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三つ目の記録 温泉旅行は二の次に ⑤

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 私は、夢を見ていた。正確には夢で再生される過去の記憶と言うべきだろうか。体は動かせないが、この視界は見覚えがある。


 夢と認識出来る過去だが、目を瞑ることも出来ない。……どうしようも出来ない。


 私は歩いていた。真っ直ぐで無機質な白い壁に囲まれた廊下を歩いていた。


 廊下の天井には死界が決して出来ないように配置された監視カメラがあり、偶に重装備の警備員とすれ違う。


 衝撃吸収の装甲と、ハンドガンタイプの新型銃。高性能の無線機を耳に付けており、逐一異常が無いか確認の報告を義務付けられている。


 この厳重体勢の理由は何か。それはこの先に答えがある。この先に、答えの彼がいる。


 やがて、一つの扉の前に私は立った。


 扉は銀行の金庫の扉のように、とても大きく、分厚く、頑丈に作られており、その前にはライフルタイプの新型銃を装備している人が数人いる。


 私を確認すると、その人達は背を向け、反対を歩いた。見えなくなったのを確認すると、私はその扉に付いている液晶に右手で触れた。


『――顔認証を開始して下さい』


 機械音声が流れた。私は手を離し、その液晶に顔を近付けた。


『……パスワード認証を開始して下さい』


 液晶に数字と記号とアルファベットの羅列が表示された。私は、事前に教えられたパスワードを押した。


『……もう一度パスワード認証を開始して下さい』


 私はその液晶に左手で触れた。


『……認証完了。IDと許可証を提示して下さい』


 私は首にかけていたケースに入ったカードを液晶に押し付けた。


『……安全兵器起動開始。所要時間は一時間です』

「もう少し長くして。ただでさえ彼はこんな所に閉じ込められてるから」

『……申請中……』


 私は少しだけその場で待っていた。


『……申請完了。所要時間は二時間です』


 今でも思うが、少し不満だ。この時の私はもっと不満に思っただろう。彼はただの人間だ。本来こんなことをしてはならない。だが、仕方無いのだ。私だって納得していないが、誰もが恐れこのような対応になってしまっている。


 扉は音を立てながら仰々しく開いた。私はその先に進んだ。


 金属製の扉が顔を出した。取手なんて物は最初から無く、三つのカード読み取り機が付いている。


 私はポケットに入れていた四枚のカードを取り出した。


 一枚、二枚、三枚と別々のカード読み取り機で認証した。


 最後の一枚は金属の扉に押し付けた。


 「ピン」と言う軽やかな音と共に金属の扉が横にスライドした。


 ようやく私は彼と出会った。彼は、無表情でそこに座っていた。


 白い壁に囲まれた無機質な部屋。狭いわけでは無いが、こんな所に住みたく無い。それでも彼はここに収容されている。それはもう人として扱われていない。


 天井は床から10mも離れており、その天井に近い壁には鏡がある。あれはマジックミラーだ。彼処から人が見ている。悪趣味だ。


 湯船もシャワーもトイレもキッチンも、全て壁に囲われているわけでは無い。その全ての行動を監視されている。


 受刑者でもやり過ぎだが、この施設は彼の精神が回復するまでの隔離施設として作られたのだ。明らかにやり過ぎだ。


「……久し振り、()()


 彼は、ゆっくりとこちらに振り向いた。


 彼は無表情だ。いや、正確には感情を出せない。私と出会えて嬉しいことは分かるが、それを表情筋で表現出来ていない。それは感情を隠しているわけでは無く、あまりのストレスのせいで本当に出せないのだ。


「……光、今日も来てくれたんだね。……こんな化け物と出会うより、もう少し有意義な時間を過ごして。……その方が君にとっても良いはずだ」


「そう? 私にとっては昴君と喋るのは楽しいよ?」


 昴君は今とは考えられない程畏まった口調に感じる。そうだった。昔の昴君はこんなんだった。


「まずは何時もの検査と、その後雑談しよっか」

「……もう一ヶ月外に出てないから、話は合わないよ」

「それでも良いよ」


 私は昴君の前に座った。


 ポケットから小さな帯状の色紙がまとめられているものを取り出した。パラパラと捲り、不適当に決めたものを昴君に見せた。


「これは?」


 昴君に見せたのは猩々緋色の色紙。昴君は少し考えながら口を開いた。


「……明るい白」

「……これは?」


 昴君に見せたのは勝色の色紙。昴君は少し考えながら口を開いた。


「……黒」


 彼はまだ治っていない。色と言う物を全て白か黒にしか見えず、明暗しか分かっていない。それに顔の識別も出来ていないようだ。全てが同じような顔に見え、あくまで私と認識出来るのは仕草、もしくは視覚以外からの情報。


 私はこの記憶を見るだけで泣きそうになっていた。恐らくこの時の私も泣きそうな顔になっているのだろう。


 私はこんなことしか出来ない。それがとても悔しくて、こんな人生を歩んだ昴君を哀れんだ。


「……次は味覚調査だけど、もしかしたら濃い味なら少しは感じるかもしれないし、一緒に作ろ? 材料は貰って来てるよ!」

「……分かった」


 私達はキッチンの前に立った。幸い調理道具だけは一丁前に準備されている。これが出来るならもう少しまともな居住にしてほしい。


 少し時間をかけ、甘い焼きプリンを作ってみた。少し時間がかかりすぎたが、時間になったら駄々をこねて時間を伸ばして貰おうと思ってたはず。


 私は一口食べてみたが、確かこれは甘く作りすぎたはずだ。甘すぎて吐き気を催す程の物だったはずだ。二口目が本当にきつかった……。


 昴君は一口入れた。


「す、昴君……これはちょっと――」

「……甘い」


 昴君はポツリとそう呟いた。


 表情筋は未だに動かない。だが、驚いていることは分かる。


 やがて、昴君の目頭から涙が一粒落ちた。それをきっかけに、また一粒、また一粒と落ちた。


 それはもう止まること無く、無表情の顔でずっと涙を流していた。


 私は我慢出来なかったのだろう。そのまま抱きしめていた。


「……うん……うん……良かったね。……良かった……」


 彼は私の胸の中で小さく震えていた。


 ……夢で流れている過去の記憶――。


 ――早苗は眠たそうに起き上がった。朝日が差し込み、目を萎ませた。


「……何か疲れとるな……」


 ……絶対友歌はんのせいや……。あ、不味い不味い。また故郷の方言が出てる。そう言えば何時も出てるな。治さへんと。あ、またやってしもた。


「……朝食……」


 僕は着崩れた服を直し、そのまま食事処に行こうと廊下に出た。


 目の前に友歌さんがいた。


「おは、早苗」

「……何で居るんや……!」

「何だよ、朝イチで俺に出会えて幸運だろ」

「一人旅行で同僚と出会うのは嫌や……」

「わざわざ別の旅館なのに朝イチで来た俺を褒めろ」

「ワースゴーイ。ソンケイスルー」

「……蹴るぞ」

「やめて下さいお願いします」


 朝食を摂り終えて外に出たが、何故か外まで友歌さんが着いて来る。


「何で着いて来るんや」

「煩い蹴るぞ」

「やめて下さいお願いします……死んでしまいます……」


 僕がどれだけ離れようとしても、友歌さんは涼しい顔で追いかけて来る。


「俺の先祖がここの地主らしかったんだよ。平家の方についたから色々あって権力は無くなったが」

「何や突然」

「ただの雑談だよ。お前が何も話そうとしないからよ。それでよ、どうやら俺の先祖の一族にはどうやら鬼が出たらしくてな。でもそれらしい文献とかは何も無いくせに、俺の爺ちゃんはずっと同じことを言ってるんだよ」

「あの脚力は鬼だったからやな」

「蹴るぞ」

「……やめて下さい」

「お前も何か無いのかよ家の古い話」


 そうは言っても……あ、一つあったな。


「どうやら渡辺綱の遠い子孫らしい」

「まさかの鬼の腕を切り落とした奴。どんな巡り合わせだよ」

「と言ってももうほとんど関係あらへんけど。別に本家でも無いし」

「そうか、お前京都出身か。三田綱町じゃ無かったな。じゃあ豆まきとかはやらないのか」

「いや? それを知ったのは最近だから今でもやってる」

「何だよつまんね」

「仕方無いやろ。家系図を追って最近分かったことなんやし――」


 ――昴は六時きっかりに目が覚めた。光と違い覚醒が速く、起きれば一瞬で普段通りの動きが出来る。


 昴の胸には光が抱きついて眠っていた。それが昴の心を今日も癒やしていた。


 側には光が魔改造を施したパソコンと黒恵が持っていたビデオカメラが置かれていた。


 夜に映像の解析をして、終わらせた後に自分の胸に抱きついたと昴は理解出来た。


 光は何故か震えている。そのことに気付くと、昴は一抹の不安に襲われた。だが、少しだけ唸ると、光は静かに瞼を開けた。


「……んにゃーく……」

「んにゃーく? 何だんにゃーくって」

「……んにゃーくは……んにゃーく……」

「つまりんにゃーくって何だ? 教えてくれないか?」

「……んにゃーく」

「……駄目だこれ」


 昴は光を抱えながら自分の祖母の方に向かった。そこにしかコーヒーが無いからだ。


「婆、コーヒーある?」

「何じゃ昴の坊。そのように抱えて」

「光はコーヒー飲まないと覚醒しないんだよ」

「そうなのか。厄介な体質じゃな」

「ブラックをくれると助かる」

「そこで待っとれ」


 昴は側にある椅子に座り、眠たそうに昴に抱きついている光と会話していた。


「……すーばーるーくーんー……」

「なーにー」

「……なんでもない」

「何でも無いのかよ」

「……うへへへへ」

「へっへっへ」

「……んにゃーく」

「また良く分からないものを……」

「……いわーく……」

「んにゃーくってイワークなのか……」

「……ちがう……いわーくは……らーのこうげきを……くらったときのあれ……」

「じゃあ何だよんにゃーくって」

「……んとにゃと……く」

「それは分かってるんだよ」

「じゃあ……んにゃーく」


 すると、昴の目の前に大きな影が現れた。昴は上を見上げると、八尺様の顔がこちらを覗いていた。


「ぽぽ」

「おはよう」

「ぽっぽぽ」

「……どうした?」

「ぽぽぽ」


 八尺様は光の手を触っていた。長い髪から覗かせる子供のような笑顔に、昴は敵意が無いことを知ることが出来た。


「ぽぽ。ぽぽぽぽ。ぽっぽ」

「……可愛いだろ」


 八尺様は頷いていた。会話は出来ないが、ある程度のコミュニケーションは出来る。昴はそれを苦だとはもう思わなかった。


「ぽぽ」

「そう言えば少し八尺様のことを調べてみたんだ。少し特徴が違うな。それとも違う存在なのか?」


 八尺様は首を傾げていた。自分でも分からないことと、昴は理解した。


 すると、透緒子がブラックコーヒーで満たしたカップを持って来た。


「これで良いか昴の坊」

「ありがとう婆」

「……それより、この妖は何なんじゃ。害は無さそうじゃが」

「八尺様って言う妖怪だとは思うんだが……特徴とは違うんだよ」

「それは文献に書かれた特徴か?」

「いや、復元されたネットに転がってた話が元だ」

「……なら信憑性は高いか」

「そう言えば何であの山にいたんだ?」

「……あれじゃ。お主は狐を見たじゃろう?」

「あぁ、婆が乗ってたあれ」

「そうじゃ。あれは管狐と言ってな。ちょっと頑張れば使える便利な獣じゃ。儂はそれが使えるから弓絃齋と共にあの山に行ったのじゃ」

「成程」


 昴はカップを光に近付けた。光は露骨にカップから顔を遠ざけていた。


「やだ……」

「飲んでくれ」

「やだ。にがい」

「……俺に抱きついて良いのはこれを飲んだ人だけです」

「……わかった」


 光はカップを持ち、ブラックコーヒーを口に流した。あまりの苦さに顔をしかめながら舌を出していた。苦味は陽炎のように揺らめきながら、不快感を残していた。


「苦い! あー苦いー!」

「おはよう光」

「おはよう昴君――」


「――……え。くろ……。黒恵、そろそろ起きて」


 眠気が残る意識に、そんな声が聞こえた。私の友人の声だ。


 ……何で私の家に……?


 私は目を擦りながら起き上がった。視界に入ったのは、何時もと違う天井。そしてミューレンが私の顔を覗いている。綺麗な金色の目だ。


 私は一瞬理解が出来なかった。ここは何処なのか、そしてミューレンが何故ここにいるのか。


 私は眠気が薄れると共に、少しずつその違和感の正体を知っていった。


 そうだ。旅行に来たんだった。すっかり忘れでた。おっと、方言が。


「もう朝よ? 早く起きて」

「起きてるわよ」

「良く眠れた?」

「ばっちり快眠。目が治ってるわね」

「ええ。不思議ね」


 私達は下に降り、朝食の為に食事処に行った。


 もう昴と光が座っている。


「あ、おはよう黒恵、ミューレン」


 光は私達に気付くとそう言った。「おはよう」と私達が返して、私達は座った。


 目の前に白ごはんや、様々な茸が見える味噌汁。それに温泉卵や焼き鮭がメインに目立つように置かれており、様々な漬物が小鉢に入れられ彩らていた。それに薬膳粥まである。


 旅館特有の多すぎる食事を前に少しだけ萎縮した。


 だが、私は今、凄くお腹が空いている。全て食べてみせよう。


 まず焼き鮭を箸で一口分に切り分け、口に運んだ。


 まだ暖かい。焼いてすぐに出したのだろう。早起きして良かった。


 粗塩の塩っぱさがあまり目立たず、鮭そのものの味が舌に伝わる。


 焼き目が良く付いている皮はぱりぱりとしており、ここにも旨味が詰まっている。


 本当にここの料理は美味しい。ここに住みたいと思う程だ。


 そして、白米を口に掻き込んだ。


 炊きたての風を感じる。上品な匂いだ。


 噛むと甘さと旨さが共にやって来る。噛めば噛むほど甘みがやって来る。しかもこんなに中まで火が通っているのにベタつかない。


 もうこの旅館は色々凄い。一言で表せられる程簡単な物では無い。それくらいは良い所だ。


 次は、温泉卵だ。恐らくここの温泉で作った物だろう。


 口に入れると、温泉の天然の塩分が染み込んでいるからか、ほんのり塩っぱく感じる。黄身もコクが良く引き出ている。


 思い出せば温泉卵を食べたのは初めてかも知れない。こんなに風味が良いとは思わなかった。


 次は白米ではなく薬膳粥を食べてみよう。


 あっさりした味だ。口当たりがとろりとしている。


 それに、その中に貝柱がある。これも近くの海で取れたものなのだろうか。……何の貝柱かは分からないが、まぁ美味しければ何でも良い。


 今度は味噌汁を流し込んだ。


 一気に茸がごろごろと流れ込んできた。恐らく松茸だ。噛みごたえで分かる。


 それに味噌の旨味とも良い相性だ。本当にここは……。最っ高……。


 何せ量が多かったから、食べ終わるのに時間はかかったが腹八分目に収まった。


 私は休憩所で光と共に将棋を打っていた。ミューレンが私と光の対局に固唾を呑んで見守っている。


「……自由に見て回ったらどうだ?」


 昴がそう言った。その昴は何処か落ち着きが無い。


「貴方の妹さんを見てみたいのよ。それくらい良いでしょ?」

「……それくらいなら別に良いが……」


 すると、私の前で全くと言って良い程思考を動かしている動作を見せなかった光が角行を動かした。


 パチン、ととても良い音が聞こえた。


「王手」

「あっ――!? あー……。……あー……あーあーあーあー」

「……もう詰みだよ? だって歩を動かしてと金にして――」

「それは私の銀で取れ――あっ!?」


 私は気付いてしまった。そして忘れていた。どれだけ先を読んでも、五手以内に確実に負けること。そして、光が天才だと言うことに。


「そうそう、そうするしか無いし、そうすれば桂馬で取れるし、逃げても角で取れるし。確かに金を動かしたら時間稼ぎは出来るけど、二手で本当に取れるよ?」

「……参りました……」


 私は将棋盤に頭を当てながら頭を下げた。


「でも黒恵も凄いね。これが初めてなんでしょ? さっきルール教えたばっかりなのに凄いね」


 私は突然褒められ、止める間もなく笑顔が溢れてしまった。


 すると、昴の顔色が少しだけ変わった。そんな昴に光が話しかけた。


「来た?」

「……禱が来た」

「え? 何で禱さんが?」

「違う。何時もより足音が重い」

「あぁ……成程」


 すると、何処からか豪快な声で昴の名前を呼ぶ人がこちらに走りながら近付い来る音が聞こえて来る。


 そして、いきなり廊下から男性が昴に向けて飛び蹴りをした。昴はその蹴りを手で押さえた。


 その蹴りをした背にいた女性が男性の肩を使い、高く跳躍した。そのまま足を突き出し、昴にドロップキックに近い物を入れようとした。


 昴はそれを華麗に避けた。


 男性は昴の言った通り禱さんだ。女性は知らない。


 恐らく高校生程の年齢だ。かなりの美形だ。


 髪をサイドで纏め、髪を分けて出来た空間に髪を通し毛束を引き出すと言う、私だと絶対にやらない手間をかけている髪型だ。しかも茶髪に染めている。ギャルだ。陽のエネルギーを発するギャルだ。


「久し振り! おにぃ!」

「……久し振り……」


 どうやら昴の妹のようだ。似てはいないが、とても無邪気のような雰囲気を感じる。何だか、あの月下美人のように艷やかな女性に追われた日の昴と同じような雰囲気だ。


 昴は何処か乗り気では無いようだ。やはり気になる。どーしても気になる。


「とりあえず交通費は禱さんに負担して貰った!」

「あんまり頼むなよ」

「丁度休みだったらしいから誘った!」


 昴は禱を睨んだ。


「んだよ昴。別に悪いことはしてねぇだろ?」

「何だ、今IOSPは同時休暇でも貰ってるのか」

「ああ。急にファレルの……ファレルさんが日本支部の連中に休みを取ることを勧め始めてな」


 すると、昴の妹、夏日はこちらに目を動かした。


「あ、光さーん! ひっさしぶりー!」

「久し振り夏日ちゃん。元気そうだね」

「そちらの二人は?」


 私達に話しかけて来た。この醸し出される陽エネルギーに意識を保つだけでも無茶と言うのに。


「白神黒恵よ」

「ミューレン・ルミエール・エルディーよ」


 すると、夏日は私とミューレンの顔をじろじろと興味深そうに見始めた。


「……わぁー……美人……」


 貴方がそれを言うのね。


「成程、友達ですね! 私は五常夏日です!」


 駄目だ。この子少し会話するだけで分かる。良い子のギャルだ。虐めるタイプのギャルじゃなくて、クラスメイト全員に話しかけて全員に対してとんでも無い好感度を稼ぎまくる珍しいギャルだ。


「おにぃ! どっちかおねぇに勧めて良い!?」

「辞めとけ、そいつらはアレだ」

「あーアレ? それは仕方無いね」

「しかし……」


 昴は夏日の顔に触れた。前髪を上げておでこを見たり、耳の後ろを見ていた。


「……綺麗に治ってるな。良かった」

「おにぃも早く傷を治したら? 変にガンコになってたりしないでさ」

「……まぁ、別に良いだろ。温泉に入る時凄い見られるだけで特に困ることは無いし」

「それもそっか。あ、まだおばぁちゃんに挨拶して無かった!」


 すると、音を殺して禱さんの背後に透緒子さんが立っていた。禱さんはようやく気付いたのか、驚きながら後ろを振り向いた。


「うおっ!? ビビった!」

「お主……あぁそうか。昴とはそう言う関係か。昴の祖母の安倍透緒子じゃ」

「あ、どうも。禱真二です」

「禱……あぁ、そうかそうか」


 すると、夏日は透緒子に飛び付いた。


「ひっさしぶりおばぁちゃん!」

「おぉ、久し振りじゃな。昴の坊に言ってやれ。偶には家に帰れと」

「そうだよおにぃ! 偶には家に帰ってよ!」

「そうじゃそうじゃ。もっと言ってやれ」

「かーえーれー! かーえーれー!」


 昴は目を反らしている。


「じゃあ分かったよおにぃ。お盆の時、実家にパパとママが帰って来たら数珠を投げよ?」


 昴は少しだけ明るい顔になった。よほど恨んでいるらしい。


「……お盆か。……へっへっへ……」

「へっへっへ」

「「へっへっへっへっへ」」


 二人共悪い笑顔を浮かべている。やはり似ている。血は繋がっていないが似ている所もあるらしい。


 夏日は昴の手を握り、そのまま歩き始めた。


「さぁさぁ! 久し振りに会えたんだからさ! さぁさぁさぁ!」


 そのまま昴を引きずりながら光と禱さんを連れて何処かへ行ってしまった。


「……何処行くミューレン?」

「……近くの海とか」

「それ良いわね」

「あ、でも入らないわよ。水着を持って来てないわ」

「私もよ」


 私達はスマホで地図を見て、ある程度道を覚えて歩いた。


 私はその時でも昨日のことを考えていた。


 まず、あの猪は写っていない。蛇は写っていたが、何故かぼやけて見えない。あの目玉を頭に入れている化け物も写っている。が、見直すと、何故かピントが合わずきちんと写っていない。校門にいたあの存在も砂嵐のような物できちんと写っていない。この違いだ。


 私と光の仮説なら体の有無。それなら写る説明はつく。


 そして、私達があの化け物たちを見れる理由。光は何かしらの体を持つ存在は力と言うレンズを通して見えると言う仮説を提示した。


 あの猪は山の神らしい。つまり山が体なのだろう。あの蛇は式神らしい。和紙を体と仮定すれば筋は通る。あの蛇みたいな龍も御神体が体と仮定すれば納得は出来る。


 そして、八尺様。昴があの女性に教えて貰った話では、見られたいから見える。だが、他の人が見えていない様子を見るに、力と言うレンズで見えるようになると言う仮定を光が作った。


 ……光の頭脳は流石だ。私なんかよりよっぽど凄い。


 つまり心霊写真は写りたいと言う意志があるのだろうか。だが、霊能力者は偶然写ってしまったと言う時もある。……いや、体がある? 写真にしか写らない体がある?


 ……これ以上は難しい。今は景色を楽しもう。


 進めば進む程海の匂いが風に乗って来る。調査の為に良く海にまで来るが、このベタつく風は夏の匂いだと確信する。


 やがて、海のさざ波の音が聞こえた。私は白い砂浜を見つけ、そこに向かって走った。ミューレンも私の背を追いかけている。


 向こうまで見える地平線。それは僅かに丸みを帯びている。やはり地球は丸い。


 少し遠くには港らしい物も見える。あの港から昨日食べた海鮮を取ったのだろう。少し遠いが来て良かった。


「最近自然に良く身を置くわね」

「そうね。偶には良いじゃ無い」

「……あら?」


 ミューレンが何か違和感を見つけたような声を出した。


 そして、青い海を指差した。


「あれ何かしら」

「どれ?」

「あれよあれ。見えるでしょ?」

「どれ?」


 青い海には何も写っていない。


 ……何かがおかしい。ミューレンの様子がおかしい。形容出来ない何かがこの海にいることだけが理解出来る。


「……頭が痛い……」

「ミューレン?」


 ミューレンは突然頭を抱え、その場で蹲った。


「あれは……海から出る……あれは……あれは――!!」

「ミューレン!? ミューレン! どう言うこと!?」

「山の神を……山の神が崩れ……彼は傀儡に成り下がり哀れな獣に……あれは……!! あぁぁ……!!」


 ミューレンの突然の意味不明な言葉に私は困惑するしか無かった。だが、私の友人が苦しんでいることだけは理解出来る。


「海から這い出た……彼女は……山を忌み嫌い……あぁぁ……!!」

「ミューレン!! ミューレン!! ここから離れるわよ! ここに貴方がいたら駄目!!」

「彼女は……海から地へ這い出て人を――」

「ミューレン!!」


 すると、海が黒く淀んだ。それは呪いのようでもあり、それは命が流れ着く終着点のよう。


 闇は淀み、呪いは空に登り、また地へ雨として降りる。


 すると、海の中に一つの光が溢れた。それは広がり、人々を呪わず、人を愛した。


 やがて、何時もの青い海に戻った。ミューレンの顔色も良くなっている。


「大丈夫?」

「……ええ……大丈夫」


 すると、ミューレンはこの海岸の端を見つめ始めた。


「……何かがいるわ」

「危ない?」

「……いいえ、むしろ助けてくれたわ」


 どんどん人を辞めている私の友人。少し羨ましい。


 少し時間をかけ、海岸の端まで歩いた。ベタつく風は汗を乾かさない。


 だが、何も無い。ただの崖だ。


 だが、ミューレンは足を止めない。岩癖を触りながら何かを探っている。


 やがて、岩の一つを見つめた。


「ここよ」

「何がいるの?」

「……さぁ?」


 岩の後ろに回った。そこには、小さな祠があった。祠の扉は僅かに開いており、中が微かに見える。そこにあるのは頭の無い魚。


「何この祠。オカルトくさいわね」

「……さっきこの人に助けられたのよ。きっと」


 すると、近くの海に何かが飛び込んだような音が聞こえた。小さな魚では無い。もっと大きな、人が飛び込むような音。


 私は岩を登り、海を眺めた。


 何かが遠くで泳いでいる。大きい魚の魚影にも見えるが、その頭が何かおかしく見えた。


 だが、それは簡単に向こうまで泳ぎ、もう影も見えなくなった。


 私は一瞬だけ考え、あの正体を考えた。そして、すぐに分かった。小さな記憶の影を良く思い出し、そして理解出来た。


 あれは――。


 ――夏日ちゃんは昴君を引っ張りながら走っている。本当に会いたかったのだろう。


「どうだ光の嬢ちゃん。あれから誰かに狙われたりしてないか?」

「大丈夫ですよ禱さん。それなら昴君が私の前であんなにぐっすり眠れないですし」

「それなら良かった。成る程、だから日本支部に休暇を」

「それに昴君の首輪も外されましたし」

「あれ嫌だよな。外に出ると常時盗み聞き。どんだけ昴が怖いのか」

「……五年前、日本支部を()()()()()にしてIOSPの戦力として最高の禱さんも嗣音さんも()()にさせたらそれは仕方無いですよ」

「そりゃそうか」


 禱さんは豪快に笑っていた。五年前のことなんてもう何も思っていないのか、もしくは最初からそこまで深く考えていないのか。どちらでも、昴君にとっては五年前で心を病む要素が少し減る。


 少しだけ、五年前のことを思い出した。


 ……これ以上は辛くなる。こんな所で泣いてしまう。昴君も心配そうな目で私を見ている。


 ……今を見よう。辛い過去は記憶に閉じ込めて、何時か薄れるその時まで。


「ほらほらおにぃ! 行くよ行くよ!」

「待ってくれ、少し強引だぞ」

「おにぃは強引なくらいが丁度良いんだよ!」

「まぁ確かに俺の方が力が強いが」

「数十倍くらいね。全く来ないおにぃに変わってここを案内してあげましょう!」

「程々にな」


 夏日ちゃんは嬉しそうだ。


 私は度々治療のため会っているが、昴君は絶対に面会に来なかった。それこそ寝静まった病棟に侵入して、夏日ちゃんの状態を見て、カルテを勝手に見たりしていたらしいが。昴君が不法侵入したくらいじゃもう驚かない。


「こっちこっち! ここに秘密の細道があってね!」

「どんな所何だ?」

「えーとね、蛙がいて、大きい蛇がいる」

「大きい蛇って――」

「大丈夫だよ。何時も優しくしてくれるし」


 私はその会話を耳に入れながら、少しだけ違和感を覚えた。


 まるでコミュニケーションが出来ているような口ぶりだ。だが、それが出来る高龗神を見た私達はあまり疑うことはしなかった。


 夏日ちゃんは人気の少ない細道の壁を指差した。


「……壁だが?」

「そう見えるでしょ? けどね、触ってみて」


 昴君が壁を触った。その手は液体に沈むように壁の奥に入っていく。


「うわっ!? あぁえ!? 壁!? あれぇ!?」


 昴君は驚いている。今思えば、この口調の不安定さも昴君の精神性を表しているのかも知れない。


「凄いでしょ。ここだけ九と四分の三番線みたい。子供の時探検で見つけたんだ」

「良くこんな所を見つけたな……」

「凄いでしょ」

「本当に凄いぞこれ」

「……へへへへ」


 夏日ちゃんはそのまま壁の中に入った。


「……おい禱、先に行け」

「何で俺が行かなきゃいけないんだよ!」

「おら行け! さっさと行け!」


 昴は禱さんを蹴り飛ばした。禱さんは壁の中に入って行った。


「大丈夫かー?」

「……あー……あんまり良い所ではねぇな」

「分かった」


 昴君は私と共にその壁に入った。


 液体のように体に纏わりつく不気味な感覚。昴君の気配が少し遠くに感じる不安感に襲われたが、私の手を誰かが握った。その手は私を導くように。


 やがて、視界が晴れた。


「大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ昴君」


 辺りは暗い。夜と言う程では無いが、雨が降る前の薄暗さに似ている。そして、辺りに漂う湿気と言うべき嫌にベタつく空気。確かにあまり良い所では無い。


「さぁさぁさぁ! 前へ進みましょう!」


 夏日ちゃんが率先して前を歩いた。私達はその夏日ちゃんの後に歩いた。


「……なぁ昴」

「何だ禱。良い年したおっさんが怖いとか言うんじゃ無いだろうな」

「ちげぇよ。突然わけ分からねぇ空間に来て混乱してんだよ」

「……最近はこう言うことを体験する機会が多くなった」

「お前らどう言う日常を過ごしてんだよ」


 進めば進む程、湿気と蛙が前からやって来る。何処からか川の流れる音も聞こえる。少しずつ坂道のようになり、それは山道のように雑草が生い茂る道に変わっていった。


「……山、川、蛙……」

「どうした光」

「……本当に蛇みたい。しかも多分神に近い。だってこの空間に川があるし。川の近くには蛇が祀られることがあるからね。それに蛙がいるし、それを食べる蛇がいそうだなって」

「大きい蛇って間違いじゃ無いのか……」

「高龗神がいたりしてね」

「まさか」


 すると、より多くの蛙が前からやって来た。その内の一匹が夏日ちゃんの前に止まった。


 相当年老いている蛙だ。灰色に薄れた体だが、まだ良く動いている。夏日ちゃんがしゃがみながら、その蛙に語りかけた。


「久し振り、元気だった?」

『おぉ、夏日じゃ無いか。帰ってたのか』


 禱さんはその場で飛び上がった。当たり前だ。蛙が喋るのだから。私も昴君も驚いている。


 あの時と同じだ。高龗神の龍の姿の時に聞こえる声の感覚と似ている。


 だが、威圧感は高龗神より少ない。体が小さいからなのか、それとも神にも力の優劣があるからか。


『……後ろの男達は何じゃ。呪いの匂いがするぞ』


 訝しむ声で昴君と禱さんを見ていた。高龗神より威圧感は少ないが、決して無いわけでは無い。あの小さな体に、人を超えた超常的な力をひしひしと感じる。


「おにぃと禱さんのこと?」

『あぁ、話に聞いた夏日の兄じゃったか。だとするともう一人は――そうか』

「おにぃをあの蛇に会わせたいの。いる?」

『おるぞ。この先にな。我等一族は河に行く。何かあれば河に飛び込め』

「はーい!」


 蛙は私達の横を通り抜け、何処かへ行ってしまった。


「……なぁ夏日」

「あの蛙? ウケるよね」

「その一言で片付けるには難しいぞ!?」

「何度も来てたら仲良くなってね。それにこの先はもっと楽しい場所があるよ!」


 何だか黒恵が喜びそうな体験をしている。


 あの蛙は神様か何かなのだろうか。長生きした動物は人の言葉を話すと言う伝承も多数あるから、あの見た目で何十年と生きている蛙なのかもしれない。


「さて、後もう少しだよ!」


 夏日ちゃんは更に足を速めた。


 禱さんは非日常の体験を立て続けに目の当たりにし、疲れているようだが、何処か楽しそうな顔をしている。この歳でも好奇心は子供のようにあるらしい。


 やがて、山頂らしき場所で足を止めた。


 薄暗い湿気に塗れた一本の枯れた木があった。


 青々しい葉も、みずみずしい果実も付くことが無い琵琶の木だ。だが、幹が太く、百年は育った物だと分かる。


 この湿気が強い空間で、まだ腐らないのは何故だろうか。木はもう死んでいるはずなのに。


「蛇さーん! いるー?」


 夏日ちゃんがその木に向けて声を出した。


 すると、少しの間を置いてその木に何かがとぐろを巻いた。


 昴君と禱さんはその正体を見ると、一瞬で臨戦態勢に切り替えた。


 やはりそれは蛇だった。白い大きな蛇。だが、その胴体は別れ頭は二つあり、一つは地面に置き、もう一つは木の上に置いた。


『……ああ……久し振り。夏日。最近目が霞んできてね。息災らしくて良かった』

「久し振り! 今日は色々連れて来たよ!」

『私が君の通行を許したのは透緒子と桜雅と良吉が頼んだからだよ』

「一人は私のおにぃだよ。おばぁちゃんの孫」

『……そうなのかい』


 地面に置かれた一つの頭は昴君に近付き、匂いを嗅ぐように鼻を動かした。


『……君、五常昴かい?』

「何で知ってるんだ?」

『高龗神から話は聞いている。と、なるとそっちは立花光かい。……君達は通って良い。だけど、君は駄目だ』


 蛇の頭は禱さんの前に動いた。


『君は駄目だ。悪意は無いが、誰彼構わず通すわけにはいかない。本来私はその役割を持っている。だから駄目だ』

「……しっかた無いか。ってことらしい夏日の嬢ちゃん。俺は戻る」


 夏日ちゃんは残念そうな顔をしていた。そのまま禱さんは薄暗い道を真っ直ぐ帰った。


『……さて、この先を通りたいならそれでも構わない。帰り方は夏日が知っているだろう。他に聞いておきたいことは?』


 私は頭に浮かんだことを聞いていった。


「貴方はどうしてここに?」

『ここから先は現世と常世の狭間の世界。故に生者も死者もその世界に居続けられる。だが、生者は生者の世界で生きる方が良い。だから私達一族はここで門番をしている。……偶に、あの街で迷い込んでしまう人もいるようだけど。昨日も二人程あの街で迷い込んでしまったようだ。本来はここしか道は無いはずだが、偶に世界の境界が緩んでしまうことがあるようだ』

「門番は誰に頼まれて?」

『私の主の高龗神。ここに来る途中蛙が居ただろう? あの一族は高龗神に喰われないことを条件にここの巡回を任されている』


 やっぱり関係してた。この街の蛇は高龗神に関係してるのかもしれない。


 蛇の式神を使うのは弓絃齋さんや齋さんみたいなその神社の人。だとすると、透緒子さんが狐を使えるのは狐のお面を被っている經津櫻境尊を祀る神社に関係があるからかもしれない。だとすると昴君にも使えるのだろうか。


『さぁ、通ると良い。必ず帰ると約束するなら』


 そのまま白い二頭の蛇は何処かに消えてしまった。


 昔は木を蛇と見立てて信仰の対象にしたことから、もしかしたら、この木その物があの蛇なのかもしれない。水の神の高龗神なのに、この蛇は木と言うのは少し変に思うが。


 夏日ちゃんはどんどん歩き始めた。


「さ、行こ! 彼処は楽しい所だよ――!」


 ――真二はあの空間からようやく出た。


「……いや、おかしいよな」


 真二は振り返り、その壁に触った。だが、液体のような流動性は失い、冷たく硬い壁になっていた。


「うおっ。戻ってる。……何だこれ」


 真二の知能は別に高いわけでも無い。この現象を深く考える性格でも無い。真二は頭に疑問を残し、そのまま立ち去った。


 さーて、何するか。……酒飲みてぇな。どっかに売ってねぇかな。


 真二は何処に行くかも決めずに歩いていた。


 真二はどうしても腑に落ちないことがあった。昴の祖母、透緒子が自分と昴の関係性に気付いたような素振りを見せていることだ。そして、あの目は、哀れみの目。


 禱は知能が高いわけでは無い。疑問を覚えるまでは行けるが、それが何故なのかまでは考えられない。


 昴が話したか? いや、それならあの反応はおかしいか。じゃあ何だよ。


 禱は、何時の間にか北の山にまで歩いていた。


「あ、深く考えすぎちまった。そんな頭も持ってねぇのに」


 ついでに山登りでもするか。山頂の景色でも見て和むか。あ、でも立入禁止じゃねぇか。……大丈夫だろ。どーせ熊が出るくらいだろ。


 真二はそのまま足を進めた。途中、何か異様な気配を感じたが、特に気にすること無く進み続けた。


 何か来れば殴れば良い。その思考の元歩いていた。


 ある程度道なりに歩いていると、舗装もされていない山道になった。その横の木々にはしめ縄が巻かれており、それが山を囲っていることを容易に想像出来る。


 真二は何とも言えない不安感に襲われたが、特に気にすること無く前へ進んだ。


 山道に踏み込むと、背中を誰かがなぞるようなこそばゆい感覚が流れた。


 真二は特に気にしなかった。類まれなる身体能力のせいで恐怖と言う感情が薄いのかも知れない。


 日差しが木々を、葉を抜け、真二に降りかかる。夏特有の蒸し暑さが少しずつ高まって来る。


 真二の額に汗が浮かび始めた。未だに若い肉体のままの真二でも熱さには弱い。顎にまで流れた汗を手で拭った。


「あっちぃー。本気で夏が来始めたなぁ。つっても薄い服着ると傷が見えるかもしれねぇからあんまり着たくねぇんだよな」


 真二は更に上に登った。


 すると、真二の目の前に何かが現れた。


 それは未知としての恐怖を奮い立たせ、真二の生物としての防衛本能が警鐘を鳴らしている。


 辺りの気温がやけに涼しく感じ、重くなり始めた。そして、また違う汗が落ちた。


 真二は左手で髪を掻き上げた。拳を握り、我流の構えをした。


 それは泣いているようだった。大声を出して泣いている。赤子の鳴き声の中に老人のうめき声が混ざっており、嘆いている。山が死んだことを嘆いている。


 鹿に人間のような口が体中に着いていた。泣き叫んでいる口が大半だが、瞼の上にある口だけはよだれを垂らしていた。それは獲物を見つけたように。


 鹿の目からは蛆虫が際限なく湧き出し続け、異臭を放っている。


「……鹿……じゃないよな。何だこれ、気持ち悪っ」


 真二は恐怖を自らの制御下に置き、操り押さえた。


 体中に着いている口の鳴き声が止むと、今度は笑い声を出した。


 真二は、鹿の頭を殴り飛ばした。


 体中の口から悲痛の叫びと、「痛い」など声も聞こえたが、真二は念の為もう一発頭を殴った。


 もう動く様子は無いが、念の為もう一発殴った。


 頭蓋が砕ける音がしたが、念の為もう一発殴った。


 特に意味は無いが、念の為もう一発殴った。


 これは嗣音に毎回怒られることによる憂さ晴らしだが、念の為もう一発殴った。


 鹿は動かなくなった。と言うか二回目の攻撃でもう動かなくなっている。真二の行動は明らかなオーバーキルである。


「……まぁ明らかに変な生物だから別に良いだろ。怒られたら知らね」


 真二はそのまま歩みを続けた。


 やがて、一つの廃墟を見つけた。もう古い物であり、人など住んでいないと真二でも理解出来る程廃れていた。


「ここは元々村か何かだったのか? 何かあったのか、それとも住みづらくて引っ越したのか」


 真二はそのまま山頂を目指した。途中、学校を目に入れたが、特に気にせず歩いていた。


 突如、真二は嫌な気配を感じた。それは殺意と生物成らざる気配が入り混じっていた。


 誰かに殺されてもおかしくない環境に居たせいか、自身に向けての殺意に人一倍敏感な真二は、即座に臨戦態勢に入った。


 頭は深い皿のような造形で、その中に様々な特徴を持つ眼球が満たされていた。眼球の殆どは腐り切り、どろどろの液体に近い物になっていた。


 胴体は白い布のような物で巻かれており、その隙間から度々後ろの景色が見える。つまりあの布の中は何も無いと言うことだ。だが、時折その布の隙間から青い液体が垂れていた。


 その下は錆びついている鉄のような足が、人間の足のように生えている。


 生物を逸脱しているその造形に、真二は一瞬死を垣間見た。


 だが、取り敢えず腹部の白い布を殴った。


 だが、やはりその拳は白い布の間を通り抜けた。


 真二は少しだけ驚いたが、白い布を両手で掴み、破り始めた。青い液体が噴出されたが、それを高く跳躍し華麗に避けた。


 頭を両手で鷲掴みにし、そのまま自分の膝蹴りをお見舞いした。頭は粉々に粉砕されたが、それでも念の為次の攻撃に移った。


 そのまま押し倒し、人間のような足を踏み潰し、骨が折れるまで力の限り踏みつけた。


 頭から零れ落ちた目玉が気持ち悪いので、一応、念の為、念の為に全て踏み潰しておいた。


「あ、やっべ。これ鑑識に出せるじゃねぇか。……俺は何もしていねぇ。良いな。……良し、返事がねぇからYESだな」


 真二は責任から逃げた。これだから嗣音に怒られるのだ。


 問題児はまだ山を登っていた。何やら大きな獣道のような道を歩き、山頂に向かった。


 この獣道は明らかにおかしい。それは真二でも分かる程だった。


 明らかに大きいのだ。重機のような物が通ったように道が開かれている。木は圧倒的な力で薙ぎ倒され、山頂にまで真っ直ぐ進んでいる。まるで大きな猪が、山頂に向けて走り去ったように。


 だが、それにしては足跡が一つもない。獣もこの道を通るのを怖がっているのか、それとも。


 真二はこれ以上の仮説が作れなかった。特に気にせずそのまま山頂にまで歩いた。


 山頂には背が高い木が一本あり、真二はその木に素早く登った。


「おー。良い眺めじゃねぇか」


 うっし満足だ。さて、次は何するか……。あ、そういや早苗の坊主がここに来てたらしいな。探すか。


 真二はそのまま駆け足で山を降りた。真二にとっては駆け足だが、その速度はアスリートの全力疾走を上回る。


 途中目の前に青い肌の人が居た。走っていたため良く見ていないが、突然大声を出し襲って来たため取り敢えず殴って黙らせた。


 真二は山を降りて、街に戻った。


 そこには斎がいた。真二とは初対面だが、その異様な()に見覚えがあると斎は思っていた。


「あのー……一応立入禁止……と言うか生きてます?」

「大分失礼なことを言う嬢ちゃんだな。この通りまだ現役だぞ」

「……変な化け物に会いませんでした?」

「あー……何体か居た気がするな。全部殴った」

 斎は驚愕した顔を見せた。

「え……殺したんですか?」

「多分」

「……猪のような化け物に会いませんでした?」

「いんや?」


 斎は思考を回し始めた。


 神を殺したのに山の神が現れなかった……? ……何かがおかしい。


「何だよ、俺の男前に酔い痴れちまったか?」

「髭の人はちょっと……」

「……大分不評だな……」

「……何処かで会いました?」

「いや? 初対面だな」

「……昴さんを、ご存知ですか」


 この男性は顔色を変えた。やはりそうだ。この人は昴さんの……。ひぃお婆様に報告しないと……。


 男性の額に指を当てた。これでこの男性は動かなくなった。


「おっもい……」

「おい嬢ちゃん!? 何をしたんだ!?」

「良いですから……」


 ……蛇に運んで貰いましょう。


 私は蛇の形を模して折った和紙を取り出した。まだ作るのに慣れておらず、ひぃお婆様の物より不格好だが強さは変わらない。


「んだこの蛇!?」

「大丈夫です」

「何がだよ!?」


 そのまま男性は蛇に連れて行かれた。


 神社の拝殿に蛇で押し入った。男性はもうどうでも良いのか涼しい顔をしていた。


 ひぃお婆様と高龗神が会話をしている。何やら深刻そうな顔で話している。


 会話をしていると言っても、正面から話しているわけでは無い。言わば姿は見せず声だけ聞こえていると表現すれば分かるだろうか。


「……おぉ、斎。どうした昴をつれ――」


 ひぃお婆様は男性の姿を見ると、一蹴りで距離を詰め小刀を男性の首元に当てた。


「何者じゃ」

「俺? グットルッキングナイスガイ」

「そう言うことを聞いてるわけでは無い。名を何と言う」

「……禱真二。禱って呼んでくれ」

「禱? 神仏でも信仰しているのか?」

「いや? 無神教だ」


 すると、禱さんは首元に当てられている小刀を見た。


「なぁばぁさん。確かにそいつは相当な業物みてぇだが、余程の腕がなきゃ俺の首は切れねぇぜ?」

「……昴とはどう言う関係じゃ」

「……もう分かってんだろ?」


 ひぃお婆様は小刀を収め、禱は動けるようになった。


「お、おぉ。すげぇ。動く」

「……昴とは違うのじゃな。昴は多種の声色を出しておった」

「あいつは俺みてぇな出来損ないとは違うんだよ」

「……ならば昴は最高傑作とでも言うのか。過去を話しただけで泣き出す程精神が弱く可哀想な子が、最高傑作だとでも」

「……あいつが弱いことくらい俺でも知ってる。だが、俺はそれ以上の臆病者だ。結局逃げて、何も出来ずに、今を生きちまってる。……さ、話はもう良いか?」


 私はひぃお婆様に禱さんが神を殺したことを伝えた。


「……本当か禱よ」

「あれ神様だったのか? にしては気持ち悪かったぞ」

「……まぁ、人に益も齎さず社も無いがな」

「それは神じゃねぇだろ。どちらかと言うと妖怪とか魑魅魍魎とかそんなんだろ」

「そうじゃ。じゃが、そこに本質的な違いは無い。人に害を齎すか益を齎すか。それだけの違いじゃ」

「じゃあ俺は神を殺した大罪人だな」

「問題があるのは神を殺したことでは無い。神を殺した後に、山の神が報復に来るはずなのじゃ。にも関わらず姿を現しては居ない……。これは異常事態じゃ。……何やら不吉な星ばかり見える」

「んなこと言ったって、そんなこと俺に話しても仕方ねぇだろ?」

「もうお主は関係者じゃ。話さんといけん。……夜は気を付けるんじゃ」

「そりゃまぁ……そうだろ」


 ようやく俺は開放された。


 ……何だ、年老いたばぁさんは皆関係性が分かるのか。どんな超能力だ。……そんなことよりさっさと早苗を見つけたいんだよ。ちょっと走るか。


 真二は平均的な人間の速度で走った。その無尽蔵のスタミナで決して疲れを見せず、ずっと一定の速度で走っていた。


 やがて、長椅子に座っている早苗と友歌を見つけた。


 長椅子は赤い布が引かれており、呑気に団子を食べている。


「見つけたぜ早苗の坊主!」


 早苗はその声に気付いたのか、真二の顔を見ると露骨に顔をしかめた。


「おいてめぇ。何でそんな嫌そうな顔をしてんだ」

「何でおるんや禱さん」

「そりゃおめぇ、誘われたからだよ」

「仕事の問題上司と旅行先で出会うのが楽しいわけ無いですよ。嗣音さんが来たら嫌ですよね。そんな感じです」

「そりゃ嫌だな!」


 真二は「ガハハ」と豪快に笑っていた。


「笑い事と違う」

「良いだろそれくらい。ん? お、友歌の嬢ちゃんもいんのか。二人で旅行とは仲が良いな」

「勝手に着いて来たんです……」

「そのままくっつけ早苗の坊主」

「なんでや!」

「……良いか、護りたい物は全力で護れ。絶対目を離すな」

「急に何ですか」

「人生の先輩からのアドバイスだ――」


 ――夏日ちゃんは前を歩き、やがて赤く灯った提灯が浮かび始めた。


「夏日ちゃん。ここは何なの?」

「うーんと、さっきあの蛇さんが言ったことと同じことしか言えないよ?」

「そっか」


 黒恵とミューレンが行った街は、常世にも行けない人が經津櫻境尊に導かれて滞在する街。もしかしたらその街かも知れない。


 夏日ちゃんはどんどん進む。提灯の数は前へ進む程増えていく。


 暗い空間は赤い光に照らされ、とても暖かい。


 やがて、ゆらりと視界が揺れながら赤い提灯の光が私を包んだ。あの時と感覚が似ている。昴君と一緒に妖の街に迷い込んだ、あの時の感覚と似ている。


 やがて、赤い光に包まれた。目を開くと、私達は夜の街に立っていた。


 一つの大きく長い路地の横に屋台が立ち並び、お酒の匂いが漂っている。お酒が多いのか、それとも元々ここの空気がお酒の匂いなのか。それは分からないが、辺りには千鳥足の人が多いことは確かだ。


「何時も通りここはお酒臭い……」


 夏日ちゃんが鼻をつまみながらそう呟いた。


 今の所、黒恵から聞いた話と一致する街だ。つまりここは、昨日相当な被害があったはずだが、そんな様子は一切無い。それともそれを簡単に修復したのだろうか。もう何が起こっても驚かない。


 夏日ちゃんは一つの屋台の男性に声をかけた。


「久し振りおじさん!」

「お、夏日ちゃんじゃないか」

「何時もの一つ! あ、やっぱり三つ! 一緒に回る人がいるから!」

「へいへい」


 男性はたい焼きの型に生地を薄く流した。少しだけ焼くと、餡を乗せた。


 その上に生地を覆うように被せ、そのまま蓋をした。


 おかしい所は何一つ無かったはずだが、何処か違和感があった。それは餡にだ。一目見ただけでは何かおかしいことは無いが、やはり私の中の違和感を拭いきれない。


 美味しそうに焼色が付くと、たい焼きを取り出し網に置いた。


「ほい、何時もより多めに入れといたよ」

「ありがと!」


 夏日ちゃんは私と昴君にたい焼きを手渡した。あつあつでずっと触れると火傷しそうだ。


 昴君は嬉しそうに尻尾から口に入れた。一口食べて甘い餡に幸せそうな顔をして、もう一口食べると、昴君は驚いた顔をしていた。


 私はたい焼きを頭から食べた。豆の甘みが濃い。昴君が好きそうな甘みだ。もう一口食べると、味が変わった。


 辛い。唐辛子を食べたようなピリッとした辛さが舌に乗った。


 昴君が驚いた理由が分かった。食べると味が変わる原理を知りたいと言う好奇心も溢れた。


 昴君はもう一口食べてまた幸せな顔をしている。また食べて少しだけ顔をしかめた。また食べて幸せそうな顔をしている。……ちょっと可愛い。


「凄いでしょおにぃ。味が変わるたい焼き」


 昴君はまた一口食べた。


「おにぃったら、私よりたい焼きに夢中になってる」

「甘い物が好きだからね」

「……もう少し眺めてましょうか」

「そうだね」


 嬉しそうに食べ、しかめながら食べ、嬉しそうに食べていた。


 あー可愛い。だって何時もと明らかに違う。何時も私を護るために自分の五感を研ぎ澄まして私の後ろか横を歩いてる行動してるの昴君とは大違い。甘い物を食べてとても幸せそうに頬張ってる昴君が可愛い。まずあんなに人間離れした動きが出来て精一杯鍛えている人が甘い物が好きなんて言う事自体が可愛い。それに五年前から考えられないくらい表情豊かになってるのは私が嬉しい。その動くようになった表情筋を満遍なく使って美味しさをとても分かりやすくこちらに伝えるのは写真に残しておきたい。私の記憶の中だけに残しておくにはあまりにも勿体無い。しかし、昴君はあまり写真に写りたくないらしい。強要は出来ないが、実は私の写真フォルダには昴君の寝顔フォルダがある。昴君はそれを気付かずに寝ているのだ。しかし昴君は本当にとても愛おしい。この前も――。


 夏日はふと、近くの横道に目が写った。


 何故かは分からない。ただ、そこに妙に興味が引かれる。


 まず、夏日はあんな横道を見たことが無い。それが更に夏日を引き寄せる。


 夏日はふらりとその横道に入った。


 そこは提灯も浮かばない本当の闇が広がっていた。だが、体は止まらない。誰かに呼ばれるように、誰かに手を引かれるように。


 懐かしい感覚がする。自分の故郷に帰ったような既視感を暗闇から感じている。おかしな話だ。目の前に広がるのは暗闇だけ。何故その闇に既視感を感じるのか。


 夏日はそれを知れない。


「……あれ。何だったっけ……。……まぁ良いや」


 夏日は既視感と共に進んだ。何が夏日を動かすのか、それは夏日にも分からない。


 暗闇を歩くと、少しずつ、自分を忘れるような感覚に襲われた。自分が何故ここにいるのか、それさえも忘れてしまいそうになった。


「……おにぃー、蝉捕まえたから焼いて食べよー」


 すると、辺りに鈍色の目が飛び出し、こちらを見ていた。獲物を見るのか、生贄を見るのか。それは分からない。


 夏日は子供のようになった。それは小学生程の容姿であり、自身の血の繋がっていない兄を探した。


「……夏日」


 誰かが夏日を呼んだ。それは、夏日にとってもう聞きたく無い声だった。


「……何でパパがいるの」


 そこに立ち竦んでいるのは黒い闇だ。ただの黒い闇に鈍色の目が夏日を睨んでいるだけだ。


 夏日はそれを何故昴の父と判断したのか、それは分からない。今の夏日の心の中には憎悪があるだけだ。


「……行こう、夏日」

「やだ。だってパパはおにぃに酷いことする。私知ってる。いっつも泣いてることもパパは分からないでしょ」

「……行くよ」

「やーだ!」


 その闇の背後にもう一体の闇が現れた。夏日はその闇を昴の母と認識した。二人共会ったことは遠い記憶にあるだけ。夏日のほとんどの生活の記憶は昴との日常しか存在しない。まず見るだけでそう思うのはありえないのだ。


「行きましょう……夏日」

「やだ! 二人はあの広い家でおねぇとおにぃのドッペルゲンガーと住んでてよ!」


 夏日は逃げるようにその闇から逃げ出した。


 その闇は追いかけること無く、ただ立ち竦んでいただけだ。鈍色の目で、ただ見ていただけだ。


 その目に最早自我は無く、衝動で動く虫に近い。


 やがて、夏日の周りは明るくなった。提灯の優しい赤では無く、さんさんと照らす太陽の輝きだった。


「おいで、おいで」


 今の夏日と同じ年齢程の少女が夏日に向けて手招きをしていた。敵意が無いと伝えるため笑顔を振りいていた。だが、その笑顔は正常な判断機能が作用するなら不気味と思う程口角が上がっている。


 夏日は疑問に思うことも無く、その少女に向けて歩き始めた。


 そこはただの現代的な家だ。別に何の変哲も無い。異様な物があるはずが無い。決して、何も変な物は存在するはずが無い。夏日が目に見える範囲には。


「ご飯、食べよ」

「……うん」


 案内された部屋には机に並べられた質素な料理が並べられていた。その机の周りを成人した男性と女性がいた。その二人も正常な判断機能が作用するなら不気味と思う程口角が上がっている。


「どうぞ」

「いっぱい食べて」


 夏日はここに見覚えがあった。とても古い記憶であり、何時見た記憶なのかも分からない。その既視感だけがこの異常な状況において夏日を安心させた。


 夏日は泣きながらその料理を食べていた。


 当時の夏日はまともな食事をとれなかった。だから良くこの家で夏日だけ食事をご馳走になっていた。夏日はようやく思い出した。それともこの記憶も誰かに作られた偽りの記憶なのかも知れない。だが、この既視感の正体を説明するにはそれしか無い。


「……ずっとここに居よう」

「何もかも忘れて」

「辛いことは何も無い」

「私達と家族になろう」


 夏日は何かを思い出そうとしていた。


 必死に何かを思い出そうと、だがそれは闇に包まれ、しかしそれは辛い思い出で、それでも幸せな思い出で、今の自分では無いもっと先の自分。


 ……あぁ、そうだ。そうだった。この人達は、偽物だ。もうこの人達は、死んでた。


 私の目の前にいる人達は大声で笑い始めた。


 一人は箸を目に突き刺し、そのまま机に頭を何度も打ち付けた。


 血が滲み、流れ、頭蓋が割れる音がする。


 一人は皿を割り、鋭利に尖った破片を自分の首に突き刺した。次は腹部に突き刺し、舌を歯で噛んだ。


 一人は自分の首を縄で縛った。その縄は何もしていないのに更に縛り付け、首を捩じ切った。


「……そうだった。皆そうだった。皆、死んでたんだ」


 誰かが私の首を両手で締め付けた。


 女性だ。お酒の匂いがする。


「……お願い。ここで死んで……」

「……ずっとここにいるの?」

「……誰かが死なないと……。ずっとここにいて気が狂いそうで……だから……」

「……良いよ。……けど、人を殺せない目をしてる。貴方の目は、優しいから」


 目の前の女性は泣いている。


 やがて、その女性は手を離した。


「……ごめん……ごめん……ごめん……」


 空間が歪んだ。


 闇に歪み、暗闇に飲み込まれた。鈍色の目が私を見ている。


「あぁぁぁぁぁ……ごめええぇぇんなさいぃぃ……あぁああああ……あああああ……」


 女性は闇に包まれた。


 断末魔と、赤い液体が撒き散らされた。


 人の死を私は目の当たりにした。死とは突然来る。死とは不可逆的なものであり、それに抗うのは罪と成る。


 恐怖は何故か無い。それとももう何も感じたく無いのか。それは分からない。


 だが、私は知っている。あの人達は永遠にここに囚われるのだろう。せめて、あの人達が救われますように。


 誰かに祈った。それは名の無い神。それは、誰だったのだろう。五年前のあの日、私はその神に祈った。確かその後誰かが何かをした。思い出せない。思い出せない。


 闇に囚われる。


 ……銀の光が見えた。


 私の目の前に、闇よりも深い深淵さえも飲み込む黒の人が立っていた。口に何かを咥えているが、良く分からない。


 そして、二つの銀の目。


 その人は私の手を引いた。私はその人と一緒に走った。


 誰かが私を呼んでいる。だが、あの人達はもう死んでいる。私と一緒にいれない。


 その人が咥えていた物が地面に落ちた。その人は気にせずに私を引っ張りながら走り続けていた。


 前に暖かく赤い提灯の色が見えた。私は、目を瞑った――。


 ――目を覚ました。視界いっぱいに入ったのは、おにぃの顔。


「大丈夫か? 突然倒れたから驚いたぞ」

「……あれ。あ、成程」

「どうした?」

「……何でも無いよ!」

「何かあったらすぐに言ってくれ」

「分かってるよそれくらい」


 少し疑問に思ったことがある。


 光さんの手にはたい焼きがあるのに、おにぃの手にはたい焼きが無かった。


 ふと、銀の目をした人を思い出した――。


 ――私達は貴船神社の拝殿に押し入った。罰当たりと言われようがどうでも良い。今の好奇心を解消するためのヒントを弓絃齋さんに聞きたいからだ。


「弓絃齋さーん! 聞きたいことがありまーす!」

「何じゃいきなり押し入って! 本来拝殿の中は無闇矢鱈に入る場所では無いのじゃ!」

「教えて下さい弓絃齋さーん!」

「何をじゃ! 何を聞きたいのか早く教えるんじゃ!」

「海の祠のことです!」

「……座るのじゃ」


 私とミューレンはその場に座った。弓絃齋さんはため息を一つつき、話し始めた。


「……何か見たか」

「ミューレンが」


 ミューレンは曖昧な記憶を語り始めた。


「えーと……鯨? 鯨みたいな何かです。あ、威圧感は山の神に似てました」


 ミューレンが語ったのは私が見ていない何かだった。


「……この地域には經津櫻境尊が祀られている。經津櫻境尊はその名の通り境を司る神でな、古来から祀られたと言うことはこの地域は境が曖昧なのじゃ。常世から神が良くやって来て滞在することが多い。それは山にも、海にもな。恐らく見たのはここの海の神じゃろう。……それで、祠じゃと?」


 私が聞いたことにようやく入った。


「はい、岩陰に隠れるようにひっそりと」


 弓絃齋さんは「うーむ……うーむ……」と唸っていた。


「……そんな話聞いたことも無い。ひょっとしたら南西の神社の宮司なら分かるかもしれん」

「じゃあ行ってきます!」

「待て待て。関係者が今おるから少し待っとれ。聞いてくる」


 弓絃齋さんはそのまま何処かへ行ってしまった。


 私達は放置された。


「ミューレン、結局どう言うものを見たの?」

「鯨よ。白い鯨。曖昧で分かりづらいけど」

「それに助けてくれた人とか言ってたわよね。あれは?」

「……そんな人がいたか、見えたかは分からないけれど、確かにいたの」


 あれは明らかにおかしい。まず祠だが、あんなに隠す必要が無い。もう少し分かりやすい所に置く。


 そして、あの時海を泳いでいたあれは……。


 弓絃齋さんは戻って来た。


「待たせたの。聞いて来たぞ」


 弓絃齋さんはその場に座り、話し始めた。


「あの海には人魚が出ると言い伝えられておってな。その人魚を祀る祠らしい」

「……人魚ですか。それなら何であんなに隠すように……」

「……恐らく、作られたのは二十か三十年前。南西の神社の宮司が作り出したものじゃ」

「それは何故?」

「……儂とて常識は弁えておる。伝えることは出来ん」

「教えて下さい!」

「駄目じゃ。諦めろ」

「教えて下さい!」

「……人魚の祠と言ったじゃろう。後は自分で調べるのじゃ」


 そう言われ弓絃齋さんに軽々と投げ飛ばされ外に出された。ミューレンは投げ飛ばされていないのに。


 私達は帰りながら喋っていた。


「人魚を祀る祠が隠れているわけ無いじゃない。つまり何かあるのよ! 何かやましい物が……」

「悪事を隠す子供らしさを私は感じたわ」

「まず自分で調べろって何よ! 教えてくれたって良いでしょ!!」

「私が知ってることで良いなら」

「お願いミューレン!」


 やはりミューレンの宗教知識は頼りになる。これの他に星の知識と医療知識がちょっと。流石だ。


「まず日本の人魚は元々顔が人に似た魚よ。今のイメージは江戸の時代にヨーロッパから伝来したと考えられているわ」

「そう言えば人魚の肉を食べると不老不死になるとか」

「そうね。日本は海に囲まれているから魚が主食だったわ。だから人魚も食の対象だったのかも知れないわ。文献によれば平忠盛に献上されたと言われているし、有名なのは八百比丘尼かしら。黒恵が知ってるのは多分これね」

「確か八百年生きたんだっけ?」

「そうね。佐渡島の羽茂町の伝説だと千年の寿命を得て、その内二百年を国主に譲って諸国を回ったわ。最後は若狭に渡って入定したわ」

「にゅうじょう?」

「入定は僧や行者が断食の修行の後に魂が永遠に生き続ける状態のことを言うわ。けどこの話の入定は多分隔絶された空間で長く深い瞑想に入ったように入寂、つまり死ぬことだと思うわ」

「じゃあ即身仏とかも入定?」

「真言密教の教義に由来する物は無いし、空海の入定信仰とは本質的に違うわ。民間信仰に近いわね」


 私はミューレンが教えてくれた物を中心に考え始めた。


 まず、人魚を食べた八百比丘尼はハ百年で亡くなった。国主に二百年を譲ったから八百年。


 ……ん? 入定したから死んだのかしら。それとも八百年の寿命で死んだのかしら。まず寿命を譲るって何? それが出来るの? と言うか人魚を食べてるってことは弓絃齋さんいわく一つになることと同義。人魚に不老長寿の力があるの?


 ……違う違う。今はあの祠。ひょっとしたら八百比丘尼が祀られているのかしら。それなら隠す必要は無いわよね。入定までした人を隠す必要が無いわ。


 それならやっぱり人魚その物。妖怪だから隠すとか? 神と妖怪に本質的な違いは無い。祀ってるんだから隠す必要は無いわね。


 ……本来の目的が祀る物じゃないとしたら。例えば封じ込める、もしくはそこに住んでもらう。


 そしてミューレンが言った「悪事を隠す子供らしさを感じたわ」と言う発言。これが正しいと仮定して悪事、それは?


 ……神を傷付ける。


 まず何であの神社の人なら事情を知ってるのよ。つまりその関係者ってこと。


 神に仕える身で神を傷付ける罪。それをせめて誰にも見られないように隠した。


 これなら弓絃齋さんが話さなかった理由も分かる。同じ神に仕える身で気持ちは分かるのだろう。それを隠したいから、私達に黙った。


 気付けば旅館に戻っていた。夏日が犬を撫でている。昴が撫でようとした時とは大違いだ。大人しそうに楽しそうに撫でられている。


「よーしよしよし。ここか、ここが良いのかいやしんぼめ」


 犬は嬉しそうに悶えている。どれだけ昴が動物に嫌われているのかは分かった。


「あ、黒恵さん、ミューレンさん。戻ってたんですね」

「そうね。少し海を見て来たわ」

「綺麗ですよね。それに彼処には人魚がいるとか何とか」


 休憩室に行くと、昴と光がいた。


 昴がうつ伏せに寝ながら漫画を読んでおり、伸びた足の太もも部分に光が顔を埋めている。


「えーと……何をしているの……?」


 ミューレンが困惑しながらそう聞いた。


「何をしているか。その答えを俺は持っていない。光に聞いてくれ」

「私に聞くが良い」

「じゃあ答えてあげろよ」

「柔らかいから好き」

「らしい」


 太ももフェチか何かだろうか。それともあのお尻を触るための口実なのだろうか。何故なら光が昴のお尻を撫でている。


「……なぁ光。読み終わったから離れてくれ……」

「……八尺ちゃんに頼んで……」

「……八尺様ー」


 すると、何故か転がりながら昴の前に八尺様が近付いた。あの巨体で転がるのは少し恐怖を抱いてしまう。


「ぽぽぽ?」

「これの続きを持ってきてもらえるか?」

「ぽぽぽ。ぽぽぽぽぽ」

「……分かった。仕方無いな」


 八尺様は昴の頬を両手で揉みしだいた。弾力があるのか凄く伸びている。八尺様は楽しそうに触っている。何時の間にこんなに仲が良くなったのだろう。


「ぽぽぽ。ぽっぽ。ぽぽぽぽぽ」

「……そろそろ良いですか」

「ぽぽぽーぽ。ぽ」

「……もうどうぞご自由に」

「ぽぽぽぽぽぽ」


 と言うか何故か昴と八尺様の間で意思疎通が出来ている。少し羨ましい。


 八尺様は満足したのかそのまま消えてしまった。正確には見えなくなっただが。ミューレンの目ではまだ見えているのだろう。


 八尺様は漫画を一冊持って来た。昴は受け取った。


「ありがとう」

「ぽ」


 八尺様はそのまま寝転び、昴の腰に頭を乗せた。


「……八尺様?」

「ぽ。ぽぽぽー」

「……あんまりこう言うことをすると下の方にいる子が怖いんですよ」

「ぽぽぽぽ! ぽっぽぽ! ぽぽーー!」


 強い口調で八尺様が叫んでいる。多分怒っている。……かも?


 とりあえず私は八尺様の体に触ってみた。


 体温を感じる。鼓動もだ。生きている。つまり生物ではあるのだ。明らかにおかしいが。


「ぽぽ」

「何を言っているの?」

「ぽぽぽ」

「……昴、翻訳お願い」


 昴は少しだけ考えていた。


「……分からない」

「会話出来るんじゃないの?」

「あくまで空気を読んでこう言うことを言ってるんだろーなーって言う予想をして会話してるだけだ。言葉は分からない」

「それはそれで凄いわね」

「教えてやろうか。人の心を読みその心を掌握する術を」

「何か怖いわね」

「これを使えば嘘も分かるしはったりも出来るし気になるあの子もメロメロに」

「それで女性を誑かすと」

「それが光を護るためなら。こっちとしては迷惑なだけだ」

「非モテに喧嘩売ってる?」

「黒恵はモテるだろ」

「良く分かってるじゃない」


 昴が私の考えをすぐに分かる理由が分かった。そう言う術を持っているから。そんな術を持っているなら光の敵もすぐに分かるのだろう。


 ……何でそんな術を持っているの?


 何処で覚えたの? 何で覚えたの?


 何で覚えたのかは光のためで説明出来る。それを何時覚えたのか。


 ……五年前。もしくはもっと前。ふとそう思った。


 時間が相当経った。もう夕食の時間だ。


 今日はすき焼きらしい。もう期待しか無い。


 まず牛肉……は素人だ。まず食べるべきなのは椎茸だ。


 何故か? すき焼きの椎茸が好きだから。


 椎茸の表面は十字に切られており、そこから割下が染み込んでいるのだろう。少し箸で持つだけで染み込んだ割下が溢れ出している。


 とても柔らかい。それに甘辛い割下の味が良く染み付いている。


 私はそのままお猪口に注いだ日本酒を喉に通した。特に深い意味は無い。こうすることでより美味しく食べれるとは聞いたことが無い。もしかしたら何かしらがあるのかも知れないが。


 実は私のお酒だけ度数を高めにしてもらっている。何故かって? お酒が好きだからよ。


 前の物より喉が熱くなる。


 それではすき焼きの大本命、牛肉を。


 肉を箸で掴み、取皿に入れて気付いた。豚肉もある。


 肉は脂が多く、更に染み付いた肉の匂い。濃厚な味で脂も多いが、しつこさは決して無い。柔らかいのは脂が多いからだろう。


 私はしんなりとした白菜と共に口に肉を入れた。


 野菜特有の甘みと肉の旨味。それがどれだけ素晴らしい物を生み出すかは余程の偏食では無い限り良く分かるだろう。それに割下の甘辛さが絡む。


「……あぁ……永住したい……」

「流石に無理よ」

「知ってるわよ」


 そう言えばここのすき焼きは豆腐では無く厚揚げだ。私の家庭では焼豆腐を使うから少し目新しい。


 厚揚げだから箸で掴んでも形が崩れない。これは良い点だ。


 もっちりとした絹漉し豆腐の厚揚げ。やはりこれも割下を良く吸っている。味が染み付いて美味しい。


 そして白米で掻き込む。これがまた美味しい。もう本当に美味しい。何故なら美味しいから。それに美味しいから。つまり美味しいと言うことだ。


 ふと、探っていると、明るい赤色の物が見えた。すき焼きの中ではあまり見ない色に興味が引かれ、それを掴んだ。


 ……トマトだ。四つ切にされたトマト。


「トマト!? トマト!!」

「トマト? あ、本当ね。トマトね。すき焼きにしては珍しいわね」

「トマト! トマトトマトトマト! トメィトゥ!!」

「言語がトマトだけになってる!?」


 みずみずしいトマトと甘辛い割下は意外に良く合う。初めて味わう感覚に、私は感嘆を覚えた。


 トマトをすき焼きに入れるとは食に対する飽くなき探究心と好奇心があったのだろう。その人に感謝と敬礼を。


 新しい食材に出会えたことに感謝し、私達は食事を終えた。


 温泉に入り終え、昨日やろうと思っていたことを実行する。


「卓球よ!」


 温泉と言えば何か。お色気と牛乳と卓球! これは聖書(漫画)を見れば分かる!


「さぁさぁ! やるわよ!」


 私はラケットを持ち、見事な素振りを見せた。すると、昴がラケットを持った。


「へいへい昴! サーブを譲ってあげるわ!」

「本当に? 後悔しない?」

「するわけ無いでしょ!」


 昴はピンポン玉を持ち、高く投げた。


 その直後に強烈な風の衝撃と、甲高い音を鳴らして真っ直ぐ飛ぶピンポン玉が私の頬をかすめた。


 私は恐れながら後ろを見ると、ピンポン玉が潰れていた。


「わ……わぁ……」

「あ、力加減を間違えた」

「……ゴリラか何か?」

「失礼な。ゴリラよりも強いぞ」


 忘れていた。昴は化け物だった。


「じゃあミューレン! それに光! 二人で来なさい!」


 今の私なら昴以外卓球で勝てる。何故なら旅館でやる卓球によるアドレナリン放出であーだこーだして最強になっているからだ。例え二人でも出来る。


 光は不器用ながらもサーブを成功させた。


「上手いじゃないの!」


 ピンポン玉が私側のコートに一回はねた。私はそのピンポン玉に強烈なスマッシュを繰り出した。


 それは銃弾の如く(多分)。それはプロレベル(多分)で繰り出された。ミューレンは反応こそ出来なかったが、偶然にもラケットに当たり、こちらのコートにピンポン玉がやって来た。


「強すぎじゃない黒恵!!」

「そうだそうだー!」


 何か言っているが、こちらとて全力。


「手加減などするはずが無いだろうー!!」


 私はもう一度強烈なスマッシュを繰り出した。今度は二人共反応出来なかった。


「まず一点!」

「光! 作戦会議よ!」

「ハーハッハッハ! いくらでもするが良い!」


 ミューレンと光は台の下に隠れながらひそひそと話し始めた。


 昴と言えば試合を見ながら牛乳を飲んでいる。私も後で飲もう。


 ミューレンと光はようやく顔を出した。


「大丈夫?」

「えぇ。きっとこれで」


 そう言って、ミューレンは不器用ながらもサーブを成功させた。


 ……特に何かあるわけじゃ無い。ただのサーブだ。私は打ち返した。しかもただ打ち返したわけでは無い。回転を加え曲がるようにした。


 光は予想は出来ていたようだが、ラケットに当たっただけでピンポン玉は高く上がっただけ。


「どうしたのよ! 作戦は!」


 今見ると、ピンポン玉が少しおかしい。白い球に、何かが刻まれている。


 ……まさか、ルーン文字? 器物破損だが、大丈夫なのか聞きたいが、発動した時は光るはずだ。つまり不発?


「光、発動しなかったわ」

「そうだね。何か条件があるのかな?」

「じゃあ光が」

「了解」


 そして、光がピンポン玉を掴んだ。


 そのままサーブをする瞬間に、何故か明るい赤と濃い緑の色に光った。


 あ、不味い。この光りは……。


 ピンポン玉はとんでも無い速度を出し、私の胸部に激突した。


 MLBで活躍する選手の本気の投球をそのまま受けるような衝撃。私はそのまま倒れてしまった。


「く、黒恵ー!?」

「うわぁぁ!? ごめん黒恵ー!?」


 痛みが広がる。恐らく骨折はしていないが、あまりの衝撃に声が出しにくい。


「え、えーと……骨折なし!」

「多分痕は残るかな……」

「まさかあんなに強いなんて……」

「人に向けて使う物じゃなかったね……」


 落ちたピンポン玉は潰れている。まさか昴と同レベルの速度で繰り出されるとは……。


 私は起き上がった。


「……痛い……」

「ごめんなさい……」

「大丈夫よ。命に別状は無いし」

「そう言う話じゃ無いわよ……」

「だいじょーぶだいじょーぶ」


 本当に特に問題は無い。


 ピンポン玉を見ると、やはり何かが刻まれている。左に縦に直線が刻まれ、その頂点から下に向かう斜線が引かれ、その下に縦の直線が刻まれていた。そして、右の縦線の左に二本の斜線で三角が刻まれていた――。


 ――外はもう暗く、私達は眠っていた。


 寝心地が良い。快適に眠っていると、隣の布団で寝ているミューレンから、小さい声が聞こえる。それに加え、寝心地が悪いのかもぞもぞと動いている。


 私は目を覚ましてしまった。


 すると、ミューレンが突然大声を出した。それは絶叫に近く、頭を押さえ苦しんでいた。


 半分夢の中に居た私の意識は一気に現実に戻された。


「ミューレン!? 今度は何が来るの!?」

「何で……何でこんなに……!」


 今は丑三つ時の二時丁度。奇しくも、「いつか分かる。それを飲ませた理由が。明日か明後日か」と言う詩気御さんの発言と一致している――。


 ――昴は旅館の屋根に登っていた。何か妙な胸騒ぎがしたからだ。それは昴の心を乱し、快眠など出来なかった。


「……音が消えた……人も、虫も、草も、風も……」


 妙な胸騒ぎ。それは貼り付けられた恐怖と言う何か。


 昴は、自身に対する明確な殺意と、自身を超える何かを感じた。それは力と言うのかもしれない。それとも、自分を超える存在を認識した恐怖とも言うのかもしれない。だが、確かにそれは昴を震わせていた。


 瞬間、昴の頭部に強烈な衝撃が走った。


 その直前に見たのは、牛のような角。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


ホラー皆無の物。と言うか温泉旅行は二の次にその物が伏線を散りばめる物なので怖さが全く無いですね。次回も戦闘メインだ! もうホラーじゃ無いぞ!


禱真二被害者の会。

口がいっぱいある鹿。

「食べようとしたら突然殴られました……」


目玉頭に入れてる奴。

「突然殴られて頭を割られました……」


青い肌の子供。

「散歩をしていたのに当て逃げされました……」


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……。

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