四つ目の記録 初めてを忘れて好奇心のままに ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
8月10日。
昴は女性の姿をしていた。正確にはそのように見える服、体型、化粧をしているだけだ。あの時のような体が女性に変化したと言うわけでは無い。
ビルの上で、昴は下の都内の景色を眺めていた。
「やぁ、昴君」
「……この姿の時は依頼執行人って呼んでくれない?」
昴は女性の声で振り向いた。
そこに立っていたのは詩気御だった。
「それはすまない。ここには人がいないから良いと思ってね」
「……それで、私をここに呼んだってことは、何かあるのよね」
「そうだったね。僕としてはもう少し話していたかったけど。……黒恵君とミューレン君から聞いたはずだよ。僕があの案の提案者だと」
昴は冷ややかな目で詩気御を見ていた。
「それで? 私としては貴方が私の敵にならない限り戦う必要は無いし」
「あの出来事は僕を敵として認識するに値する物では無いのかい?」
「……貴方を倒せば、お金が入らないじゃない。次あんなことをやったら報復は充分にやるけど」
「……君は良い性格をしているね」
「貴方程じゃ無いわよ。……今度はこっちの番。どうやって私が昴だと分かったの。そして、何故あんな暴挙を目論んだの」
「それに意味はあるのかい?」
「ただの知的好奇心よ」
「……僕は、ミューレン君と光君の力を求めている。正確には、その先の世界を。何時か分かるはずだ。君達が旅を続けて、全てを見た後、この世界を知った後、僕が何をしたかったのかが、君達は分かるはずだ」
「あの隻腕の男もそう言ってたわね。つまり貴方達は全知とでも言うの?」
「彼は全知に近い。だが僕は全知では無い。僕は、目の前の全てを知っているだけさ。それは昴君、君も知っている」
「……ずるい人」
「それで良いさ。僕の役回りはそれが多いからね。それじゃあ、バイバイ。あ、そうそう。君のお陰で見付けられたよ。後は許可だけど、数週間もすれば何とかなるだろう」
彼にとって昴とは、良きビジネスパートナーだ。そして、それ以上に興味の対象であり、信頼の対象である。何故そこまで昴に興味を抱くのか。正確には黒恵、ミューレン、光、昴の四人に興味を抱くのか。それは彼にしか分からない。人類の可能性の極地にまで至った彼にしか、分からない。
詩気御はその場から姿を消した。それは消えた、と言うより透明になり見えなくなったかのように――。
――私は暑すぎる夏を歩いていた。しかもアスファルトの熱が直に感じる。こればかりは舗装されていない地面を歩く方が良いだろう。
私はある予定があり一人でいる。ミューレンはもう光と昴のあの屋敷にいるだろう。私も早く行かなくては。
私の赤い軽自動車がようやく見えた。実はちょっとだけズルをして運転免許を取ったことは秘密だ。
私はこの暑さに我慢が出来なかった。黒い服を着ているせいでもあるが。
私は親指と人差し指で長方形を作った。それを縦にさせ、右手と左手を離した。そして前に進むと、私は車のドアの前にいた。
こんな人が多い所でいちいち私を見る人はいないだろう。この瞬間移動とも言える力を見る人はいなかっただろう。
車内に入ると、むわっとした熱がこもっている。それはひょっとしたら外より熱いのかも知れない。だが、移動するなら車の方が良い。
冷房のスイッチを入れた。こうすれば少し我慢するだけで涼しくなるだろう。
冷たい風が私の顔に当たる。私にとっては夏の時期で楽しめる娯楽の一つだ。春じゃ気温は足りない。秋や冬は寒すぎる。夏にしか味わえない、何とも言えない愉悦感。
私はエンジンをかけ、あの屋敷がある森に向かった。黒く塗りつぶされた場所だから分かりやすい。
「涼しくなってきたわね。……でも森を越えないといけないのよね。……車で突っ切れないかしら」
流石に駄目だ。それにこれは電気自動車。ガソリン車程のパワーは望めない。電力の方が安くなるから今の日本では電気自動車の方が良いが、やはりガソリン車も乗ってみたい。そしてその車でターボババアを轢いてみたい。
ただ、ガソリンが高い!!
ようやく森に一番近い駐車場に着き、そこに車を止めた。
すると、車に乗せていた熱くなりすぎている使い古されたタブレットに何かの着信が来た。
日本中で起こったオカルト臭がするニュースを自動的に表示するようにしている。恐らくそれだろう。
私は涼しい車内でタブレットの液晶をなぞった。
「行方不明者の体の一部が都内で発見。八月で二件目。最初が北海道上川郡の29才女性の足。今回は島根県益田市の10才男子。その男子の首が発見された。はいはい」
……運ぶにしても遠すぎるわね。わざわざ分解する必要も分からないし。ただの愉快犯かしら。
にしては手が込みすぎている。何か目的があっての可能性が高いわね。
「今回の現場は練馬と。女性の足が町田。バラバラじゃない」
これ以上は情報が足りない。せめて警察関係者の知り合いが……。いるわね。更に上の組織と繋がりがある人が。
私は炎天下の原因である日差しが差し込む車外に出て、森の中に入った。
ある程度歩くと、屋敷の前に着いた。中は相変わらず清掃が行き届いており、窓が開けられて野生の小動物が勝手に入っている。
図書館のような場所には、光とミューレンがいた。光は黒い本を読みながら頭を抱えているようだ。それはENIRVAUST EGUAL CRIMEと書かれている。この本の解読を頼んだが、どうやら難航しているようだ。本当はこれとミューレンが良吉さんから貰ったあの本も解読してほしかったが、これが難航してしまったのなら時間がかかるだろう。
私に気付くと、素敵な笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい黒恵」
「お邪魔しまーす。そうそう。昴が何処にいるか知らない?」
「昴君にだけ用なんて珍しいね」
「ちょっと気になることがあってね。多分昴なら知ってると思うんだけど」
「昴君に聞きたいことって……まさか裏社会のことに首を突っ込むきじゃないよね」
光は冗談交じりにそう言った。
「違うわよ。それは何時か聞くけど」
「黒恵らしいや。昴君は多分滝の所にいるよ。小川を沿ったら簡単に辿り着けるから」
私はこの屋敷の裏側を流れている小川の上流を目指した。
誰かが戦っている声が聞こえる。恐らく昴だろう。それと、名前は忘れたが昴の式神の鬼の人。
滝の前に着いた。滝と言うにはあまりにもこじんまりとしており、4m程の丘に水が流れているだけだ。
そこで、昴と鬼は戦っていた。
鬼の拳が昴に入った。だが、昴は大胆に体を動かし衝撃を無くし、その動きを攻撃に転じた。
その行動に鬼は体勢を崩した。
「"波"」
近くに流れている小川が急激に増水し、その増水した物が全て鬼の方へ流れた。それは簡易的な津波のようになり、鬼は流されていた。
昴は木の枝を公園のアスレチックのように掴みながら、素早く移動し、その鬼に飛び蹴りを直撃させた。
その直後に魅白が二人に水で満たしたバケツを投げかけた。
「終わりだ禍鬼」
「やりたんねぇ」
「禍鬼の欲求不満に付き合う俺の身にもなれ。特訓には良い相手だが殺し合いはしたくない」
禍鬼は不満そうな顔をしている。その顔には凶暴性が無く、ただの人間に見える。
今見れば、白Tシャツにハーフパンツを禍鬼は着ている。動きやすく機能性に優れるのは分かるが、体つきが良く分かるその格好はどうなのだろうか。
昴はこちらを振り向き声を出した。
「それで、何の用だ黒恵」
「さっすが昴。私の気配に気付いていたとは。褒めて差し上げよう」
「何処かのラスボスか」
「まあそれは良いんですよ昴さん。少し聞きたいことがありまして」
「……知ってることなら教えるが、対価はあるんだろうな」
「私にはあれがあることをお忘れで?」
「……そうだったな。それで、何が聞きたい」
「今日発見された男子の首が練馬で発見された事件。昨日の未明に発見されたから知ってることがあったら教えて」
昴は思い出すような素振りを見せた。その昴の頭を魅白が拭いている。
「まぁここじゃあれだ。戻ってから教えよう」
「ここで教えてくれたって良いでしょ」
「ここじゃ暑すぎるだろ。倒れても知らないぞ」
私はしぶしぶその屋敷に戻った。
図書館のような部屋に戻った。
魅白は光の周りを駆けており、嬉しそうに跳ねている。
昴はそのままティーワゴンを押して来た。確かに今はティータイムには丁度良い時間だ。そそくさと準備をしている。
禍鬼も魅白も合わせて六人で狭くない机も持ってきているし、椅子も六人分用意している。
ケーキスタンドに素早く、しかし丁寧にケーキやお菓子を盛り付けるその動きは手慣れている。
「さて、ティータイムを過ごしながら話を聞こうか」
「この雰囲気であの話を聞くのはどうなのよ」
「光がやりたいって言ったから丁度良かったんだよ」
昴がまだ何も言っていないのにミューレンと光と魅白はもう座って始めている。しかも椅子の一つは魅白に合わせて大きくなっている。気遣いが完璧過ぎる。
禍鬼が席に座らずケーキを片手で口に掻き込んでいる。その姿は甘味が好きな女子のような印象を受ける。
昴は素早くティーカップに紅茶を入れている。
私は諦めて自分の席に座った。
昴はティーカップに口を付けながら話し始めた。
「さて、そのことか。誰にも言うなよ」
「勿論」
私は紅茶を口に入れた。
紅茶はそこまで飲んだことは無いが、不快な渋みとは違う独特な美味しい渋みが舌に流れた。だが、やはり少しだけ苦手だ。コーヒーの方が好みだが、偶に飲むなら良い物だ。
「昨日未明に発見された小学生男子の首。島根県益田市神田町の田中透真だとDNA検査で分かった。行方不明になったのは恐らく四時から五時の間だ。小学校から帰る時間帯だな。そこで誘拐されたと警察は睨んでいる」
「もう少し首の状態とか」
「しっかり血抜きがされてた。しかも腐敗はあまりしていない。防腐剤が大量に入れられた袋に入ってたからな」
「……血抜きの技術があるってことは、日常的に動物とかの解体をしてたのかしら」
「そればかりは分からない。警察はその路線で調査をしているがな」
私は思考を頭の中でぐるぐると掻き混ぜながら、ケーキスタンドに盛り付けられているケーキを側に置いてあった皿に盛り付け、フォークで口に入れた。
チーズをそのまま食べたような美味しいチーズケーキ。きめ細かいケーキは相当な高級品を食べているようだった。
「美味しいわね。何処のケーキ?」
「俺が作った」
「凄いわね。光の為に築いたスキル? そうそう。女性の方もお願い」
「不味くなるな」
「今更よ」
昴はケーキを美味しそうに食べている。そして、そのフォークを置き、底が見える光のティーカップに紅茶を注ぎながらまた話し始めた。
「八月三日の未明に発見された社会人の女性の左足。北海道上川郡上川町の六鹿愛華だと同じ方法で分かった。行方不明になったのは恐らく会社の昼休憩時間の間。だが人がいる時間帯にも関わらず監視カメラの一つにも写っていなかったから調査が難航しているようだ」
「足の一部の状態は?」
「一緒だ」
「何だか不気味ね」
「どうせ調査するんだろ」
「良く分かってるじゃない。けど今はまだやらないわ。だってあれの準備が出来たんだから――」
――次の日、光と昴はある小さなビルの前に昴の車で来ていた。運転席と助手席以外には何かが入ったダンボールとそれを運ぶ台車が乗せてあった。
台車に荷物を乗せ、光がその台車を押していた。昴はその筋力で、ほとんどの荷物を持っていた。
そのままエレベーターで四階まで上がり、ある事務所へ入った。
そこには黒恵とミューレンが内装を整えていた。
「黒恵ー。これはー?」
「んー? あーそっちに置いといて」
私は家から持って来たテディベアをアンティークなソファに囲まれた机の上に置いた。
これはあのマネキンのような体の少女が持っていた物だ。カナエさんがあの少女を襲った時にこれが残っていたが、悪い物は見えない。ここに飾っても大丈夫だろう。
光と昴がやって来た。
「ようやく来たわね。さ、早く準備するわよ」
「けど凄いね。事務所を借りれるなんて」
「違うわよ。一括購入よ」
「うぇぇ!? 賃貸じゃ無くて!?」
光は驚きの声を大きくした。目を白黒させながら、同じように驚いていた昴と顔を見合わせている。
「つ、ついでにそのお金は何処から……?」
「企業秘密よ」
「な、何か悪いこととかは……」
「そんなことやったら捕まるじゃない。ほら、話は良いから内装をぱぱっと」
光は納得していないようだ。見るとミューレンも驚いている。何をそんなに驚くことがあるのだろうか。
私達は光と昴が協力したことで行える調査に幅が広がった。そして、私がネットで探してそこに行くと言う調査だとガセネタを掴まされる可能性がある。ならばどうするか。
オカルト的な相談を様々な人から受ければ良い。そうすればガセネタを掴まされる可能性は極端に減るはずだ。それに調査料金や解決料金で私のポケットマネーが潤う。
後者が目的だろって? ……資本主義とは残酷なのだよワトソン君。
すると、ミューレンが光と昴を集めて何かを話している。
「どう思うかしら。黒恵の経済力」
「どう思うって……ちょっと怪しいとは思うよ」
「昴はそう言う物を調べられないの?」
昴は難しそうな顔をしていた。
「俺が知ってる限り一括購入出来る程の経済力を稼げる仕事はやってないはずなんだが……」
「それにネットに転がって無い情報も持ってるわよね。……何か闇がある所と繋がってるのかしら。親友として心配よ」
「それなら俺がすぐに分かる」
私は三人に話しかけた。
「何話してるの?」
「貴方のその経済力よ!」
「企業秘密よ。あえて言うならここは事故物件だから周りよりは安かったわ」
「それでも東京二十三区の事務所を購入はおかしいわよ!!」
こればかりは友人の三人にも言えない。何故なら人と違う秘密は隠したい物だからだ。
だから私は經津櫻境尊の力を隠している。隠していると言う特別感は別格だ。
三人はまだ疑問が残っているようだが、そのまま作業を再開した。
光は持って来た本を本棚に詰めていった。
昴は、何故か木の板を組み合わせていた。そのまま素早く神棚のような物を作り出した。
「えーと……何作ってるの?」
「神棚。正鹿火之目一箇日大御神と高龗神と禍鬼と魅白を祀ろうと思ってな」
「簡易的とは言え作れるのは凄いわね。御神体とかはどうするの?」
「そこのダンボールに入ってる。取ってくれ」
私は昴が指差したダンボールを漁った。そこに入っていたのはアニメキャラのようにデフォルメされたフィギュアが四つ。各々の特徴を良く捉えており、その完成度は一万円で売っても買い手は現れるだろうと思える程。一人知らない人がいるが。
燃えるように赤い髪に瞳、それの豪華絢爛な着物と燃え盛るような羽衣を着ており、刀を片手に持ちもう片手から炎を出している。これが恐らく正鹿火之目一箇日大御神だろう。私は見たことがないが。
女性の周りに水を模した透明な模型があり、その周りに龍のような蛇がいる。これが高龗神だろう。
帯から上と下を大胆に着崩しており、拳を振りかざす瞬間のポーズの角が生えた女性。これが禍鬼だろう。
それらのフィギュアより一際大きく存在感を放つ物。風になびかれている動きがある構図。魅白だ。
今にも動き出しそうな程精巧に作られており、これを作った技量がうかがえる。
「これはもしかして?」
「俺が作った」
「手先が器用なんてレベルじゃ無いわよ!? 流石にこれは嘘でしょ!?」
「何で疑うんだよ」
昴はそれを神棚の中に飾り、神棚を本棚の上に飾った。
「さて、これでここに近付く馬鹿な幽霊はいなくなった」
「事故物件の意味が無くなるじゃない!!」
せっかくここを選んだ意味が無くなってしまう!
「何かここでする時はこれを外すから勘弁してくれ。さっきからやれ儂の御神体を神棚に備えろだの煩い神様が一人いるんだよ」
「正鹿火之目一箇日大御神?」
「そうそう。髪が赤い奴がいるだろ。それが正鹿火之目一箇日大御神だ」
「やっぱり。けど禍鬼と魅白は意味があるの?」
「とりあえず作って置き場所に困ったから」
「大分テキトーね」
「そう言うので良いんだよ。信仰は人それぞれだ」
「二人共貴方の式神なのに」
昴は禍鬼と魅白を自分の式神にした。その方法も八重さんとの地獄の特訓で教えて貰った物だ。
……そう。あの地獄の……。
「――あぁぁ!!」
「どうしたのよ黒恵!?」
「八重さんとの地獄の特訓を思い出して……おぉ……!!」
ようやくある程度終わり、私とミューレンと光はソファに体を預けていた。
禍鬼と魅白が窓から身を乗り出し外を眺めている。現代社会を見たことが無い彼女らにとってこの景色は真新しい物なのだろう。
「昴ーコーヒー入れてー」
少し遠くから昴の声が聞こえた。
「俺は使用人じゃ無いぞ。自分で入れろ」
「光も欲しいってー」
「ちょっと待ってろ」
昴は人数分のコップに冷めたコーヒーを机の上に置いた。
魅白は事務所の中を走り回っている。そして、禍鬼は昴の頭を何度も叩いている。
「なーあー。やろうぜー。暇なんだよー」
「頭を叩かないでくれ。暇ならこのビルを歩いてこい。何かいるかもしれないからな。そいつと遊んでこい」
「……仕方ねぇな」
そのまま禍鬼は外に走っていった。
「さてさて、今から事務所の活動を開始するわけだけど、一番大事な名前をもう決めてあるのよ。それは――」
前日から頭を力みながら、少しずつ思い浮かべた単語の組み合わせで作り上げた一文を口ずさんだ。
「"超常的オカルト現象研究探索事務所"よ!」
「そのままね」
「良いじゃない。あ、建前上は様々なトラブルを解決する何でも屋みたいな物よ。オカルトの調査なんて許可が降りるわけが無いわよ」
「まぁ、分かりやすい名前ね」
「だからもうサイトを作ってるのよ。ほら」
私はタブレットの液晶をなぞり、もうネットに作ってSNSに拡散済みの私特性ページを見せた。
今までの功績を載せるページも調査料金も事細かに書いている。自信作だ。
「自分の好きなことに関しては仕事が早いわね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「褒め言葉よ。立派な才能なんだから」
「ありがと」
私は照れくさく笑った。ミューレンに褒められるのは良い物だ。
すると、誰かが事務所の扉を開けた音が聞こえた。昴がもてなしに行った。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご要件で」
昴の目の前にいたのは高校生程の男性が二人。
昴は、その顔に深刻さが無いことが分かった。
「さ、どうぞ座って下さい」
光とミューレンはちょっとした作業をするために別の部屋に移動し、私と昴、その対面に男子高校生が二人座っていた。
「分かってはいると思いますが、我々は身の回りに起こる超常現象、または霊障など、それを調査しています。つまり、そう言うことの依頼だと思いますが」
昴はとても礼儀正しく淡々と話していた。その顔は社交的な笑顔を浮かべており、接客態度は満点だ。
男子高校生の一人が、一枚の写真を机の上に置いた。
それは私の好奇心を駆り立てる物だった。恐らくこの二人の自撮り写真だが、その二人の顔の間に、僅かに白い手のような物が見えた。
「これはトンネルで撮った写真で……」
男子高校生の一人がそう話し始めたが、昴は話を遮るように声を出した。
「こんな暑い中歩いて疲れたでしょう。お茶でもいかがですか?」
昴は更に笑みを深めた。
「魅白、お客様にお茶を」
昴は奥に向かってそう言った。
少し時間が経つと、一瞬二つのコップが宙を泳いでいた。だが、そのコップが近付くとそれは魅白が持って来ている姿が見えた。
男子高校生は驚愕と、エアコンが効いた涼しい部屋に似合わない汗をかいていた。
コップが二人の前に置かれた。
「さて、この写真の詳しい話を聞きましょうか。これが、本物なら。ね」
男子高校生の二人は写真を置いたまま事務所を全力で走って出ていった。
「え、偽物なのこれ」
「黒恵なら分かるだろ」
私は親指と中指と薬指をくっつけ、残りの二本の指を立てた。三本の指の間に出来た隙間をレンズのように使い、その写真を覗いた。
「……本当ね。何も見えないわ」
私は經津櫻境尊の御神体の桜の木の花弁を神便鬼毒酒と共に飲んだ。そして手に入れた力の一つがこれだ。付けられた名前は、"狐の目"だ。
こうすれば、超常的な力を持つ何かが見える。更に正確に言うと靄が見える。原理は八重さんは教えてくれなかった。ただ、このポーズは狐の手遊びだろう。ヨーロッパ辺りだと別の意味のハンドサインらしいがここは日本だ。狐で良い。
狐が意味するのは恐らく經津櫻境尊。狐の面を被っているから。その形を模し、その手の隙間から向こうを覗く。恐らく境の向こうを覗くと言う意味だ。
これを使えば八重さんいわく幽霊も見えるらしい。何時か幽霊がいそうな所をこれで覗いてみよう。
「つまりあれは冷やかしってこと?」
「そうだな。夏休みで暇した男子高校生の冷やかしだ」
「だったらあの二人にとっては予想以上の体験をしたわね。冷やかしに来たら本物と出会ったんだから」
「サイトに偽物を見破ったって書いたらどうだ?」
「良いじゃない! 功績の欄に書いておくわ!!」
偽物だが、とりあえずこの写真の裏に日付を書き、まだ新しいファイルに閉じた。ファイルの背表紙には「写真」と書いている。
これは写真専用のファイルだ。こう言う物は偽物であっても残しておいた方が良い。
他にも超常現象や心霊現象や霊障をまとめた資料をまとめるファイルなどがある。
「どうだった?」
ミューレンが興味津々に聞いてきた。
「偽物だったわ」
「それは残念。初めての人だったのに」
「次はきっと来るわよ。私は運だけは良いのよ」
私は本棚からあの本を探しながらそう答えていた。
光が持って来たオカルト的な研究記録。及び論文。そして私が持って来た超常現象や幽霊を紐解ける可能性がある物理学、そしてミューレンが持って来た心理学の本や論文がズラッと並んでいる。
そして、その中で異質を放つ一冊の本。これは良吉さんから貰ったあの本だ。
ある程度使ってみて使い方は大体分かっている。私はその本にを開いて、机の上に置いた。
「さあさあお立会い。今から見せますは世界に一冊の摩訶不思議な本」
「どんな口調よ」
「良いじゃない。雰囲気は大事よ。この本にこの羽ペンで聞きたいことを書くと――」
三人は興味深そうに見ている。私は何も書かれていない白紙のページに「神とは何か」と書いた。
その羽ペンは私の手から飛び出し、つらつらと白紙のページを泳ぐように何かを書いていた。
『神とは、人々に益を齎す我々人間を越える力を持つ方々である。東狐賢吉』
『神。それは災いをもたらすが、時に福をもたらす。その姿は本来変わることは無いが、伝承で伝わる姿は変わることがある。正田育人』
『神は人を越える力を持つ。その力は人々の信仰により変化する。火の神が鍛冶の安全を願うために祀られ、鍛冶の神として祀られると鍛冶の力を持つ。森の神が田に祀られ、豊作の神として祀られると豊作の力を持つ。このように信仰によって神はその力を増し、人の信仰は新たな力を生み出す力があると言える。阿笠實之丞』
少し興味深いことが書かれている。神の力は人々の信仰によって変化する。これだ。
言い換えれば神とは人の思い込みで力を変える。変な話だ。人には人を越える力を持つ存在に力を与えることが出来るなんて。
……信仰と言う救われようと願う感情。ふとそう思った。
「凄いね。本当に一人でに書くんだ」
光が興味深そうに眺めながら呟いていた。
「不思議なことに見慣れたからもう驚かないよ」
「まぁそれは私もそうだけど」
すると、また事務所の扉が開けられた音が聞こえた。
今度は私がその扉に立った。
そこには、耳にピアスを付けている男性がいた。
髪を金髪に染めており、派手な色味のハイブランドの服で身を包んでいる。目立ちたがりなのだろう。
「あ、どうも。ここってオカルトの調査とかするんすよね」
「そうよ。何か依頼が? あ、中にどうぞ」
喋る時に僅かに開く口から見える舌にもピアスが見える。見た目からして年齢は大体一緒だろう。
昴はこの男性の顔を一瞬ちらりと見た。特に何も言わないと言うことは冷やかしでは無いのだろう。
男性は私の対面に座り、まだ置いていたコップに入れてあったお茶を一気に飲み干した。
こんな猛暑だ。喉も簡単に渇くだろう。
私は手帳を片手に男性に話しかけた。
「それで、どんな調査を依頼に?」
「……実は、大学の長期休みって凄く暇なんです。だから思い出作りのためにここに来たんッス!!」
「……おーけー。……昴。冷やかしよ」
「違うッス!! きちんとそう言う話を持って来たッス!!」
「何よ! そう言うのは早く言って!!」
「まず俺は神崎狛犬ッス」
「白神黒恵よ」
狛犬はそのまま話を続けた。
「最近俺の先輩から聞いた話なんすけど、どうやら最近狛江の所に首だけで空を飛んでる人がいるらしいッス」
「首だけ……飛頭蛮みたいな?」
狛犬は「分からない」と言わんばかりに首を傾げていた。マイナーな妖怪なのは知っているが、ここまで知名度が無いとは。
「……まぁ、多分そんな感じッス」
狛犬は首を傾げながらもテキトーに返事をした。
「で、ここからが面白い話なんすけど、この前の目撃情報が練馬と町田ッス」
「それって――」
「そうッス。丁度今騒がせてる行方不明者バラバラ遺棄事件の発見現場と一致するッス。これが偶然だとは……」
「思えないわね……」
相当興味深い物だ。私が丁度調べようとしていた事件とも関係がある。
「あ、きちんとお金は払うッス」
「こんなことで貰うのも何だか……」
「じゃあ一緒に行動するって言う名目の料金で受け取って下さいッス」
「そこまで言うなら貰っておくわ」
「今すぐ調査ッスか?」
「暇だし、周りの人に目撃情報を聞きたいし。予定が合うなら」
「じゃあ決まりッス!――」
――東京都狛江市。東京都区部に接しているが、自然が多く残っており、水と緑のまち狛江とは良く言った物だ。その通り過ぎる。
「……情報が足りない……」
近隣住人に聞き込みをしてみたが、目撃情報が全く足りない。まぁ……昼間からそんな人が見えたら通報物だけど……。
「……狛犬……もう少し詳しい話は無いの……」
「そうッスね……あ、女性ばかりに近付いて『旦那ー』って呟いているらしいッス」
すると、昴が何かを知っているように私から目をそらした。
「昴」
「……何だ」
「何を知っているの」
「……何処かで聞いた口調だなーって思っただけだ。心当たりがあるだけだ」
「全て話してもらうわよ」
「……妖怪の街で会った飛頭蛮か抜け首か。話しただろ?」
「あーあれ。え、わざわざ貴方に会いに東京まで?」
「魅白はあの街から出ることが出来たからな。可能性はある」
だとすると、まだおかしい所はある。行方不明者の最後の行方はバラバラだ。北海道に、島根。移動手段が限られている中でそんなことをする理由が見当たらない。つまり……無関係?
蝉の鳴き声が煩く大きく鳴っていく。貴方達の求愛行動のせいで眠れない夜があるのは理不尽だ。
すると、ミューレンが何かを見つけたのか私達を呼んだ。そのミューレンの顔は何処か悲しそうだった。
それは犬だった。腹部に噛みつかれたような痕があり、もう息は無かった。
道路に横たわっていたその犬の腹部から未だに血が流れている。
一応道路緊急ダイアルに連絡したが、光がその傷跡を見ていた。
「……噛み痕からして……細くて太いから猫かな?」
「猫にしては強すぎない? だって噛み殺してるわよ」
光はその犬の死骸の首を見た。そこからも血が溢れており、そこにも咬傷があった。
「致命傷はこれかな。……違う咬傷だ。……猿、にしては犬歯が小さい。人間?」
「人間? 何でそんなことをするのよ。まず人間が噛み殺すくらいの力があるの?」
「有るか無いかなら有るよ。けど何で犬なんかを……」
「……貴方達が出会った抜け首は?」
「伝承通りの抜け首ならあり得なくは無いけどね」
そのままその犬の死骸は回収された。一抹の疑問ごと持ち去って。
私達は多摩川を眺めながらコンビニで買っていたおにぎりを食べていた。
「意外と地味ッスね」
狛犬が意外そうにそう言っていた。私達にどんな調査を求めていたのか。
確かに気持ちは分かる。もっと怖い思いをする物だと想像するだろう。だが、これが現実だ。そんな体験は滅多に起こらず、最近私達の周りで多発していることの方が珍しいのだ。
「それに男が一人くらいいたほうが……」
「俺は男性だ」
狛犬は驚愕の事実に口を大きく開けながら驚いていた。
「えぇ!? ごめんッス!!」
そんなに見間違う物なのだろうか。私は一目で男性だと分かったと言うのに。
「謝らなくても良い。もう慣れた」
「そう思うと何か気分が楽になったッス。俺一人が男だと気まずいッスから」
私としては特に何も感じないが、そう言う物なのだろうか。それとも昴が女性的な体型をしているからかも知れない。だとすると狛犬と行動すれば気まずく感じるはずだが、特に何も感じない。そう言う感情が私には無いのだろう。
そして、私はとても良いことを思い付いた。より私達の事務所に人が来る良い案だ。
「狛犬」
「はいッス」
「偶にそう言う体験をして悩んでいる人、友達でも良いから連れて来て欲しいわ。そして、私達のことを広めて欲しいの。ネットだと限界があるし、今の時代噂でも広まるのは早いし」
「それくらいお安い御用ッス! それにそうすれば俺も色々体験出来るッスよね」
「そうね。保証するわ。私は運だけは良いのよ」
二つの地域から同じ噂が流れば更に広がりやすくなるに決まっている。そして人が来ればより私の懐が潤う……。完璧な戦術ね!
そして、結局有力な話は何も聞けず日が落ち始めた。
逢魔時と言う時間は幻想的な色を空に写す。この時間帯に特別な意味を持たすことも良く分かる。
「一旦帰るッスか?」
「いや、まだこれからよ。むしろこれから始まるわ」
「そうなんすか!?」
「そうよ! 今までやっていたのはあくまで目撃調査! これから始まるのは本気で見付ける調査よ!!」
「その探し方は!!」
「くまなく探す!!」
「知ってたッス!!」
「残念なんて思っている暇は無いわよ!! けどやっぱり危険だから全員まとまって動くわよ!!」
私は用意していた懐中電灯を付け、前を照らし始めた。
蝉の鳴き声が煩く大きく鳴っていく。それに交じるように、何かが聞こえる。「ミーンミンミン」と言う鳴き声じゃ無い。「ジリリリリ」と言う鳴き声でも無い。それは、誰かが呟いている声。
その呟く声は誰かを呼んでいる。それは徐々にこちらに近付いている。
更に蝉の鳴き声が煩く大きく鳴っていく。それは少しずつ、だが確かに、私達に少しだけの不安をもたらした。
そして、私の足に何かが当たった。私はそれを見た。
それは暗闇に転がっており、それを懐中電灯で照らした。
そこには女性の頭が転がっており、その目がこちらを睨んでいた。
「……はろー」
「――うわぁー!? 人間だよー!?」
「逆!! 逆よ!! こっちが驚く方!!」
「あ、本当だよ。じゃあ驚くんだよ」
「もう無理よ」
そのままその首はふわふわと浮き、私の顔を見つめ始めた。
「……んー? 何処かで会ったんだな?」
「変な口調ね」
「酷いんだよー!!」
すると、その視線は私の後ろに向かった。後ろには驚いて腰を抜かしている狛犬と、顔を反らしている昴。
その首はふわふわと浮きながら昴に近付いて行った。昴はその顔を見ないように顔を回している。頭はその顔を見ようと回っている。それをずっと繰り返している。
「昴の旦那?」
「……キノセイダヨッ!」
「光の嬢もいるから確定だよ。昴の旦那だよ」
「……僕の名前は青夜だ……」
「違うんだよ。昴だよ」
「……やぁ飛寧。久し振り」
飛寧と呼ばれたその頭は昴の耳に噛み付いた。そのまま何処かから飛んで来た頭の無い体が昴の体を殴っていた。
「痛い! 痛いからやめてくれ!!」
「許さないんだよ! 許さないんだよ!!」
昴は飛寧の頭を掴み、その体に投げ付けた。だが、飛寧は何事も無かったかのようにふわふわと浮かびながら昴の体に頭突きをしている。
「昴の旦那! 約束を破ったんだよ!!」
「あー! 分かった分かった!! 血でも良いな!!」
「良いんだよ!!」
「よーし分かった」
昴はふわふわと浮いている頭に向け指を出した。飛寧は何故か嬉しそうにその周りをふわふわと浮かびながら回っている。
「約束なんだよ!!」
「分かってる。もう逃げないから」
飛寧はその指を咥えた。それは丸い顔だからか赤子のようにも見えた。だが、明らかに違うのはその犬歯で昴の指を噛み千切ろうとしているのか、とても強い力で咥えていた。
やがて、昴の指から出血し始めた。その血を飛寧は美味しそうに舐めていた。
こんなに可愛らしい顔をしていてもやはり妖怪なのだ。人でも簡単に食うのだろう。
「おいひいんだよ」
「それは良かった」
ふと思った。これはその人を食べていることになるので、一つになるのでは? しかもどちらも生きているので禍鬼と同じ状態になるのでは?
飛寧は満足そうな顔で口を離した。だが、まだ昴から流れる血を舐めていた。
「……さて、飛寧」
「なんだな?」
「俺と飛寧だとどちらの方が力が大きいと思う」
「僕だよ?」
「本当に?」
「……何が言いたいんだな?」
昴は左手で髪を掻き上げた。その僅かに溢れた呪いに、飛寧は震えていた。僅かと言っても昴にとって僅かだが。
「あ、あぁー……」
「まぁ、そう言うことだ」
昴は飛寧の頭と体に触れた。そのまま昴の体に溶けるように一体化した。
昴の体は特に変化は無い。昴の力が全て溢れれば体も変化するのだろう。
昴は自分の肌に撫でるように和紙を押し付け、その和紙に息を吹きかけた。
「とりあえず三人目の式神が完成したわけだが」
「……何故か女の子ばっかりだけどね」
光がそう呟いた。
「……いや、私は別に良いんだよ。別に昴君が何人女の子を作ろうが」
光の笑顔が怖い。こちらから見ても怖い。その恐怖を向けられている昴はもっと大きな恐怖を感じているのだろう。
「盛大な勘違いが起こっています光さん……」
「何が? 式神を作っているのは勘違いじゃ無いでしょ?」
「……はい。……その通りです」
「そうでしょ? ……別に昴君がどの子と関わっても良いけどさ、私だけを見てね」
「それはもちろん。むしろ光意外眼中に無い」
「……そう?」
光は昴の頬に触れた。
「……ずっとそうだったら良いね」
「ずっとそうです。ずっと光しか見てません。それはもうずっと」
「……焦ってる。鼓動が速くなって、汗をかいてる。……可愛い。可愛いよ昴君。私だけが、私だけが昴君を幸せに出来る。私だけがこの顔を見て良いの。……ああ……可愛い。別に怒ってるわけじゃ無いんだよ?」
「いや……怒って――」
「怒ってないよ」
「……光さん……怖いです……」
「何が? 何が怖いの? 教えてほしいな昴君。とぉーっても興味があるな」
光が怖い。もう怖い。ここだけ気温が5℃くらい下がっている気がする。それくらいここの雰囲気が凍り付いている。
おっと、忘れていた。狛犬は大丈夫だろうか。決して光が怖いから目を逸らそうとしている訳では無い。決して。人を心配するのは当たり前の感情だ。
すると、狛犬は何時の間にか立ち上がっており昴を見ていた。それは羨望であり憧れであり好奇心である目だった。期待も多分に含まれているかも知れない。
「昴さん……」
「何だ、今光のことで手一杯なんだが」
「……スゴイッス! だって本物に会えたこともそうッスけど! だってさっきの絶対そう言うオカルト的なやつッスよね!!」
目の前に起こった非日常的な体験に怯えるでは無く、その人に好奇心を剥き出しにするのは私と通じる物がある。心臓に毛が生えているならこれからの活動にも支障は無いだろう。
「どうやったんすか! 教えて下さいッス!!」
「少し待ってくれ! 今は光のことで手一杯なんだよ!!」
「師匠って呼んで良いッスか!」
「自由に呼べ!」
何やかんやありながら、私達はそのままコンビニの前にまで行った。
昴の腕に怖ろしい笑顔を浮かべたままの光が引っ付いている。下手な怪異より怖ろしい顔だ。
そんな昴に狛犬は興奮した顔で捲し立てていた。
「師匠! 教えて下さいッス!! あれどうやったんすか!!」
「……少し待て」
昴は人の形を模した和紙を取り出した。それは人、と言うには頭身が高い。
その和紙が消えたかと思うと、そこから魅白が現れた。魅白は興味深そうに狛犬をしゃがみながら見つめていた。
「これが見えるか?」
「何の話ッスか?」
「よし、お前には力が無い。諦めろ」
「そんな!?」
その無慈悲な昴の言葉に、狛犬は残念そうな、しかしまだ諦めきれないと昴に伝える目を向けていた。
だが、昴はその目に諦めるようにと言葉を続けた。
「まず俺がこの力を使えるのも色々やったからだ。それこそ儀式みたいな」
「じゃあそれを俺にもしてくださいッス!」
「駄目だ」
昴は少しだけ強い口調でそう言った。
「……あれだけは駄目だ。……お前が人でいたいなら、あんなことはしない方が良い」
「……分かったッス。……じゃあ、せめて俺はまた調査に勝手に着いて行くッス」
「そうしておけ。それでも満足出来る体験が出来るはずだ」
そして、狛犬とはそこで別れた。
私の自動車に四人が乗って、そのまま光と昴を送った。
私は助手席に座っているミューレンに話しかけた。
「ミューレン。まだ付き合ってもらうわよ」
「私もう帰る頭だったわよ」
「今日は帰さないわよ!」
「明日に帰るわ」
「0時までいてくれるなら充分よ」
ミューレンはため息をつきながらも、私に付き合ってくれた。
「それで、何であの二人をもう帰したのよ」
「昴は光がいると危険な場所にはわざわざ行かないわ。だから先に帰したのよ」
「ちょっと待って、危険な場所に行くの?」
「そうよ? それにミューレンなら丁度良いぼでぃーがーどになるしね」
「貴方も充分だけどね」
「さて、話に戻るわよ。実はあの時密かに狐の目を使ったのよ」
「何時の間に……」
「そして見えたのよ。白い靄が!」
「何かあったの?」
「何かあったと言うよりは、何かがあると言うのかしら」
「つまり?」
「あの空間その物ってこと」
私は白い靄が見え始めた場所にまで車を走らせた。時刻はもう11時に近い。
私は車を止めながら、狐の目でその白い靄が見える範囲を特定した。
私は使い古したタブレットの液晶をタッチペンでなぞっていた。それは狛江市の地図に見えた場所を点で書いている。
「……丸ね」
点は丸を表している。狛江駅を中心に半径2km程だろうか。だとするともちろん怪しいのは狛江駅。
私達はそのまま狛江駅にまで車を走らせた。
駅構内はそれこそ職員しか人がおらず、静寂しか無かった。静寂だけが漂う人工物に囲まれた私達は足を止めることは無かった。
私は狐の目を使った。覗き込んだ視界は血のように赤い靄が広がっていた。
「赤い」
「初めて見る?」
「そうね。まぁあんまり使ってないからでもあるけど……」
「……心霊写真で赤い物は危ないって良く聞くわよね」
「でもミューレンは頭痛く無いでしょ?」
「ええ。これっぽっちも」
「じゃあ安心よ」
私達はその赤い靄が濃く漂っている方へ進んで行った。
ホーム辺り。線路に落ちるか落ちないかのバランスで置かれている大きめの袋があった。そこから赤い靄が止めどなく吹き出していた。縮み始めた風船のようにも思った。
蝉が集るあの袋は、異様な雰囲気を放っている。
何故かあの袋を見るだけで体が震える。それは本能的な物かも知れない。それとも、私の頭で想像出来た物が入っていたらと思っているからかも知れない。だが、明らかにあれはこの世にあってはならない物だ。それだけは遠目に見ていても理解出来る。
蝉の鳴き声が煩く大きく鳴っていく。静寂のせいだろうか。
そして、私の好奇心は猫を越える。その袋の口を縛っている固結びを解き、中を覗いた。
この袋の中にはほとんどが防腐剤で満たされていた。その防腐剤を掻き分けながら更に奥の物を見た。
少しだけ、後悔した。それ以上に好奇心が満たされ、更に溢れ出した。
それは――解体された人の一部だ。形から見ると恐らく額辺り。頭頂部まであり側頭部の部分まであるそれは、しわの多い脳まで袋に詰められていた。
明らかに脳も足りない。恐らく額から側頭部、頭頂部までの部分にある脳が詰められているのだろう。前頭葉と頭頂葉と側頭葉の一部辺りだ。
ふと、思い出したことがある。東京で発見される行方不明者の一部。
これは、その一つだ。証拠が足りないがそれを確信した。
「……ミューレン、警察に通報」
「何が入ってるの?」
「――頭の一部」
「……OK黒恵――」
――こんな時間に長時間警察にお世話になってしまった。眠気があるがまだ大丈夫だ。三日三晩起き続けた時もあるからまだ大丈夫だ。
色々聞かれたが、やはり警察も色々疲れているようだ。当たり前だ。こんな謎がありすぎる事件だとそうもなる。
ミューレンと警察署で休んでいた。外はもう日が昇り始めていた。
すると、私達に話しかける女性がいた。その女性は私よりも背が高く、何処かで見たことがある。
ミューレンは親しそうに話しかけた。
「貴方がこんなところに来るなんて何かあったの?」
「貴方達に会いに来たんですよ。ミューレン。そして……あぁ、そうでした。黒恵さん」
個人情報が漏れている。恐らく昴経由だろう。そして思い出した。あのマネキンの体をした少女とあの人外の女性に追いかけられた時に出会ったホッケーマスクの女性だ。
「……初めまして黒恵さん。私は十二月晦日深華。ミューレンとは小学時代の仲なのでそう言う関係では無いので安心して下さい」
「別にそこは心配して無いわよ」
深華さんは少しだけ驚いた顔をしたが、また無表情の仏頂面に戻った。
「まず私のことはもう分かっているでしょう。今回IOSPが動いた理由は少々あの遺体は不自然な部分があるからです」
「教えて大丈夫? それ」
「どうせ今更です。誰にも言わないのならですが」
「じゃあもう少し詳しく不自然な部分を教えて下さい」
「どうせ後で発表される情報です。良いでしょう。見付かった物は、骨もまとめて切断され分けられていました。切断するための道具は何でも良いですが、見付かった体の一部は全て切断された痕がありませんでした。レーザーなら焼き痕、鋸ならその痕。その全てがありません。まるで最初からそう言う物体だったかのように」
少し、頭を回した。
まずあれは脳もあった。それを千切った痕も無かった? 恐らくまだ鑑定中だが、そうだとしたら深華さんの言う通り不自然だ。……そして何よりあの赤い靄。明らかにヤバイ物だ。
「今の所発見者が狙われるなんて怖い事件は起こってないですから安心して下さい。それでは私はこれで」
そのまま警察署の外へ行ってしまった。
「……さて、ミューレン」
「何を言いたいのかは分かってるわよ」
「「調査を始めましょう」」
「眠気は?」
「もう覚めた」
私達は警察署を出た。
コンビニで買った朝食代わりのサンドイッチを車内で食べていた。
ミューレンは卵サンドを食べていた。
「一口ちょーだい」
「良いわよ」
ミューレンは持っていた卵サンドを私の口元に寄せた。ミューレンの食べかけだが、特に気にすることではない。
私が一口食べると、ミューレンは声を出した。
「それで、今から何処に行くのよ」
「もう二つの発見場所に行くわよ。あ、あと今回の頭の一部の身元が分かったら教えて」
「分かったわ」
そのまま練馬区まで車を走らせた。
発見場所は練馬区立いずみの里公園。そのベンチの上に置かれていた袋の中に首が入っていたらしい。
夏休みだから子供が多いのは分かるが、こんな時間にいるとは驚きだ。あんな騒ぎがあったはずなのに。
あるベンチの周りに黄色い立ち入り禁止のテープが周りを囲むように貼ってある。まだ調査をしているのだろうか。そのベンチには蝉が集っている。誰かが悪戯で蜜でも塗ったのだろうか。それとも蝉と言えど血の匂いに釣られるのだろうか。
私は狐の目を使った。
覗けば同じように赤い靄が見えた。その靄が辺りに漂っていた。
その力はこのベンチにこびり付いているようだ。野生動物がするマーキングのような物だと思った。
ベンチの周りを見渡すと、その靄がこの公園に広がっている。
私達はその公園を中心に回ってみた。
タブレットに写した地図で白い靄が見えた場所を囲ったが、やはり半径2km。そして発見場所の建物や場所だと赤い靄が発生すると仮定した。
赤い靄が発生する原因は"境"だろう。中と外を分ける境。今回の場合は公園内。つまり境の中に力をこびり付かせる。それをする意味はまだ分からないが。
そして、私達はまた車に乗り町田市に向かった。
「どう? 情報が出た?」
「石川県七尾市の62才の男性。坂本英城さん」
「さっすが警察さん。早いわね」
「やっぱりバラバラね」
「あんまり関係は無いのかもね。だとすると重要なのは置く場所」
今の所そうとしか思えない。だが共通点はあくまで東京都にだけ置かれていると言うことだけ。
練馬区、町田市、そして狛江市。まだ分からない。こんなことを言ってしまったら不謹慎だが、もう少し被害者が出れば分かるかも知れない。
その思考に、何ともタイミング良くミューレンが声を出した。
「――あ、新しく発見されたわよ」
「本当? 何処で見付かったの?」
「八王子で膝の下から足首までの部分が発見されたわ」
「八王子市……やっぱり東京に置くことに意味がありそうね」
「だとすると一体何が目的なの?」
「さあ?」
そればかりは現状分かるはずも無い。まだ足りない。証拠が足りない。
料理に例えるのなら証拠は材料だ。そして作り上げるのは料理。証拠をどぼどぼと入れただけでは良い物は作れない。と言うかまず材料が足らない。その食材から導き出されるひらめきと言う調味料も足りない。つまりほとんど足りない。
どれだけ長時間煮込もうが、何もかも足りないのだ。何も作れない。作れるのはあくまでも最低に不味い突拍子も無い仮定と言う駄作だけ。
……料理に例えるとお腹が空く。次から料理で例えるのは辞めよう。
「それじゃあ町田市の後に八王子市ね」
「東京を一周する気?」
「そう言う心意気で行くわよ!」
ミューレンはまたため息をついた。
そのまま町田市まで車を走らせた。
発見場所は小山中学校の理科室。ビーカーを入れている棚の中に袋があり、その中に足が入っていたらしい。
「それで? どうやって中の調査をするのよ」
「え? それはもちろん侵入でしょ?」
「『当たり前でしょ?』って顔をしないで!! 確かに貴方は何時も通りだけど……」
「しかも今は夏休み中! 先生数人しか見張りはいないわ!! 侵入するなら今よ!!」
ミューレンはこの夏一番と言えるくらい大きなため息をついた。
そして、小山中学校まで車を走らせた。中学生が数人程校庭で遊んでいるが、大丈夫だ。こちらに気付いてはいない。
私は狐の目を使った。
校庭も赤い靄がある。それよりも濃い靄が学校から出ている。恐らく敷地は全て赤い靄で満たされているのだろう。
白い壁に囲まれた校内を静かに歩き、理科室を目指した。
何処にあるかは知らない。だから隈なく探す必要があるがそればかりは仕方無い。
「……ねぇ黒恵。ここ理科室が二つあるわ」
「……本当?」
「ええ。本当」
「……ヤバイわね……」
まず第一理科室の前に訪れた。
私はそのまま扉を開いた。
白衣を着た先生が何かしらの作業をしていた。その人と目が合った。
「……お邪魔しましたー……」
「……どうもー……」
そのまま私は静かに扉を閉めた。
ミューレンと一緒に深く息を吸って、吐いた。そのまま勢い良く足を動かし走り出した。
後ろから急いで扉を開ける音と誰かの叫び声が聞こえた。
「ちょっ!! 誰ですか貴方達! 止まりなさい!!」
そんな声が聞こえたが気のせいだ。階段とエレベーターを駆使し、華麗な逃亡を可能にした。
ミューレンは息を切らしていたが、私達は第二理科室までやって来た。
立ち入り禁止と張り紙が扉に貼ってあるが、私には関係無い。そのまま開いた。
ここには誰もいないらしい。中に入り狐の目を使った。
やはり赤い靄が一番濃い。そして、何よりここは先程より怖い。
怖いと言う抽象的な物である感情だが、背筋が冷たくなり体の先端が震えるのは恐怖と言えるだろう。そして一瞬だけ私の視界に写った物。それは蝉だった。
蝉の鳴き声が煩く大きく鳴っていく。見れば窓に蝉が集っている。道理で煩いわけだ。
「……黒恵、ここは危ないわ」
「やっぱり?」
私はまた狐の目を使おうとしたが、廊下を走る複数の足音が聞こえた。
私は帽子をミューレンに渡した。
「ミューレン、私の帽子持ってて」
そして蝉が集る窓を開け、私の赤い軽自動車を遠目に捉えた。そのままミューレンと共に窓から飛び出した。
まだまだ経験が浅い浮遊感。私はその場で手を動かしていた。
親指と人差指で長方形を作った。それを縦にさせ、下に向けた。そして右手と左手を離した。
「"扉"」
すると、私達の下の景色はすぐ近くに地面があった。その外側から見える地面の高さと合っていない。
そして、私達は地面に着地した。そのすぐ横には私の赤い軽自動車がある。
これが使えるようになった力の一つ、"扉"。その名の通り扉程の大きさの境を操る。もちろん經津櫻境尊のように瞬間移動に使える。今回は車の前の空間との境を操り瞬間移動したのだ。
「警察を呼ばれる前に逃げるわよ!」
そのまま急いで車に乗り込んだ。
「いやー危なかったわね。まさか先生に見付かるとは」
「大体予想出来る事態だったわ!」
「運だけは良いからここでも見付からないと思ってたんだけどね。いやー失敗失敗」
「……それで、分かったことは?」
「……ぜーんぜん。今から八王子まで行こうかなって思ってるくらい」
「何か共通点は?」
「そうね……あ、一つあったかも」
私はトランクに入れてあったある物を取り出した。
それは双眼鏡だ。しかも相当良い物。こんな遠くからでもある程度校舎が見える。
少し車を走らせ、第二理科室が外から見える場所に停めた。
その車の窓から双眼鏡で覗いた。
「……蝉ね」
蝉がいるのだ。夏なら当たり前だが、窓に張り付くのはおかしな話だ。
「狛江駅の袋にも蝉が集ってたわ。そしてベンチにも、理科室の窓にも。偶然の一致じゃ無いわよ。多分」
「最後の一言のせいで不安になるじゃない。けど、そうね。今の所は蝉が集ってるわね」
「ミューレンだって最後のせいで分からなくなるじゃない。蝉には何の意味があると思う?」
「貴方に分からないなら私にだって分からないわよ」
「じゃあ宗教的な意味で」
「そうね……含蟬として昔の中国だと死体に蟬を口に入れられたりしてたわね。蝉は土から這い上がって空を飛ぶから再生の象徴だとか」
再生……。……だが、死体は別に口があるわけじゃない。だが、赤い靄が見える以上あれがオカルトチックな超常現象に関係する物であることは確かだ。何かしらの関係性は……。
ふと、私はあることを思った。そしてそれは、偶然にもこの事件の目的に繋がる物だった。
「……ねえミューレン。八王子で見付かったのは、右脚? それとも左脚?」
「えっと……右脚ね」
「……膝の上から股関節太ももは、八王子市か日野市か昭島市で見付かるわ」
すると、ミューレンが持っていた私のタブレットに着信が入った。
ミューレンは驚いた顔でこちらを見ていた。
「……膝の上から太ももの部分が日野市で見付かったわ……!!」
「それは右脚? 左脚?」
「えっと……右脚ね」
「八王子市と町田市のどちらかには踵から指までの右足かしら。ある程度読めてきたわ」
私の考えが正しければ、これがもし偶然では無いのなら。目的はまだ分からない。何が起こるかは分からない。ただ、一つだけ、分かることがある。
――これは、ナニカを産み出そうとしている儀式だ――。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
ホラーと言うより推理みたいになり始めた今日此の頃。しかも最後にはちょっとした戦闘を予定。ホラーの定義が分からなくなりました。怖ければホラーだ! こんな作品でも怖がってくれる人がいれば良いんですが……。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




