顔合わせ
合同訓練の日。
魔王城前に設けられた訓練場には、第12小隊のメンバーが勢揃いしていた。訓練場は部隊単位での予約が必要だが、イベントや兵たちの訓練に使うための広々としたスペースだ。
「アリシア様、おはようございます!」
「おめでとう、ユーリ。よく似合ってるわ」
「憧れのアリシア様の部隊――頑張ります!」
真っ先にやってきたのは、支給された軍服に身を包んだユーリだ。待ちきれなかったとばかりに、ユーリは楽しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。
「その、わらわが魔族チームのリーダーで良いのか?」
「いずれは魔族チーム、特務隊チームという括りもなくして行きたいですけどね」
人間と魔族では、どうしても戦い方が違う。
始めのうちは、分けて運用した方が上手くいくと思ったのだ。
ちなみに最初に面談したライラには、魔族チームのリーダーをお願いしてある――戦闘経験が豊富で、うまく纏めてくれるだろうと期待してのことだ。
良くも悪くも幼く素直であり、メンバーの意見をうまく聞いて反映してくれるだろう、という期待もある。指揮官向きという魔族は、なかなか居ないのが実情なのだ。
「それでアリシア様、今日は何をするんですか?」
「そうですね。一度、皆さんの癖を見るために、模擬戦をしてみようかなと……」
今日やることは、リリアナにも伝えていなかった。
なんとなく、そんな無茶を――と怒られそうな気がしたのだ。
今日の私は、久々に黒いドレスに身を包み、巨大な鎌を手にしている。魔族として蘇ってからはスタンダードになった戦闘スタイルだ。
特務隊の人々は、珍しいものでも見るような目で私を見ていた。
「ここを戦場だと思って――私を殺すつもりで、本気でかかってきてくださいな」
そう声をかけ、私は訓練場の中央に向かう。
「し、しかし……」
「いくらアリシア様といっても、この人数では――」
「あら、戦場ではこの10倍の人数を相手にしましたよ?」
不思議そうに小首を傾げ、
「心配しないでも大丈夫です。あなたたちでは、私に傷一つ付けることは出来ませんから」
そう、私は優雅に微笑んでみせた。
反応は様々だった。
「いくらアリシア様といえど、我々を侮辱することは……!」
不快そうに顔をしかめてた者もいれば、
「待って下さい! これは、アリシア様の罠!」
そう呼び止めようとする者も居た。
「主との手合わせ! いざ、尋常に参るのじゃ!」
一方、チームリーダーことライラは、闘争本能の突き動かされたように私に向かって飛びかかってきた。
――早いっ!
さすがは砦を渡り歩き、戦闘慣れしているだけのことはある。
だが、それだけだ。
「甘いっ!」
動きは直線的で読みやすい。
私は、ライラの一太刀を受け流し、至近距離で聖魔法を放つ。
「なんなのじゃ!?」
簡単な目眩ましだが、目の良い獣人族に効果はてきめん。
一瞬の隙を付いて、私はライラの背後に回り込み、そのまま捕縛魔法をかけて拘束する。
「どりゃああああ!」
「覚悟っ!」
次に、背後から突っ込んできた魔族たちを軽くいなす。
軽くかわしてやるだけで、あろうことか同士討ちするような形になったのだ。勢い余って真正面からぶつかりあった2人を、そのまま纏めて拘束する。
「うう。やっぱりアリシア様、強すぎる……」
「これが聖アリシア隊の洗礼っ!」
ひっくり返された魔族たちが、何やら呻いていた。
たしかに魔族たちの、個々の戦力は強力だ。
しかし、連携や支援にはとことん慣れていない――特務隊時代に、敵として何度も戦ったからこそ気が付いていた弱点だ。
「想像通りですね」
その後も、私は、訓練場の中を軽く駆けながら魔族たちを拘束していった。わずか数分のうちに鎌を振るうこともなく、ほぼ全ての魔族たちを無力化することに成功する。
やがて最後に残ったのは、
「ユーリ?」
「アリシア様、胸をお借りします!」
いつもの気弱な様子は、どこにもなく。
犬耳少年のユーリは、どこか誇らしげな様子で自らの得物を取り出し私と向き合った。
ユーリの武器は、両手持ちの短剣だった。
魔力が込められた短剣は小回りが効き、小柄なユーリに相応しい得物であると言えるだろう。
自らに力がないことを嘆き、魔王軍の門徒を叩いたユーリ。
そんな彼が、この短期間でどんな戦い方を会得したのか――少しだけ楽しみだった。もっとも、今、私情に流される訳にはいかないけど。
「やあぁぁ!」
だから、掛け声とともにユーリが突っ込んできた時、少しだけがっかりしたのが本音だ。
今までのように弾いて、拘束しようとして――
「ッ!」
わずかに感じた魔力の気配。
馬鹿な。魔族が倒れている辺りからだ――魔法を使うタイプの相手ではないし、たしかに拘束したはず。
その魔法は、巧妙に気配が隠されていた。
意表を突かれつつも、私はとっさに魔力の塊を躱し――それは、魔力でできた短刀だった。ユーリは短刀を生み出し、遠隔操作して私を襲わせたのだ。
短刀は、そのままユーリの手元に戻ったが……、
「流石はアリシア様です。降参です」
次の瞬間には、目を丸くする私をよそにユーリは手を上げて降参のポーズを取るのだった。
「え? 今のはユーリが?」
「はい! 僕、魔力操作だけは上手いって褒めて頂いて――どうにか隙を突こうと思ったんですが……、まだまだでしたね」
ユーリは、しょんぼり項垂れた。
しょぼんと、力なく犬耳が垂れて可愛らしい。
「それじゃあ、その手に持ってる短刀は……?」
「おとりです。少しでも油断が誘えればな、と――」
「それは……、なるほど見事な作戦でした」
策など練らず、連携も考えず。
力まかせに突っ込んでくるだけだった魔族たちと比べたら、なんとユーリの強かなことか。また今までの魔族と同じか――そう思って油断しかけたタイミングといい、隙の付き方といい完璧だった。
「でも全然、まったく届きませんでした。アリシア様は、補助魔法すら使っていない。……少しは戦えるようになったと思ってたのに――悔しいです」
「いいえ。一瞬、完全に意表を突かれました。本当に、お見事でしたよ」
悔しそうなユーリを見て、思わず頭を撫でそうになって自重する。いくら顔なじみだからといっても、こういう場では私情を挟んではいけない。
とはいえ、良かったことをストレートに伝えるのは大事だ。私がなんと言おうか迷っていると、
「しかも、他の皆さんと違って不意打ちなんて汚い真似をして、この結果――」
「汚い真似?」
ユーリは、本気でそんなことを思っているのだろうか。
「それは違いますよ? 自分のやれることの中から、最適な作戦を練る――特に今の魔族にとって、とても大切なことです。ユーリ、その考え方を大事にして下さいね?」
魔族の価値観では、それは恥ずべきことなのだろうか?
だとしたら、まずその考え方を改めてもらう必要がある。
弱者――人類が、魔族と渡り合えてきたのは、自らが弱者であることを自覚し、戦力差を埋めるために工夫してきたことによるのだから。
***
それから私は、魔族たちの拘束を解いていく。
今の魔族たちに足りていないものは、明白だった。
「――なんとなく分かりました」
パンパンと手を叩いて集合してもらい、私は魔族たちに声をかけていく。
戦い方の癖は、さっきの戦いを見れば明らかだ。
まずは、それぞれの魔族たちに、その癖を直すように伝えていく。個々の技術の向上のためだ。
「あれだけの数と戦いながら、そんなところまで見る余裕が!?」
「こ、これが王国の聖女……!」
ひとりひとりにアドバイスしていたら、何故か目をまんまるにされてしまった。特務隊時代から、魔族たちの習性を読み取ろうと意識してきたから、その経験が役に立ったのだろう。
「それで、何よりあなたたちに足りないものは――」
全員にひととおりのアドバイスを終え、私はおもむろに口を開くのだった。





