騙されるは愚か者
「私、怖くて、怖くて――」
そうして、シュテイン王子との感動的な対面である。
フローラは、涙を浮かべてシュテイン王子に駆け寄ってみせた。
「フローラ、我が愛しの婚約者! 本当に、本当に無事で良かった!」
「魔族に捕らわれて、もう駄目かと思いました――殿下、殿下~!」
シュテイン王子の表情は冷めていた。
一応、心配そうな顔をしているものの、まったくもって取り繕えていない。どうして、こんな人を愛おしく思っていたのだろう、とフローラは不思議に思う。
えいやっと胸を押し付けた。
それだけで、シュテイン王子は場も選ばず鼻を伸ばした。ちょろいもんだ。
「殿下。私、殿下のお役に立ちたいです……」
「なら――あの演説は何だ?」
「ごめんなさい。その……、魔族の怪しげな術に操られ――心にもないことを……」
大げさに泣崩れてみせると、非難するような目がシュテイン王子を貫いた。
今の私は、敵に捕らわれた犠牲者だ。
それでいて奇跡的な生還を果たした聖女。怪しいところももちろんあるが、基本的に場は同情で満ちている。そう空気を誘導することに成功していた。
ちっ、とシュテイン王子が舌打ちした。
「その……、私のせいで何か戦況に変化でも……?」
「もう良い。おまえはいつもどおり、にこにこと微笑んでいれば良い」
「はい、殿下!」
フローラは、親愛を表現するようにシュテイン王子の胸に飛び込んだ。
***
「裏切り者を捕らえた?」
「ああ。聖戦を妨害する憎い女でな」
「まあ、それは――許せませんね」
ぷんぷん、と怒るフローラ。
シュテイン王子は、ちょっぴりお馬鹿な女が好きなのだ。
シュテイン王子は、まったく警戒心を持っていなかった。
彼の中で、フローラという存在は警戒に値する人間ではなかったのだ。
そんなこんなでシュテイン王子は、自慢げに自身の功績を話し出すのだった。
「馬鹿な女だろう? こうして囚われているのは、すべて俺に逆らったからだ」
「…………!?」
鎖に繋がれていたのは、思わぬ人物だった。
驚きの表情を押し隠し、
「それは、まあ――愚かな女ですねえ」
フローラは、そう嘲笑の笑みを浮かべる。
その女には見覚えがあった。
ブリリアント要塞都市で、魔王とアリシアが死闘を繰り広げた相手。レジエンテ兵の総指揮官を務める少女である。
「こいつは汚れた魔族と、和平を結ぼうなどと言い出したのだ。聖戦の士気を下げる離反行為だ――だから、こうして繋いで"教育"している」
「あら~。その教育、私にも手伝わせて欲しいですわ~?」
「ふっふ、相変わらず良い趣味をしているんだな」
「殿下こそ~?」
――なるほど、そういうこと。
持ち帰るべき情報が1つ増えた。
イルミナは魔族との和平を持ちかけたが、シュテイン王子はこれを拒否。そのままイルミナが手にした抑止力が、シュテイン王子に渡ったというところだろうか。
イルミナの存在は、魔王にかけられた魔法を解除するのに必要だった。
居場所が分かったのは、実のところ大きい。
「あなたは……?」
「和平なんて夢を見て~? 馬鹿な女ね~?」
「こんなことを続けても、無駄ですわ。あなたの思い通りになりません――きっと、魔王とアリシアさんが、この状況を打開してくれますわ」
まさしく、そのアリシアさんの一味が、忍び込んでいるとは夢にも思っていないのでしょうね……。
「いつまでもこの調子でな。後々、不便だから――心を折っておいてくれ」
シュテイン王子の欲求は、そんなもの。
こんな意味のない行為に、昔は嬉々として加わっていたっけ。
これも、シュテイン王子から信頼を得て、魔王の情報を引き出すためだ。
あまり気は進まないけれど、これまでのフローラを演じよう。それに……、この女には、ちょっぴり恨みもあるし。
「うふふ、こんな役目をいただけるなんて。楽しくなってきましたわ~」
そんな感情はおくびにも出さず、私は恍惚とした笑みを浮かべて見せるのだった。





