死にかけた村の救世主
「え? あなたは……、どうして私を?」
「あなたのような立派な人間が、ここで死んで良いはずありません。シュテイン王子なんて比べ物にならないぐらい――いいえ、比べることすらあなたには失礼ですね」
自身の死の間際まで、村人たちに働きかけた少女。
普通なら泣き叫んで命乞いをするだろう。最後まで自身の感情を貫き通すのは、並大抵の意思ではない。
彼女の生き方は、いっそ眩しくすら感じられた。
そんな少女との語らいは、不快な声に遮られることになる。
「貴様! その行為は、シュテイン・ヴァイス殿下のお心に反するものと知っての狼藉か!!」
「あはっ、おかしなことを聞きますね?」
こいつらは、私の顔を知らないらしい。
あまりに馬鹿けた問いに、思わず笑ってしまった。
「その名前は――もっとも汚らわしい名前です」
「何だと!?」
「自分勝手で、人の迷惑なんて何も考えない――そんな人間に忠誠を誓うなどお断りです!」
はっきりと言い切る。
「なら死ね!」
4人の王国兵が、私に向かって突っ込んできて――
「少し、目を閉じてて?」
「うん」
戦闘の血生臭さは、この少女には似合わない。
こういう少女こそ、戦場を知らぬまま優しく育って欲しい
少女が目を閉じたのを確認し、私は王国兵に向き直った。
村人たちから徴収し、さぞかし美味しいものを食べていたのだろう。
訓練すらしていなかったのか、随分と緩慢な動きだった。私は、くるりと舞うように鎌を振るい、
「はっ?」
「へ?」
「あはっ、腕がなまってるんじゃないですか?」
またたく間に、4人の兵士を絶命させる。
もともと最前線に立とうともしなかった兵士崩れの集まりだ。
騎士と名乗るのもおこがましく、ごろつきと実力は大差ない。数分と経たずに、集落を恐怖で抑え込んでいた兵士たちは全滅することになった。
「さてと、あなたで最後みたいですね?」
「う、嘘だ。こんな……あ、あり得ない――」
「残念ながら現実みたいですね」
へなへなと座り込む男。
こいつが、村を支配していた元凶だ。
処刑台には血がこびりついている。この集落では、これまでも悲劇が繰り返されてきたのだろう。つまらない男の命令で、つまらない男が、つまらないことをしてきたのだ。
正直、殺してやりたいという思いは山々だったが――
「あなたには役目がありますからね」
「……あ?」
私がかけるのは、精神汚染の魔法だ。
少しの間、相手の意識を奪い、思いのままに操られる禁忌とされた術の1つ。まあ、こいつが相手なら、なにも問題はないだろう。
「何か聞かれることがあっても、異常なしと答えなさい」
「――ハッ、なんの異常もありません」
この村で何かあったという発見を、少しでも遅らせるためだ。
そのために連絡を取り合う代表を、洗脳した状態で生かしておく方が良いと判断したのだ。
これは、いわば自己満足。
ちょっとした寄り道のようなもの。
長居するつもりもなく、私は静かに立ち去ろうと思っていたのだが……、
「夢か? 俺は、夢を見ているのか?」
「夢なもんか。あいつらは死んだ、死んだんだ!」
「それじゃあ、まさか――解放、されたのか!?」
集落に佇む村人たちが、ようやく目の前の光景を理解したのだろう。
徐々に喜びの声が広がっていき、
「お嬢ちゃん、なんて強さなんだ!」
「この村は、もう終わりだと思ってた!」
「あなたは村にとっての救世主だ! 本当になんと感謝すれば良いか――」
私は、たちまち興奮した様子の村人たちに取り囲まれてしまう。それは思わず気圧されてしまうような、凄まじい熱気であった。
「感謝なんて良いですよ。その……、ここには成り行きで立ち寄っただけですから」
どうにもこうして称賛を浴びる事態には、慣れられそうにない。
目を逸らして、私が小声で口走ったその時、
「あなたは――魔女、アリシア!?」
村人の1人が、そんなことを口走った。
やっぱり私の顔は、少なくない人間が知っているのだろうか。
そろそろ本格的に、変装を考えた方が良いかもしれない。そんな現実逃避気味のことを考える私だったが、
「え? 魔族と内通していたっていう……、あの?」
「ま、まさか――」
ヒソヒソと、ささやき声が広がっていく。
王国を裏切った魔女――また、ここでその評判を聞くことになろうとは。
反論しようとも思わなかった。
ただ、そう思われることへの諦観。どうでも良いと、黙って目を逸らす。
今となっては、魔族として王国を滅ぼさんと動いているのは事実だ。
そのまま、静かに立ち去ろうとして……、
「なんで! どうして恩人に、そんな好き勝手なことが言えるんですか!」
響き渡ったのは、そんな人々を糾弾する言葉だった。





