研究に協力しましょう
研究棟の入り口で、私は訓練場で別れたばかりの魔族たちを発見する。
「おまえは……! いったい何の用だ?」
「そんなに警戒しないで下さいよ」
警戒した様子で私を見てくる相手に、私はあくまでにこやかに話しかける。
「少し、魔道具を見せて欲しいと思っただけですよ」
そう、それが私の目的。
私は、研究棟の面々から、魔道具を仕入れられないかと考えていたのだ。
「軍の人間が、なんのつもりだ? 下らぬ発明だと、また我々を馬鹿にしに来たのか?」
研究棟の面々の代表と思わしき蛙顔の魔族――名は、フレッグというらしい――が、警戒した目で私を見てきた。
むう、魔王軍と研究棟の職員の仲が悪いのは知っていたが、ここまでとは。
「まさか、そんな訳ないでしょう。ただ、戦地に持っていく魔道具を見繕いたいだけですよ」
「……は?」
私の言葉に、フレッグは信じられないと目を見開いた。
「騙されないぞ! おまえらはいつも、我らの発明品を、下らぬガラクタだと切って捨てていただろう!」
「それが信じられないのですが……、魔族は戦いで魔道具を使わないのですか?」
「ああ。自分でやった方が早い、と言ってな――」
魔族たちは、己の肉体で戦うことを美徳としている。
細かい立ち回りも、道具に頼った小細工も不要――真正面から、圧倒的な力で敵を粉砕することに喜びを覚えるという。
私の常識からすれば、考えられないことだ。
そのような価値観が浸透していたのだ。
研究棟の中でも、戦闘を補助する魔道具を研究していた彼らは、ずっと逆境に立たされているとフレッグは語った。それは――非常に勿体ない話だ。
「私たちは、戦いで魔道具を使います。手持ちが無くなって困ってたんです――協力して頂けませんか?」
「……は?」
フレッグは、呆然と目を瞬いた。
実のところ、彼らにとってこの提案は魅力的なものだった。
彼らの悲願は、魔王軍の誰かに、魔道具の戦いでの有用性を認めさせること。降って湧いたアリシアの提案は、これ以上ないほどには出来すぎた話であり……、だからこそ素直に信じられることもなかった。
「本気で言ってるのか?」
結局、提案にはよそよそしい言葉が返ってくる。
「もちろん、ただで貸して欲しいとは言いません」
一方、私としてはその反応は予想内。
交渉事は、相手にとってのメリットを提示するのが基本。一方的に魔道具を提供してもらうだけの提案が、受け入れられるとは思っていなかった。
私が思い出したのは、昼間の光景だ。
どうやら彼らは、光属性の魔力に興味があるらしい。
「もし魔道具を貸与して頂けるのなら……、時間が許す限り私も研究に協力します」
「え、アリシア様!?」
「なんて恐ろしいことを言うんだ!?」
当然の成り行きと提案した私だったが、リリアナとフレッグに恐ろしい勢いで止められてしまった。
「要は体の良い人体実験ですよ、人体実験! 絶対にいけません!」
「ああ、まったくもってその通りだ! まったく、魔王様の大切な人に何かあったらと思うと……、ああ、恐ろしい――」
ぶつぶつと呟く、蛙顔のリーダー。
集まっていた職員たちも、ぶんぶんと首を振っていた。
大切な、人……?
たしかにアルベルトは、私に良くしてくれている。だけどもそれは、王国の聖女に対する興味の延長上であり、興味深く観察しているという方が正しいだろう。
いったい、どこから生じた誤解なのだろう。
リリアナだって、模擬戦では、とんでもない勘違いから私をからかってきたし――はてと、私は首をひねるのだった。
「なら、せめて加工場を見せて頂くだけでも――」
「おまえ、本当に魔道具に興味があるのか?」
「最初から、そう言ってるじゃありませんか……」
未だに半信半疑な様子の職員たちを押し切る形で。
私は、研究棟の内部に案内してもらうのだった。
「室長、どうしますか?(ヒソヒソ)」
「魔王様のお気に入りだからと、何か手柄を欲しているのだろう。魔道具に興味もないくせに、よくもいけしゃあしゃあと……。そうだな、軽くおどかして、お帰りいただこうか(ヒソヒソ)」
そんなささやきが交わされていることには、気づく余地もなかった。
***
「わあ、すごい設備!」
魔道具の加工場に入り、私は年甲斐もなくはしゃいでしまった。
一応、私も自分で魔道具は作る身だ。
旅先でもできる簡易的な道具は持っていたが、専門の設備を見るのは初めてだった。王国時代は、下賤な血の者が立ち入るなとか、理不尽な理由で部屋に入れてもらうことすら許されなかったし……。
「楽しそうですね、アリシア様……」
「はい! これだけの設備があれば、もっと精密な術式を刻み込むことだって出来ますし!」
テンションが上がってしまった私を、リリアナがじとーっとした目で見ていた。
「……こほん。手軽に使える身体強化の魔道具が見たいのですが――」
「身体強化の魔道具、だと……?」
何を言ってるんだこいつは、という顔で見られてしまった。
オーソドックスな魔道具は、ベースとなる魔石にトリガーとなる術式を刻むことで作られる。
私は遠目から施術を覗き込み、ギョッとする。
「ええっと、なるほど……」
作られていたのは――ただの爆弾だった。
魔力を注ぎ込み、一定時間後に起爆させるというシンプルな術式だ。
興味深くはあった。
少なくとも決定力に欠く私たちには、かなり魅力的な魔道具だ。
思い出したのは、魔道具を戦闘で使うことはないという言葉だ。
魔族にとって魔法とは、純粋な力をぶつけて破壊するものが中心。絡め手を好む魔族であっても、使うのは呪詛式を刻み込むぐらいなのだろう。
自分でやった方が早い――その言葉にも納得できてしまう。
身体強化の魔法は、火魔法や光魔法を中心とする。
生まれ持って闇魔法のみを使う魔族に扱えるはずもなく、当然、そのような技術は発達していなかったのだ。
最初から、この可能性を考慮しておくべきだったか。
少し手間だが、やはり自分たちで魔道具を整備をするしかないかもしれない。そんなことを考えこんでいたその時、
「アリシア様にピッタリの魔道具をお持ちしました」
「ええっと……?」
フレッグたちが、こちらにやって来た。
底意地悪い笑みを浮かべたアシスタントの手には、指輪を模した1つの魔道具が握られていた。





