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【書籍化&コミカライズ】闇堕ち聖女は戦渦で舞う  作者: アトハ
11章 ディートリンデ砦の戦い
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反撃開始

「それでディートリンデ砦で……、いったい何が起きたんですか?」

「いまだに信じられないのだがな――」


 ディートリンデ砦は、西部を険しい岩山に、東部をアンデッド殺しの血涙湖に囲われた天然の要塞と言える場所だった。

 警戒するべきは、王国との緩衝地帯につながる北部のみ――誰もが、そう認識していた。その隙を突かれたのである。



「は? 敵はアンデッド殺しの血涙湖を渡ってきたんですか!?」

「はい。信じ難いことですが……」


 魔族の中で、一番、丈夫なのはアンデッドだと言われている。

 たいていの魔法に耐性を持ち、切っても突いても決して倒れず、上位の光魔法以外で浄化することは出来ない。そんなアンデッドの一族を、溶かして絶命に追い込む強烈な酸が溜まった真っ赤な湖――そんな理由で名付けられたのが、アンデッド殺しの血涙湖である。

 そんな場所を、生身の人間が渡ってくるなど、まさに想像の埒外であった。


 恐らくはイルミナの固有魔法だろう。

 フローラのような紛い物ではなく、彼女は正真正銘レジエンテで認められた聖女なのだ。


「アリシア、君なら血涙湖も渡れる?」

「ええっと……、私だけならたぶん。ですが――部隊1つ丸ごととなると、かなり厳しいかと」

「そんなにかあ」


 アルベルトが険しい顔をした。


 それからもイルミナの戦いは、見事と言わざるを得ないものだった。

 陽動としてレジエンテの兵たちを暴れさせ、隙を突くようにブヒオの居る本隊まで一気に侵攻してきたというのだ。とどめはさせないと悟るや否や、さっと身をくらませたという判断の速さも脅威と言えた。

 予想外の襲撃を受けた隊の混乱は免れず。

 混乱収まらぬ間に、眠っていたはずの王国兵まで、一斉に襲撃を仕掛けてきたといい……、最終的には全滅を避けるために敗走せざるを得なかったという。


 死角から意表を突き、そのまま数の暴力で一気に砦を攻め落とす胆力。

 自分の命すらチップに変える姿勢――私は、以前のイルミナとの戦いを思い出して、背筋に冷たいものが走るのを止められなかった。



 ――その時、伝令兵が入ってきた。


「ブヒオ隊長! 敵襲、敵襲です!」

「またか……!」


 忌々しいとばかりに、ブヒオが毒づいた。


「いいか、いつも通りだ。守りに徹して、決して深追いはせず……」


 そう答えかけたブヒオだったが、



「いいや、今が絶好の機会だな。こっちから打って出るべき時か」


 考え直したように首を横に振る。

 それから、私と魔王の方を見ると、



「我々、第四を部隊は、これより戦線を押し上げるために一斉攻撃を仕掛けようと思います。力を貸してくださいますか?」


 そう頭を下げるのだった。


 博打気味ではあった。

 それでもだらだらと攻められ続けるぐらいなら、こっちから打って出た方が良い、というのは同感だった。


「「もちろん(です)」」


 私とアルベルトは、そう頷き返すのだった。



***


 ブヒオは、待機していた兵士たちに、広場に集まるよう声をかけていた。


 敗戦直後の部隊だ。

 お世辞にも、士気が高いとは言えない。

 それでもブヒオは、集まった兵たちを前に、反撃に転ずるべく演説する。



「敵の卑怯な策で、我々は一度は遅れを取ることとなった。予想外の事態に慌てふためき、みすみす砦を敵に明け渡すことになった」


 それは、率直な感情の発露だった。


 悔しさと、情けなさと、不甲斐なさ。そんなネガティブな感情も、包み隠さぬ口にする実直さ。それはブヒオが、これほどまでに人気を高めた掌心術であった。



「命を落とした者が居る。志半ばで倒れた者が居る――だが! この戦いはまだ、終わってはいない!」


 実際、ブヒオの部隊のうち、動ける兵士は大きく数を減らしていた。

 ディートリンデ砦で命を落としたもの、負傷したもの――兵たちの士気は、否応なく下がってしまう状況。反撃の糸口すらない場面では、いくらブヒオでも兵たちの士気を高めることは出来なかっただろう。



 しかし、今は違う。

 兵力を温存し、撤退という道を潔く選んだからこその反撃の糸口。


 ようやく、状況を変える準備が整ったのだ。

 ――そのために、私たちが来たのだから。



「なんと、魔王様とアリシア様が、直々に力を貸して下さることになった!」


 その声に応えるように、私とアルベルトは姿を現す。

 ぽかーんと一瞬広まる沈黙。



「ぅおおおおおお!」


 次の瞬間響き渡るのは、溢れんばかりの絶叫。


 アルベルトも――それから、きっと私も。

 たしかに、兵たちの希望となっていた。



「――我慢の時は、これで終わりだ!」


 ブヒオは、吠えるように声を張り上げた。

 そう、タイミングは今しかない。



「私も、ささやかながら協力しましょう」


 私はそう言うと、いつものように支援魔法を部隊全員にかけていく。

 アドリブではあったが、こうするべきだと感じたのだ。これはパフォーマンスとしての意味が大きい――ブヒオが、アルベルトがやりやすいように、少しでも私もやれることをやっておこうと思ったのだ。



 彼らの中には、私の支援魔法を初めて受ける者も居た。

 信じられないほどに体が軽くなったと驚き、それがまた彼らの士気を否応なく上げていく。そうして彼らのテンションが最高潮に達したとき、


「聖女の加護は、我らにあり! これより我々は、反撃に転じる。魔王様の前で、無様な戦いは許されない――愚かな王国兵を踏み潰せ。これまでの屈辱を、すべて返してやろうじゃないか。全軍、出撃ッ――!」


 これ以上ない、というタイミングでブヒオが宣言し――

 次の瞬間、これまでの不満をすべて吹き飛ばさんばかりに、気合に満ちた叫び声が立ち上るのだった。



 そうしてダイモーンの里で、ついに戦いの火蓋が切られることとなった。

 第四部隊の指揮は、もちろんリーダーであるブヒオ。



「あはっ、楽しみですね」

「うんと暴れてやろうじゃないか」

 

 ――そうして戦いが始まった。

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