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二つ目の記録 運が良いが悪い今日。運が悪いが良い明日 ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 そこは社会の闇が溜まっていた。


 一見BARのような様相をしているが、そこにいるのは世界的に見ても富裕層と言える者達だった。富裕層と言う以外大した共通点が見られないが、闇深く黒い噂が絶えないという嘘か本当かも分からない点だけは共通していた。


 カウンター席に座っていたのは顔を白い仮面で隠し、首に黒いチョーカーを着けている黒髪の女性一人だった。大胆に胸元が開いている黒い服を着ている女性は誰かを待っているようにアルコールが含まれていないものだけを飲んでいた。


 髪と目が赤に近い色の男が隣に座った。カウンターの挟んで向こうにいる古稀のバーテンダーに一言「ギムレット」と言うと、バーテンダーは優しく微笑んだ。


 男は隣にいる女性に話しかけた。


「もうすぐ"依頼人(・・・)"が来ると思ってな。会いに来たで」

「……そのエセ関西弁をやめたらどう? "クラレンス"」

「かっちょええやろ。日本のアニメのかっちょええキャラはみーんなこう喋っとったで」

「それで、何のようなの?」

「いんや、依頼人のことを少しだけ教えようもおもてな。今回の依頼人はたっかい金払って無制限のやつを買ったんや」

「そう……まぁ、三億円なら出せる人は出せるかしら」


 バーテンダーは3、4㎝に粗く砕いた氷をシェイカーに入れ、ロンドンドライ・ジンとローズ社のライムジュースを入れた。カシャカシャと音をたてながらシェイクしたものをあらかじめ冷やしておいたグラスに注いだ。最後にライムを添えて、クラレンスの方に流した。


「アブサーダディーの好敵手に長い別れを」


 そう言ってクラレンスはギムレットを飲み干した。


 アブサーダディーと言うのは近年治安が良くなりマフィアの力が弱くなり、様々な組織の同盟の名前だ。このクラレンス・ベイリーと言う男はそのマフィアのNo. 2だ。恐らく敵対組織が壊滅でもしたのだろう。少し愉快そうに見えたが、ギムレットと言うことは寂しくも感じているのだろう。


「あいつらに今度会うときは地獄やろうな」


 クラレンスはお代を現金でカウンターに置くと、BARを後にした。


 女性は様々な思惑を頭に巡らせた。


 また、女性の隣に誰か座った。今度こそ女性の依頼人だと思い、冷たい視線で依頼人を見た。そこにいたのは青年に見える程様々な美を探求しているように見える男だった。香水の匂いが微かに漂い、ハーバルノートの穏やかな匂いが鼻を通った。


 女性はこの男を知っていた。御幡詩気御(みはたしきお)、総資産47兆を抱える男だ。にも関わらず長い時間をかけて形成された情報網でも黒い噂が全く無い。つまり何も黒いことをせずにそこまでの莫大な資産を作り上げた世間一般的には善人と言える天才だった。


「君が"依頼執行人"さんかい? まさか女性だったとは」

「……良いから見せてくれるかしら」

「おっと失礼」


 女性がそう聞くと、詩気御は金属で出来たカード状のものを手渡した。表面にはPermissionとだけ書かれており、これをコレクションにしたい物好きがいるのも理解できる程精巧な装飾が施されていた。


「確かに無制限のものね。それで依頼は?」


 詩気御は薄ら笑いを張り付けながら口を開いた。


「君にはある列車を探してほしい」


 またこれかと女性は微かに思った。


「あれはダメよ。どこかの発掘チームに頼んで」

「成程、流石だ。しかし諦めるわけにはいかない。ここからは僕の推理を言おう」


 詩気御は女性が求めていた答えを示した。


「まず君はそう頼んだ他の人にもそう言っているようだね。つまり君が話したものにヒントがある。まず『発掘チームに頼んで』ということは存在は確認している。違うかい?」


 その瞬間詩気御がどれ程の知能を持っているのか理解できた。女性は何も答えない。


「そして君のことだ。必ず見つけ出しているはずだ。しかしそれを伝えないのはこれに気付ける頭脳を持っている人だけに篩をかけているのだろう。そんな人が君を訪ねるなら総じて世界でも大成功をおさめた人物になるだろう。つまり相当の資産を持っている。その人にだけ相当な依頼料を言わずともちらつかせているんだろう?」

「……文句無しの大正解よ。報酬の話に移りましょう?」


 詩気御は未だに薄ら笑いを張り付けていた。


「十億$でどうだい?」

「妥当ね」

「そしてあるものを君にあげよう」


 そう言って詩気御は白黒の写真を見せた。あまり保存状態が良くなかったが、丁寧に修復したであろう痕がついていた。


「わざわざ白黒の写真で信憑性を上げようとするのはどうなの?」

「良いじゃないか。ロマンチックだろう?」


 写真は大きなダイヤモンドを写していた。白黒の写真でも分かる程美しく輝いており、不思議な魅力を感じていた。


「14カラット、カットも良い。だけどこんなのを貰ってもね」

「話は最後まで聞いてくれないと。これはレッドダイヤモンドだ」


 女性は驚いていた。世界最大のレッドダイヤモンド、ムサイエフ・レッドでも5. 11カラットと言われている。明らかに大きすぎる。


 だが、確かに心当たりはあった。記録も残っていないが、手中に収めれば富と名声を手に入れるという神話上の物品、真紅の宝石"カーバンクル"を乗せているという話は確かにあった。


 だが信憑性は限り無く0に近く、神話上の物品という事もあり全く信じていなかった。夢見た誰かが流したデマだと思っていた。


 だが、この男は全くと言って良い程嘘をついてなかった。発している言葉全てが真実であり、また確固たる自信に満ち溢れていた。


「……ちなみに何処からの情報?」

「そればかりは秘密」

「ずるい人」


 女性はため息を一ついた。


「……分かったわ。……22番よ」


 バーテンダーは優しく微笑み、後ろの扉の奥に入っていった。帰ってくると、手には鍵穴がある小さな金属の箱と、それを開けるための純金の鍵を詩気御に手渡した。


「こちら、情報で御座います。活用した後は証拠隠滅のためこちらに返却して頂きます」


 バーテンダーは詩気御にそう説明していた。詩気御は箱を持ってきていたバッグに入れた。


「そうだ、親交の証としてたくさんどうだい?」

「下戸なのよ」

「それは残念。せっかくたくさん奢ろうと思ったのに」

「それを早く言ってよ。一番高い酒を水で割って」

「君には遠慮というものは無いのかい」

「ただで貰えるものは貰っておいた方が良いの――」


 ――森の中にある光と昴が住んでいた建物には、黒惠とミューレンが泊まっていた。車もなく12時を過ぎた帰路に女性を帰らせるわけにもいかず、光の善意でこの場所に泊まらせた。


 寝室のベットの回りには天井からカーテンがかかっており、そのカーテンを開くと、同じベットで三人はすやすやと眠っていた。


 昴はベットの横にある大きな引き出しがついている机にコーヒーが注がれているコップを置いた。机には霧吹きが置いてあり、側面にはコンセントがついていた。


 すると、綺麗に使っているフライパンと片手をシンバルのように使い、高い音を何度も鳴らした。ミューレンは飛び起き、光は眠たそうに起き上がり、黒惠はベットから転げ落ちた。


 黒惠とミューレンが昴の顔を見ると、微かに口は笑っていたが目は全くと言って良い程笑っていなかった。


 ふと床を見ると、昨夜飲んでいたであろうお酒の缶やそのつまみとお菓子のゴミが散乱しており、これが昴の怒りの原因だと黒惠とミューレンはすぐに理解できた。


 昴は寝癖で髪が跳ねている光の頭に慣れた手付きでそばに置いてある霧吹きを使い寝癖の部分を湿らせた。引き出しに入っているドライヤーを取り出し、寝癖を直していった。


 光の意識は夢の中にあり、昴が光の寝癖を直すと昴の胸に抱きつき始めた。


「すばるくん……すき」

「その言葉は嬉しいが今は早く覚醒してくれ」


 光は常人より覚醒が遥かに遅く、きちんと目が覚める頃には夕方だったことも珍しくなかった。これを問題に思った幼少期の光は、独自に自分の体を調べた。その結果コーヒーが有効だと分かり、以降は朝に飲むようにしていた。


 昴が机の上に置いたコーヒーを光に差し出した。光は閉じかけている目でそれが何かを理解すると、分かりやすい程顔をしかめた。


「これにがいからきらい……」

「そりゃそうだ。光の為だけに遺伝子操作された豆から作ってるんだからな。普段で飲むには苦すぎるのは当たり前だ」

「やーだー」

「これ飲まないとまともに起きれないって言ったのはお前だろ」


 昴はため息を一つついたが、決して邪な気持ちはないが光の頬に唇を当てた。光は寝起きのためか体温が高く、規則正しい生活をしているためか頬がしっかりとした肉つきで柔らかかった。


 光は分かりやすい程嬉しそうに口角を上げた。


「はい、飲めるな」

「うん」


 光はコーヒーを一気に口の中に含めると、あまりの苦さに顔をしかめながら舌を出した。苦味は陽炎のように揺らめきながら舌に不快感を残していった。


「苦いー!」

「良く飲めました。さて、何か謝ることがあるよな?」

「へ?」


 光は床に散乱しているゴミの山を見ると血の気が引いた。ふと昴の顔を覗いたが、その顔は光だけが分かる微かな怒りの表情が含まれていた。


「えっとー……そのー……違うの」

「まず否定から入るのか」

「そのー……ごめんなさい……」


 光が怒られている隙にミューレンは静かにベットから降り、黒惠はほふく前進で寝室を後にしようとした。


「黒惠? ミューレン? 何処に行こうと思ってるんだ?」


 その昴の呼び掛けに、二人はハヤブサに狙われているドバトの気分を知った。重圧感は向かい合ってもいないのに感じており、砂をいっぱいに詰められた麻袋を何個も乗せられるような重い威圧を感じた。


「……片付けるまで朝食は無しな」


 それに反応するように、黒惠のお腹の虫が大きく鳴った。


 片付けは昴も手伝い、黒惠が一番やる気を出していた。朝食のためにどんどんとゴミを片付け、朝食のために缶を集めていた。


 すると、黒恵は昴の体を嘗め回すように見ていた。


「……何だよ」

「……失礼だったら謝るけど……もしかして女性?」

「……いや? 男性だが?」

「にしては胸郭が狭いし胴体にくびれが出来てるし中性的な顔立ちだし」

「人より女性ホルモンが多いんだよ」

「へー……」


 黒恵は昴の胸部を見つめていた。すると、好奇心に負けたのか昴の胸を触った。筋肉質な胸に僅かな柔らかい感触を感じていた。


 昴は黒恵の額にデコピンで弾いた。あまりに痛かったのか額を手で抑えていた。


「いったー!!」

「セクハラ野郎には丁度良い体罰だろ」


 四人は片付けを済まし昨日昼食のそうめんを食べさせて貰った部屋に入った。その机には白ご飯と、ベーコンとキャベツの卵スープに小さく分けられたサラダに可愛らしくうさぎのようにカットされたリンゴが人数分用意されていた。昴と光の箸はあるが、二人の箸が無かったので割り箸を出していた。


 椅子に座り、ミューレンはきちんと「いただきます」と言ったが、黒惠はそれを言う前に割り箸を割った。


「あ、綺麗に割れた! 今日は良いことがあるかもね!」


「それより黒惠、ちゃんといただきますって言わないと」


 光はこの様子を見ていると、ミューレンのことを黒惠の保護者のように思った。その事が面白く感じたのかクスクスと笑っていた。


 光も昴も「いただきます」と言い、朝食を食べ始めた。


 ふと、黒惠は背後に気配を感じた。何度も感じたことのある嫌な気配だった。誰かから見つめられ、嘲笑っているような気配を感じたが、それはすぐに消え去った。黒惠は大して気にせず、朝食を楽しんだ。


 朝食を食べ終えた四人の皿を昴は片付けに部屋を後にした。


 ミューレンは昨日の事も照らし合わせ、ここの家事全般は昴がやっていると分かった。そう考えると恐らくこの豪邸の掃除も全て昴がしているはずだ。一切のほこりを許さない程行き届いており、徹底された家事の技術に感服した。


 光のスマホからメールの着信音が鳴った。光はスマホを見た。


「あ、黒惠の車は明日にでも修理して帰ってくるって」

「良かったわー! あ、費用は?」

「こっちから出しておくよ。昴くんが割ったのもあるしね」

「ありがとう光ー! 愛してるわー!!」

「私は昴くん一筋だから――」


 ――黒惠とミューレンは森を抜け、都内に帰っていた。


 二人とも家は少しだけ遠くにあるためこのまま遊んで帰ろうと言う話になった。何処に行くわけでもなく、道を歩いていた。


「にしても暑い……」


 私は夏の季節に毎日言っている言葉を発していた。


 だって暑いんだもの。仕方ないわ。まあ確かに私の服にも問題はあるけど。それに比べてミューレンの涼しそうな服は羨ましいわ。他の服を買わない私が悪いんだけど。


 道の横にはガラポン抽選会と大々的に書かれたポスターが貼られていた。どうやらある店の商品を500円分買うと一回らしい。あのガラポンと言われる物の正式名称は新井式回転抽選器だと大きく訴えたかったが、そんなことはどうで良い。


 私が目を付けたのは商品だ。家電など役に立つ物も理想的だが、一等の温泉旅行の二人組チケットに目を引かれた。その場所は美しい様相とは裏腹に、妖怪が出ると噂される場所であった。妖怪なんて古くさい物ではあったが、オカルトチックな超常現象には違いない。


 しかもそのチケットがこの抽選会で一つではなく二つ! 当たる確率は少しだけ高いはず!! それにもし当たらなくてもその為にアイスを買ったと言う言い訳が出来る!! ミューレンにも怒られない!!


 すると、隣で歩いていたミューレンのスマホから着信音が響いた。ミューレンは電話番号を見ると、昴からだった。


「もしもし?」

『あ、ミューレン?』


 そこから聞こえた声は昴のようではなく、女性のように高い声だった。ミューレンはこの声に聞き覚えがなく、首を傾げた。


「えーと……誰かしら?」

『ん? あ、そうだった』


 通話をしている人は小さく短い声を何度も出すと、少しずつ昴の声に戻った。


『直ったか?』

「どうやったの!? ボイスチェンジャーを使ったようには思えないわよ!?」

『ちょっと事情があってな。声を変えないといけない用事が今日あってな。その練習だ』

「昴は魔法使いなのかしら」

『そう言うのはどうでも良いんだ。ミューレンか黒惠のどちらかの鍵が寝室に残っててな。確認してくれ』

「そうなの? ちょっと待ってくれるかしら」


 ミューレンはスカートのポケットを探したが、きちんと自分の家の鍵は持っていた。

「黒惠、何かの鍵をあそこに忘れてないかしら?」


 ミューレンは私にそう聞いた。服に鍵を入れられる場所を触ってみても、何かが入っているような感触はなかった。


「私の鍵だわ」


 ミューレンはため息を一つついていた。


「らしいわよ昴」

『了解、届けにいくから待っててくれ』


 ミューレンは私達がいつも集まっている喫茶店を提案した。昴は『分かった』と一言呟くと、通話を切った。


「黒惠、今度からはちゃんと確認してから帰るようにしてよ」

「分かってるわよ。それにあの時はお酒飲んでたんだし記憶が曖昧なのよ」

「それでも朝に確認できたはずよ」

「果たして命の危険に晒された翌日にそんな正常な判断が出来るかしら? 否! 不可能よ!!」

「私は出来てるわよ」


 ミューレンのその一言に私は一瞬で論破されてしまった――。



 ――私達が何時もこの喫茶店に集まっているのは理由がある。広く雰囲気は良いが、あまり有名ではないことが大きな理由だった。私達の話が分からない人が聞くとまるで変人を見るかのような目で見てくるからだ。流石に気分が悪くなる。普通の声量なら話が聞こえない程席同士が離れており、客足が過疎地のように全く無いことが都合が良かった。


 まあ歴史に名を残す人達はいつだって変人って言われてたけどね!!


 私はここのオリジナルブレンドコーヒーを頼んだ。ここのオリジナルブレンドコーヒーはどういう訳か私の口に良く合う。ほろ苦く、その奥にあるほんの僅かの甘い風味の調和は伝統的な木造建築の金輪継のようにぴったりに感じる。


 微かにコーヒーの匂いが香った。やがてシロップと一緒にオリジナルブレンドコーヒーが届いた。ブラックコーヒーで痛い目にあったが、これはあえてシロップを入れない。この程度の苦味なら美味さえ感じる。


 一口すすると、何故この店はこんなにも閑古鳥が寂しげに鳴いているのか分からなくなる。


 まずピーナッツに似たナッツのような香りが鼻を通った。舌にはアルカリンを一切感じさせず、強すぎないインテンシティと僅かなタンギィのバランスは舌を心地良くさせた。その後に僅かに感じるキャラメルのような甘味の主張が激しくないこともなお良い。


 味覚と嗅覚は密接に関わり合っているとはよく言ったものだ。どちらかが欠ければここまでの評価も無かっただろう。下手すればこれで2000円を提示しても文句は言えない。


「本当に貴方はブレンドコーヒーが好きね」


 ミューレンが微笑みながらそう言っていた。彼女はコーヒーのような苦味が苦手らしい。なんとももったいない。彼女の舌は一生ここのブレンドコーヒーの素晴らしさを知ることは出来ないのだから。私がミューレンに誇れる数少ないことだ。


 すると、この店の扉に付いていたベルが鳴った。珍しく思ったが、そう言えば私達は人を待っていると思い出した。


 案の定入店したのは昴だった。しかしあまりに印象が違った。首には黒いチョーカーを着け、黒いテーラードジャケットの下に白いクルーネック、テーパードパンツを着こなしていた。何故普段からそのファッションセンスを発揮しないのか小一時間問い詰めたい気分になった。しかもさりげなく小さなパパラチアサファイアがついている指輪を付けていた。


 ピンクのような色の中に赤やオレンジなどの様々な色が混ざりあい独特な色を引き出しているパパラチアサファイアの宝石言葉は一途な愛、運命的な恋、信頼関係など。それだけで私は光からの贈り物だと一瞬で理解した。分かりにくく惚気を見せつけられている。


 ガラス越しに外を見ると、恐らく昴に見惚れている人が有象無象のアリの集団のようにいた。ミューレンも驚いているのか「ぴゃー……」とよく分からない声を出していた。


「お、いたいた」

「何でいつもそのファッションにしないのよ!!」

「第一声がそれかよ!?」


 昴は席に座ると、上着のテーラードジャケットを脱いだ。上着から私の鍵を取り出した。


「ほら、次から忘れるんじゃないぞ」

「いやー、以後気を付けます」


 鍵を手に取ろうとしたが、昴は私の手から離すように手を引いた。


「他に言うことあるだろ」

「……ありがとうございます」

「よろしい」


 昴は私の家の鍵を手渡した。


 確かにあのままじゃ私は家に帰れなかったから、感謝を先に言うべきだったわね。これは私が悪かったわね。


 すると、私でも予想しなかった好奇心が沸き上がった。何故地図が黒塗りされている森に住んでいるのか、そして昨日の夜遭遇したあのグロい生物に苦戦した昴に応援に来たであろうあの人達。気付けば全て疑問として口に出していた。


 昴の顔は少しだけ真剣な顔立ちになった。


「……そうだな……この店のケーキとオリジナルブレンドを味わい終わるまでなら答えられる質問は答えてやる。ここでおすすめのケーキはあるか?」


 ミューレンは少し考えると、自分の甘味を満足させるものを思い付いた。


「そうだわ、ショートケーキがおすすめよ」

「じゃあそれを頼むか」


 そう言うと昴は勝手にケーキとオリジナルブレンドコーヒーを頼んだ。


 勿論自腹よね?


 少し時間がたつと、ケーキとオリジナルブレンドコーヒーが昴の前に届いた。ショートケーキはホイップクリームをふんだんに使っており、上にはイチゴの果肉を薄く切り、バラの形に飾っていた。昴はそのイチゴの手間のかけ方に感心したのか、目を望遠鏡にのようにしながら見ていた。


「すごいなここのショートケーキは。何でこんなに人がいないんだ」


 昴は私と同じ意見を述べていた。しかし今の私にはそんなことなんてどうでも良い。


「昴! 早く!」


「はいはい。その前に約束してくれ。色々聞いても良いがそれを他の奴らに言わないこと」


「それは当たり前よ」


 ミューレンはそう言っていた。ミューレンがそう言うなら必ず守るのだろう。私が一番ミューレンの人の良さを知っている。


「さて、何から聞きたい?」


 昴はそう言いながらオリジナルブレンドコーヒーをすすった。少し驚いた顔をしているように思えた。しかしそんなことはどうでも良い。


「まずあの時来ていたいのり……さんだっけ。あと送ってくれた早苗さん。口振りから警察っぽくないし」

「そうだな……警察っぽい組織と言えばそうとも言える」

「つまり光関係?」

「そうそう。……うーん……組織名くらいはいいか」

「そうよそう言うのよ!!」

「あの三人の所属は国際秘密警察機構、通称IOSPだ。その名の通り、秘密だからな」

「え? 昴も?」

「そんな訳ないだろ。あくまで協力だ。光……と言うか光を構成するヒガバクティ・ティアルをあいつらは守ってる」


 昴はショートケーキの先にフォークを垂直に刺し、手前に倒して一口分に切り分けた。それにフォークを突き刺し口に入れた。


 ここのショートケーキはイチゴの装飾の派手さだけではなく、スポンジのしっとりさとホイップクリームのなめらかさの調和が素晴らしい。イチゴはもったいないが確かな酸味で主役に立ち、ショートケーキの重要な役回りをしている。


 昴もそう思っているのか、幸せそうな顔をしながら落ちそうな頬を触っていた。


「この喫茶店は当たりだ……。最高だ……。何でこんなのがこんな安いんだ……。俺ならもっと出すぞ……」


 昴は最後の一口を口惜しそうに食べた。


「質問タイムは終わりだ。もう受け付けないぞ」


 私はもう少し色々聞けば良かったとがらにもなく後悔したが、約束だからと溢れ出す好奇心を何とか抑えた。


 すると、店長の初老の男性が微笑みながら私とミューレンの前にショートケーキを置いた。私もミューレンも頼んだ覚えがなく困惑した。


「君達はよくこの店に来てくれますから、僅かながらのサービスですよ」


 なんとも運が良い話だと私は思った。だが人からの好意は受け取るべきだと思った。


 また誰かが見ているような感覚に襲われた。今日の朝に感じた気配と全く同じに感じた。しかし私には第六感と言われるものは恐らく無いと言う確固たる自信があった。むしろ顕著にそれを感じるのはミューレンだと思っている。そのミューレンが何も言わないことと、すぐに消えたので気のせいだと言うことにした。


「ありがとうございます!」


 ミューレンは嬉しそうに一言お礼を言っていた。店長は昴の顔を見ると、驚いたような顔をした。


「ひょっとして、昴君ですか?」


 昴は店長に心当たりがないのか、頭をひねっていた。


「ほら、君のお父さんとお母さんの葬式の時にいた。君は覚えていないかもだけれど」


 昴は心当たりがあったのか、頭の中の泥から記憶を何個もすくった。


「あー……あの時はとんでもなくお見苦しいものを」

「いえ……君があんなことをしてしまったのは、私にも責任があります。気付かずに本当に申し訳ない」


 店長は頭を下げた。その顔は懺悔の心を宿していた。懺悔の心は後悔の棘に突き刺さっていたように思えた。


 私は抑えていた好奇心が氾濫した川のように溢れ出した。しかしこの好奇心を外に出してしまうと、昴のデリケートな問題に直面しそうで怖くなった。それに踏み込む程人の道は外れていない。


 初老の男性はあることを思い出していた――。


 ――昴君と初めて会ったのは彼のお父さんとお母さんの葬式だった。その二人は私の実家が運営している喫茶店の常連客で、年の離れた親しい友人だった。


 息子である彼が葬式に来ていないことに疑問を持ったが、何かどうしようもない理由があるのでしょうと能天気に思っていた。事態はもっと深刻な物だったと言うのに。


 葬式は滞りなく進み、火葬場に送られる前にお別れを言う時に衝撃的な事件は起こった。


 昴君が葬式に警備員を投げ飛ばしながら乱入した。昴君の手には鈍器が力強く握られており、その顔は怒りも憎悪もなく、ただ無表情で殴り続けた。


 昴君は鈍器で彼のお父さんとお母さんの顔を何度も何度も殴り付けていた。ぐちゃぐちゃに潰され、眼球が目蓋から飛び出すまで殴り付けていた。


 私は止めようと動き出したが、別の友人が私の手を引いた。首を振り、「行ってはならない」と伝えていた。


 周りを見ると、悲鳴を発している人もいたが、誰も昴君のその行為を止めなかった。


 火葬場で詳しい話を聞いた。


 彼のお父さんとお母さんの遺体が発見されたのは彼の実家の地下室だったらしい。そこには彼と血の繋がっていない妹が打撲による複雑骨折で倒れていたらしい。その妹はまだ入院中であり、状況からしてお父さんかお母さんからの虐待が原因だったらしい。妹が虐待されていたのなら、兄にもあったかもれない。いや、あったのだろう。だから彼は一生あの二人の顔を見ないために憎しみを込めて潰したのだろう。


 私は誰も止めなかった理由が同情からと言うことを理解した。昴君が来ていなかったのは葬式を開いた人の配慮なのだろう。そしてそれに気付かなかった私は激しい後悔の念に潰されそうになった。私は一生この後悔を背負うだろう――。


 ――昴は代金分のお金を私よりもしっかりしているミューレンに差し出し、店を後にしようとした。初老の男性の店員から割引券を山程貰ったが、遠慮しているのか数枚程貰い、後にした。


 私もミューレンも少しだけ昴の過去に壮絶な何かがあったのだろうと思っていたが、あまり触れるのもどうかと思った。


「……黒惠、今日の予定を決めましょう?」


 ミューレンが気分を変えるためにそんなことを言い始めた。それは私も賛成だ。早く抽選会に行って一等を引き当てたいと思っていたからだ。


「じゃあ抽選会にでも行きましょう! 一等は妖怪が出ると噂されてる温泉街よ!! しかもそれが二つあるから当たる確率が高いかもしれないわ!!」

「それだけだと時間が余りそうね」


 すると、ミューレンはスマホを取り出し、様々な情報を見ていた。いつもミューレンが調べているオカルト的な話が多いネットの海にさまよっていたが、ある一つの情報を見つけた。


「そうだわ!! ここに行きましょう!!」


 ミューレンは楽しそうにスマホの画面を見せてきた。


 一昔前には東京の人口密度が遥かに高く、それに比例してしまい多くの住居やアパートが建てられた。そこから何十年もたち、日本全体に広く人口が広がり人口の減少から廃墟となるものが多くなっていった。しかし撤去も出来ない場所は少しだけ不気味な心霊スポットのように語られてしまった。


 その一つの場所がミューレンの液晶画面には写っていた。


「ここは不思議で、昼にも幽霊の目撃例が多いの。調べればオカルトチックな超常現象が起こる条件が更に分かるかも知れないわ」

「成程……。調べる価値アリね」


 私は冷えきったオリジナルブレンドコーヒーを一気にすすった。冷えたなら冷えた美味しさを感じる。


 私達は料金を支払い店を後にした。初老の男性の店員から「昴とこれからも仲良くしてあげてほしい」と言われた。ミューレンはもともと仲が良さそうだし私としても昴とは仲良くしたいし。それに昴の身体能力は頼りになるし――。


 ――私達は抽選会が行われているショッピングモールに訪れた。冷房が全体に届いているのか、とても涼しく外の熱によって溢れた私の汗を飛ばしていた。


 やはり人は多い。その人だかりを見ながら先に当てないでと祈っていた。一つだけなら良い。だが二つ連続で当てる幸運の持ち主が現れないでほしい。


 なんだかまた誰かに見られているような見られていないような感覚があった。昨日の出来事に疲れているのかと納得するしかなかった。


「五百円分で一回なのね……。私は千五百円くらいなら」


 ミューレンはスマホを見ながらそう言った。


「私も念のためお金を残しておくならそれくらいね……。つまり二人合わせてもたった六回……」


 少し心もとないが、一回でも引けば当たる可能性は0から1%は上がるから確率がはね上がると言う暴論にありつける。


 二人でそれぞれ千五百円分の物を買おうと言う話になり、一旦私はミューレンと別れた。


 すぐに私はアイス売場に向かった。と言うか最初から一等はおまけだ。目的はごくごく自然な理由でアイスを大量に買うことにある。もともと当たるとは思っていない。


「さーて、何を買おうかしらー!」


 抑えられない程の喜びが顔に出てしまい、微笑を浮かべていた。


 すると、私の後ろに足音を合わせるように歩いている音が聞こえてきた。後ろを振り向いても誰もいない。足音は少し遠くに聞こえていた。


 何度も体験した感覚に襲われた。形容しがたい恐怖が私の体にベッタリと張り付いてくるこの感覚。私は突然の本能的な恐怖に体が動かなかったが、すぐに好奇心が湧き出した。


 一体何処で境を越えたのか分からないが、ある程度歩いては振り向くということを繰り返した。やはり何もいない。


 周りの視線が私に集まっているような気がするが、そんなことはどうでも良い。人が集まっていようとどうでも良い。私は自分の好奇心を満たそうとしているだけだ。


 アイス売場にたどり着いたが、足音は鳴り止まない。それ以外に何か違和感を感じていた。この違和感の正体がよく分からない。私の違和感は恐怖となり、やがて好奇心に変わっていった。


 足を止めると、今まで聞こえていた足音が聞こえなくなった。しかし周りの違和感はまだ残っている。この恐怖による違和感は何なのだろうか。私はとにかくアイスを1500円になるように買い物かごの中に入れた。考えるのはそれからで良い。


 レジに行くまでに様々な人とすれ違った。ようやく違和感に気付いた。足音ばかりに気を使っていたが、注意深く見れば私の周りにいるのは"人"に似た"人"じゃない存在。


 3mに近い背丈に痩せ細った体に、人ではない程頭部が異様に大きく、髪が床まで届いていた。その全てが私だけを見ていた。正確には私しかここに人はいない。あまりに長く細い腕と足で倒れそうな体をくねくねと身をよじらせながら歩いていた。


 私がこの異様な光景に気付いたからか、その存在の一人が私のもとに走り出した。


「ヤバイヤバイヤバイ!!」


 私は買い物かごを置いて逃げるように走っていた。私だって人間だ。あまりにも異様な光景に恐怖し本能から逃げ出したくもなる。それでもまだ足音は聞こえる。


 私はトイレの個室に逃げ込んだ。鍵がついているからか安心できる。


 何かが大きく足音を鳴らしながらトイレに入った。「カチカチ」と音がまるで私を探すように個室の扉を開けていく音が迫っていた。


 見つかればどうなるか分からない。その未知の恐怖は人間が抱えている本能だ。私は声を潜ませながらどうにか出来ないかと頭を回していた。


 まずミューレンは無事なの……? それとも私だけ……? だって私を追いかけた足音はミューレンと別れてすぐに鳴り始めたのよ……! もしかしたらミューレンも……。


 扉を開けようとしているような音が、私が入っている個室の扉から鳴ると、ガンガンと鈍器で殴っているような音と衝撃が個室の扉を壊そうとしているように何度も叩かれていた。冷房がきいているのに、私の額から嫌な汗が流れていた。心臓の音が、呼吸の音がうるさく感じた。


 扉を開ければもしかしたらこの正体が分かるかも知れない。その好奇心を満たそうとしているのか、私は恐怖と好奇心の狭間で震えている手で扉を開けようとしていた。私が鍵を開けると、扉を叩く音は聞こえなくなった。深呼吸を一つ吐き出すと、本能が拒絶するが扉を思い切り開いた。


 何もいなかった。


「……え?」


 私はトイレを出たが、その景色はいつも通りだった。人だけが楽しそうに買い物を楽しんでいた。気付けば足音も消えていた。


「……こうなるならもう少し見ていたかったわ……――」


 ――ミューレンはエスカレーターに乗り、液晶に写っているる「6」と写されている部分を押した。


「黒惠ったら、アイスをいっぱい買おうとしてるんじゃないでしょうね……」


 もしかしてその為に……。


 ミューレンは上の階から見ていき、欲しいものがなかったら下の階に階段で降りようと思ったいた。


 エスカレーターが上がっていくモーターの音が響く音を聞きながら私はドアの前で待っていた。


 突然嫌な気配を上から感じた。上を向いたが、誰もいなかった。こんな狭い空間なら誰が乗っているかくらい分かるはず。それに私は一階からこのエレベーターに乗っている。分からないはずがない。


 嫌な気配は私の上にずっと残っていたが、「ポーン」と高い音がエスカレーター内に響いた。六階にいつの間にか着いていた。すると、私の背後に上にいた嫌な気配が降りてきた。


 振り向くことが出来なかった。それ程の恐怖が私を襲った。すると、扉が低い音をたてながら開いた。六階は何故か照明が付いておらず、暗闇が延々と続いていた。


 私は何度もここの階をエレベーターの液晶で確認したが、きちんと「6」と写していた。嫌な予感を感じた。


 やはりここは六階だ。昼の時間にあいていないわけがないので、嫌な予感が不幸にも的中していることは分かっている。何かが起こる前に「閉」と写されているところを押そうとした。


 すると、奥に人影が見えたような気がした。「気のせいだ」と私の心の中で言い聞かせた。だが私の視線はその人影を見ていた。心の中に潜んでいた好奇心はその人影を脳の片隅にインプットしようと努力していた。


 ようやくその人影がこちらに走ってきているように見えた。だがこんなところに人がいるわけ無い。店員なら分かるがそれならここまで暗くする必要はない。


 ようやく暗闇にも目が慣れたからか、その像がきちんと見えた。私はただその存在に恐怖するしかなかった。


 3mに近い背丈に痩せ細った体に、人ではない程頭部が異様に大きく、髪が床まで届いていた。腕も足も細長く、人外であることを強調していた。


 私は悲鳴を出すことも出来ず、液晶に写っている「閉」を何度も押した。それに気付いたのか、その存在は長く細い手足を存分に使い、四足歩行の獣の猪のように走ってきた。


 その存在の顔はとにかく不気味だった。目のような黒い穴と口のような黒い穴の顔だった。逆三角形の三つの点があれば人の顔に見えると言うシュミラクラ現象と言うものがあったが、絶対にそう言うものではない。それはきちんと目の形と口の形をしていたからだ。


 私の目から恐怖の涙が溢れていた。哀れに泣き叫んでいたが、あることに気付いた。


 私の頭は痛くない。私がこういう目に遭い命の危険が気付かずに迫っている時は昨日のように頭に激しい頭痛がするはず。だが今は恐怖が目前に迫っているだけでそんな頭痛もこんな時に感じる嫌な気配も感じない。つまりこの存在は私の恐怖以下の存在だ。


 それでも人間は本能のままに動くしかない。私は「閉」を何度も押した。重たいエスカレーターの扉が完全に閉まると、私の中にあった恐怖がまた形を結び始めた。私はとにかくエスカレーターの角で耳を塞ぎうずくまった。


 何度も何度も扉を鈍器で叩くような音が聞こえてくる。別の階の部分を押していなかった事に気付いたが、私はそれ以上の行動は出来なかった。悲鳴にもならない小さな声が私の喉から鳴っていた。体も恐怖で震え、一秒が悠久の時間のように感じた。


 長いのか短いのか分からないが、時間が過ぎたのだけは理解できた。何故か音が鳴り終わった。震える手で「1」を押した。


 モーターの音が鳴っていた。「ポーン」と低い音をたてながらエスカレーターの扉が開いた。そこはいつもの光景だった。暗くもないし何かがいるわけでもない。もう上の階には行きたくないからか、私は一階で日常品と消耗品を買おうと思った。


「……早く黒惠に会いたいわ……」


 私の疲弊した心が出した言葉だった。


 ミューレンは気付いていなかったが、エレベーターの中には3mに近い背丈に痩せ細った体に、人ではない程頭部が異様に大きく、髪が床まで届いている存在が一人乗っていた。その細長い腕には恐怖に歪んだ顔をしている頭だけの存在を握りつぶしていた。


 ミューレンを嘲笑うかのように金属が「カチカチ」とぶつかり合うように鳴る音が聞こえた気がしたが、後ろを振り向けばまたあの恐怖を味わうと言う漠然とした本能に従い後ろを振り向かなかった。


 エレベーターは何事も無かったかのように六階へ進んだ――。


 ――私はアイスを入れたレジ袋を腕に下げながら休憩コーナーでミューレンを待っていた。


「うーん……来ない……。やっぱりミューレンも巻き込まれたのかしら……」


 そんな不安が私の心に影を写したが、それを裏切るようにミューレンが向かいの席に座った。何処か泣き出しそうな顔をしていた。取り敢えずミューレンの手を握った。


「大丈夫?」

「……全然……」

「何かあった?」

「……化け物に襲われた……」

「ひょっとして背が高くて手足が長くて髪の毛が長かった?」


 ミューレンは不思議そうな顔をした。


「何で分かるの?」

「私もそれに襲われたのよ。やっぱりこの店は出るのかしら」

「あんなのが出てたら都市伝説にでもなってるわよ」

「都市伝説になってないってことは私達が初めて出会ったのよ!」


 何だか私を見る周りが変人や狂人を見るような目をしているように感じだが、今の私は好奇心によって興奮状態だった。そんなことも気付いていなかった。


「まず私の中の仮定として何かしらの死亡した事件か事故かが起きた場所でそう言ったオカルトチックな超常現象が起こると思ったけど、どうやらそれも違うみたいね」


 ミューレンは少しだけ驚いていたように見えたが、私に向かって微笑んだ。


「これはちゃんとした進展よ!!」

「けど起こりやすいのは確かでしょ?」

「それは……うーん……」

「つまり今回は何か別の条件が存在するはずなんだけど……」

「人の多さ……じゃないわね。私は気付けば周りの人が全員その化け物に変わってたし」

「私はエスカレーターで六階に上がろうとして、六階が何故か暗闇になってたの。その暗闇で見たわ」

「状況が全く違うわね……。……私達が別れたあとなのも引っ掛かるわね……」


 私はアイスの箱を開けた。通常なら中には円錐台形の形のチョコレートでコーティングされた一口サイズのものが六個入っているはずだったのだか、その六個全てがハートの形になっていた。


「見て見てミューレン!! 全部ハートよ!!」

「全く、能天気ね」

「だって珍しいじゃない」

「私はそれに喜べる程今の精神が落ち着いてないのよ。結局何で起こったのかしら」

「謎が増えたような……」

「……前まではこんなにはっきりと見えなかったわよね。見えたとしても写真とか声とか」

「そうなのよねー……。違うことって何かしら」

「私のお守りも結局役にたってないような……」


 ミューレンはそう呟きながら黒色に染められた石を取り出した。石には明るい青の色で刻まれているアルファベットのNのような形の記号が彫られていた。


 話を聞く限りではミューレンのお父さんから貰ったお守りらしい。


 私はアイスバーの袋を開けた。青いソーダ味のアイスバーを一口で半分近く一気食いをしたが、「キーン」と頭が痛くなった。


「あー! 頭痛いー!!」

「アイスクリーム頭痛ね。頭を冷やしなさい」

「それってどっちの意味?」

「どっちも」


 ミューレンは私が持っていたアイスが入った袋の中からラクトアイスの箱を取り出した。それを私の額に当てた。


 アイスクリーム頭痛の対処法は頭を冷やすことと知っているが、無理矢理引っ付けなくても……。


「そう言えば黒惠? レポートはちゃんとやってるの?」

「……マサカマサカ……チャントヤッテルニキマッテルジャナイ……」

「……やってないのね」

「……ハイ……」


 ミューレンは私に向けてため息をついた。

「遊ぶのは良いけど、ちゃんと提出するものはやっておくのよ」

「分かってるわよ」

「去年もそう言って最終日で痛い目にあったのは何処の誰かしら」

「そんな小学生みたいな女子大生がいるわけ無いじゃない」

「じゃあ私の目の前にいる友人は小学生だったのね」


 私が食べ終えたアイスバーの棒には「あたり」と書かれていた――。


 ――私達の前に並んでいた人がガラポン抽選機を回したが、白い玉が一つ出た。やはりポケットティッシュが一つだけだった。


「どっちからやるのかしら?」


 ミューレンがそう聞いた。


「ミューレンからで良いわよ」

「じゃあ先に一等を引いちゃうわね!」


 そう言って三回引いたがポケットティッシュ二つに箱ティッシュ一つ当たっただけだった。ミューレンは「うー」と声を出しながらガラポンの前であまりの運の無さに落胆していた。


「こ、こんなはずじゃ……」

「見事にティッシュだけね……」

「まさかこんなに……」

「見てなさい。私が見事に一等を当てて見せるわ!」


 ハンドルを回すと「ガラガラ」と玉が転がる音が聞こえてくる。一つ出た玉は白色だった。貰えたものはポケットティッシュだった。


「黒惠だってポケットティッシュじゃない」

「まだ二回……!」


 私がもう一回ハンドルを回すと、今度は金色の玉が一つ出た。私は何度も見返したが、やはり金色の玉だった。温泉旅行の二人組のチケットが当たっていた。


「うおぉぉぉぉー!!」


 私は雄叫びをあげていた。あまりの嬉しさと現実離れした出来事に、誰かに見られているような感覚もあったがどうでも良い。


「当たったわ! ミューレン! 当たったわよ!!」

「一回頬をつねって良いかしら!? いーやもう殴ってもらわないと信じないわ!!」

「これは現実よ!! ミューレン!!」


 もうこれで終わっても良いけど! あと一回あるのよ!! もしかしてもう一個当たっちゃうんじゃないかしら!!


 私はもう一度ハンドルを回すと、また金色の玉が一つ出た。偶然とは思えないその出来事に黒惠は逆に恐怖を覚えた。しかしやはり嬉しく思いまた雄叫びをあげていた。


「うぅーおぉぉぉぉー!!」

「幸運過ぎないかしら!?」

「ごめんミューレン!! 私も夢かと思うわ!!」


 しかしそれは全て事実で現実であった。何だか変人を見るような視線があるように感じたが、そんな小さいことを忘れる程に喜んだ。恐らく周りの羨望の眼差しで私を見ていたからだと納得した。


「やばいわ! 明日何か酷いことが起こるかもしれないわ!!」

「私だって心配よ! 今日の貴方の運が怖いわ!!」


 私は二つのチケットを受け取った。醜い嫉妬の眼差しを向けられている気がするが、私が女神に微笑まれたことを羨ましがられてもしょうがないわ――。


 ――そこは話通り数十年経っているように見えた。壁の一部は白蟻に食われているのか剥がれていた。育てられていたであろう観葉植物も人間の管理を外れ、森などの自然に近い程成長していた。


「感じ出るわねー」


 こんな場所によく来るようなことをしているからか、もう不気味なんて感情も湧かなくなっていた。だがこんな場所に何かが起こると言う報告が多いのも確か。


「さて、調査を始めましょう」


 ミューレンがそう呟いた。


「あ、言われちゃった」


 私達はその廃墟に入った。恐らく不法侵入だが、そんなことを気にしていては私が知りたい物は得られない。見つかれば捕まると言うデメリットは今のところどうでも良い。


 中はやはり廃れていた。芸術家でも住んでいたのか薄汚れ埃を被ったキャンバスが乱雑しており、マネキンがこちらを睨むように見ていた。


 ミューレンがそのマネキンに震えながら声を出した。


「創作だとホラースポットのマネキンはろくなことが無いわよね」

「不気味の谷現象から起こる嫌悪感からそんなイメージがついたんじゃないかしら。人工で作られた物で人間に近付けると、ある段階を越えたら強烈な違和感と嫌悪感を感じるって言う現象よ」

「不気味に作ったわけでもないのに不思議ね。まるで神様が人間が人間を作らないようにしてるみたい」

「もしかしたらそうかもしれないわね」


 私自身は信仰なんてあまり持ってないからこんな返答しか出来ない。もしかしたら神道と仏教とキリスト教信者かも知れない。それが日本人と言う民族だとも思うけど。


 中は特段暗い訳ではなかった。むしろ窓が割れ日光が室内を照らしている。この光景だけ見ればよく見るただの廃墟だ。心霊スポットとは思えない。たが幽霊が出ると言うなら調べた方が良い。そうすれば私が知りたい世界を更に広めることが出来る。


「うーん……何も起こらない……」


 本当に何も起こらない。本当に本当に何も起こらない。ここは本当に心霊スポットなのか疑問に思い始めた。


「そうだわ黒惠。写真でも撮ってみない?」

「そうね。と言うか私達いつも写真を撮ってなかったわね……」


 とにかく私は適当にスマホで写真を撮っていた。何枚見ても特に気になるような物は写っていなかった。何だか拍子抜けだ。せめてうめき声の一つでも聞こえて欲しかったと思ってしまった。


「やっぱり何も無いわね……。じゃあ記念にミューレンと」

「心霊スポットのツーショットは怖いわね……」

「だいじょーぶだいじょーぶ。どうせ今更よ」


 私はスマホの自撮りモードを使い画面にミューレンと私の顔を入れ、シャッターを押した。撮られた写真を見返すと、やはり何も写っていない。ただ可愛らしく笑顔を浮かべているミューレンと見劣りする私が写っているだけだった。


 何だか拍子抜けだ。確かに毎回何かが見えたり聞こえたりするわけではない。昨日が異常すぎた。今日も相当怖い思いはしたが。


 どれだけ探索しても特に気になった物は無かった。窓から差し込んだ赤い夕焼けは燃え盛る炎のように美しかった。カラスが私達の帰宅を急かすように鳴いていた。流石にそろそろ帰ろう。


 私達は廃墟を出ようとしたが、何かに足をひっかけた。そのまま体制を崩してしまい腹でマネキンの頭を潰してしまった。


「大丈夫?」

「……いたい……」

「マネキンが壊れたわね……。呪われても知らないわよ?」

「創作物ならフラグね……」


 私達は廃墟を出た。赤い光は私の目を細ませた。


 私はミューレンと別れた。ふと細い路地に目を向けた。そこには人の形に似た者がこちらを見ていた。


 少女の外見をしているそれは、夏に合っている半袖の服から見える肌はマネキンのような人工の肌をしており、頭だけは人間のような髪や肌や目をしていた。その両手で抱き抱えるようにテディベアを持っていた。


 赤い夕焼けが眩しく感じ、目を擦るとその人の形に似た者は消えてしまった。一瞬ここの幽霊かと思ったが、見間違いかも分からないからか素直に喜べなかった。とにかく今は帰ろうと思った――。


 ――私はマンションの1LDKの一室に住んでいる。丸一日帰ってないだけなのに何だか久しぶりに帰ったように感じた。見慣れた灯りと嗅ぎ慣れた匂いが恋しい。


 すると、私の隣に住んでいる中年の女性が話しかけた。中年の女性は化粧が濃く、香水の匂いが漂っていた。


「あら~黒惠ちゃん! 元気かしら?」

「少し疲れてますね……」


 この人は嫌いではないけど……なんと言うか話が合わないというか……。


「そうなの~。あ、じゃあこのかぼちゃの煮付けあげるわ~」


 そう言って透明のケースに入っているかぼちゃの煮付けを半ば無理矢理に渡された。


「そうそう聞いた~? 上の階の人が露出魔に会ったらしいのよ~。怖いわね~」

「夜さえ気を付ければ大丈夫ですよ」

「そうね~。黒惠ちゃんも気を付けるのよ~」

「はーい」


 私は冷蔵庫に今日の夕飯分の食材が残ってるかを思い出しながら玄関を開けた。


 すぐに冷蔵庫を開けた。何故か黒い表紙の本が入っている。


「あら? 何で冷蔵庫に本が……」


 凍っているのかと思う程冷たい本の表紙を見ると、ENIRVAUST EGUAL CRIMEと書かれていた。確かこの本はミューレンに渡したはずだ。だがここにあると言うことは私の記憶違いなのだろう。私は深く考えず帽子と一緒にリビングに投げ置いた。


 冷蔵庫の中は賞味期限が心配の物が多いが、まだ食べられるものはあるだろう。私は賞味期限が心配な鶏肉を一口大の大きさに切りながら今日と昨日のことを考えていた。


 何であんなに姿がきちんと見えたのかしら。そう言えば昨日のあのグロい生物も。何かの境を越えるのは私の中ではもう確定なんだけど……。グロい生物は時間かしら。午前と午後の境かもしくは今日と明日の境か……。


 塩と胡椒を全体に馴染むようにしっかりと鶏肉に揉み込んだ。酒と醤油も同じように揉み込ませた。それを常温で少し置いているうちに、米を軽く洗いながら考えていた。


 つまりこう考えれば全てのことに辻褄は合うのかしら。じゃあ今日のあの背が高くて手足が長くて髪の毛が長い生物は何の境を越えたのかしら……。ミューレンは階層ごとに境を越えたなら説明はつくんだけど、私だけが説明できないのよね。


 私は洗っていた米を炊飯器に入れ、炊飯器のスイッチを押した。置いていた鶏肉に胡麻油を少しだけまぶした。私の些細なこだわりだ。


 小麦粉を鶏肉に揉み込むように加え、片栗粉を表面に軽くまぶすように加えた。フライパンに揚げ油を入れ、中温で片面二分程度鶏肉を揚げていた。取り出すと揚げ色はまだ白いが、数分程置きながらまた考えた。


 つまり私はどこかで境を越えたはずなんだけど……。まず私は後ろから足音が聞こえて、何故かいつの間にか私は……いや、もしかしたらミューレンと私があの生物と出会った時間は一緒なのかしら? じゃあミューレンが境を越えて私もついでに? だとしたら他の人も出会ってるはずだけど様子から違いそうね。


 今度は高温で鶏肉を揚げ、こんがりときつね色になったものから取り出した。そのまま油をきり、皿に盛り付けた。


 唐揚げとかぼちゃの煮付けだけでは物足りないと思い、賞味期限が心配な卵を取り出したが、熱を加えれば大丈夫だろう。


 何か他にないかと冷蔵庫を漁ると、かにかまを見つけた。あまり良いレシピを思い付かないが取り敢えず卵を割り、ボウルに入れた。一つの卵から二つの黄金のような黄身が出てきたため、私は体の爪先から頭部まで驚いた。


「双子の卵じゃない!? 初めて見たわ!」


 すると、何処かからうめき声が聞こえた。だがこの家なら理由は分かる。


 このマンションのここはいわば「曰く付き」だ。ここの昔の住人は何があったのか首吊り自殺をした状態で発見された。その後はお察しの通りここは曰く付きの物件になった。声が聞こえたり物が動いたり。だからこんな感覚に襲われても仕方ない。


 取り敢えず卵が入っているボウルにかにかまを手でほぐしたものを入れ、そのまま菜箸でそれをかき混ぜた。別のフライパンにサラダ油を引き、そのフライパンに卵とかにかまを混ぜた物を流し込んだ。


 まだ何か物足りない。決定的に何か足りないのだ。シューマイのグリンピースのような物が足りないのだ。グリンピースなんかいらないと言う人は悔い改めて欲しい。


 頭をひねりながらまた冷蔵庫を漁った。私はカロリーなんて気にせず、とにかく美味しくなりそうな物を探した。


 丁度良い物が合った。チーズだ。小さく帯状のチーズを一撮みフライパンに入れた。チーズを使うものは絶品だと言う持論を持っている私にとっては高級フレンチまではないがそれなりの品になると確信していた。


 カロリー? なにそれ?


 野菜が不足していることを危惧した私は取り敢えずキャベツを千切りにした。これで恐らく健康的だ。


 食卓には炊き立てのご飯と唐揚げに千切りしたキャベツにかぼちゃの煮付け。そして名前はよく分からないが卵とかにかまとチーズをかき混ぜながら火を通したスクランブルエッグのような物。


 夕食を食べながら私は考えていた。


 まず何で境を越えると出やすいのかしら。私の知ってるものだと、霊が出やすい時間は日本だと丑三つ時。確か丑寅の方角は鬼が出入りする鬼門の方角だったかしら。これも鬼門と言う境を人間が越えてるなら理由がつくかしら。海外の悪魔が出やすい時間は確か夕暮れ時、これも昼と夜の境よね。そう言えば魔女が出る時間は0時だったはず。これも今日と明日の境か午後と午前の境よね。


 少し頭を休ませるためにスマホを手に取った。貯めているオカルトや都市伝説で出回っている電話番号を眺めながら、不自然なことに気が付いた。


 通話記録がある。それだけなら大して不思議じゃない。この電話番号は私が貯めているオカルトや都市伝説で出回っている物の一つだ。つまり私はこの電話番号に一回通話したと言うことになる。そんな記憶は私には無い。


 通話は昨日の2時43分。確かその時はミューレンと光でお酒を飲んでいた。なら忘れていたのだろう。


 私はもう一度その番号に電話をかけた。単なる好奇心からの行動だった。


 しかし誰も出なかった。無機質な「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」と言う声だけが聞こえた。


「……これもハズレかー……」


 昨日は何をやったのかしら? 多分電話をかけたんだろうけど……。えーと……死にかけたりしたり昨日の運が悪かったから……それに関して愚痴ってたはず。それで……? 何で電話をかけたのかしら?


 今日と昨日で起こったことを考えても霧のような謎は全く晴れない。これ以上考えても何も得られそうにない。


 私は思考を止めたからか暇をもて余した。暇を潰すためか呆然とテレビをつけた。どうやら月に住めるようになる計画を取り上げている。


「月旅行でもあんなに高いのに住むなんて出来るのかしらね」


 テレビから様々な肯定的な意見が流れ出している。私はそれを聞き流しながらベランダを見ていた。


 雲一つない夏の星空はとても美しかった。何故人が空を夢見て鳥のように飛ぶだけではなく、浮かんでいる星を目指し宇宙を旅するのか。その答えがこの美しさにはあった。


 私は目を奪われていた。どこまでも広くどこまでも美しい宇宙の景色さえも私の好奇心は刺激されていく。いつかあの星さえ全てを知り尽くす日を夢見ているのだろう。


『今回の月居住計画を提案されたヒガバクティ・ティアルさんですが、なんと今回は通話だけならと言うことで出演してくれるそうです!』


 テレビに写っている女性がそんなことを言っていたが、その言葉は私の頭に入らなかった。私の目には星空とは違う生物が写っていた。人の形ではあるが、それは人間ではないのだろう。


『皆さん、初めまして。ヒガバクティ・ティアルと申します』


 その存在は笑っていた。その笑みから読み取れる思考は、あの存在にとって私はいつでも殺せる下等生物と言うことが理解できた。


『今回の計画では人が定住出来る程にインフラを整えるので、およそ十年程かかる見込みです。時が来れば地球との違いは星の違いと空の違いだけになるでしょう』


 少女の外見をしているそれは、夏に合っている半袖の服から見える肌はマネキンのような人工の肌をしており、頭だけは人間のような髪や肌や目をしていた。その片手で抱き抱えるようにテディベアを持っていた。もう片手には鋭利な刃物を持っていた。ナイフのような刃渡りのそれは、私への殺意を表していた。


 廃墟から帰る前にチラッと見えたあの少女だとすぐに分かった。だが瞬きをした一瞬であの時と同じように消えてしまった。何故かテレビも砂嵐を表示し、「ザーザー」と不気味な音を立てていた。


「あっちから追ってきたのね!! 都合が良いわ!!」


 私は部屋とベランダを区切るガラスの窓を開けた。あの少女がいたであろう場所をくまなく観察したが、何の痕跡も無かった。足跡も何かを落としている訳でも無かった。しかしあちらから私を追いかけてきたことが嬉しかったのか、私の好奇心は止まることを知らなかった。


 まずこのベランダに普通の人間は外からは入れない。ここは四階だ。登るものが無いとここに外から入れないのは誰でも分かる。しかしどこにもはしごや縄などの登るための道具は無かった。


「つまりよくある心霊体験ね!! まさかこんなに分かりやすいものを見られるなんて!!」


 どうにかもう一度見てみたいが、どうやら私の片想いらしい。どれだけ呼び掛けてもあの少女は私の前に現れない。


 ここは更に曰く付きな物件になってしまった。それにこんな狭い場所で襲われたら助かるはずがない。


 私は下着を変え、同じような服を着た。それを洗濯機に詰め込み、スイッチを押した。


「持ち物確認!! スマホ!! 充電器!! 残高約二十万!!」


 これなら今日は何とかなるだろう。最悪ミューレンの家に行けば良い。


 私の頭は好奇心に支配され、興奮状態になっていた。恐らく今日は眠ることが出来ないだろう。それでも良い。


「あの日垣間見た世界を全て暴く為に!!」


 そう言って私は玄関の扉を思い切り開けた。


 私の目の前にはあの少女が立っていた。この距離なら私の体に鋭利な刃物を刺すことが出来るだろう。


 私は静かに扉を閉めた。深呼吸を一回した後、もう一度扉を開けた。そこには少女はもういなかった。私は足早に外に出た。


 セミの鳴き声がうるさい夏の夜。街灯は夜の道を僅かに照らし続けている。この光のおかげで私の心にある僅かな恐怖は軽減されていく。


 電球のおかげで暗闇と言う魔物と恐怖が闊歩する夜の世界を光と言う物で支配することが出来た。私はその偉業を成し遂げたトーマス・エジソンとハイラム・マキシムとジェイムズ・リンジーとアレクサンダー・ロディギンとジョゼフ・スワンとアレッサンドロ・クルートには感謝しかない。


 私は適度な運動で鍛えられている足で近くのトンネルまで走った。ここから見えるトンネルの中はオレンジ色の街灯に照らされており、向こう側には出口が見える。


 私はトンネルの中に入った。すぐに後ろを振り向いたが、そこに少女はいなかった。


「あら? 境を越えれば出てくると思ったんだけど……」


 そう言えば見えた時は部屋からベランダの窓と言う境の向こうに見えて、中から外の玄関と言う境の向こうに見えたのよね。つまり境の向こうに見えるのかしら? けどそれなら私の後ろはトンネルの入り口と言う境よ? 見えてもおかしくないはずなんだけど……。


「他にも条件があるのかしら?」


 私はトンネルの中を歩いた。どうにかしてあの少女の事が知りたいと一心で歩いていた。何故か私には笑顔が溢れていた。


 気付けばトンネルの出口に近付いていた。トンネルから出ようとした直前に、その少女は私の前に現れた。「ようやく殺せる」と思っているように不気味な笑顔を浮かべながら鋭利な刃物を振りかざした。


 だが、その少女は消えてしまった。その代わり私の背後に嫌な感覚が液体のようにまとわりついた。

「カチカチ」と金属音が聞こえた。この音に聞き覚えがある。ショッピングモールで出会ったあの存在の音だ。私はすぐに後ろを振り向いた。


 やはりそれはいた。3mに近い背丈に痩せ細った体に、人ではない程頭部が異様に大きく、髪が床まで届いていたそれは、私を見ていた。


「ひぇっ……!? まさかこいつも着いてきた……!?」


 すぐに右足を一歩だし、その場から逃げだした。


 走っていると、「カチカチ」と言う音は離れていった。だが、何か違和感がある。仮にもここは都心だ。それにもかかわらず深い樹海の真ん中のように木々が生い茂っていた。


 恐怖と好奇心が私を支配した。いきなり景色が変わったのもあるだろう。それともう一つ恐怖と好奇心を刺激させるものがあった。


 木々の後ろに3mに近い背丈に痩せ細った体に、人ではない程頭部が異様に大きく、髪が床まで届いている存在がこちらを覗いていた。そして、夜空に届きそうな程の高さの木の枝にその存在がこちらを覗いていた。


「カチカチ」とこの樹海のような場所で鳴り響いた。何度も何度も頭が狂う程に、何かを呼ぶように鳴っていた。


 その存在の何体かが私に近付いた。何故か私から恐怖が無くなった。まるで私を隠すようにその黒い体を私の周りを囲った。視界は闇よりも暗くなった。やがて視界が明るくなると、開けた場所に出た。


 公園のような場所に、そこにはもう何処にも残っていないはずの電話ボックスの公衆電話だけあった。それ以外は何もない。あの存在も初めからいなかったかのように気配が消え去っていた。


「ジリリリリ」とその公衆電話から鳴っていた。それがおかしいことは理解できる。


 公衆電話へ電話をかけることは出来ないはず。この音が着信音なら、これは私が知っている公衆電話ではないと言うことになる。


 ここは不思議に満ちすぎている。私はこの受話器をとらないといけない。そう思っていた。


 私は好奇心のまま、公衆電話の受話器を取った。


「もしもし?」 

『……白神黒惠……?』

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


追記

読んでくれた方々には分かると思いますが、この作品では今後一切「開き」を使うことは、一部を除いてありません。故意的な物ですので、読み難いとは思いますがご了承下さい。

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