配属希望者との面談
「ええっと、……迷子?」
「違うのじゃ! わらわは、わらわは入隊試験を受けに来たのじゃ!」
少女は、どこか緊張した様子で、だけどもハッキリとそう答えた。
おそらく獣人族だろう。
特徴的なのは極東地方で見られる和服、と呼ばれる華やかな衣装であり、腰には身長に不釣り合いな刀を携えている。
「あ、ごめんなさい。ひとまず座って下さい」
「分かったのじゃ」
狐耳少女は、そそくさと用意された椅子に腰掛ける。
私はその様子を見ながら、経歴書の内容を確認していった。
名前はライラ。
10代前半の少女でありながら腕の立つ傭兵として活躍しており、辺境にある砦を渡り歩いてきたと書かれている。
これまで、傭兵として活動していた少女。
どうして今になって、魔王城で部隊を志すのだろう。私が興味深くライラを見ていると、何故か照れた様子で少女は顔を背けてしまった。
「肩の力を抜いてくださいね」
「う、うむ……!」
少女のふさふさの耳が、ピクンと緊張で逆立った。
う~ん、警戒されてるのかな?
「ええっと……、どうして、この部隊に入りたいと思ったのですか?」
私の代わりに、リリアナがライラに質問する。
ライラの答えは、予想外のものだった。
「わらわは――わらわは、ずっとアリシア様に、お礼が言いたかったのじゃ」
どういうことだろう?
残念ながら、少女の姿に見覚えはない。人違いだろうか。
「ミスト砦の戦いで……、油断しておったのじゃ。王国兵の魔法が直撃して、全身に火傷を負って――救護兵は匙を投げた。ただ横になって、死を待つしかないと諦めたとき……」
「アリシア様が現れたのですね」
ぽつりぽつりと話し始める少女。
気がつけば、リリアナが嬉しそうに口を挟んでいた。
ミスト砦。
それは私が魔王城で蘇り、初めて戦いに向かった砦の名前だ。フローラへの復讐のため、随分と無理を言って戦いに加えてもらったのだ。
「ライラさんも、あの戦いに参加していたんですね?」
こくりと少女は頷くと、
「ああ、今でも思い出せるのじゃ――優しい光に包み込まれて、気がついたら傷が治っていた。あれはまさしく神の奇跡だったのじゃ」
「やめて下さい、ただの成り行きですから……」
感謝の言葉なら、あの場でたくさん言われている。
ライラの話しぶりは、どこか誇張気味に聞こえて気恥ずかしかった。
「奇跡を起こしたアリシア様は、そのまま一瞬で敵の指揮官を捕縛して戦いを終わりに導いたと聞いた。美しい慈悲深さと、鬼神のごとき強さ――その話を聞いて、わらわは一生を捧げるに値する主人を見つけたと思ったのじゃ!」
「……その話、詳しく!」
なぜか、リリアナが喰い付いた!?
入隊希望者を面談していたはずが、何故か私の活躍を語り合う場になってしまった。真正面からの称賛には未だに慣れず、私は少しだけいたたまれない気持ちになる。
「――だからわらわは、聖アリシア隊への配属を希望したのじゃ」
「よくよく気持ちは分かりました。……よし、採用!」
「ちょっ、リリアナ!?」
そして、その謎の二つ名は何なの!?
私の内心の悲鳴をよそに、ライラとリリアナはすっかり意気投合していた。
うむむ、採用か……。
正直なところ、それは少し困るのだ。
仕方ないと一応は面談だけはしているけど、私としては新たに特務隊の人間を増やすつもりは無いのだから。
「ライラちゃん、だっけ?」
「はい、主!」
「私の一番の目的は、王国への復讐。そのことは知ってますよね?」
「もちろんなのじゃ。王国に手ひどく裏切られたこと――アリシア様にした仕打ち。絶対に許すことは出来ないのじゃ!」
私が王国で裏切られて復讐を願っていることは、一部の魔族の間では有名らしい。
「私は復讐のために生きてます。いざとなったら自分の部隊の人間でも容赦なく見捨てるし、おとりになれと命令するかもしれない――それでしか復讐が為されないと思ったら、私はきっとそうします」
私の言葉に、ごくり、とライラはつばを飲んだ。
誰だって、自分の命は惜しいと思う。
私なら、リーダーがこんなことを言う狂った部隊はお断りだ。入りたいと思う人など、誰も居ないだろう。
勿論、ほとんどは脅しだが、ある程度は本音だ。
この刃が届くのなら、誰かを犠牲にすることをきっと私は躊躇しない。こう言っておけば、好き好んで入隊を希望する人間なんて居ないだろう。そう思っていたのに……、
「それぐらい覚悟の上なのじゃ!」
「……!?」
狐耳少女の口から予想外の言葉が飛び出し、私は黙り込んでしまう。
「もともと、わらわの人生はミスト砦で終わっていたのじゃ。こうして生きながらえたちっぽけな命――主のためなら、ちっとも惜しくはないのじゃ!」
「えーっと、早まらない方が……」
とりあえず、命は惜しんで欲しい。
なにやら重たすぎる決意を聞いてしまい、どう断ろうと言葉を選ぶ私をよそに、
「よくぞ言い切りました! その決意こそ、聖アリシア隊に相応しい。……採用!」
「相応しくないからね!? やばいと思ったらきちんと逃げてね!?」
はっ、思わずリリアナに突っ込んでしまった。
恐る恐るライラに視線をうつすと、
「おお、主……なんと慈悲深いのじゃ!」
復讐のために死ぬのは、私、1人で良い。
人を巻き込むつもりなんて無い――そんな私の気持ちを知ってから知らずか、ライラはぽかんとした顔で私を見ていたが、
「じゃが、主より長生きするなんて、剣神の一族として末代までの恥! アリシア様をおめおめ死なせることがあれば、わらわは責任を取ってこの刀で腹を裂きましょう」
真顔でそんなことを言い出した。
え、この子怖い……。
遠い目になる私と、感動した様子のリリアナ。
結局、ライラの勢いに推されるがまま面談が終わる。
「採用、で良いですよね?」
「……はい」
断る理由も浮かばず。
ライラを見送り、私とリリアナは短く言葉を交わすのだった。
「その、自分の命を大切にするように、教育はお願いしますね」
「ふふ、アリシア様は相変わらず人が良いですね。はい、任されましたよ」
リリアナが居るし、ユーリだって居るのだ。
まあ、1人ぐらい増えたところで大丈夫だろう。
――そんなことを考えていた時代もありました。
数日後。
「アリシア様、随分と優秀な人が集まりましたね!」
「う、うん。まさか全員通過することになるなんて……」
嬉しそうなリリアナに、私はぎこちなく笑みを返す。
もともと優秀な人物の入隊希望届けが優先して届けられたとは聞いていたけれど、文句の付けようがなかったのだ。
まずもって、みんなの忠誠心が怖い。
ミスト砦で私に助けられたという人、ぶっ潰した奴隷商の犠牲者、王国から流れ着いた難民、私と恨みを同じくする人――理由はそれぞれ、それでも向かう方向は同じで……。
「これは、魔族の方にも役立つ訓練法を考えないといけませんね」
第12小隊――総勢50名ほどだろうか。
特務隊の30名に加えて、新たに配属された魔族は20名ほど。明日からの合同訓練に備えて、私はそんなことを考えるのだった。





