どうして恐れる必要があるのかしら?
「ば、馬鹿な……!」
「なんだあの動きは……。奴はバケモノか!?」
「あはっ、バケモノとは失礼ですね?」
縦横無尽に動き回り、私は鎌を振るう。
一振りで断末魔の悲鳴をあげることも叶わず、王国兵の男たちはバタバタと倒れていく。たちまち半狂乱になっていく兵たちを、私は容赦なく斬り伏せていく。
「恐れるな! 敵はたったの1人だ!」
「囲め、囲め! 映えある王国騎士団たる者、勇敢に戦え!」
パニックに陥りながら、無謀にそう叫ぶ指揮官の男も居た。
怯える兵を相手に、愚直に突っ込むように指示を出す。そんな兵たちは哀れなことに、すぐに同じ末路をたどることになった。
やはり練度が低い。
各々がバラバラに動いていて、まるで人数を活かせていない。強大な魔族とぶつかり合ったなら、まずは盾役の人間で固めて、遠距離から魔法を浴びせるなど組織的に戦うべきだ――狼狽えるままに突撃を繰り返すなど、狩って下さいとアピールしているようなものだ。
みるみるうちに王国兵は数を減らしていき、
「撤退! 撤退だああああ――!」
ディアベルは、驚愕の表情のままそう叫ぶ。
恐怖で顔を歪めながら、尻もちをつき、感情に突き動かされるように走り出し――、
「あはっ、どこに行くんですか?」
その真正面に、私は回り込んだ。
そう簡単に逃がすわけがないだろうに。
「ヒィィ……」
ディアベルは、尻もちを付いて後ずさる。
忘れようもない黒い炎が、胸を焦がそうと燃え広がっていく。
そうだ、王国にはこいつのように、平気な顔で私のような人間を踏みつけ、甘い蜜をすすっている奴が大勢居るのだ。
けれども、もう、突き動かされるままに行動する訳にはいかない。
この感情は飼いならそう――もっとも、やるべきことは何も変わらないが。この屑の命をどう使うのが戦場において効果的か、私は燃えたぎる感情とは別の部分で、冷静に考えていた。
私は、冷淡な前でディアベルを見下ろした。
「す、素晴らしい力だ! 君ほどの力があれば、是非とも我が隊に入って……、そうだ、王国に反旗を翻そうじゃないか。俺とおまえの力があれば――」
耳を傾ければ、耳障りな声で何かを口走っている。
こいつらは、どうして皆、同じ反応をするのだろう。あまりに滑稽で、同時にひどく腹立たしく――
「うるさいですね」
私は一気に距離を詰め、
「ま、待――」
「あはっ、さようなら」
「ひっ――」
そのまま鎌を振るう。
ディアベルの首は吹き飛び、胴体と別れを告げることになった。
「あはっ、結果オーライですかね?」
私は、その首を手に抱える。
今ここで私がやるべきは、敵軍の戦意を下げること。
待ち伏せを喰らったときはヒヤリとしたが、砦を任された指揮官を倒したのは上出来だろう。
「次に私がやるべきことは――」
私がちらりと視線を向ければ、王国兵たちは、蜘蛛の子を散らすように逃走を始めた。別に追う必要はない。それよりも大事なことがある。
私は、助走を付け飛び上がり、
「ここで良いかしら」
私が降りたのは、砦の中でも見晴らしの良いバルコニーのような場所だ。
戦地を見渡す、見張り台の役割も持っているのだろうか。戦場を見下ろすことができ、向こうからも容易にこちらを確認できる――端的に言えば、非常に目立つ場所であった。
そのまま私は拡声魔法をかけ、
「――既に砦は、私たちの手に落ちています!」
そう宣言しながら、ディアベルの首を高々と掲げる。
敵の指揮官が討たれ、砦が落ちたという証明――それは敵の士気を下げるには、十分な意味を秘めていた。
「これ以上の戦いは無意味。死にたくなければ、すぐに投降――いいえ、違いますね」
意識していなかったが、私は王国兵の返り血がベッタリ浴びていた。
そんな私が、首を片手に掲げたまま浮かべた笑みは、さぞ凄惨なものだったとリリアナは後に語っており……、
「あはっ、死にたい人だけ戦いを続け下さいな」
「うぉおおおおお!」
「アリシア様がやってくれた!」
「我々も、負けてられない! さあ、アリシア様に続け……!」
時間稼ぎに徹していた魔王軍の士気は、これ以上ないほどに跳ね上がり……、
「今が好機なのじゃ! 一気に決着を付けるのじゃ!」
「あ、こらライラ! そんな無茶な突撃命令を出したら――」
「「「うぉおおおおおお!!!!」」」
怒声とともになだれ込む魔族たち。
そんな彼らは、支援魔法と魔道具により、大きく能力が向上している。士気の下がりきった王国兵では、まるで相手にならないほどに。
「二人とも、良い連携です」
驚くべきことに、あれほどの激闘が繰り広げられていたにもかかわらず、12小隊はほぼ無傷でまるまる残っていた。
それはライラとリリアナの功績が大きい。
個々の戦力では、大きく勝っているのは揺るがない事実。
恐れるのは、囲まれて各個撃破されること。ライラは、なるべく集団で行動するべし、とシンプルな指示を出した。以前なら聞き入れられることは無かったであろう指示は、日頃の訓練の成果、というか意識改革のおかげか、素直に受け入れられたのである。
対するリリアナたち特務隊は、これならと戦局を俯瞰しながら、魔族たちの後方支援に徹していたらしい――咄嗟に決めた作戦とは思えぬほどに、良い連携を見せる魔族と人間の混成部隊であった。
そんな訳で、ほぼ無傷で残っていた12小隊。
私の宣言を好機と見たライラの指示で、彼らは水を得た魚のように王国兵に襲いかかっていく。狼狽した王国兵には、到底、その混乱を鎮められるものなどおらず、
「ば、バケモノどもめ!」
「撤退、撤退だ……!」
そう悲鳴を上げながら、撤退していくのだった。
「まあ、嘘なんですけどね」
砦の中に、どれだけの兵が残っているか分からない。
まるで砦を制圧したかのように語ってみせたが、この中がどうなっているかなど知る由もない。敵に優秀な指揮官が居れば、すぐに無力化されるような作戦であったが……、
私は砦のやぐらから飛び降り、
「上手く行きそうですね」
そう小さなつぶやきを漏らす。
姿の見えないイルミナが、未だに不安要素ではあるものの、趨勢は魔王軍に有利に進んでいる。
更には、追い打ちをかけるように。
聞こえてきたのは、ドーン! と派手な爆発音。
こんな圧倒的な魔法を使えるのは、アルベルトを置いて他にいない。
「――やっぱりアルベルトの魔法は派手ですね」
私の宣言を聞いて、乗り込むことを決めたのだろうか。
一気にディートリンデ砦を落とすため、良い判断だと思う。
「さてと、仕上げといきましょうか」
最後にやるべきは、砦に潜む王国兵の残党狩りだ。
私は、もうひと暴れするつもりで、砦の中に攻め入るのだった。





