潜入
放り出されたのは、どこかの路地裏のようだった。
奇跡的に周囲に人影はない。
もし目撃者が居たら、口封じしなければ行けなかったところだ。
「ふう、上手くいきましたね」
ぶっつけ本番で、転移装置を起動して侵入。
どうにか上手く行ったけれど、随分と無茶をしたものだ。
残念ながら、付近にアルベルトの姿はない。
まだまだ試用段階であろう魔道具を、強引に動かしてしまったからだ。精度は望むべくもないし、ここまで辿り着けただけでも幸運だっただろう。
「みなさん、無事ですか?」
「な、なんとか……」
ひとまず全員無事なようで、ほっと安堵の息を吐く。
念のため全員に回復魔法をかけていき、ついでに隠匿魔法をかけておく。
ここは敵地のど真ん中。
姿を隠しながら移動するに越したことはない。
「アリシア様、これからどうなさいますか?」
「そうですね……」
リリアナの問いに考え込む。
実のところ、そこまで深く作戦は決めていない。
思いがけず、敵地のど真ん中に入り込めてしまった。これは実のところ、戦況を大きく変えうる大きな一手でもあった。
ここで、シュテイン王子を討てれば。
そうでなくても、王宮貴族に、魔道具の研究施設に壊滅的なダメージを与えられたなら。
戦争は、一気に魔族有利に傾くだろう。
そう思いつつ、私は雑念を追い払う。
優先順位を間違ってはいけない。あくまで目的は、アルベルトの奪還。その他のことは、二の次なのだ。
「まずはアルベルトを見つけないと話になりませんね」
傍に居ることは、間違いない。
それでも場所を特定できないと、行動を起こしようもない。
「う~ん。やっぱり私が街中で暴れて敵の目を集めて、その隙に皆さんで王宮に忍び込んで様子を探ってもらう……、ってのが良いですかね?」
突如として、敵兵力が街中に現れるのだ。
街の中は、さぞかしパニックになることだろう。
私、単独であれば、たとえ囲まれても逃げ出せる自信はあった。特務隊時代、それから魔王軍の一員として――ぬくぬくと王城で肥え太っている王国兵に遅れを取るつもりはない。
「う~ん、それが手っ取り早いですかね」
「アリシア様を危険な目に遭わせるなんて! ……と言いたいところですが、今更の話ですね」
「ところで、合流場所はどこにするのじゃ?」
乱暴な手ではあるが、無茶は今に始まった話でもない。
そんな反応で、粛々と作戦に向けて動き出そうとしていたその時、
「冗談でしょう!?」
そう異を唱えたのはフローラだ。
「何か文句があると?」
「大ありよ!」
いつになく主張してくるフローラは、
「潜入、情報収集――適した人間が居るじゃない」
私の視線を恐れるでもなく、そう言い切った。
その言葉の意味するところは……、
「本気? あなたを信じろと?」
「何を言うかと思えば。話になりませんね」
フローラの提案は、自分を情報収集のために王宮に送り込めというもの。
こちらの情報が、シュテイン王子たちに漏れたらジエンドだ。信頼できるはずがない――そう思っていたが、
「シュテイン王子への復讐。協力してあげるって言ってるのよ」
そう自信満々に宣言され、思わず言葉に詰まってしまう。
――あいつへの復讐を、おまえより先に遂げてやる
思い出したのは、そう狂気に満ちた目で私に宣言してきた姿。
魔王城の片隅に幽閉されたまま、平穏に一生を終える道を、この女は一度投げ捨てている。一度は、他者を踏みつけ、気がつけば立場は逆転し……それでも、復讐に生きる道を選び取ったというのなら。
その決意だけは、たぶん本物で。
「どうするつもりよ?」
「簡単なことよ。囚われの聖女が、敵国から奇跡的な生還を果たす――あいつは、人を徹底的に見下しているわ。媚びへつらえば、情報を奪う程度は容易いことよ」
うまくいけば私たちが王都に潜入したことに気が付かれずに、アルベルトの居場所が分かる。リスクはあるだろうが、得られるアドバンテージは非常に大きい。
「分かったわ、好きにしなさい」
「まさか信じるというのですか、アリシア様!?」
リリアナが、悲鳴を上げるような目で私を見てきた。
信頼――それは、フローラとは程遠い言葉ではあった。
プライドだけは高く、蛇のように狡猾で、相手を陥れることだけは一人前。おおよそ人の顔を被った悪魔ではあるが……、
「あんた、ろくでもないこと考えてるでしょう……」
「何のことかしら?」
だけども、これだけは言える。
この女が、自身を裏切った相手に尻尾を振る訳がない。
そう判断した私は、フローラを王宮に向かわせたのだった。
まあそれに……、
「従属紋がある以上、下手なことはできないでしょうしね――」
「それを、力ずくで従属紋破壊したアリシア様が言いますか……」
私の呟きに、リリアナがじとーっとした目で突っ込むのだった。





