蘇った聖女は、魔王からのプロポーズされる
その後、気がついたら、私はふよふよと漂う魂だけの存在になっていた。
生者と死者の境目の存在。
現世を完全に去るまでの最後の余暇だ。
──誰かに取り憑いて、暴れられないかなあ?
最初に思ったのは、そんなことだ。
すぐに首を振って(無いけど)否定した。
口惜しいことに、今の私にそんな力は無い。
それどころか聖教会の人に見つかったら、あっさり浄化されてしまいそうだ。
──魂、まっさらになるんだなあ
──じゃあ、この恨みもここまでかあ……
死の間際、私は魂の奥深くまで王国への恨みを刻み込んだ。
それでも聖教の教えによれば、転生すると前世の記憶はアッサリ失われると言う。
納得は行かないが、仕方ない。
──あーあ、せめて来世では穏やかな人生が送れると良いなあ……
私の恨みは、私だけのものだ。
記憶だけが残って、来世の誰かに代わりに果たしてもらったところで意味がない。
やることもないので、私は平穏な来世を願う。
魂だけの状態で、そう何日も現世には留まれないだろう。
私は、自我が完全に消える時を待って──
……。
…………。
……………………?
どれほどの時が経ったのだろう。
おかしい。
いつまで経っても、意識が消えない。
それどころか、徐々に身体に感触が戻ってきているような。
………………………………?
何やら言い争う声が聞こえてくる。
そこでようやく私は、気がついた。
五感が戻ってきている。
どうやら私は、冷たい床に寝かされているようなのだ。
「──ッ!?」
ガバッと身を起こす。
ペタペタと手で顔を触わる。あ、触れた。
どういうこと……?
私はたしかに死んだはず。
王国の奴らに嵌められて。最後には、むごったらしく処刑されたはずだ。
「目が覚めた? 人間の聖女ちゃん」
混乱する私に、突如としてそう声がかけられた。
そちらに視線を移す。
──至近距離に"天敵"が居た。
魔族の王──すなわち魔王。封印したはずなのに、どうして!?
装飾品の付いた立派な腰掛けに座り込み、足を組んでこちらを見下ろしている。その顔立ちは、精緻な陶芸品のように美しい。長年生きている魔族でありながら、顔にはまだまだ幼さが残っている。
私を見る視線には、何故か強烈な好奇心が見え隠れしていた。
「……魔王ッ──!」
王国と戦争状態にある魔族の王。
それは聖女である私が、命がけで食い止めてきた因縁の相手であった。
王国の切り札が聖女だとすれば、魔族の切り札は魔王だ。何度も生き残りを賭けて争った。直接、命のやり取りをしたことも数知れず。
私はとっさに魔力で短剣を生み出し、大慌てで距離を取ろうとしたが、
「……もう、良いか」
静かに手を下ろし、ポイッと短刀を放り捨てた。
今となっては、王国に義理立てする必要もない。
同時に私は、王国で刻まれた魔法の行使を禁止する「犯罪紋」が解除されたことを悟った。一度、死んだからだろうか。
私は、改めて周りを見渡す。
どうやらここは、大きな建物の中らしい。足元には、何やら怪しげな魔法陣が描かれている。起き上がった私を警戒するように、数十名の魔族軍幹部と思わしき存在が私を取り囲んでいた。
いくら全力で抗ったとしても、私にここから逃れる術はないだろう。
「え? 武器を捨てちゃうの。人間の聖女ちゃん」
「……アリシアです。ええ、この人数を相手に勝てるとも思いませんから」
私は、立ち上がって薄く微笑んだ。
抵抗の意思はないと、両手を上げてみせた。
「アリシア──か。ふ~ん、殊勝な心がけだね。ボクが君を生き返らせたんだよ? どうしても君にお願いしたいことがあったからね」
飄々とした軽い口調。
私を射抜く魔王の瞳から、感情をうかがい知ることは出来ない。
私が死んでから、いったいどれほどの時が経ったのだろう。どうやら私は、敵陣の真っ只中で生き返らされたようだ。
あんまりな人生に、私は自らの生を呪う。
魔王の用事など、想像がつく。魔族に取って『聖女』は、最大の障壁だったことだろう。
なぜか復活してるけれど、一回は魔王の封印にも成功したのだ。さぞかし恨みを買っていることだろう。
──神様は私に何か恨みでもあるのだろうか?
王国であれほどの地獄を味わったのに。
今度は、魔族から復讐されるのか。
けれども、これは幸運なことでもあった。
決して訪れないと思っていた機会。
──これで、私は、王国に復讐できる。
「復讐のためですよね。であれば、どうか半殺し程度にしておいて頂ければ……」
「──は?」
せっかく生き返ったのだ。
私は、王国に復讐を果たすのだ。
こんなところで、死んでたまるか!
「魔王さん! あなたが私のことを憎く思う気持ちは、よく分かります。しかし考えてもみてください。死なんて、一瞬だと思いませんか? 本当に憎い相手が居るのなら、そのような生ぬるい方法を取るべきではありませんよね」
もっとも恐ろしいのは、魔王が私を瞬殺してスッキリしてしまうことだ。
そんなことになれば、せっかく生き返ったのに無意味。
無駄死にである。
「相手を蹂躙して、徹底的に苦痛を与えて、この世の地獄を見せる。もう殺して欲しいと懇願しても、それを無視して、この世のありとあらゆる苦痛を与える。それこそ相手の精神が壊れるまで──それこそが至高の復讐ではありませんか?」
私は、魔王を説得しにかかった。
王国での最期を思い出す。
長引く苦痛は、永遠の地獄。
死、それすなわち救済なのだ。
「魔王様、なんかこの人やばいですよ。眼が逝っちゃってます!」
「こんなのが聖女な訳無いじゃないですか! 人違いですよ、人違い!」
「見なかったことにして、今すぐ埋めてきましょう!」
なんだか外野が、大慌てで声を上げている。
うるさいなあ。私は今、魔王さんとお話しているんだけど……。
「決めるのは、魔王さんです。ちょっとだけ黙っていて下さいますか」
「「「ヒ、ヒィィィ……!」」」
なんだかものすごく怯えられてしまった。
おかしいな? 笑顔でお願いしただけなのに……。
私は、ニッコリと魔王に微笑みかけた。
「魔王さん。迷うぐらいなら、いったん私を半殺しにしてみませんか? かつての宿敵を完膚なきまでに叩きのめして、ぐちゃぐちゃに踏みにじって──きっと気持ち良いですよ。私、これでも身体は頑丈です。サクッと殺すより、絶対に魔王さんを喜ばせられると思います!」
あはっ、っと笑う。
これぞ、完璧な利益提示だ。
そう満足していたのだが、どうしたのだろう……?
私の本気の説得に、魔王は丹精な顔を歪めるて、
「えぇ…………」
本気で嫌そうな顔をしていた。
え? 何その反応……。
「悲報、人間の聖女……完全にヤバイやつだった」
「ちょっと! うちの魔王様の情緒に、悪いことを言わないでくれます?」
「そうですよ。あなたみたいな変態の誘いに乗る訳ないじゃないですか! うちの魔王様はいたってピュア。ノーマルなんですから!」
さらに魔王の幹部たちがクワッと目を見開き、そんなことを言う。
変態とは失敬な──!
本懐を果たすために、泣く泣く身を削るような提案をしているだけだというのに。室内を見渡すと、魔族たちは危険物でも見るような目で私を見ていた。
……これなら、今すぐにも殺されることは心配しないで良いのだろうか?
──そう言われてもなあ
生涯の宿敵を蘇らせる理由など、まるで浮かばなかった。
私は、拗ねたように魔王に聞く。
「そうは言いますけど、魔王さん。復讐のためでないというのなら、いったい何のために私を生き返らせたんですか?」
復讐以外に魔王から私に用事なんて、あり得ないだろう。
そう思う私を余所に、魔王は席を立ち上がった。
そうして何を血迷ったのか、私の前に跪くと、
「君には、ボクの花嫁になって欲しいんだ。どうか一生を、ボクの隣で生きていて欲しい」
「──は?」
しごく真面目な顔で、魔王はそう言ってのけたのだった。
──今、なんとおっしゃいましたか……?
私とあなた、つい最近までバチバチに殺し合ってましたよね。
というか、あなたを封印したのって私ですし……。
私は、まじまじと魔王の顔を見返してしまった。