合流
みなさまのおかげで、本作の【書籍化】が決定しました。
これも読者のみなさまのおかげです、本当にありがとうございます!
エンターブレイン様より、11/29 に発売予定です。
イラストはペペロン様です! とても迫力のある素晴らしいイラストとなっていますので、是非とも書店で見かけた際には手にとって頂けますと嬉しいです!
よろしくお願いします!
ダイモーンの里は、魔王城から馬車で2週間ほどの距離にある小さな集落だ。
ディートリンデ砦の傍に位置しており、有事の際には軍の拠点として使われることも想定しており、最近の戦局を顧みて民間人の大半は既に避難していたそうだ。
近くの砦への補給路としての役割も担っており、ディートリンデ砦が陥落した今、そこも死守すべき重要拠点の1つと言えた。
私は、部隊の全員に対して支援魔法を何十にも重ねがけし、飛ぶようにダイモーンの里に向かっていた。
ディートリンデ砦を落としたなら、勢いのままに攻め込んできていることは想像に難くない。事態は、一刻を争う。
「大丈夫、アリシア?」
「ええ、ここまで急ぐのは久しぶりです」
心配そうな顔でアルベルト。
今回、私は珍しく自分にありったけの支援魔法をかけていた。自分でも信じられないほどの速度で駆けており、流石に消耗も大きかったのだ。
早速、研究棟の人間が作った魔道具も活躍している。
移動速度を早める支援魔法をかけるための魔道具であり、もちろん私の支援魔法に比べれば効果は劣るものの、十二分に助けになるような代物だ。
今回、部隊全員で移動することを最初から諦めていた。
私たちが全力で移動するのに着いてこられる者だけを厳選し、そうでない者には後で追いついてもらうという形を取ったのだ。
……ちなみにアルベルトは、飄々とした顔で私に着いてきている。
彼も補助用の魔道具を使っているとはいえ、やっぱり身体能力だと勝てないかあ、などと悔しく思ったのは内緒だ。
「間に合いますかね?」
「ブヒオの隊を信じるしかないよ。これだけ急いで間に合わなければ――そういう運命だったんだと思う。次の手を考えるまでだよ」
アルベルトの言葉は、内容とは裏腹に熱を帯びていた。
ダイモーンの里は、もちろん戦術的に重要な土地である。それ以上に、ブヒオの身を案じているのが伝わってきた。
魔族と人類の戦争。
この戦いには、1人で数千の人間を討ち取り、戦況を覆せるだけの力を保持する者が居る――それは客観的な事実だ。
王国軍なら、イルミナ。
私たちなら、私とアルベルト――それに魔王軍の幹部たちも、それに該当するだろうか。事実、イルミナの出現により、ディートリンデ砦の戦いは、一瞬にして戦況が変化している。
「状況は……、良くないですね」
そんな状況で、私たちはどう動くべきか。
本来、一騎当千の実力者が、十全に力を振るえる状況を作り上げることを、最優先に考えるべきだろう。
私たちが消耗しながら、敵地のど真ん中に向かわざるを得ない状況。後手後手に回らざる得ない状況を作り出されており、戦局は極めて悪いと言わざるを得なかった。
だけど、そんなことは関係ないのだ。
この鎌でそんな小細工ごと、叩き潰してみせよう。
「あはっ。一人残らず叩き切ってみせますよ」
「アリシアが味方で心強いよ」
久々の戦場。
うなされるような高揚感――やっぱりそこが、一番、生きていると実感できるのだ。
結局、私たちは僅か1日足らずでダイモーンの里までの道のりを走破したのだった。
***
日が沈みかける夕刻。
沈みゆく太陽が、戦争中であることをつゆほど気にせず、あたりを美しいオレンジに染め上げていく。
「ブヒオが上手くやってるみたいだね」
「はぁ、はぁ……どうにか間に合いましたか」
ダイモーンの里には、簡易的なバリケードが敷かれていた。
私たちを最初に見つけたのは、ブヒオの隊の者であり、それがダイモーンの里が敵の手に落ちていないことの証明となった。
私たちは、彼の立てた見張りに発見され、そのままブヒオの元に通される。
「ブヒオ様、ブヒオ様!」
「なんだ? 魔王様が到着するまで少しでも時間を稼ぐため……、今は一刻も早く、この地にバリケードを――」
「それが魔王様とアリシア様が、到着なさいました」
「……はあ?」
ブヒオは、民家の中に身を隠すように座り込んでいた。
胸から上には、痛々しいほどに包帯が巻かれていた。傷は決して浅くはない――それでもピンピンして、部隊の兵に指示を出している。
「魔王様に……、アリシア様!?」
ブヒオは、ここに居るのが信じられないとばかりに、目をパチクリさせた。
しばしの間、フリーズしていたが、
「そうかしこまらないでよ。それより戦況は?」
慌てて立ち上がろうとするブヒオを、アルベルトはそっと制する。
「はっ。それが……、砦を攻め落とした敵部隊は、不気味なぐらいに沈黙を保っているようです」
「それなら……、不幸中の幸いか。ブヒオ、本当に無事で良かったよ」
「ありがたきお言葉です。ですが私は、魔王様からの命を果たすことが出来ませんでした。かくなる上は、この地での戦いが終わり次第、この地位を返上する所存――」
ブヒオは、随分と責任を感じているようだった。
「冗談。ブヒオで無理だったなら、誰がその場を収められたっていうのさ」
「ですが……!」
「ブヒオがとっさに連絡を取ったから、ボクたちがこうして駆けつけられた。こうして兵も大勢が生き残った。お手柄だよ」
アルベルトの言葉は、真実だと思う。
奇襲を受けてなお、その事実をいち早く魔王城に伝え、多くの兵を次の防衛ラインに帰したのだ。最悪、全滅していたことを思えば、見事な手腕だと言えるだろう。
それでも、ブヒオはなおも不服そうだった。
忠誠心の高さゆえに、もっと上手く出来たはずだと考え込んでしまうのだろう。
「ブヒオ、あなたが責任を感じているというのなら――責任の取り方には色々あります。その地位を辞するのは簡単ですが……、どうせならあなたにしか出来ないやり方で、責任を取ってみませんか?」
「……私にしか出来ないやり方だと?」
「ええ。これまで以上に完璧に部隊を束ねて、王国軍を完膚なきまでに叩き潰すんです。簡単でしょう?」
何より、その方が実りが大きいはずだ。
だいたいブヒオの部隊は、隊長である彼を慕う人間が集まっているという側面も大きい。この部隊のリーダーは、早い話ブヒオ以外には務まらないのだ。
ブヒオは、私の言葉を静かに聞いていたが、
「地位を辞するのは簡単……、か」
そう自嘲するように呟くと、
「ああ。きちんと責任を取ろう」
次に吐かれた言葉には、強い意思が宿っているように感じられた。
「……ヒーリング!」
「相変わらずの腕前だな、すまない」
更には、私はブヒオに回復魔法をかけておく。
一瞬で傷が治るのを確認した、ブヒオは深々と頭を下げた。
「それでディートリンデ砦で……、いったい何が起きたんですか?」
私の質問に、ブヒオは、ぽつりぽつりとその時に起きた出来事を語り始めるのだった。





