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公開処刑 ~聖女は魔女となって、滅びを願う~

※ 残酷描写あり

 そして、その日がやってきた。


「魔女・アリシア。明日の正午、貴様を公開処刑とする!」


 シュテイン王子が、直々にそう宣言しにきた。

 雪の降りしきる冬の季節──それが私の処刑の日であった。すっかり心が摩耗しているのか、私はもう何も感じなかった。

 ああ、ようやく楽になれると思ったぐらいだ。



 私は、雪の積もる街道を見せしめのように裸足で歩かされた。

 世紀の大罪人の処刑は、朝からある種の祭りのような盛り上がりを見せていた。


「人間でありながら魔族に国を売るなんて! 恥を知れ!」

「なにが聖女だ! この世界の真の聖女はフローラ様なんだよ!」

「いつまでも戦争が終らないのは、すべておまえのせいだったんだな! この魔女め!」


 大広場での公開処刑。

 うねるような悪意と罵倒の言葉。私が姿を現すと、会場は異様な熱気に包まれる。



「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」

「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」

「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」


 寒い。

 分かっていた。ここに私の味方が居ないことは。

 それでも、これは──あんまりな仕打ちではないか。


 悪意の奔流に吐き気がした。

 魔族への恨みが、すべて私に向かっている。 

 ここに集まった国民たちは、いまかいまかと処刑を待っている。



 追い打ちをかけるように。

 フローラが私の耳に手を当てて、


「そういえばあなたの孤児院、とっくに滅んでるわよ」


 そう囁いてきた。

 いつものように悪魔のような微笑みを浮かべながら。



 ──今度こそ意識が空白化した。

 何を言ってるんだろう?

 聖女として働く条件の1つが、王国で孤児院を保護することだったはずだ。私が働いた分のお給金も、ちゃんと孤児院に振り込まれていると、シュテイン王子はずっと言っていたのに。


「ははは、平民との約束なぞ守るはずがないだろう?」


 これは傑作だ、とシュテイン王子は笑った。

 この顔が見たかったのよ、とフローラも腹を抱えて笑っていた。


 ──それならいったい、何のために私は……?

 ああ、まさか今さら涙がでてくるなんて。

 あれほど続いた地下牢暮らしも、完全には私の心を殺さなかったらしい。ひとしきり2人に嘲笑われた後、私はそのまま処刑台に引きずられていった。


 消しようのない黒い炎。

 ある渇望が、私を支配していた。

 口にしてしまったら、これまでの人生が嘘になる──そう思っていても、その炎は私の中で今も大きくなり続けている。



「せいぜい最後も良い声で泣いてくれよ、アリシアちゃん」


 処刑人の男には、見覚えがあった。

 騎士団所属の男だ。散々、地下牢で私のことを痛ぶった男の一人だった。


 そうして私は、十字架状の拘束具に捕らえられた。

 足元には処刑用に、数々の魔法陣が設置された。


 通称──魔術式処刑。

 処刑方法は、実にシンプルだ。

 致死級の威力を誇る魔法陣を、犠牲者に向かって起動し続けるのだ。対象の命が潰えるその時まで。何度も。何度でも。



 やがて真っ赤な魔法陣が発動し、凶悪な炎が私に襲いかかった。

 全身を炎が包み込み、私は無意識に絶叫する。私の悲鳴を聞いて処刑広場ではどよめくような歓声が起こり、今日1番の盛り上がりを見せた。


 その魔法陣の一撃は、致命傷にはならない。 

 聖女として魔法耐性に優れている私は、簡単に死ぬことも出来ないのだ。何百発と魔法を撃ち込まれて、苦しみながら私は死ぬのだろう。

 もっとも残虐だと言われる処刑方法が選ばれたのも、私が苦しみのたうち回る様子を長期間に渡って眺める為なのだから。


 ──次々と、設置された魔法陣が起動していった。

 強大な氷のツララが、私の膝を撃ち抜いた。

 発生したかまいたちが、私の全身を切り刻んだ。

 巨大な土塊が飛来し、私の頬を撃ち抜いた。


 痛い、苦しい。早く終わらせて欲しい。

 そんなささやかな願いも許されない。一思いに楽になることすら許されず、私は見せしめに嬲り殺される。


「クリーンヒット! 今のは効いてるんじゃないか!」

「おい! しぶといぞ、魔女!」

「早くくたばれ!!」


 魔法が発動するたびに、会場は異様な熱気に包まれていった。

 私の断末魔の悲鳴は、この国にとって最高の娯楽らしい。 


 最前列では、シュテイン王子とフローラが私の処刑を見学していた。目の前で舞台俳優のショーでも開かれているように、2人して喝采を上げている。

 彼らとは、一生分かりあえないだろうと思う。理解したいとも思わなかった。



「「死ね! 死ね! 死ね!」」

「「死ね! 死ね! 死ね!」」


 ──私の一生は、あんなやつらのためにあったの?

 弱った身体に、また1つ上位魔法が突き刺さる。

 すでに痛覚はない。命の灯火が消えていくのを感じる。

  

 ──こんな奴らだけが、これからものうのうと生きていくの?

 ──優しかった院長も死んだのに……

 世の中はあまりに理不尽だ。

 弱っていく身体とは逆に、心の炎はどんどん燃え上がっていく。



「「死ね! 死ね! 死ね!」」

「「死ね! 死ね! 死ね!」」


 もう、良いか。


 その大合唱を聞きながら私は──




「おまえらが死んじゃえ──!」


 こぼれ落ちる喉が張り裂けんばかりの絶叫。


 魔法で出来た槍に貫かれ。

 血反吐を吐きながら。

 ──私は、感情のままに呪いの言葉を撒き散らす。



「滅びちゃえ、こんな国──!」


 こんな国、守らなければ良かった。

 それは初めて抱いた燃えるような感情。

 私は、心の底からそう思ってしまったのだ。


 ごめんなさい。

 そう謝る相手すら、もうこの世には居ないのだ。

 これで聖女としては失格だろう。でも、どうやら私は魔女らしい。構わないだろう。

 ……ああ、優しかった孤児院長。

 本当にどうして、あんな奴の言うことを信じてしまったのだろう。



 ──よくやく枷が1つ外されたようだった。

  そう思っても良いんだと思えることが幸せだった。

 結果は何も変わらないだろうけど、それで構わない。

 せめて命を失うその時まで。ようやく見つけたこの憎悪を愛しながら、私は逝こう。




「──みんな、死んじゃえ!」


 私を黙らせようと、魔法陣が輝く。

 それでも私の生きた証を、何人たりとも消すことなど出来ない。


***

 聖女アリシアの最期。

 それは壮絶なものだった、と処刑人は語る。


 今回の処刑方法は、あまりに非人道的だからと長年廃止されていた魔術式処刑。

 どのような凶悪犯であっても、普通ならあまりの苦しみに最後は命乞いを始めると言う。

 着々と、命を削られ続ける苦痛。

 あんな年頃の少女に絶えられるはずがないのに。



 しかし少女は、ある時を境に狂ったように笑い出した。

 国を、人々を、すべての生き物への憎悪をむき出しに笑い続けていた。

 全身血塗れで世界の滅びを願う様は、まさしく魔女そのものだった──僅かな畏怖を覗かせながら、処刑人は後にそう振り返った。




◆◇◆◇◆


 アリシアの処刑と同時刻。


「助けられなかった……」


 リリアナは、特務隊の仲間とともに涙を流していた。 


 リリアナが特務隊の任務に戻ったのは、何も命を惜しんだからではない。特務隊とともに、聖女の奪還作戦を立てるためだった。

 心優しいアリシアに言ってしまえば、全力で止められただろう。処刑の日までは、無事で居てくれるはず──地下牢にアリシアを1人残してくるのは後ろ髪を引かれる思いだったが、リリアナはフローラの指示に従ったフリをしたのだ。


「アリシア様を助けよう!」

「こんなことが許されるはずがない。このままで良い訳がない──!」


 特務隊のほぼ全員が、アリシアを助けるために立ち上がった。


 それでも作戦が成功する可能性は低かった。

 この公開処刑は、王国の威信をかけたものだ。警備も厳重で、隙も見当たらない。それでも受けた恩を返すために、命に変えてでも助けるんだとリリアナは決めていた。



 ──そして、あっさり捕らえられた。

 悔しさで涙が出てきた。


「しっかり目に焼き尽けておけ。魔女の最期をな」


 目を逸らすことすら許されなかった。

 捕らえられたリリアナの目の前で、魔術式処刑が執行されていく。リリアナの大切な仲間であり、尊敬して止まないアリシアが嬲り殺しにされていく。

 こうして捕まっている自らの役立たずっぷりを呪った。

 王国に生きる全ての生物を呪うような言葉。アリシアの悲痛な最期の叫びは、聞いていて胸が張り裂けるようだった。



 アリシアの処刑が終わり、リリアナは尋問室に通された。

 リリアナたちのもとに訪れたのは、すべての元凶──フローラとシュテイン王子であった。


「ふむ。貴様ら特務隊には、真なる聖女であるフローラの護衛を命じよう」

「誰が、アリシア様を陥れた奴に従うものか!」


 何をふざけたことを言っているのか、とリリアナは正気を疑った。

 叶うならば、今すぐにでも手にしたナイフで刺し殺してやるところだ。



「フローラ、ここにある従属紋を使うが良い」


 そんなリリアナの様子を見て、シュテイン王子はそう提案した。

 従属紋──それは対象者に強制的に言うことを聞かせる魔法陣だ。王国では、奴隷や犯罪者に対して使われる。


「その憎しみに燃える目が、私の忠実な奴隷に変わる。うふふ、実に楽しみですわね~」


 フローラは、鼻歌まじりで従属紋を使った。

 これからは大切な人の命を奪った憎き敵に逆らうこともできず、都合よく働く駒として扱われる。耐え難い屈辱だった。


 そんな一生をこれから過ごすぐらいなら──



「おっと、『自殺は禁止』ですよ」


 リリアナの目に、強い光が宿る。舌を噛んで死のうとしたのだ。しかしフローラの"命令"により、それすら封じられる。

 その後リリアナに対して、フローラは『主に危害を加えないこと』『命令には絶対服従すること』を「従属紋」を通じて命令した。



「どうして……。どうして、こんなことが、出来るんですか──!」


 泣きながら尋ねるリリアナに、



「──楽しいからよ。それ以上の理由が必要でして?」


 フローラは、何を当たり前のことをとばかりに言葉を返す。

 新しく手に入れた玩具で、どのように遊ぼうかと考えながら。

次話以降、本格的に物語が動き出します。


・面白くなりそう!

・更新、頑張れ!


などと思って下さった方は、ぜひとも画面下の【☆☆☆☆☆】から評価を下さると最高の応援になります。


★5つが嬉しいですが、率直な評価で大丈夫です。

よろしくお願いします・・・!

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