新たな戦いの始まり
私たちは、ディートリンデ砦の作戦室に集まっていた。
通信用の魔道具を用いて、急ぎ魔王城で開かれている作戦会議に参加するためだ。
「魔王様、大変です! 城下町で……、暴動が起きました!」
「は?」
焦った様子でこちらに報告してきたのは、アルベルトの腹心である吸血鬼の魔族――キールであった。
アルベルトは、呆然とした様子で目を瞬いた。
「暴動? いったい、なんだってそんな――」
「今代の魔王様は、随分と日和見だと――城下町の暴徒たちは、防衛戦術を中心とした今の魔王様のやり方が気に入らないようです」
ヴァイス王国による宣戦布告。
それに対してアルベルトは、あくまで自領の防衛を中心とした戦略を取っていた。そんな消極的な戦略を取っているから後手に周り、重要な砦を落とされることになったのだと、過激派の魔族が立ち上がった――というのが、今回の暴動のあらましなのだが……、
「それで被害は?」
「はっ、既に魔王城に残っていた第11部隊の手で、事態は鎮圧されていますが――その……。申し訳ありません――首謀者は、取り逃がしてしまいました」
「仕方ない。大事なくて良かったよ」
アルベルトは、安心した様子で答えつつ、静かに頭を悩ませる。
そう、今回の顛末は――
「「おかしいですね(よね)」」
クーデターを起こすつもりなら、アルベルトが魔王城に居ないタイミングを狙うのは、一見おかしくはない。
だけど強いて言うなら、どうにもタイミングが良すぎるのだ。まるで私とアルベルトが戦場に向かったタイミングで、あらかじめ暴動を起こそうと企んでいた誰かが居たようで……、
「敵が何か仕掛けてきた?」
「そう考えるのが自然ですよね」
情報戦。
自国の士気を高め、敵の士気を下げるのは重要だ。
シュテイン王子は、囚われのフローラを助け出すという白々しい演説をしてみせたし、レジエンテとの同盟を大々的に宣伝した。
こちらも意図せず、情報戦を仕掛けた形になっている。フローラによる暴露の魔道具を送りつけたのは、シュテイン王子の信頼に大きな傷を与えたことは疑いようがない。
戦争には大義名分が必要なのだ。
「敵の狙いはなんでしょう?」
「素直に考えるなら、魔王の信用を落とすことで戦意を削ごうとしてるんだと思う。実際、嫌な手ではあるけど――」
恐ろしいのは敵の息のかかった者が、そこまでの影響力を持っていることだ。
今、このタイミングで暴動を起こしたことには、何か意図があるはずだ。私たちが魔王城を離れている間に事を起こし、じわじわ毒のように国力を削ごうというのだろうか。
「魔族同士で争ってる場合じゃないのに。アルベルト、一度、魔王城に戻りますか?」
「その必要はないよ。その程度で国を揺るがそうって思っていたなら――少し、ボクたちのことを舐めすぎだよね」
アルベルトは、そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「キール、何か問題は?」
「これっぽっちも」
いつものように軽口で。
キールは、そう心強い返事を寄こす。アルベルトとキールの短いやり取りには、たしかな信頼関係が見え隠れしていた。
「暴動に浮き足立っていた者たちも、魔王軍の強さを再認識し安心した様子でした。落ちた砦には、魔王様が直々に出陣なさいましたしね」
「ふむ――、これはこのまま帰れそうにないね……」
アルベルトが、その言葉を聞いて困ったように肩をすくめる。
魔族が、魔王に求めるものは強さだ。自身が尽くすに値する強者を、国の長に据えるべしというのが魔族の考え方なのである。
満を持して、魔王が戦地に出陣したのだ。
そこには否応なく、大きな戦果を――戦争を終わらせるような目覚ましい活躍を見せるという期待が寄せられる。
アルベルトは静かに考え込んでいたが、
「仕方ないか」
何かを決意したように呟いた。
「魔王様?」
「我々、魔王軍は――見事に、ディートリンデ砦の奪還に成功。逃げる王国軍に追撃戦を仕掛けながら、緩衝地帯を突っ切り、ブリリアントの要塞都市まで攻め入る! ……こんなところか」
アルベルトが口にしたのは、私も初耳だったこれからの計画。
否、ここで決まったのだろう。魔王城に戻るのではなく、更なる侵攻を続ける決意――戦争をその手で終わらせる魔王としての誓い。それは、より魔族の忠誠を高めることになる。
「良いのですか?」
「好機ではあると思うからね。まったく、面倒なことをしてくれたよ」
アルベルトはそうぼやきながらも、
「アリシア、これからも君の部隊には期待してるよ」
などと声をかけてくる。
「あはっ、ついに攻め入るんですね――楽しみです!」
「君はいつも楽しそうだね」
呆れた声のアルベルトとキールの声を尻目に。
私は、明日からの戦いの準備に戻るのだった。





