vsイルミナ(2)
アルベルトは、結局その場で手を上げて投降するしかなかった。
アリシアに少しでも危険が及ぶような選択を、当然、彼は取ろうとはしなかった。
「あなたたちも、少しでも動いたら……分かってますわね?」
隙をうかがっていたリリアナも、釘を刺され悔しそうに武器を捨てる。
アリシアは、反応を示さない。
毒に体を蝕まれ、すでに気絶していたのだ。
もっとも執念からか、結界の大部分は破壊されている。この都市の結界は、数年がかりで築き上げたものだ──内心でイルミナは、したをまいた。
イルミナは、自身に回復魔法をかけて傷を治療していく。
「まさか、本当に戦うのを止めるなんて。そんなに、この女が大事なの?」
「……当たり前だろう」
「まあ、この女が生きてさえいれば、結界が解けるかもしれませんものね?」
「そんなの……、関係ない。くそっ」
イルミナは、アルベルトをテキパキと拘束する。
聖なる力の籠もった発光する紐で縛り上げらる。信じられないことに、その紐はアルベルト――すなわち魔王の魔法すら封じてみせた。
対・魔王の魔法を封じる術式。
アリシアを奇襲で仕留めるための毒。
イルミナは、本当にこの戦いに照準を置いていたのだ。
拘束されたアルベルトの元に、イルミナは歩いてくる。
いつになく可憐な笑みを浮かべたイルミナは、黙って縛り上げられたアルベルトを見下ろした。そうして、口に出された言葉は、
「ねえ、和睦を結ぶなんてどうかしら?」
到底、信じられないもので――
「は?」
アリシアを殺しかけ、戦争を仕掛けた張本人が。
どの口で、そんなことを言うのか――思わず剣呑な声を出したアルベルトを見て、くすりとイルミナが笑う。
敵の狙いが、まるで分からない。
今や戦局は、圧倒的にイルミナに有利だ。殺すだけなら、すぐにでもここに居るメンバーを全滅させられるだろうし、それは今後の戦争を大きく有利にする。
「面倒なのよ。これ以上戦うのは」
「君たちは、魔族を全滅させるって言ってなかったっけ?」
「あれはシュテイン王子が勝手に言い出したことですわ」
イルミナは、残念そうに首を振ると、
「残念。それじゃあ、交渉は決裂ですわね」
イルミナはそう言うや否や、何やら複雑な魔方陣を宙に描き出す。
怪しげな術式は、アルベルトの見ている前で、不気味な光を放ちながら、ますますサイズを増していく。
アルベルトは、特段、魔法のスペシャリストという訳ではない。
イルミナの刻みあげていく魔方陣は複雑すぎて、まるで効果が読み取れない。
しかし理解できないながらも、アルベルトの脳内では、ずっと警鐘が鳴り響いていた。ろくでもない何かだというのは、本能レベルで察してしまったのだ。
とは言っても、拘束された身では、結局、大した抵抗もできず――
「レジエンテに伝わる秘術――まさか、本当に使う日が来るなんてね」
「いったい、何を……」
「心臓――いただくわ」
イルミナは、アルベルトに手を伸ばす。
その手は、アルベルトの体を、何の抵抗もなく通り抜け――
「がっ――」
イルミナが心臓を鷲掴みにし、アルベルトは苦しそうにうめき声をあげる。
レジエンテは、対魔族の戦争を有利にするため、様々な研究をしていた。
捕らえた魔族で人体実験を行い、その中で気が付いたのだ。
心臓を抜き取った魔族は、心臓を通じて命令を送り込むことで、自在に行動を操ることができるということに――
イルミナの作戦は、敵対勢力アリシアの排除。
及び、アルベルトの捕獲。
淡々と命令をこなし、心臓を取り出そうとするイルミナ。
予定通りのことが、予定通りに進んだだけといった表情。その瞳には、おおよそ勝利の喜びすら浮かんでいなかった。
――その時だった。
「ッ!」
イルミナが、自身の首を狙う致死の一撃を察知したのは。
慌てて回避したイルミナが見たのは、目の前を横切っていく大振りの鎌。
「死にぞこないが、しつこいですわよ」
「……決着を、付けましょう」
イルミナが、バックステップで距離を取る。
対するアリシアは、薄い笑みを浮かべたまま、鎌を手にイルミナを睨みつける。
――そうして最後の戦いが、始まろうとしていた。





