命の使い道
急速に体から力が抜けていく。
「ど、毒……!」
目の前には、魔石がある。
戦局を覆すための鍵が手元にあるのに、私の意識はどんどん薄れていく。
「流石は王国の魔女。これで即死しないなんて――本当にしぶといのですね」
イルミナが、手にした短刀を弄びながら呟く。
非常に強力な毒だった。
内部で増殖し、簡単には治療出来ないような厄介極まりない性質。対聖女を念頭において、私を照準に合わせた強力な毒だった。
だけども……、関係ない。
心の炎が燃えている限り、私は決して死ぬことはない。
「あはっ、ここで会ったが100年目。ここで引導を渡してあげるわ」
長期戦になれば、毒が回って不利になる――目指すべきは短期決戦。
イルミナを撃退した後は、速やかに結界の解除もしなければならないのだ。この体が、どこまで持つかは分からないけれど……、
唇を噛み、私は無理矢理にでも意識を保つ。
体調は最悪に近い。でも、まだやるべきことがある。
「無理しないで良くてよ? あなたはもう頑張った――後は、ゆっくり休んで良いのよ?」
「戯言をっ!」
渾身の力で鎌で斬りつけたが、あっさりと受け止められる。
どうにも手に力が入らない。
それでも、ここで引く訳には――
戦闘を続けようとする私だったが、体が付いていかず、ガクリと膝を付いてしまったところで……、
「そこまでだ」
アルベルトが、私を守るように割って入るのだった。
「アルベルト?」
「相変わらず心臓に悪いことをするね、君は……!」
イルミナの方を見もせずに、アルベルトは私に向かって声をあげる。その声は、怒りというよりは懇願の色が強かった。
「ここはボクに任せて。アリシアは、今は治療に専念して……そうじゃないと、ボクは――」
「でも……。そんなことをしている間に、戦いは……」
「でも、も何もない! そんなに傷だらけなのに……、どうして君は……。アリシアは少し休んでて? この戦いは、ボクが絶対にどうにかするから」
アルベルトは、泣きそうな顔をしていた。
「どうにかって……?」
「アリシアの焦りは分かるよ。分かるけど――たまには、ボクに守らせてよ」
そう言われても、この局面で、私だけがのうのうと休める筈がないではないか。何かを言い返そうと、私も、口を開いたところで、
「う~ん? 魔王と聖女が、そんな言い争いをして――いったい、何を考えているんですの?」
イルミナが、脳天気な声で首を傾げ、
「それで……、わたくしは、いったいいつまでこの茶番を見ていれば良いのですか?」
心底馬鹿にした様子で、そう言い放つのだった。
「なんとでも言ったらよいさ。イルミナ……、君はボクの大切なアリシアを傷つけた――覚悟は出来てるよね」
「あらあら、怖い」
アルベルトは、本気で憎悪の籠もった視線を向けて。
一方のイルミナは、いつぞやのように軽い口調で肩をすくめるのみ。
「死ね」
アルベルトが、予備動作もなく闇の魔力を凝縮して、イルミナの立っていた場所に爆発を引き起こし……、
「残念だけど、あなたたちはここで死ぬ。なぜならそれは、神の導きだから――」
「戯言を……!」
――ついに戦闘が始まった。
***
目の前で戦闘が始まった。
「アリシアは、休んでて?」
脳裏に響くのは、アルベルトの声。
純粋に私の身を案じる声。
客観的に見て、私はすでに満身創痍なのだろう。まともに立っていることすら出来ず、体は毒に冒されてギリギリの状態。
だけども……、
「あはっ、私だけ休んでるなんてつまらないですよね」
もし、自分だけが生き残ってしまったら。
それは恐ろしい想像だった。
そんな未来が来てしまったなら、きっと私は死を選ぶだろう。自分で自分を許せない。
あるいは、復讐のために無茶な戦いを続けて――結局、ろくな死に方はしないだろう。
同時に、頭の中の冷静な部分が告げる。
この戦いはアルベルトに任せるべき。それより、ここで、私にしか出来ないことは……、
「やってやりましょう」
私の目の前には、イルミナの作り出した性質の悪い魔方陣。
その術式を解除して、戦場を有利に運ぶこと――それが今、私がやるべきことだ。





