贖罪
「この人――アリシア様は、私たちの村の英雄ですよ!? それなのに……、恥ずかしいとは思わないんですか!」
そう訴えかけたのは、先ほどまで処刑されようとしていた少女だ。
意思の強そうな瞳で、村人たちに訴えかけるように、そう声を上げている。真っ直ぐで強い瞳――そんな彼女を守れただけで、この村に立ち寄ったかいが合った、なんて柄にもなく考えてしまう。
「こんなことが、本当に正しいと思ってるんですか!? こんな素晴らしい方が、本気で王国を滅ぼそうとしていたと――信じているんですか!?」
少女の訴えは純粋だった。
だけども、人の認識はそうは変わらない。
別に、それで構わない。だから良いのだ……、そう声をかけようとして、
「たしかに――」
「シュテイン王子は……、この戦争は――」
「ああ。あんなのに騙されるなんて……俺たちは、どうにかしてたんだ」
村人たちの反応は、予想外のもの。
少女に対して否定的な反応は少なく、彼らは自身の行いを恥じるように首を振る。一瞬でも取り乱したことを恥じるように、
「聖女アリシア様。我が村を救って下さったこと――勇敢な未来ある少女を守って下さったこと……、感謝します」
深々とその場にひざまずき、そう私に真っ直ぐ謝罪してきたのだ。
聖女、アリシア。
それは、あまりに懐かしい響きだった。
「我々は、あまりにも盲目的だったのです」
「今なら分かります。この国を本当に守っていたのは――、アリシア様だったのですね……」
「それなのに、この国は……、本当に、なんてことを――」
集まった人々は、恐怖に震えていた。
シュテイン王子の描いた筋書きは、明らかにおかしい。
ヴァイス王国は、虚偽で塗り固められている――目の前の王国軍も、屑ばかり。そんな自身で目にしたものもあって、おのずと真実を理解しつつあるのだ。
王国を守っていたのは、処刑された聖女である。
国の英雄を、自分たちは処刑したのだ。あまりにも酷ったらしく、おおよそ考えうる限り最悪の方法で。
アリシアという少女が、どれほどまでに絶望したことか。どれだけ悔しい思いをして、どれだけ恨んだのだろうか。
彼らは、ただただ恐怖に震えることしか出来なかった。
「あなたたちは――」
目の前には、憎き王国民が居る。
地獄のような最期で意識を失う中、血を吐き、一度は復讐を誓った相手だ。
あの日の憎しみは、ここに繋がっていたのだろうか。
問いかけるように、私は鎌を手に握る。今、思いがけず私は復讐のチャンスを手にしている。
「アリシア様……」
そんな私の前に飛び出してきたのは、私が処刑される寸前で助け出した少女だった。小さな少女は、強い意思を瞳に携えたまま、
「私は、ずっとアリシア様には謝りたかったのです」
ひざまずくように、そう切り出した。
「何のこと?」
「私、あの日、あの場所に居たんです――」
あの日、それは、きっと処刑の日。
もちろん、私に見覚えはない。国をあげての盛大なイベントだったのだ。騙されて見に来た少女に、きっと罪はない――今なら、そう思う。
「ごめんなさい。鵜呑みにして――止められなくて……、ただ見ていることしか出来なくてごめんなさい」
少女を悩ましていたのは、存在もしない罪への罪悪感だ。
村人たちが震えることしか出来ない中、こうして謝罪の言葉を真っ先に口に出せたこと――やっぱり、この少女は勇敢な子だ。
「アリシア様には……、私を殺す権利があります」
「いきなり何を言い出すの!」
「それだけのことを、私たちはしたと思うんです」
気がつけば私は、ひざまずくように頭を垂れる少女を、優しく立たせていた。
「せっかく助かった命、大切にして下さいな」
殺したいほど憎い相手は、いくらでも居る。
そいつらを殺すまで静まらない炎は、今も胸の奥底に渦巻いている。
そしてその炎は、目の前の少女を殺しても、なんら鎮火することはない。
今の私は、少女を憎もうなどとは、ちっとも思えなかった。
「でも――、国のために頑張ってきて、ずっと尽くしてきて――それで殺されるなんて、あまりにもあんまりで……」
少女は、そう泣きじゃくる。
純粋な少女には、その事実は、恐ろしいほど重くのしかかったのだろう。その言葉は、自分でも思ってもみなかったほどに私の胸を軽くした。
「もし、あなたが何かを感じたなら――」
「アリシア様?」
「目を養ってください。そして、とことん考えて下さい。何が嘘で、何が本当か――そうすればきっと、あなたは立派な大人になれます」
私は、別に偉そうに誰かに講釈垂れられるような人間ではないけれど。
それでもこの少女が、願わくばそのまま綺麗なままで大人になりますように。幸せになれる、そんな未来が王国にも訪れますように。
そんな願いは、たしかな本心だった。
私が、誰かに言葉を贈るなら――
「そして人と分かり合うことを諦めてはいけないよ?」
「うん。アリシア様! ……私、アリシア様みたいになる!」
それは、やめておいた方が……。
そんな微笑ましい声に見送られ。私はアルベルトたちと合流し、引き続きブリリアント要塞都市を目指すのだった。
「良かったね、アリシア」
「……ええ」
アルベルトは、自分のことのように嬉しそうだ。
偶然立ち寄った集落で――良い出会いだったと思う。
自分でも驚くほどに、心が軽やかだった。
「まあ、やるべきことは変わらないけれど」
そう言って、私は愛用の得物を撫でる。
数多の王国兵の血を吸い込んだ鎌は、今日も赤黒く熱を持ち輝く。私が立つべき場所は戦場で、この戦争を終わらせるため、私はこれからも鎌を振るう――この道は、決して変わらない。
それでも、これまでの道は間違っていなかった、と後押ししてもらった気がして……、
「いずれアリシア様がどれだけ偉大な方なのか、全王国民が思い知ることになりますよ」
「別に、どっちでも良いですって」
リリアナの言葉に、笑いながら突っ込む。
――そんなリリアナの言葉は、そう遠くない将来、現実のものとなる。
***
無人の集落。
結局、王国兵に支配されていた村人たちは、そのまま集落を出ることを選択したのだ。
「異常なし、異常なし」
王国兵のリーダーは、村に1人残り、虚ろな目で定時報告する。気が付かれるころには、村人たちは、どこか遠くに逃げおおせているだろう。
「いやあ、見事なものでしたね。さすがは聖女様!」
「ディートリンデ砦に保護を求めなさい、かあ。良いなあ――私も、魔導皇国に亡命しちゃおうかしら」
「っ!? おっかないこと言わないでくださいって! 敵国ですよ、敵国!」
無人の村で動く者が、もう1組居た。
ひょこりと動く彼らは、戦地の状況をお伝えるジャーナリストである。
「マルク! ちゃんと撮れた?」
「ばっちり! 王国兵の非道っぷりも、聖女様の天使っぷりも! だから、そろそろ帰りましょうよう」
「な~にを言ってるの! ジャーナリストなら、カメラと共に戦場で死ぬ覚悟を持ちなさい。まだ見ぬスクープが、私を待ってるわ~!」
少年の悲鳴と、少女の楽しそうな声が響き渡る。
非常に貴重な映像と音を残す魔道具には、王国兵の横暴の証拠がバッチリと記録されていた。それはシュテイン王子にとって、致命的な爆弾だったりするのだが……、それはまた別の話。





