その名前は...
「ねえ、リリアナ」
「なんですか、アリシア様」
私の呼びかけに、やけにかしこまった様子でリリアナが答える。
別にこれまで通りで良いんだけどな。
気心の知れた仲である新たな侍女に、私は目下の悩みを打ち明けることにした。
「私、これから何をすれば良いと思いますか? 誰に聞いても、ゆっくりとこれまでの疲れを癒やして下さいと言われるばかりで……」
「は、はあ……。皆さんのおっしゃる通り、ゆっくりお休みになられてはいかがですか?」
「リリアナまで、そんな恐ろしいことを言うの⁉」
私は、クワっと目を見開いた。
何をしようとしても、それとなく制止されてきたここ数日。身も蓋もないことを言えば、あり得ないほど暇なのである。
「アリシア様? だいたい一度でも、魔王様のことを名前で呼んだことがありますか?」
リリアナの呆れた視線を受けて、私は思わず沈黙する。
答えは否だ。
私にとって、魔王は魔王だ。
魔族軍のリーダーで、聖女の私にとっては生涯のライバル。
それ以上でも、それ以下でもなくて──
「そもそも、魔王さんの名前って何でしたっけ?」
疑問を持ったことすら無かった。
冷静に考えれば、私は魔王の名前すら知らない。
「嘘……、でしょう?」
「返す言葉もありません」
これは王国に住んでいながら、国王陛下の名前を知らないようなものだ。
不敬にも程がある。
──それだけじゃ、ありませんね。
私は首を振る。
一度、こっぴどく裏切られたことで、私は決して人を信じないと決めた。
願うは復讐。最初から、他人なんてアテにしていなかった。
魔王の善意だって、はなから信じる気は無かった。
ずっと魔王への無関心を貫こうとした――その結果が、名前すら知らない体たらくである。
「リリアナ、こっそりと私に魔王さんの名前を──」
「嫌です。自分で訊いて下さい」
うう、と涙目になる私を見て、やっぱりリリアナは呆れた顔で微笑んだ。
まるで出来の悪い妹でも見るような優しい眼差し。
***
翌日、私は魔王の執務室を訪れていた。
「料理? アリシアが?」
「ええ。いけませんか?」
「別に構わないけど……。やっぱり魔族の料理は、口に合わなかった?」
いきなり、名前を教えて欲しいと頼むのも気まずかった。
魔王のために何かしたい――そんな気持ちで、私は厨房を使わせてもらえないか頼んでいた。
あっさりと許可をくれた魔王さんだったが、不思議そうに、私の顔を見ている。
やっぱり、私の好きなようにさせてくれる魔王さん。
そんな彼を見て私は、
「魔王さん。いいえ――」
「アリシア?」
「いつまでも魔王さんでは他人行儀過ぎますよね。あなたの名前を私に教えて下さい」
あまりにも今更の疑問に、怒られてもおかしくないと思ったが、
「やっぱり聞いてなかったんだね。それもアリシアらしいけどさ……」
魔王は、そう苦笑する。
思えば魔王は、私のことを『聖女』と呼んだことなんて殆ど無い。
魔王のことを「魔王さん」と呼ぶのは、例えるならそういうことで……。
「アルベルト。ボクの名前はアルベルトだよ」
まるで自己紹介をやり直すかのように。
魔王、もといアルベルトは口にした。
なんと私が召喚された日に、アルベルトはすでにそう名乗っていたという。
あの頃の自分は、どれだけ他人に興味がなかったんだ。
過去の自分に怒りが湧いたが、私はおずおずと、
「魔王様。いえ、アルベルト――良い名前ですね」
そう告げた。
「うん。これからボクのことは、ちゃんと名前で呼んでね」
アルベルトは、そう無邪気に微笑むのだった。
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