激変する戦況
戦況は激変した。
魔族にとっては猛毒となる結界に阻まれ、魔族たちはたちまち窮地に陥っていた。更には追い打ちをかけるように、
「悪しき魔族を滅せよ!」
「神の加護は我らにあり!!」
レジエンテの兵士たちが、一気にブリリアントになだれ込んできた。
「いったい、どこにあんな兵力が!?」
「隠匿魔法!?」
レジエンテの兵力が、予備兵力としてブリリアント要塞都市の周囲に待機。タイミングを見計らって、一斉になだれ込んできたのだ。
「嘘……、だろう?」
「嵌められたっていうのか、俺たちは!?」
おとりを買って出た魔族たちは、瞬く間にパニックに陥った。
結界により力を封じられ、結界から吹き出している毒に体を蝕まれ、到底、満足に戦えない状態。その矢先の敵の増援である。
「落ち着くのじゃ!」
混乱に陥る魔族たちに、呼びかける者が居た。
和服衣装に身を包んだ狐耳少女――ライラは、毒に苦しむ仲間たちを視野に入れながら、
「アリシア様なら、この程度は予期しているはずなのじゃ!」
「で、でもよう?」
「我らがここで崩れたら、作戦はおしまいなのじゃ。今こそ聖アリシア隊の底力を見せるときなのじゃ!」
そう勇ましく呼びかける。
更には持っていた治癒の魔道具が、結界の毒の治療にも使えることを発見し、味方を鼓舞していった。
「アリシア様が、作戦を成功させるまで!」
「俺たちが、ここで倒れる訳にはいかねえ……!」
再び闘志を燃やした魔族たちは、不利も顧みず、王国兵たちに決死の抵抗を続けるのだった。
***
「くっ……、厄介な!」
私は焦りながらも、自分とアルベルトを守るように浄化魔法を放つ。じわじわと体を蝕む毒を打ち消し続ける必要があり、そう長くは持たない対処法だった。
「完全に、やられましたね」
待ち伏せ。
こちらの策が読まれている。
「随分と好き勝手やってくれたもんだ。だけど――」
「ええ。このままやられる訳にはいきません」
どうして、こうなったのか。
考えるのは後回し。このままでは、魔族たちはまともに戦えない。またたく間に全滅してしまうだろう。
「覚悟……!」
「舐めるなっ!」
突っ込んできたレジエンテの兵士を、アルベルトが豪快な魔法で吹き飛ばした。位置は完全に割れてしまったが、もう出し惜しみはできない。
一旦、制御装置は後回し。
結界の魔術式を分析した私は、そのコアがブリリアントの中央部にあることに気がついていた。
「アルベルト、リリアナ。付いてきて下さい!」
まずはこの結界をどうにかしなければ、戦いにもならない。
私たちは、結界の中心を目指して走り出すのだった。
***
「ほら、早く治癒魔法をかけなさい」
「はあ、はあ。まったく、なんって人使いの荒い!」
私は、フローラに命じて、パーティに治癒魔法をかけさせた。
魔力はできるかぎり温存したい。腐っても聖女であるフローラは、毒を浄化する魔法を得意としていた。この状況で逆らっても死ぬだけだと悟ったのか、彼女は予想に反して素直に従っている。
「アリシア、良くそんなに動けるね?」
「魔女といっても、元は聖女ですから。結界の効果も薄いのかもしれませんね」
「うらやましい限りだよ」
この中で一番つらいのは、アルベルトだろう。
大粒の汗を滲ませ、それでも辛さを顔に出さないように、薄っすらと笑みすら浮かべてみせた。
「それにしても、アリシアは凄いね。この状況でも結界を分析して、そのコアの場所を特定するなんて」
「すいません。ここから魔力を送り込んで破壊できればよかったのですが……」
「相変わらずとんでもない発想をするね、君は……」
アルベルトが、静かにそうため息をつく。
「本当に、君が味方で良かった――」
「それは私もです。こんな状況でも希望を失わずに居られる――隣にアルベルトが、頼れる仲間が居るおかげですよ」
同時に、死にたくないと強く思ったのも、ここに居る全員の、そして魔族たちのおかげだ。
こんなところで諦めてなんて居られない。
私たちは、入り組んだ路地を駆けていく。
「貴様らを倒せば、戦争は終わりだ。死ねえええええ!」
「次から、次へとっ!」
次々と襲い来る兵を一刀両断し、私は道を突き進む。
魔力の流れを辿るように。
急いで、だけど冷静に。
そうして駆け抜けた先で……、
「あった。これが、この結界のコア!」
それは見たこともない大きさの魔石。
要塞都市のちょうど中央部――すなわち魔方陣の中心に、魔力を供給するための魔石が設置されていたのだ。
まずは、あの魔石を破壊する。
その後、結界を打ち消すための魔力を注いでやれば、この局面を打開できる……、
降って湧いた救いの糸。
一瞬、注意力が欠けてしまったのだ。ふらふらと吸い寄せられるように近づいてしまい……、
「アリシア様、危ないっ!」
「アリシア!」
「……へ?」
私が、振り向くと同時、
「いらっしゃい、お馬鹿な魔女さん?」
そんな声と同時に、視界に映ったのは白銀の少女。レジエンテの王女にして、最前線で指揮を取る少女の名は、
「あなたは――イルミナっ!」
完全に死角からの一撃。
体制を立て直す間もなかった。狂気的な笑みを浮かべたまま、イルミナは天高くから舞い降りると、
「がっ、何……を――」
「さようなら」
手にした短刀で、私の胸を深々と突き刺した――





