聖アリシア隊?
「あの、アルベルト。そういえば、よその部隊への申込みと思わしき配属希望届けが大量に届くのですが、どうすれば良いでしょう?」
ヴァイス王国との全面戦争に備えて、常時、魔王軍では志願兵を募集している。
半ば関係ないことと思っていたのだが、なぜか私のもとにも入隊希望届けが届いていたのだ。
私の部隊は、特務隊の面々を加えた30人ほどの小さな部隊だ。優秀な者がそろう魔王軍の中から、わざわざ私の部隊を希望する者が居るとは考えられなかった。
「何もおかしなことはないよ? アリシアの部隊は人気だからね」
私の疑問に、アルベルトは当たり前のようにそう言った。
「そんな馬鹿な……」
「君の活躍は、嫌でも耳に入るだろうしね。ミスト砦での奇跡を忘れられない人も多いんだよ」
「大したことはしてないですよ?」
「君は、本当に無自覚なんだね。魔族の中には、アリシアに憧れてる人も少なくない。君の部隊は、今や配属先としてトップクラスで人気なのに――」
そう言われても、ピンと来なかった。
王国での私たち特務隊は、どちらかといえば嫌われ者。そこは、何かトラブルを起こしてよそに居られなくなった者が行き着く先だった。
好んで入りたがるなど、正気の沙汰とは思えない。
そんな私の気持ちが顔に出たのだろうか。
「恩には功績を――偉業には尊敬を。それって当たり前のことじゃない?」
「当たり前、ですか……」
アルベルトは、何気ない口調でつぶやく。
その時、パタパタと執務室の扉が開かれた。
入ってきたのは、訓練服に身を包んだケモミミ姿の少年――ユーリだった。一時期、彼は奴隷として商人にこき使われていたが、今は魔王城にその身を置いている。
そういえば、ユーリは力がないことに悔しそうに涙を流していたっけ。本当に魔王軍の人間として訓練しているんだと、私は微笑ましい気持ちになった。
――ユーリが、とんでもない爆弾を落とすまで。
「アリシア様! 僕、やりました!」
「そんなに慌てて……。どうしたの、ユーリ?」
「無事、基礎訓練過程を首席で終えました。無事、聖アリシア部隊の配属希望権を勝ち取ったんです!」
そう言うユーリは、全身から喜びをみなぎらせていた。
可愛らしく犬耳がぴょこぴょこと弾んでいるが、今、聞き捨てならないことを言ったような?
「ええっと、聖アリシア……なんて?」
「あっ――僕、ユーリは、第十二部隊に配属希望の提出に参りました!」
直接渡したかったんです、とはにかむユーリだったが、私としてはそれどころではない。
「ええっと、ユーリは私の部隊に入りたいの?」
「はい!」
そう答えるユーリーの瞳は、キラキラと輝いていた。
私がおすすめするなら、やっぱり面倒見の良さそうなブヒオの部隊だろうか。獣人族を中心に構成している第七部隊も、ユーリなら早く馴染めるだろう。
ユーリは、訓練過程を主席で終えたと言っていた。
どうして好き好んで、私の部隊を選ぼうというのだろう?
訝しげな顔をしていた私を見て、
「だ、駄目ですか……?」
ユーリが、うるうるとした目で私のことを見てきた。
垂れ下がった尻尾も、力なく垂れ下がっており――ああ、私、この子のこういう仕草にはめっぽう弱い。
「駄目、ではありませんが……」
「ありがとうございます、アリシア様! 僕、頑張りますね!」
私がうなずいた瞬間、ユーリはケロッと笑みを浮かべる。
う、嘘泣き……!
ユーリの演技力は、味方にすれば心強いが、相手に回すと恐ろしいのだ。ふう、とため息をつく私に、アルベルトから呆れたような視線が注がれた。
その後は、ユーリを加えてリリアナの入れた紅茶を全員で口に運ぶ。
午後の執務室には、束の間の穏やかな時間が流れていた。
そんな中、リリアナが入隊希望書の束を持ってきた。
そっと目を逸らすと、ずいずいと私に押し付ける。
「アリシア様、ユーリのことも受け入れたんです。皆さんアリシア様に憧れて希望を出しているんです――そろそろ覚悟を決めましょうよ」
「分かってるけど……」
私を慕う者も多いらしい、とは聞いている。
ただ、現実感がないのだ。悪意に対しては武器を取れば良い――ただ相手の考えが読めなければ、対処法も分からない。
私はいまだに、魔族たちとどう接するべきか悩んでいた。
リリアナの言葉は、親切心からのものだろう。
特務隊は、少数精鋭――そう言えば聞こえは良いが、気心の知れた集団に、新たに魔族という異分子を迎え入れるのが怖いだけだ。
「分かりました。やりましょう、面談!」
私は、気合を入れるようにパチンと手をたたく。
適当にやって、切り上げてしまおう。
「ありがとうございます、アリシア様。私は、面談の準備を進めていきますね!」
「なんだか懐かしいですね」
まあ以前は、希望者が少なすぎてほぼ形だけの面談だったけれど。
そうして私は、配属希望の魔族たちと面談することになった。
***
ユーリの配属が決まった翌日。
私は執務室で、入隊希望者が訪れるのを待っていた。ちなみに面談は、私とリリアナの2人で担当している。
約束の時間のちょうど5分前に、控えめにドアがノックされる。
私が許可を出すと、狐耳の小さな少女が姿を現した。
「た、たのもー!」
この子が、入隊志願者?
魔族は、見た目と年齢が一致しない場合も多い。それでも、この少女が漂わせる雰囲気は、やはり幼さを感じさせた。





