理想
「なら……、なんで私を助けたの?」
「それは――」
私の言葉に、イルミナは一瞬口を閉ざし、
「あなたたちに理想を見てしまったから」
なんて言い出すのだ。
「理想?」
イルミナは、安らかな顔で目を閉じ、
「愛し合い、深い信頼関係で結ばれたあなたたちを見ていたら――魔族と人間は、戦わない未来があるかもしれない。そう信じたくなってしまいましたの」
静かに笑う。
戦いに敗れた者――その末路に、ちょっとした夢を託して。
信頼関係で結ばれた……、か。
私は、無意識にアルベルトを見てしまう。
ぱちりと目が合った。
未だに、こちらを案じるような視線が向けられている。
どうしてだろう。その瞳を見て、術式を向けられていたアルベルトを見てパニックに陥った時を思い出し……、私はむず痒くなって顔を背けた。
不思議な感情だ。これは、何なのだろう。
「早く殺りなさいな」
イルミナが、観念したように呟いた。
そこに抵抗の意思はない。すでに彼女は、舞台を下りることを決めているのだから。
私は、改めてイルミナに視線を戻す。
この戦争のキーマンの1人にして、本気で殺し合った相手――不思議と恨みは沸かなかった。
互いに国の思惑で、使い潰されそうになった身。
同情はしないが、親近感を覚えてしまう。
私は、鎌を手にとりイルミナに向けた。そして……、
「何のつもり?」
静かにしまう。
死を望む者の首を、わざわざ刈り取ってやる義理はない。
この鎌はきっと、生き汚く、醜く生に固執する者の血を求めているから。
「見逃そうっていうの?」
「レジエンテの兵は、あなたの言うことしか聞かないでしょう。私たちには、レジエンテの兵と戦うだけの余力はない。それだけのことよ」
命を救われた分。
次会ったときは、きっと命を奪い合うときだ。
「はあ。アリシアが決めたことなら……、分かったよ」
アルベルトも、渋々といった表情で頷くのだった。
「イルミナ、次は敵同士に会ったら敵同士――互いの生き残りをかけて、そこで雌雄を決しましょう」
「そう――そんな結論を出すとは思いませんでしたわ。……そう、ですねえ。そんな未来は、きっと来ないと思いますわ」
にっこりと微笑み。
イルミナは、吹っ切れたような顔で立ち上がる。
それが、このブリリアントで彼女を見た最後だった。
「アルベルト、次は南門の皆さんを助けるために――」
結界は破壊した。
それでも、おとりになった南門では、未だに激しい戦闘が繰り広げられているはずだ。犠牲者を減らすために、まだやれることがある。
まだ戦うつもりでいた私はだったが……、
「……あれ? 何でしょう――?」
空が回っている。
真っ直ぐ立っていることも出来なくなり……、
「――アリシアッ!」
倒れそうになったところで、アルベルトに抱き支えられる。
大げさすぎだ。
まだ戦えますよ!? と口にしようとして。
どうにも抗えない眠気に襲われ、そのまま目を閉じてしまい……、
「アリシア、アリシア!」
「アリシア様!?」
2人の悲鳴のような声を聞きながら。
私はパタリと意識を失った。
***
ブリリアントの砦での戦いは、双方の兵に甚大な被害をもらたしながらも、最終的には魔族が砦を奪取するという形で決着した。
おとりとして突入した魔族軍は、半数近くが負傷。
迎え撃った王国兵とレジエンテ兵も、魔族たちの激しい抵抗で大勢の死傷者を出した。ブリリアントでの戦いは、全面戦争開始後、最大規模の衝突となった。双方にこれまでの比にならないほど、多くの犠牲者を出した。
アルベルトは気絶したアリシアを連れて、信頼のおける数名の兵とともに魔王城に即座に帰還。
魔王城から、現地に指揮を飛ばすことになった。
イルミナは、驚くことにブリリアント砦の防衛から手を引いていた。
その後、彼女を戦場で目撃したという証言は得られていない。
防衛装置の大半が破壊されたことで防衛力を大きく落としたブリリアント砦を、魔王軍は果敢に攻め立てた。相手が体制を立て直す前に、拠点を手にするのは計画していたとおりだ。
一度は撤退した魔王軍は、籠城する王国兵に対して何度も夜襲を敢行。
近くの砦を防衛していた戦力すらも追加投入し、1週間弱の激闘の果て、ついにはブリリアントの砦を落とすことに成功したのだった。
――そんな報告を、アルベルトは魔王城の執務室で聞いていた。
犠牲は大きかったが、作戦は順調に進み、勝利といえる結果だろう。だけどもアルベルトの頭の中は、1人の少女で占められていた。
レジエンテの敵将・イルミナを撃退し、ブリリアントの防衛機構を破壊してのけた今回の戦闘の立役者。12部隊のリーダーことアリシアは、今も目覚めず救護室で静かに寝息を立てている。
そんな中、アルベルトの執務室にメイド姿の少女が1人飛び込んできた。
アリシアの腹心である少女は、久々に憂いのない笑みを浮かべながら、
「アリシア様が目を覚まされました!」
という。
アルベルトは、その報告を聞くや否や……、
「ッ!」
待ちきれないとばかりに、執務室を飛び出していった!
それはもう溜まっていた書類をほっぽりだして、一目散にアリシアの部屋に走り出していったのだ。
「魔王様!? まったく、もう――」
慌てて止めようとしたのは、魔王の側近ことキールだ。
止めようとしつつも、止まるはずがないということも分かっており、深い諦めから静かにため息をつく。といいつつその表情は、仕方ないものを見る温かさが込められており。
「まあまあ今日ぐらいは許してあげて下さい。魔王様が、どれだけアリシア様を心配していたか――キールだって知っているでしょう?」
「ええ、分かってますよ」
アルベルトは、一見、いつも通りに采配を振るっているように見えた。
しかしその裏では、しょっちゅう落ち着かなそうに部屋の中をうろうろしているということをキールは知っていた。
そうなだめるリリアナも、アリシアの部屋に戻りたそうにウズウズしており。
「……まったく、あなたもアリシア様の傍に付いていたいのではないですか?」
「お言葉に甘えます」
あれだけそわそわしている少女が傍に居たら、逆に執務に集中できないとキールは面倒くさそうにリリアナを追い払う。申し訳なさそうな顔をしつつ、リリアナは嬉しそうにアリシアの元に駆け出していった。
大量の書類を前に頭を抱えるのは、魔王の腹心であるキール。
「やれやれ」
愛されてるなあ――、と小さくため息。
それから、黙々と書類の整理を始めるのだった。
***
一方、王国では。
シュテイン王子への不満が、日に日に高まっていた。
レジエンテと手を組んで始まった"聖戦"は、一向に終わる気配がない。
民が貧困にあえいでいても、貴族たちは税は容赦なく取り立て、いつ終わるともしれない戦争にうつつを抜かしている。苦しい暮らしを強いられる弱者が大勢居る中、王宮では毎日、貴族たちにより豪勢なダンスパーティーが開かれている。
不満が高まっていくのも当然だった。
そんなある日、ついに決定的な事態が訪れる。
絶対の要塞として信頼を寄せていたブリリアントが陥落したのだ。
ついこの間、ディートリンデを落としたという知らせを受けたばっかりである――シュテイン王子は、耳を疑った。
これは国内の士気にかかわる。
即座に秘することを決めたシュテイン王子であったが、
「号外、号外! 非武装地帯の真実!」
「ブリリアント砦陥落! 次の目標はニルヴァーナの砦?」
国内では、まことしやかにそんな噂が広まっていった。
調べれば言論統制の効かない地方のジャーナリスト集団が、戦地におもむき、そんな真実を映像の魔道具とともに広めていたのだ。
――余計なことをしやがって!
シュテイン王子は、忌々しい思いで指を噛む。
兵を派兵し、ジャーナリストの集団を滅ぼしてやっても良かったが、奴らは国外にも拠点を構えている。そう簡単には手が出せないし、行動を起こせば奴らとて黙ってはいないだろう。
対応を決めあぐねている間に、記者たちは次々と爆弾をばらまいていった。
戦地の様子が、次々と明るみに出始めたのだ。
――非武装地帯では、公開処刑が日常?
戦争に協力しない者は、容赦なく処刑されている。
日々の暮らしにも困る現地民を武力で脅し、王国兵は様々な物資を取り立てているのだ。
中でも年端も行かぬ少女が処刑台に登らされる映像は、目を覆いたくなるほどの酷さだった。廃れた村の中は、駐屯兵により荒らされ地獄――もはや扱いは奴隷と変わらない。到底、同じ王国民への扱いとは思えなかった。
あまりにも酷い民の扱いに、国民の怒りが高まっていく中。
……王国の聖女、もとい魔女が、その村を解放した。
声高に正義を叫ぶ少女を、見せしめに殺そうとした王国兵。
少女を助けるため、危険を顧みず村1つを救い出した魔女アリシア。
国民がどちらに親近感を覚えるかといえば明らかで――その姿は、自然と王国民に1つの疑念を植え付けた。
すなわち、あの公開処刑は真実だったのか? と。
シュテイン王子の発表は、信ぴょう性に欠ける。
それは終わらぬ戦争から見ても明らかだった。
無論、言論弾圧を恐れて、国民が口に出すことはない。
それでも王国内には、確実にそういった空気が出来上がっていった。
更に、追い打ちをかけるように。
――1ヶ月以内にヴァイス王都攻略も視野に?
そんな見出しの記事が公開された。
魔道具に映し出されたのは、魔王軍の旗が掲げられたブリリアント砦。
次に襲われるのは王都かもしれない。
もはや安全圏は存在しないのだ。
そうして、王国民は徐々に真実に気がついていく。
シュテイン王子は、国を守っていた少女を冤罪で処刑したのだ。更に証拠を隠滅するため、大義名分無き戦争を仕掛け、多くの犠牲者を生み出しているのだと。
このまま黙っていては、王国は魔族に滅ぼされる可能性すらある。
その日を境に、王国内では徐々にシュテイン王子に反旗を翻す者も増えていくのだった。





