一件落着、そして戦場へ――
「――それは違いますよ」
研究棟で研究されていた魔道具は、たしかに魔族にとっては必要のないものだったのかもしれない。
魔道具は、あくまで出来ないことを補佐するものだ。
魔族たちの扱う魔法は、私たちが不得手とする破壊力に優れたものだ。少しの魔力で大きな破壊力を生み出す魔道具は、私たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものだった。
「リリアナ、使ってみて下さい」
「良いんですか?」
渡したのは、特務隊用に用意してもらった魔道具だ。
これまで研究されていた爆弾型のもので、室長はどこか苦々しい表情でそれを見ていた。
彼にとって、これは失敗の象徴となっているのかもしれない。
「魔力を注いで――」
「そろそろですね。遠くに放り投げて下さい!」
「……っ!」
私の声に応えるように、リリアナが怪しく発光を始めた魔道具を天高く放り投げた。
次の瞬間、轟音を立てて爆発する。
天高くで爆発したにも関わらず、振動がこちらにまで伝わってくるほどの破壊力。
やがて沈黙が訪れる。
集まっていた魔族たちは、またか、とどこか呆れた表情で。一方、特務隊の面々はあ然とした表情で――それぞれ魔道具を見つめていた。
「長年の研究の成果がこれとはな――アリシア様の術式の素晴らしさを見た後では、なんと見劣りすることか……」
自嘲気味に呟く室長だったが、
「え、ぇぇぇええ!?」
「嘘ぉ!? 魔族の魔道具、怖っ!」
そんな言葉は、特務隊の面々から巻き起こったどよめきにかき消される。
予想外の反応だったのだろう。
その様子を見て、室長は目を瞬いた。
「これは、凄いですね」
「ええ。本当に――想像以上です」
そう、これは私たちには手に入らなかったもの。
リリアナの魔力で、発動させられたことに意味がある。
私とリリアナもうなずき合う。
あの冷静なリリアナが、ここまで取り乱すなんてよっぽどのことだ。
魔族の扱う闇魔法は、攻撃に特化している。
どうしても決定打に欠けがちな私たちにとって、改めて魅力的なものに映ったのだ。
「無駄になることなんて、ありません。あなたの研究は――間違いなく、私たちが一番欲しかったものです」
こくこくと、特務隊の面々も頷いていた。
補助魔法を駆使して、瞬発力を高めて、不意をついて、弱点を突いて――それでようやく届こうかという威力。少しの魔力を注ぐだけで、容易に生み出せる魔族の魔道具は、私たちにとって革命そのものだった。
フレッグは、自らの成果を誇るでもなく、
「いいえ。我々だけでは、この価値を示すことは出来なかったでしょう――あなたが見出してくれたおかげです」
晴れ晴れとした顔で、フレッグはそう言った。
ようやく、これまでの研究成果が認められること――私が、そのきっかけになれたなら何よりだ。
「室長さん――いえ、フレッグ。末永くお願いしますね」
「わらわのも! わらわ達にも魔道具も、お願いするのじゃ!」
「これまで馬鹿にして悪かった! 俺も、俺もさっきのやつ使いたい!」
「俺だって――!」
私の提案に、便乗するように口走る魔族たち。
現金な話である。それでも率直な反応は、心から魔道具が欲しいと思っている証でもあり――
「ああ。こちらこそ……、できる限りのことはしよう」
少しだけくたびれた様子で、だけども吹っ切れたような表情で、室長は深々と頭を下げるのだった。
軍と研究棟のいがみ合いは、一応の決着を見せた。
魔道具の入手先にも目処が経ち。
一件落着かな。
――そう思っていたとき、
『緊急会議を開く! 魔王城内に居る幹部は、すぐに会議室に集まるように! 繰り返す――』
魔法により、魔王城全体に呼びかけているのだろう。
聞こえてきたのは、珍しく焦るアルベルトの声だった。
「どうしたんでしょう?」
「アリシア様、行ってください」
リリアナに後のことを任せ、私は急ぎ会議室に向かうのだった。





