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八つ目の記録 霧の街には怪異が潜む ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。

今回の舞台はイギリスなので、それっぽい所は「あ、ここイギリス英語で喋ってるんだな」と思って読んで下さい。ちょっと訳すことがめんど……イギリス英語にすると読みにくいので。


ご了承下さい。

 大英博物館にて。もう次の日になろうとした時間帯。たった一つの影が音もたてずに走っていた。


 ある一つの展示物の前で暗闇の中で何かをしていた。その十秒程の時間の後に、その影はまた走り出した。


 その影は警備員に一度も出会うこと無く大英博物館を後にした。


 雨が降るイギリスの都。そこをその女性らしき人は走っていた。ある物を片手に。


 やがて、傘を差す赤毛の女性がロンドンの路地に立っていた。その傘の中に女性らしき人が入った。


「ふぅ……ありがとうアンジェリカ」

「いえ、ボスのためなら苦ではありません」


 アンジェリカはその女性らしき人の片手にある物を持っている布で隠し、包んだ。


「ボス、化粧が少し落ちています」

「あら、何処かで直さないと」


 女性らしき人は昴だった。その声はまた違う上品で優美で瀟洒な女性の声であり、化粧で作ったその顔は昴の面影を少しだけ残しているだけだ。


 その体型も服の下に色々詰め込んでおり、誤魔化していた。


「しかし、流石の手腕です。侵入から48分で依頼の品を盗むとは」

「もう少し縮められたわね。監視カメラのシステムに偽の映像情報を流せば5分……いえ、6分は削れたわね。今日は急ぎの依頼で準備が万全じゃ無かったわ」

「いえ、十分すぎます。大英博物館の警備員は明日叱責と警察官に囲まれる日になるのですから」


 アンジェリカの差した傘に入りながら、黒塗りのリムジンまで連れ添った。


 その扉をアンジェリカが開け、自分のボスを濡れさせないために細心の注意を払いながら上に傘を差していた。


 昴はそのリムジンに乗り込み、アンジェリカも傘を畳み乗り込んだ。


 その中にはクラレンスも乗っており、自分で勝手に作ったカクテルを飲んでいた。


 グラスに注がれていたカクテルは青色が底に沈んでおり、その上に向かって赤に変わるグラデーションが美しかった。飲料と言うよりは芸術品に近い物だが、クラレンスは容赦無く飲み干した。


「お、帰ったんやなボス。そろそろやと思ったで」

「嘘はいけないわクラレンス。確かに嘘はその人を香り立たせるスパイスにはなるけれど、ビジネスでの嘘は不利益しか生み出さないわ」

「バレた……不気味と言うか何と言うか……その特技は流石やで」

「取引においては有意義な特技でしょう?」


 昴は瀟洒に上品に座った。その横にアンジェリカが乗り込み、化粧道具を昴に手渡した。


 昴はその化粧道具で崩れた箇所を治し始めた。


「このまま取引なんて、彼らは化粧をしないのかしら」

「どうなんやろ。まあ、大変さを知ってるんならすぐに取引なんてせんと思うけどな」

「依頼とはいえそう言う時間も考慮して欲しいわ。それとも仮面を着けているから化粧なんてしないと思ったのかしら。何方にしてもそれくらい考慮して欲しいわ」


 昴は化粧を終え、常備してある苺を使ったノンアルコールカクテルが注がれたグラスを手に取った。


 そのカクテルを飲む、と言う動作さえも優美さを感じさせていた。その一つ一つの動作に上品さで満たされており、そこから生み出される美しさに芸術性を見出す者もいるだろう。


 ただ昴は甘い物を飲みたいだけである。


 リムジンはある路地で停まった。これ以上はこんなに目立つ乗り物はやめた方が良いと言う配慮からであった。


 1時を過ぎた雨の降るロンドンの端に、歩く人影など皆無だった。静寂だけが聞こえるその都に、黒い傘が二つ広がった。


 その傘を広げたのはクラレンスとアンジェリカだった。その黒い傘に入るのは白い仮面を被った昴だった。


 リムジンは何処かへ走り、迎えに来ることは無いだろう。


 昼間の厳かな雰囲気は鳴りを潜め、その反動なのか大きく濃い闇が跋扈していた。


 路地の横にある細道に差し掛かった。その前でアンジェリカは立ち止まり、昴に一礼した。


 ここを通るのは昴とクラレンスだけだった。


 ただ歩き続け、やがて浮浪者が屯う店に入った。


 その店の中は僅かな灯りが灯っていた。そこで酒を飲んでいる表の世界には住めないような人柄の人達は一斉にその二人を睨んだ。


「……信頼していないようね」


 一人の黒人の容姿をしている屈強な男性がその二人をあくまで友好的に案内した。


 奥へ奥へと案内され、やがてビリヤード台が並ぶ一際豪勢で落ち着いた雰囲気の部屋に案内された。


 そこでは複数の似合わないスーツを着ていた人が各々楽しんでいた。


 ビリヤード台の前に、白いスーツを着ていた白人の容姿をしている金髪の男性がいた。


 昴とクラレンスはビリヤード台を挟みその男性の対面に立った。


「ようこそ依頼執行人。雨の日に申し訳無い」


 男性は微笑みながら友好的に語りかけた。前に右手を出し、昴はその手を交わした。


「さて、取引を始めよう」

「まず依頼料を見せて欲しいわ」

「それより本物かどうかの確認だ」

「私が偽物を出すはずが無いでしょう? 早く見せてくれるかしら?」


 男性は小さく舌打ちをし、後ろの女性に目配せした。


 それと同時に女性が持っていたアタッシュケースをビリヤード台に置いた。そのすぐ後に似たアタッシュケースを二つ、それぞれ二名の男性がビリヤード台の上に置いた。


 見せびらかすように開けられたアタッシュケースには、50ポンド札が詰められており、数えることもせずに相当な額が詰められていることが分かる。


「さあ、見せたぞ。早く渡せ」

「クラレンス」


 クラレンスは白い布に包まれた一握りの物をビリヤード台に置いた。男性はその白い布を取り、その中にある歴史的にも芸術的にも価値のある代物の指輪を見詰めた。


 手渡されたルーペでその指輪を鑑定し、何度も頷いていた。


「……ふむ……確かに本物だ。間違い無い」


 男性はその指輪をもう一度ビリヤード台に置き、昴に向けて手を出した。


「これからも良い関係を築こう」

「……取引は無効よ」

「……どう言う意味だ」


 昴は50ポンド紙幣を一枚取り出し、見定めるように眺めていた。


「これ、偽札じゃ無い。こんな物で取引をしようだなんて、私を馬鹿にするにも程があるわ」

「そんなはずは無い。それは本物のはずだ」

「いいえ、これは偽札よ。下手な嘘は付かないでくれる?」

「良いか、お前の仕事はこの指輪を私に売り付けること。この金を持って早く立ち去れ。その方が身のためだ」

「断る」


 昴はビリヤード台に置かれている指輪を取り、その場を後にしようとした。だが、屈強な男性に遮られた。


 昴はため息をついた。そして指輪をビリヤード台に置き、自分から白いスーツの男性に向けて手を出した。


「分かったわ。幸いこの偽札も完成度は高い。問題無く使えるでしょう」

「それで良い。相当世渡り上手と見た」


 男性は昴と手を交わした。その直後にその違和感に気付いた。


 動けない。どうやっても手が離せない。それどころか足を動かすことも、無理矢理引き離すことも出来ない。


「これからは、無闇に人の手を握らないことね」


 昴の手が僅かに動いた。それと同時にその男性の体勢は崩れ、床に倒れた。


 昴はクラレンスに指輪を投げ渡した。それと同時に辺りにいた人が襲いかかった。


 昴に向けられ、振るわれた拳を簡単に受け流し、更に一歩踏み込んだ。


 手を、その人の顔に触れそうな位置に持ってくると、その人は力が抜け倒れた。


 昴のその倒れた人の上に座った。


「全く、穏やかじゃ無いわね」


 先程、何故昴に襲いかかった人が倒れたのか。


 人とは、何かに当たりそうになると反射的に避けようとする。それは無意識下での行動であり、それに例外は無い。故に力強く踏ん張れ無い体勢に誘導し、手を近付けるだけで簡単に転んでしまう。


 これは禍鬼との戦いにおいて無意識的に使いこなした技であり、それを意識的に使えるまで昇華し、実践でも十二分に発揮する戦闘術へと進化させた。これが出来るのは昴の卓越し、圧倒的な、それでいて無類の戦闘の才能があるからである。


 力の流れを十二分に理解した昴は、触れさえすれば相手を無力化することが可能になった。


「おい依頼執行人さん! 休んでないで戦ってくれ!」


 クラレンスは交戦しながらそう叫んでいた。


「安心しなさいクラレンス。どうせただの寄せ集め――」


 すると、扉を蹴破り人が抱え、扱える程の旧型の機関銃を担いだ白人の容姿をした男性が入った。昴とクラレンスは互いに顔を合わせ、蹴破った扉から逃げ出した。


「ヤバいわ! あれはヤバいわ! 流石に無理や!」

「やっぱり逃げる方が簡単ね」


 後ろから機関銃の轟音と、それで飛ばされた弾丸が前方に位置する物を破壊する音が聞こえる。


 すると、一人の男性がクラレンスの胸ぐらを掴み投げ飛ばした。ある一つの扉を突き破り、小便器に叩き付けられた。


「うえぇ……ばっちぃ……」


 そのまま男性はクラレンスの髪を掴み、床に叩き付けた。


 立ち上がったクラレンスの意識は薄れており、何かに掴まないと立てない程だった。


 その状態でも男性の顔面を殴り付け、押し倒し、近くにある大便器の蓋を無理矢理外しその男性の頭部に叩き付けた。


 意外と良い音が鳴り響き、男性は気を失った。


「あー……せっかく良い男やったのに……勿体無い」


 そのままクラレンスは昴と共に店の外に飛び出した。そこには黒人の容姿をしている男性が旧型銃を向けていた。


 そして、雨の降る日に二つの銃声が響いた。


 その銃声と共に、昴とクラレンスの胸には赤い液体が流れていた。それは止めどなく溢れ続け、やがて力が抜けたように倒れてしまった。


 それを見守る白いスーツの老人がいた。その老人は白いスーツを着た男性が差している傘に入っており、クラレンスのポケットから指輪を取り出した。


「所詮は小悪党、いくら化け物、悪魔と恐れられても人間は胸を撃たれたら死ぬ。銀の弾丸に貫かれて無様に死ね」


 見下すようなその目には、自分が世界の頂点だと名乗るような傲慢さが浮かんでいた。だが、それとは別に更なる思惑が浮かんでいた。


 昴とクラレンスを撃った男性はその老人に一礼した。


「片付けておけ」


 その言葉に男性はもう一度一礼した。


 その二人の腕を掴み、雑に引きずり、夜の闇に降る雨に隠れて消えてしまった。


 やがて、その男性が辺りを見渡すと、その腕を離した。


「もう大丈夫です。ボス、クラレンスさん」


 その言葉を聞くと、クラレンスは跳躍を混ぜて立ち上がった。昴は胸を撫でながら起き上がった。


「クラレンス、良い演技だったわ。もちろん"リーガン"も」


 昴とクラレンスを撃った黒人の容姿をしている男性の名は"リーガン・A・プレスコット"。もちろん、アブサーダディーの構成員の一人である。


「けど、意外と上手くいったな。まさかあんなに簡単に騙されるとは思わんかったわ」

「それだけ二人の演技が上手かったんです。もちろん俺も」


 昴は依頼人の素性調査は欠かさない。ある程度調べれば今回の依頼は更に上の誰かからの命令で依頼した物だと言うことも調べがついていた。


 そこで作った策は、リーガンをスパイとして送り込むことだった。簡単に信頼を獲得しており、この仕事のためだけに雇われた身と言う隠れ蓑を作ってこれ以上の干渉を不可能にした。


「あとは依頼執行人としての活動をあの組織の調べがつくまで控える。これであの組織は私が死んだと思い込むわ」

「しかし、あの指輪はどうするのですか」


 リーガンがそう聞いた。昴はただ微笑み、クラレンスを指差した。


 クラレンスは腹部を押し込み、今にも何かを吐き出しそうな声を出していた。


 そこから出たのは昴が大英博物館から盗んだ指輪だった。その銀に輝き、数多の宝石で装飾されたその指輪をクラレンスは雨で洗っていた。


「吐き出せるとはいえこんなもんを飲み込むなんて厳しいで……」

「貴方の特技を最大限に生かした策でしょう?」

「それはそうやけど……はぁ……」


 やがて、その三人の前に一台の車が停まった。そこから顔を覗かせたのは昴が依頼執行人としての活動拠点である場所のバーテンダーだった。名前は"正垣允(しょうがきまこと)"。


 関係は昴の祖父から続いており、それでも犯罪をやるには優しすぎる性格から積極的な犯罪の協力も昴は躊躇している。


 やがて、雨は止んだ。


 濡れた道をその車は走っていた。


 車内で昴は一度化粧を落とした。小さく短く「あ、あ、あ」と何度もつぶやき、元の声に戻した。


「――良し戻った。服は戻ってからで良いか。気付かれないように頼む」

「分かっております御主人様」

「……やっぱり違和感があるんだよなその呼び方……」

「今は雇用関係でございます。仕事とプライベートのスイッチはしっかりと」

「まあ良いか。大分慣れてきたし」

「……これは、雇用関係とは関係無い発言ですが……無茶はなさらないように」


 允は昴を見てきた。その不幸とも言える生い立ちを見てきた。その精神の脆弱さを見てきた。


 允にとって昴とは家族のようでもあり、自分自身が何も出来なかった後悔からの発言であった。


「分かってる。一番分かってる。だが、苦しくは無い。犯罪を犯すことも気が楽だ。何度でも思う。俺はきっと、普通の感性なんて初めから持ってないんだって」

「……私は、そうは思いませんよ。もしそうなら、あんなにお優しい訳では無いですから」

「……ありがとう」


 悪い気分はしなかった。


 何時間も経ち、やがて深まった森の前に車は停まった。


 昴とクラレンスは車を降り、その深まった森を進んだ。


 濃く、そして肌に涼しげに当たるその霧が立ち込めるその森を真っ直ぐに進んでいた。


 何度か曲がり、クラレンスは迷いそうになっていた。


「えーと、どっちやったっけ」

「こっちだ」

「そうやったそうやった」


 この森は衛星写真で見ると黒塗りになっている。IOSPの権力により世界中のある特定の場所はそのように黒塗りになっており、それは立花光の居場所の特定を防ぐためである。


 本来もう必要が無いが、元々昴が保有する土地であり別荘としては役に立つからである。


 そして、ある一軒の屋敷に着いた。それはゾンビか幽霊が出るような外観の屋敷だった。


 手入れは定期的に行われているため綺麗だが、霧が立ち込める奥まった森の屋敷と言う何とも恐怖を掻き立てる立地のためそのような印象が大きい。


 クラレンスはこの屋敷に苦手意識を持っていた。そのまま仰々しい音を立てながら扉を開いた。


「何でこんな場所に家を建てるんや……」

「別に良いだろ。中は相当良いんだから」

「それはそうやけど……あぁ怖い……」


 すると、奥から一人の女性が現れた。


 それはエプロンドレスを着こなした深華であった。背筋の伸びたその綺麗な立ち姿は流石としか言えない程美しい。


「……何でエプロンドレスを着てるんだ」

「あったので。似合います?」

「……美人だったら相当な物以外似合うに決まってるだろ」


 こう言う所である。肝心の昴は特に何も思っていない。ただ単純に褒めているだけである。


 表現するなら新しいアクセサリーを付けた人に「それ似合うね」と同じ感覚で言っているだけである。


 もちろんお世辞にも美人とは言えない人に対しては侮辱になる可能性もあるため昴でも「似合う」と言うだけである。


 深華はその場で俯いていた。「んんー…………」と言葉を漏らしながら体をゆらゆらと揺らしている。


 特に昴は何も思っていない。もう一度言おう。特に昴は何も思っていない。念のためもう一度。()()()()()()()()()()()()


「光は?」


 その問いかけに、何時も通りの仏頂面を昴に見せた。ある意味無表情にも見えるその表情の裏には、心を穿たれた乙女がいる。


 特に昴は何も思っていない。


「光ならもう寝てます。昴さんが帰るまで起きているとは言っていましたが」

「やっぱりか。アンジェリカは?」

「あいつなら仕事をしていますよ」


 どうやらアンジェリカとは仲が悪いらしい。


「……何と言うか……これは言って良いのか分からないのですが……」

「何だよ。教えてくれ」

「昴さんの女装姿えっちですね」

「それを聞いて俺はどう言う表情をすれば良いんだ!?」

「笑えば良いと思います」

「無理だろこれは! 笑って誤魔化せる話題じゃ無い!」

「昴さん、光が寝ているのでお静かに」

「……そうだな」


 昴はそのまま別室へ行き、楽な格好で屋敷を歩いていた。


 やがて、また一つの別室に訪れた。そこにはクラレンスが指輪をルーペを通して見詰めており、その芸術性に見惚れていた。


「惚れ惚れするわ。ボス、これ貰って良いか?」

「今はまだ駄目だ。あいつらが何故これが欲しいのか、それが分かるまでな」


 クラレンスは不機嫌そうな顔をしたが、諦めて昴に投げ渡した。


 昴は指輪を眺めていた。


「……蛇のシンボル。自分の尾を噛んでいるからウロボロスか」


 指輪の内側には蛇を模したシンボルが刻まれていた。それは一周して、自らの尾を噛んでいる。


 ウロボロスとは死と再生、永遠を意味するシンボルである。そこから導き出されるこれを求めた理由は――。


「……分からない」


 昴は何も分からなかった。光なら何か分かるかも知れないが、無理矢理起こすのは避けたいと思っていた。


 本来昴がイギリスに来たのは二つ目的がある。一つは依頼執行人として先程の取引のため、もう一つはもう一人の依頼執行人の目撃情報がイギリスに集中しているためそれの捜索。


 そこに、光はイギリスに住んでいる叔父に久し振りに会いに行くため着いてきた。


 深華はその護衛の援護として着いてきた。と言うのは建前である。実際は久し振りに、それでいて少しでも長く昴を見ていたいと言う理由である。


 もちろん昴は気付いている。しかし昴は特に何も思っていない。


「依頼執行人は今は終わり。さて、後はもう一人の依頼執行人を探して……」

「殺すんか?」

「違う。立場を分からせる」

「りょーかい」


 昴は僅かな眠気に従い、寝室に向かった。


 高級感溢れるその寝室に、昴のお姫様が寝ていた。


 光がぐっすりと寝ており、相当な快眠だった。昴はその横に寝転び、その柔らかい頬を指で押した。


 ぷにぷにと柔らかく、昴の疲れはこれでほとんど消えた。光の前髪を上げ、その額に唇を付けた。


 昴はそのまま深い眠りに落ちた。


 やはり光の傍なら昴はとても安心するのだろう。


 そして、次の日。


 昴の視界に最初に写ったのは、深華の近すぎる仏頂面だった。それは互いの唇が重なる直前だった。


「……昴さんはまだ寝ています」

「いや起きています」

「……寝ている。私がそう言っているんですから寝ているんです」

「いえ起きています」

「……おはようございます」

「何をしようと――いや分かるけど」

「……キスで目覚めるので……」

「俺は白雪姫か」

「……二番目でも良いですよ?」

「一番しかいないんだよ」

「それより朝食作ってください。私は作れないですしクラレンスは油で火傷しましたしアンジェリカは色々焦がしました」

「クラレンスとアンジェリカは出生が出生だからまだ理解出来るが、深華は嗣音さんに似て指が器用だろ?」

「器用だからと言って料理は作れないんですよ」

「仕方無いな……」


 昴は未だに寝ている光を抱えながらキッチンへ向かった。


 あらゆる調理器具が揃ったそのキッチンではほとんどの料理が作れる。それでいてきちんと整理整頓が完璧にこなされていた。


 昴は何時も通りのブラックコーヒーを入れた。それを目を擦っている光に渡した。


「……これにがいからきらい……」

「我儘言う子は昴君に嫌われます」

「……のむ……。はやく、のむから……。はーやーくー……」

「もう持ってるぞ」

「あー……うん……のむ……」


 光はコーヒーを一気に口に含んだ。


「苦いー!」

「良く飲めました」


 昴は光を降ろし、そのまま調理に移った。


 火の上にフライパンを乗せ、その上に割った卵を落とした。心地良いとも言えるその焼ける音。


 それと並行してベーコンとソーセージもそのフライパンの上で焼いた。そこから溢れる旨味である肉汁は卵を更に美味しく焼けさせた。


 フライパンの上で焼いた物を取り出し、いっぱいにマッシュルームを詰めて焼いた。


 それらを人数分皿に盛り付けた。その皿の上にベイクド・ビーンズと半分に切ったトマトを複数盛り付けた。


 昴は左手で髪を掻き上げた。左目は燃えるような赤に変質した。


 スライスした食パンを両手で挟んだ。その昴の両手に熱が高まり、食パンを焼いていた。


 トースターを使えば簡単だろうと言うツッコミは望んでいない。これはそう言う力を使う訓練も兼ねた行動である。


 そのトーストも人数分用意した。


 作るのは昴にしては質素な物だ。質素と言うが、朝食で食べるには十分過ぎる量である。


 イギリスの食文化は「ジェントルマンは質素な食事をするべき」と言う考え方があった。更に産業革命の中心地になったことで食事は楽しむ物では無く、エネルギー摂取を重点に置かれた傾向だった。


 昴が作ったのはイングリッシュ・ブレックファスト。イギリスでは、日曜日などの朝がゆっくり出来る日には一般家庭で良く食べられるブランチである。


 さて、上手く作れた。


 これくらいなら簡単に作れる。一応言っておくが、決してイギリス料理の全てが全て不味いわけでは無い。イギリスの名誉のために言っておくが伝統的な不味い料理は何処にでもある。……まあイギリスは特にそれが多いことは否定しないが。


 昴は光と協力してテーブルにその料理を置いた。深華は既に席に座っており、クラレンスはその匂いですぐに駆けつけ、アンジェリカは昴の呼びかけに素早く席に座った。


 昴は苺のジャムを付け、幸せそうな顔で食べていた。何とも腑抜けた顔だった。


 光は昴手作りのレモンカードを付けて食べていた。


 黄色いねっとりしたそのクリームは、甘みが強いが酸味があり、レモンの風味が爽やかに鼻を通った。そのコクのある味わいに昴の手腕が見える。


 深華は昴に食の好みを完全に知られているため、一手間加えられたトーストだった。スライスしたアボカドが丸くトーストの上に乗せられており、その真ん中に半熟の卵が乗せられていた。


 そのトーストをナイフとフォークで綺麗に一口分に切り、口に運んだ。


 良く熟したアボカドはクリーミーで、とても柔らかい食感、卵の濃厚な味の組み合わせは深華の食の好みに命中した。


 アンジェリカは定番のマーマレイドを付けて食べていた。


 甘く煮付けた果実があるマーマレイドは果皮が残っているため若干の苦味があるが、それも味わいと言う物だ。もちろんこれも昴の手作りである。


 クラレンスは皿に盛り付けられた目玉焼きとマッシュルームとベイクド・ビーンズを零れ落ちそうになる程トーストの上に乗せ、そのまま齧り付いた。


 ほとんどを一口で同時に味わう贅沢であり大胆であり、少しだけ品が無い食べ方。だが一度は真似したいと思える程美味しそうに食べる。


「アンジェリカ、ある程度の調べがついたか?」


 昴はアンジェリカに向けてそう聞いた。


「……すみません。……あの老人の身元は分かりましたが、目的までは」

「充分だ。やっぱりあの老人は"リュドウィッグ"か……」

「はい」


 "リュドウィッグ・ラファエル・リュカ・パスカル・フレデリック・ベルナール"、それが老人の名前である。


 世界第三くらいの資産家で有名であり、母親から受け継いだ会社を世界的に上くらいの物に育て上げた手腕の持ち主である。


 その驚異的な成長速度は、御旗詩気御の協力もあってである。


 そう、詩気御と関わりがある。それだけで何かしらの疑惑が浮かび上がってくる。


 ……今の所詩気御の目的は不明だ。それでいてリュドウィッグまできな臭い。アンジェリカの情報網で何も分からないとなると……IOSPの捜査も無駄足になるな。


 さて……難しくなってきた。目的が分からない以上、迂闊に行動するのは問題だ。


「……クラレンス、アンジェリカ。これからは俺との接触を避ける方が良い。今の所依頼執行人は死んだ扱いになっているはずだ。なら念のために接触は――」

「嫌です」

「……アンジェリカ、気持ちは理解出来るが、分かってくれ」

「……了解」

「そう言えばもう一人の依頼執行人はどうだった?」

「それもまだです。ですが、気になる話が何個か」

「関係はあるのか?」

「恐らくですが。イギリスにいる組織の人間にも聞いてみたのですが、数人が同じことを言っていました。()()()()()()()()()()()()()()()……。ジャックと呼ばれる人物の目撃情報は、資産家が依頼執行人に依頼した日とほとんど一致します」


 光はその話から、自分の頭の中で思考を広げた。


 ロンドンのジャックって言ったらジャック・ザ・リッパーかな。けどそれに近い犯行なら話題になるはずだけど……。……見付かっていない可能性も考慮すると行方不明者として扱われてるのかな。


 喉を切って腹を切って内蔵を取り出す。ただの快楽殺人者の可能性もあるけど、ここに美学があるとまた面倒くさい殺人者になる。昴君なら何とも無いだろうけど。


 ……けど、わざわざ依頼執行人って名乗るかな。わざわざ昴君を敵に回すような行為をする意味が見当たらない。どちらかと言うと、誘っているような印象を受ける。


 ……現状だと情報不足。これ以上は難しいや。


 私は昴君が入れた紅茶を飲み、思考を止めた。


 やがて私は昴君と深華と一緒にある場所へ向かった。


 久し振りに叔父さんに会いに来たのもイギリスに来た理由だが、もう一つIOSPからの依頼がある。


 イギリスのロンドンにて発見された死体。どうやら元軍事組織所属のホームレスだったらしいが、何者かに殺害された傷が残っている。


 解剖の結果、新型銃による傷が複数見付かり、致命傷も分かっている。だが、ある一つの点、おかしな所があった。


 体内に臍の緒が見付かった。


 前の日本国会議事堂、そして明治神宮でのあの首謀者と思われる二人。その二人の体内からも臍の緒が見付かっている。


 奇妙な、だが確かな共通点。その解剖した死体を土葬する前に私達が調査すると言うことだ。


 ……何故か深華まで着いて来たけど。


 IOSPの権力でその死体が安置されている場所へはとても楽に入れた。今の私の肩書は国際警察の解剖医、昴君はその助手。


 私も昴君も医師免許は持っているため疑いは無かった。昴君の医師免許だけが少し心配だが。


 万全な衛生管理と格好で、ある一室に入った。


 ベットのような物に乗せられた物体の上に、布のような物が被せられている。その布のような物の下は、しっかりと人の形をしている。


 無宗教と言う割には信心深く、何かの宗派に入っていると名乗るには無関心。だが、せめてこの人がこれ以上苦しまないように、祈っている。


 この人がクリスチャンなら、せめてクリスチャンの祈り方をしよう。


「この人に安らかな眠りを、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン」


 そして胸で十字を切った。


 神様が本当にいることを知った私なら、この行為は無駄では無いと言うことを知っている。本当にイエス・キリストがいたのなら、必ず届くはずと私は信じている。


 そして、その布のような物を取った。


 本当に眠っているような顔だった。傍から見れば死んだと思えない程安らかな顔であり、だが胸を見ると新型銃によって開けられた複数の穴がこの人の苦痛を物語っている。


 摘出された臍の緒と共にその死体を見ていた。


 ……この臍の緒は生まれた新生児から取った物、と言うよりかは生まれずに母親の胎内で死亡した新生児に付いていた物だ。


 最初から体内に有ったとは考えづらい。まずこの人には臍の緒が入っていた場所に、手術痕があった。つまり何処かの時期に臍の緒を自分の体内に入れる手術をしたのだ。


 余計に謎が深まるばかりだ。この奇妙な共通点は容易に答えを導き出せる程単純な物では無く、例えるのなら超大統一理論を完成させる程難しい。私でさえその理論の完成に12年かかった。


 昴君はその人の持ち物を見ていた。


 一際目立つのは、盾に十字架を模した物が書かれている古びた布。引き千切ったような痕があるが、ここまで古びたのなら相当大事な物なのだろう。


 発見当時の話を色々聞いてみると、どうやら上着の胸に付けられた物だと思われるらしい。


 見せてもらった古びた服には確かに胸の辺りを引き千切った痕があった。十字架が書かれている物を合わせると、ピッタリと形が合う。


 この十字架を握っていたらしい。やはりクリスチャンなのかも知れない。あの祈り方は間違っていなかった。


 死に際にこれを引き千切り握るとは、最後まで神に祈っていたことが容易に分かった。


 少し辛い感情が湧き上がったが、もう慣れた。死体を見る度にこんな感情になってはいられない。


 すると、何時の間にか飛寧の頭の一つがその死体の上に乗っていた。そのまま死体を見下ろしながら、呟いた。


「……不味そうなんだよ」

「食べようとしないでよ」

「僕だって人間以外はあまり食べたく無いんだよ」


 その発言の違和感を私は聞いた。


「その言い方だとこの人は人間じゃ無いって言ってるみたいだよ?」

「うーん……元は人間なのは確かだよ。けど……うーん……人間じゃ無いんだよ」

「それは昴君みたいな?」

「昴の旦那は人間であって呪いなんだよ。これは人間じゃ無いんだよ」

「何でそれが分かるの?」

「何と無くだよ」


 ……飛寧の発言が正しい可能性は確かにある。


 私は見ていた。明治神宮にてあの男性があらゆる傷を治していたことを。それはどうやっても人間とは思えない。


 私はどうやっても死なない人を一人だけ知っている。それは八重さんだ。だが、その人も人魚を食べたと言う行為によって肉体が変質したと考えられる。それならこの人は……何を食べたのだろうか。


 ここに黒恵がいれば力の有無が分かる。だが、こんな事件に巻き込むわけにはいかない。今は飛寧の主張を真実として扱おう。


 解剖も終わらせた死体だ。調べることはもうあまり無い。


 調査を終わらせ、その建物の休憩スペースで休んでいた。


 医者としての活動はいくらかしているため、死体などはもう見慣れている。だが、気分の良い物では決して無い。


 昴君の胸に抱きつきながらすり減った精神を癒していた。


「……良い匂い」

「それは良かった。大丈夫か?」

「……少し休憩……昴君成分を吸収中……アミノ酸くらい重要な成分」

「健康的に生きるのに必須な栄養だな。そんなに必要なのか……」

「昴君が辛い時私に泣き付いて来るでしょ? それと同じ」

「納得出来た」

「それは良かった」


 すると、深華からの視線を背後から感じた。イチャイチャを見せ付けてやる。


 昴君がモテることくらい良く知っている。私が一番昴君のことを知っているのだからそう言うことも知っている。昴君が私が一番好きなことも知っている。


 彼は私を裏切らない。だけれど、私に依存しすぎるのもまた一つの問題だが、それは時間をかければ治るだろう。


 特に黒恵とミューレンの存在は、昴君に良い影響を与えている……ように思える。


「……良し満足」

「それなら良かった」


 深華と目を合わせ、勝ち誇るように微笑んだ。


 深華は何時も通りの仏頂面だが、何処か殺意が混じっている。昴君が僅かに警戒態勢をとっていることからそれはすぐに分かる。


 すると、昴君のスマホから音楽が小さく流れた。どうやら誰かから連絡が来たらしい。


 昴君は通話に出た。私はそれを聞き耳を立てた。


『御主人様、少々問題が』


 どうやら允さんらしい。つまり依頼執行人関係らしい。


『連絡用のリーガンの携帯機器にリュドウィッグからの着信が。恐らくバレました。どうされますか』

「……なら恐らくあの男性が来るはずだ。俺が行く。允は逃げた方が良い」

『もう行方はくらませております。ご心配なく』

「流石」


 昴君は通話を終え、そのまま立ち上がった。


「多分聞いていたとは思うが、行って来る。深華、光を頼んだ」


 そのまま昴君は何処かへ行ってしまった――。


 ――白いスーツの男性は、後ろに複数の男性を従いあるホテルに入った。


 警備員がその男性を止めたが、後ろの男性が新型銃で警備員の頭を撃ち抜いた。


 血も流さず、表情も変えず力が抜けたように倒れた人間だった物質に成り下がった。


 受付の人が大きく悲鳴を発したが、白いスーツの男性は特に何も気にせずにある一室に向かった。


 そこはリーガンが泊まっているホテルの部屋。事前に教えられた場所であり、指輪が偽物だったことから穏便な説明を求めずに裏切りとして殺害を目的とした訪問だった。


 その部屋にはやはり鍵がかけられており、後ろの男性が複数人で体当たりをしながら突き破った。


 突入と同時に全員が新型銃を向けた。


 だが、そこにリーガンはおらず、代わりに仮面を被った女性がいた。


 ベットで寝転んでいたその女性は白いロングスカートのドレスに身を包み、その白いタイツで隠したすらりと長く美しい脚を天井に向けていた。


 ある意味官能的なその姿は、一時的に男性的な本能が刺激されたがすぐに新型銃を向けた。


 その女性は白いスーツの男性に気付くと、女性はベットから降りた。


「……何故生きている依頼執行人――!!」

「何故? 何故って、私は化け物だからよ。銃で撃たれた程度で死ぬと思っていたの?」

「悪魔か……!!」

「それに近いわね。あぁそうそう。リーガンなら故郷でのんびり保育園の子供達と戯れているんじゃないかしら」


 昴はただ妖艶な笑みを浮かべているだけであり、だがそこには他者を恐怖に堕とす怖ろしさがあった。


「まずこんな事態になってしまったのは貴方が偽札で払おうとしたからよ。あの指輪が欲しいのなら……そうね、迷惑料込で十倍ね」

「ふざけているのか貴様――!!」

「ふざけているのは何方よ。貴方にはもう信頼なんて物は全く存在しない。それを元に戻すと言うのよ? それくらいは妥当よ」


 白いスーツの男性は激しい怒声で叫んでいた。


「貴様は黙ってあの指輪を渡せば良い!! 女風情が男に――!!」


 その瞬間、昴の拳は白いスーツの男性を殴っていた。


 その鈍い音と共に吹き飛んだ。


「あら、ごめんなさい。この時代に遅れに遅れている男女差別があったからつい手が出てしまったわ。悪い癖ね」


 そのまま昴は後ろの男性達を見詰めた。


「貴方達の目的を喋るのならすぐに帰すわ。もちろん謝礼も込みでね。喋らないと言うのなら……このドレスはお気に入りなの。あまり汚したく無いわ」


 だが、数的有利はこちら側にあると理解していた男性達は新型銃の引き金を引いた。


 新型銃は発砲音も存在しない。向けられているのなら何時撃ったのかも分からない。


 だが、昴は違った。


 引き金を引くその動作をするのはあくまでも人間、人間の反応速度が相手なら、昴は圧倒出来る。


 その一瞬は男性達の視界から消え去るのに十分過ぎる時間だった。白いドレスで包んだと言うのにその動きは素早く、一人の男性から新型銃を奪い去り軽く押し倒した。


 もう二人の男性はその長い脚の回し蹴りで当然の如く倒された。


「さて、私が聞きたいことは一つ、何が目的なのか。それだけよ」


 白いスーツの男性は歯ぎしりをしていた。


「貴様はただの鼠だ! 薄暗い場所で汚い暮らしをしている鼠だ!!」

「分かっていないようね」

「俺がもし帰らなかった場合10人程の仲間が突入してくる算段だ! 貴様はここで死ぬ! 生殺与奪は我々が持っていることは忘れるな!!」

「生殺与奪の権利は必ず自分以外が持っている。それは必ず自分より強者が生殺与奪の権利を持っているの。法が人を殺すようにね」


 昴は淡々と説明するように話していた。白いスーツの男性の上に座り、つまらなさそうにため息をついていた。


「私は貴方達よりも強者。分かる? 貴方達の生殺与奪の権利は私が持っている。弱者が強者に命を握られる、それがこの社会の仕組みよ。私から見れば貴方達人間はただの弱者よ」

「……喋るか薄汚い鼠が!!」


 すると、突然男性達の首元から赤い線が横に走った。


 それと同時に匂い始めた血生臭い匂い。


 昴は白いスーツの男性の顔を見ていた。


 すると、その頭は少しだけ動き、転がった。


 頭と首は離れ、その切り口から止めどなく血が床に流れた。


 それは昴以外のこの部屋にいる人全員がその状態であり、全てが即死である。


 昴はその異質な状況に困惑した。その次の行動はもちろん、警戒の二文字。


 次に狙われるのが自分である可能性も考慮する場合、状況把握は当たり前。それをした犯人、及びどうやって首を落としたのか、それさえも分からない。


 だが、昴は一つだけ心当たりがあった。その記憶と結び付けられるのは、ハーバルノートの香水の香り。


「やあ、五常昴君」


 薄ら笑いを貼り付け、詩気御は立っていた。


「久し振り――と言うには短いかな」

「……関係があると思っていたら、まさか本当にあるなんて。……貴方達の目的は何なのかしら」

「ああ、そのことかい。一応言っておくけど、僕はあくまで協力。そこの人達とは目的が違う。けれど……そうだね。ヒントをあげよう。彼らは頭の中に神がいると思っている。おかしな話だよね。頭の中にいるのが唯一の神なら、僕の目の前にいる神は何者なのか。ついには分からなかった。それとも分かりたく無かったのか、理解したく無かったのか、信じたく無かったのか」

「舌が良く動くわね。私が知りたいことだけ答えれば良いのに」

「すまない。君が知ろうとしていることは僕からは答えられない。答えとは自分で見付ける物だからね」

「……そう。分かったわ。無理矢理吐かせろって解釈したわ」

「出来るのなら、ね。君達人間は自由なのだから」


 そして昴は左手で前髪を掻き上げた。


 懐から和紙を三枚取り出した。


「"禍鬼"、"首藤飛寧"、"八尺魅白"」


 詩気御は不明な点が多い。神仏妖魔存在にしては人間臭く、人間にしては怖ろしい。その正体不明とも言える力に警戒するのは当たり前のこと。


 そして、最大の警戒体勢とは、全力を出すことである。


 禍鬼は腕を横に振り、壁を破壊しながらホテルから詩気御を外に落とした。


 自由落下中の詩気御に、更なる追撃のため飛んでいた飛寧の頭に足を乗せ、高い跳躍の速度が上乗せされた拳の衝撃が激突した。


 飛寧の一つの頭は禍鬼の跳躍と言う昴の筋力さえも上回る衝撃に頭を回していた。


「あー……頭が痛いんだよー……」


 詩気御の体はそのまま抵抗もせずに地面と激突した。だが、もう分かりきったことだが当たり前のように立ち上がった。


「……縄文から生き永らえた鬼か……。全く、たった一人で大和の神々を殺して回ったその力は昴君のせいで凶悪になってるね……」


 上に飛んでいるのは抜け首――いや、デュラハン? 飛頭蛮かも知れない。昴君と魂を同じにしてるからか頭が多いね。必ず視界に入られる。厄介だね……。


 すると、詩気御の背後に魅白が動いていた。その速さはおおよそ人間の走行では不可能な速度であり、自動車などの速度に近い。


 詩気御は魅白の危険性が分かっていた。故に自然と注目と警戒は魅白に向けられた。


 それは確かに正解だった。魅白の姿は昴に変わっていた。


 だが、昴の姿と言っても、側頭部から一本の角が生えており、燃え盛る焔のような赤の髪に一部分黒い髪が混ざっていた。


 胸部は大きく膨らんでおり、その体は更に女性だった。


 魅白は一目見た存在になれる。その中で最も強い存在に変化した。


 時間制限は10秒。だが、充分。


 禍鬼の怪力と正鹿火之目一箇日大御神の炎の力。その姉妹の力を最大限使える姿でのたかが10秒とは、ほとんどの存在を鏖殺する悪魔である。


 爆発混じりのその連打は普通であればすぐに焼け死ぬ。だがそれでも殺しきれない存在が、御旗詩気御と言う存在だった。


 詩気御に無数の大太刀が突き刺さり、体内から爆破した瞬間に魅白の姿は戻った。


 詩気御の体は上半身を吹き飛ばされ、そこから未だに鼓動を続ける赤い何かが見えた。


 だが、やはり詩気御の体は何事も無かったかのように元に戻る。そこに痛覚も苦痛も無くただ穏やかに薄ら笑いを貼り付けていた。


 だが、詩気御の次の視界は変わった。ただ暗闇に支配された空間から、長い腕が二本詩気御に向けられた。


 暗闇に支配された空間に、光り輝く罅が走った。それはその空間を砕き、やがて元の位置に戻った。


「……神か何かかしら」


 昴はそう呟いていた。自分の方が強いと言う確信はある。だが、それ以上に何か別の不明確な要素が、昴の判断を鈍らせた。


「神……か。それは昴君の方だろう? 僕が神じゃ無いことくらい、そこの頭が知っているようだけど」

 そう言われ昴は飛寧の頭の一つに視線を動かした。飛寧の頭の一つはふわふわと浮きながら昴の傍に近付いた。

「本当だよ! あの人はただの人間だよ!」

「それにしてはおかしな力を使うけど」

「だからおかしいんだよ! そう言う力が無いのに使ってるんだよ!」


 ……神仏妖魔存在の姿が見える、不思議な力を使う、恐らく不死身。これでただの人間? 冗談と言ってくれた方がまだ納得出来る。


 昴はドレスのスカート部分の横を縦に千切った。そこから見える白いニーソからはみ出た太ももの肉は光が喜びそうだった。


「ロングスカートだと動きにくいわね。これなら大丈夫かしら」

「……それはお気に入りと言っていたけれど……?」

「あら、そんなこと言ったかしら。けど確かに、白は好きよ。この服を着てれば血が目立ってしまうから、返り血を浴びないようにする努力が出来るの」

「そんな猟奇的な理由なんだね……。――なら、出来る限り汚さずに」


 詩気御は力を使わず、昴との距離を詰めた。


 右足を軸に体を回し、上げた踵での回し蹴りが昴に当たる、前に更に速く動いた昴の上げた左足で踏みつけ、詩気御の頭部に素早く右足の足首辺りが激突する蹴りが入った。


 詩気御の身体能力は一般的な人間の範疇だった。身体能力なら昴が無双を誇るだけだった。


 流れるように動いていた右足を地面に力強く踏み込むと、その足を軸に体を回し離れた左の踵が詩気御の側頭部に激突した。


 その衝撃は詩気御の体を何度も回しながら吹き飛んだ。


 地面に転がり、小学生が蟻を弄ぶ程の圧倒的な力量の差を表していた。


 だが、詩気御は何事も無かったかのように立ち上がった。


「……そんなに足を上げると下着が見えてしまうよ」

「手加減しろって言ってるの?」

「本当に見えたんだ」


 それとほぼ同時に禍鬼の拳が詩気御の腹部に激突した。


 それをきっかけに禍鬼の拳は更に熱を帯び、怒涛の連撃が始まった。


 その連撃は一撃一撃が本気の全力であり、あまりの衝撃に激突した詩気御の体の肉が破裂したような傷が作られた。


 だが、どれだけ傷付けようがその体は何事も無かったかのように治ってしまう。


 やがて禍鬼は息を切らし、その拳に力強さが薄れ始めた。


「……どうしたんだい。さっきみたいな力が無くなっているね。そろそろ限界かい?」

「……はっ……はぁっ……うるせ――!!」


 詩気御は禍鬼の腹部に手を押し付けた。それと同時に禍鬼は簡単に吹き飛ばされ、その理由も分からず転がりながらただ困惑していた。


「流石としか言えないね。再生が遅れる程の衝撃を何発も出すとは……」


 それは心からの称賛だった。だが、その称賛はあくまで禍鬼は昴の一部だからである。


 詩気御にとって興味があるのは黒恵、ミューレン、光、そして昴である。それ以外は自分の仲間と友好的に接するだけであり、無関心な物はとことん無関心であり、詩気御にとってそれらは目の前で死にゆく獣に見えるだけだ。


「……昴君、こんな所で僕と戦っていて良いのかい?」

「どう言う意味かしら」

「――()()()()


 昴の表情に曇りが訪れた。


「大丈夫かい? 君のお姫様もこの国にいるみたいだけど……」

「……詳しく聞かせろ」

「ジャックが今のロンドンにはいるんだろう? ただの心配さ。光君には僕も死んで欲しく無いからね」

「……カーバンクルを受け取る時覚悟しておけ」

「分かっているさ。その時に今回の迷惑料と手数料である情報を教えてあげよう。もちろん君にとっての餌も」


 昴は禍鬼、飛寧、魅白を和紙に戻しそのまま走って行った。


 詩気御は力を抜き、そのまま地面に大の字になった。


「……あーやっぱり辛いね。昴君と戦うのはひやりとするよ。昴君とミューレン君なら僕を殺せる可能性があると思っていたが……これは案外現実味を帯びてきたね」


 詩気御はただ薄ら笑いを貼り付けていた。それは愉快、と言うより興味による顔だった。


 辺りの民衆は警察しかいない。その全てが詩気御を奇怪な目で見ており、それでいて警戒のためか新型銃を向けていた。


「ああ、そうだったね。……全く、面倒くさい。この秩序と言う歪な世界は……」


 詩気御は空を見上げた。とても薄暗い雲に包まれ、雨が降る匂いがする。


 手を空に向けた。そのまま広げ、勢い良く握った。


 周りから大きく固い物が潰れた音が聞こえた。その音と共にロンドンの街は赤に彩られた。


 その赤を洗い流すように、雨が振り始めた。


「――"白と黒は混ざり合う"。"それは我らが主の灰"。"灰の奴隷の墓"。"白を生み出す"。"黒を生み出す"。"絶えず鼓動を続ける我らが主"。"絶えず死臭を放つ我らが奴隷"。"滅び蘇り燃え盛り凍える力"。"我らの信頼"。"それは我らが人の忠誠"」


 それと同時に詩気御の姿は変わった。


 まるでモザイクがかかっているようにその姿は正常に認識が出来なくなった。それが辛うじて人の形をしていることだけが分かる。


 どれだけ異形の姿になろうとも、詩気御が正体不明の存在と言うことに代わりは無い。それこそが正体であり、その正体こそが不明である。


 その矛盾した性質、詩気御はこの世界に存在してはならない。


すまない(■□■□)つい殺してしまった(□■□■□■□■□)


 降り続ける雨は、やがて空に向かって降り始めた。その赤に彩られたロンドンは徐々に戻り、やがてその場には人間だけが残った。


 詩気御はただの人間である。やはりここにいる生物は人間しかいない。


 それは間違いでは無い。むしろ真実である。


 それは真実では無い。むしろ間違いである。


 答えは無い。真実は無い。間違いは無い。


 答えは詩気御である。真実は□■□である。間違いは■□■□■□■である。


 人々は何事も無かったかのように雨降るロンドンの街を歩いていた。そして、その人混みの中にたった一つ、モザイクがあった。


 そのモザイクは詩気御の姿に戻った。


「……しかし、はったりとは便利な物だね。ジャックは僕が用意した試練では無いと言うのに。だとすると誰がジャックなんて名乗っているのか……まあ僕には関係無い。死んでも特に問題無いし……」


 すると、詩気御は突然振り返った。遠くを眺め、困惑の表情をしていた。


 だが、驚愕を分かりやすく目で表し、口角が高く上がった。


「そうか……! 君がいるんだね! イギリスに君がいるんだね! あー……嬉しいよ……――」


 ――深華の顔が変わらない……。


 飲み物を飲んでいる時も、全く変わらない仏頂面。中学生の頃の護衛って言う過ごした時間は長いけど、表情が変わる時は不機嫌な時と昴君に褒められた時だけ。ひょっとして表情筋が死んでいるんじゃ……。


「……じっと見て何かありましたか?」

「……感情はあるよね? 昴君みたいなことじゃ無いよね?」

「失礼ですね。感情くらいあります。それに昴さんだって感情が無かった訳じゃ無いでしょう。あくまで喜楽が無いだけです。そんなことも分からなかったんですか?」

「心理学、精神学的な判断を下したのは私だよ。むしろそう言う医療知識が無い深華が語るのはどうかな?」


 深華からけしかけた喧嘩だ。文句は言わせない。


「……小さい時を見たのは私です」

「一緒に過ごした時間が長いのは夏日ちゃんの次に長いのは私だよ」

「禱さんがいます」

「禱さんは昴君とそんなに会ってないでしょ」

「……私の方が好きです」

「それを比べる方法が無いことくらい深華なら分かるでしょ?」


 どうだ。徹底的に潰してやった。仏頂面だが、今にも泣き出しそうな目をしている。


 少しやり過ぎた。


「……何か燃えてません?」


 やはり仏頂面でそう言った


「え? あー確かに。何か臭うね」


 深華の言った通り、煙の匂いがする。


 ……火事だ。その確信は早かった。


 予想通り何処からか火災報知器の音がした。その直後に大きな爆発音が聞こえた。


 遺体安置所に爆発するような物があるとは思えない。つまり人為的な放火の可能性が浮かんできた。


 とにかくすぐにその場から避難した。


 外は雨が降っている。イギリスの気候では良くあることだ。


 どうやら誰かが消防署に連絡はしていたようだ。遠くからサイレンの音が聞こえる。


 一安心だが、やはり気になることはある。


 先程の爆発。爆発性物質による爆破なら説明はつく。流石にどんな物質を使ったのかは分からないが、爆破が故意的に起こされたのは分かる。


 事故では無く事件だ。事件性は充分にある。


 ……爆発の音の方向からして、遺体安置所。……証拠隠滅。ふとそう思った。流石に考えすぎだろうか。


 ……証拠隠滅ならもう少し早くする。私がイギリスに到着するまでに充分な時間はあったはずだ。その間にでもすれば良い。


 ならもっと別の……。


 すると、意外にも早く消防車が安置所の前に訪れた。


 安置所の中から黒い煙が外に出ている。雨のせいで視界不良ではあるが、よほど中で燃えているのか良く見える。


 消防士が訓練通りの動きで慣れているのかとても簡単に、とても素早く準備をしていた。


 安置所の中から服が少しだけ焦げている男性が咳き込みながら出て来た。


「ああ……お母さん……」


 悲壮感が漂うその顔から、どうやらお母さんの最後の顔を見に来たようだ。私には分からない感情だが、家族とはそう言う物なのだろう。少しだけ、羨ましい。


 すると、消防士がその男性に駆け寄った。


 体調の確認のためだと思っていた。その消防士の行動は違った。


 この雨の中で、この雨粒が肌に当たるだけで痛い雨の中で、その人の体が一人でに燃えた。


 違う。それは私の観察不足だ。あの人だ。あの消防士があの男性に炎を吹きかけた。


 こんなに雨が降っている外なのに、その火は全く消えず男性の体を黒く焦がした。


 毛が焼ける音も、肉が焼ける音も、一瞬だけ発した悲鳴がまだ耳に残る。


 まだ燃えているその体に消防士の一人はナイフのような刃物を突き刺した。


 場所から即死に近い。腹部大動脈の部分だ。それは偶然そこに刺さったようには思えない。狙ってその部分を刺したように見える。


 そのまま消防士は走って逃げてしまった。


 他の消防士はあまりの事態に困惑し、まだ広がる火と、無惨にも殺されたこの男性の死体の対処も忘れていた。


 すると、深華がその消防士の後を追いかけるように走った。


「深華!」

「光はここに。昴さんが帰って来たなら説明を」


 私の話も聞かずに深華は走ってしまった。私の足では決して追いつけない。


 ……大人しく、昴君を待つしか無かった。それ以上私に出来ることは無かった。


 雨が異様に降り続けるロンドンの街。私はまた待つことしか出来なかった。


 何時もそうだ。私は護られる立場。それを理解もしているし、仕方無いことだとも受け入れている。


 だけれど、何度も護られると、申し訳無くも感じる。


 確かに力はある。ミューレンでは扱い切れ無いバインドルーンを使うことが出来る。だが、あくまでそれはミューレンが刻んだルーンでの発動であり、ミューレンの力が無くては私個人でそんな力は使えない。


 ……私が、昴君や、黒恵やミューレンみたいに自衛の力を持てれば……――。


 ――深華は雨が降る街でも気にせずに走っていた。


 雨粒が落ち、日は当たらず、ただ血の匂いを纏ったその男性を追っていた。


 動機は何か、何故あの男性を殺したか、謎はただ私の頭の中を掻き混ぜるだけ。


 だが、殺人は許されるべき行為では無い。それは私が小学生の頃から持っていた本能的な理解であり、私が初めて持った正義。


 私は正義のために中学生の歳からIOSPに入った。中学生の時はあくまで仮ではあったが、それでも正義のために行動してきた。


 そんな私が、みすみす目の前で殺人を犯されたことを悔やむ。だからこそ、逃がすわけにはいかない。


 だが、どれだけ全速力で走っても一向に距離が縮まる気配がしない。雨が降り水たまりが出来る地面に速度を変えずに走り続けているあの男性の異様さが分かる。


「……まさか……いや、決めつけは止めておこう。今は人間と思え」


 すると、その男性は人間ではありえない程の高さを跳躍し、建造物の天井に乗り、その天井を走って逃げた。


 明らかに人間の筋力ではありえないその跳躍に、五常の血族を思い浮かべたが、それはもう昴さんとあの人以外残っていないはずだ。


 つまり、やはりあれは……!


「クソッタレ……!!」


 最近、様々な信じ難い存在の調査資料を読んでいる。その中で、確かにあった特徴。


 物理的干渉は受ける。それでいて人間ではありえない力。

「神仏妖魔存在もしくは怪異存在……!!」


 ありえるのは怪異存在。神仏妖魔存在なら被害規模はもう少し大きいはずだ。それに逃げる必要も無い。


 装備は持っていない。生身で追うにしては難しい。


 迷いがある。これ以上私の身体能力では追えない。だが、見逃せるはずも無い。


 だが、その迷いも無用な物になった。


 雨は降り続け、そこに白い霧が更に広がった。それは徐々に濃くなり、やがて視界不良にまで陥った。


 これ以上の追跡は不可能になった。


「……足音も聞こえない。……まずここは何処だ」


 スマホでGPSを開いたが、何故か電波が通じない。


 霧で電波が通じないとは聞いたことが無い。何か問題でもあったのだろうか。


「……それにしても、ロンドンスモッグは1952年でしょう……。何でこんなに霧が……」


 明らかにおかしいことだけは分かっている。あの男性と無関係では無いだろう。……いや、それにしてはいきなり過ぎる。無関係の可能性も視野にいれよう。


 何時か出会うとは思っていたが、まさか今日とは思わなかった。超常的存在対策機動部隊の活動で出会うと思っていた。


 無事に戻れるだろうか。無事に帰れるだろうか。


 ……希望を捨てる訳にはいかない。まだ昴さんとセックスしていない。せめて一回程度はやってから死にたい。


 ……欲を言うなら……いや、流石にこれ以上は贅沢だろうか。


 方向感覚を頼り、来たであろう方向に向かい歩みを進めた。


 私の動きに合わせて霧が流れる。空を見上げると偶に現れる霧の僅かな隙間から暗い空が見える。


 ……いや、違う。曇っているから暗い訳では無い。


 微かに煌めく白い光は、星々だ。つまり今は、夜。


 明らかに時間がおかしい。時間が進み過ぎた。まだ昼頃だ。追いかけた時間を考慮してもまだ1時になるかならないかだ。


 その不可解で不可思議なこの空間と言う物事態に、困惑と混乱がただ回る。


 非日常は恐怖を誘う。心に不安感を与え続ける。


 自分で言うのも何だが、私は感情の起伏が少ない。故に印象深く心に刻まれるその不安感。


 嫌な発汗が止まらない。小さな震えが止まらない。


 孤独が怖い。一人が怖い。一人が怖ろしい。一人が嫌だ。


 その感情は簡単に行動に移していた。歩みの速度が速くなり、何時の間にか必死に走っていた。


 先程の追跡のせいか、すぐに息を切らしてしまった。だが、一人が嫌だ。誰かと出会うために私は体を引きずりながら走っていた。


 あの人の顔が見たい。私を見なくても良い。私を愛さなくても良い。ただ彼が見たい。


 すると、前から誰かの声が聞こえた。私は藁にも縋る思いでその場所に走った。


 だが、そんな希望は簡単に壊される。


 明らかに人の声では無い。それは聞いていればすぐに分かる。


 人の言葉も分からないような獣風情が、傲慢にも人の言葉を真似た鳴き声のように聞こえた。あれは人の言葉では無い。


 楽しそうに話しているその声は、私の感情を壊そうとした。


 私は逃げるようにその反対側に向かって走った。


「嫌だ……!! 嫌だ……!!」


 私は何時の間にか泣いていた。


 私らしく無い。こんな姿を昴さんに見せたくない。見せたくないからずっと、耐えていたのに。


 再会した時も、光が殺されかけた時も、光にだけ助けを求めた時も、二人が殺されかけた時も、ずっと押さえ付けたのに、こんな下らないことで、泣いてしまった。


 やがて、白い霧が晴れ始めた。晴れた霧の隙間から、赤い光が漏れていた。


 それは空の色で、それは提灯の色だった。


 紫に近い逢魔時の空。時間が逆行しているような感覚に襲われた。


 私の涙は少しずつ枯れた。


 視界不良による見えない恐怖から開放されたからか、私の頭は徐々に冷静になっていった。


「……空中には提灯。火が灯っている。……周りの建造物は東アジア、中国――と言うよりは日本に近い。建造物の形から江戸より前……」


 私の知識から導き出せるのはこれくらいだ。これ以上は何も。


 だが、やはり私が何処にいるのかは分からない。イギリスにこんな質素な日本建築があるはずが無い。作るならもっと豪華な物を作る。


 なら……えーと……ああ、そうだ。神隠し。私が体験したのだろうか。


 ありえない、と言い聞かせるのはあまりやらない方が良い。もう今更だ。何が起こってもおかしくは無い。


 ……何かがいる。


 その考えは唐突に出た物だ。


 根拠なんて何も無い。私の生存本能が訴える。そこに何かがいるのが。


「……調査記録の昴さんと光が行ったと書かれた妖の街と一致しているような……」


 歩くのももう疲れた。いや、それは言い訳だ。ただ私は怖いんだ。ここから進むのが。


 だが、進まなければ何も出来ない。私は意外にも簡単に前に進んだ。


 長い時間歩いた。もう時間感覚も完璧に狂っている。


 やがて、変わらない道に何か黒い汚れを見付けた。


 まるで何者かに襲われてある程度逃げて、結局殺されたような血痕のようにも見える。


 この黒い汚れが血なら、この出血量はもう死んでいるだろう。最後は近くの建造物に身を任せたのだろう。


 すると、私の前の地面に最近の血があった。


 先程までは無かったはずだ。それはまだ液体で、凝固していない。これくらい最近の血なら、まだ近くに被害者が――。


 違う。これは、今も出ている。


 おかしい。


 これは、何故ならこれは、私から出ている。


 私から流れている。


 ……死にたくない。


 ……もう……嫌だ。


 私の胸に、何かが突き刺さっている。細い鉄柱のような物が背後から突き刺さっており、胸にまで貫通し

ていた。


 新しい血は私の出血だ。


 明らかに即死。その出血量は……もう考えたくも無い。


 何で私がこんな目に会うのだろうか。


「……嫌だ」


 止めることも出来ずにただ自然と、ぽつりと呟いたその言葉。


 足から力が抜けた。もう何も考えたくない。もう何も思いたくない。


 地面に倒れて見えたその姿。姿と言ってもそこから発せられる色が見える。


 鈍色。


 ……もうどうでも良い。もう何も考えたくない。


 ……それでも、何故か思い出すあの人の顔。もう何も考えたくないのに、ずっと思い出してしまう。


 ……やっぱり死にたくない……。ずっとそう思っている。


 だけれど、もう無理なことくらい分かっている。もう痛みも感じない。ただずっと意識があるだけだ。その意識で彼の顔を思い出すだけ。


 私は、夕暮れを見た。


 夕焼けは赤かった。


 恐ろしい程赤かった。


 血のように赤かった。


 何処までも赤かった。


 何かが赤かった。


 何もが赤かった。


 何かを赤かった。


 何かは赤かった。


 何かしらが赤かった。


 何よりも赤かった。


 何が赤かった。


 何しろ赤かった。


 何せ赤かった。


 赤かった。


 赤かった。


 赤かった。


 赤かった。


「……私の…………は……」


 何かが更に私の体を貫く。何度も何度も貫く。


 もう感覚は麻痺している。分かるのは音。肌を突き破り肉を貫き内蔵を潰し肉を貫き肌を突き破る音。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、聞こえる。


 ただ……最後に会いたい。もう何も望まない。ただ彼に会いたい。


 ……生きたいのなら強くあれ。


 ……昴さん……。


「……あ……ぁ……私は…………誰……」


 深華は立ち上がった。


 彼女はただの人間だ。だが、彼女は立ち上がった。そこに力などは無く、そこに銀は無かった。


 だが、彼女は立ち上がった。


 目の前にいるそれを睨んだ。


 影から出て来た黒い闇。それは人の形をしていなかった。

 四足歩行で佇んでいたそれは獣のようであり、犬の頭をしていた。

 異様に手足の爪が長く、その爪だけで地面に佇んでいた。

 腹部は腐っているように肉が爛れ、そこから異様な死臭を放っていた。

 犬の頭には、鈍色の目。


「…………あぁ……迷い人……か。……調査記録は正しかった……」


 その闇の爪は深華の喉を貫いた。呼吸音が異常な音に変わり、貫かれた穴から空気が漏れ出ていた。


 だが、深華は一歩進んだ。貫いた爪は更に深く、更に広く喉の穴を傷付けた。


 それでも深華は進んだ。


 夕焼けは深華を祝福した。昴とは違い、彼女を慈愛で愛した。


 深華は進んだ。目の前の敵を殺すために。彼に出会うために。


 やがて、深華は犬の頭に触れた。


 そのまま指に力を入れ、その黒い肉を抉り取った。


 ただ防衛本能のままに、ただ殺戮衝動に身を任せる。相手を殺し尽くし、血を啜る。


 爪を折り、まだ歩いていた。


 腹部に潜り込み、爛れた肉を抉り取った。


 それは簡単に出来た。腐っているからか柔らかい。


 そのまま骨さえも抜き取り、やがて心臓をその手にした。


 力の限りで握り潰し、やがてその闇は倒れた。


 深華は死臭に塗れながら、神殺しを行った。その血を啜った。


 すると、深華はその場に大きな悲鳴を発しながら倒れた。


「あ……あああああぁぁぁぁ……!! あああっ!!」


 ただの人間に人智を超えた存在の血は猛毒となる。深華はそれを分かっていながら、それでも力のために啜った。


 その体に変化が現れた。


 黒の瞳は銀に美しく輝き、それはまた黒に戻った。


 傷から更に血が溢れた。その血の色も青に変わり、やがてもう一度赤に戻った。


 その場で悶え苦しみ、自身から溢れた血の上で頭を打ち付けていた。


 激しい苦痛と痛覚は深華を更に苦しませ、自我を失いかけた。


 やがて、深華の右目が腐ったように落ちた。それは流れた血に染められ、それは腐り、養分となった。


「……はっ……!! はああぁぁっ……!! ああああああ!! あ……!!」


 体中を力んだせいか、血管が良く見える。その痛みで自我を失わないのは、ずっと頭の片隅にある彼の顔。


「私は……!! 私は!! 十二月晦日深華だ……!!  ああぁぁ……!! あああああ!!」


 左目の眼球が落ちそうな程飛び出した。右手の指が黒に変色し、今にも崩れ落ちそうな程脆い。


 貫かれた穴からは偶に青に変わる血液が溢れ続ける。


 悲鳴はもはや発していない。身を丸めるその様子から苦しみを見せるだけになった。


 昴さん……! 昴さん昴さん昴さん昴さん昴さん昴さん……!! 私は……!! 私は……!!


 深華の黒い瞳が銀に輝いた。それと同時に右手は砂のように崩れ落ち、体に罅が走った。


 その罅に沿うように、深華の体は崩壊を初めた。元々形のあった物が、脆く崩れるガラスのように、綺麗に崩れた。


 そのまま深華は意識を手放した――。


「――深華! 起きて! 深華!」

「外傷は!?」

「無いけど……! けど意識が戻らないの!」

「……何だこの死臭……! 深華! 起きてくれ! 起きたら……えーと……」

「一日だけ昴君とデートして良いから! 行為は駄目だけど! キスも駄目だけど!」


 すると、私の目の前で横たわっている深華が勢い良く飛び起きた。


「……本当ですか光?」

「うえぇ!? 本当に起きた!?」

「それより本当ですか。早く答えろ」

「え、あー……やっぱり無しで」

「……あー意識が遠ざかるー……」

「分かった! 分かったから! けど色々条件はあるからね!」

「キスもセックスも駄目と。手を繋ぐのは?」

「昴君が許可すれば」

「……時間は」

「朝から夕方まで」

「……良いでしょう」


 見た所深華は無事だが、何故こんな所で気を失っていたのかが分からない。


 すると、深華は昴君を見た。


「……白ニーソってえっちですね」

「記憶もしっかりしてる。本当に無事みたいだな」

「昴さん、声が戻っています。そんなに私が心配だったんですか?」

「光がジャックに狙われているって言う奴がいたから急いで来たんだよ。そのせいだ」


 深華は仏頂面だが、僅かに不満そうな顔をしている。


 すると、深華の瞳が一瞬銀色に見えた。だが、それは黒に戻った。


 見間違いだろうか。それとも……。


 雨は何時の間にか止んでいた。


 私達は公園で昴君特性のサンドイッチを食べながら深華に色々聞いていた。


 昴君は何時の間にか着替えていた。……何時着替えたんだろう。


「……えーと……それ多分迷い人だね……」

「やはりそうですか」

「……え、その血を?」

「啜りました」

「何やってるの!?」

「……そう言えば、体中に何かが貫きましたね。傷が治っているようですが」

「えー……」


 ……そう言えば昴君もあの時……經津櫻境尊が昴君を助けた時も傷が治ってた。


 あの時発した言葉は聞き取れなかったけど……多分何処かにいる神様なのかな。


 恥ずかしがり屋のあの人……。誰だろうか。


 昴君が作ったサンドイッチはやはり絶品だ。ベーコン、レタスに何故かチキンまで挟んでいる。肉々しい。故に満たされる満足感。


「……深華、少し聞きたいんだが……」

「何ですか? 何でも答えますよ。バストサイズは……」

「違う違う。それは目測で大体測れる」


 そう言う問題じゃ無いよ昴君。


 昴君は和紙を取り出した。形から魅白だ。


「"八尺魅白"」


 その言葉と共に和紙は魅白に変わった。


 魅白はそのまま昴君の持っていたサンドイッチを食べていた。


「ぽぽぽ」

「美味しいか?」

「ぽぽ」

「それは良かった」


 深華は目を見開いて魅白を見ていた。


 どうやら見えているようだ。


「……ぽぽ? ぽぽぽぽぽ」


 魅白は深華の顔を覗いていた。興味を持ったようだ。


「ぽーぽぽ。ぽぽー」

「……何ですかこの人」


 昴君はそれに答えた。


「元八尺様」

「元って何ですか元って」

「現在八尺魅白」

「……これが――」


 本当に力が宿ったようだ。


 魅白は深華の頬を触ると、少しだけ微笑んだ。


「ぽぽー」

「……喜んでいるんですか?」

「や……らかい」

「柔らかい? 柔らかいであっていますか?」

「ぽっぽ」

「……独自の言語ですか。一応喋れるようですが……」

「ぽぽぽぽぽ」


 魅白は昴君の背後に周り、その頭の上に自分の頭を乗せていた。


 深華は右手を見ていた。何度も開いて閉じてを繰り返しながらじっと見詰めていた。


 ……やっぱり治っている。……左目も、あの世界には体をここまで治せる存在が……。


 ……それよりも、懸念が一つ。


「あの殺人犯は何処に」

「……見失ったの」

「……そうですか。……あれは、恐らく怪異存在です」


 深華の言葉に、私も昴君も驚いていた。


「昴さん、一応聞きますが五常の血族は合わせて二人しかいないんですよね」

「ああ。調べれば何処かにあるかも知れないが、三親等以内はあいつだけだ」

「なら確実です。あの動きは人間では無かった。そして私でも見えた。つまり体を持っている。そしてわざわざ私から逃げた。つまり怪異存在の可能性があります」

「……それが……ジャックか?」

「切り裂きジャックが怪異存在とは思えません。あれはあくまで実在した事件ですから。……ロンドンにいたジャックは二人います。切り裂きジャックは事実に基づいた都市伝説に近い、もう一人のジャックは明確な証拠や事実が何も無い。名は、()()()()()()()です」


 私は初耳だ。証拠も事実も無い都市伝説だからだろうか。


 やはり都市伝説の知識量においては黒恵の方が詳しい。


「バネ足ジャックの元ネタとされているのはヴィクトリア王朝のイギリスにいたとされる愉快犯です。消防士と偽り出て来た相手に炎を吹きかけナイフで刺して逃走、数mの高さの壁をいとも簡単に飛び越えるなど、特徴が一致しています」


 確かに一致している。だとするとあの存在から19Hz以下の音が出るかを確かめたい。


 それは私の根っからの研究者気質と言う物だろう。ただ純粋に正しいのかどうかを確かめたいと言う事だけが行動原理。


 ただ、黒恵と違うことは命の危機に陥ってから追うのを辞めるのでは無く、命の危機が懸念されるならそれを避ける。これが違いだ。


 探すことは命の危機が懸念される。……私一人なら。


 明らかに勝てる人がここにいる。


 もちろん昴君。明らかに強すぎる、言わば過剰戦力。昴君一人で大体の脅威は無くなる。


 だが、色々準備が必要だ。深華もきっと着いて来るだろう。正義感は第一機動部隊の中で美愛さん早苗さんと同じくらいある。むしろ禱さんが無さすぎる。


 ……だが、まだ分からない所がある。結局あの指輪は何のために狙ったのか。


 もちろんジャックとは関係が無いのかも知れない。むしろそう考える方が自然だ。


 ……詩気御さんがイギリスで何をしたいのか。それが、本当に分からない――。


 ――現代に伝わる天使とは、神と人間の間を繋ぐ役割を持つ存在とされている。


 多くの宗教で神は天にいると言う共通点から多くの絵画で白く美しい羽を持つ姿が見られる。その羽で天へと昇り、神の世界に行くからだ。


 だが、もし神が地上にいるのなら、その羽は何のためにあるのだろうか。むしろそんな姿さえも人間が勝手に作り上げた偶像なのかも知れない。


 イギリスのある時計塔の上。人が立ち入れ無いその場所に白い翼を背から生やしている女性が座っていた。


 白い髪に銀の瞳を持つその女性は、少しだけ懐かしそうにその街並みを眺めていた。


 その女性の後ろから、正体不明の気配を感じた。


 女性は振り返った。そこにいたのは詩気御だった。


「やあ、□□□□□□□君」

「詩気御さんも観光ですか? 僕は一度ロンドンの街並みを見たくてここまで」

「そうだったね。君は元々……おや、どうやら招かれざる人物が来たようだ」


 詩気御の背後にいたのはリュドウィッグだった。その老いた顔でも分かる程顔をしかめていた。


「……どう言うつもりだ詩気御よ」

「どう言うつもり? 何の話だい?」

「とぼけるな。私の息子を良くも……」

「ああ、あれは君の子供だったのかい。養子かい?」

「あの子は……あの子は私のために何処までも努力し、全ての覚悟を決めていた。……それを……それを貴様……!!」


 詩気御はただ薄ら笑いを貼り付けていただけだ。


「……正直に言おう。もう君に用は無いんだ」

「何だ――」

「君の会社の顧客の半分以上、僕の方に来た。意外と早く出来たね。僕もここまで上手くいくとは思わなかったよ」

「……そのためか貴様……!!」

「同じ所だと限界があるからね。それなら全く別の場所で集めた顧客を横取りする方が早い。もう僕の興味は無くなった。長生きしたいなら帰ることをおすすめするよ」


 リュドウィッグは杖を捨てた。その顔には、何か決意を決めたような顔だった。


「天使が傍にいるからか、当たり前のように信じてしまった。だがようやく分かった。貴様らは悪魔だ。我らが信仰する真の神と敵対する悪魔だ」

「そんな単純な存在じゃ無いさ」

「……あの子の敵。殺す」


 その老人は天を仰いだ。


 すると、老人の体は炎に包まれた。その炎が晴れると同時に、その体は人外へと変わっていた。

 狼のような頭に山羊のような角が生えており、顎の一部が白骨化していた。

 梟のような翼の先に、爬虫類のような爪が生えていた。

 足は最早衰えており、その立ち上がれない程に弱っていた。

 その3mを超える巨体は詩気御の前に立ち塞がった。

 その姿は神を信仰する存在、と言うよりかは人々に苦しみを与えた悪魔に近い。


「……仕方無いね」


 すると、女性が詩気御の前に立った。


「出来るのかい?」

「大丈夫です。もう覚悟は決めています」

「……そうかい。じゃあ任せたよ」


 獣に成り下がったそのリュドウィッグは、ただ自我も無い咆哮をしていた。


 零れ落ちた眼球から軟体生物のような物が溢れていた。その姿を見た女性は悲しそうな顔をしていた。


「……ごめんなさい」


 それは天使の慈愛のようだった。


 女性の左腕が消え去った。その消えた肩から血が滴った。


 すると、リュドウィッグの体に鎖が巻き付いた。それはどうやっても抜け出せることが出来ない程絡みついており、動きを封じた。


 その左肩は白い光に包まれた。


 やがて女性は右手でリュドウィッグの頭に触れた。


 その顎から徐々に肌と肉が腐りながら落ちた。


 その一瞬で白骨の異形の生物となり、もう動くことも無く、やがて骨さえも灰となり風に吹かれた。


「大丈夫かい?」

「……はい」

「それなら良かった」

「……詩気御さん。この人は……幸せだったんですか」

「……それは僕が決めることじゃ無い。だけど、あくまで予想だが、神のためと思っていた長い人生は、きっと幸せだったんじゃ無いかな」


 女性はそこにいたはずのリュドウィッグを見ていた。ただ悲しそうな顔をしながら、見ていた。


 女性にとって人の死とは忌むべき物だった。死、と言う物事態を避けようとしていた。


「……さて、僕の用事はもう終わった。君は何かあるかい? お礼に協力してあげようか」

「……あの教会を完全に壊す。出来ますか?」

「それは出来ない。あの教会はまだ使える」

「僕は人を守るためにここに来たんです。それなのに……それなのに人を殺す組織を使う? ……もう許容出来ません」

「……君なら分かるはずだ。分かってくれ」

「……より多くの人のために。分かっています――」


 ――クラレンスとアンジェリカは允と共に行動していた。


 リュドウィッグがもう依頼執行人が生きていることを知っている可能性があるため、万が一のことを考え情報収集と並行しての行動だった。


「……おや」

「どうしたんや允はん」

「……いえ、イギリス警察にリュドウィッグの捜索願が出されたようです」

「捜索願ー? 何でそんなもんが……」

「……恐らく何者かに攫われたか殺害されたか。良くも悪くも有名人ですから。ああ、忘れていた。御主人様にご報告しなくては」


 すると、アンジェリカが允の手を止めた。


「私が報告する」

「……分かりました」


 允は人生が長い。そこから培った勘、と言うべき観察眼は、アンジェリカの心中を分かっていた。


「……ご報告が、ボス」

『どうした? 良い報告を頼むぞ』

「リュドウィッグに捜索願が出されました」

『行方不明ってことか? 何でだ』

「そこはまだ……ですがこれで一旦は指輪を狙われることは無くなったかと」

『……分かった。新たに情報が出れば報告してくれ。もう戻っても良い』


 そのままアンジェリカは通話を終えた。


 ボスが好きすぎるでアンジェリカ。悪いことは言わん。諦めた方がええ。


 けど、多分諦めないのがアンジェリカや。最悪既成事実作ろうとするで。まあ、ボス相手やと返り討ちやろうけど。


「……何だクラレンス。私をじろじろと見て」

「何でも無いで」

「……そうか」

「やっぱり何でもあるで」

「うるさい」

「……酷い……」


 もう時刻は4時。そろそろ帰りたいが……結局情報は集まらんかった。あの指輪は西暦が出来たくらいに作られたくらいや。何のために作らんれたんかも誰が持ってたのかも分からんかった。


「……ウロボロスの紋……これ紀元前や無かったか?」

「あくまで紀元前にはあった、だ。後の時代に作られても不思議は無い」

「それもそうやな」


 やがて俺等はボスの別荘に帰った。


 やっぱり苦手や。なんつーか……出そうな雰囲気が苦手と言うか……。


「なーあーアンジェリカー。先行かんでくれー……」

「その幽霊嫌いを治したらどうだ。マフィアの人間が幽霊が怖いなんて格好がつかない」

「それはそうやけど……」

「ほら、前を歩け」

「アンジェリカだって怖いんやろ! ボスの前でカッコつけただけなんやろ!」

「うるさい」

「図星や! それは絶対図星や! お兄ちゃんは分かるで!」

「うるさいと言ったのが聞こえなかったのか。それとも耳が腐ったのか」

「何やと! ちゃーんと付いとるで!」


 やがて、二人は屋敷の前に着いた。


 この中に、黒恵か、ミューレンがいれば気付いたのだろう。


 この中から溢れる敵意が、この中から溢れる狂気が。どれだけ危険な物なのか。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


大声失礼します。っすー……。

昴がえっちだー‼ あー‼ ……失礼しました。あと思ったより深華が可愛い。あの子身長180後半くらいあるのに。次回! アンジェリカ、可哀想は可愛い! お兄ちゃん格好良い!


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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