戦う理由
「イルミナ――よくも、よくもアリシアを……!」
アルベルトが、怒りに満ちた目でイルミナを睨みつけた。
敵。復讐。捕虜にすれば、レジエンテを相手に有効な手が取れるかもしれない。
頭の冷静な部分がそう囁いても、アルベルトは自身の中で渦巻く怒りを飼いならすことができなかった。
「待って下さい」
「何、リリアナ。君だって、この女が――」
「薬って、この人は言いました」
「何を言っているのさ」
呆然とするアルベルトをよそに、あろうことかリリアナはイルミナから薬を受け取ってしまう。更にはそれを、躊躇なくアリシアの口に流し込もうとするのを見て、
「リリアナ、正気!?」
「だって……! 僅かでも可能性があるなら、賭けてみたいじゃないですか!」
このまま放っておけば、アリシアは命を落とす。
だけども敵が差し出した薬を飲ませるなど、正気の沙汰ではない。普通に考えれば、毒の可能性が高いだろう。
「イルミナ、どういうつもり?」
「ただの気まぐれでしてよ」
だけども必死の形相で迫るリリアナ。
そしてイルミナの不思議と澄んだ顔を見て……、
「分かったよ」
アルベルトも、気がつけばアリシアに薬を飲ませることに同意していた。
果たして、アリシアが飲まされた薬は――本当に解毒薬であった。
イルミナにより生み出した対聖女特攻の猛毒――アリシアを蝕んでいた毒は、特効薬でまたたく間に浄化されていったのだ。心配そうに見守る一同の目の前で、アリシアはみるみるうちに血色を良くしていき……、
「アリシア、アリシア!」
「アルベルト、無事だったんですね。良かった!」
パチリと目を覚ました。
最後には、アリシアの生命力が物を言った。
イルミナとの戦いでも、血を流しすぎて危険な状態には違いなかったのだ。普通の人間なら、そのまま帰らぬ人となっただろう。しかしアリシアは、これでも元聖女だ。毒に蝕まれる心配のない今、アリシアは有り余る聖女パワーを十全に発揮して、あっという間に傷を癒やしてみせた。
あまりの早業に、アルベルトがあんぐりと口を開けていたほど。
むくりと立ち上がったアリシアは、
「なんで私を助けたの?」
そう問いながら、倒れているイルミナに鎌を向ける。
カウンター魔法は、たしかに全て潰したはず。まだ警戒心はあったが、もうイルミナに抵抗できる余力はないと思う。
イルミナは、そうねえ、と場にそぐわぬのんびりした口調で答え、
「それなら少しだけ昔話を聞いて下さらない?」
と答えるのだった。
***
「レジエント対魔族特攻兵器0037番――それが私の名前よ」
イルミナが、淡々と口を開く。
私――アリシアは、その口から出てきた不穏な言葉に首を傾げる。
「……兵器?」
「生物兵器――簡単に言えば神聖力を多く持っていた王女のクローンね。一番、出来が良かった私が、そのまま実戦配備されたの」
宗教国家レジエンテ。
その悲願は、魔族を殲滅して大陸に平和をもたらすことであった。
そのための研究のひとつが、対魔族特攻兵器の開発。
生まれつき病弱でありながらダントツの神聖力を持っていた王女のクローンを大量に生み出し、兵器として育て上げたという。
病弱な王女のスペアとして。
戦場で使える道具として――倫理観は無視された。
訓練は、過酷を極めたという。
同じ顔の人間が、毎日バタバタ死んでいく地獄の日々。
私は、カウンター魔法の発動条件を思い出し、ゾッとしていた。自らの死をトリガーとする魔法……、普通の神経をしていたら試そうとも思わないだろう。
失敗した者は、ただ死んでいったのだ。
そうして生き残ったから、イルミナという少女はこの戦争で指揮を取っている。
一番の傑作。
結局、早くに亡くなった王女の代わりに、この"イルミナ"がレジエンテの王女の座に収まった――そういう事情らしい。
「あーあ。魔族、皆殺しにしたかったんだけどなあ」
あまりに無邪気な声。
わたくしたちのような者は、もう生まれて欲しくないですもの――そんな言葉を聞かされてしまえば、恨む気も起きなかった。
「なら……、なんで私を助けたの?」
「それは――」





