表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ】闇堕ち聖女は戦渦で舞う  作者: アトハ
13章 ブリリアントの要塞都市の戦い
73/107

vsイルミナ(1)

 アルベルトは、血の気の引く思いだった。

 彼にとって、アリシアという少女は言うまでもなく特別な存在だ。


 こんなことになるなら、やっぱり強引にでも魔王城に置いてくるべきだったと思う。たしかにイルミナの不意打ちは完璧だったが、それでも普段のアリシアなら、難なく躱していただろう。

 ダイモーンの里の戦いから始まって、ディートリンデ砦、ブリリアント要塞都市と、激戦が続いてきた。やっぱりアリシアの負担になっていたのだ。



 後悔してもしきれないが、そんなことより今考えるべきなのは、


「イルミナだっけ? よくもアリシアを……!」

「怒るフリなんてしなくても良くてよ?」


 にっこりと美しく微笑むイルミナは、すでに臨戦態勢に入っていた。


「どういう意味さ」

「そのままの意味ですわ」


 イルミナが短刀を振りかざし、アルベルトに襲いかかろうとしたとき、



「遅いね」


 アルベルトは、音もなくイルミナを中心に爆発を引き起こす。

 魔術式の構築から詠唱までの工程を全て破棄したそれは、一瞬で、イルミナの内臓をズタズタに破壊した。

 大量に吐血して命を落としたかに見えたイルミナであったが、


「無駄、ですわ!」


 次の瞬間、イルミナの姿はそこにない。

 たしかに命は奪ったはず――それなのに次の瞬間、アルベルトの背後に転移する。イルミナは勝利を確信した様子で、短刀を突き刺そうとしたが、



「種はとっくに割れてるよ」

「なっ!?」


 アルベルトは振り返りもせず、イルミナに向かって掌底を放つ。

 予想もしていない反撃を喰らい、イルミナはくるくると回転しながら吹き飛ばされ、そのまま地面に激突した。


 イルミナは、自らの命を発動条件とするカウンター魔法を得意とする。

 以前の戦いで、その手口は把握していた。

 アルベルトは、イルミナを相手取ったときの戦い方を、何度もシミュレーションしていた。魔族と人間の全面戦争――敵のエースとの衝突は、絶対に避けられないと確信していたのだ。



「お強いですわね」

「それはどうも」

「でもこの戦場は、あなたの負けですわ。あなたの大切な仲間は、私たちレジエンテに敵わない。あなたは兵力の大部分を失うことになりますわ」


 ただ事実を述べるように、イルミナは口にする。

 


「もはや結果は見えた――それなのに何があなたを、そこまで駆り立てているのかしら」

「それで揺さぶりをかけたつもりかい?」


 つまらなそうな声で、アルベルトはイルミナに取り合わない。


 命を奪った直後こそ、守りに集中せよ。

 それが鉄則であり、逆に言えば奇襲さえ受けなければ、イルミナの攻撃にそこまでの驚異ではないのだ。



「イルミナ、君の狙いはボクとアリシアを討つことだったんだね」

「何のことかしら?」


 別に認める必要もないさ、とアルベルトは攻撃の手を緩めない。

 戦いは一方的なものになりつつあった。


「一度ディートリンデを落としてボクたちをおびき寄せ、そのまま自分たちは早々に逃げ帰ってディートリンデを明け渡したんだ」

「あら? そんなことをして、いったい何のメリットが?」


 すっとぼけたように笑うイルミナを、アルベルトは鼻で笑い飛ばす。


「すべてはボクたちを、罠を張ったブリリアントに誘い込むため――魔王城で暴動を起こしたのも、君の部下の仕業かい?」

「へえ? そこまで気がついていたのですね」


 アルベルトの憎しみの籠った視線もものともせず、イルミナは余裕の表情を崩さず、飄々と認めるのだった。



「気が付いたのは、ついさっきさ。アリシアにしか解けない結界があって、アリシアを殺すために作られた毒を持った君が居た――偶然とは考えづらいよね」

「だとしたら、どうしますか?」

「殺すよ、君は」


 アルベルトを突き動かしていたのは純粋な怒りだ。

 大切な少女を傷つけたイルミナへの怒りと、そんな事態をみすみす許してしまった自身への怒り。怒りを飼いならし、アルベルトは冷徹に敵を排除するべく、機械的に戦いを続ける。



「どれだけ怒り狂っても、わたくしを殺すことはできませんわよ?」

「なに、問題ないよ」


 それは戦いとも呼べない、一方的なものとなった。


 イルミナに、有効手はない。

 対してアルベルトは、一撃でイルミナを殺せる。たとえ、死をトリガーとした魔法を持っていても、攻め続ければ関係がなかった。


「くっ、ぁぁ……」

「どうしたの? まさか、それで終わり?」


 アルベルトは、もともと敵には容赦ない苛烈な性格を持つ。優しさは、己の大切な存在にのみ向けられるのだ。



「くっ、まさかこれほどの力を持っていたとは……。誤算ですわ」


 アルベルトの取った戦術は、実にシンプル。

 幾度となくイルミナを殺したのだ。反撃の隙すら与えず、さりとて瞬殺はしないよう。


 何度も死の恐怖を受ければ、まともな精神など保てるはずもない。

 これ以上ないほどの残虐な戦い。それは、心を折るための戦いだった。

 しかし……、



「結界が効いてませんの? なんなんですの、その強さは?」

「そっちこそ……。まともな精神じゃないよ」


 思わず毒づく。

 結果、訪れたのは膠着状態。


 蘇ったイルミナは、次の瞬間には殺される。

 しかしその戦意は決して衰えず、蘇生したそばから相手の命を狙うのだ。無論、その刃も届かず、またしてもアルベルトに致死ダメージを負わされ……、



「まともな精神なら、ここには立っていませんわ」

「それもそうか」


 その言葉には同意だった。



 隙は一瞬だった。

 アルベルトとて、一瞬の油断が命取りになることは、重々承知している。

 蘇生したイルミナには、全身全霊で警戒していた。



 反撃の隙を与えないように。

 そう、その狙いを看破することができなかったのだ。


 

 誘導されていたのだろう。

 イルミナが蘇生した場所は、アリシアの目の前だった。


 しまった──

 一瞬生じた思考のぶれ。

 いつもと同じことをしていれば、決して生まれなかった隙。アルベルトは一瞬、動きを止めてしまい……、イルミナはその一瞬こそを待っていたのだ。


「止まりなさい! この女がどうなっても良いの?」


 アリシアは、毒で朦朧とする意識の中、結界解除に集中していた。

 反撃などできるはずもなく、イルミナは悠々とアリシアに短刀を突きつけた。


 特別な毒が塗られたものだ。

 もう一度攻撃を喰らえば、アリシアはもう助からない。



 人質。

 この局面で、それは非常に有効に機能する。

 動きを止めたアルベルトを見て、不思議そうな顔をするイルミナだったが、迷いは一瞬。



「お伏せなさいな」


 やがて、勝ち誇ったように宣言する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▼コミカライズはじまりました▼
lzmac5arhpa97qn02c9j0zdi49f_1ad4_p0_b4_4zqc.jpg
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ