哀れな人。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」
私が魔法を解除すると、シュテイン王子が地団駄を踏んでいた。
「イルミナ、貴様! よりにもよって魔王に肩入れしようというのか!」
「あら。先に裏切ったのは、あなたですわよね?」
イルミナは、実に良い笑顔を返す。
フローラ、イルミナ、近衛たち。
シュテイン王子を守るものは、もはやここには誰もいない。
ここにきて、ようやくシュテイン王子は危機感が出てきたのだろうか。
「おい。誰か俺を助けろ! そこの魔女を、魔族を殺せ!」
金ならいくらでもやる!
そう喚き散らすシュテイン王子を助けようという者は、そこには誰も居なかった。
まだ、この状況が理解できないのだろうか。
アルベルトにかけた魔法が解けた時点で、万に一つの勝ち目もない。
もはやこの国は、滅びるかどうかの瀬戸際にいるというのに。
「あはっ、遺言はそれで良いですか?」
「ま、待て! 魔女――いや、アリシア……」
一歩、一歩と距離を詰めていく。
最期の反応は、やはり誰もが一緒。
身勝手に憤り、哀れに許しを乞うのだ。
「貴様のことは、俺の側妃として迎えてやろう。人は魔族としては生きていけない――悪い話ではないだろう?」
「あはっ、まだご自身の立場がお分かりでないようで」
私が踏み出すたび、シュテイン王子は後ずさる。
しかし、その歩みは、何者かに阻まれることになった。
憤怒に顔を歪めたアルベルトだ。
「君が、アリシアを苦しめた"すべての元凶"だよね。ボクたちに盛大に喧嘩を売って――覚悟はできてるよね?」
そう言うと、アルベルトは軽やかに腕に力をこめ、
「ぐぁぁぁぁ。腕が、腕がぁぁぁぁっ!?」
ずぽっと嫌な音を立てて、シュテイン王子の腕が引きちぎられた。
「これぐらいで勘弁してあげるよ。後は、存分にやると良い」
「あはっ、ありがとうございます」
私とアルベルトは、笑顔で言葉をかわしあう。
もっともその声は、痛みに絶叫するシュテイン王子には聞こえていない。
どうにか必死に床を這いつくばって逃げ出したシュテイン王子は、何を血迷ったのか私の足元にすがりつき、
「あはっ、嬉しいです。あなたの方から、私の方に来てくれるなんて」
「頼む――アリシア。婚約者、だろう? どうか、見逃し――ぐぁぁぁぁ?」
残った手を、鎌で斬り落とす。
無様に這いつくばる姿を、存分に見下ろす。
悪魔のように思えた男だったが、痛みに涙を流しながら床を転げ回る姿は、実に滑稽だった。