肆拾つ目の記録 酷く冷たい息 ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「――って訳だ」
真二は、嗣音にそう報告した。
あの島での出来事、そして恐らく四維真央こそが白神黒恵が探している人物である五常昴だと言うことも。
同じく報告を聞いていた光とミューレンが、何処か自分の頭の中を探っている様な熟考の表情を浮かべている最中、嗣音は真二に聞いた。
「禱、五常昴と言う名前に聞き覚えは?」
「無い。一切な。だが確かに隠し子の可能性はある。真一はそう言う奴だ」
「だが五常昴も、四維真央も、少なくとも日本には存在していない名前だ。偽名か?」
「偽名にしてもおかしいだろ。どうやってDNA鑑定を擦り抜けた。そこを偽造したとしても、IOSPが全力で探れば流石に偽造がバレる。隠し子には納得してるが、偽造には納得してないぞ、嗣音」
「……光は、どう思う?」
光は、僅かな間を置いた後に口を開いた。
「……私の技術があれば、可能ですね。隠蔽も、偽造も、工作も」
「つまり不可能か……。分かった。……それにしても、良く無事だったな」
嗣音の視線はまた真二に戻った。
「……偶然にも、船が一隻残っててな。黒恵の嬢ちゃん達はそれより向こうの船に"扉"に潜って亜津美の嬢ちゃんと夏日の嬢ちゃんを連れて逃げちまった」
「……恐らく意図的にだな。四維真央の容姿はこの前のケファと敵対した女性の姿と似通っている。つまり……そうだな、第三勢力か? 話せば協力も出来るか?」
「どうだろうな。俺達を気に掛けてはいるが、避けてる感じもある。あれには深い憎しみを感じた」
「お前にか? ならすぐに殺せたはずだ」
「……そこがおかしいんだよ。あいつは何かを恨んでる。でも俺じゃ無い。……むしろあれは……分からねぇな。もう、何一つ」
話はそれで終わり。それ以上のことは無かった。それ以上の議論はもう不必要だと光が判断したのだ。
しかし、光とミューレンは通路を歩きながらでも議論を続けた。
「話を聞く限り、亜津美さんの妹で夏日ちゃんの姉よね?」
ミューレンから始まったそれは、未だに光の頭の中を疑問で埋め尽くした。
「けど、そんな話亜津美さんからも夏日ちゃんからも……。それに、そう言う話は禱さんの方が知ってそうだし」
「禱さん? 何で?」
「一応親族だからね。だから知ってるとしたら禱さん。それに亜津美さんも夏日ちゃんも、知らなかったらしいし。それに不自然なのが、何故か黒恵が知ってること。親族ですら知らないことを、黒恵が何故か知ってる。違和感しか無いよ」
「けどあの子、良く分からない情報網も持ってるわよ? そこで知ったんじゃ?」
「じゃあ私達を遠ざける理由は? 私達にも言えない理由は?」
ミューレンは何も言い返すことが出来なかった。
「それに、話を聞く限り人間だとでも思えない。まあ五常家の血筋は、人間離れした身体的特徴を多く持ってるけど……。あれはそんな物じゃ無い。炎を出して、鉄も出して、首を切られても平気。神仏妖魔存在だと言った方がまだ納得出来る」
「……出産の時に死んでしまって、丁度近くに潜んでいた神仏妖魔存在に魂か何かを食べられた可能性は? 逆に乗っ取るなんて不可能じゃ無さそうだし」
「それなら亜津美さんも知ってそうだけど……」
「それはほら、死んじゃった子供のことが言い出しづらかったのよ。それに亜津美さんは虐待されてたんでしょ? 可能性は充分あると思うんだけど」
「……結局それも、何で黒恵が追い掛けるのかの謎を解明出来ない。しかも私達に頼らずに」
結局二人の疑問が晴れることは無い。
「……五常、昴……」
光がそう呟いた。
「……一度、五常家の家系図でも探ろうか。四維家の家系図も探せば多分、あると思う」
「日本国民のデータベースにでも侵入する気?」
「いや、こう言う事案だと信用度は低い。五常家の屋敷に向かって探る。場所は前に行ったことがあるから知ってる」
「ちょっと待って? 今から島根まで行くの!?」
「どうせ数時間、日帰りも可能。人手も多い方が良いよね。知り合いにも頼んでみる」
トントン拍子で決まった島根行き。しかもミューレンにとっては一度行ったことがある場所。
何が何やら分からぬまま、ミューレン達は、五常家屋敷前に到着した。
第四機動部隊は白神黒恵の捜索に専念している為、それ以外の白神黒恵捜索隊の人物だけだ。しかしその代わり――。
「いやーでっかいなぁこの家!」
「黙ってろクラレンス」
「いや、ほら、だってぇ。アンジェリカは無感情過ぎるんや」
「お前がお気楽過ぎるんだ馬鹿」
クラレンスと、アンジェリカの兄妹がいた。
「……えーと、何方様?」
ミューレンが光にそう聞くと、光は満面の笑みで答えた。
「アブサーダディーのNo.1と、No.2」
「アブサーダディーってマフィアじゃ……?」
「まあそうだけど……大丈夫大丈夫。何もしないよ、多分」
「多分って何よ!? 怖いわよ!!」
「大丈夫だって。オリヴィアの伝手で来て貰ったし、何かあればIOSPに通報すれば良いし!」
「オリヴィアの伝手って何よ……」
「あぁ、オリヴィアは依頼執行人だからね。そこの繋がり」
「いや、そう言われても私まず、依頼執行人が分からないのだけど……」
「じゃあ気にしないで」
屋敷の鍵は、IOSPに置いていかれたままの亜津美の私物から拝借している。
光はその鍵で屋敷に入り、完璧な記憶を頼りに屋敷の中を探り、五常家の家系図を調べた。
しかし、こんなにいらないだろうと悲鳴が聞こえる程に、家系図は事細かに記されており、その分家筋である四維、三綱、八徳の家系図すらも綴っているのだ。
解析には時間が掛かる。それどころか全て広げるのにも一苦労だ。
家系図は現代から室町時代にまでこれだけで遡れる。しかしあの事件の時期の記述だけが曖昧となっている。
それは仕方無いことだろうと、ミューレンは納得した。
「……頭痛くなるわ……」
活字の嵐に、私はそんな弱音を吐いた。
これが本当に黒恵を連れ戻すことに繋がるのかしら……。
五常真美、五常真佐、五常真里、五常和真、五常悠真、五常真徳、あぁ……頭がおかしくなる!
何で全員真が付くのよ! 亜津美さんと夏日ちゃんが厳密には五常と血が繋がってないから良いけど、それで何で急に五常青夜になるのよ!
すると、オリヴィアさんが一つの名前を何処か憂いの視線を向けていた。
「……どうしました?」
「……ん、あぁ、どうしたの、ミューレン」
「いえ、何だか……知り合いでも、書いてありました?」
「……知り合い……まあ、そうね。知り合い。五常、真美。わたくしの……。……わたくしの、何だったのかしら。いえ、そう言う関係でも、無かったわね。今となっては、ただ、忌まわしく……そして、どうしようも無い、人間だった頃の、乙女の記憶よ」
第一に見る五常真一の息子の名前には、五常青夜の名しか残っていない。しかしその隣に、少々不自然は空白が……ある、のかしら、これ。不自然と言われればその通りだが、自然かと言われれば否定出来ない。
それよりも目立つ空白が、五常真一と五常真二の父、"五常真巳"の下だ。
五常真一と五常真二の書き方的に、左にもう一つ、名前が入りそうだ。後で消したのだろうか。
しかし、何処をどう探しても五常昴の名前は見られない。それに、四維真央と言う人物も。
「しっかし、昴って名前だと、やっぱり亜津美さんや夏日さんの姉妹っぽいッスよね。星の名前ですし」
狛犬が疲れた目頭を抑えながらそう言った。
「ほら、亜津美さんは安曇星、夏日さんは夏日星、五常青夜は青星、昴は昴星ッスから」
「……それならそれで、何で書かれてないの?」
狛犬は光の問い掛けに口を閉ざし、また家系図に目を動かした。
「四維家にも……四維真央なんて人は見当たりませんね。取り敢えずここ五世代くらいには」
斎の言葉通り、四維家にもそんな名前の人物は見当たらない。
つまり、完全な無駄足だったと言う訳だ。まあ、これが分かっただけでも良しとしよう。
しかし、突然クラレンスさんが妹のアンジェリカさんにこう聞いた。
「マオってどう書くんや?」
「漢字の真実の最初の文字に……何だろうな。オは」
「真実の最初……あぁ、この五常の方にいっぱい書かれてるこの字か」
……確かに。真央と言う名前は、何方かと言うと五常家の名前っぽいわね。
五常家は五常青夜以外、全員真が名前に入る。良くここまで考え付く物だと感心する程に。
そうなると……違法出産児? それこそ、四維家と五常家の間に産まれた……。
けどそれだと、今度は青夜と瓜二つだった意味が分からない。やっぱり兄弟、それこそ双子だったり……。
あぁもう何も分からない……! 結局偽名なのかしら。
それに、黒恵は五常家と関係が深い訳じゃ無い。四維家に至っては全然だ。
だが、結局手掛かりは何も無しなのは変わらない。
「なーんか疲れましたね。水道とか勝手に使って良いんすかね」
狛犬が光にそう聞くと、光はちょっとした屋敷の内装をメモ帳に書き記し、狛犬に渡した。
「はい、これメモ」
「こんな広いんすかここ……」
「事情説明したら亜津美さんも分かってくれるよ。多分大っきなウォータータンクがあるからそれに水入れて、台車もあるからそれで持って来て。紙コップは一応用意してあるから」
「何でそんな準備が良いんすか光さん」
「色々な予測でね。準備するに越したことは無いよ」
「なら水も一緒に持って来て欲しかったッスね」
そう言いながらも、狛犬は一人で屋敷の廊下を歩いていった。
「よーし、んじゃ皆さん。あいつが何分で帰って来るかで賭けするか」
クラレンスさんがそんなことを言った。何故かオリヴィアさんとディーデリックさんが乗り気だ。
そんなクラレンスさんを、夕真さんがクラレンスさんの真っ赤な頭を全力で叩いた。
余りの衝撃にクラレンスさんは頭を抑えて畳の上に倒れ、悶え苦しんでいた。
「何するんや!」
「ここは日本、賭け事は駄目です」
「じゃあパチンコとかどうなるんや」
「……パチンコは商品が貰えて偶々商品を買い取ってくれる店が近くにあるだけですし」
「……それ駄目な奴や無いか?」
「まあ、最近はアウトな場合が多いですけど……ギリセーフ、最も黒に近い白」
「それはむしろ白に近い黒やろ」
その後、私の視線はふと深華に移った。
深華は、最近何時見ても、何処か虚ろな目で、心ここにあらずと言わんばかりに応答が曖昧だ。
「……深華?」
「……ん、あぁ、何ですか、ミューレン」
「最近どうしたの? ずっと呆けてるけど」
「……まあ、貴方なら相談しても良いかも知れませんね」
深華は私の肩を掴んで、部屋の隅で小さく囁いた。
「一度聞きますが、確か貴方、レズビアンですよね」
「え、えぇ……そうね……。少なくとも今までの恋人は全員女性ね……どれも長続きしなかったし、やっぱりどれも魅力的な人とは言えなかったけど……今思えば……恋愛かと言うとまた悩ましい関係ばっかりだけど……」
「性的対象も同じく?」
「何をそんなに切羽詰まって聞いて来るのよ!?」
「……何と言うか、言い難いのですが、あの四維真央に一目惚れしてしまった様なのです」
「その割にはやけに冷静ね貴方」
「自分でも困惑してるんですよ。やっぱり同性相手だと困惑と混乱が最初に来てしまいます。自覚するのはこれが初めてなので」
初々しくはあるが、深華の口調はやけに淡々としている。
あ、でも彼女の無表情が僅かに緩んでる。本当に恋してるのね。小学校でも表情なんて一切変わらなかったのに。
「……まあ、相談には乗るわよ? けど無理だと思うわ、諦めて」
「やっぱりそうですか。まあ、そうですよね。私が知ってても相手は私のこと知らないんですから」
「そうよ、それにあの人が本当に人間なのかも怪しいんだから。きっぱり諦めてた方が良いわ」
「……そうですね。貴方の言う通りだと、思います」
もう一度深華の表情を見ると、目に涙を浮かべている。
「え、ガチ泣き? マジ泣きよね、それ?」
「……泣いてません」
「泣いてるわよねそれ!? そんなに!?」
「……そんなに」
何と言うか……難しい恋をしたわね、深華……――。
――狛犬は、果ての見えない廊下を永遠に歩いていた。
「こ、この屋敷……広すぎ……。何だこの屋敷……何でこんなバカでかい屋敷が島根なんて殆ど一次産業特区ド田舎にあるんだ……?」
その不満がついつい俺の口から出てしまう。
地図が無いと本気で迷って餓死か水分不足か衰弱で死にそうだ。
そして、苦節……何分だ。大体十分くらいで、ようやく辿り着いた。
確かに白い正方形のウォータータンクと、充分な大きさの台車がある。と言うかこれ使わないと確実に俺の腕が死ぬ。
水道とか凍ってないよな? さっきからずっと雪降ってるし。
そんな懸念も杞憂に終わり、きちんと水道からは都会では見られない自然が豊かに感じられる透明で、肌も凍りそうな冷たい水が出て来た。
その瞬間、背後からひたりと何かが足を床に降ろした音が背後から聞こえた。
それこそ、雪で濡れた足のまま、廊下を歩く様な足音。いや、足音かどうかも疑わしい。
何方かと言えば、濡らした手が床を叩く音が近いかも知れない。
こんなにも、寒い日だと言うのに、俺の額には汗が浮かんでいた。こう言う時の嫌な予感ばかり当たる物だと、最近は学習したのだ。
勇気を振り絞って振り返ったが、何もいない。
しかし、濡れている。床の一箇所だけが、濡れている。
僅かに白い物も見える。恐らく外に積もっている雪の破片だろう。
先程まで、確かに外からやって来た何かがいたことを証明するそれに、俺は悪寒を覚えた。
ウォータータンクに入れた水は充分だ。それを抱えて台車に乗せ、足早にそれを押しながら戻ろうとした。
何か、いる。いや、何かいた。
動物とかなら良い。狸とか、狐とか、鼬とか、それならまだ良い。問題は、そう言う動物では無い場合だ。
何度も見て来た。何度も戦って来た。だからこそ目を背けた方が良い物は直感的に分かる。
恐らく今のは、見ない振りをした方が都合が良い物だ。むしろ見えていると危ない。見えていると勘付かれると危険だ。
幸いにも、俺はそう言う物が見えない。目を、目を合わせなければ大丈夫だ。
「気付いてるんでしょ」
知らない。俺は何も知らない。
「こっち向いてよ」
気付いていない。俺は、ただ、光さん達の為に急いでいるだけだ。
そうに決まっている。そうじゃ無いと、こんなに走る意味が無い。まさか、何かから逃げているなんて、そんなはずは――。
「無視しないでよ」
振り向いたら――。
「あ、こっち見た」
ひんやりと、首筋を触れる感触を覚えた。
喉を締め付ける強い力は、俺に呼吸を許さない。
『やぁっと、捕まえた』
それは、ただ、人の顔だった。
たったそれだけの、何も怖くは無い、ただの、人の顔。
ただ、瞼の裏に眼球が無いだけの、人の顔。
何の変哲も無いその顔は、実に嬉しそうに、歓喜に満ち溢れた笑みを零した――。
――……ふと、私の背筋に悪寒が伝って落ちた。
「……ミューレン?」
深華がそう言って私の顔を覗いた。
同時に、僅かな頭痛が私の中に広がった。
何か、何か来るのが分かる。近付いてる。
それを察知しているのか、光と深華以外の全員が、全員同じ方向を見ている。あ、でもクラレンスさんとアンジェリカさんは変わらず家系図とにらめっこしてる。
「……光さん。一応、皆さんの依代は持って来てますよね」
斎が鋭い視線で廊下に繋がる襖の方を見ながら言った。
それだけで、何か悪いことが起こっているのだと誰もが納得した。
光はすぐにボストンバッグの中に詰め込んで来た事務所の神棚に置いていた依代を畳の上に並べた。
順番に正鹿火之目一箇日大御神、高龗神、禍鬼、首藤飛寧、八尺魅白、魔魅大隠神。そう言えば、これ、誰が作ったのかしら。
……まあ、今は良いわ。
その依代を肉体として受肉した彼女達は、ただそこに鎮座していた。飛寧だけは、五つもある頭を飛ばして飛び回っているけれど。
「何ともまぁ……また厄介な」
正鹿火之目一箇日大御神が不愉快そうに顔を歪めながらそう言った。
「ここ最近ずっと厄介事ばかりですね。今度は何ですか?」
高龗神は最早慣れたかの様な口調だ。
しかし、禍鬼は心底無気力に、畳の上に寝転んだ。
「どうせ禄でも無い霊魂だろ。俺は寝る」
ここまでの警戒は必要なのだろうか。わざわざこうやって依代に受肉して貰わなくても……。
「そう言えば……一人、おらん様だが」
魔魅大隠神が周りを見渡しながら言った。そう言えば、狛犬がまだ帰って来ていない。
何か来ているのは察知している。そして、狛犬が帰って来ない。彼の身に何かあったのだろうかと一抹の不安が過った。
「あたしが行きましょう。他に行く人は?」
夕真さんが手を挙げてそう言った。
同じく手を挙げたのはディーデリックさんだ。何だかんだ言ってこの二人、仲が良さそうだ。深華も手を挙げた。
そして、飛寧と魔魅大隠神も手を挙げた。そして何故かクラレンスさんも手を挙げた。
……私も、手を挙げよう。心配だし、それに、私だって役に立てるはずだ。
これ以上の人手はいらない。むしろ邪魔になるだろうとディーデリックさんは言った。
念の為と言うことで斎は私に式神を渡してくれた。式神と言っても、見た目は和紙を折って作った蛇の折り紙だ。
ただ、これを握って力を念じれば出る様に色々してくれているらしい。出て来るのは白蛇だ。
そして夕真さんとディーデリックさんはそれぞれ違う形状の旧型銃を構え、襖を開いた。
それと同時に、私の頭痛がより一層酷くなった。近付いていたその気配が、今は止まっている。
いや、むしろ遠ざかっている。
「……巧妙だな」
夕真さんが小さく呟いた。それにディーデリックさんが答えた。
「ええ、さっきは人を襲ったのでほんの少しだけ漏れたのでしょう」
「どうする。特定が面倒だぞ」
「……まず、狛犬さんの捜索から始めるべきでは? ミューレンさんのお陰でそうそう簡単に近付かないでしょうし」
私のお陰? 何かしている覚えは無いのだけど……。
疑問を晴らしてくれる人はおらず、終わりが見えない廊下をひたすらに歩かされた。
前もこの廊下は歩いたが、何度歩いてもきっと慣れないだろう。
周囲の警戒は飛寧が頭を飛ばしてしてくれている。ただ、飛寧が両腕で抱えている一つの頭が口を開いた。
「……何か、所々床が濡れてるんだよ」
「濡れてる?」
「うん、雪? かな?」
「雪が中に落ちてるの?」
「たまーに落ちてるんだよ、あ、ほら、前にも」
飛寧が指差した方向には、確かに溶けかけの雪が落ちていた。
ここだけぽつんと落ちている溶けかけの雪は、その殆どが水になっている。だけど、何でこんな所にだけ?
恐らくこの通路の先に行ったのは狛犬だけなのに、全員雪は払って中に入っていたはずなのに、雪が落ちている。
……あぁ、近付いて来ている。誰かが、見ている。ずっと、見ている。
いや、見ていないのかしら。けれどずっと、こっちの居場所は知ってるみたい。
その先へ進むと、見慣れた人が床に倒れていた。
始めに深華が駆け寄ると、やはりそれは狛犬だった。その隣には台車の上に乗っているウォータータンクがあった。
「……脈拍正常、しかし呼吸が小さいですね。問題はありませんが……体温が下がってます」
狛犬から呼吸の音が静かに聞こえる。小さな白い息は不安になる程に少なく、そして薄かった。
けれどそれ以上に、私はウォータータンクの方に視線が移った。
ウォータータンクの表面が凍り付いている。恐らく結露の水滴が凍ったのかしら。
けど、ここまで早く凍り付くはずが無い。まだ狛犬が出て行ってから数十分程だ。幾ら時期が冬だとしても、こんな雪国みたいな状況が起こるはずが無い。それに――。
「中も凍っとるな、これ」
クラレンスさんが私の頭の上から覗きながら言った。
「いやー怖い怖い。やっぱりこう言うのに関わりたくは無いわ」
「……見たこと、あるんですか? クラレンスさん」
「んー、まあ、そうやな。戦ったこともある。深華ちゃんと一緒にな。なぁ深華?」
深華は大きな舌打ちを聞かせてくれた。
「……嫌われてます?」
「別に嫌われることなんてしてないと思うんやけど……。……何かしたかな」
「……それで、何でここに来たんですか? そんなに関わりたく無いのなら……」
「……何と言うか、その、な。ああ言う連中と戦った時の記憶が、若干あやふやなんや。何か結構なこと忘れてる気がするんやけど……何か戦えば思い出すかなぁ、なんて」
……記憶、忘れてる、か。
……私にも覚えがある。覚えがあるのに、それを不思議なことだと思っていない。
一体、何なのかしら。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
久し振りのホラー回。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




