奪われたもの
「アルベルト、まだ街を壊したいですか?」
「いや、壊したくはないんだけど――どうにも逆らえなくてね」
「あんな屑の術に負けないで下さいよ」
その命令を果たすため、私を殺す必要がある。
そう認識した結果、たしかにアルベルトは私に襲いかかってきたが、今のアルベルトからはどうも殺意を感じない。
でも、シュテイン王子の命令を無効化できたかといえば、そういう訳でもないらしい。
かろうじて術の効果を、強い意思で封じ込んでいる状態。
事態は、何も解決していないのだから。
「アルベルト。もう少し我慢していて下さい――術式、解除できるか試してみるから」
「アリシア、ボクを殺してよ。死ぬなら、君の手で――」
「次言ったら本気で怒りますよ!」
私は、アルベルトにかけられた術式を解析しようとする。
魔族の心臓を核とした超強化版・従属紋――乱暴にくくってしまえば、そんなところだろうか。
「ええっと……」
とはいえ、リリアナの時にしたように心の一部を破壊する方法は取れそうにない。繋がっている先が心臓という重要な部位なので、そのまま良くて廃人になるか、最悪ショック死してしまうだろう。
何より、術式が複雑すぎる。
これはレジエンテの秘術――私のような素人では、理解に何年かかるか分からない。やっぱり、どこまでも忌々しい術式だ。
ギリリ、と歯を食いしばったとき、
「アリシアさん、心臓を貸してくださいますか?」
そんな声が聞こえてきた。
声の主は、神々しい雰囲気をまとった銀髪の少女――イルミナ。その手には、アルベルトのものと思わしき心臓の一部を持っている。
「イルミナ!?」
「その術式を解除したいのでしょう? さあ、早く」
イルミナは、シュテイン王子の罠にかかり、地下牢に幽閉されていたらしい。彼女自身は、魔族との和平を望んでいる――フローラは、そう言っていたっけ。
偶然にも、転移魔法のトリガーとして使ったもの。
私は、今も、その心臓を大事に持っている。
「お願い、アルベルトは――私の大事な人だから」
「ふふ、ですって。良かったですね、魔王さん?」
心臓を受け取ったイルミナは、見たこともない術式を組み上げていった。
迷いない表情で組み上げられていく魔方陣は、今まで見たこともないほどの精巧さで、この人を相手によくぞ生き残ったものだ、と考えてしまう。
事実、私とアルベルトの2人がかりでもギリギリの勝負になった訳だし。
「まったく、あの屑男もこの程度で魔法の支配権を奪い取ったなんて――片腹痛いですわ」
可愛らしい顔で、そんなことも口にして。
イルミナは、恐るべき早業で心臓をアルベルトの体内に押し込んでいく。
私にできるのは、祈るように見守るのみ。
やがて、ふう……、と息をついたイルミナは、
「どうかお幸せにね」
なんていたずらっぽい顔を向けてきて。
「わ、私とアルベルトはそういう関係じゃ――」
「そうだよ。まったく、君は、いきなり何を言い出すのか――」
あたふたと反応してしまった私たちを、イルミナは生暖かい目で見てきた。
話したいことは、まだある。
だけども、まだ終わっていない。
「これで残すは――」
私は静かに呟く。
そう、仕上げがまだ残っている。