【IF】 フローラの末路
※ 残酷描写あり
・アルベルトが、アリシアをフローラから遠ざけなかった場合
・奴隷商会のエピソードも存在していない場合
の話です
「あなたのようなノロマはね! 王国相手に無様な戦いを繰り広げて、最期は誰にも看取られず、孤独に死んで行くのよ~。可哀想なアリシアちゃん!」
その瞬間、アリシアは怒りに身を任せていた。
それはフローラの思惑通り。
「あなたのせいなのに! なんで、なんで……!」
気がつけばアリシアは、フローラに襲いかかっていた。
殺さぬように、という言いつけも忘れて――我を忘れたように何度も何度も。
フローラは、内心でほくそ笑む。
ちょっと心を乱されて、こうして逆上して。
やっぱりこいつは、私に良いように弄ばれる程度の人間だ。
一生、心に傷を負ったまま、私に良いように遊ばれ、私に心を囚われたまま生きていくのだ。
――フローラはなされるがままに、早々に意識を失っていた。
異様な雰囲気の地下牢に、ただ何かを殴り続ける音が響き続ける。
「アリシア様、殺されるのは困ります……!」
「あっ。……ごめんなさい」
看守が戻ってくるまで、アリシアは感情のままに拳を振るったという。
――こいつは、何も変わっていない
悪魔のような顔で笑い、今この状態ですら、昔と変わらず私を使って楽しんでいる。
立場は何も変わっていない……、そう誇示するかのような振る舞い。
――本物の地獄を見せてやろう
二度と歯向かう気すら起きないように徹底的に。
今の私は、もうあの頃とは違うのだから。
燃え上がった黒い炎に身を捧げるかのように。
「明日からは私もフローラの"取り調べ"に協力しますね」
――フローラの最後の抵抗は、地獄への片道切符。
意識を失っていた彼女は、地獄への扉を開いてしまったことにまだ気付かない。
***
翌日。
私は、フローラの捕われている地下牢を訪れた。
「なんで、あんたが?」
「あはっ、私も少しだけ実験しようと思ってね」
――わざわざ通うなんて馬鹿なやつ!
――弱った心に付け込んで、また以前の立場に戻してやるわ!
フローラは、そんなことを考えていた。
魔族たちに比べれば、この女の行動など生ぬるいものだ。その時のフローラは、まだ地獄が始まってしまったことに気がついていなかった。
私――アリシアは、淡々と"取り調べ"を始める。
聞き出すのは、フローラが絶対に知り得ない王国の秘密。
「それで~? また意味もなく私を殴りに来たのかしら~?」
「あはっ、まさか……。そんなつまらないことはしないわ――言ったでしょう、実験だって」
フローラの言葉は、いちいち癇に障る。
でもそれで良い。それでこそ"取り調べ"のかいがある。
私は、笑いながら大量の毒薬を広げていった。
「ま、まさか――」
「楽しみましょう?」
私は鼻歌を歌いながら、抵抗するフローラを押さえつけた。
弱めの毒をフローラの口に押し付け、水を流し込み強引に飲み込ませる。
「げはっ、げほっ……」
効果は覿面だった。
強烈な吐き気に襲われ、フローラはたちまち酷い嘔吐を繰り返した。更にはガタガタと全身が震え始め、またたく間に意識を失ってしまう。
「あはっ、いきなり眠るなんて悪い子ね」
「ッ!?」
鎌を振るい、指を切り落とす。
痛みに絶叫し、フローラは強制的に覚醒させられる。
「ふざ、けるな……! こんなことをして、ただですむと――」
「うるさい」
もう1本指を切り飛ばし、
「あぁぁぁぁぁ――」
たまらずフローラが悲鳴をあげた。
――すっと胸がすく思い。
奪われたものは、決して戻ってこないけど。
その痛みと苦しみだけが、私の心を癒やしてくれる。
でも、まだ足りない。
あの日々の屈辱の、ほんの一部分すら返せていない。
「あはっ、どうもあなたはあまり頑丈じゃないみたいね。だけど……、気絶したら分かってるわね?」
「このっ! 捕虜に対して、そんなこと――」
「実験中の私語は厳禁よ?」
「ぁぁあああ!?」
また指が飛ぶ。
もう、フローラの言葉を聞く気はない。
許すのは、悲鳴だけ。
何事もなかったかのように、機械的に私は毒を取り出す。さながら本当に実験をしているように。
「ほら、早く飲みなさい。次は手ごと斬り落とすわよ?」
「むぐぅぅぅ!?」
えづき嘔吐するフローラに、
「足にかかったじゃない。汚いわね」
「げふっ、がはっ――」
執拗に腹を殴打。
理由なんて何でも良いのだ。
恐怖を植え付け、限界までフローラを攻めたてる。
案の定、ぜえぜえ、と肩で荒い息をしながらフローラは怯えた目でこちらを見てきた。
あら……、そんな目もできるのね。
「ふふっ、なかなか頑張るじゃない。なら次は、こっち」
毒瓶をこれみよがしに掲げる。
フローラは、ふるふると首を横に振った。
容赦なく横っ面を鎌の柄で何度も殴りつけ、無理やり飲ませてやる。これぐらいは耐えられるかと思ったけど、フローラはもがき苦しみ、また意識を失ってしまった。
すかさず回復魔法で蘇生する。
「あはっ、全然耐えられないじゃない。これは、お仕置きね」
「そん……な」
信じられないようなものでも見るように、フローラは目を見開く。
「あなたが、そんなこと、できるはずが――――」
フローラの中で、私は利用されるだけの良い子だったのだろう。殴って黙らせ、また毒薬を飲み込ませる。
――その瞳に浮かぶのは絶望。
ようやく良い表情になってきた。どんな気持ちで、こいつは私に毒を飲ませていたのだろう。
「ゆる……、して――――」
「そんなこと言って。あなたは、一度でもやめたことが、あったかしら?」
――さすがはアリシア! う~ん、ゴキブリ並の耐久力ね!
――次はこっちなら、どうかしら?
――惜しい~! もう少しで毒が拔けるまで、耐えられたかもしれないのにね~
――でも耐えられなかったから、おしおきの時間だよ~
「残念、我慢できない悪い子にはお仕置きが必要ね。そうねえ、いろいろと呪詛魔法を試してみたかったのよ」
「ぁ……ぁぁ――」
王国での数時間にも及ぶ人体実験。
フローラが直々に行ったものだ。気絶するたびに、新魔法の実験にも突き合わされた。
そのことを忘れたとは言わさない。
「もう……、やめて――」
これは始まりに過ぎない。
気がつけばフローラは、許しを乞うていた。
言葉で優位に立とうなどとは考えられないほどに、心を折られていたのだ。
無論、私は止まらない。
泣きながら許しを乞うフローラに笑いかけ、
「あはっ、過去の自分に懇願したらどうですか?」
そう告げてやるのだった。
***
地下牢を出た私は、今日の予定を確認する。
今後は、魔力の徴収、下級兵たちへの下げ渡し、魔王城の研究員たちによる人体実験を行う予定だ。1日のうち20時間は、何かしらの予定が入っている。
僅かに与えられるはずの休憩時間は、いつもどおり私刑に遭うだろう。
ひとときたりとも、あの女に休憩は必要ない。
フローラへの取り調べは、魔王から権限を譲り受け、私が全面的に指揮を取ることになった。反対していた魔王も、私が何度も、何度も、何度も、何度も頼みこみ、ついには権利を勝ち取ったのだ。
回復魔法は便利だ。
本来死ぬような拷問も、断行することが出来るのだから。
その苦痛が、その悲鳴だけが心を満たしてくれる。
「あはっ、楽しくなってきましたね――」
すべては憎き相手に、真の地獄を味合わせるため。
今日も私は、魔王城の中を彷徨い歩く。
***
数週間経った。
「あはっ、反応が鈍くなってきたわね」
「……」
フローラの目からは、すっかり光が失われていた。
夢も希望もなく、絶え間なく強い憎悪と暴力の渦に晒されているのだ。
「ほらっ! なんか言いなさいな!」
「ぅぐ……」
殴られれば鈍いうめき声をあげるが、それだけだ。
心が麻痺しているのだろう。
涙を流しながら、懇願することもない。
怯えた目で、私を見ることもない。
だから今日は趣向を変えることにした。
「そんな胸、シュテイン王子に捨てられたあなたには要らないわよね?」
私がトントンと鎌で指さしたのは、多くの貴族を悩殺してきた自慢の胸だ。
フローラは僅かに怯えた様子を見せた。
自分の大事にしていたものを壊されるのは嫌なのか。
「……やめ――」
「あはっ」
情け容赦なく斬り飛ばす。
フローラは涙を流しながら、絶望に顔を歪めた。
それはフローラが人生を生きるために使ってきた武器だ。
人間というのは、大事にしているものを壊されたときに、もっとも痛みを感じるものだ。
私だって孤児院長の最期を告げられた時の衝撃は、決して脳裏から離れることはないだろう。
「もう片方も……、いっちゃいましょうか」
そんなものが最後の砦というのは、実にフローラらしくて下らなくて。
それでいて、まだそんな顔を見せてくれるなんて。
「あぁぁ――――」
絶望のうめき声。
私は、淡々とフローラに治癒魔法を施した。
次に取り寄せるべき"器具"は決まったな、などと思いながら。
――ただ絶望の声を聞くためだけに、様々な方法を試していく
失われた何かを求め、ただ何かに突き動かされるように。
――――――
――――
――
更に数週間。
フローラは、常に様々な方法で攻め立てられた。
逆さ吊りにして、全身を鞭打ち数を数えさせる。
手足の骨をへし折り、その数を数えさせる。
……命令して、強制的に反応を引き出すためだ。
大型モンスターに生きた餌として与えてみる。
特殊な機材を使って下半身をぺちゃんこにする。
……最大限の苦痛を与えて、新たな反応を見るためだ。
強烈な酸に入れて、死ぬ直前まで溶かしてみる。
高圧電流を流しながら、自身に雷撃の魔法を放つよう命じる。
意識を失うまで水に沈めて覚醒させるという行為を、半日ほど繰り返す。
……死の淵が、いちばん辛いだろうと思ったからだ。
「あはっ、今日は何をしますか?」
「ぁ……、ぁ――」
フローラは、私の顔を見るだけでガタガタと震えだすようになっていた。
良い気味だ。
フローラは、何度も自殺を試みた。
その全てが失敗した。
回復魔法は便利なものだ。
死ぬことは絶対に許さない。
気がつけば私は、フローラを苦しめることだけに全霊を注いでいる。その様子には、魔族たちは当然、リリアナすら引いた様子で見ていた。私の周りを離れていった者も多い。
……が、関係ない。
私は、もともと、復讐のために生き、復讐に死ぬと決めていたのだから。
「も……、ころ……して――」
「あはっ、もっと良い悲鳴をあげてくださいな――」
目の前には、ひん剥かれて逆さ吊りされたフローラ。
久々の耐久実験は、既にぶっ続けて丸3日続いている。
全身を食い散らかされ、残っている場所も痣が埋め尽くしていたが、まだ生きている。
聖女の力で生命力が強化されているからだ。
私は、担当していたゴブリンキングに命令する。
その棍棒が、何度もフローラの横腹を撃ち抜いた。
一撃一撃が致死級の殴打。
しかし簡単には命を落とさない。
フローラには、あらかじめ伝えてあるからだ。
耐えきるまで、この実験は終わらないと。
幾度となく激しい殴打が続き、フローラの体が力なく左右に揺れる。
もはや声をあげる力も残っていない。
虚ろな目で、ただ、なされるがままに耐えている。
最後に大きく吐血し、ついにフローラは限界を迎えた。
死ぬ直前――このタイミングだけは、決して間違えない。
私は次の実験に移るため、回復魔法をフローラにかける。
「悪い子ね。また私に回復魔法を使わせるなんて?」
「ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさい、アリシア様――」
必死の懇願もまた日常風景。
復讐は為され、フローラは死ぬより苦しい地獄で、私に助けを求めている。
「謝罪なんて何の意味もないわ。私は、絶対にあなたを許さない。全ては遅すぎたのよ」
「ごめんなさい、アリシア様。ごめんなさ――」
次の実験が始まった。
――復讐は果たされた
憎むべき女は、いまや壊れる寸前で生き地獄を味わっている。
これからも、永遠に地獄は続く。
……だけども、私の胸はまだ満たされなかった。
それどころか、一抹の寂しさすら感じてしまい――そんなのは気の所為だ。
まだ、この女に見せる地獄が足りないのだろう。だって、その悲鳴を聞いた一瞬だけ、たしかに高揚感が胸を満たすから。
「あはっ、次は何をしましょうか?」
***
1年後。
魔王城で、ついに1つの兵器が完成した。
それは生体兵器。
それはフローラという人間を、魔族に変身させる装置だ。
フローラから採取した魔力を使って、進められていた研究であった。
「出なさい」
「…………」
もう、何をしても反応すらしない。
ありとあらゆる苦痛を与えても、表情ひとつ崩さない。
完全なる廃人だった。
今日行うのは、生体兵器の実験。
フローラへの最後の実験となる予定だ。
強力な生体兵器に変えて、王国を襲わせるという計画だ。
それは、ようやく訪れたフローラが待ち望んでいた死。
命令に従って研究棟に連れてこられたフローラは、まだ見ぬ装置に微かな怯えを見せた。
だが、逆らわない。
命令には絶対遵守。
フローラの心の底に、そう刻み込まれていた。
「ぁあああああぁぁぁ……!?」
その装置から出される魔法が、皮膚を焼いた。
体の魔力が、異なる生命体に作り変えられている。
それは想像を絶する痛みだ。
自身が、人でない何かに変貌していく恐怖。
フローラはただ恐怖して――
「成功ね」
次の瞬間、フローラの体は見るも無惨な化け物に作り変えられていた。
最後に残っていた"人間"という尊厳。
それすらもフローラは奪われたのだ。
「王国を襲いなさい。意識、ある限りね」
体は、勝手に動く。
ただ命令に従って。
――意識だけはフローラのものを残したまま。
***
フローラは、単独で王国に送り込まれた。
王国兵により、フローラを討たせる。
それが私が選んだフローラの最後だった。
異形と化したフローラは、たちまち王国騎士団の猛攻にさらされる。
「私よ、フローラよ! やっと、やっと戻ってこれたのに!」
フローラは、一瞬、希望を見た。
王国に戻りさえすれば助かるかもしれない――それは、僅かな心を取り戻させる。
しかし、その希望はまやかしに過ぎない。
必死に伝えようとするも、その口からは化け物の咆哮が響くのみ。
強大な魔族の登場に、王国騎士団は恐怖した。フローラは、王国騎士団に壊滅的な被害をもらたし暴れまわっていた。
本人の意思とは無関係に。
「体が、痛い……」
攻撃でボロボロになった身体は、フローラの魔力を喰らって蘇生していく。
「どうして。私だって、分からないの?」
焼かれ、突かれ、押し潰され。
全身を耐え難い痛みが襲う――強大な生命力と引き換えにしたデメリット。
修復時の痛みは、気が狂うほどだった。まあ、そんなことは開発者には何ら関係のない話だったのだが。
地獄のような苦しみを味わいながら、フローラは国境沿いの砦の襲撃を繰り返し。
――ふと、奇妙な奇跡が訪れる。
「殿、下?」
何故か目の前にはシュテイン・ヴァイス王子。
出会ってしまったのだ。
まさか最前線で会えるなんて。
フローラは、涙を流しそうになった。
苦しい拷問に耐えたかいがあった。
こうして、自分を助けに来てくれるなんて。
アリシアは、シュテイン王子が、すでにフローラを切り捨てたと言っていた。
しかしその事実は、疲弊したフローラの頭からすっぽり抜けていた。
「殿下、殿下あ!」
「なんだあの醜い怪物は。やれ!」
シュテイン王子の指揮を受けた王国騎士団が、フローラを取り囲む。
幾多もの戦いで傷ついたフローラは、ついに限界を迎えようとしていた。
「邪悪なる化け物め! 神聖ヴァイス帝国の剣を喰らえ!!」
ついに力尽き、フローラは力なく横たわる。
巨大な化け物を撃つため、シュテイン王子が訪れた。
「殿下、殿下――」
縋るような声。
しかしそれは、化け物の咆哮。
希望は、もちろん打ち砕かれる。
「じゃあな、フローラ。おつとめご苦労さん」
――え? 私だって分かって……?
思考の最後は空白。
そうしてシュテイン王子は、ゴーレムの拳をフローラに降り下ろす。
それは死にかけのフローラにとって、最期の一撃になった。
その一部始終を見ていた少女が1人。
「あはっ、次は――」
その笑い声は、いつまでも森の中に響き渡っていたという。
***
人間と魔族の戦争。
これは、その渦中で起きた元・聖女フローラの末路。
――王国民も、魔族すらも、その最期を知る者は誰も居なかったという。
プロローグでアリシアがされたことを思えば、ストレートなアンサーかも。ただ、あまりにもアリシアが報われないので、あくまで【IF】となります。
次話からは、本編に戻ります。





