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【書籍化&コミカライズ】闇堕ち聖女は戦渦で舞う  作者: アトハ
8章 末路、そして新たなる戦いへ
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1つの答え

 自らの行いを自白した後、フローラは魔王城の地下牢に捕らわれていた。



 基本的に、魔王軍では捕虜への扱いは丁重だ。

 戦いの中で投降を呼びかけ、投降したものには衣食住を保証し、不自由のない生活をさせているという。それに不満を持つ魔族もいたが、わざわざ魔王に逆らおうと思う者も居なかった。


 ……しかし、フローラだけは例外であった。

 魔王は、アリシアを陥れたことへの復讐に燃えていたのだ。


 ――相手を蹂躙して、徹底的に苦痛を与えて、この世の地獄を見せる

 アリシアが口にした至高の復讐。

 それを彼女が口にしたのは、アリシア自身がそういった目に遭わされたからに他ならない。

 その苦しみを、何倍にも、何十倍にも返してやるのだ。


 魔王は、フローラに対しては、どのような扱いも許容した。

 ただし命だけは奪うなという厳命を出している。

 それはフローラにとっては、不幸でしかなかった。


***


 ある日の地下牢。

 その日も、フローラはボロボロの姿で、壁際の拘束台に乱雑に括り付けられていた。


 昼間は、王国の情報の取り調べ。

 それが終われば、ストレスを貯めた下級兵たちによる私刑が行われた。


 両手両足の爪は剥がされ、体中にはどす黒い殴打の後がいくつも残る。

 顔は腫れ上がり、美しかった髪はずたずたに切り裂かれていた。

 おおよそ無事なところが見つからない有様。



 ――どうして、こんなことになったのだろう


 フローラは苦痛に喘ぎながら、涙を流す。

 王子の婚約者の地位を手にして、全て上手く進んでいたはずだったのに。

 気が付けば敵地で、死ぬより酷い目に遭わされている。


「ごめんなさい、ごめんなさい――」


 苦痛から逃れたい一新で、フローラはうわ言のように謝罪の言葉を述べる。

 決して聞き入れられない謝罪は、ただ宙に消えていく。


 気絶すれば、回復薬で強制的に覚醒させられる。

 普通なら数日で衰弱死している環境だったが、決して死なせるなという命令で、彼女には死すら許されない。



 ――死すら生ぬるい生き地獄が、フローラを襲っていた。


***


 そんな中、アリシアがフローラの元を訪れる日があった。

 アリシアの歓迎パーティが開かれる直前だっただろうか。



 ぐったり力なく項垂れていたフローラであったが、


 ――なんで、おまえは幸せに生きてるの……!

 ――私が、こんな目に遭ってるのに!


 その姿を見て、フローラは僅かばかり残っていた闘志を燃やす。



「何? 私を嘲笑いに来たの?」


 フローラは、嘲笑するような笑みを浮かべて見せる。


 この女には、絶対に立場を分からせてやる。

 そう思っていたからだ。



 アリシアが、表情を凍らせて固まった。

 その姿を見て、フローラは愉悦の笑みを浮かべる。

 この状態でもアリシアの心を抉るため、フローラは言葉を重ねていく。


「可哀想に」


 おまえは、私に罵倒される存在でしかない。

 それはこの状態になってすら変わらない。


「こんなことをしても、あなたが失った物は何も戻ってこないのにね?」


 ――効果は、覿面だった


「何を……!」

「あなたのようなノロマはね!」


 どうかこの言葉が、一生の楔となりますように。


 フローラは、アリシアに罵声を浴びせていた。

 せめてもの抵抗。



「王国相手に無様な戦いを繰り広げて、最期は誰にも看取られず、孤独に死んで行くのよ~。可哀想な可哀想なアリシアちゃん!」


 次の瞬間、アリシアは怒りに身を任せていた。


 それはフローラの思惑通り。

 アリシアを思い通りに動かしたことに、フローラは内心でほくそ笑む。



「あなたのせいなのに! なんで、なんで……!」


 アリシアは、全力でフローラを殴りつけた。

 殺さぬように、という魔王の言いつけも忘れて――我を忘れたように何度も何度も。


 血しぶきが舞った。

 体そのものを破壊しようかという激しい殴打。

 鼻の骨は折れ、多くの男を誘惑した美しさも、今では見る影もない。


 それでもフローラは声すらあげず、薄ら笑いを崩さない。

 その態度こそが武器。この空間を今支配しているのは、自分だという自負があったからだ。

 

 結局、フローラは一度の悲鳴すらあげることなく、意識を失っていった。

 異様な雰囲気の地下牢で、ただ何かを殴り続ける音が響き続ける。



 幸運なことに……、フローラにとっては不幸なことに、フローラは一命をとりとめた。


「これはアリシアのためにならないよ」


 返り血に濡れたアリシアを見て。

 止めに入った魔王が、言いづらそうにアリシアに口にした。


 アリシアの心を守るため。

 魔王は、フローラとアリシアを遠ざけることにしたのだ。




***


 ――グラン商会の壊滅を見届けた後。


 私――アリシアは、魔王さんに許可をもらい、フローラの元を訪問することにした。

 ちょうど最初にフローラの元を訪れてから、1ヶ月過ぎたあたりだろうか。



 ちょっとした心境の変化があったからだ。


 ユーリのように懸命に生きる人を見た。

 魔王城で、徐々に大切な物も生まれつつ有る。

 生き返ってから触れた様々なものは、私にとって驚きの連続だった。


 それと比べて、フローラはあまりにつまらない人間だ。

 他人の足を引っ張ることだけを考え、ただ呪詛の言葉を吐く。

 ただ傷つけようとする言葉――そんな空っぽな言葉など、聞く価値もない。

 そう思ったのだ。


 許せないものは、いくらでもある。

 殺したいほどに憎い物も存在する。

 だけど、少しだけそれ以外のことも考えて良いかもしれない――それは明確な変化だった。



 私にとって、地獄の象徴、憎しみの象徴。

 あの時は、フローラに良いように心を乱されてしまったけど、今なら――


――――――

――――

――


 そうして訪れた私を迎えたのは、地下牢の惨状だった。


 フローラは、魔力を搾り取るための器具に拘束されていた。

 その周囲を数人の魔族が取り囲み、思い思いにフローラを攻め立てていた。

 悲鳴をあげるフローラを見て、看守たちは仄暗い笑みを浮かべている。


 何度も、死の淵をさまよっていたのだろう。

 空になった回復薬が、部屋の中には散乱していた。



 ――王国での私の扱いすら、あそこまで酷かったかどうか。

 ……嫌なことを思い出してしまった。


「少し、二人きりにさせて貰えますか?」

「あ、アリシア様……」


 フローラをいたぶっていた者たちが、私に道を譲る。

 異様な熱気が醒め、気まずそうな顔をする者もいた。


 別に彼らを悪く言うつもりはない。

 フローラがこのような目に遭わされているのは、まさに自業自得。

 むしろ少し前の私なら、率先して加わっていただろう。


「久しぶり。生きてる?」

「ぁ……」


 私の呼びかけにも答えず、弱々しく身じろぎするフローラ。

 死なせるなという厳命が出ていたのは、フローラにとって不幸でしか無かっただろう。


 死んだ方が楽な地獄というものを、私は知っている。

 フローラを襲っているものが、そのレベルの悪夢だろうということも想像が付く。


 何をしても構わないという共通認識は、人をより残酷にする。

 相手が苦しむ姿を見て溜飲を下げるようになるし、自らが正義だと思えば罪悪感の抱きようもない。日々の鬱憤晴らしに、日常の娯楽――行為はどこまででもエスカレートするし、誰しもが残酷な一面を併せ持っているのだ。



 ぱちりとフローラの目が、私を捉えた。


「哀れね、フローラ」

「……ッ! 久しぶりね~、アリシア。また来てくれるなんて嬉しいわ~!」


 弱々しく呻いていたフローラだったが、私の姿を見てにわかに目に光を取り戻す。


「下らない。心にもない事を」

「それで~? 私を、殺そうとでも言うのかしら~?」


 お前さえ居なければ、と憎しみの感情を未だに叩きつけてくる。

 ここまで行くと、いっそ感心するレベルの執念だ。


「何をしても無駄よ~? あなたは、最期には惨ったらしく死ぬ。あなたの命には、何の意味もないのよ?」


 ――どうしてこんな言葉に、心を揺らされていたのだろう。

 そんな言葉でしか自身を保てない姿に、哀れみすら覚えた。


 今日は、その心を完膚なきまでに叩き折る。


「あはっ、そんなに死にたいの?」


 フローラの言葉は、まるで私の心を揺らがさない。


「でも、まだ死ぬには早いんじゃない?」


 ――その一言で、微かにフローラの目に怯えが覗く。


 狙いはとっくに分かっている。

 フローラは、私を逆上させて、今度こそ命を奪わせるつもりなのだ。


 唯一、一矢報いる方法。

 ただ私が落ちついて"お話"すれば、フローラは勝手に絶望していく。



 そうだ。

 こんな情報もありましたね。


「フローラ。あなた、王国で魔女扱いされてるわよ?」

「え……?」

「私とおんなじ。シュテイン王子は、あなたのことを切ったのよ」


 更に現実を突きつける。

 助けはこないし、地位も名誉も得たものは何もない。


 あなたは特別な存在ではない。

 私と同じで、要らなくなれば切られる程度の人間。


 シュテイン王子のために加担して、私を嵌めて処刑に追い込んだ末路がこれ。

 味方からは切り捨てられて、敵地に囚われ地獄の日々を過ごすのみ。

 これまでの生き様が返ってきた結果がそれだ。



 ――困惑。怒り。嘆き。悲しみ。

 表情を取り繕うことすらできず、フローラは静かに嗚咽の声を漏らす。


 取り返しの付かない事態。

 心はぽっきりと折れ、強がる余裕すら失ったのだろう。

 最期には虚ろな目で、私をぼんやり見返してくるのみ。


 ――ざまぁみろ、と思った。

 私は鎌を取り出した。

 これで、ようやく1つの復讐が終わる。

 数多の血を吸った凶器をピタッとフローラの首に当てて、



「面白くないわね」


 そんな安堵に満ちた顔をしないで欲しい。

 これでは私が救いをもたらすようではないか。


 このままここに置き去りにしてやろうか。

 ときどき鑑賞に来るのも良いかもしれない。

 そんなことも思ったけれど、ふと、それでは面白くないと思ったのだ。


 これ以上、嬉々として一方的な暴行を加える魔族を見たくなかった。

 王国で私をいたぶった騎士たちと、同じ顔をしているように見えたのだ。

 それに私の知らないところで地獄を味わったと言われても、ちっとも溜飲が下がらない。


「あはっ、そんなに死にたいの?」


 ついに感情が決壊したように。


「……お願い、もう殺して――」


 フローラは、ただ哀れに自身の死を乞う。



 ――死にたがっているなら殺すのは無しね。

 一方、私は冷静に思考する。

 ただ、ここに置き去りにするのも無しだ。


 そうなったなら――



「そうね……。なら私に忠誠を誓って下さいな。従属紋を刻んで――死ぬまでこき使ってやるわ」


 見下していた相手に絶対の服従を誓う。

 フローラにとって、これは死よりも屈辱的な提案だろう。


「じょ、冗談じゃ……!」

「ならここに残る?」


「……」


 従属紋を刻むためには、双方の合意が必要となる。

 見下していた相手に命令を強制的に聞かされる気持ちはどうだ。


 ギリッと唇を噛み、フローラは私を涙目で睨みつけてきた。

 それでも私の誘いを跳ね除けることは出来ない。


「私は一向に構わないですよ?」


 ここで終わらせてなんてやらない。

 その顔が見れただけでも、今、とどめを刺さないで良かったと思った。



「……誓うわ」

「アリシア様、でしょう?」


 私はフローラに従属紋を刻んでいく。

 術式は既に理解していた。


 術者の生命に、決して危害を加えないこと。

 術者の命令に絶対に服従すること。

 魔族に決して害を与えないこと――念入りに行動を縛っておく必要があった。




「そうですね。ヴァイス王国との戦いに加わってもらうのは当然として――」

「じょ、冗談じゃ!」


 真っ青になるフローラだったが、従属紋を刻むというのはそういうことだ。

 国への裏切りだって、同族殺しだって、なんだって命じることが出来る。死ぬまで駒として扱うこと――それが今のフローラへの復讐だ。



 今になって、何を気にしているのか。


「フローラ、あなただって、今や王国に裏切られたんですよ。そんな国に忠誠を誓う意味が、どこにあるんですか?」

「あ……」


 まあ、フローラの心なんて知ったことではないのだけど。

 フローラの口から王国への愛なんて語られようものなら――手が滑って殺してしまいかねない。



「助かったなんて思わないことね。私は絶対にあなたを許さない。地下牢に居た方がマシだったと思う日々を送らせてやるわ」

「はい。……アリシア、様」


 私はフローラに治癒魔法をかけると、自らの部屋に向かって歩き出す。



 光魔法の使い手は、実のところ貴重である。

 精々、死ぬまでこき使ってやるとしよう。

1つの復讐の末路。



次話は【IF】を投降します。

そちらはアリシアがフローラへの復讐のみを考える鬼と化し、徹底的にフローラにやられたことをやり返す――そんなお話です。

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