰囲気を醸し出している。


 神社のような様相をしているその建造物は、賽銭箱の後ろの扉が開かれており、その中に夏日と、蹲っている少女がいた。


 恐らく拝殿、だがあの少女が八百万稲田姫なら拝殿とは言えない。本殿と言える。


 その中に入ると、夏日は私達に気付いたのか話しかけた。


「ここに良く来れましたね! やっぱりおにぃの言う通り何か特別な力があるんだなぁ……」

「それより、その子が八百万稲田姫?」

「はい! 何かに怯えているみたいなんですけど……」


 すると、隣にいるミューレンが頭を押さえた。小さな悲鳴のようなうめき声と共にその場でしゃがんだ。


 その正体は後ろにいるのだろう。夏日が私の背後を見て年相応の悲鳴を発していた。


 私は好奇心のまま背後に振り返った。


 大きい蛙だった。茶色い肌の大きすぎる蛙が畦道からやって来た。


 人を簡単に飲み込めるであろうその大きさの蛙は、背中から生えている無数の白い腕を動かしこちらに向かっていた。


 口からは水が溢れており、それが地面を濡らしている。


 背中から生えている無数の白い腕には複数の武器を持っており、錆びついた槍や、青銅で作られている剣、それに薙刀に近い形状の刃物、それ以上の武具を無数に持っていた。


 その蛙の肌から白い何かが時折露出していた。それが落ちると、ようやくそれが何なのかが分かった。


 それは人の骨だ。あの蛙の肌から人の骨が時折出ている。


 すると、私の背後から異質な気配を感じた。おかしいのだ。つい先程まで感じなかった感覚だ。


 背後にいた何かが変わった。それが分かる。


 振り返ると、夏日の目が変わっていた。猫のように瞳孔が縦長になっていた。


 その頭に三毛猫のような耳が付いており、背後から二本の三毛猫のような尻尾が生えていた。


 明らかにこれは夏日では無い。もっと別の存在だ。むしろ、あの時の、鬼の角が生えた昴と同じような状態に思える。


 夏日の体は四足歩行の猫のような体勢になり、威嚇のように頭を低くし、背中を丸め、二本の尻尾を立てていた。


 瞳孔は更に開き、耳は後ろに大きく倒れていた。


 低い声で「ううぅー!!」と唸っており、明らかな敵対心をその蛙に向けていた。


「衰えた蛙風情が良い気になるなぁ!!」


 その声と共に猫のようにその蛙に飛びかかった。


 その夏日に無数の白い腕で持つ武具が向けられた。突き刺そうと、斬り付けようと、叩き潰そうとしたその腕を更に蹴り、夏日は地面に猫のように着地した。


 辺りの木に飛びかかり、また別の木に飛び付いて、それを何度も繰り返すと更に素早く移動を始めた。


 そして、蛙の背に飛び移った。だが、それに意味は無く、無数の腕が襲って来た。


 咄嗟に高く跳躍し、木を飛び移りながら遠くに逃げた。


 その蛙は唖然としていたが、また私達に視線を向けた。


 ミューレンが八百万稲田姫を抱えて拝殿を飛び出し、夏日が逃げた方向に走った。


 私もようやく動揺が無くなり、ミューレンの後を着いて行った――。


 ――夏日、いや、夏日では無い三毛猫は木を飛び移り、やがて枝の上で体を止めた。


「……あの蛙は強いな。逃げて正解だったわい。……この子を殺す訳にはいかない。せめて……安全に大した苦労も無く……生きて欲しい物だ」


 すると、突然左手が動き顔を触った。


「……夏日は自我が強いの。出れる時間は精々30秒と言った所か。……肉が喰いたいの」


 すると、瞳孔も戻り、猫の耳も無くなり、尻尾も無くなった。


 夏日は意識を取り戻した。


 まだ状況を正しく認識していないのか、枝から落ちた。


 咄嗟に出した手は枝を掴んだが、握力が足りずそのまま地面に落ちた。


「いたた……何でこんな所に……って稲田姫は!? それに黒恵さんとミューレンさんは!? それよりあの蛙は何なの!!」

「なつひー!」


 何処からか夏日を呼ぶ声が聞こえた。その声を発していたのはミューレンだった。


「速く逃げるわよ! 蛙が来てるわ!」

「は、はい!!」


 黒恵、八百万稲田姫を抱えているミューレン、そして夏日は木々が生え茂る林を走り始めた。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


久しぶりに出た夏日ちゃん。多分何時かきっと掘り下げがあるはずです。それまでにやる気があれば……。

あ、ついでに夏日が何故制服なのかは、学校に行く用事があったからです。その帰りに八百万稲田姫に会いに行きました。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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