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金木犀

作者: 葛川 鴨太郎

初投稿です。拙い文章多いと思いますが、最後までよろしくお願いします。

 君の首元はどんな匂いがするのだろうか。

 

 彼女が髪を結ぶためうなじを書き上げる仕草をする度、嗅いだこともないのに金木犀のような柔らかく、哀愁を感じさせる匂いが僕の脳内の嗅覚野を刺激する。その度に湧き上がるよう衝動を足に伝えないよう、僕は手に持っていた赤のボールペンでノートに一を書き込む。これでノートに並べられた正の数は7つになった。

 

 黒板の斜め上、「少年よ大志を抱け」と書かれたポスター上の時計は、2の文字に短針が向いていた。昼過ぎ最初の授業ということもあり、教室内の殆どの生徒は黒板に目もくれず、机に顔をふせている。

 

 新任の小林先生はそんな状況を注意するような余裕も度胸もなく、一生懸命に震えた声で古文の助動詞についての解説をしていた。今年から入職した小林先生は大学時代優秀な成績を残し、卒業式も終わった頃には、まだ見ぬ姿に期待だけが膨らみ、職員室では小林先生に対する話題で持ちきりだったらしい。だが、そんな期待も季節が進むに連れ萎んでいき、夏が終わる頃には期待は失望に変わり、周りの先生の態度に現れ始めていた。

 そんな現実を目の当たりにし、理不尽な世界では目立たず、適度に愛想を振りまくことが重要だと改めて思った。世の中の人間はその残酷な事実を受け止め周りの視線を気にしながら生きている。

 

 そんな中、彼女に漂う雰囲気は異質で、まるでアヒルの中に紛れてしまった白鳥の子供のように一人違った雰囲気を醸し出し、机の上のノートに意識を集中させていた。

 今どき小学生でも使わなくなった、緑色に金の刻印がされた鉛筆を走らせるた時の、木を叩く楽器のようにリズムカルな音に僕は耳を澄まし、全神経をその音楽に集中させる。音は耳を伝って蝸牛を震わすのを感じた。その振動が僕の脳に届くと同時、まるで心臓は初めて動き出したかのように、熱を帯びながら鉛筆のリズムに合わせ鼓動を刻み始める。

 

 だがその心地よい響きは余韻に浸る間も与えてくれず、急に失われた。鼓動を刻むエネルギーを失った僕は助けを求めて顔を上げ、彼女に目を向けた。

 その視線の先には彼女の首をこちらに向け、瞳が僕を捉えている。二重の少し茶色がかった瞳には、何もかも見透かせれているようで、息の吸い方を忘れてしまった。

 脳に酸素が不足し、頭が回らない。地上で空気は十分なはずなのに、溺れてしまいそうな感覚に陥った僕は本能的に立ち上がって覚束ない足を動かし始めた。椅子と机の金属がぶつかる音に驚いた何人かの生徒が顔を上げたのがぼんやりと見えたが、その視線がどこに向いているのかまでは考えられない。

 朦朧とした意識で彼女の正面にたどり着くと、僕はゆっくりと、こちらを向く彼女の耳の下をすり抜け、首元の産毛に触れてしまいしそうな距離まで顔を近づけた。

 

 ようやくたどり着いた場所は、思っていた通りの金木犀に少し汗の匂いが混ざっている匂いで、体中に血が、酸素が巡っていくのを感じた。

 彼女はどんな表情をしているだろう、確かめたくなり僕は顔をまた耳元を通って今度は正面に戻す。まぶたを半分閉じたその奥に柔らかく溶けてしまいそうな瞳があった。その下の方で桃色に染まった唇が静かに動いたと同時に、僕を焼き尽くすような熱が生まれた。


「同じ匂いがするね。」


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