とある回復士の置き土産
「それじゃ回復士よ。テメェとはここでオサラバだ」
勇者がそう言って、私に束縛魔法をかける。
私はそれを抵抗もせず受け入れ、その場にへたり込んだ。
「恩賞は俺たちで貰っておいてやるからよ。せいぜい魔族たちと仲良く暮らすんだな。ああ、それよか魔族の残党どもに食い殺されちまうかもしれねぇなあ! ケヒャヒャヒャヒャッ!」
下卑た笑いを浮かべた勇者はそう言って戦利品を麻袋に詰める。
そうして、お供たちと一緒に城を出ていった。
私は冷たい大理石の床に頬をべちゃりと付けながら、胸に抱えたぬいぐるみの感触を確かめる。
まったく。どうしてこんなことになったのか。
高笑いしながら去っていった勇者たちの背中を目で追って、私は心の内で半刻ほど前の出来事を思い返していた。
* * *
「よくぞここまで来た。勇者一行よ」
怪しげな雰囲気が漂う城の最奥、その玉座にて。
城の主は落ち着き払った声で私たちに語りかけてきた。
魔王――。
全ての魔族の頂点に立ち、私たち人族の敵であるとされている存在だ。
その魔王が私たち勇者パーティーを歓迎するかのように立ちはだかっていた。
魔王の体を構成する四肢や顔はそのどれもが異形。
頭から生えた二本の角に、胴体や腕は骨がむき出しになっていて躯を思い起こさせるような出で立ちだ。
それでいて知的な雰囲気も感じさせる。
頭に乗せた冠や腕輪には何やら宝石のようなものが多数埋め込まれていて、仮に王都に持ち帰ったら高値で売れそうだなと思った。別に欲しくはないけど。
「覚悟しな、魔王! テメェを倒しに来たぜ」
「そうか……」
勇者様が抜身の聖剣を眼前に構えて、魔王は何故か少し悲しげに呟いていた。
先頭の勇者様に続いて戦士のゴードンさん、魔導士のアリシャさんと続く。
ちなみに回復士の私がいるのはパーティーの隅っこ。というか一番後ろ。
ただ回復魔法をかける「装置」であればいいと、勇者様の命を受けてポツンと配置されている。
私はその位置で、旅の途中の癒やしであったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。
「魔王さんよ。ここに来るまで他の魔族を見かけなかったんだが、これはどういうことだ?」
「どういうこと、とは?」
「とぼけんな。城はおろか、この魔族領に入ってから魔族は一匹も配置されてなかったじゃねえか。王様がお前らを倒してこいって言うから乗り込んだっつうのに、拍子抜けもいいところだぜ」
「……無駄に同族を殺されたく無かったものでな。貴様らとは我が直々に話したいと思ってのことだ」
「ああん? 話したいだぁ? お前と俺が何を話すってんだよ!」
勇者様は苛立たしげに返す。
何もそんなに怒らなくてもいいのに。
「結論から言おう。我ら魔族に人と争う意思は無い。貴様らが王族に何を吹きまれたか知らんがな」
「はぁ? 何だそりゃ?」
「おい勇者よ。この魔王は何を言ってるんだ?」
「言葉に惑わされないで勇者。きっと騙し討ちをするつもりよ」
魔王が放ったその言葉に、勇者様を始めとして戦士のゴードンさんや魔導士のアリシャさんも眉をひそめながら声を上げていた。
王様から魔王を討ち倒せと魔族領へ派遣された人たちだ。無理もないだろう。
いや、私もそうなんだけど。
どちらかというと私は無理やり勇者パーティーに組み込まれた立場である。
いきなりお前は回復魔法の才があるから勇者様の手助けをしろと命じられたのだが、正直嫌だった。
だって戦闘とかになったら痛そうだったし……。痛いのは嫌だよね、うん。
それに何より、「魔族は我々人族にとって討つべき敵である」と言われてもピンとこなかった。
魔族たちからこちらに侵攻しているわけでもないのだ。それで魔族を憎め、討ち倒せ、と言われても……、ねえ?
もっとも、勇者様たちは「魔王を倒せば恩賞が貰えるぜ!」と意気込んでいたわけだけれど。
私も王様の命に逆らったら打ち首だなどと随分物騒なことを言われて、渋々受け入れて、勇者様のパーティーに同行することになって、一週間ほど旅をしてきて、それで今に至る。
「我は貴様らと対話がしたい。どうだろうか?」
「……」
勇者様はすぐには答えない。
戦わずに済むならその方が良い。私としては万々歳。
それに、王様たちが言っているように魔族が敵かというのは不明だ。
というより、本当に敵意なんて無いのだろう。でなければ魔王城に至るまで魔族を一匹も配置しないなどということがあるだろうか?
だから私は魔王の話を聞いてみたいと、そう思っていた。
「ああ、いいぜ。話を聞いてやるよ」
「おい勇者! 何言ってるんだ!」
「そうよ! 魔王の話なんて聞く必要ないわ!」
勇者様が言って、ゴードンさんとアリシャさんは異を唱える。
二人の顔には、コイツを倒せば恩賞が貰えるのにと、そう書いてあった。
「心配すんなよ、ゴードン、アリシャ。ちょっと話を聞いてみるだけさ」
勇者様がこちらを振り返ってそう言った。
ゴードンさんとアリシャさんは「とは言ってもだなぁ」と納得のいかない顔を浮かべている。
そこで私は初めてパーティーの一番後ろから声を上げて意見した。
ぬいぐるみを抱きかかえた手に少しだけ力を込める。
「あ、あの! 私も話を聞いてみて良いんじゃないかなって、思います。敵意がないのも本当かな、って……」
「な? 回復士もこう言ってるんだ。ちっとばかし話を聞いてみようぜ」
勇者様は魔王に向き直る前、私たちにだけ見えるように邪悪な、とても邪悪な笑みを向けてきた。
おい、何だその顔は。
「じゃあ魔王。話を聞いてやるからその杖を放しな。俺も聖剣を放す」
「ああ、良かろう。話を聞いてくれること、感謝する」
そう言って、魔王と勇者様は互いの武器を横向きにして目の前に突き出し、同時にパッと手放す。
が――、
「ち、ちょっと待っ――」
私が制止の声をかけるも勇者は聞き入れず、落とした聖剣を蹴り上げると、疾駆しながら宙で掴み取った。
「貴様っ――!」
「オラァッ!!」
勇者が魔王に対して聖剣を突き出し、それはそのまま胴へと吸い込まれた。
「感謝するぜ魔王! テメェが人以上にお人好しでなぁ!」
「この、阿呆がっ――!」
魔王が最後に浮かべた表情は、怒りではないように見えた。
――なぜ。なぜ通じ合えないのか。
そういう悲しみにも似た感情が多分に含まれていると、そんな感じがして。
気付けば私は魔王へと片腕を伸ばし、とある魔法を使用していた。
それは誰に気づかれることも無く、手が何かを掴むことも当然無く、けれど確かに成功したという実感だけを私は得た。
その直後、聖剣を差し込まれた魔王の周りが光り輝く。
そして、魔王の体は崩れ落ち、塵と化してしまった。
「おお! やったぜ勇者!」
「すっごーい! まさか始めからこれを狙ってたの!?」
戦士のゴードンと魔導士のアリシャが勇者へと駆け寄る。
二人の顔に浮かぶのは一片の曇りもない笑顔だった。
どうやら、先程の勇者の行為を止めようとしたのは私だけだったらしい。
「どうして……、こんなことをしたんですか……」
「あァん?」
腕の中にあるぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、私は歓喜に酔いしれる勇者たちに向けて声を絞り出す。
勝利の余韻に水を差されたのが不快だったのか、勇者はこちらへヅカヅカと歩いてきた。
「何だよ、俺のやり方に文句でもあるってのか、回復士。ちゃあんと敵である魔王を倒しただろうが」
「その魔王は、本当に倒すべき敵だったんですか……?」
「何だと……?」
勇者は私の言葉にピクリと眉を動かす。
そして、明らかに見て取れる嘲笑を浮かべると、ゴードンとアリシャの二人に振り返りわざとらしく肩をすくめた。
「おいおい、コイツは残念だ。俺たち勇者パーティーの中にどうやら魔王の魔法で脳ミソをやられちまった奴がいるらしいぜ」
「別に魔法なんかにはかかってません。貴方はどうして敵かどうかも分からない相手を攻撃できたんですか」
「馬っ鹿だなぁ、お前。敵かどうか、なんてのは重要じゃねえんだよ」
「……は?」
「魔王を討ち倒せば莫大な恩賞が貰える。なのにいちいちそのための『手段』を吟味していてどうするよ?」
「……」
ああ。この人はさっきの魔王の言葉通り、阿呆だ。
金を得るために手段を選ばない。
これでは人を攫い金銭を得ようとする輩などと同じではないか。
私は諦めにも似た感情を胸の内に感じて、それ以上言葉を続けるのをやめた。
代わりに、深い侮蔑の意を込めた目を向ける。
「何だよその目は? お前は恩賞が欲しくねえってのか? ……いや、待てよ。そうだな、元々四人で分けるのもちょっともったいねぇって思ってたんだ」
阿呆が何か言っていた。
そうして、阿呆はそのお仲間二人と何やら打ち合わせをし始める。
その後、私を勇者パーティーから追放し、その分の恩賞を三人で山分けしようという話がまとまるまで大した時間はかからなかった。
* * *
「お、よく見てみたら魔王が付けていたこの腕輪とか冠、高く売れそうじゃねぇか」
「むむ、本当だな勇者よ」
「これ、王都に持ち帰ったら売っちゃいましょうよ」
勇者たちの嬉しそうな声が聞こえてくる。
どうやら魔王の身に着けていた装飾品を漁っているらしい。
うへぇ、と。
先程、一瞬一部でもこの人たちと思考が被ったことを思い出し、凄く嫌な気分になった。
「それじゃ回復士よ。テメェとはここでオサラバだ」
そうして私は束縛魔法をかけられる。
稚拙な術式だったため、その場ですぐに解除してやっても良かったが、とにかくこの人たちには早く満足してここを去って欲しいと思って、私はその束縛魔法を受け入れた。
「恩賞は俺たちで貰っておいてやるからよ。せいぜい魔族たちと仲良く暮らすんだな。ああ、それよか魔族の残党どもに食い殺されちまうかもしれねぇなあ! ケヒャヒャヒャヒャッ!」
童話に出てくる悪役か何かか、お前は。
そんなことを考えたが言わないでおいた。
とりあえず今は早くこの場から去ってくれ。
そうして胸に抱えたものの存在を気づかれたくなくて、勇者たちの気配が消えるまでひたすら待った。
――そういえば、一度も名前で呼んでもらえたことはなかったなと、そんなことを思いながら。
……。
…………。
「うん。もういいよ」
私は気配が完全に消えたのを確認して、胸の中のぬいぐるみに語りかけた。
「む、奴らは行ったか」
ぬいぐるみから声が返ってくる。
猫のような小動物を思わせるその可愛らしいぬいぐるみは、ヒョコっと私の腕の中から顔を覗かせた。
そうして、見た目と同じく猫のような動きで抜け出し、自分の体のあちらこちらを見回した後でちょこんと私の前に鎮座する。
「やれやれ。解除、っと」
唱えて、私は自分にかかっていた束縛魔法を解除する。
うーん、と伸びをして、私は目の前にいるぬいぐるみと向き合った。
「魔王さん、無事?」
「無事、というのか分からんがな。ともあれ、こうして体を動かし意思が疎通できる手段を得ているところを見ると、まだ生きていると表現して良いのかもしれん」
なかなか硬派な言葉を使うぬいぐるみだ。
見た目の可愛らしさに反するその言動に、私は思わず笑ってしまう。
「教えてもらおう。貴様、我に一体何をした?」
「……何を、というと?」
「我は聖剣の一撃を受けて確かに死滅するはずだった。それが魔法を使われたと感じて、気付けば貴様の腕の中にいた。この……、小動物のような人形に憑依させられて、だ。これは貴様の仕業なのだろう?」
「ああ、うん。……あの時、あなたの魂が消えちゃいそうだったから、咄嗟にこのぬいぐるみに移しちゃった。迷惑だった?」
「迷惑でなどあるものか。そうであれば我は貴様に命を救われたことになる。助けてくれたこと、礼を言う」
言って、ぬいぐるみがカクンと頭を垂れる。
うん。可愛らしい。
「しかし貴様、なぜ我を助けた? 我は仮にも魔王。このような人形に憑依させたからといって、貴様ら人族の脅威になるとは考えなかったのか?」
「え? でも魔王さん言ってたじゃない。敵意は無いし対話をするつもりだ、って」
「……それが嘘だったらどうする?」
「もしそうなら、魔法を解除しちゃえばいいかなって」
「解除、だと……?」
「うん。私は自分の使った魔法を解除することができるの。もしあなたが悪さをしようとするなら、魔法を解除しちゃえば元の体に元通り。そうなったら、あなたの魂はあの朽ち果てた体に戻るから」
「え? そうなったら我、死ぬだろ?」
「うん。死んじゃうね。だから魔王さんの言ったことが嘘だったとしても、悪さできないかなって」
「……生殺与奪の権を持った回復士か。可愛い顔して恐ろしいことを言うな、貴様」
そんなことを呟いて、魔王さんはしばし沈黙する。
そして、私が言葉を続けることになった。
「あと、何だか仲良くなれそうな感じがしたんだよね」
「仲良く……? 仲良く、だと……? この我とか?」
「うん」
私が即答すると、また魔王さんは沈黙する。
そして、
「く、くく……。クーハッハッハ! これは面白い! 貴様、実に面白いな!」
大声で笑い出した。
「面白い? そうかな?」
「ああ、そうだとも。我にそのようなことを言ってきたのは貴様が初めてだ」
「それはどうも。……それはどうも?」
そのようなやり取りがあって、私たちはなぜか二人で吹き出した。
ケラケラ。グハハハ。
そんな不釣り合いな声が魔王城に響く。
そうしてひとしきり笑いあった後、魔王さんは思い出したように話しかけてきた。
「そういえば貴様、魂を他のものに移すなど、とんでもない魔法が使えるのだな。我でもそのような魔法を使うことはできんぞ」
「あー、うん。回復魔法は私のとりえだからね」
「だとしても、という気がするが……」
「あの勇者たちにも全自動回復の魔法をかけてたんだけどね、理解してもらえなかったよ」
「な、なんだそれは?」
「うんと……、簡単に言うと、死ななくなる魔法? 斬られても焼かれてもその魔法がかかってるとすぐに復活できるの」
それを聞いた魔王さんはぬいぐるみの口をあんぐりと開けている。
ぬいぐるみの外見でそう見えるのかもしれないけど、表情豊かな魔王さんだなぁ。
「なん、だと……? そんな反則的な魔法がかかっているなら、あの勇者は何もあんな騙し討ちなどしなくても我に勝てていただろうに」
「信用されてなかったからね、私。それに『その魔法にかかっていれば死にません』って言われても、じゃあ死んでいいかっていう風には普通ならないんじゃない?」
「……なるほど。それも道理だ」
言って、魔王さんはくっくっと笑う。
あ、そういえば勇者たちにかけた全自動回復の魔法の解呪を忘れていた。
まあ、別にいいかと思い直し、私はそのことをきれいさっぱり忘れ去る。
「しかし、くくく。命を司る魔法か……。反則的すぎるぞ、その力」
「ええー、そうかなぁ? 攻撃を受けたら痛いのには変わりないし、私自身も防御力が高い戦士とかの方が良かったんだけどなぁ」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
そもそも私は戦うのとか、進んでやりたいと思わない。
だからある意味、勇者が追放してくれてせいせいしたくらいだ。
おまけに魔王さんも救えたことだし、今回の旅も無駄ではなかったと、そう思うことにした。
「ふふ。こうして見ると、魔王さんも可愛い」
「あ、おい待てヤメロ。耳を触るな。というかこの人形、耳が取れかかってるではないか……!」
「大丈夫大丈夫。後で縫ってあげるから」
「そ、そういう問題では……。ぬぉおおおお!」
魔王さんの抗議も激しかったので、とりあえずモフモフを楽しむのはその辺にしておいた。
「そうだ、魔王さん。あなたの着けてた腕輪とか冠とか、良かったの?」
「ん? ああ。我にとっては別に執着するほどのものでもない。そういえば勇者が持っていったのだったな……」
私の言葉を聞いて、魔王さんは何やら考え込んでいるようだった。
「魔王さん?」
「ああ、いや。何でもない」
そう言って、魔王さんは一言付け足した。
「あの装飾品は人間が装備すると身を焦がす呪いを振り撒くのだがな。まあ、そんなことはどうでも良いだろう――」
◆ ◆ ◆
一方その頃、魔王城から離れた森深くにて。
「いやー、それにしても大収穫だったな!」
「魔王を倒してくれた勇者のおかげだ。これでオレたち、王都に帰ったら英雄だぜ!」
「ホントホント。恩賞と合わせて、この魔王が身につけてた装飾品も売ればワタシたち一生遊んで暮らせるんじゃない?」
勇者と戦士のゴードン、魔導士のアリシャは三人揃って喜びを抑えきれないと言った様子で歩いていた。
時折、「あの回復士どうなるんだろうな?」「束縛魔法がかかってるんだから、ほっといても野垂れ死ぬだろ」「その前に魔族に食い殺されちゃうんじゃない?」と、そんな会話を挟みながら。
三人の胸の内にあるのは、王都に凱旋した後の自らの待遇やこれから輝かしい人生について。
その高揚感からか、はたまた何か自分たちの成し遂げた偉業を少しでも実感したかったからなのかは誰にも分からない。勇者が麻袋から魔王の装飾品を取り出して言った。
「おい。これ、着けてみようぜ」
どうせ王都に着いたら売り払ってしまうのだ。
その前にこの見事な装飾品を身に着けて、魔王討伐の余韻に浸りながら帰途に就くのも悪くないだろう、と。
勇者の提案に戦士のゴードンも魔導士のアリシャも賛同する。
そして――、
「うがぁっ!!!」
「何だコレ!? 何だコレっ!?」
「火が、火がぁああああ!」
魔王の装飾品を身に着けて生じた炎によって、三人は身を焦がされる。
体を走る、激痛などという表現では生ぬるいほどの重苦。
皮膚を焼かれ、眼球が捉えるものは炎のみとなり、耳から入ってくるのは己のものかもわからなくなるような絶叫。
本来であれば間違いなく死に到達しうるはずのその業火を浴び、それでもなお、三人は死ねない。
回復士のかけていた全自動回復魔法という置き土産が発動しているからだ。
もっともそれは、かけた本人にも、かけられた者たちにも予想などしようがない出来事だったが。
炎によって焦がされた皮膚は立ちどころに再生され、溶け落ちた眼球も再生する。
決して衰えない再生を繰り返すその魔法の効果は、回復士の魔法がいかに強力であるかを物語っていた。
勇者が冠を外そうと手を伸ばし、戦士のゴードンと魔導士のアリシャも腕輪を外そうと手を伸ばすが、本人たちにとってその間に感じる苦痛は永遠にも感じられた――。
◆ ◆ ◆
「……?」
何だかこの世のものと思えない絶叫が聞こえた気がした。
が、気のせいかと思い直し、私は魔王さんの入ったぬいぐるみを抱えあげる。
「さて、と。これからどうしようかな」
ここは魔族領。
普通なら人間領に戻るべきなんだろうけど、勇者たちによって私は追放されたことになるだろうし、また王様に無理な命を受けても面倒くさい。
それならいっそ、この魔王さんともっと話をしたい。
この魔族領で暮らしてみてもいいだろうか?
そのことを腕の中のぬいぐるみに伝えると、また楽しげな笑いが返ってきた。
「もちろん我は構わん。というより、我はもっと貴様ら人族のことが知りたい。元々、対話がしたいと言っていた通りだ」
そういえばそうか。
私も魔王さんとこうして話ができて良かったと思っているし、何か楽しいことが始まりそうな予感がしていた。
勇者たちには名前も覚えてもらえなかった私だけど、この魔王さんはきちんと私に向き合ってくれる、そんな気がして。
あ、回復魔法が使えるんだから宿屋なんかをやってみたい気もする。
一晩休んだら怪我なんかが全回復しちゃうような、そんな宿屋。
でも、魔族たちって宿屋っていう文化はあるんだろうか? そもそも寝る習慣とかあるんだろうか? ご飯は? どんなものを食べるんだろう?
そんなとりとめもない考えが膨らみ、「よし、もっともっと魔族のことを知ろう」という結論に落ち着いたところで、腕の中から声がする。
それはこんな言葉だった。
「そういえば、貴様、名はなんと言う?」
今度は私が驚く番だった。
なぜだかその言葉はとても優しく、温かく、心の中にストンと落ちてきて、思わず泣きそうになってしまう。
「何だ? 我はそんな変なことを言ったか?」
「ううん。全然変なことじゃないよ」
そして、私は魔王さんに向けて名前を告げることにした。
「私の名前は、レイラ・カートリー。これからよろしくね、魔王さん」
さて、まずは魔王さんの耳を縫い付けることからやらないとな、とそんなことを考えて私は魔王城から外、これから私が暮らしていくことになる魔族領の景色に目を向けた。
そこには太陽の光がこれでもかと降り注いでいて、これからのことを祝福してくれている。
そんな眺めがあった――。
《完》
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●読者の皆様へ
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当作をお読みいただきありがとうございます!
この作品について、良くも悪くもお気軽に評価してくださると嬉しいです(^^)
評価は、このページの下(広告の下)にある「☆☆☆☆☆」を押していただければ行うことができます。
もちろん感想もお待ちしております。
よろしくお願いします!
◆こちらの長編もぜひお楽しみくださいませ◆
●完結作品
俺だけ使える【スキル変え放題】で俺も仲間もスキル獲得し放題~パワハラギルド長から追放されたので最強ギルドを作り無双する。ボクにもスキルをくれと泣きつかれてももう遅い~称号士のギルド立ち上げ計画
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