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密談

予約投稿ミスっていました、申し訳ありません・・・!

来週からは、平常運転(週3回投闇)予定です


闇堕ち聖女、書籍版も発売中です。

是非是非、ご購入いただけますと嬉しいです!!


挿絵(By みてみん)

 その日、神聖ヴァイス王国の客間に1人の少女が訪れていた。


 訪問を歓迎するかのように飾られた調度品の数々。

 贅の限りを尽くした綺羅びやかな風景を、少女――イルミナは、何の感慨もなさそうに眺めていた。富めるものの象徴であるその光景は、少女にとっては苛立ちを与えるものでしかない。



 イルミナは、一人の男――ヴァイス・シュテインと向き合って座っていた。

 優雅な仕草で紅茶を口に運び、静かに相手の出方を伺っている。


「和平、だと? 本気で言っているのか?」

「ええ、至って本気ですわ。魔族とは、無闇に破壊を撒き散らすだけの話の通じぬ化物ではない――直接、話して交渉が可能だと確信しましたわ」


 直接、武器を交わしたからこそ分かることがある。

 魔王と聖女――あの2人は、きっと無益な戦いは好まない。


 生まれてから今まで、魔族を根絶やしにすることでしか平和は訪れないとイルミナは信じ込んでいた。それが魔族から人類を守るために多くの聖女を排出してきたレジエンテの教えであったし、イルミナも魔族とは血の通わぬ化物であると思っていた。


 だからこそ戦いは、殺すか殺されるかだと思っていた。

 もし敗れれば、仲間もろとも惨たらしく殺されると信じていたし、ああして対話が可能だとは思ってもいなかったのだ。



 罠は完璧に起動した。

 魔王と聖女を討ち、戦争は決定的にヴァイス・レジエンテ連合軍に有利に進むはずだった。しかし、その試みは、あっという間に互いを思い合う2人により覆されたのだ。



 ――彼らは、私の命を奪わなかった

 それどころか降伏した相手を、捕虜として丁寧に迎え入れた。守るべき民からも物資を徴収し、逆らう相手は容赦なく虐殺していた王国兵とは雲泥の差である。



「聖女フローラの奪還。魔族の殲滅――国民は、この戦争が嘘ばかりであることに気が付きつつありますわ。このまま戦いを続ければ、今後も多くの民が犠牲になるでしょう。傷を少しでも浅くするため、和平を結んで戦いを終えるのが得策かと思いますわ」


 無論、個人的な感慨など口には出さない。

 優雅に話し合い、少しでも自国に有利な条件で和平を結ばせる――イルミナは、表情を押し隠し、そんなことを考えていた。


 幸いヴァイス国内でも、戦争に異を唱える人間が徐々に現れている。

 このまま戦いを続けても、碌な結果にならないのは目に見えている。レジエンテ兵の扱いは、イルミナに一任されていた。イルミナが決めた今、レジエンテは戦争から手を引くことになるだろう。そうすれば、戦局は一気に魔族有利に偏るはずだ。


 このままでは、最悪、王国全土が焦土になる未来もあり得る。

 少しでもまともな思考ができる人間なら、この和平案を受け入れることになるだろう。問題は、どこを落とし所にするか……、



 そう思案していたイルミナだったが、


「ふん。腑抜けたな――」

「え?」


 イルミナは、シュテイン・ヴァイスという男を大きく見誤っていた。


 彼は、決して己の間違いを認めない。

 決して冷静な判断を下さない。

 一度始まった戦いが過ちであったとは、天地がひっくり返っても認めない。


「和平など、あり得んと言っているのだよ」

「この戦いは義を伴わない。レジエンテは、この戦いから手を引かせて頂きます」


 強い口調で切り出したイルミナを、シュテイン王子はまるで相手にしない。

 悠々と紅茶を口に運んでいた。


 まるでこちらの考えが見透かされているかのような不気味さ。

 イルミナは、焦りを押し隠し、次に打つ手を考える。この王子は、本当にどちらかが全滅するまで続く殺し合いを望んでいるとでも言うのだろうか。



「人形が意思を持つとはな――やれやれ、教育不足を咎めるべきか」

「何を……?」

「おまえは、魔族を皆殺しにするための象徴なんだよ。その役割を放棄しちゃ駄目だろう――」

「あ……、あれ――?」


 イルミナは、紅茶を取り落とす。

 視界がぐにゃりと揺れている。


 ――毒……、ですって?

 イルミナは、暗殺に備えて様々な毒に慣らされている。

 そんな自分が昏倒するほどの毒など、そう簡単に用意出来ないだろう。



「馬鹿な、たしかに毒見を――」

「この毒は、先に解毒薬を飲んでおけば効果は出ないのだよ。まったく、似たような罠に嵌まる馬鹿ばかりだな」


 嘲るようにシュテインは言うと、


「殺れ」


 そう短く命じる。



「貴様! 何を……!」


 壁際に控えていた男が、たちまちイルミナの護衛に襲いかかり、その命を奪い取った。

 同盟関係――だからこそ、最小限の護衛で訪問したのだ。そんな信頼を真っ向から裏切る行為だったが、勿論シュテイン王子は頓着しない。



「多くの民が犠牲になる?」


 イルミナの髪を掴み、自分の方を向かせると、


「民が俺のために死ぬのは当然だろう」


 シュテイン王子は、当たり前のような顔で囁きかけた。

 それが絶対の真理であると、何ら疑っていない曇りない瞳で。



「あなたはそれでも、この国の王子ですか!」

「悪しき魔女を討ち滅ぼし、聖女を奪還する――これは聖戦である。これは我が国の誇りの問題だ。和平など最初からあり得ないのだよ」

「この……、下衆が!」


 苦しそうに顔を歪め、イルミナはシュテイン王子を睨みつけた。


「慎重なおまえのことだ。万が一のため、魔族への切り札を隠しているな?」

「だとしても、誰が――」

「その反応はビンゴか。ふん、嫌でも話したくなるようにしてやるさ」


 貴様のことは、昔から気に食わなかったとシュテイン王子。



「お飾りなら、クローンで十分。そうだな?」

「はっ。このような絵空事を描くとは――馬鹿な女ですね」


 レジエンテの抱える秘密。

 本物の王女は既に亡くなっており、優秀なクローンがイルミナの名を冠して動いているというトップシークレット。シュテイン王子は、その事実を知っていたし、レジエンテの保守派――旧貴族を中心とする魔族を戦争によって滅ぼすことを願う勢力――と繋がりを持っていた。


 イルミナが、今日、ここに来たことは公にはならない。

 新たなイルミナを前線に立てて、聖戦はつつがなく続いていく。



***


 シュテイン王子は、イルミナから対魔族の切り札を聞き出そうと奔走した。

 


 イルミナの体内には、魔王の心臓の一部が取り込まれていた。

 ブリリアントで奪い取ったものだ。レジエンテに伝わる秘術。魔族の心臓を奪い取り、それを通じて相手を支配する切り札――相手の同意を得ずに振るえる分、従属紋よりも遥かに凶悪な魔法だった。


 アリシアによって防がれ、術式は不完全な状態だった。

 精々、1回だけ言う事を強制的に聞かせられる程度のもの。

 それでも魔王を相手に自在に命令を出せるというのは、戦況を十分に覆せる絶対の切り札であった。



 イルミナは、その秘密を墓まで持っていくつもりだった。

 シュテイン王子は危険人物だ。決して渡してはいけない相手だと分かっていた。


「助けは来ないぞ? いつまで無駄な抵抗を続けている?」

「あなたこそ。こんな無駄なことはやめて、さっさと解放して欲しいものですわね」


 祖国での狂った訓練を思えば、なんてことはない。

 その程度で口を割らせようなど片腹痛いと涼やかな顔をしていたが、術式の不完全さが仇となったのだろう。



 イルミナが意識を失った時、術式が、心臓が表に現れてしまったのだ。


 どくんどくん、と蠢く何者かの心臓。

 それを縛り上げるかのように鎖が伸び、その先端が魔方陣に繋がっている。



「なるほどな」


 一目見て、シュテイン王子はその性能を見抜いた。



 すぐに王宮魔術師を呼び寄せ、術式の解析を命じる。 

 複雑怪奇な魔術式に悪戦苦闘していた魔術師たちであったが、やがては術式の解析を成功させて、術の所有者を奪い取ることに成功。


「はっはっは、そういうことか……!」


 思わぬ力を手にしてしまった、とシュテイン王子は狂気的な笑みを浮かべる。


 これをどう使うのが一番効果的か。

 どう使うのが、一番、楽しいかを考えながら。



「ヴァイス・シュテイン――あなたは悪魔のような人です」 


 ちょうどその時、イルミナが目を覚ます。

 隠していた術式を奪われたことに気付き、真っ青になった。


 こいつは、間違いなく戦争を継続する。

 どちらかが滅ぶまで、この戦いを終わらせるつもりはない。

 決して奪われてはいけない切り札だったのに。



 保険と思って術式を解除しなかったのが、間違いだったのだろうか。

 だとしても、無条件に魔族が提案を呑む保証もない。この保険は、やっぱり必要だったと思う――その結果がこれだ。悔いても悔やみきれない。



「けれども……。あの2人なら、あの方たちが居れば、決して、あなたの思い通りには進みません。絶対に、絶対に――」


 祈りのようなイルミナの声は、静かに空気に溶け込み消えていった。

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