それは不思議と懐かしくて
「おい、どういうことだ!?」
「今まで俺たちを騙してたっていうのか!?」
「おまえらのせいで、俺の家族は――!」
観客の間から、怒号が上がる。
特にこの戦争で家族を失った者の恨みは大きかった。
これまで苦しい生活を耐えていた人々の恨みは大きかった。
この王子の言葉を、すべて信じていた訳ではない。
だとしてもその所業の数々は、おおよそ目を覆うほどの醜さに彩られていたのだから。
すでに辺りに、近衛の姿はない。
王子を守っていた者は、ある者は、暴徒と化した国民たちに飲まれて沈んでいった。またある者は、いち早く危機を察知して逃亡した。
「はっはっはっ、舞台を降りた人間が……、随分と好き勝手してくれるじゃないか」
「言葉には気をつけなさい」
すでに局面は詰んでいる。
この期に及んで、ふてぶてしい笑みを浮かべるシュテイン王子。
「あなたの悪事は、すべて知れ渡った。ここにいる国民が証人よ――まだ、何かを企んでいるとでもいうの?」
「ふん。国民の替えなど、いくらでも利く」
そう、つまらなそうに口を歪め、
「契約者、ヴァイス・シュテインの名において命じる。魔王――さあ、ここ、王都を滅ぼせ」
「正気ですかっ!?」
大規模な証拠隠滅。
まともな神経ではあり得ない自殺行為だった。
軽薄な笑みを浮かべるシュテイン王子は、たしかに正気だった。
冷静に、どこまでも狂った行動を取る――それこそがシュテイン王子という人間なのだ。
「そんなことをして何に!」
「俺に従わぬ者は不要。だから王都ごと焼き払い、その報復として"聖戦"を続けるのだよ」
「あなたって人は、どこまで……!」
今すぐにでも斬り捨てよう。
そう思った私のもとに、人影が立ちはだかった。
それは、何度も相対した姿。
特務隊時代、何度となく刃を交わし、命を奪い合った相手。
蘇って、生き様に触れ、たしかに心を通わせた相手。
二度と会えないとおもったら、胸を締め付けるような痛みに襲われ。
まだ、私は、この人とどうしたいのか分からないけれど。
それでも、こうして迎えに来た相手で……、
「あはっ、そうでした。あなたのことも一発ぶん殴りにきたんでしたね」
「……」
対するアルベルトは無言。
「聞こえてますか? 久しぶりですね、こうして刃を交わすのも――アルベルト?」
「殺れ、魔王! その忌まわしき魔女をぶち殺せ!!」
「うるさいですね。私は、アルベルトと話してるんです」
「ひっ……」
殺意を向けるだけで、シュテイン王子を黙らせ。
アルベルトは私に見向きもせず、闇魔法による爆発を引き起こそうとする。
王都を破壊する――すべてをリセットする。そんな下らない命令に従おうとしているのだ。別にこんな国、どうなったって構わないけれど。それでもあの男の思惑通りに進むのは癪で。
「相変わらず、敵に回すと、恐ろしいですね……!」
アルベルトの放った魔法を、結界で片っ端から防いでいく。
感情を失ったような目で、アルベルトは王都の街並みを破壊しようとしていた。
私のことなど、眼中にないというように。ただシュテイン王子の命令を忠実に果たそうというように。
「あはっ、王都を壊したければ。まずは私を殺すことですね」
無性に腹が立った。
私は、真っ直ぐ得物を構え、アルベルトに振り下ろす。
それをうるさそうに手で掴んだアルベルトだったが、
「君は――あり……しあ?」
まじまじと顔が合う。
不思議そうに。
アルベルトの瞳に、一瞬戻ったのは理性の色。
次いで宿るのは、絶望の色。
「どうして、こんなことに……」
「さあ、不思議ですね」
私は、静かに鎌を構える。
「こんなことになるなら、ボクは、ボクは――」
「久しぶりですね。こうして本気で戦うのは」
自然と昔を思い出す。
あの時は、恐ろしいとしか思わなかったけど。
今は不思議と、こうして刃を交わしてもっと話したいと思う。
「アリシア、どうか逃げ――」
「あはっ、ぶん殴って連れ帰ります。これは、決定事項ですから」
『ロスト・ヘブン!』
痛みも。苦しみも。
その先の道標になるのなら受け入れよう。
後悔だけはしたくない。
その痛みだけは、決して忘れない。
すべてを遂げるまで。そして二度と失わないために。
あたり一面が、真っ白に染まっていく。
寒々しい世界で、今日も真っ赤な月は爛々と輝く。
「これがアリシアの――」
「さあ、思う存分舞いましょう?」
私は、アルベルトに飛びかかる。
感情に任せるように、愚直に、ただ真っ直ぐ突っ込んでいく。
アルベルトは、そのすべてを受け止めるように捌いていった。
何度も激しくぶつかり合って、また離れていく。
王国で偉い人たちが、くるくるとダンス踊っているらしいけれど。
もしかすると、気持ちはこんな感じなのかな――などと柄もないことを考える。
私も、アルベルトも、戦場に生きる者。
だから、これが一番分かりあうのは自然の理で、
――どうして来ちゃったの? ボクは、ただ、幸せになって欲しかったのに
――なんで、分からないんですか! 私の幸せには、もう、あなたが必要なんですよ
意思を確かめ合うように武器をかわす。
何を考えているか、手を取るように分かった。
剥き出しの心をさらけ出し、相手を蹂躙するための魔法。
それが私の固有魔法で、戦いは、否が応でも互いの感情のぶつかり合いになる。
――それは、どういう……
――自分の胸に聞いてください
戸惑ったように動きを止めるアルベルトに、無性に腹が立つ。
何も分からないから、あんな行動を取れるのだ。
残された側が、どんな気持ちになるのかも知らないで。
――なにが信じて欲しいですか! 私のことは、なにも、なにも信じてくれなかったじゃないですか!
――だって、ほかに、どうすればよかったっていうの?
――そんなことは、これから考えるんですよ!
祈りを込めた一撃は、結局アルベルトを吹き飛ばし。
気がつけば私は、馬乗りになるようにアルベルトにのしかかり、その首に鎌を突きつけていたのだった。